こうすれば受かるMBA 2007

→ホーム        →執筆者別       →サイトマップ      →メール    

 ■ 執筆者紹介

 

【ハンドルネーム】 ぼへみやん

【進学先】             Instituto de Empresa

【他の合格校】      SDA Bocconi, EM Lyon, Theseus EDHEC

【途中辞退】         なし

【WL】                  なし

【不合格校】         なし

【年齢・性別】        20代後半・女

【職歴】               外資系IT企業(6年勤務)

【私費/派遣】       私費

【最終学歴】         某ミッション系私立大学・学部卒

【GPA】                一応3.0はある

【TOEFL】            言えない

【GMAT】             とても書けない

【海外経験】        なし(海外旅行、ホームステイのみ)

【コメント】          

100%Pureドメスティックです。日本語Englishを惜しげもなく披露し喋ります。TもGも、学校のAverageが遥か上にかすんで見えます。泣きたくなる日もありました。だけど、なぜMBA目指すのか、そのなぜ授業についていける自信があるのか、についてきちんとしたEvidenceと共に説得できたことが合格につながったのではなかろうかと、いまになって思います。 勇気を与えることができれば幸いに存じます。

 

■ なぜ今MBA?

今の仕事をやっていて、自分に不足しているスキルや知識に気づいた。しかも、それらは今の仕事を続けていても身につくものではない・・・・・、ではどうやって身につけるか色々考えていたときに、MBAというものを知り、一番自分のニーズにフィットするパッケージだと思えたから。

 

■ スケジュール・費用

3−1 全般的な受験スケジュール 2005年04月ごろ MBAを目指そうと決心。

2005年05月           : TOEFL(CBT)初受験。撃沈。

2006年01月           : GMATの勉強開始。Kaplanに通う。

2006年04月           : TOEFL終了。

2006年05月           : GMAT初受験。撃沈。

2006年12月           : GMAT終了。(というかあきらめる)エッセー開始。

2007年01月           : エッセー終了。面接とキャンパスビジットの旅に出る。

2007年02月〜03月 : 各校から合格通知を受け取る。

2006以前               : 個人勉強・TPRJ・KAPLAN等… 

2006年1-3月         :  YES           :

 

 

■ 費用 3−2 費用 TOEFL、GMAT受験および学習費用、書類郵送費などなど含めて約60万円。 キャンパスビジットと面接の旅で約40万円。 合計して100万円ほど。

TOEFL JPY72,000.-

GMAT JPY120,000.-

Kaplan JPY250,000.-

Resume JPY30,000.-

Essay JPY129,600.-

Books JPY12,000.-

Recommendation JPY8,000.-

Fedex JPY13,500.-

Post JPY4,500.-

Campus Visit JPY400,000.-

Others JPY2,000.-

 

TOTAL JPY1,041,600.-

 

■ 予備校選び

会社の近くであることと、英語で受講が可能であったこと、さらに少人数(わたしのときはクラスが3人!)だったことから、KaplanのGMAT講座を受けました。

 

■Resume

自分で作成し、Kaplanに一度見てもらい、それをさらに直してオンライン添削してもらいました。アピールできる数字があることが説得力を増しますので、これまでの実績をすべて洗い出し、数字に落とし込むことが必要です。また、A4(もしくはLetter)一枚に絶対に収まるようにしました。

 

■TOEFL

早めに終わらそうとして、結局連発で受けてコストがかかりました。丁度近いうちにIBTに移行するといわれており、CBTのうちに終わらせたかったので仕方ないですが。いまはIBTになっているはずですので、コメントしづらいですが、わたしのようにドメスティック育ちの場合は、単語、特に学生がキャンパスで使用するようなものやイディオムを覚えるようにする必要があります。

 

■GMAT

結局満足なスコアは取れませんでした。IEはスコアが壊滅的に足りなかったので、現地でIE独自の試験を受けました。ですので、ここもアドバイスはしづらい部分があるのですが、日本人は数学ができる、というのはどうやら本当のようです。わたしは数学にもともと苦手意識があったので、Mに時間をかけてしまいましたが、結局Mのスコアはそれほど変わらず、逆にVに翻弄されるようになりました。Kaplanではテクニックを学びましたが、やはり毎日欠かさずWilmitsなどで練習を重ねることが必要です。

 

■エッセイ

 12月15日から開始し、01月07日までに終わらせるという強行スケジュールになってしまいました。GMAT終わらせた気の緩みでした。年末・年始も関係なく、引きこもってエッセーを書いていました。ちょうど仕事で色々トラブルが発生していた時期でもあり、本当に両立が大変で、気が狂いそうになりました。これはタイムマネジメントの失敗だったと思います。結局満足行くものは書けたのでよかったですが。 アドバイスとしては、「なぜ」と「どうやって」をたくさんたくさん掘り下げていくこと。自分のキャリアの経験談や考えをたったA4一枚程度に収めるのですから、自分から見てあたりまえと思える部分は無意識に省略して書いてしまいがちですが、なにせ他人が読むわけなので、その背景にあるものをきちんと説明しなければなりません。それを規定文字数以内に収めるのは相当推敲を重ね、他人からみても理解できるか、客観的に書くことが大切です。わたしはアメリカのオンライン添削を利用しましたが、価値は十分にあったと思います。

 

■推薦状

 わたしをよく知っている外国人上司(Managing Director)と、日本人のVice Presidentに書いていただきました。どちらもだいぶ上の役職の方でお忙しいため、10月ごろに、年内におねがいします、と依頼しました。学校ごとに決まったFormがあり、中には手書きで書かなければならないものもあったため、手間がかかったと思います。 たまたま依頼した相手の役職が高い方でしたが、依頼する上で一番大切にしたのは役職ではなく「自分のことをよく知っている人」あるいは「自分の成果を人づてにでも聞いて理解してくれている人」という観点でした。 また、依頼したあと、それぞれ打ち合わせを持ち、相手が書こうとしていることと、自分がエッセーで書こうと思うことを突き合わせ、自分のエッセーの補助ともなるよう気を配りました。ここは非常にポイントだと思います。

 

■志望校・出願先の選定

 正直言って、環境面、文化、食事、音楽など、生活の潤いにつながることを重視しました。そうなると、わたしの場合は欧州ではフランス、イタリア、スペインしかないと思いました。また、英語の他に外国語を身につけたいと前から思っていたので、英語圏ではない場所というのも条件でした。その中でも、アントレが強いこととIT系の企業に強いこと、どちらかを必ず満たすことを前提に学校を選定しました。それでも絞りきれなかったので、実際に卒業生の方やアドミッションの方と会った雰囲気や、先方からのアプローチの積極性、まさに「縁」ですが、それをもって最終的に確定しました。

 

■インタビュー

すべて現地で受けました。 合計で4校、Info Session(Admission Interviewではない)を含めると5校でした。 IEについてのみもうしあげますと、至って普通の面接の質問(自己紹介、なぜMBAか、将来の目標は、など)に加え、最後に「もし、70代の大金持ちのおばあさんが、気まぐれで700人乗りの飛行機を飛ばしたいと言い出し、あなたをそのプロジェクトのリーダーに選んだとしたら、あなたはどうしますか?」というびっくりな質問がきました。結局何とかやぶれかぶれながらも答えましたが、面接直後の感想としては、間違いなく落ちた、と思っておりました。

 

■ その他のアプリケーション提出書類

特に無し。    

 

■ アプリケーション提出後〜合格通知入手

EM Lyonから最初に合格をもらい、続いてEDHEC、しばらく間をおいて忘れた頃にIE、だいぶ遅れてIEに入学金を振り込んだ辺りでSDA Bocconiから合格通知がきました。 いずれもメールにPDFファイル添付できました。

 

■ その他役立つ情報

IEはもともと調査段階からいいなと思っており、2006年03月に初めてアドミッションの方と東京でOne on oneインタビューをしました。その後も継続して質問メールをしたり、東京にMBAツアーなどで来られた際に再度お会いして、第一志望であることや、アプリケーションの状況などを報告するなど、アピールは欠かしませんでした。それが結局合格につながったかは分かりませんが、現地で面接前にその方にお会いしたとき、やはり「知っている方にお会いした」ということで精神的に落ち着くことができました。 また、本来であれば書類審査が通ってから面接、という流れなのですが、わたしはどうしても現地でキャンパスを見たかったので、2006年09月ごろから、キャンパスビジットの旅の計画を練り始めました。そこで、各校の担当者に、「書類通らないと面接受けられないのは百も承知ですが、なにせ日本からキャンパスビジットに来るものですから、前もってそのときに合わせて面接スケジュール確保できませんか。絶対それまでに書類全部提出するから」と交渉をしていきました。これは意外にすんなりいったので、GMATやTOEFLのスコアの低さがあっても必ず面接で挽回できる、というシナリオに各校持っていくことができました。

 

■ MBA受験を振り返って

ビジネススクール、というだけあって、ビジネスのように交渉次第でどうにでもなるというのが実感です。 ですがタイムマネジメントの失敗が一番大きく、2006年年末は本当に苦しかったです。でも、その後に控えた欧州の旅は面接もありましたがそれも含めて本当に楽しく、自分へのよいご褒美となりましたし、合格通知をもらったときは本当にうれしかったです。(でも正直GMATは二度と受けたくないです・・・・・)