第6話 プレゼント?
ったく、色気もクソもねーんだな?
俺は不満を覚えつつ、馬鹿女の部屋の片付けをしていた。幾ら※エリア88な眼に遭ってしまったからと言っても、取り敢えずはこんな俺に対して保護者代理を買ってくれたのだし……あ? いや、一宿一飯の恩義っつーか、そのう……暇だったし。
べっつ、別に馬鹿女がどんな下着を着ていようがいまいが、そんなコトはカンケー……あるかもだけどよ……
自分にアレコレと言い訳をしながら、俺はせっせと落ちている衣類を拾っては、後でマトメて畳もうとベッドの上に積み上げていた。
「あ……れ?」
俺は、クローゼットから毀れて落ちてしまったらしい、小さなボール状に丸められたピンクの布を見付けて拾い上げた。
淡いピンクは木綿の浅いハイレグパンツだった。ゴムで出来たレースが申し訳なさそうに両脚の部分にチョチョッと付いている、所謂アウターに響かないタイプ。まるで、母さんや妹のパンツみたいだ。
俺としては性欲をゲッソリと喪失してしまいそう……つか、全くソソラレねー平凡タイプだし、こんなのは身内だけが着るものなんだと思ってたよ。
お? 思っていた以上に生地が伸びるじゃん?
ウェストの部分から両手を突っ込み、左右に引き伸ばしてみたら、意外と伸びて身体のラインにフィットするんだぁ。
へー、今まで過激な紐パンやTバックしか見た事ねーし、間違えても親や妹のパンツに触ったコトが無かったから、知らなかったなぁー。なんつーか……新鮮だよ。
「ただいまー」
拾い物に関心していたら、馬鹿女がいつもより一時間も早く帰ってきやがった。怪我をしている俺は、この部屋から急いで逃げ出したかったけど、松葉杖でそんな芸当は絶対に無理だ。
「日高く〜ん? どこ〜?」
「……」
ヤベェ、勝手に侵入しちまっている俺だ。ヘタすりゃ不法侵入で警察に突き出されてしまうかも……
俺が自分の部屋に居ないと知った馬鹿女の足音が、足早に近付いて来る。
ああっ! 見付かる……俺はまるで人喰い魔女に今にも見付かりそうになって半ベソを掻いているコドモみたいな気になった。
「あらぁ、ソコに居たのぉ?」
うへっ、ガチで馬鹿女と出合ってしまった。まぁ、馬鹿女が予定よりも早く帰って来たんだから、この場合は仕方無い……って、開き直った。
「……って、あんたナニ持ってるのよっ!」
「あ? い、いやぁー……こっ、コレ?」
「勝手に部屋に入って……それって、あ、あたしのパンッ! ち、ちょっとお! 返してよ!」
片手でグッと握り締めていたパンツを目指して、馬鹿女は真っ赤な顔をしてずんずんと俺に向かって歩み寄る。
「部屋が散らかっていたからさー、片付けようと思って」
「んなっ? お、大きなお世話……? なにあれ?」
そう言い掛けて、馬鹿女は部屋の隅に置いてあったA−4サイズの大きさの箱を目敏く見付けやがった。
「ああ、この前俺の下着とかイロイロ手配してくれたでしょ? で、そのお礼ですよ」
俺はココに遣って来た直後、馬鹿女から着替え等一式を俺の名義で強制的に購入させられていた。
普段着は、そこいらのスーパーの値下げ商品か、ユニクロで十分だと思っている俺なのに、勝手にナイキやアディダスのブランド下着類を一通り数パターンほど買い揃え、しかもスーツに至ってはD&G(ドルチェアンドガッバーナ)やダンヒルと言った、普段の俺には縁が無いし、手が届きそうに無いような……つか、絶対に俺が見向きもしねーような高級ブランドスーツを買い与えられてしまったんだ。
しかもこれ等ぜーんぶが、勝手に俺の出世払いになっていて……と、まぁ、とにかくそれでひと悶着あった後だった。
俺の出世払いにしておいて、思う存分買い物を満喫した馬鹿女にとっちゃ、この見るからに胡散臭くて妖しい通販の箱が、俺からの報復なのかも知れないとばかり、気になって仕方が無いって様子だった。
「ねぇ、今『お礼』って言った? 言ったわよね?」
俺の予想以上に馬鹿女は警戒している。俺としては、もう暫らくの間警戒させておいてやろうかな〜……なーんて思ったのだが、不安そうな表情でどこか落ち着きを失くしちゃってしまった馬鹿女が、俺の一言で急にソワソワしちゃって……単純っつーか、その……まぁ妙にカワイク思えちゃったんだ。
「ええ。大したモノじゃありませんが、俺のオゴリっつーか、プレゼントですから。ご心配無く」
俺は、自分でもキモイと思わずには居られないような作り笑いを浮べてやった。
「くれるの? 貰ってもいいの?」
「どーぞ」
『プレゼント』と言う言葉に反応して、馬鹿女は嬉しそう。すぐさま中身を検(あらた)めようとその箱を手に取った。
「あたしはねー? お父様や他の人からよくブランド物のスーツとかドレスとかを貰っちゃうんだけどー、そんなのって、普段着れないじゃない?」
「はァ?」
ドレス……って? そんなに高価なモノばっか貰ってンのかよ? つか、それって自慢???
馬鹿女はそう言いながら、包装紙を丁寧に剥がして行く。
確かにいいモノを見慣れているって言うか、目利きはケタ外れにサイコーみたいだな。金額を無視して俺のスーツを選んでくれちゃったモノは、高級ブランド名を背負っているだけのコトはある。俺だって、世の中にはこんなにも上等な『モノ』があったのかと、勉強させられたし、眼からウロコ状態だったさ。
にしても、よく喋る女だな? 病院じゃ不機嫌・ムカつき・イラつき状態だったのに。ひょっとして、内弁慶なのか?
「だから、あんまり高価なモノを貰っても困っちゃうのよねー。別にお返しに困るとかって問題じゃないのよ。お金の問題はどうでもいいんだけど、普段使えるようなものが欲し……」
俺の勘繰りに気付かず、箱を開封して中を覗き込んだ馬鹿女は、その一つを取り出し、手にすると絶句してしまった。
「どーしたんスか?」
俺は白々しく聞いてみる。
馬鹿女の手にしたものは、透明ビニールで封印された黒のセクシー紐パン。しかも、俺がシュミで選んだモノだけあって、馬鹿女が常用しているサポート重視の色気もねーヤツとは、素材もその目的さえも違っていた。
俺の選んだのは、どちらかと言えばパンツって言うよりもパンティか若しくはスキャンティって言われている類の、見た目重視のえっち仕様。
サイドは紐だったり、履けば尻が半ケツ状態になっちまうような『気持ち隠していますよ仕様』の下着が五組揃えられていた。布の生地もサラサラのシルクから、向こうが透け々のナイロン製。今はこの女の好みが判ンねーから、黒を基調にした無地に、凝ったレースが惜しげもなくフンダンに使われているヤツを選んでおいた。
「……」
「いやー、イイのが沢山ありましたよー。俺のシュミで選んだんですけど……どお? 選ぶのに時間が要っちゃいましたよー」
怪我をして不自由な生活を強いられているこの俺に、唯一出来るコトと言えば、お手軽ネット通販くらいだし。いちいち有名百貨店に出向いて、下着売り場の店員の白い眼視線を受けなくたって、コレなら気兼ねなく商品を注文出来るからな。
ブラのサイズはこの前の接触で凡そのサイズを確認済み。俺の感触に狂いが無ければ、サイズは75のBかC辺りのハズだ。
「……」
「今手にしているの、ブラとお揃いなんですよ? ホレ、カワイイっしょ?」
俺はお揃いになっている黒いビキニブラを箱から取り出して見せた。
「……」
う〜〜〜ん、ちと刺激が強かった? ずっとフリーズして固まっちゃったまんまなんだけど……?
いや待てよ? まさかこんなにエロい下着を見るのも初めてなら、手にしたのも初めてってゆー、俺的には信じられないまさかの状態じゃないだろうな?
「ねぇ? 俺の言うコト……聞いてる?」
何気にぽんと肩を軽く叩いて遣った。
おぅ〜〜〜い、戻ってこ〜〜〜い☆
「ハッ? んぁ? ……な、なに?」
「なに? って……」
やっと戻って来て、俺と視線を合わせた馬鹿女は、たちまち耳朶まで完熟トマトみたいに真っ赤になりやがった。
うわぁ……コイツもしかして、まさかの純粋培養じゃね?
「こ、コレ……こんなの着れないわよ……」
「イヤだなぁ〜。自分と同じ年頃の女は、みーんなこんなの着てますよ? 知らないんですか?」
……って、ウソだけど。
「そっ? そんなの、し、知ってるわよ」
おー? なにその挑戦的な態度は?
自分が知らないって事に偉く敏感に反応するんだな? 知らないのならソレはソレで素直に認めりゃいいようなモンだが、知っちゃいねーとダメなワケでもあんの?
俺はこの時、馬鹿女が自分の身の丈以上に背伸びをしているのがモロ判りだったから、思わず吹き出して笑ってしまった。
「な、何よ? そのイヤラシイ笑いは?」
「くっくっくっ……着れないのならイイですよ? でもせっかく買ったのだし、タマには当てて見るだけでもイイですから、着けてみてくださいね?」
プロポーションバッツグーンのあんただから、どんなにエロいヤツでも似合いそうだよ。
「き、着れない……って、そんな事ないわ」
「いや、だってさっき自分で言ったじゃん?」
「あ、あれは言葉のアヤで……」
おーおー、真っ赤になってもまだ喰って掛かってくるんだな? いや、ムキになっちゃって……なんだか可愛く思えて来るぞ?
「ナニ言ってンだよ」
俺は馬鹿女の言い訳を混ぜ返すと、彼女の頭の上にコツン☆ と顎を載せてやった。他にも遣りようがあるんだろうが、松葉杖のお世話になっている今の俺には積極的な接近は禁物だし、不可能だ。
「ったい☆ 〜〜〜んな、なにすンのよー? っあ?」
ニヤリと笑って俺はその問い掛けには答えずに、彼女の手にしていた紐パンを袋ごとひょいと取り上げて、ベッドの上に放った。残りのまだ出していなかった下着のセットも、上下で一組になるように並べて見せる。
改めて俺が拡げた下着のセットを眼にして、彼女は退いてしまったみたいだった。
まあ、なんつーか……局所だけに申し訳程度の布があって、後はヒモになっているのがあったり、Tバックのも用意しているからなー……って思ったら、彼女は早速ソレを手に取った。
「こ、コレなら普通っぽいし、何とか……?」
彼女は濃いワインカラーの地味っぽいパンツを手にしたが、俺の満面の笑顔を見て嫌な予感を覚えたのか、手にしたパンツをひっくり返した。
「〜〜〜?」
ザンネンでした〜、ソイツの正面は普通でも、後ろはTバック仕様なのさー。
「俺的には、この黒に蛍光ピンクのリボンがオススメですよー?」
「これ? これがお勧め?」
「うん」
他のパンツよりもフツーっぽいデザインだが、ソイツのサイズはひと回り小さくって、手の中にスッポリと入っちまうマイクロビキニのパンツだ。
「コレなら……」
って、その表情! まさかマジで履く気……なのかっつ?
* *
「それはそうと、今日はいつもより帰宅時間、早かったッスね?」
多少動けるようになった俺は、ルームウェアに着替えてリビングのローソファに寝転がった彼女を、対面式のキッチンから見下ろして問い掛けた。彼女はピンクのハート柄のクッションを抱き締めて、デッカイ猫みたいにゴロゴロしている。
「んー、もうすぐね? お隣さんが引っ越してくるんだぁー」
「ふー……ん?」
あれ? 待てよ? 隣って言っても、確かココの全部の部屋と対称的に造られているって言ってたよな? ならココと同じ広さだよ。
外出するようになって判ったんだが、俺が居候しているマンションは、木村工業の社長個人が所有している高級賃貸マンションだったってコト。木村社長の娘である、末っ子三女の彼女は、このマンションの最上階に住むオーナーであり管理人さんでもある。
マンションは小高い丘の上に建設されていて、見晴らしも超バツグン。全部で十階建ての賃貸マンションは、要所々に監視カメラが設置されていて、四六時中安全管理が為されている。セキュリティはそこいらの高級分譲マンション並み。
広い敷地内には、詰めて縦列駐車をすると普通車が二台分駐車可能なスペース二列が各戸に振り当てられていて、尚且つ希望者にはマンションの地下駐車場なんてモノも設置されている。しかも、身元がハッキリしている木村の社員が入居を優先されている為に、安全性の信頼度はお墨付きだ。
各階は八戸の四LDKで構成されているが、この最上階だけは庭付きの二戸建てで、しかもずっと空き家だったらしい。
空き家だった理由はカンタン。家賃がバカ高くて不必要に豪華な造りだったからだ。大理石の広いジャグジー付きの風呂や、四畳半もの広ーいトイレなんか、普段の生活に必要なんかねーだろよ。
なのに、そこに越して来るヤツが居たんだ。
へー、物好きなヤツが居るもんだ。毎月貸し店舗くらいの家賃を棄てるような裕福なヤツが、このご時世にも居たんだな?
なんて、暢気に自炊していたら、インターフォンが鳴った。
「あ? 来た、来たぁー」
彼女はクッションを放り投げると、ぱたぱたというスリッパ特有の音を立てて、そそくさと玄関に向った。
「……」
ドアを開けて彼女が出迎えると、ナニやら低いトーンをした声が、ボソボソと聞こえた。
ん? お隣さんは野郎なのか?
しかもあれは、まるでカレシに逢うみたいに待ち侘びていたわ〜って言う態度だったぞ?
「……」
ま、まぁ……あの女がドコの誰とつき合おうが、お、俺にはゼンゼンカンケーねーし。
※ エリア88 : 契約サインをした覚えもないのに勝手に契約されている状態の事。漫画家新谷かおる氏の名作『エリア88』より由来。一部の走り屋用語として使用される。
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