第8話 晩御飯?




     水守(みかみ)が、彼女と知り合いだってーのは判った。で、彼女=俺の勤め先である木村工業株式会社の社長令嬢だってコトも判ってる。

     だがしかし、水守は暴力団関係の連中と見てマズ間違いない。他人事とは思えねー取り巻き連中のガラの悪さや、コイツ等を率いている刃物傷野郎の水守も、見た目まんまの『ソレらしい系』だものな。

     でも……

     俺は頭の中で、単純且つ不可解な連立方程式を浮べて考え込んだ。

    「……???」

     彼女と水守との接点が読めねーっつ。

     たった今、発覚したコトだが……キスさえ体験したコトねー、お高くトマッタ『お嬢様』の『セフレ』は絶対に在り得ねーし。そもそも『セフレ』って『セックスフレンド』ぢゃね? えっちすらケイケンの無い彼女に、この肩書きはナシだよな?

     だったら『カレシ』候補か、お嬢様にはアリがちな『婚約者』か?

     そこまで考えを廻らせてはみたものの、俺はすぐさま今の短絡的貧困想像を却下した。大体、水守がそうだとしたら、何で俺がココに居るのを穏便に黙認してるンだよっつ? 『カレシ』だったら俺、ボッコボコにボコられてるか、五体を念入りにバラされて、今頃は山か海の中にコンクリ詰め……って、生きちゃいねーぞ?

     まぁ、あるとすれば幼馴染のご近所さん? ……くらいなのかな? まさか『身内』だなんて出来過ぎたドラマ設定じゃねーだろな?


     コレがその後に続く、俺とイケメン総会屋幹部 藤代(ふじしろ)水守(みかみ)との腐れ縁の始まりだった。




    「あのさ、アンタ……」

    「なっ、ナニよっつ? まだヤル気っ? 言っておくけれど、あたしは空手も拳法も有段者なのよ? あ、ああアンタみたいなのが百人掛かって来たって、ど、どうってコト……な、ないんだからっ」

     彼女は俺にその先を言わせまいとしているのか、ムキになって俺のセリフを遮った。

     俺は彼女に殴られてヒリツク頬を左手で押さえながら、言い負かされてしまい、呆気に取られて口を噤(つぐ)む。

     まぁ、今のが超遅い晩生(オクテ)のお嬢様のキスだった……なんてな。ファーストキスにあやかれて、嬉しいんだか、虚しいんだか……俺的にはチョイ複雑……なんだけど?

    「別にアンタが黒帯の有段者かどうかなんてコトを、聞きたいワケじゃねーんだけど……あの……」

    ぐぅうう〜〜〜☆

    「っは?」

     なに? 今の?

    「……」

     赤面していた彼女の顔が益々完熟トマトみたいに赤くなり、耳朶まで真っ赤になった。

     今の、ひょっとしなくっても、彼女のハラの音かっつ??? 年頃の……しかも社長令嬢のハラの音なんか、そうそう頼んだって聞けるシロモノじゃねーだろよ?

    「う、ウルサイわよっ! お腹空いてるんだから、仕方無いじゃないのよっつ?」

    「はぁ……」

    『ウルサイ』……ったって、俺、今ナンにも喋って無いったら。

     彼女のハラの音にドン退きした俺。だけど、社長令嬢ったって、そこいらの女と何等違わないヨウナ……?

    「いつもは外食で済ませてるのに、今日は?」

    「き、今日はまだ済ませて無いのっ! だからお腹が鳴ったんじゃないっつ」

    「はぁ……」

     さよか。

     彼女は真っ赤になっている顔を俺に見られたく無かったのか、プイ☆ っと素早くソッポを向いてしまった。

     ははぁ、水守に逢う為に時間調節出来なくて、自分の晩飯を放って水守のコトを優先させたんだなぁーと、納得。だが、そこまで彼女から想われているだろう水守は、彼女のコトを単なるファンか妹くらいにしか想っていないように見えたンだが……実際のトコロはどうなんだろ?

     っま、いいか。水守が隣人になったって、今の俺は現状維持しているんだし。俺が彼女と同居してるってコトを黙認しているってーコトは、水守の許可も同然だよな? 詰まりは『ああ〜んなコト』や、『こぉ〜〜〜んなコト』もOKだって言っているようなモンぢゃね? ……可能か不可能かは別にして。


    「先に台所使うのなら、使ってください」

    「あ、あんたはどうするのよ?」

     彼女はこの時、なんだかキマリの悪そうな表情を浮べると、じとっ☆ と俺を睨んで来た。

    「えー? 俺っスかー? 後で作ります」

    「なに作るの?」

    「? ……親子丼とワカメスープにトマトサラダですが?」

     俺の返答に、彼女はアッサリと『あっそう』とだけ言って頷いた。そして水守から貰った引越しソバ……もとい、チョコの入った紙袋を俺の目の前にぐっと突き出す。

    「? は? なんのマネっすか?」

    「コレ!」

     いや、さっき見たからソレが何かは判ってる。ナントカって有名菓子店のチョコだろう?

    「……それがなにか?」

    「食べたくない?」

    「別に?」

     いや、喰ったコトがねーから興味はあるけど、何かと引き換え条件だったら、場合によるし、そこまでしては欲しくねーから遠慮する。

     彼女は自分の思惑と、俺の反応のギャップに戸惑って狼狽したように見えた。

    「べ、別に……って……」

     彼女は俺の鼻っ面に差し出したチョコのバッグを引っ込めると、肩を竦めて胸の前に引き寄せて、シュンとなる。彼女のガッカリな反応を見て、俺はあることを思い出した。

     ああ、確か……自炊はヤラねー主義だとかって言ってたよな? 

     交換条件は恐らく、これから作るメシをもう一人分増やせと言いたいワケか……『遣らない』のと、『遣れない』のとでは激しく意味アイが違うんだけど、自分で判っているのかよ?

     そうは思ったのだが、所詮俺は居候の身。家主様には逆らえねーし、逆らったって自分の首を絞めるだけで虚しいからなー。まぁ一人分も二人分も大して違わねーし、ここは一つ、コッチから折れてやりますか?

    「そんなには要らないです。けど、一つなら貰ってもいいですよ?」

    「え?」

    「小一時間程待ってくれませんか? 急いで作りますから」

     俺って馬鹿? チョコ一個と晩飯一人前の引き換えかぁ……なんだかもの凄ぉーく俺がソンしちゃっているみたいだが……この埋め合わせは追っ付け遣って貰うコトにしておこう。

     沈んでいた彼女の表情が、たちまち明るくなった。

     おーおー、俺よりも単純……なんでねーの?



      *  *



    「ごちそーさま」

     先に俺が食い終わってから、待つ事暫し。

     俺よりも半分以上少なく盛り付けた晩飯を、彼女は残さずに食ってくれた。

    「コーヒー要りますか?」

    「うん。あ、後片付けヨロシクね?」

    「……」

     あんだよー、片付けまで俺にさせる気か?

    「じゃあ、ジャンケン」

     俺の不満げな顔を見た彼女は、そう言って面倒臭そうに右手を握った。

    「最初はグー、ジャンケンポン」

    「……」

     突然振られたジャンケンに付き合って遣ったのに……面倒だった俺は、そのまんまでグーを出し、彼女はパーを出していた。

    「やったー、あたしの勝ち〜! じゃ、後お願いねー」

     彼女は軽く笑って席を立つ。

    「く……」

     俺は何も言い返すコトが出来なくて、拳を握ったままフリーズ状態で彼女の後姿を見送った。

    『ジャンケンってさぁー、優位な立場の人が強いって言われているのよねー』昔俺と付き合っていた女から、そう言われたコトがあったのを思い出した。

     嘘かホントかは定かじゃねーが、確かに立場は彼女の方が上だよな?


     そして、まさかと疑いたくなってしまうのだが……コレ以降、後片付けジャンケンに関して俺は連日負け続け、ギネスに載りそうなくらいの情ナイ連敗を記録し続けるコトになってしまったんだ。



      *  *



     後片付けが終わった後、俺は携帯用個装パックのコーヒーをカップにセットして、沸騰したケトルの湯を注いだ。

     たちまち辺りにコーヒーのいい香りがふんわりと漂い、その香ばしい匂いは彼女の開けっ放しの部屋に到達する。

    「わー、いい匂ぉ〜い」

    「すぐに出来ますから」

    「うん」

     彼女の部屋から、嬉しそうな返事が返って来た。

     コレ、キッチンのパントリー奥にあったモノだが、賞味期限ギリギリで未開封のまんま放置されていたシロモノだ。せっかくの有名ブランド製品なのに、勿体ない……全く。金持ちのするコトは判らねーなと最初は思った俺だったのだが……単に彼女がズボラで無頓着な性格が故のこの結果じゃないのかと考え直して納得してしまった。


    「出来ましたよ」

    「ありがとー。今行くわ」

     彼女の部屋の入り口から掛けた俺の声に、彼女は慌しくパソコン電源を待機に切り替える。

    「仕事ですか?」

    「まっさかぁー。趣味よ。趣味ぃー」

     彼女は少し恥ずかしそうに笑った。

    「ネットサーフィン?」

     そういや、身の周りの品物の殆んどがネット購入だって言ってたよな?

    「ううん。ネット小説」

    「は?」

    「お金払って読むのもいいけど、アマチュアで自サイト立ち上げて小説公開している人もたくさん居るの。結構ハマって面白いんだから」

    「はぁ……小説……ねぇ」

     そんな趣味があったとは……チラリと彼女の『ヲタク』ぶりを垣間見てしまった気がして、若干退く俺。

    「あー? 今馬鹿にしたでしょ?」

    「なにがです?」

    「惚けないでよ。あたしが小説読むのと、司が独りでレンタルDVD観てるのとナニが違うって言うのよ? 文庫本購入するよりも電子書籍で読む方がずっと経済的だし、効率的なんだから。無料個人サイトなら尚良いでしょ?」

    「はぁ……そりゃまぁそうですけど」

     偏見を指摘され、逆に軽蔑された気がして言い返せなかった。しかも、気が付けばいつの間にか彼女が俺のコトを『司』って呼び捨てしているし。


     俺は彼女と四人掛け用のテーブルを挟んで、食後のコーヒーを味わった。独りならこんなコトなんか遣らないが、初めての彼女との晩飯だ。相手が女の子なんだから、チッとばかり気取りもするさ。

     ドリップ式のインスタントコーヒーだったが、久し振りに飲んだコーヒーの味は格別で、結構気分的に余裕が持てる。こんなのもタマにはアリで良いよな。

    「話変わって悪いけど、これ、司の辞令よ? 今日、総務部から貰って来たの」

    「え?」

     ウソ、マジで?

     彼女は下に木村工業の社名と社章が紺色のインクで印刷されている真っ白な封筒をテーブルに置くと、対面している俺の方へと差し出した。

     研修途中で事故ってからというもの、何の音沙汰も貰えなかったから、トックに首にされているのだと諦めていた俺だった。だから、彼女から貰った辞令から、後光が差しているみたいに見える……って、俺の眼がうるうるしていただけじゃん?

    「司の部署は決まっているから、傷の具合で様子を見て、いつでも出勤すればいいわ」

     若干手を震わせながら、封筒から辞令書を取り出して拝むようにうやうやしく拡げる。

    「日高 司 技術設計部第三設計課 配属……って、う……うわ、マジで? 俺、メンテ職飛ばしてイキナリ設計に行けるんですか?」

     感動だった。

     基本、新入社員の配属は取り扱う製品の実際のモノと、それらを購入してくれたユーザーとの繋がりから始まる。自分達が取り扱う製品がどんなものであり、ユーザーはどんな製品を望み、会社に期待しているかを徹底的に知る為には、メンテナンス営業職に就くのが当たり前だとされていて、俺みたいにイキナリ技術職を与えられる場合は殆んど無いと聞かされていたからだ。

    「第三設計は殆んどがクレームやメンテナンス対応の部署なの。事務スタッフ職だからと言ってもメンテ職と殆んど大差は無いわ。司の場合、幾ら完治したからと言っても、ユーザーの所に出向くにはまだ少しリハビリが必要でしょう? 適性検査である程度の機器知識があると総務はそう判断したのでしょうね?」

     彼女はそう言いながら、水守から貰ったチョコの箱の封を切る。

    「いやー、でもやっぱ、嬉しいし、光栄っス」

    「ふふっ、そうなの?」

    「ええ、モチロン! 俺、早く治して頑張りますから」

     サスガは木村社長! 俺の見込んだ会社だぁ!

     俺はガゼン元気になった。本社が行った適性検査には、機械工学や流体力学といった分野からの基礎問題が出題されていた。車ばっか弄っていた俺にとっては、簡単な問題ばかりだったから、出来栄えの手応えはバッチシで、多分回答をミスってはなかったと思う。そこいらの新卒連中よりも、実戦で使える応用知識を持っていたって事が評価されていたのかも知れない。

     くうぅう〜〜〜っ! 走り屋遣ってて良かったし。

    「そう言って貰えて嬉しいわ。第三設計は本社ビル本館の三階フロアにあるからね? はい、約束ね? あ〜んして?」

    「いっつ?」

    「どうしたの? ココのチョコは美味しいんだから。ハイ、口開けて?」

    「……」

     あ……『あ〜ん』って……コドモじゃねーんですけど? ナンだか歯医者のノリみたいだし……つーか、チョッと恥ズくねーか?



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