
鳥取
県名の起源説話
「鳥取」の語は『古事記』『日本書紀』の垂仁天皇に「鳥取造(ととりのみやつこ)」、「鳥取部(ととりべ)」がみえる。
『日本書紀』垂仁天皇二十三年九月から十一月の条にかけて「鳥取」の起源説話がみえる。誉津別王子(ほむつわけのみこ)が成人しても言葉が喋れないことを天皇が憂いていた時、大空を白鳥が飛んでいるのを見つけ「是何物ぞ」と発した。天皇、喜びて、その鳥の捕獲を命じた。天湯河板挙(あまのゆかわたな)が鳥を追いつづけ各地を巡り、ついに出雲の地で捕獲に成功した。この功績から「鳥取造」の称号(姓:かばね)を拝命した。『記』にも同類の説話が見えるが、結末が違っている。
山陰道:因幡国・伯耆国
1871年7月14日 (旧暦) 廃藩置県により、旧因幡国の8郡(岩井郡・邑美郡・法美郡・八上郡・八東郡・智頭郡・高草郡・気多郡)、旧伯耆国の6郡(河村郡・久米郡・八橋郡・汗入郡・会見郡・日野郡)、旧播磨国の3郡(神東郡・神西郡・印南郡)の一部が鳥取県となる。
11月15日 (旧暦)旧播磨国の領域が姫路県に編入される。
12月27日 (旧暦)島根県より旧隠岐国が編入される。
1876年8月21日 鳥取県が島根県に併合される。
1881年9月12日 島根県のうち、旧因幡国の8郡、旧伯耆国の6郡が鳥取県として分立・再置される。
1896年4月1日 岩井郡・邑美郡・法美郡が合併し岩美郡、八上郡・八東郡・智頭郡が合併し八頭郡、気多郡・高草郡が合併し気高郡、河村郡・久米郡・八橋郡が合併し東伯郡、汗入郡・会見郡が合併し西伯郡となる。