Wish【 6 -A-B 】

 

 サァッと風が吹き、公園の草木をゆらす。

 澪は風を気持ちよさそうに受けると、ヒカルに笑いかけた。

 「何処まで、知ってるの?」

 え? あ――……

 戸惑い、言葉を続けられないヒカルに澪は笑う。

 「私がもう直ぐ死ぬってこと、知ってたり、する?」

 澪の問いにヒカルはコクリと頷いた。

 「そっか。そうなんだ。ソレって、ヒカル君が自分で気が付いたの? それとも、私を迎えにくる天使に聞いたの?」

 「天使に、聞いた」

 「そっかぁ。って事は、私がもと天使ってこともバレちゃったんだ。言わなかったこと、怒ってる??」

 澪が問うと、ヒカルは首を振った。

 口数が減ったヒカルを見て、澪はフッと笑って、続けた。

 「んん〜。言わなくてごめんね? 私、ヒカル君と天音ちゃんの話を、たまたま通りかかって聞いた時、思わずへばりついて立ち聞きしちゃったの。『お仲間』だぁ〜って、思って、なんだか嬉しくなったから。でも自分の死期も分かってたし、言えなかったんだぁ……」

 死んでしまうというのに、軽く笑って返す澪に、ヒカルは眉間にシワを寄せた。

 「ん、で―――……」

 「え?」

 「なんで、そんな笑ってられるんだ?」

 「ヒカル君??」

 ヒカルの様子が変わったので、澪は軽く首をかしげて名を呼んだ。

 ヒカルは、何だか納得がいかなかった

 死期が迫り、怖くはないのか? そう、思えた

 天使とは違って、人には寿命が出来る。それは、当たり前のこと。

 だけど、その寿命が長いか短いかは、自分たちでは分からなくて、どう考えても、どう見ても、澪は人間になったものの、その寿命は短い。

 ソレは、悔しいことではないのか?? そうも、思えた。

 「澪は、このまま死ぬことに納得してるのか?」

 ヒカルが思わず問いかけた言葉に、澪は目をパチクリとさせて笑った。

 「納得も何も、天使の頃から分かってたことよ? 人間に寿命があるのは。ヒカル君も分かってるくせに」

 「でも―――…」

 「私は、毎日を一生懸命に生きたの。終わりある人の人生だからこそ、今日の一日は二度と来ないし、今、この一秒が全て過去になってるって、そう思って、毎日を大事に生きてきた」

 澪は笑顔で、ヒカルの言葉を遮ると続ける。

 「ねぇ、ヒカル君。私は天国がどんなトコロなのか知ってるのよ。だから死は怖くない。でしょ? そう思わない?? それに地上に生きる全ての生き物は、いつか死ぬの。だから命は尊いんでしょう?」

 「そ、れは……そうだけど……」

 「あのね、ヒカル君。この世界にいる限り、別れは必ず来るのよ」

 え?

 「当たり前の事だけど、意識した事無いでしょう? 別れは、何十年も先かもしれない。だけど、明日かもしれない。だって人間は、神様からリストが渡されることなんて無いんだもの」

 そ、れは……そうだけど……。

 ドクン、ドクンと、ヒカルの心臓は嫌な音を立て続けていた。

 『別れは必ず来る』

 そんな澪の言葉は、ヒカルの心に鋭く突き刺すように残った。

 「だからね、自分の大切な人は、ホントに大切にしなきゃならないと思うわ」

 大切な人は、大切に? だったら―――……

 「だったら俺は、一番大事な澪に、生きていて欲しいと思う」

 ヒカルは真っ直ぐに、澪を見て続けた。

 澪は目をパチクリとさせて笑う。

 「違うでしょ? ヒカル君の一番大事な人は誰?」

 「え?」

 「ヒカル君、もと天使っていうか、今でも半分天使だし、心が清いのよ。人が死ぬ事に慣れてしまった天使でも、自分と関わった人間である私が、死ぬのが嫌だと感じて、当たり前じゃない?」

 な―――っ……。

 言葉が続かないヒカルに、澪は静かに続ける。

 「ヒカル君は『命は尊い』、この意味を理解して人間になった?? 例えば、天音ちゃん。天使と人間は違うわ。ずっと隣にいられるとは限らないし、ヒカル君より早く死んじゃうかもしれない」

 天音が??

 ドクンッと、大きく心臓が跳ね上がった。

 天音がいなくなる??

 考えた事もなかった。天音がいなくなってしまうことを。

 100年もの長い間、一緒にいることが当たり前で、日常で――……。

 それって? 実は凄いことなんじゃないのか??

 考えた事もなかった。天音のこと。

 大事な友達だと思った。思っていた。

 だけど、自分の傍から天音がいなくなる事を思うと、苦しくなる、その悲しみは何だ??

 「俺―――……」

 小さくボソリと呟くヒカルに、澪はフッと笑った。

 「ヒカル君ってぇ、鈍感だよね」

 「な、澪ぉ!?」

 自分の心の内を見透かされたようで、ヒカルは真っ赤になって声を上げる。

 ソレを見た澪は「っぷは!」と、ふきだして「あはははっ!」と笑い、遠くを指差して続けた。

 「追いかけたほうがいいよぉ〜」

 「え?」

 「天音ちゃん。なんか男の子に連れて行かれちゃったもん」

 …え?…

 「えぇ!?」

 澪の言葉にヒカルは声を上げると、直ぐに澪は悪戯な笑顔を返す。

 「人間界にだって男の子はいっぱいいるからねぇ。天音ちゃん可愛いし、そりゃ好きになっちゃう子もいるでしょ??」

 ブァッと、わく嫉妬心。

 天音は女の子で、だからこそ他の男が寄ってくるかもしれない事……。

 そんな当たり前の事を、一度も考えもしなくて、自分以外の男が天音の隣にいる事を考えると、気がおかしくなりそうだった。

 追いかけたい。でも――……

 ヒカルはチラリと澪に目を向ける。

 澪はヒカルの気持ちを察して笑った。

 「あ、私の事を気にしてる?? もうすぐ死ぬって聞いてほっとけないかぁ。ヒカル君優しいもんね。でも、行かないと私、死んでから祟るよ? 呪うよ??」

 「な……」

 「知らないから。天音ちゃんを、誰かに取られちゃっても」

 澪は笑って、ヒカルの背を押した。

 ヒカルは頷くと、走って天音のもとへと急ぐ。

 澪はにこやかに、その背中を見送っていた。

そんな澪の頭上から、澪にとって、懐かしい声が降る。

 

「よぅ…」

 

 短く呼びかけられた、声。

 クスリと笑って、澪は顔を上げた。

 「久しぶりだねぇ〜。アオ」

 澪の笑顔にアオは、一瞬戸惑いながら、澪の前へと降り立つ。

 「元気そうだな」

 「まぁ、それなりに。一緒に人間になるって願った誰かさんは、天使に戻っちゃったけど?」

 意地悪く笑う澪の言葉に、アオは仏頂面を崩して顔を引きつらせた。

 「あ、あれは――…、お前が……」

 「うん。アオの気持ち知ってたのに、気づかないふりして、人間の男の子に恋しちゃった」

 「―――………」

 「でもさ、やっぱ私、アオが一番だったんだぁ。アオがいなくなってから気づいてさ? 追いかけてくなんて、出来なかった。勇気、なかったの」

 「え――……?」

 澪の告白に、アオは目を見開く。

 そんなアオを見ると澪は笑った。

 昔と変わらず、この人の仏頂面を、こんなにも崩すことが出来るのは、私だけなんだと、嬉しくなる。

 「でもさ? 人間になりたかったのは本当だから、私、人間としての生活だって楽しかった。この命を全うしたら、またアオに会えるって思ったし、恥じない生き方したいって思ったしね? 見ててくれたんでしょ?」

 ふふっと笑う澪に、アオは頷く。

 「へへ。まぁ〜ね。見た目よりも、けっこう大変だったんだよ。人間ってさ、結構メンドクサイことも多くて、毎日が選択って言うの? 大事なことを選ぶのは自分で、人に頼るばかりでもいられなくて、それは天使の頃とは変わらないんだけど、でも、世界が違うでしょ?」

 「そうだな」

 「そうだよぉ! いい人ばかり、善人ばかりじゃない。人を騙そうと、陥れようとする人。怖い人はいっぱいいる。悪意の強い人。人をいじめて喜ぶ人。嘘つき。たくさんの罠だっていっぱいで、生き抜く術は失敗してから、騙されてから学習したこともある。何度も繰り返しちゃう事だってあったわね。アオにすがりつきたい日もあったなぁ〜」

 澪はチラリとアオを見て笑った。

 アオは気まずそうに、「そんな事を言われても」と、目をそらす。

 俺も助けてやりたかったよ。とは、さすがに恥ずかしくて、アオは言えなかった。

 「まぁ、悪いコトばかっじゃないけどね。それでもやっぱり、愛は溢れてて、優しさだっていっぱいある。心地いい場所だってたくさんあると思うもん。でも、さ……。やっぱり私は、アオの隣りがいいみたいなんだ。それって、まだ間に合う??」

 澪は気まずそうに、笑う。

 アオは呆れた顔をすると、直ぐに澪の頭を優しくなでると、胸元へと引き寄せた。

 「馬鹿だろ? お前。俺の気持ち、見くびるなよ」

 アオの胸元で、澪は目をパチクリとさせると、笑う。うれし泣きで、涙があふれていた。

 

 

 天音ちゃんと、ヒカル君は、少し、私とアオに似てるかもしれない。

 二人には、こんな遠回りしてほしくないと、私は思うから……。

 だからね? ヒカル君。

 ココは、ヒカル君が頑張んなきゃダメだよ? 男の子なんだから。

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