第4話 拉致られたっ?




     里佳子ちゃんとのコトは未遂だったから、別に何にも気に留めちゃ居なかった。あの後、不愉快極まり無いと言わんばかりの態度を見せ付けてくれた馬鹿女だったんだが、俺がこうして入院しているのは自分とは全く関係が無いって言い張って、文句ばっか言ってる割には、チョコチョコと顔を見せに遣って来る。

     ナンだか、冗談ヌキで俺のコトが気になって仕方が無いってー素振りなんだ。コレって、関わりにはなりたかねーケド、興味はある……って微妙なスタンス? 一体、ナンなんだよ? そして、俺は馬鹿女に対して、妙ょーな胸騒ぎを覚えていたんだ。



     ベッドごと車に乗せられて数十分後。目隠しをされたまんまの俺は、自分が霊柩車に乗せられてしまったようで薄気味悪くなっていた。

     やがて車が停車すると、傍に控えていた数人の男連中に、再びベッドごと担がれた。

    「OK! そっと降ろせよ?」

    「いやー、構うもんか。手荒に歓迎しても大丈夫だって『水守(みかみ)』さんが言ってた」

    「ホントかぁー?」

     この会話は、俺の扱い方について話しているんだよな?

     俺、まだ骨がくっ付いてねーから、乱暴に扱われると死にそうに痛むんだぞっつ! 丁寧に扱いやがれッツ! 

     連中の会話にハラハラしていると、奴等が言っていた『水守』らしい人物がお出ましの様子だ。俺はまだ目隠しされてたまんまで見るコトは出来なかったが、連中の空気が一瞬に緊張したから、スグに『あの野郎』が来たんだなと判った。

    「最上階に連れて行け」

    「はい」

     言葉数少なく言った水守とか言うヤツは、野郎連中に担ぎ出されて行く俺に付き添って付いて来る気配がしていた。

    「なぁ、そこの偉そうなアンタ、俺を何処に連れてくんだよ?」

     内心、ビビリながら尋ねた。ビビるんだったら黙ってりゃヨサゲなものだが、それでも自分のコトだし、聞かずに言いなりになるってのも、俺としてはガマン出来ねー。

     幾ら俺が新卒リーマンだっつっても、手堅い送りバントみたいな人生を送って来てやしねーんだ。

     俺のタメグチを聞いた担ぎ手取り巻き連中が、瞬時に殺気立つのが読み取れる。

    「コイツ、水守さんに向って……」

    「口の利き方を教えてヤレや!」

     誰かが舌打ちをして、ペッと唾を吐き棄てる音がした。

     うぉ……やっぱ『ソレ系』の連中かよ?

    「まあ、待て」

     水守とか言うヤツが、殺気立った野郎連中を静かに制した。物静か過ぎる口調なのに、周囲の空気が瞬く間に、元通りの静けさを取り戻す。

    「お前、日高……とか言ったな?」

    「ああよ」

    「!」

     ははっ、おンも白ぇ〜♪

     俺の返事に連中がピリピリしているのが判るが、この水守が俺を好きにさせているせいで、連中は俺に全く手出しが出来ねーでやんの。

     思わずニヤリとする俺。

    「ズに乗るなよ? ガキ!」

     俺の笑った口元を見た連中が、小声で悪態を吐きやがったが、お前等みてーなチンピラじゃ俺をビビらせることなんざ、どだい無理ってモンなんだよ。但し、此処に居る刃物傷野郎は別……だけどな。

    「恵理に感謝しておけよ?」

    「はぁあ?」

     ナンだよその言い草はぁ? 本人は認めちゃいねーけど、俺はあの馬鹿女に事故らされて、大怪我してンだぞ? なのにナンであの馬鹿女にこの俺が感謝しなくっちゃなんねーんだよ?

    「不服か?」

    「トーゼンっしょ」

     俺の不満を聞き、水守はフンと鼻で笑った。

    「八ヶ月の家賃滞納。車のローン、水道・ガス公共料金……その他諸々の支払いを踏み倒しておいて、よくも木村の正社員ヅラが出来るもんだな」

    「うぇ?」

     やっべ〜〜〜、バレてら。

     淡々と普通に喋る水守だが、俺はこの水守が俺の個人情報を細かく調べているコトに焦り、そして退いた。コイツはどうやら有耶無耶にして煙に撒くコトが出来ねー。侮れねー奴なんだなと思った。

    「木村の社員で在りたければ、他人から付け入られるような隙を与えるな。それが出来ないのなら会社から出て行け。お前一人の素行の悪さが木村全体のマイナスイメージに繋がる」

    「……」

     常識的に考えても、コイツの言い分は通っている。俺は居心地が悪くなってグウの音も上げられなくなり、黙り込んでしまった。

    「お前の親には、木村の社員寮に入ったと伝えている。ボロ車は知り合いの修理屋にレッカーさせた。後はお前が廃車にするなり、修理するなり勝手にしろ」

    「俺に、この怪我のまんま独り暮らしをしろって言うんですか?」

     水守の言葉に俺は尚も焦った。両脚を骨折してて、歩けねーんだぞ? 手を借りなきゃトイレさえ行けねーってのに、勝手に退院させておいて社員寮で放置かよ? 大体、三度の食事や買い物さえ出来ねーのに、どうすりゃいいんだよ? 生活出来ねーし。

     俺の不満を察して、水守が補足する。

    「心配するな。優しい女神様が介護してやると言っている」

    「は? 女神って……『おんな』?」

     目隠しの奥で俺の眼がウルウルした。『女神』って言うくらいだから、まさか元オンナ=おばちゃん……ってーのじゃねーだろうな?

    「……あ? ああ……いや多分、大丈夫……だろう」

    「ぁあ?」

     なんだ? 今の『間』は???

    『タブン』? 『ダイジョウ……ブ』???

     水守が言葉を濁して呟いた。何か想う事があっての『間』だったんだろうか? だが、最期に言った言葉の意味が、俺的には妙ーに引っ掛った。



      *  *



    「で……なんでアンタがココに居るんだよ?」

     俺は連中から、とある一室に押し込められていた。そして、水守率いる野郎連中が去った後、現れた『女神様』とやらにご対面しているトコロだった。

    「あたしじゃ不満のようね?」

    「ったり前だ。要看護の俺を、本人の了解も得ずに勝手に病院から連れ出しておいて……アンタに俺の看護なんか出来るのかよ? それとも他に面倒見てくれるヒトが居んの?」

     偉そうに上から目線で踏ん反り返って訊ねると、馬鹿女は俺のベッドの直ぐ傍につかつかと歩み寄り、腕組みをして、軽く小首を傾げて俺のコトを見下ろしていた。

    「他の人なんか居ないわ。特別な食事療法は必要無いし、外傷だけでしょ? 何とかなるわよ」

    「何とか……って……」俺は馬鹿女のナゲヤリな言葉に退いてしまった。「アンタ仕事持ってンだろ? 昼間の俺の面倒はどうすんだよ?」

    「はい、コレ」

    「は?」

     馬鹿女は待っていましたとばかりに、ベッドから半身を起こして訴える俺の掌に、カップ麺をヒョイと載せた。

    「うわ、コレってご当地有名店シリーズのカップ麺じゃん? へー、あるんだこんなの」

     見た事も無い、ゴージャスなカップ麺に、俺は興味を逸らされて夢中になった。俺が知っているのはこれよりもランク落ちの……それでも三〜四百円はするカップ麺。俺が今手にしているのは、それよりももっと値が高くて噂でしか聞いたコトがなかった、幻のカップ麺だった。

    「他にもイロイロあるわよ♪」

     馬鹿女は調子に乗って、片側壁面がクローゼットになっているうちの一箇所を開けて見せた。

     そこには高く積み重ねられた高級カップ麺がズラリと……って、をいっつ!

    「まさかとは思うけど、これから先、昼間はこのカップ麺で済ませろってコトなのかなぁ〜?」

    「動けないし、台所に立てないんでしょう?」

    「いや、だから病院で介護して貰ってンだろよ?」

    「ふーん」

    「『ふーん』じゃないだろ? それに、こんなに一杯……動けるようになっても残りそうなくらい在るんだけど?」

     俺の素朴な問い掛けに、馬鹿女はキョトンとした。そして、ウソみたいな返事が俺に返って来たんだ。

    「残らないわよ?」

    「なんで?」

    「だって、コレが朝・昼・晩のアンタの食事になるんだもん」

    「はぁあああっつ???」

     ウ……ソだろう? まさかとは思うが、これから先、動けるようになるまで、俺は朝・昼・晩と三度のメシがカップ麺なのかっ???

    「じょ、冗談じゃないよ! ドッグフードじゃあるまいし毎度のメシがカップ麺だなんて」

     俺は断固反対だっつ!!! 俺が幾らカップ麺が手軽で簡単だからと言っても、毎日はカンベンして欲しい。栄養が偏り過ぎるし、不要な塩分が多いんだぞっつ? それに俺は何たって白米派なんだ。この先暫らくの間、白いコメが食えねーだなんて、そんなの絶対にイヤだっつ!!!

    「贅沢言わないの」

    「違ぁぅ―――う! そんなのを『贅沢』だなんて言わねーしっ!」

    「だって、コレ全国のお取り寄せ商品ランキング上位なのよ? 美味しいんだから」

    「いや、そう言う問題じゃないだろ?」

     俺だってカップ麺は嫌いじゃないさ。だけど三食総てがカップ麺だって言われて抗議しねー方がどうかしてる。

    「仕方無いわね? じゃ、朝食はトーストにしてあげるから」

    「朝だけ?」

     晩メシの改善は考慮されねーのかよ?

    「え? 夜もトーストにするの?」

    「はぁ?」

     ソコでどうして晩メシがトーストになんだよ? 会話が噛み合ってねーぞ?

    「だって、あたしは夕飯、殆んど外で済ませているもの」

     俺の疑問に、馬鹿女はシレッとして答えた。

     自分だけはソレかよ? ……水守の野郎が言ってたコトバの意味が、今になって読めて来たぜ。

    「あの……なぁ……」

     俺の中の何かがキレた音が聞えた気がした。

    「うん? 何?」

    「世話も満足に出来ねークセに、俺を勝手に退院させるな―――っ!」

     あ゛―――ッツ! スッキリした。



    「強制退院の理由を教えてあげましょうか?」

    「は? 強制退院?」

     馬鹿女は、俺に言い上げられても全く表情を崩さねー。やっぱ上から目線なんだよな。

    「あんた、治療費払えるの?」

    「えっつ???」

    『治療……費』っつ???

     痛い所を突かれて、俺は思わず口篭った。

    「治療費どころか、家賃、水道代、電気代、ガス代、車の未払いローンに町内会費……ざっと見積もっても、あんたの給料一月分以上は軽く越す代金よね? しかもあんたはまだ研修中でしょ? 払えるの?」

    「うわぁ、も、もう止めてくれよ!」

     馬鹿女は俺に挑発的な視線を遣して、フフンと笑った。

     くっそ〜〜〜っつ!!! 言い返すコトすら出来ねー。俺は弱みを握られて、弱気になってしまった。

     確かに医療保険すらまだ入ってなかったこの俺だ。今までは怪我や病気の治療代は親が面倒を見てくれてたが、就職した今となっちゃあ甘えるワケにもいかねーし。……だが入院費用だけでも目玉が飛び出すくらいの請求になりそうだ……で、そんな話を持ち出して来るんだから、このオンナが俺の支払いをもう決済してくれたんだろうか?

    「安心していいわよ?」

    「え?」

    「これから向こう一年間、あんた退職出来ないから」

    「あの、ソレってどう言う意味?」

    「あんたの借金をあたしが肩代わりしたの。で、あんたは分割してあたしに返済して行かなきゃならないの」

     って、ローンを勝手に組むなっつーの!

    「……あのー、こう言う場合、『肩代わり』じゃなくって『支払い』なんじゃ……?」

     ナンだよ、支払い窓口がこのオンナに統一されただけじゃん。社長令嬢なんだから、『肩代わり』なんてセコイコトせずに、気前良く『払って』くれればいいのによ。

    「なによ? なにかまだ文句あるの?」

     馬鹿女は身体を折って、俺に顔を近付けると、殺気を含んだ眼でギロリと睨んだ。

     こっつ、こえ〜〜〜っつ!!!

     だけど、屈んだせいでシャツの胸元からフクヨカな双球がプックリと顔を覗かせていたのが見えたんだ。う〜〜〜ん、柔らかそうで美味しそう。コレって俺にはラッキーの前触れ……なのかな?

     って、浮かれている場合じゃねーだろーよ。



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