Wish【 5 -A-B 】

 

 私は状況がうまく把握できなくて、混乱していた。

 ドクン、ドクンと、嫌な音を心臓が立て続ける。

 誰もいないと、男の子は言った。

 振り返り見た澪は確かに存在するのに、澪に向けられた苦笑は、全てを物語る。

 

澪は、人間じゃない。

 

 だから、波長が合ったの?

 そんな事って――…………。

 「あの!」

 え?

 現状に頭がついていかないくて、考え込む私に、男の子は呼びかけた。

 顔を上げると、男の子は真剣な顔で続ける。

 「僕の話は聞きたくない?」

 「え? いや、別に。でもココには――」

 澪がいるし、その澪は人間じゃないみたいだし、と、まだ混乱したままの私の言葉を、男の子は遮った。

 「ココで話を聞くのが嫌なのなら、少し歩きながら話を聞いてもらってもいいですか?」

 え? あ――……

 私は振り返り、澪を見ると、澪はニッコリ笑って、私に手を振った。

 仕方無しに私は前を向き、コクリと頷くと、男の子と一緒に歩き始めた。

 だけど、どうしても上の空になる私に、男の子は苦笑する。

 「あの」

 え?

 顔を上げる私に、男の子は続けた。

 「結果、もう見えちゃってるんですけど、言っちゃいます」

 「はぃ?」

 

 「好きです」

 

 え?

 目をパチクリとさせる私に、男の子はまた、複雑な笑顔を浮かべた。

 「一応、聞いておきたいんですけど、僕の事を好きになってもらえる余地は、ありますか?」

 な、え? っ―――……

 「ごめん、なさい」

 私がそう続けると、男の子はニッコリ笑う。

 「そうだと思いました」

 「え?」

 「僕、たまにこの公園を通るんだけど、あなたを見かけて一目惚れしたんです。けど、よく男の人と一緒にいて、切なそうに見る目だったり、愛おしそうに見る目だったり、恋してるあなたに、僕が恋をしてしまいました」

な――……。

 真っ直ぐに向けられる愛の言葉は、胸に浸透してゆく。

 素直に嬉しくなるものの、その気持ちには応えられなくて、言葉が出なかった。

 黙り込む私に、男の子は続ける。

 「あなたの気持ちが誰に向いているかなんて知っていたのに、言わずにはいられなかったんです。僕は、僕の我侭で告白を聞いてもらいました」

 最後に笑顔を向け、「じゃ、ありがとう御座いました」と、去ってゆく男の子の背中を私は見送り、そばのベンチに腰かけた。

 そよそよと、頬撫でる風を感じながら、私はぼんやりと、考えた。

 男の子の告白は、私を複雑な気持ちにさせていた。

 私も、我侭で告白してもいいのかな?

 ヒカルが澪を好きな事は知ってる。けど、今にも溢れ出しそうなヒカルへの想いがあって、もう保身なんてどうでもいいくらい、想いを口にだしたくなる時もあって、だけど結局はヒカルを困らせたくなくて……。

 それだけじゃない。私は、自分のポジションを守りたくって、言えなかった……。

 だけど、告白された私は困ったけど、素直に嬉しくて、もう伝えてしまってもいいんじゃないかって、思えてしまった。

 だけど、今はそんなタイミング?

 ヒカルは澪が好き。澪の為に人になり、そして運命的に出会い、仲良くなった。

 その澪は人間じゃない事実。

 それを知ってから告白するのは、なんだかズルくない?

 打算的に思われたり、しない??

 私にはそんなつもりはなくても、そのチャンスを待ってましたと言わんばかりで、ヒカルにとって悪い出来事を、自分の好期に変えてしまうようで、それはどうなんだろうって、思えてしまう。

 そしたら、困ったことに、ふりだしに戻る。

 私は、今度は身動きが取れないと、思えてきた。

 私は知ってしまったのだ。

 澪が人間ではないという事を。

 霊体、なんだろうか? とにかく、あそこにいた澪は、生きた生身の人間ではなかった。

 その事実を私はヒカルに言えるだろうか? まさか。言えるはずが無い。

あの笑顔を悲しみに、変えてしまうなんて事、できるハズがないもの……。

 だけどそんな大きな秘密を抱えて、私は3人で笑い合えるの?

 自分の気持ちを隠すことにも精一杯なのに、また大きな秘密を抱えてしまって私は平気?

 だめ。分からない……。

 「分からないよ――…」

 私はボソリ小さく呟くと、うつむいた。

    *    

    *    

    *    

    *    

 天音が男の子に連れられて、澪の傍から離れていた頃。

 ヒカルは懐かしい仲間に、呼び止められていた。

 男のクセに長いつややかな髪をなびかせるのは、天使だった頃の先輩であるアオ。

 無表情にアオがあまりにもアッサリと、ビックリする言葉を口にしたので、ヒカルは開いた口がふさがらない。

 ちょ、ちょっと……まて。

 自分を落ち着かせるように、軽くヒカルは息を吸い、続けた。

 「今、言った事は本当なのか?」

 ヒカルの問いに、アオは淡々と続ける。

 「お前に嘘を言って、俺になんのメリットがあるんだ?」

 ヒカルはアオのこうゆう大人びた感じと言うか、無表情で仏頂面なトコロ。

 淡々と物事を進めていくトコロが、自分と真逆であまり好きではなかった。

 だけど、好きだ嫌いだなんて、言ってる場合じゃない。

 アオは嘘ではないと言ったのだから、さっき言ったことは真実だということだ。

 ヒカルは眉間にシワを寄せて続ける。

 「じゃ、澪がもう直ぐ死ぬってのは、本当なのか?」

 「だから、嘘を言っても俺には何のメリットも―――」

 だぁ! しつけーんだよ!!

 「ソレは分かったから!」

 ヒカルはイラッとしながら、アオの言葉を遮ると続ける。

「ソレをどうして俺に言うんだ。嫌がらせか?」

 「は?」

 ヒカルの言葉に、アオはキョトンと返す。

 なんだ、その顔。

 は? じゃねぇよ。ソレは俺の台詞だっつーの。

 「だから、澪が死ぬことをアオが知ってるって事は、もう神様からリストがきてるわけだろ? どうにも出来ない死だ。俺が澪を好きだと知ってて、ソレを告げるお前は相当性格が悪い」

 「なんだ、ヒカル。お前、澪が好きだったのか……」

 は?

 「ホントに好きなのか?」

 はぃ!?

 アオの言葉に、ヒカルは目をパチクリとさせた。

 何が言いたいのか、分からない。

 「どういう意味だよ」

 ヒカルが眉間にシワを寄せてアオに問うと、アオは続ける。

 「好きな女が死ぬと聞いて、その程度の反応なのは可笑しくないか?」

 な―――…

 「まぁ、俺たち天使は人間の死に慣れている。身近だったし、日常だった。ソレが天使の仕事だからな。だからって、『どうにも出来ない死だ』と、割り切れるものか? 俺の『性格が悪い』や、『嫌がらせ』ですむ問題なのか??」

 アオの問いに、ドクンと跳ねる心臓。

 言葉が出ないヒカルに、アオは続けた。

 「言っとくけどな、別に先にヒカルに言っただけで、俺は天音にも同じ事を言うぞ。で、どうして俺が澪が死ぬ事実を告げたかって言うと、その、なんだ……」

 は??

 アオが何が言いたいのか、ヒカルは全く分からない。

 「回りくどいなぁ! さっさと言えよ、アオ」

 ヒカルは少しイラッとして、眉間にシワを寄せた。

 そんなヒカルの催促に、アオはサラリと、想像もしていなかった真実を告げる。

 「澪はもと、天使だからだ」

 ――――……え……??

 も、と……て、

 「天使ぃ!?」

 ヒカルはアオの言葉に、耳を疑って声を上げた。

 無表情で、仏頂面のアオが少し笑って気味悪い。

「っじゃ、俺や、天音と……?」

 「そう。澪は、『人間になりたい』と、お前や天音と同じ願いをしたんだ」

 おな、同じって、え? え? えぇ!?

 混乱するヒカルに、アオは続ける。

 「こんな機会、めったに無いだろ」

 「え?」

 「だから、同じ願いをした先輩天使に会える機会なんて、無いってことだ。天国には俺みたいに、『人間になりたい』と願って直ぐ、天使に戻ったヤツもゴロゴロいるけどな」

 そう。アオは人間になりたいと願い、直ぐに元に戻ってしまった天使だった。

 「まぁ、人間界で出会うなんて稀で貴重ってことだ。だから俺は、先輩として、お前や天音に、澪が天に召される前に教えてやりたくなった。まぁ、俺の兄心だな。俺だって一応は人間でいた時があったんだから」

 「んだ、それ……」

 ヒカルの言葉に、アオはハッと息を吐くように笑った。

 その笑い方がバカにされているようで、ヒカルは顔を引きつらせるも、アオはおかまいなしに続ける。

 「天使だった頃には、気付かない事もあるんだ。人間になって、その命をまっとうした先輩に色々聞いてみるといい」

 「え? な――……」

 「じゃぁな」

 はぁあぁっ!?!?

 目をパチクリさせるヒカルに、軽く手を振り、アオは青空を高く高く飛び、消えていってしまった。

 1人ポツンと残されたヒカル。

 意味、分かんねぇ……。なんじゃそりゃ。

 え? なに?? 結局、何が言いたかったんだ???

 ってか、頭が混乱してる。

 ヒカルは軽く息を吸い、頭の中を整理する。

 ゆっくり通いなれた道を歩き、足を澪と天音がいる場所へと進め、顔を上げた。

 視界にはいった澪は、いつもと変わらない笑顔をヒカルに向けて手を振った。

 ドキッと、跳ねる心臓。

 目の前で笑う澪を見て、現実味のわかないアオの言葉を思い出す。

 澪が、死ぬ? 死ぬのか??

 え、ってか――…天使って……。

 澪を見て、また混乱するヒカル。

 そんなヒカルに澪は近づくと、顔を覗き込んでから苦笑した。

 「もしかして、私の正体がバレちゃったのかなぁ?」

 え?

 澪の突然の問いに、ヒカルはあからさまに目をパチクリとさせた。

 「やっぱり」

 フッと澪は、やわらかな笑顔を浮かべていた……。

 

 

 

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