
![]()
| ホストファミリー Mi famiglia italiana Annamaria e Riccardo 1996年2月、ローマで初めて語学学校に通った時のホストファミリー、アンナマリアとリカルド。 留学生に部屋を貸すようになって間もない頃に私がやって来た。こどもがいない彼らにとって、私は娘みたいなもの。ありがたい! 買い物、食事、日曜日のお出かけなどの日常的なものや、カーニバル、復活祭、夏休み、ワインの収穫祭、クリスマスなどいろいろな伝統行事など、イタリアの暮らし方を私は彼らから教えてもらった。 リカルドはローマファンなので、私ももちろんローマファン。 アンナマリアは料理上手だけれど、最近とみに健康に気を使うようになって、とうとうオリーブオイルをスプーンできちんと量るようになった。 |
|
| アンナマリアとリカルドの家の生徒部屋。 語学学校は9時から13時までだった。午後は専ら観光。18時ぐらいに家に戻って、食事を作っている間に一日今日は何を学校で学んだとか、休み時間に誰とどんな話をしたとか、どこに出かけたとか、宿題はこういうのだ、とかまるで小学生のようにホストファミリーに報告をした。 入門クラスの私には、こうして学校で習った文章を彼らに伝えることがとても良い復習になった。1ヶ月であいさつから日常会話に困らなくなるなど、目に見える上達をしたおかげで、私はイタリア語が大好きになった。1年後は初級と中級。2年後は中級と上級。上達するに連れて英語に頼らず、イタリア語だけで友達と過ごすようになった。そして学校に通わなくなって6年経つけれども、流暢さには欠けても文通や電話には困らないだけ感謝している。 |
|
| イタリアの朝食 私の多くの友人は、朝食を食べない。 エスプレッソだけだったり、カプチーノとビスケット2−3枚だけだったり、コルネット一つだけとか。 私はオレンジジュースとヨーグルトをプラスして、カプチーノにビスケットを浸しながら食べることが多かった。オレンジジュースは絞りたてで、とてもとてもおいしかった。 この写真に生ハムと卵焼きが載っているのは、「日本人は朝たくさん食べるんでしょう」と私のために友人のお母さんが作ってくれたから。決して普段の朝食には出てこないメニューだ。 |
|
| ローマにあるピラミデ(ピラミッド)。 アンナマリアとリカルドに知り合う前、一週間だけピラミデ駅近くのお家から学校に通った。 その大家さんが限りなく“ケチ”だった。シャワーは月・水・金のみ。電気とテレビをつけるときには大家さんの許可を取ることといった規則が壁に貼られていた。 部屋は、部屋と部屋の隙間(クローゼットであるべき場所)だったので、両手を伸ばせば両壁に手が届いた。月、火、水と徐々にごはんの量が減った。そして木曜日に私は出て行くこととなり、同じ語学学校のクラスメートだったスウェーデン人姉妹のお家に金・土・日とお世話になった。そのおかげで、語学学校では彼女たちととても仲良くなったし、姉は今もローマにいるので何度となく会い、妹にはストックホルムで再会した。彼女たちは私の大切な恩人だ。 次の月曜日、アンナマリアにその様子を手振り身振りで伝えると、「その大家さんは変わっているけど、それでも1ヶ月分の家賃を返してくれたから救われたわね」と言ったことを思い出す。 それからの3週間、毎日毎日幸せだった。イタリア語を覚えて、クラスメイトとおしゃべりして、観光に出かけて、ジェラートを食べて、アンナマリアのごはんを食べて。 ピラミデを見ると、初めてづくしだったローマ語学学校の日々を思い出す。 |
|
| 散歩 ローマは町全体が博物館だ。一日中歩いていてもへっちゃらだ。 私の一番好きな場所はパンテオン。天井にぽっかりと穴があいていて、夏も中に入るとひんやりしている。飾らないつくりだけれども真ん円の形がお気に入りだ。 パンテオン近くにある、Tazza dell'oroの granita di caffe(コーヒーのカキ氷)かgiolittiの生クリームを載せたジェラートを片手に、コルソ通りやナヴォーナ広場など散歩を続ける。 |
|
| 8月15日 日本では、お盆です。 イタリアではWフェラゴスト”というお祭りです。仲間と一晩中浜辺で過ごします。全国的な行事なのか、友人の住むリミニというアドリア海周辺だけのイベントなのかは忘れてしまいました。 30人、車7台連なって海へ!海でおよいで、ジェラートを食べ、キャンプファイヤーをして、歌を歌って、おしゃべりをして、夜明けを待ちます。日が昇ると眠さをこらえてBARで朝食を取り、それぞれの家に帰ってお昼ごはんの14時ごろまで眠ります。 星と月を眺めながら海に浮ぶのは楽しい!!京都の大文字もいいけれど、私はフェラゴストも大好き。 |
|
| この写真は、卒業パーティの時の夕食会。 イタリアでは数年前まで学士号がなく、6年間大学に通って卒業と同時に修士号を授与されました。今では4年で卒業することも出来るそうだけど、慣例に従って6年で修了する人が多いと思う。初めて友達の卒業式に行きました。卒業発表と口頭試問に両親、兄弟、叔父・叔母・祖母・いとこたち・・・あらゆる親戚が集まります。それだけイタリアの大学を卒業するのは難しくて栄誉なこと。でも、口頭試問の後教授たちから点数を告げられるのを最初は緊張な面持ちで耳を澄ましていたのですが、繰り返される120+(満点)の声に、さすが楽天で褒め上手なイタリア!緊張は吹っ飛んでいきました。私の勉強したイギリスでは、70点以上で「優秀」と表彰されたのになぁ、などとお国柄の違いを感じたひと時でした。私の友人は、もちろん120+です。 おめでとう! |
|
| NUTELLA!!!! 母がフランス旅行みやげとして14歳だった私と弟に買ってきた、パンに塗って食べるヘイゼルナッツクリームのペースト《ヌテッラ》。いつどのように初めて食べたかはっきりと覚えているくらいおいしい、幸せのクリーム。 それはイタリア産だとはローマに行くまで知らなかった。イタリア人も老若男女問わず大好き。イタリア人で「嫌い」などという人に1人も出会ったことはない。 「Caro Diario」というイタリア映画では巨大な巨大なヌテッラが登場していた。 イタリア人とピクニックに行く時はたいてい誰かがヌテッラ一瓶とパンを持ってゆく。 そうそう。あんまり私がヌテッラを褒めるので、アンナマリアとリカルドは朝食だけでなく、夕食後にヌテッラを出した。さらに、「1000のヌテッラ料理レシピ本」と3キロのヌテッラを日本に帰国する前にプレゼント。以来、訪れるたびにリカルドは私にヌテッラをプレゼントしてくれる。 |
|
| BABBIのウェハース 日本人のブームを作る技はすばらしい、とときどき感心する。 イギリスの友人が「私がティラミスの存在を教えてくれたのは日本よ」という言葉にも納得。 2006年秋、イタリアへ行く直前にBABBIについて日本の叔母から教えてもらった。ホームページで検索して、売っている場所をメモしてイタリアに行く。BABBIのチョコレートは高級なので、私のイタリア人の友人5人聞いても誰も知らなかった。 結局アンナマリアと近所のワインなどを主に売るお店に出かけて、BABBIを見つけた。日本では一つ700円するんだよ、と10個で1500円のチョコレートの袋詰めをあるだけ買った。あるだけ、と言ってもそのお店には5袋しかなかったのだけど。アンナマリアはお店の人に味見させて、と言って買う前に二人で試食した。「これはおいしいっていうんじゃないわ。極上の味ね」とふたりでプチ贅沢気分に浸った。リカルドとアンナマリア、エットレ、ヴィルジニアとニコーラ、BABBIを一緒に探してくれた人たちの分も「見つかった」喜びを分けた。 日本でBABBIを買う気分にはならないけれど、次回イタリアに行ったらまたW買い占めて”みよう。 |