Wish【 2 】

 

 人間になりたいと願ったヒカル。

 私は、ただ、ただ、ヒカルのそばにいたくて、その願いに便乗した。

 だけど、どうしてヒカルは、人間になりいと、思ったんだろうか??

 

 「ねぇ、ヒカル?」

 「え?」

 っとに、もぉ……。

 「いつまでもジュースで、落ち込んでるんじゃないわよ」

 元気の無いヒカルに、私は思わず呆れたように言う。

 「落ち込んでない」と、口をへの字に返すヒカルを見ながら、馬鹿だなぁ〜なんて思いつつ、私は続けた。

 「ま、どーでもいいけどぉ? ってかさ、ちょっと聞きたいんだけど」

 ヒカルは私の『どうでもいい』の言葉に、ピクリと反応。不愉快そうに、返す。

 「なんだよ」

 「ヒカルはさ、どうして人間になりたいと思ったの?

 「……え?」

 私の質問にヒカルは、目をパチクリとさせた。そしてサラリと返す。

 「別に」

 はぃ??

 「別にって、何よ?」

 「いいだろぉ〜。ってかさぁ、そんな事より!!」

 そんな事ぉ!?

 ムゥと、眉間にシワを寄せる私に、ヒカルは左手を目の前に広げた。

 指の長い、私より大きい手の平が、いきなり視界に広がり、私はビックリする。

 「何よ! いきなりっ!!」

「コレだよ。コレっ!!」

 は?

 ヒカルは右指で、左手の薬指を指差した。

 ソコに光るのは、銀の指輪。

 それは、神様との契約……。

 私は自分の左薬指にも光る、銀の指輪に目を落とすと、顔を上げて首をかしげた。

 「それが、何?」

 「意味、分かんなくね?」

 ………はぃ??

 「ごめん。私は、ヒカルが何を言いたいのかが分からないわ」

 「だっからぁ! 俺たちは『人間になりたい』って、願ったんだぞ?」

 首をかしげる私に、ヒカルは力説する。

 「それが?」

 「っだぁ! だから!! この指輪は何だよ!」

 「え? 契約の指輪でしょ」

 ヒカルが何を言いたいのか、私にはまだ分からない。

 「いらなくね?」

 「え?」

 「だから、いらないと、思わねぇ??」

 いらないって……。う〜ん。まぁ………

 「いいんじゃない? それって神様の優しさだし」

 「優しさぁ!?」

 ヒカルが納得いかなさそうに返す。

 私はそれに続けた。

 「だって、人間っていい人ばかりじゃないよ? 神様が『人間になりたい』と願った天使に、指輪をはずしたら元に戻れるようにしてくれているのは、私たち天使への優しさだよ」

 「必要ねぇーな」

 いや、そうは言うけども……。

 「あのねぇ、ヒカル。思い出しなさいよ。実際に、私たちの先輩天使でもいたじゃない。詳しくは知らないけど、人間に幻滅して、天使に戻ってきた天使がさ」

 「そんなヤツもいるけどさ! 俺は違うんだよ!!」

 「もう……。何なの? そんな、こだわる事? 別にいいじゃない。今は人間なんだから」

 「半分だけだっ!!」

 サラリ返した私に、不機嫌そうにヒカルは返した。

 私からすれば、今は半分でも、いずれは完璧な人間に、なれるんだからいいじゃない。と、思えてならないんだけど、ヒカルは違うのね……。

 そう。私たちは今、確かにココ、人間界にいるわ。

 背中に羽もなければ、天使の仕事などしていない。

 子供の生まれなかった夫婦の元に、本当の子供として今、ココに存在している私たち。

 だけど。まだ半分、人間で、半分、天使なのよね。

 「はぁ……」と、ヒカルは溜息を吐く。

 鬱陶しいなぁ。もう、何がそんなに納得いかないのよ?

 私は呆れた顔して、ヒカルに続けた

 「別にさ? 半年間だけじゃない。半年間、指輪をはずす事がなければ、この指輪は、自然と消えてなくなるわ。そしたら、私たちは、ちゃぁ〜んと、完全な人間になれるのよ?」

 「それは……そうだけど」

 ヒカルは何が納得いかないのか、まだ不機嫌な顔をしている。

 どうして、そんなにこだわるの??

 「ね、ヒカル。何がそこまで、ヒカルを不機嫌にさせるの?」

 「不機嫌って、いうか。違う。俺はただ……その……」

 「その? なによ」

  「だから、俺は、何があっても人間に幻滅したりしない自信はあるんだ」

 はぃ? なに?? その自信……。

 「だから、なによ」

 「だから! 俺は、早く完璧な人間になりたいんだよ。普通の人間と、同じでありたいって、いうか……。その。なんて言ったらいいのか、分からねぇけどさ……」

 え? なに、その顔……。

 私の心臓が、嫌な感じに跳ねた。嫌な予感? 分かんない。けど、ザワザワと、変な感覚。

 私は思わず、名を呼んだ。

 「ヒカル?」

 シンッと小さな間。ヒカルは思い出すように、フッと笑い、続けた。

 「人間だってな? 羽はないけど、天使みたいな人間も、いるんだ。だから俺、人間に幻滅とか、絶対しないだ」

 そりゃ、そうだろうけど……。

 だって、天国へ魂を運ぶ私たちが出会うのは、ほとんど善良な人間ばかりだもの。

 だけど、その笑顔は……なに?? 私、そんな顔、知らない。

 100年間も隣にいたのに、見つめ続けていたのに、そんな顔知らないよ?

 ドクンと、心臓が嫌な音を立てる。

 その笑顔の意味は、なに??

 「な、なぁ〜に? 意味深〜」

 私は、ワザとカラかうように笑う。

 ひきつる頬を誤魔化すように、無理やり口角を上げて笑うもんだから、筋肉が痙攣をおこしそうだ。

 でも、ヒカルに悟られないように、私はヒジでツンツンと、ヒカルをつつき、カラかった。

 鈍感なヒカルは、何にも気が付かずに、素直な反応。あわあわと、慌てながら否定する

 「な!? え? や、そ、そんな事ねぇよ!!」

 カァッと、ヒカルの顔が赤く染まる。

 あぁ、もう。その反応……。攻撃力高いなぁ……。胸にグサリだよ? ヒカルくぅ〜ん。

 ばぁ〜か。ヒカル。素直すぎるにも、程があるんだよ。

 どれだけ傍にいると、思ってるの?

 どれだけ見つめ続けてきたと、思ってるの?

 なぁ〜んにも、知らないでしょ。鈍感さん。

 あのね? ヒカルは知らないだろうけど、私はずっと、ヒカルが好きで見つめてきたの。

 それじゃさ、分かっちゃうってば。もっと、上手に誤魔化しなさいよ。

 って………。それがヒカルかぁ………。

 私は1人苦笑すると、直ぐに笑顔を作った。

 「ヒカルくぅ〜ん。さぁ、さ? 吐いてみようかぁ〜??」

 「だから!! なんもねぇって!!」

 嘘つき……。

 その顔は、なにもない顔じゃないわよ……。

 「コラ、コラ! 誤魔化さなぁ〜いっ!! 好きな子でも、いるんじゃないのぉ??」

 にたぁと、笑い、ヒカルに詰め寄って口にした問いかけ。

 ホントは聞きたくなかった。だけど、聞かずにはいられなかった。

 ヒカルのばか。ばか、ばか、ばぁ〜か。

 なんて顔してるのよ………。

 私の問いかけに、ヒカルの顔はみるみる赤くなっていく。

「い、いねぇ〜よ!! バカな事、言うなよ!!」

 バカはどっちだ、バカは。

 両手を前に出して否定だなんて、必死すぎだってば。

 嘘なのバレバレだよ?

 いったい、いつからなの?? 私、ヒカルの傍にいたのに、全く気付かなかった……。

 ヒカルに好きな子がいるなんて………。

 私はこんなに傍にいるのに、どうして私じゃないのよ? なんか、すっごく悔しい……。

 思わず、私はうつむいた。

 やばい。泣きそう………。

 「天音??」

 ヒカルに名を呼ばれ、私はハッとする。

 あ―――…っ……。

 「ヒカル、水臭いよっ!!」

 私は顔を上げると、隠せそうに無い、辛い感情を、別の言葉で誤魔化した。

 「え? 天音??」

 「私、ヒカルの一番の友達だと思ってたのに。ヒカルは違うんだ?」

 「な、違わねぇーよ! 思ってるよ! 天音は俺の、一番大事な友達だ!!」

 私の言葉に、ヒカルは慌てて返した。

 『友達』……。

 そのポジションは私の特等席で、幸せになれる場所だったのに、どうして?

 友達に、『一番』って、言葉がついているのに、全然、嬉しくない。

 一番は最上級だよ? なのに――……。

 ヒカルが、私とはまた別の女の子に、特別を作るなんて事、考えもしなかった。

 私の願いはヒカルの傍にいる事。

 なのに、ヒカルに好きな子なんか出来ちゃったら、それは叶わなくなっちゃうんじゃないの?

 私はどんどん、落ち込んでいく。

 ヒカルは困ったような顔で私を見つめ、静かに口を開いた。

 「ごめん、な?」

 え?

 私が、ヒカルに目線を向けると、ヒカルはフッと、申し訳なさそうに笑って続けた。

 「天音に隠すなんて変だよな。うん。聞いてくれるか?」

 ヒカルの言葉に、私は口角を上げて、頷いた。

 少し聞くのが怖くって、頬が引きつるのを感じたけれど、鈍感なヒカルは気付かない。

 私の頷きをヒカルは確認すると、照れ笑いしながら口を開いた。

 キュッと心臓が冷たくなる……。

 だけど、態度に出すわけには、いかない。

 「俺が彼女に会ったのは、っていうか、見かけたのは、たぶん1年くらい前」

 「え? 一年も前なの!?」

そんなにも、前から……。

 「そう。でも、1回しか見たこと無いから、一目惚れってヤツ、かな。その日の仕事はさ、野良犬の魂を天国へ案内する仕事だったんだ」

 語り始めたヒカルの目は、思い出すように遠くを見つめ、優しい表情になっていく。

 私は息苦しさを感じながら、ただ黙って、聞いていた。

 「人間ってさ、同じ人間が車にひかれたら大騒ぎだろ? なのに野良犬や野良猫が車にひかれても、そんなに騒がない。 俺はそんなのは、どうなんだろう? って、思ってた。でもさ、彼女は違ったんだ」

 ヒカルは眩しい笑顔を、私に向けて笑った。

 私も、笑顔を作ると、続ける。

 「どう、違ったの?」

 「ん? うん。野良犬がひかれた現場に行ったら、1人の女の子が道路脇に立ってるのが見えたんだ。不思議に思って見ていたら、その女の子、突然ガードレール乗り越えて、道路に向かって行ったんだよ。俺は正直、自殺かする気なのかと思った」

 「それで、彼女は??」

 「それがさ、ビックリしたんだ。あんなの初めて見た。ひかれて死んだ犬の体を抱きかかえて、戻ってきたんだ。自分が着てる洋服が汚れてるのも気にしないで、お墓をつくってあげていた。手を合わせてくれていたんだよ」

 「優しい人ね……」

 ホントに、天使みたいな人間…。きっと、あたたかい心の持ち主だわ。

私の言葉に、ヒカルは嬉しそうに笑った。

 「だろ? その犬さ、天国に行く途中に凄く嬉しそうだった。俺、それが凄く印象に残ってて――」

 「好きになったわけだ?」

 ヒカルの口から『好き』だと聞きたくなくて、ワザと遮って私は続けた。

 なんて女なんだろう。

 笑顔の下には、嫌な感情が黒く、渦巻いている……。

 私の言葉に、ヒカルはコクンと頷いた。

 「そっか。でも、アテはあるの?」

 「アテ?」

 「その子に、会いたいんでしょ?」

 私が笑って聞くと、ヒカルは苦笑する。

 「会いたいけど、無理だと思う。ココ(人間界)も、広いだろ?」

 …………なによ。そんな微妙な表情しないでよ

 ヒカルが笑ってないと、私が悲しくなっちゃうじゃない。

 しょうがないなぁ……。

 「私、協力するわよ?」

 私の言葉に、ヒカルはキョトンとする。

 「え? 協力って……」

 あ〜ぁ。何を言っちゃってるんだか。

笑ってる自分が気持ち悪いわ。心はこんなにも、痛いのに……。

 だけど、ヒカルに笑っていて欲しいのよ。やっぱり私は、ヒカルが大好きだから。

 好きな人には、笑ってていてほしいから……。

 私はニッコリと、笑った。

 「探すのを手伝ってあげるって事。私ってけっこうキューピットの素質、あると思うんだよねぇ〜」

 私は、腰に手をあてて、「ははっ」と続ける。

 そんな私に、ヒカルは目をパチクリさせると、また私の大好きな笑顔を浮かべた。

 「天音様、様。ヨロシク、おねげぇ〜します」

 照れ隠しに、ふざけて私を拝むヒカル。

 私もふざけて「うむっ。まかせておけ」なんて言っちゃって、なんだかなぁ〜って、思っちゃう。

 だけど、仕方ない。

 長年続けてきた友達暦はダテではないし、気持ちを隠してきた私の演技も凄いものよ。

 なんていうか、癖になっちゃってるのかもしれない。

 嫌になっちゃうわね、こんな自分……。

  私は自分が情けなくって、思わず苦笑した。そんな、瞬間―――……

 

A.気配を感じた。

B.小さな紙が飛んできた。

 

 

 

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