Wish【 1 】

 

 天使の仕事も忙しいの。死んでしまった人、動物。全ての善良なる生き物の魂を天国へ案内する。

 時には、死んでしまった事を理解してくれなくて、大変な事もあるし、この仕事はそんな簡単な仕事でもない。

 でもね? そんな天使にも、ごほうびが無いってわけじゃないのよ。

 人間のように、お給料なんて無いわ。

 だけど、100年。100年間、頑張ると神様から願いを1つ叶えてもらえるの。

 私も、100年たった。だから、神様にお願い事をしたのよ。

 その願いはね………

 『人間になりたい』

 私は、そう願った……。だって、大好きな人が、そう願ったから。

 私は、変わらず、ずっと大好きな人の傍にいたかったから………。

 

 鈍感だもんなぁ。コイツ………。

 私は、自動販売機の前で、何を買おうか迷っている、男の背中を眺めながら、「はぁ」と、溜息を吐いた。

 人間になって、まだ日が浅い私たち。何をするにも新鮮で、今日も緑の多い、綺麗な公園に来ていた。

 ここは空気が優しくて、私たちは気に入っている。だから出かけるとなれば、ココばかりだ。

 ベンチに腰かけながら、風に吹かれ、木々の揺れを感じる。

 何だかココは、私たちのいた、天国に似ていると思えて、私はお気に入りの場所だった。

 別に、ホームシックなわけではないけれど、やっぱり花や緑は好きだから。ただ、それだけ。

 私は別に、人間界だとか、天国だとかそんな場所に執着もなければ、こだわりも無い。

 私がいたい場所は、別に人間界でも天国でも、どちらでも無いのだから。

 だって私が、いたい場所は、目の前で、まだしつこく自動販売機の前で悩み続ける男、ヒカルの傍、ただ1つ。

 そう。願い事なんて、ただ1つだった。

 『ヒカルの傍にいたい』それしか、思いつかなかったのよ。

 だから私にとって、100年たった時の願い事なんて、どうでもよかったし、何を願えばいいのか分からなかったのよね。

 私は、ヒカルの傍にいられれば、それで幸せで、それ以上の何を望めばいいのか分からなかったから……。

 少し説明させてもらうと、私の片思い暦は、はんぱ無いくらい長くて、100年になる。細かく言えば、願い事を今現在、叶えてもらったのだから、100年はちょっと過ぎたわね。

 まぁ、そこは100年って事にしとくけどさ。

 私はね? それだけ思い続けていて、今更、自分の想いを伝えようとか、思ってなんかいないの。

 だって、ヒカルの傍にいられるだけで、私は幸せだから、それでいい。

 ヒカルが「俺は、人間になる!」って言うのなら、同じ事を願う事は、私の中では絶対なの。当たり前の事なのよ。

 どうせ、願い事なんて、思いつかなかったもの。

 「天音(アマネ)っ!!」

 え?

 いきなり名前を呼ばれて、私は我に返る。

 顔を上げると、ヒカルが立っていた。

「結局さぁ、オレンジジュースにしたんだ。ほら、100%!」と、ヒカルは笑って、直ぐに私の隣に腰かける。

 私の心臓は100年たっても、ヒカル免疫なんかできないみたいで、素直にドキンと、心臓が跳ねた。

 悔しいなぁ……。わたしばっかり、ドキドキさせられて、ズルイよ。

 色素の薄い茶色い髪が、太陽の光でキラキラ光る。そんなヒカルの笑顔は、まるで太陽みたいだ。

 私は、太陽みたいな、元気なヒカルの笑顔が大好き。

 なんて、言葉には出せないけれど………。

 「長かったわねぇ〜。ヒカル、悩み過ぎ」

 ホラ、可愛いけない言葉が出た。

 私はつい、呆れたように言葉を返す。ヒカルはまた、笑って返した。

 「いや、迷うって! だってさ、リンゴとかもウマそうじゃね?」

 リンゴ? リンゴジュースと、オレンジジュースであんなに迷ってたわけ?? ほんっと、可愛いヤツ。

 私は飲み終えたジュースを、ヒカルに見せて笑った。

 「リンゴなら、私が買って飲んだわよ。ホラ。あ〜美味しかったわぁ〜」

 「え? 何だよ! 言えよ。じゃぁ、悩まなかったのに!!」

 はぃ?

 「ヒカル、意味わかんない」

 「一口頂戴って、言えたろ? じゃ、それで味が分かって満足だし」

 ひ? 一口???

 「そ、そんなの絶対、嫌っ!」

 間接キスでしょ!? いくら友達暦長いっても、恥ずかしいわよっ! ほんっと、鈍感っ!!

 顔を引きつらせる私に、ヒカルは苦笑した。

 「どういう意味だよ。それ」

 お子様ヒカル。なんにも分かってない台詞ね。ばぁ〜か。

 私は、こんなヒカルに慣れっこだ。私自身もバカだから、こんな時、いつも女心を感じさせない言葉を返しちゃう。

 いつものことで、どうしても私はヒカルの前で、可愛く女の子ぶれない。だってね? 私は、この関係を守りたくて、必死なのよ。臆病者がここにいるってわけ。

 いつも始まるのはお子様な口論。だけど、嫌いじゃない言い合いで、楽しんでるあたり私はバカなんだと、思うわ。

 「汚いもん」

 ホラ、ホラ。ね? 可愛げない、子供じみた返し。でも、コレ……私なりの照れ隠しなんだよ。まぁ、伝わったためしはないですが。

 「きた、汚いだぁ!? おま、天音ぇ! ひどくねぇか? それ!!」

 分かりにくい私の照れ隠しに、ヒカルはジュースをベンチに置くと、反論し、私はサラリと言葉を返した。

 「ひどくないわよ」

 「いいや! ひでー。ぜってーひでぇ。俺と天音の仲だろ? 寂しい事言うなよな〜」

 「だって、真実だしぃ〜」

少しスネたように、語尾をのばしながら言うヒカルが可笑しくて、私もカラかうように語尾をのばしながら返した。

 思わず笑ってしまう私に、ヒカルは子供みたいに、スネる。

 「もう、いい! 天音なんか知らねぇ!!」と、ヒカルは自分のジュースに手をやった。

 だけど、さすがヒカル。その手は見事に空振りして、ジュースは落下。

 カンッと鈍い音に、転がるジュースの缶を、無言で私たちは見つめる。

 転がる缶のあとには、地味にジュースがこぼれて道ができたいた。

 「「……………」」と、二人して言葉が出ず、沈黙。直ぐに「ありえねぇ」と、ヒカルがボソッと呟いた。

 あ〜ぁ〜。もう。なによ、その情けない顔。

 「っは! あはははは、何よ、もう! ヒカル、ばっかだねぇ〜」

 私は思わず、お腹をかかえて笑った。

 

 

 

 私たち2人は、いつもこんな感じで、ヒカルは基本、素直で単純で、子供みたいなヤツ。

 私は、素直になれないような女で、好きな男の前でこんな馬鹿できるあたり、あまり女の子らしくないのかもしれない。

 だけど、そんなの別にいいやって思えて、けっこういい仲間だとも思えて、こんな関係で私は満足してるんだ……。

 ヒカルと一緒の時間は、すごく私を、幸せにしてくれるから。

 ヒカルは鈍感で、私の気持ちになんて、これっぽっちも気付いていない。

 だけど。それでも、私は幸せ。

 あなたの傍にいることが、幸せで、それが私の、変わる事の無い『願い』だから―――……。

 

 

 

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