Wish【 7 -A-A 】

 

 私とヒカルは、いつもの公園へと足を運ぶ。

 小さな澪は、寂しそうに座り込んで、一人でそこにいた――――……。

 すぐに声がかけられなかった私たちに、澪は気が付くと顔を上げる。

 「あま、天音ちゃん!!」

 倒れてしまった私を気にかけていたのか、真っ先に私の名を呼び駆け寄るも、直ぐに澪は後ずさる。

 「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい」

 澪……。

 「私、ね……。アオさんから、聞いたの……」

 「え?」

 「私が2人に関わる事で、2人の命を削ってるって、言われた。けど、楽しくて……。2人が大好きで、離れたくなかった。そしたら、天音ちゃん……倒れちゃって、私……。私のせいで……」

 「澪……」

 私は、小さく名前を呼び、ソッと近づく。

 澪は首を振りながら、後ずさった。

 「ダメだよ!! 近づいちゃ、ダメ! また倒れたらどうするの!?」

 「少しくらい平気よ。ね、ヒカル?」

 私がヒカルに振ると、ヒカルは一瞬、心配そうな顔をしてから、頷いた。

 ヒカルは、心配性だね……。

 心配してくれるのは、友達だからだろうけど……。

 私はフッと笑って、澪に目線を戻す。

 「ねぇ? 澪。どうして天国に行きたくなかったの??」

 私は澪に近づくと、澪の両手をソッと手に取り、優しく問いかけた。

 澪はうつむき、すこし間をあけてから続ける。

 そんな私たちの傍で、ヒカルは黙って見守っていた。

 「私、信じられなくて……」

 「うん」

 「自分が死んだなんて、信じられなかったの……。この世に生まれることは、誰しも選べない。死んでしまうことも人は選べないし、選んじゃいけないんだろうけど、……私はもっと生きてたかった。生きてると思いたかった。ココに、いたかったの。だって、私は意思を持って、ココにいるんだもん。だからアオさんが迎えに来た時に、行きたくないって、言った……」

 澪は一つ、息を吸って、吐く。切なそうに、続けた。

 「でも、やっぱり現実は突き付けられちゃうんだね。直ぐに自分が死んだってこと、思い知らされちゃった」

 「え?」

 「だって、誰も私に気がつかないんだもん。話しかけても気付かない。それどころか、私自身にぶつからずに、通り過ぎてゆく。ショックだった。本当に私は死んでしまったんだって、痛いくらいに分かった」

 「うん……」

 静かに相づちをうつ私に、澪は苦笑する。

 「馬鹿みたいなんだけどね? 死んでしまってから見る世界は、なんだか輝いて見えた。別に生きていた時が不幸だったわけじゃない。だけど何気ない一日一日、全てを大切に生きてきたかって聞かれたら、そんな事無い。だから、その一日がどれだけ大切なものだったのかなんて事、死んでから気がついちゃったの。笑いあい、歩いてく人たちが羨ましい。喧嘩して、泣いてる人も羨ましい。生きてる人たちを眺めていると、私、ココを離れられなくなっちゃった……。何も知らない未知の天国よりも、よく知るこの世界にいたいと思えた。だから、しつこく何度も現れるアオさんを、断り続けたの」

 「そっか……。澪、辛かったね……」

 私はそう言ってソッと、澪の頭をなでる。

 澪は泣きそうな顔で笑った。

 「だんだん、ね?」

 「うん」

 「アオさんが私の前に現れる頻度が、少なくなって、私はここにいていいんだって、思ったの。でも、何だか寂しくなっちゃって……」

 「え?」

 「だって、私は一人ぼっち。自分の家族も、友達も、誰も私に気がつかない。話も出来ない。触れられない。誰が私を見てくれる? なんて、バカみたいだよね。ココで私は一人なんだと、そんな当たり前の事、アオさんがいなくなって初めて気が付いたの。ずっとアオさんと話していたから、一日中1人が何日も、何日も続く事なんて無かった。アオさんがいなくなって、初めて孤独を感じた……。私はココに1人だと。たくさんの人が存在するのに、私もココにいるのに、1人なんだと。寂しくて、辛くて、悲しくて……涙が出た。変でしょ? 幽霊なのに泣けちゃうなんて」

 澪――……。ばかね……。

 「変じゃないわ。幽霊だって、感情があっていいのよ?」

 私がフッと笑うと、澪の表情は少しずつ崩れてく。

 「っ――…。わた、私ね? 寂しかった。だから、私に気付いてくれた天音ちゃんや、ヒカル君から離れたくなかった。 一緒にいたかったの。だけど、それはわがままで、まさか私が傍にいるだけで、死に追いやる事になるなんて、そんな事、知らなかった。思いもしなかったの……。ごめんね? ごめんなさい……。ごめ――……」

 澪の瞳から、ボロボロと、涙がこぼれ落ちる。

 そっと、私は澪を抱き寄せた。

 「大丈夫。ほら、私もヒカルも、こうやって生きてるでしょ? ね?」

 私は澪を抱きしめたまま、ヒカルを見上げる。

 ヒカルは頷いて、澪を安心させるように明るく「大丈夫だ」と、続けた。

 私はソッと、澪から体を離すと、笑った。

 「ばっかね。泣かないで? 平気だから。ヒカルも大丈夫って、言ったでしょ?」

 「う、ん……」

 「なぁ〜に? その顔。あぁ、分かった! ヒカルの言葉は信用ならないんだ? コイツ適当そうだもんねぇ。でもさ? 私の事は信用できるでしょ?」

 不安の消えない澪に私は、明るく笑い、そんな私の言葉に、直ぐにヒカルが反応した。

 「ちょ、ちょっとまてっ!」

 「何よ?」

 「俺が適当そうって、どういう意味なんだよ!!」

 「言葉のまんまですぅ〜。そんな事も分かんないのぉ??」

 「あま、天音!? お前、しっつれーだと、思わねぇのか!?」

 「失礼? えっとぉ〜……。誰に?」

 キョトンと私は返し、右手を敬礼みたいにオデコにあてて、遠くを見つめながら続ける。

 「誰にでしょ〜?? 何処? 何処にそんな人が??」

 「……天音。ありえねぇくらいムカつくな? その態度」

 「私はムカつかないからいいもぉ〜んっ」

 「なんだと!?」

 「なによっ!!」

 「っぷはっ!」

 「「え?」」

 「あははははははっ」

 思わずいつものような言い合いになった私とヒカルを見て、澪は可笑しそうに笑う。

 それに、目線を向けると、私とヒカルはお互いに顔を見合わせて笑った。

 3人で、馬鹿みたいに笑って、澪は静かに息を整える。そして、私とヒカルの前で、正座して背筋を伸ばした。

 私も、ヒカルも慌てて背筋を正して、澪を見つめる。

 「私! 決めた」

 「「え? 何を??」」

 私と、ヒカルの言葉がシンクロする。

 澪は笑顔で、そんな澪の体は少しだけど、光っていた。

 「ココにはもういない。天国へ行く。そして、私が2人を見守るの」

 澪の言葉に、姿に、私もヒカルも目をパチクリさせた。

 キラキラと澪の体をまとう光が強くなってゆく。それは白く眩しい光……。

 「「み、澪??」」

 あまりにも不自然すぎる、澪の光に、私もヒカルも名を呼んだ。

 ど、どうなってるの??

 「え――……?? や、私……なに、これ……」

 澪自身もその光に気がつき、両手に目を落とし、自分の体を見て、目を丸くさせた。

 困惑する私たち。そんな私たちの頭上から声が降る。

 「やるじゃん」

 え?

 「「「アオ(さん)!?」」」

 3人同時に空を見上げ、3人同時に名を呼ぶ。

 青い空を背に、アオは目をパチクリとさせて、笑った。

 アオはフワリと降り立つと、「見ろ」と、澪に目線を向ける。

 え―――……? み、お??

 アオにつられて、澪に目線を向けた私とヒカルは、驚きで声も出ない。

 澪の体をまとっていた光はいつの間にか消えうせ、その代わりにあったのは、澪の背に白い翼。

 それは天使の象徴……。

 どう、して???

 澪はそれに気付いていないのか、キョトンとしていた。

 アオは私とヒカルを見て笑い、澪に目線をむけて口を開いた。

 「蒼井澪」

 「は、い?」

 「お前、普通の人間なら天国で暮らせるんだけどな。どうやら天使に、なっちまったみたいだぞ」

 「えぇ!?」

 澪は自分の背中を見ると、自分の翼に驚き、目を丸めた。

 「だから、2人を見守るどころか、俺みたいな仕事をしなきゃならなくなった」

 アオの言葉に、澪は目をパチクリさせると、直ぐに笑った。

 「私……。したい! 私みたいな人を救えるのなら、私は凄く嬉しい!!」

 澪はそう言って、私とヒカルに笑顔を向ける。

 私も、ヒカルも自然と笑顔になった。

 

 澪は天使みたいな人間だと、ヒカルは言った。

 なによ。ヒカルって見る目あるなぁ〜。

 ほんとに澪は、天使になっちゃったね。

 なぁ〜んて、思いながら。私は、少し複雑な気持ちを抱えていた。

 ヒカルは、澪の傍にいたくて人間になった。

 天使になった、澪。もう、ココにいる必要もないわよね?

 天使に戻るんでしょう??

 ってことは? そっか………。

 ヒカルとは、これでサヨナラなんだ……。

 だって。今度は私、追いかけるつもりなんて、無いもの。

 

 

 

    *    

 

 「ねぇ、ホントにいいの? このままで」

 私は何度も同じ質問を、ヒカルにする。

 ヒカルはいい加減に鬱陶しいのか、眉間にシワを寄せて口を開いた。

 「しつけーなっ。俺がココにとどまる事が、そんなに納得いかないのか!?」

 「だって……」

 私は小さく返し、うつむいた。

 だって、ここに澪はいないじゃない……。

 私は、納得いかないわけじゃないくって、理解ができないの。

 だって、さ? ヒカルは澪に会いたくて、人間になったんでしょ?

 なのにその澪はもうココにはいなくて、天使になっちゃったのよ?

 それじゃ、ヒカルの願いの意味な無いんじゃないの??

 追いかけなくていいの??

 今ならまだ、指輪をはずして元に戻ることも可能なんだよ?

 「だって、何だよ?」

 え?

 ヒカルの問いかけに、私は顔を上げる。

 「言えよ、天音」

 「………だって、天使に戻らなくていいのかなぁ? って、思うよ。普通………」

 「あのさぁ? 澪を見送ってから、ずっと、『ヒカルは天使に戻らないの?』とか、『このままでいいの?』とか、うるさいし、何が普通なのか、意味分かんねぇーよ」

 なによ、なによ! どうしてそんなに不機嫌なのよ!! 意味わかんないのはヒカルじゃない!!

 ヒカルがイライラしてるように見えて、これこそ私は納得がいかない。

 いつものバカな調子はどこにいったの?

 調子くるっちゃうじゃない。

 どうしてそんなに、私に、攻撃的なの??

 「だって、澪は天使になったんだよ?」

 「それが何!?」

 「――――っ!」

 ヒカルの声が少し、大きくなって私はビックリする。

 な、によ。何なのよ………。

 『それが何!?』って、なに? なんでそんなコワイの? 声のトーン低いし、声、おっきくなるし、意味わかんない。怒ってるの?

 私、ヒカルを想って言ってるのに、どうして伝わらないの!?

 「ココには澪はいないんだよ!? 天使に戻れば、澪の傍にいられるんだから、戻ればいいじゃない!!」

 「天音は俺が天国に戻ればいいと、思ってる? 天使に戻れと思うわけ??」

 「そうよ! だからさっきからそう、何度も言ってるじゃない。だいたい私は、ヒカルなんか傍にいなくたって平気だし! だから、心から見送ってあげるんだから、戻ればいいでしょ!!」

 私は声を大きく、思わず早口で返す。心臓がきりきりと、痛い。

 全部、ウソ。ウソだよ……。

 本当は、ヒカルが傍にいてくれなきゃ、嫌なんだよ。

 本当はここにいてほしいの。

 ずっと、ずっと、傍にいさせてほしいの。

 心から見送るなんて、できっこない……。だけど、だけど私は、ヒカルに笑ってて欲しいんだよ。

 幸せになって欲しいの。

 好きな人の幸せを願って、なにも悪い事なんかないでしょう?

 「はぁ……」と、ヒカルが溜息を吐いた。

 ジッと、私を見つめ続ける。

 「じゃ、なに? 俺が天使に戻ったら、天音はどうすんだよ。その言いようじゃ、俺だけ天使に戻れって、言いたいんだよな??」

 バカ言わないで。

 「当たり前でしょ? 私は天使には戻らない」

 背中は、押してあげる。だけど、ついて行って応援までは出来ない。

 一緒に天使に戻って、2人の仲を見届けるほど、私には余裕なんてないの。

 私が頑張って口角を上げて笑うと、ヒカルも笑い返す。

 チクンと痛む心臓。

 あぁ、もう。やっと、分かったの? 世話が焼ける鈍感君だこと……。

 バイバイ。ヒカル。頑張ってね。

 「帰ったら、澪やアオに、よろしくね」

 「嫌だね」

 は?

 頑張って最後の言葉を口にした私に、ヒカルはスパッと切り捨てる。

 ビックリして、言葉も出ない私にヒカルは笑って続けた。

 「ってか、無理だし。俺、帰らないから」

 え? は? えぇ!?

 「て、天国に帰らないの!? 天使に戻らな―――」

 「天音はココにいるんだろ?」

 な、に、言って……。何度も、言わせないでよ、バカ……。

 「私は、人間界に残るわよ……」

 「じゃ、俺も残る」

 な!? えぇ!?

 「ヒカル!? なに言ってるの!?」

 思ってもいなかったヒカルの言葉に、私は目をパチクリとさせた。

 「やっぱさ? 俺の隣に天音がいないと、落ち着かねぇと思うし」

 「え?」

 「ムカつくけど、アオのお陰で気付いた事があったんだよな」

 はぃ??

 思わず首をかしげる私に、ヒカルは笑った。

 「ま、いっじゃん? 仲良くしようぜ。これからも。えっと、さ。その、なんだ?」

 ヒカル??

 不思議そうに見つめる私に、ヒカルは続ける。

 「これからも俺の傍に……いろよ、な??」

 え? それって、友達としてって、意味で?? それとも???

 ヒカルは私の大好きな太陽のような笑顔を浮かべ、照れたように笑った。

 空には太陽が輝いていて、光が降り注ぐ。

 その暖かな光は私たちを包み込み、白い天使の羽のような雲が、空を流れていた――…。

 

 

   END

 

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