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Wish【 5 -B-A 】

 

 馬鹿みたいな二択問題を、頭の中でグルグル考えていた私に、澪が小さく声をかけた。

 「天音ちゃん?」

  え? あ―……

 「ゴメン! 私、ボーッとしてて……」

 「天音ちゃん、ごめんね? 怒って、るよね?」

 え? や、

 「ううん。怒ってない。……ゴメン、澪!! 私、用事思い出した!!」

 私は早口でそう言うと、病室を飛び出した。

 私の背中を心配そうに、澪が見つめていたけど、私はそんな事には気付かない。

 だって、それどころじゃない。ちがう、そうじゃなくって……。

 私、やっぱり、この事を黙ってられない。ヒカルに言わなくちゃ!!

 だって、だって―――……。だ、って―――……

 私は、走る足を止めた。

 「だって――……」

 ボソリと、呟く。

 私、最低だ……。

 ヒカルに、澪に彼氏がいる事を言って、私はヒカルが澪を諦めればいいと思っている。

 だって、この事を言えば、ヒカルは澪を諦めて、私を見てくれるかもしれない―――……。

 どうしてこんな事………。

 私は、ヒカルの傍にいられるだけで、よかったはずなのに。なのに――…。

 廊下で1人たちすくむ私は、自分が恥ずかしくて、もう消えてしまいたくなった。

 そんな私を見つけて、声をかけようとした人物が2人いた。

 一人が私の名を呼ぼうとするも、それは、もう一人の声に遮られる。

 「天――…」

 「天音?」

 え? と、私は驚く。

 本当だったら、ここにいないハズの人物に名を呼ばれ、白昼夢なのかと、疑った。

 だって、その声はヒカル。ヒカルの声、だったから―――……。

 思振り返ると、私はヒカルの姿をとらえ、目を丸めた。

 やっぱり、本物。どうして家族旅行のヒカルがここにいるの?

 「ヒカル? どうしてココにいるの??」

 私は驚きを隠せずに、問いかける。ヒカルは笑って続けた。

 「え? あぁ、なんか母さんが日にち間違えてて、旅行は来週みたいなんだ。で、ココに来たってわけ」

 「あ、そ……そう、なんだ。」

 軽く笑って返す私に、ヒカルは首をかしげた。

 「どうした?」

 え?

 「何か、あったろ?」

 ドクンと、跳ねる心臓。

 やっぱり、友達暦はダテじゃないのよね。

 肝心な事には気付かないくせに。鈍感男のくせにさ。

 どうしてこんな事は、気付いちゃうのかな?

 落ち込んでるとか、悩んでるとか。どうして気付くのよ。

 私の気持ちには、気付いてくれないくせに………。

 私は、笑った。

 「心配性だなぁ。なんでもないよ」

 「天音、ちょっと屋上に行こう」

 え?

 フッと笑い、ヒカルは私の手を引っ張った。

 あ〜ぁ…。強がってるのバレちゃったなぁ、コレは。

 変なトコで鋭いんだから、嫌になっちゃうよ。

 ばかヒカル。

 ばか、ばか、ばか、ばかっ。

 

    *   

 

 屋上に行くと、青い、青い、青空。

 抜けるような青い空は、突き抜けるように青く、吸い込まれそう。

 このまま天国へ、飛んで帰れそうに感じるわね。

 高い屋上には、邪魔するものがなくて、私は思わず空を仰いだ。

 そんな私の隣で、ヒカルは静に口を開く。

 「天音?」

 え?

 フッとヒカルに目を向けると、ヒカルは再度同じ質問を続けた。

 「何か、あったろ?」

 フルフルと私は首を振るも、ヒカルは軽く、私のオデコにデコピンする。

 「ったぃ! なによ、もう!!」

 「それは俺の台詞。付き合い長いんだ。誤魔化せるわけないだろ?」

 「……………」

 なによ。私の気持ちには気付いてくれないくせに。

 そんな誤魔化しはきくのに、コレはきかないの??

 なんなのよ。ばか……。

 「天音、どうしたんだよ?」

 知らないから。

 「言ったら、ヒカルは傷つくわよ」

 そうよ。傷つくんだから。

 「いいから、言えよ」

 言うわよ。言ったほうが、ヒカルは澪を諦めてくれるだろうし!

 「俺、天音にそんな顔させたくないから、俺が傷つくとか、気にしないでいい」

 ジッと私を見つめる目は、いつも一緒にふざけあうヒカルとは違う。

 本気で、私を心配してる。ズルいなぁ、ヒカルは……。

 どうして、そんな事を言えちゃうの? 毒気、抜かれちゃう……。

 私、自分の事ばっかりで、なのにヒカルは私の事を考えてくれてて、どうしてそんな、いいやつなのよ……。

 「天音?」

 「私――……」

 だ、め。言えない……。言えるわけ、ないじゃない―――……。

 そんな事を言われて、言えるわけないよ……。

 私の中の感情が、言葉に出来なくて、どうにもできなくて、ボロボロと涙がこぼれた。

 ヒカルは私の涙を見て、目を丸めると、慌てて口を開く。

 「あま? 天音!? ちょ――……えぇ!? どうしたんだよ??」

 どうしたじゃないわよ。

 ヒカルが好きすぎて、どうしてくれるのよ。

 私、どうしたらいいのよ??

 もう、こんなの嫌だよ……。

 ねぇ、ヒカル……。もしもの、話を、してもいいかな?

 それで『諦めない』とか、『それでもいいよ』って、ヒカルが言ったなら、私、ヒカルの傍にいる事を、諦める。

 天使に戻って、見守ってあげるよ。

 「ごめん。なんでもないの。ちょっとホームシック、かな?」

 私はワザと言い訳に『ホームシック』って、使った。

 だって、想像が付いたから。

 ヒカルは、きっと澪に彼氏がいても、『それでもいい』と、言うんじゃないかって思った。

 だから、天国に帰る理由になるように、私はもう先手をうったの。

 私の言葉に、ヒカルは笑って続けた。

 「ホームシック? 俺がいるだろ。何が寂しいんだよ。ばっかだなぁ〜」

 ばかは、ヒカルだってば。

 思わず私は苦笑すると、続けた。

 負け勝負って言うか、結果分かってて言う台詞って、ちょっと胸が苦しくなるんだね。

 「あのさ? ヒカル。もしもの、話ね」

 「うん?」

 「もしも、澪に好きな人が――……この先、出来たらどうするの?」

 いたら、とか……言えないや……。

 頑張って口角を上げて、私はヒカルを見た。

 ヒカルは驚いたように目をパチクリさせると、フッと笑う。

 「いいよ。別に」

 あぁ……。ほら、やっぱり――……。

 ヒカルはやっぱり、そう思うんだね。

 「俺、澪が好きだし、傍にいれるだけで幸せだから」

 そっか。私と同じだ。

 傍にいるだけで幸せって。

 だけど違うのは、想う人に好きな人がいても、それでもいいと言える事。

 「澪が、ほんっとに、好きなんだね。ヒカルは……」

 私は笑って返すと、ヒカルは照れたように笑った。

 みおさめの笑顔。

 天使に戻ったら、ヒカルに会いに来る事なんて、無い。

 私に向けられる最後の笑顔を、焼き付けておこうって思って、私はその笑顔を見つめていた。

 決めたことなんだから、未練は捨てなきゃ……。

 帰ろう。天国へ………。

 「ヒカル? 私さ、天国へ―――」

 言いかけた、別れの言葉。

 その言葉は、スダダダダッダンッと、大きな音に遮られた。

 何かが落ちたような、叩きつけられるような音。

 な、に――……??

 その音は屋上に繋がるドアの向こうからで、私は何となく嫌な予感がする。

 ヒカルが直ぐにドアを開けるも、開いたドアからは何も見えなくて、ヒカルは更に奥へと足を進めた。

 その足は屋上から病棟へと続く、階段で、ピタリと止まる。

 ヒ、ヒカル??

 直ぐに、ヒカルの口からは、息に近い、驚きの声が発せられた。

 「な―――っ!!」

 え? な、に――……

 ヒカルの背に、不安を感じる。

 「澪!?」

 叫ぶようにヒカルが名を呼び、階段を駆け下りた。

 心臓が、止まるかと思った。

 今、澪って、呼んだ??

 私は怖くて、ソッと近づき、階段の下に目を落とした。

 う、そ―――……

 ドクンと、心臓が跳ね上がる。

 目を見開く私の視線の先には、小さな澪が階段の下で、うずくまるように倒れていた――……。

     *   

     *   

     *   

     *   

     *   

 時はさかのぼり、天音が病室を飛び出して直ぐの事。

 天音が消えた先を見つめ、澪は眉間にシワを寄せる。

 明らかに、いつも様子がと違う天音に、澪は心配になっていた。

 調子に乗りすぎた私も悪いけど、だけどソレだけには思えない………。

 なにか、あったの? どうしたの??

 天音の様子が心配になった澪は、病室を飛び出した天音の後を追う。

 追いかける足は、爆弾みたいな心臓のせいで、思うように走れない

 早く走りたいのに走れなくて、澪はそれがもどかしくて、たまらなかった。

 私って、どうしてこんな体なのよ。

 思わず悔しくて下唇を噛み、眉間にシワを寄せながら走る澪は、天音を見つけた。

 やっと見つけた天音の後姿に、澪の顔はほころび、直ぐに名前を呼ぶも、その呼びかけはヒカルに遮られた。

 「天――…」

 「天音!」

 え――…?

 思わず隠す自分の体。

 澪は隠した体を、さも今来たかのように、偶然のように、澪は二人の前に出す事は出来なかった。

 それどころか、天音が気になった澪は、2人が進む方向へと、つい足を進めてしまっていた。

 屋上での会話。

 立ち聞きなんて悪いと思った。罪悪感だってある。

 だけど、天音様子が気になる澪は、その場から離れる事が出来なくて、2人の会話を黙って聞いていた。

 ホームシックとか、そんな会話の意味は、澪には分からなかった。

 だけどさっきと同様、ヒカルの前でも様子がおかしい天音に、澪は胸が苦しくなっていた。

 何かに悩んでるの? どうしたの?

 天音ちゃん、私じゃ力になれないの??

 心配する澪の両手に力がこもってゆく。

 私は無力で何も出来なくて、いつも人に迷惑かけてばかり。

 だけど、こんな私だって、初めてちゃんと出来た友達の、力になりたいと思うの。

 そうよね? 私、こんな所で隠れるように立ち聞きなんてダメよ。

 出て行って、私、ちゃんと天音ちゃんに言わなきゃ。

 何か悩んでるなら言って欲しいって。

 力になるからって。

 そうよ。友達なんだから。

 スッとドアノブに触れかけた、澪の手。

 それは、天音の言葉でピタリと止まり、ヒカルの言葉で凍りつく。

 「もしも、澪に好きな人が――……この先、出来たらどうするの?」

 え? 私??

 「いいよ、別に。俺、澪が好きだし、傍にいれるだけで幸せだから」

 え? う、そでしょ――……。

 衝撃的だった。想像もしていなかったこと。

 澪の心臓は、あり得ないくらい跳ね上がって、それと同時に、息苦しさが押し寄せる。

 さっき自分が天音に言った言葉が、澪の頭で何度も再生され、体が震えた。

 『ふふっ。私さ、2人はお似合いだと思うのよ』

 私はなんて、無神経な言葉を言ってしまったの?

 『そうだ! 私、協力するよ! ね?』

 なにも知らないで、言葉の凶器を突き立てて……なんて事を――…。

 『ヒカル君もさ、きっと天音ちゃんが好きだよ』

 どんな気持ちで、私の言葉を聞いていたの?

 どれだけ私は、言葉の凶器で傷つけた?

 天音ちゃんの言葉。

 『いい加減にしてって言ったのよ! もうやめてよ!!』

 その通りだよ。私はなんて、無神経で、最低で――……。

 『私の心に土足で、踏み込まないで!!』

 そうよ。何が友達? 何が力になりたい??

 天音ちゃんを傷付け、悩ませている原因は、私自身なのに、何を大きな事を――……。

 喉の奥が、しまるような感覚。

 息が上手く出来なくて、心音がドクドクと煩いくらい耳に響く。

 速まる鼓動。嫌な動悸。

 これはヤバイと自分で自覚するも、澪は助けを求める事が出来なかった。

 ダメ。ここで倒れるわけには行かない。

 天音ちゃんに迷惑かけることになる。

 それに、ココで立ち聞きして、全てを知ったと、知られてしまったら?

 今度こそ本当に嫌われてしまう。嫌だ。嫌、嫌、嫌っ。

 お願い、お願いっ。心臓、もって。

 まだ歩ける。まだ平気。お願い病室まで。お願いだから――……。

 這うように階段そばまで行くと、澪は手すりに捕まるも、体を支えられずに階段に吸い寄せられるように落ちてゆく。

 苦しくて、思うように動かない体は鉛のように重くて、落ちる瞬間も自分の体じゃないみたいだった。

 落ちる事が怖いとか、そんな事を感じ取れる余裕もなくて、心臓が痛くて、ただ苦しい。

 それと共にある天音への罪悪感――……。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 落ちる瞬間も、その言葉ばかりが頭を回り、涙が出た。

 天音ちゃん、ごめんね―――……。

 瞳にたまる涙は、体が落ちる重力によって流れ落ちていた……。

 

 

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