第9話 チョコの食べ方?




     彼女の無邪気な勧め方に、俺は少しばかり欲情してしまった。

     俺の視線が、チョコを摘んだ彼女の指先から腕を舐めるようにして伝い、細くて白い首筋から鎖骨へ……そして立派に隆起して俺を拳銃みたいに狙っている二つの胸の谷間に辿り着く。大きく開いた彼女のTシャツ襟ぐりからは、柔らかそうな白いおっぱいが窮屈そうに競り上がっていた。

     そう言えば、えっちしたの……最期はいつだったっけかな? 


     走り屋を遣っていた時は、別に女には不自由なんかしなかった。ただ車を転がして、軽ぅ〜く峠バトルでトップを掻っ攫って見せりゃあ、ギャラリーの女達が幾らでも寄って来て持て囃され、付き合ってくれと告(コク)られる。

     中には俺が初めてだって言う娘(コ)も居たし、フタマタされても良いからと強引に押掛け女になろうとする娘だって居た。でもって、カレシが居るのに付き合いたいと迫って来て、本命カレシが現れて、修羅場に突入〜なんてコトも一度や二度じゃなかったさ。

     だけど、その娘達とは全く長続きしやしなかった……つか、長続きしないのが当たり前だと思っている。

     確かに、俺に言い寄り告って来たカノジョ達は、自分からアピールするだけあって、顔もカラダもナカナカだった。

     だったらどうして長続きしなかったのか……?

     言っておくが、俺がEDや短小とか早漏とかってゆー、アッチの問題はゼーンゼン無いからなっ? 俺の観掛けと車を転がすテクに惚れているだけだし。

     カラダ目当てや、あわよくば俺を自分の惹き立て役にして遣ろうってゆー、腹黒い強(したた)かな魂胆がミエミエだったから、俺としてもぶっちゃけマジに相手にするツモリが無かっただけだ。

     そんなのなんか、長続きする方がおかしいし、俺だって上っ面だけのカノジョなんかマッピラだ。


     けど、今俺の目の前でチョコを差し出している彼女は、そんな女達とは違っていた。

     少なくとも、彼女は俺を採用してくれた大手医療機器製造会社のお嬢様。だから、俺を踏み台にする必要性なんか全く無いし、俺を相手にしなくっても彼女にはイケメンの任侠野郎が傍に居るじゃんよ?

     一体、なんでこの俺が同居人の光栄に肖(あやか)れたのか、マッタク以って不思議だった。

     まあ、有るとするならただ一つ……本人の口からは全面否定を受けちゃいるが、俺を事故らせてしまったって言う引け目が少しでも在ったってコト……なんじゃねーのか?


    「ほら、あーん?」

    「あー……はむっつ☆」

    「きゃっ?」

     俺は差し出されたチョコを含むと見せかけて……チョコを摘んでいる彼女の人差し指と親指ごとパクリと喰らい付いて遣った。

     まさか自分の指ごと咥えられるとは思っていなかったらしい彼女は、一瞬眼を大きく見開き、顔を強張らせてドン退きする。慌てて俺の口から指を引き抜こうと身体を退いたが、それよりも先に俺の利き手の左手が、彼女の細くて白い手首を捕らえて放さない。

    「んな、なにをするのよ? は、放して」

     彼女の退いた表情を嬉しそうにチラ見しながら、俺は構わずに口中でまろやかに蕩けるチョコを彼女の指先ごと舌先で転がし、堪能して遣った。

     サスガはお嬢様のお気に入りのチョコレートだ。そこいらのワンコインで買える板チョコとは、味も風味も全く違ってる。味にコクがあるけど、甘さ控え目のスッキリ系だ。

     品のあるチョコの香りが、仄かに香っていた彼女の甘い香水を華やかに絡め取って、俺の鼻をクスグってくれる。

    「あ、んっ……」

     軽く顔を顰めて、視線で以って彼女が止めて欲しいと訴えているみたいだったが、声に出さないからココは無視。俺は彼女の左手をワザとノーマークしているから、マジで嫌だったら殴ればイイって。

    「ふぅん……」

     指を噛まないよう注意しながら、口中で溶けたチョコで汚れただろう彼女の細い指先を丁寧に舐め上げていくと、たちまち彼女の息が上がって鼻から甘えるような声が漏れた。

     神経が集中している敏感な指先に、俺の舌がチロチロと蠢き撫で回すが、反撃して来ないのは、OKだってコトなのかな? 

     俺は調子をコイてワザと『ちゅぱっ』と音を立てて彼女の指先を放し、今度は彼女の掌(てのひら)を返して、舌先を尖らせると丹念に舐め廻しながら、手首の内側へと這わせて行った。

    「あ、あ……」

     横目でチラリと彼女の表情を盗み見ると、俺のイキナリな行動にどう反応して良いのやら戸惑いを隠せない様子だった。

     這わせる舌が徐々に彼女の上腕部内側に上がって来ると、それまでは容のイイ柳眉を寄せて顰めていた表情が一転して、魂が抜けたみたいなトロンと蕩けた顔付きになり、頬が一層赤くなって上気する。

     俺は更に調子に乗って椅子から立ち上がると、彼女にスッと近寄って、空いた片手でするりと背中に腕を廻した。

    「!」

     背中を撫でられて、ビクン! と身体に電撃が奔ったように肩を跳ね上げハッと我に返った彼女は、俺に向かって左手で平手打ちを放った。

    「ってぇ☆ 〜〜〜」

    「ん、んな……なにするのよっ!」

     俺よりも年上なんだろうに、興奮して真っ赤になり、チョッとだけ涙ぐんだ顔が、妙に幼く見えた。

    「自分だってカンジてた癖に……」

    「かっ? かっ、かん……感じてなんか、いっ、いないわよっつ!」

     ムキになって否定すんなよ。素直じゃねーな。

    「ふーん」

    「な、なによ? ヤル気?」

     彼女は腕を両脇に引き付けて、防御の構えを取ろうとするが、俺に全く敵意が無いニュートラル状態だったせいか、どこかぎこちない隙だらけの甘い構えを取る。

    「……別に」

     俺は椅子の横に立て掛けていた松葉杖を握り、飲み終えた自分のカップを手にすると、何事も無かったようにキッチンへと向かった。

     またしても予想外の俺の反応だったのか、彼女は若干拍子抜けしてしまったようだった。

     まあ、俺としては、このまま強引にえっちに持ち込もうと思えば出来そうな雰囲気だったんだけど、残念ながら治療中の身だから無理は出来ねーし、『ゴーカンされた』……なんて言われて、このマンションから叩き出されるのも、今現在じゃ勘弁だった。

     一瞬だけシン……とした気不味くて嫌ぁーな空気が流れるが、その空気を先に打ち破って来たのは彼女の方だった。

    「あ、あの……」

    「え?」

    「も、もう一つ……要らない?」

    「……はぁあ?」

     あのなぁー……たった今、俺に襲われそうになっていたのに、なんでだよ?

     俺が嫌だったから止めさせようとして殴ったんだろ? ……って、違うのか? 俺は彼女の心理が判らなかった。

     しかもなんの心算か、彼女は箱から一個を優雅に取り出すと、俺に向かって小首を傾げると、それを再び差し出して来たんだ。

    「ね?」

    「要らない」

     俺はニヤリと意地悪く笑って見せた。もう一つ貰っても良かったけれど、また手を出しそうだったし、殴られそうだったからエンリョする。

    「そ、そう……」

    「?」

     彼女はナンだか気抜けしちゃったみたいにゆっくりと肩を落とし、摘んでいたチョコを仕方なく自分の口に運んだ。

     暗に俺を誘っているのか? さっき俺にナニをされそうになったのか、判ってンのかよ?

     自分で襲い掛けていた癖に、俺は節操が無いなとばかり彼女に呆れた視線を送ってしまった。



    「今、風呂にしますから、先に入ってくださいね?」

     テーブルに居残って優雅にカップを傾ける彼女の仕草に見惚れながら、俺は食洗機のカゴにカップを入れると、キッチンの壁に取り付けられている給湯装置のボタンをONにした。

    「えー? 『先に』……って、もう入っても大丈夫なの?」

    「ええ。お陰さまで傷口も塞がったし、いつまでも身体拭いているだけじゃあ俺だって気持ち悪いっスからね。後は骨さえカンペキにくっ付いてくれれば良いだけですから」

    「そうなんだー。あ? 先に入っても良いわよ?」

    「それって『一緒に入ろ?』って言ってる?」

     俺は彼女の揚げ足を取り、都合よく自己解釈して笑って遣った。

     たちまち顔を強張らせ、赤面する彼女……エロいコト言って構って遣ると、結構彼女は面白ぇ〜♪ どんだけ純粋培養のお嬢様なんだよと言いたいぞ?

     第一、一旦退却した俺が、時間を置かずにリベンジなんて分の悪いコトなんか遣らねーし。

    「……なワケないでしょ? ど、どうしてあ、あた、あたしがい、一緒にだなんて……」

    「アレ? 違いました?」

    「……いやん」

    「……」

     ナニ独りで色気付いちゃってンだよ。今の『いやん』って小声で言ったの、ハッキリと聞いちまったぞ?

     彼女の妙な反応に、今度は俺が調子を狂わせてドン退きしてしまった。



      *  *



    「じゃあ、先に失礼するわね?」

    「あー、どーぞ」

     彼女は自分の部屋から着替え一式を抱きかかえると、リビングの白い革張りソファに寝転がり、お笑い番組を観てクスクス笑っている俺に声を掛けて来た。

    「……あ、そうだ……司?」

    「ナンです?」

     まだ何か用事かよ?

     彼女の声で笑いを中断させられた俺は、少しばかり鬱陶しく思いながら声のした方へと顔を向けた。

    「あの、さ、さっきは……アリガト」

    「は?」

     俺、なんかしたか?

     身に覚えの無い彼女のお礼にキョトンとしてしまうが、彼女はそんな俺の表情を読み取ってか、微妙に笑顔を引き攣らせながら俺の傍に遣って来ると、俺の目線に合わせるようストンとフローリングの床に正座した。

    「ん、ゴハン美味しかった」

    「ああ、別に礼なんていいですよ? 俺だって喰ったんだし」

     なぁーんだ、そんなコトかよ。身構えてソンしたぞ。

    「あのぅー、それでさぁ、お礼ってワケでも無いのだけど……」

    「?」

    「眼、閉じてくれない?」

     うひょっ☆ このシチュエーションは、もうアレっきゃねーだろよっつ?

     俺は鼻イキ荒く胸をときめかせると、彼女の言う通りに眼を閉じた。

    「いい? じっと……じっとしていてね?」

    「大丈夫っすよ?」

     俺ならいつでもOKだぜい!

     逸る気持ちを宥め賺しながら、俺は遣って来るだろう彼女の柔らかな唇を待ち受けていたその時だ。

     かち☆

    「……は?」

     なに? 今の『かち☆』って金属音は??? そして、首筋にヒンヤリとした滑らかな金属の感触ってゆー、超ー違和感がしているし。

    「もう眼を開けても良いわよ?」

     彼女のその声を合図に、俺は咄嗟に首の辺りを弄(まさぐ)って、冷たい違和感の元を探った。俺の首に取り付けられたソレは、何処にも繋ぎ目が無い十五ミリ程度の丸い太紐状をした金属で、一箇所から五ミリ程のケーブルが付いていて、隣の彼女の部屋に続いている。

     コレって、首輪か? で、俺が犬っつ???

    「な……? なにこれ?」

    「凄いでしょう? お父様から貰ったの。NASAの開発局で頂いた、絶対に切れない紐だって。ああ、外そうとしたってムダよ? このカードキーがなくっちゃ開かないわ」

     必死に外そうともがく俺に、彼女は余裕の笑みを浮かべ、細い指に挟んだ一枚のカード型キーをヒラヒラと振って見せた。

    「なにすんだよ?」

    「だぁってー、司に覗かれるのイヤだもん」

    「お、俺が覗き見するって?」

     俺は野に放たれたオオカミかよ? そんな細っこい真ッ裸(パ)なんて、見たくなんか……見たくなんか……

    「しないの?」

    「う……」

     見たい……かも?

     彼女は俺の心を見透かせるコトが出来るのか、艶っぽい眼力で以って俺を真正面から見上げると、容のイイ艶やかな唇を開いて自信満々で言い切った。

     アンマリな言い草だったが、サラリと言い上げられた言葉に対して、俺は彼女を言い負かすコトが出来そうになかった。



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