こうすれば受かるMBA 2007

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 ■ 執筆者紹介

 

【ハンドルネーム】 Chen

【進学先】             HEC

【他の合格校】      なし

【途中辞退】          USC(IBEAR)

【WL】                   なし

【不合格校】          Cambridge

【年齢・性別】        30代前半・女性

【職歴】                外資系IT企業(7年勤務)

【私費/派遣】        私費

【最終学歴】          筑波大学第1学群社会学類

【GPA】                 3.6

【TOEFL】             270

【GMAT】              610

【海外経験】         米国西海岸に1年間留学&インターンシップ、その他海外出張など

【コメント】             崖っぷち受験生でした。

 

■ なぜ今MBA?

その昔米国カリフォルニアに1年ちょっと留学&インターンシップをしたことがあり、その際、現地でMBA生と交流する機会があったことなどから、MBA自体への漠然とした憧れは持っていました。しかし、自分が経営者になるわけもないしそんな素質もないし、と自分とはやっぱり関係ない世界だとも思っていました。 また当時は、キャリア、と言っても、「英語を使う国際的な仕事をしたい」、という程度の希望でしたし、それは外資系の大企業に就職したことで、ひとまず目標も達成できていたわけです。 当時の私の仕事は、国内マーケットの需要予測や米国本社や海外の工場とのやりとり、ワールドワイドでの社内プロジェクト参加などで、比較的海外出張も多く、大変なりに楽しい毎日でした。しかし、数年もすると、やりつくしてしまった感とともに、巨大企業での細分化されたオペレーション業務にはとても詳しいけれど、世の中一般とは切り離されているような感覚を覚えるようになりました。また、三十路を目の前にし、このままで良いのだろうかという疑問もあり、中長期的なキャリアチェンジを見据えてMBAを考えるようになったのです。2003年に一度GMATの勉強を始めましたが、その後、社内でマーケティング職のポジションのオファーを頂き、ひとまずキャリアチェンジは達成できたし、MBAはやっぱりいらないや、と勉強もストップしました。 しかし、オペレーション系業務が長かった私が、いざ、マーケティング職についてみると、コアとなるスキルが足りないことに気づき、色々苦労しました。ここで改めて、理論的なマーケティングプラン、あるいはストラテジーを自分で書けるようになりたい、という切実な願いから、MBAの必要性を感じるようになり、本格的にMBAを目指すことになった次第です。

 

■ スケジュール・費用

1998年ごろ         : カリフォルニアでの留学&インターンシップを通し、漠然とMBAに憧れる。

1999年                 : 某外資系企業に就職。

2003年8月〜10月  : このまま同じ仕事をしていることが自分のキャリアアップにつながるのだろうか、という不安感から、MBAにチャレンジしてみようと思い、KAPLANに通う。 

2003年11月ごろ     : 社内で異動の話が持ち上がり、MBAは一旦白紙に。

2005年6月            : やっぱりMBAは必要だと切実に思うようになり、

2006年9月            : 入学を目標に準備にとりかかる。TOEFLは素で受験し250点。GMATもこんなものだろう、と思い、昔のKAPLANの教材などで独学を始める。

2005年7月             : とりあえず、一度も受けたことのないGMATを受けておかなきゃ!と思いガチンコで初受験、350点をはじき出してショックを受ける。が勉強していなかったもんね、と楽天的に考え気を取り直す。

2005年9月             : ちょっとは勉強したし、今度こそ、と思い、2回目受験。400点台。何かがおかしい、と思いつつも独学を続ける。

2005年11月           : 今度こそは、と思うもまたしても400点台。もうだめだと思い、ネットで見つけた個人塾のAFFIANCEに駆け込む

2006年入学は諦めなさい、と言われショックをうける。そもそもTOEFL250点じゃ全然ダメとも言われ、TOEFLの勉強から始めるように指導される。

2006年1月 〜3月   : TOEFLの勉強と並行して、YESに通う。

2006年4月 〜5月   : AFFIANCEでのGMAT集中講座を取る。TOEFL270点(終了)

2006年6月 〜7月   : AFFIANCEで知り合った仲間と毎週勉強会を開催。職場でリストラの大嵐が吹く中、退職が不可抗力であることが判明。心理的にかなり落ち込み一時期勉強が手につかなくなる。

2006年8月 〜9月   : エッセイカウンセラーの木下氏に自分のキャリアプランを相談。とりあえず、今の自分のバックグラウンドでどれだけキャリアチェンジが可能か試すため、就職活動をしてみることを勧められる。

2006年9月初旬       :久々のGMAT560点。昨年からの進歩が見えて少しだけホッとする。

2006年10月           : 就職活動はキャリアの横滑りになってしまうことを再認識。改めてMBA受験に集中することを決意。就職活動を通して見えてきた採用側のニーズと自分の年齢を考え、短期間でMBA取得が可能な欧州MBAにフォーカスを変更する。月末に退職。2回目GMATまたしても500点台で、かなり凹む。

2006年11月           : 職場のお世話になった方たちから推薦状を頂く。

2006年12月          : 3回目またしてもGMAT600点越えができず。泣きそうになりながらも、HECのpre-application審査で自分のバックグランウンドの評価が良かったため、1月締め切りに提出することを決意。

2007年1月            : HECにApplication 提出。

2007年2月            : HECから再度GMATを受けなおすよう指示され、風邪で最悪のコンディションで4回目GMAT受験。勉強始める前に限りなく近い点数を弾き出し、全て終わった、と涙ながらに家路につく。が、帰るとインタビューへの招待メールが!

2007年3月            : GMATの点数を補うべく、インタビューのためフランスまで赴く。結果、WLに。

2007年4月            : 首の皮一枚つながった状態で5回目GMAT受験で610点。安堵のため息。HECにメールでスコアを報告すると翌日にはCongratulations!のメールが。その後、Cambridgeへの願書を提出。

2007年5月           : 既にHECに100万円のデポジットを支払った後にCambridgeからインタビューに呼ばれる。迷いながらも、とりあえずインタビューは受けることに。          :

2007年6月           : Cambridgeのインタビューのため渡英。観光は楽しむも、キャンパスツアーの後、自分の中でなんとなくしっくりこない気持ちを残しつつ、インタビューは和やかに終了。翌日Ding!のメールが届く。スケベ心を見抜かれた!と思う。        :

 

■ 費用 かれこれ、200万円以上近くかかっています。恐ろしい。。。 (内訳)

GMAT対策 アフィアンス(模試や単発講座含む):約60万円

GMAT対策 YES:約20万円 エッセイカウンセリング(インタビュー対策含む):約80万円

キャンパスビジット(インタビュー)x2: 約30万円

TOEFL&GMAT受験料:約20万円

アカデミーヒルズ会員費:約12万円

 

■ 予備校選び

【AFFIANCE】

既に他の受講者に語られていますが、少人数制の寺子屋式の授業で、そもそも勉強の進め方から教えてもらえたのが良かったと思います。先生は相当個性が強い方なので、人によって相性はあるかもしれません。ドラゴン桜の桜木先生ばりです。しかし何よりも、少人数制ゆえに、ここで知り合ったクラスメイトとは、長い受験期間をともに戦う戦友ともいえるような人間関係を作れたことが良かったと思います。本当に彼らの存在なくてはこの受験を乗り越えられませんでした。

 

【YES】

 あの面白くないSentence Correctionを、なぜそれが答えになるのか、を地道に文法ルールに沿って解説してくれます。どうやって回答を導くのかが分かるようになりました。ときどき、アダルトな例文を使って解説されるので驚きますが、ある意味絶対覚えます(笑)使っている教材が異様に古い(相当昔の公開問題)のだけ気になりますが、授業自体が最新の傾向を狙うというより基本的な文法事項中心なのでその意味では問題ないと思います。

 

【Future Educations】

 カウンセラーの木下さんには言い尽くせないほどお世話になりました。エッセイの作成だけでなく、その元となるべき自分のキャリアプランや方向性について、とても悩んでいた部分もあったのですが、長い目で見て色々アドバイスを頂くことができました。受験期間中、ともすれば弱気になってしまう私のメンタル面でのカウンセラーでもあったと思います。こうした日本語でのカウンセリングを経て作ったエッセイは、とても説得力のあるものに仕上がったと思っています。GMATのスコアが低かった分、エッセイで勝負しなければならなかった私にとっては、木下さんのアドバイスなくして合格はありませんでした。

 

■Resume

 昔就職活動をしていたころの英文レジュメをもとに作り直しました。私の場合は、受験期間中に一時期転職活動もしていたのですが、そのときに色んな就職エージェントとも話をしましたが、そのときのアドバイスも盛り込みました。すぐに転職の予定がない方でも、MBA卒業後の自分をイメージするためにも就職エージェントと話してみることはお勧めです。外資系エージェントだと外人相手に面接の練習にもなりますし。あとはエッセイカウンセラーからのレビューも受けました。

 

■TOEFL

 CBTで受験したのでこれからIBT受験される方は参考にならないかもしれませんが、私はもともと点数配分の中で文法セクションが低かったので、そこを集中的に勉強したところ点数が上がりました。TOEFLレベルの文法なら市販の問題集で十分対応可能でした。また、リスニングはTOEFL独特の問題(大学キャンパスでの会話など)があるので、CD-ROMつきの問題集を買って勉強しました。一時期、CNNなどのニュース英語を聞いたりしていましたが、スコアアップという意味ではやはり問題形式のものを聞いたほうが直接効果があると思いました。

 

■エッセイ

 前述のFuture Educationで全てお世話になりました。日本語で自分のキャリアプランやこれまでの実績などを元に.優申个鍬日本語でエッセイの回答を作る1冖してNativeにレビューしてもらう、というプロセスを踏みました。´△脇本語で行いましたが、個人的には△肋蔑できたかもと思っています。△必要だったのはどちらかといえば、カウンセラーのレビューを受けるときに盛り込む内容や展開などについて正確にやりとりするためだったと思いますが、もっと別のやり方もできたかもしれません。またについては私はFutureに所属しているNativeの先生にお願いしましたが、こちらは時間によって料金が決まっていたので結構高くつきました。Nativeの先生のクオリティは大変良かったので、時間を効率的に使う工夫をしたら良かったかな、と後から思いました。受験仲間の中には学生アルバイト(日本に留学しているアメリカ人など)にまずレビューをしてもらってから先生に見てもらっている人もいました。

 

■推薦状

 社内プロジェクトでお世話になった方2人にお願いしました。学校によっては「上司」からの推薦状を要求してくるものもありますが、自分をよく知っている人であること、上司の代わりにもなる人であることが説明できれば、必ずしもそれに従う必要はないと思います。私の場合は夏ごろに推薦状をお願いしたいことをお話して快諾いただいた後、11月ごろ改めてお願いに伺いました。お忙しい中お願いをするので、.侫ーマットや質問内容を説明した上で推薦者が思う回答をメモ書きし、△修譴鬚發箸肪,台を自分で用意(日本語)再度レビューを受けてから英訳ず能レビュー&サイン、というプロセスをとりました。英語に慣れている方であっても日本人に頼む場合はやはり英語でいきなり書いてください、というわけにはいかないと思いますし、書いてほしいことを盛り込んでもらうためにも自分で叩き台を用意したほうがよいと思います。

 

■志望校・出願先の選定

 入学時に33歳という自分の年齢を考え、MBAプログラムの期間が短いことを志望校選定の条件にしていたため、必然的に欧州MBAが志望校の中心となりました。転職活動やキャリアカウンセリングをする中で、自分のバックグラウンドと今後のプランと年齢のバランス、がキャリアチェンジで成功するためにとても重要だということが見えてきました。世の中一般的に全く違う業界に転職するのは35歳までという目安があり、自分でも自分のバックグラウンドや今後のプランを考えた場合、それまでには卒業しておきたいと思ったのです。また、プロジェクトなど実践的なプログラムであること、マーケティングで定評がある学校も条件であり、そうすると選択肢は余りなく、HECが自然と候補としてあがってきました。HECはフランスという国からイメージするようにブランド・マーケティングなどにも定評があります。また、グランゼゴールという大学の学部にあたる教育機関のMBAであることから欧州MBAの中でも名門といわれているのも受験の理由のひとつです。その他の受験校としては、Cambridge(面接まで)、USC-IBEAR(途中棄権)、またIMDも志望校に考えていましたがGMATのスコアメイクとHECの合格のタイミングと合わず断念、といったところです。

 

■インタビュー

GMATのスコアが低かったがため、現地でのインタビューを選びました。学校側に、熱意を見せるために行ったもので、点数が十分あれば日本で受けても全く差はないと思います。インタビューは自由プレゼン(10分)と1:1の面接を30分ほど。これを異なる試験官と2回に分けて行います。私の場合はGood cop & Bad copの組み合わせで、一人は圧迫面接のような雰囲気でした。HEC面接の目的は、人を見ている感じがしました。そういう意味で、プレゼンのお題は何でも構わないのですが、自分らしさが見える題を選ぶほうが良いのでは、と思いました。

 

■ その他のアプリケーション提出書類

requirementではないのですが、追加でもう1通、元勤務先の日本法人社長からの推薦状を提出しました。

 

■ アプリケーション提出後〜合格通知入手

アプリケーションを出した後も、面接に行った後も、とにかく最後までGMATの勉強を続けていました。特にはるばるパリまで面接に行った後、WLになっており、ステータスを変えるにはGMATスコアアップしか考えられませんでした。5回目のスコアを提出すると3日後にはすぐに返事をくれたので、やはり読みどおりだったな、と思っています。

 

■ その他役立つ情報

特になし。

 

■ MBA受験を振り返って

私がMBA受験を乗り切れたのはとにかく色んな人の助けがあったからに他なりません。塾の先生やエッセイカウンセラー、忙しい中いやな顔ひとつせずに素晴らしい推薦状を書いてくれた元の職場の方々。中でも塾を通じて知り合った受験仲間には、勉強への取り組み方や将来の夢にかける思いだとか、色んな面で大きな影響を受けました。GMATのスコアが上がらず落ち込む日々も、共に戦う仲間がいればこそ乗り切れたのだと思います。反省点としては、受験対策に思っていた以上の大金と時間を使ってしまったこと。何でもそうかもしれませんが、やはり受験も情報量がものをいう部分があります。GMAT受験を考え始めた頃は、自己流の対策で何とかなると思っていましたが、結果としては遠回りになってしまいました。もっと早いうちに色んなところに顔を出して、ネットワーキングを積極的にして沢山の人と情報交換をするなど、最初の情報収集にもっと時間を使うべきだったかもしれません。また、私の場合GMATがスランプに入ったときなどやはり苦しさから、「何のためにMBAに行くのか?」を迷ってしまう時期もありました。GMATの勉強に時間を使うよりももっと有効な時間の使い方があるのでは?とか、行かなくても立派に活躍している人は沢山いる、などふらふら迷ってしまうときに、自分の迷いとか疑問をぶつけられる存在(私の場合はエッセイカウンセラー)がいたことは大きな救いになりましたし、目標を常にはっきりさせることで諦めずに頑張れたのだと思います。そういう意味で、ペースメーカーを持つ意味は大きいと思います。目標がはっきりすれば自ずと「諦めないで頑張る」理由と姿勢が生まれてくると思います。殆どの受験生にとってMBA受験プロセスはとても苦しいものだと思いますが、そこから学ぶことも沢山あります。もし、MBAが自分の目標に必要なものであるなら、皆さんも是非諦めずにチャレンジしてみてください。