黒薔薇姫【 読み切り 2012.10.30 】

 

 獣が出るという、深い森がありました。

 迷って帰れなくなった者は何人もいたそうです。

 深い森なのに何故、人はそこへ行くのか。

 その森には、ある噂があったのです。

 その噂はとても有名なもので、それは1つだけにとどまらず、いくつかの話がありました。

 1つは、金の鳥の存在。

 1つは、美しい薔薇の城の存在。

 そして、その美しい薔薇の城に、黒薔薇姫という姫が住んでいるという事。

 その姫は、不思議な力を持っていて、願いを叶えてくれるというのです。

 そんな夢のような噂が飛び交う森に、何人もの勇気ある若者や、好奇心旺盛な若者、野望を持つ若者たちが、その森へ向かいました。

 けれど、誰一人として帰ってきたものはいません。それなのに、広まる不思議な噂。

 その噂はどれが本当なのか、全て嘘なのか、真実を知る者はいませんでした。

 そんな噂を確かめる為に、沢山の若者たちが森へ向かいました。

 好奇心旺盛な若者が森へ向かい、獣が出ると言う噂に、力試しに森へ向かう勇気のある若者もいました。

 そして、金の鳥を捕まえ、お金儲けをしようと考えたり、姫に会い、願いを叶えて貰おうとする、野望を持つ若者たち。

 そんな者たちが、後を絶ちませんでした。

 もちろん。帰らぬ人々がいるのだから、噂は、良い噂ばかりではありませんでした。

森はとても広く、大きな迷いの森。

 入り口はとても狭く、高くのびた木々は空をふさいでいるそうで、森に入ることを必ず、ためらうそうです。

 勇気をもって、その入り口をくぐり抜けたとしても、金の鳥、薔薇の城、黒薔薇姫、そんな噂の事実を確認する前に、迷いさまよう者もいて、重要なのは金の鳥だと、言われていました。

 長く暗い道が続き、不安でたまらなくなったくらいに、金の鳥が飛んできて、道案内をしてくれるというのです。

 その金の鳥は、とても小さく、素早い小鳥で、捕まえてお金儲けをしようとする若者たちがどんなに頑張っても、捕まえることは出来ないそうです。

 そして、金の鳥を追う若者たちは、森の奥深くに導かれ、美しい薔薇の城へたどり着き、その薔薇の城に住む、黒薔薇姫のもつ不思議な力で、願いを叶えて貰うと噂されています。

 けれど、帰らぬ若者たち。

 その願いの代償は、今だ謎のままなのにも関わらず、野望を持つ若者は、怖いもの知らず。物怖じせず、森へと向かうのでした。

 

 

 ある三日月の夜の事です。

 1人の少年が、その森の前に立っていました。

 名前を持たない少年でした。

 少年は一人ぼっちで、世界を知りません。

 だから思ったのです。

 そんなに美しい薔薇なら、僕も見てみたい。

 もしも死んでしまったとしても、そんな美しい景色を見れるなら……。

 少年は森の中を、突き進みました。

 森の中は真っ暗です。

 新しいランプを買うお金も無く、捨てられた物を無理やり修理して、少年はソレを持ちどんどん突き進みます。

 とても暗い森の中。小さな古い、今にも壊れそうなランプの明かりだけが頼りでした。

 するとガサガサッと、茂みの奥から物音がしました。

 何かいる! と、少年はランプをその茂みに向けましたが、ランプの明かりは頼りなくよく見えません。

 ガサッと大きな音がしたかと思うと、暗闇光る鋭い目が二つ。

 オオカミだっ!!

 少年は身を硬くし、死を覚悟しました。

 目をつぶり、ジッと待ったのです。

 しかし、オオカミは襲ってはきませんでした。

 それどころか、オオカミは鼻先でグイと、来た道まで押し戻そうとするのです。

 少年は不思議に思い、オオカミに言いました。

 「僕に帰れって言ってるの?」

 オオカミはジッと、少年を見つめます。

 「だめだよ。僕はね、この先に行きたいんだ」

 少年がそう言うとオオカミはグルルルッと、歯をむき出しにして怒りました。

 その時です。

 金の鳥が少年の肩の上にとまりました。

 不思議な事に、金の鳥を見るなりオオカミはサッと、森の奥へと消えてしまいました。

 少年は暗い森の奥に消えるオオカミを、不思議そうに見送ると、金の鳥に笑いかけます。

 「ねぇ? 君が薔薇の城まで、僕を連れて行ってくれるの?」

 すると金の鳥は空を緩やかに飛び、少年を導きます。

 

 どれくらい歩いたでしょうか。

 空をふさいだ木々はいつの間にか見当たらず、光の当たる美しい森の小道を少年は歩いていました。

 そしてその先には、美しい赤い薔薇が咲き乱れる、白いお城がありました。

 緑の絨毯を思わせる野原に、白いお城。赤い薔薇。美しい光景でした。

 天国。楽園。そんな場所を少年に連想させます。

 少年はおもわず足を止めて、ソレに見とれました。

金の鳥は、足を止めた少年の肩にとまり、チュンと一声鳴くと、城の中へ少年を導きます。

 お城の中にも美しい薔薇。これが噂の薔薇城なのだと少年は思いました。

 少年が見とれていると、突然、肩にいた金の鳥が飛び立ちます。

 その先に顔を上げると、そこには女性が立っていました。

 真っ黒なドレスに身を包み、真っ黒な長い髪。

 そして瞳は薔薇のような赤い色でした。

 「今度はどんな奴が来たと思えば。まだ子供じゃないか」

 その問いに少年は、続けて口を開きます。

 「あなたが、黒薔薇姫様?」

 少年の問いかけに、黒薔薇姫はピクリと反応します。

 何故なら、黒薔薇姫は、自分がそう呼ばれることが好きではなかったのです。

 そのことに少年は気付き、再度口を開こうとした時、黒薔薇姫はそれを遮りました。

 「姫様。あの―――」

 「そうだ。お前は何が欲しい? 願いがあってココに来たのだろう。1つ忠告しておくが、願いが叶った時、今の姿でいられると思うなよ」

 ゆっくりと黒薔薇姫は、少年に近づきました。

 ふわりとバラの香りが鼻をくすぐり、少年は黒薔薇姫の美しさに目を奪われ、ジッと見つめてしまいました。

 黒薔薇姫は眉間にしわを寄せて口を開きます。

 ジッと見つめる少年の目が、好奇の目に思えてならなかったのです。

 「この赤い目が気持ち悪いか?」

 「いえ!」

 少年は直ぐに否定すると続けました。

 「とても、綺麗だから……」

 黒薔薇姫はそんな少年に、冷ややかな目で返しました。

 「そんなお世辞などいらないよ。正直に言えばいい。私に何を、叶えて欲しいんだい?」

 「なにも。なにもいりません。僕はココにきて、薔薇を見たかっただけです」

 少年は笑って言いました。

 そのお日様のような笑顔がまぶしくて、黒薔薇姫は、目を伏せ続けます。

 「なら、もうお帰り。用は済んだんだろう?」

 「姫様は、ココで一人なの?」

 少年は黒薔薇姫に、問いかけます。

 「一人じゃない。この子もいる。私の妹、ユラ」

 黒薔薇姫が右手をスッと上げると、金の鳥がソコに止まりました。

 「妹?」

 少年がまた問いかけます。

 「お前には関係ないよ。帰りな。あまり私と仲良くすると、獣たちに殺されてしまうよ。いいのかい?」

 「どうして?」

 「私が恨まれているからさ」

  曖昧な笑顔を浮かべ、黒薔薇姫はそう答えました。

 そんな黒薔薇姫に、少年はまた問いかけます。

 「どうして恨まれているの?」

 「ねぇ、姫様?」

 「どうして??」

 黙ったままの黒薔薇姫に、しつこく問いかける少年。

 黒薔薇姫はため息をつくと、冷ややかな目で少年を見つめて、口を開きました。

 「この森に住む獣はみな、元は人間だからさ。私が願いを叶えてやったんだよ。願いを叶えた代償に、獣の姿に変わってしまったんだ」

 黒薔薇姫は思いました。

 偽善者な少年よ。私が、怖いだろう?

 そんな風に笑ってなどいられないだろう?

 逃げていけばいい。お前も、私の母や父のように。皆のように……。

 けれど、黒薔薇姫の予想反して、少年は心配そうに、口を開きました。

 「大丈夫なんですか?」

 なんだ、それは……。

 予想もしていなかった少年の反応に、黒薔薇姫は戸惑いました。

 「お前は、何を言っているんだ……」

 「だって! 姫様はなにも悪くない。願いを叶える前に、今、僕に言ったみたいに忠告したんでしょ? 願い事は誰しも持っているけど、人に叶えてもらうなんて間違ってる。自分で何かをやり遂げる事は大事なんです。ねぇ、姫様。大丈夫ですか?」

 「だ、だから、お前は何を――」

 「姫様。獣に襲われたりしませんか?」

 少年は、黒薔薇姫を心から、心配をしていました。

 そんな少年の眼差しに、黒薔薇姫はどう反応すればいいのか、分かりませんでした。

 なぜなら、不思議な力を持った黒薔薇姫からすれば、獣に変わった者たちなど、弱い存在だったからです。

 それに、何人もの若者がこの城に訪れたけれど、少年のように黒薔薇姫を心配する者など、今まで誰一人としていなかった。

 黒薔薇姫は、夢を見ているようでした。信じられなかったのです。

 今まで、この城の薔薇を見るために来た人間など、いただろうか?

 自分を綺麗だという人間が、いままでいただろうか?

 そんな人間は、いなかった。

 今まで、自分の前に現れた人間は、赤い目に怯えた。

 母や父でさえも………。

 だから私はココに、身を隠すように住んでいるのだ。

 それなのに、この少年は………。

 これは巧妙な嘘か。それとも真実なのか……。

 人を信じられないほどに、心に傷をもつ黒薔薇姫は、戸惑い、言葉が出ませんでした。

 そんな黙ったままの黒薔薇姫に、少年はもう1度問いかけました。

 「姫様? 大丈夫ですか??」

 わ、私はいったい何を考えているんだ……。

 所詮、コイツもみなと変わらないに決まっている……。

 少年の2度目の問いかけに、黒薔薇姫は我に返り、直ぐに口をひらきます。

 「バカバカしい。お前に心配などしてほしくないね。私は特別な力を持っているんだ。大丈夫に決まっているだろう」

 黒薔薇姫は、弱さを見せずに笑いました。弱いなどと、思われたくは無かったのです。

 そう。私は強い。特別な力をもっているのだから。

 黒薔薇姫の心は複雑でした。

 強い、特別な力によって自分は守られ、強がれる。

 けれど、こんな力を、黒薔薇姫は疎ましくて、しかたなかったのです。

 こんな力があるから、気味悪がられる。

 気味悪がられ、怖がられてきたのは、この赤い目をした見かけが全てではないと、黒薔薇姫は分かっていました。

 そんな心をひた隠し、強気に答える黒薔薇姫に、少年は続けました。

 「でもね? 姫様。力があっても、姫様は、女の子でしょう?」

 少年の言葉に、また黒薔薇姫は戸惑いました。

 少年は続けます。

「姫様。僕は、一人ぼっちです。だから、ココに一緒に住んでもいいですか?」

何を言っているんだ? この少年は……。と、驚きの隠せない黒薔薇姫の横を、フワリと金の鳥、ユラが飛び、少年の肩にとまりました。

 「ユラ……。お前……」

 戸惑いの声を上げる黒薔薇姫を見つめるユラは、少年の肩でチュンと一声鳴きます。

 すると黒薔薇姫は溜息をつき、少年に背中をみせると、静かに口をひらきました。

 「勝手におし。部屋ならたくさんあいてるよ」

 その言葉を聞いて少年は嬉しくて、しかたありませんでした。

 少年は、静かに去る黒薔薇姫を、太陽のような笑顔で見つめています。

 こうして、2人の生活は始まったのです。

 

 少年にとって、黒薔薇姫との生活は楽しいものでした。

 冷たい言葉の黒薔薇姫。

 けれど、たくさんの花に囲まれて過ごす黒薔薇姫を、少年はどうしても、悪い人だとは思えなかったのです。

 そして少年は、黒薔薇姫に一目で恋に落ちてしまっていた事を、ちゃん理解していて、だからこそ毎日が、とても楽しかったのです。

 黒薔薇姫も、少年に心引かれてゆきました。

 自分には無い心。太陽のような笑顔。それらは、今まで自分に向けられた事の無いもので、まぶしすぎるくらいでした。

 少年と一緒にいると、黒薔薇姫は安らぎを覚え、愛おしさを初めて、感じることが出来たのです。

 けれど、黒薔薇姫は素直になれません。

 今まで、どれだけの人間が、黒薔薇姫に怯えたことでしょう。

 願いを叶えてほしいからこそ、お世辞や、嘘を平気で言う者もいました。

 それを考えると、黒薔薇姫は怖くなりました。

 少年の純粋な気持ちを信じられず、それでも傍にいる事が嬉しくて、そしていつか少年と暮らす日々が消えてなくなることを、不安に感じ、怯えていたのです。

 もし、少年が嘘をついてここにいるのなら、出来るだけ長くこの嘘をつき通してほしい。そう、黒薔薇姫は心の底で思っていました。

 ある日黒薔薇姫は、太陽のような、名も無い少年に名前をつけました。

 『クリス』そう、黒薔薇姫は名づけました。

 名前がないと呼びにくいと、言いながら名づけられた名前に、少年は喜びました。

 意味など、少年は知りません。それは、学のない少年には分からないと、分かっていて、黒薔薇姫は名づけたのです。

 この国の古い言葉で、『クリス』は、永遠や運命に結びつく『約束』を意味しました。

 黒薔薇姫は、クリスと自分との間に、運命のような永遠の、一緒にいられる約束で結びつくことが出来たなら……。そう、思ったのです。

 それは、古い古い言葉で、クリスはもちろん、妹のユラも知らない言葉。

 隠された黒薔薇姫の想い。そして、願いでした……。

 

 ある満月の夜の事です。

 黒薔薇姫は、「満月の夜は、私は1人でいる事にしているんだ」と、部屋にこもったきり出てきませんでした。

 そして一言、クリスは忠告されたのです。

 「決して、この城から出てはいけない」と。

 クリスは初めてのことに、戸惑い、心配になりました。

 黒薔薇姫の部屋の前で、行ったり来たり。

 そんなクリスの背後から、女の子の声がしました。

 「だめよ」と、そう、一言。

 他に人間がいるだなんて知らなかったクリスは、驚き振り向きました。

 するとソコには、クリスと同じくらいの身長の、青い目をした、金の髪の毛の女の子が、立っています。

 驚くクリスは、思わず問いかけます。

 「君は、誰なの?」

 その問いかけに女の子はクスリと笑い答えました。

 「私はユラ。金の鳥の、ユラよ」

 ユラの告白に、クリスは驚きを隠せません。

 「君はユラ? ユラなの??」

 ユラは頷き、続けます。

 「姉様の力は、満月の夜にはとけてしまうの。だから私は満月の夜にだけ、元の姿に戻れるのよ」

 ニッコリ笑うユラに、クリスは思ったままを、問いかけます。

 「どうしてユラは、鳥になったの?」

 「私がそうなりたいと、願ったの」

 そう言ってユラは、笑いました。

 ユラにとって、姉の存在は大切だったのです。

 とても大好きな存在で、クリスと同じように、姉の姿を怖いと思った事など、一度もありませんでした。

 なのに母や父。まわりの人々は姉の姿を嫌い、姉の力に怯える。

 そしてこんな誰もいない場所に、姉は一人ぼっちで暮らす事になってしまった。

 そんな事に、ユラは耐えられず、姉のもとへと、足を運んだのです。

 ユラは強い思いを胸に、姉である黒薔薇姫の元へ向かいました。なぜなら、同じ姉妹で、まともな人間で産まれた自分を見るのは嫌だろうと、ユラは思えたのです。

 だから、ユラは願ったのです。

 「鳥になりたい」と……。

 願いを叶えられた者は、人の姿ではいられない。

 けれど、人ではないものになりたいとねがったユラは、代償もなく、鳥になれたのです。

 黒薔薇姫は、そんなユラの心を分かっていました。

 けれど、素直になれない黒薔薇姫は、気付かないフリをして願いを叶えたのです。

 そして、人ではなくなってしまった妹の姿を見て、はじめて後悔し、悔いたのでした。

 満月の夜に黒薔薇姫は、元の姿に戻る妹のユラに、一度も会うことはありませんでした。

 人間の姿に戻り、言葉を喋れるようになった妹と対面して、いったい何を話せというのか?

 黒薔薇姫は、とても怖かったのです。

 そんな姉の気持ちを、ちゃんと分かるユラは、満月の晩は1人静かに暮らす事を決めていました。

 クリスはフト、不思議に思いました。

 ユラが元の姿に戻るのであれば、他の者たちも、そうなのではないか?

 願いを叶えてほしいと、ここへ来た若者たち。

 黒薔薇姫に逆恨みと言える、恨みを持った者たち。

 そんな者たちがここへ来たら??

 クリスは心配になってきました。

 すると案の定、城のドアをたたく大きな音。罵声。そんなものが聞こえます。

 クリスの傍でユラは、「いつもの事よ」と笑い、続けます。

 「姉様はちゃんと、頑丈に城を作っているから大丈夫よ。例え満月の夜に姉様が力を使えないとしても大丈夫」

 そんな……。大丈夫だなんて、そんなこと、あるはずない……。

 ユラの言葉に、クリスは身をかたくさせました。

 いくら頑丈に作られたと言っても、いつまでこんな満月の夜が続くのだろう。

 怖いにちがいない。

 普段は不思議な力があるからこそ、強気でいられるのだとクリスは、ちゃんと見抜いていました。

 きっと1人、部屋で怯えているに違いない。そう、クリスは思えてなりませんでした。

 城をたたく大きな音。叫ぶ声。それが一晩中続き、やがて日が昇り、静かになりました。

 クリスはフワリ部屋を飛ぶユラを見つめ、改めて満月の夜の事実を再確認したのです。

 その頃には、クリスは強い決意をしていました。

 クリスは、黒薔薇姫に願います。

 「姫様。叶えてほしい願いがあります」

 その言葉に、黒薔薇姫は身が凍る思いでした。

 クリス、お前もなのか?

 お前もただ願いを叶えてほしい、愚かな者たちと同じなのか?

 どうしてもう少し、嘘をつき通してくれなかったんだ……。

 黒薔薇姫は、悲しみが心を凍らせていくようで、息苦しさを覚えました。

 ソレをひた隠すように、冷ややかな眼差しで、黒薔薇姫は続けます

 「ならば叶えてやろう。願いをお言い」

 クリスは黒薔薇姫を真っ直ぐに見つめて、願いました。

 「僕を強くしてほしいんです。たけど、姫様と喋れなくなるのは嫌だから、ちゃんと人間の言葉を喋れるままがいい」

 クリスにとって、自分の姿かたちなど、どうでもよかったのです。

 どんな姿になろうとも、自分の心は、自分のモノ。

 なによりもクリスは、黒薔薇姫を守りたかったのでした。

 そんなクリスの気持ちなど、黒薔薇姫は感じ取る事など出来ませんでした。あるのは、ただただ、失望。

 強さを求めるなんて、なんとくだらない望みなのだろう……。

 所詮、クリスも他の者たちと変わらない。そう、思えてならなかったのです。

 黒薔薇姫は、クリスの願いを叶えました。

 小さなクリスの体は、大きくなり、やがて二足歩行で歩く狼男のような姿に変わり果てました。

 黒薔薇姫は自分でその姿に変えておきながら、その変わり果てたクリスの姿を、見ていられませんでした。

 もう、あの笑顔を見ることはない。

 もう、あの笑顔を向けられる事はない。

 満月の夜、怯える小さな自分を見せられない黒薔薇姫は、もう元のクリスに会えない事を、心の奥底で悲しんだのです。

 クリスもほかの愚かな者たちと、同じだったと、悲しむ黒薔薇姫も、やはりクリスの存在は大きく、傍に置く事に決めました。

 『姫様と喋れなくなるのは嫌だから』と、そう願ったクリスを、どうしても追い出すことは出来なかったのです。

 黒薔薇姫は、自分に言い聞かせました。出て行くなら、勝手にでていくだろうと、そう冷たく自分で言い聞かせ、出て行くなら勝手に出ていくがいいと、思うようにし、心の底では、傍にいてほしいと願っていました。

 そして本当に愚かなのは自分なのかもしれないと、黒薔薇姫は自分を笑いました。

 そして、再び満月の夜になる前日。

 たくさんの獣たちが、集合しだしました。

 クリスは、獣に変わり得た耳で、ソレを悟り外へ飛び出します。

 たくさんの獣の群れに、クリスは1人挑みました。

 1人で敵う筈も無い数に、クリスは黒薔薇姫を守りたくて挑んだのです。

 傷だらけになってゆくクリスの姿を空の上から見たユラは、急いで黒薔薇姫のもとへ向かいます。

 しかし鳥の姿であるユラは、言葉を喋る事が出来ません。

 どうにかして伝えようと、ユラは金の翼を羽ばたかせ、黒薔薇姫の周りをグルグルと飛びまわります。

 「ユラ…お前……何か私に伝えたいのかい? いったい、何を―――」

 黒薔薇姫はそう言いかけて、クリスの姿が見当たらない事に気付きました。

 「クリス? クリス!! 何処にいるんだいっ!!」

 声を大きく呼ぶも、その声はむなしくコダマするだけで、黒薔薇姫はようやく、異変に気が付いたのでした。

 けれど、遅すぎました。ユラに導かれ、急ぎ足で向かうも、もう手遅れだったのです。

 満月の晩ではない黒薔薇姫の登場に、たくさんの獣たちは怯え、森の中へ消えてゆきました。

 黒薔薇姫は、その者たちを、追いかける気にもなりません。

 傷だらけで倒れる、大きな体。

 黒薔薇姫が自分でその姿に変え、見間違えるはずがありませんでした。

 どうしてなんだ?

 どうしてそんなに傷だらけなんだ?

 どうして動かないんだ?

 どうして―――…

 黒薔薇姫は震えていました。足をユックリと、クリスのもとへと進めます。

 そっと触れると、まだ体はあたたかでした。けれど、指先には音を感じませんでした。

 「なぜ、動かない? どうして……」

 黒薔薇姫の目に涙が溢れ、クリスの願いの意味を初めて知ったのです。

 ばか者。私はお前なんぞに、守られなくても大丈夫なんだ。

 黒薔薇姫の傍で、ユラがチュンと、鳴き、黒薔薇姫は自分の愚かさにまた、自分を追い詰めてゆきました。

 私は、皆が言うように、人ではない。悪魔なのだ。

 実の妹ですらも、鳥の姿に変えてしまい、クリスも殺してしまった。

 獣に変えてしまった者たちが、私を恨んでも仕方がない事。

 どうして私は、もっと優しい心を持てなかったのか。

 どうして私は、もっと素直に心を、表現できなかったのだ……。

 薔薇のように、トゲを持ち、人を傷付け、自分を守り、それで得たものは何なのか?

 私のような者に、幸せなどない。

 幸せになることを望むことすら、罪なのだ。

 私など、いなくなってしまえばいい……。

 黒薔薇姫は、動かなくなったクリスの体にソッと触れると目を閉じて願います。

 私など、意味のない生き物だ。いなくなってもかまわない。

 だから、私の命を使ってでも、クリスの命を救いたい――――……。

 黒薔薇姫は、もてる全ての力をクリスの体に込めました。

 暗い夜だった森が、まるで昼間のように光で満たされます。

 その光景は、生命が誕生するような、そんな瞬間に似ていました。

 人の心が浄化されていくような、優しい光は、奇跡を次々と起こします。

 森にある泉の水は、美しさを更に透き通るものへと変え、まるで水の精霊の住処のように変化しました。

 そして、美しく咲き乱れる薔薇の中に隠れた、まだ小さな蕾も花開き、ただの野原だった緑の絨毯は、土の奥深くで眠っていた種が芽吹き、花畑へと姿を変えたのです。

 生命がよみがえる様に青々と輝きをみせる木。その木と同じ高さまで飛ぶことが出来ていたユラも、気が付いたらその美しい木を見上げていました。

 黒薔薇姫の、クリスを救いたいという思いは、美しい森を更に美しくよみがえらせ、空飛ぶ金の鳥だったユラの姿も、獣に変えられた人々の姿も、いつのまにか人間に戻してゆきました。

 獣から人間に戻った者たちの心には、黒薔薇姫に対する黒い憎しみや、願った自分勝手な黒い願いなど、全て消え失せるほど、黒薔薇姫の純粋な心は、全てを浄化していったのです。

 祈る様に、黒薔薇姫はクリスの手を握り、想いを込めます。

 大きな体がやがて、元の姿へとクリスを変えてゆき、それでも暖かさと、鼓動を感じないその亡骸に、いつまでも黒薔薇姫は力をこめ続けました。

 すると、トクンと、クリスの心臓が生命の音を鳴らし、あたたかさを取り戻し始めました。

 うっすらと開いたクリスの目、それを見た黒薔薇姫は安堵し、美しい笑顔を浮かべると、その場に倒れました。

 嘘のように、明るかった森が再び夜の森へと戻りました。

 美しく生まれ変わった森。

 元に戻ったユラは、ボロボロと涙を流して、倒れた黒薔薇姫を見つめています。

 クリスは傷の無くなった自分の体を見て、ハッとしました。

 空を見上げて、まだ満月ではないのに、人である自分の手の平に目を落とすと、全てを悟ったのです。

 クリスは、倒れて動かない黒薔薇姫を抱き起しました。

 「姫様……どうして―――……」

 まだ少し、光をまとう黒薔薇姫の体は、どんどんその光が小さくなってゆきます。

 それは、命の炎を連想させ、クリスは涙を流しながら呼びかけました。

 「姫様、姫様! お願いです。死なないで。姫様、姫様。お願いだから―――」

 クリスの純粋な涙は、黒薔薇姫の頬をぬらします。

 「姉様……」

 ユラも黒薔薇姫に駆け寄ると、祈る様に手を握りました。

 黒薔薇姫の体をまとう光はやがて、消え失せました。

 力なく、黒薔薇姫は重力に従うように、クリスへと身をあずけます。

 「姫、様?」

 「姉様……」

 動かない黒薔薇姫の姿に、クリスとユラが絶望を覚えた、瞬間でした。

 蛍のような光が一つ、二つと増えてゆき、黒薔薇姫の体をおおってゆきます。

 そして黒薔薇姫の真っ黒な長い髪が、どんどんユラと同じような金髪に変わってゆきました。

 驚く二人の前で、黒薔薇姫の血の気がなくなったその頬は赤みを取り戻し、やがて、眠りの森のお姫様のように、目を覚ましたのです。

 長いまつ毛がゆっくりと上下して、クリスを見上げるその瞳は、赤い瞳ではなく、ユラと同じ青い瞳でした。

 「姫様?」

 驚きをかくせないクリスは、黒薔薇姫を見つめ、呼びかけます。

 「私は……どうして……」

 黒薔薇姫は自分の体に、流れる様に光る、長い金髪に触れ、顔を上げます。

 「これは、私の……髪??」

 長く伸びた髪は美しく、金の糸のような輝きでした。

 それは、奇跡でした。

 黒薔薇姫はクリスを救うために、持っていた力を全て使い果たしたのです。

 そしてようやく、望んでいた普通の人間になれたのでした。

 どんな姿でも愛してやまないクリスは、泣き笑いして、黒薔薇姫を抱きしめます。

 そして、黒薔薇姫をずっと変わらず、愛し続けていたユラも、涙を流して喜びました。

 クリスも、ユラも、姿が変わったことよりも、黒薔薇姫が生きてくれていたことが、たまらなく嬉しかったのです。

 

 

 しばらくして、また新しい噂が流れました。

 生命力のある力強い木々の奥に、美しい世界があると。

 美しい泉がある、美しい花畑の先には、白いお城があって、赤い薔薇が咲いている。

 そして、その赤い薔薇は、どんな花よりも輝いているんだとか。

 そんな世界に幸せそうに住むのは、青年と、美しいお姫様が2人。

 その美しいお姫様は、美しい金の髪と、空のように、美しい青い目をしているんだそうです。

 名前はユラ姫と、ローズ姫。

 息をのむような美しさをもち、幸せそうな笑顔は、見ているものをも、幸せにする………。

 いつしか、そんな噂が流れ、昔流れていた噂の事など、忘れ去られてゆきました。

 そして誰も……。

 黒薔薇姫という名を、聞くことはありませんでした………。

 

 

   END  

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