Wish【 8 -B-A 】

 

 天国に帰ってきた私は、「はぁ……」と、溜息を吐かずには、いられなかった。

 大きな木の枝に私は腰かけると、枝と葉により出来た屋根の下。

 涼しい木陰の中で、ボーッと美しい景色を眺めていた。

 花が咲き、緑が多く、優しい風が吹く天国。

 とてもキレイな場所。だけど、どんなにキレイな場所であろうとも、私には意味がない。

 ヒカルがいないと、だめ。ヒカルの隣が、私の居場所で、天国だった。

 私は、自分の存在理由もよく分からなくなってきて、今さら気付いてしまった。

 私の全ては、ヒカルだった。傍にいて、笑いあうこと。傍にいて、ヒカルの笑顔を見ていること。

 その笑顔を、向けられること。

 ソレは気持ちが伝わっていなくても、幸せを私に感じさせて、その幸せは、言葉に出来ないくらいに大きなもので、何事にも変えがたいものだった。

 瞬きする事が惜しいほどに、私が生きる意味は、ヒカルの傍にいる為だと言ってもいいくらいに、私にとってのヒカルは、大切な存在だった――……。

 そんなヒカルの傍にいられない私は、自分自身の存在理由を失くしてる。

 ヒカルが恋しい。自分で選んだ道なのに、苦しい。

 それは仕方の無いことなのに、気持ちがついていかない。

 会いたい。会いたい。会いたい。

 ヒカルに……

 「会いたいよ――……」

 思わずボソリと、私は想いを口にする。

 あぁ。また……。視界が揺らいでく……。

 私の瞳に涙が浮かんで、泣いちゃいけないと、自分を叱りつけた、瞬間だった。

 私の背後から、突然の声。

 

「誰に?」

 

 え―――…?

 突然の問い。聞きなれた声に、私の心臓は跳ね上がる。

 こんなところに、いるハズないのに、私は、幻でもいいから会いたかった。

 ソッと振り向く。目で捉えた人物はあまりにリアルで、私は目を見開いた。

 う、そ――……

 「ヒカ―――!?」

 名前を呼ぼうとした私の言葉は、続かなかった。

 驚きのあまり枝からすべり落ち、天使なのに、翼を使うことも忘れて落下する。

 ギュッと目を閉じて、痛みを覚悟した私の体に暖かさを感じた。

 え?

 「ばっかじゃねぇの?」

 聞きなれた、私をバカにする声。

 ソッと顔を上げると、近い距離に見慣れた顔、もう見れないと諦めていた、ヒカルの顔があった。

 バカだと言われて、いつもの私なら『なによ!』と、喧嘩ごしになるハズが、腹が立つどころか嬉しさを感じて、泣きそうになる。

 ヒカル……。

 地面に落ちる前に、お姫様だっこのように受け止められた私は、会えて嬉しいやら、恥ずかしいやら、色んな気持ちがゴチャゴチャ。

 言葉を発する事が出来なかった。

 「天音?」

 黙り込む私に、ヒカルが名を呼ぶ

 呼ばれた自分の名は、まるで特別な宝物のように感じて、耳に残る。

 トクン、トクンと、心臓の鼓動は速まって、なんだか悔しくもなってきた。

 なによ。ヒカル……。

 私ばっかり、こんなに好きで、悔しい!!

 私はつい、いつもみたいに可愛げなく、ヒカルに続ける。

 「降ろしてよ」

 「え? あぁ、ごめん。―――…って、なんで俺が謝んなきゃなんねぇんだよ! 助けられたんだから、普通は『ありがとう』って、言葉があってもいいんじゃねぇの?」

 ヒカルは私を降ろすと、不機嫌そうな顔をする。

 そんなヒカルに、私も不機嫌な顔を返した。

 私、会えて嬉しいわ。それは、もう。でも……どうして?

 どうして、そんな普通に現われるの??

 どうしてヒカルが、天国にいるのよ。

 ココにいるってことは、ヒカルも天使に戻ったってことよね?

 意味が分からないんですけど……。

 天使に戻ったら、人間だった時の自分の存在は、無いものになるのよ?

 大好きな澪から、ヒカルの記憶はなくなっちゃうのに、それでヒカルは良いわけ??

 澪の傍にいることが幸せで、澪に好きな人がいても平気だって、言ってたじゃない。

 私だって、告白しちゃったのに。私がヒカルを好きだってこと、知ってるくせに、なによ。

 なによ。バカ。どうしてよ……。

 どうしてそんな風に、普通に接することが出来るの?

 私なんて眼中にないってことなの? どういうつもりなのよ。それもそれでヒドイわよ。

 言いたい事はたくさんあった。だけど、たくさんありすぎて、まとまらない。

 それらは全て、頭の中でまわるだけで、口には出せずにいた。

 不機嫌な私の顔を見て、ヒカルは軽く溜息を吐いて続けた。

 「なんか、怒ってる?」

 「怒ってるわ」

 ヒカルの問いに私は、強く返して続ける。

 「どうせ、どうして私が怒ってるのか分かってないでしょ? ヒカルは鈍いから」

 「鈍いのは天音も、一緒だろ?」

 はぁ!?

 「ソレは私の台詞なんですけどっ!」

 「っだから! なんで俺がココにいると思うわけ!?」

 「私がソレに怒ってるって事が、分からないわけ!?」

 「「え?」」

 思わず声を上げる私と、ヒカルは同時に目をパチクリとさせた。

 ちょっと、まって?

 『なんで俺がココにいると思うわけ!?』って、どういう意味??

 シンッと、一瞬の間。直ぐにヒカルが口を開いた。

 「俺が天使に戻って、ココにいることが、天音は気に入らないわけ?」

 ―――っ……。

 「だ、って……ヒカルは澪が好きなのに、ココにいる意味が分からないし、私の気持ち知ってて、そんな態度なのがムカつく、のよ……」

 「それって、俺がココにいることで、答えが出てると思うんだけど」

 は?

 目をパチクリとさせる私に、ヒカルは続けた。

 「天音、言い逃げはズルくね?」

「え? 言い逃げって――……」

 「俺の事、好きだって言ったろ?」

 なぁ!?

 体中の血液が、沸騰するんじゃないかって思うくらい、体温がいっきに上がった気がする。

 ボンッと、機械がショートするみたいに、私も壊れちゃうんじゃないかって思えた。

 「な、ななな…ヒカ、ヒカル、わた、私……」

 言葉にならない私を見て、ヒカルは笑う。

 「俺、天音のこと好きだよ」

 え―――――……。

 す、き? 好き!?

 「えぇ!? う、嘘よ! 嘘! 嘘つき!!」

 ワンテンポ遅れて大きく否定する私に、ヒカルは苦笑する。

 「嘘つきって……ひでぇ言い方」

 「だ、だって……」

 「まぁ、その、分かったんだよ」

 「え?」

 「天音が傍にいないと、俺は、俺じゃなくなるんだ」

 ドキンと、心臓が跳ねる。

 ヒカルの言葉が嬉しくて、期待して、だけどこんな夢みたいなことがあるはずないって、そう思えてしまう私は、ヒカルの言葉に冷たく返した。

 「意味が分からない。どんな状況下にいても、ヒカルはヒカルよ」

 「違う」

 え―――…。

 即答するヒカル。私は言葉を続けられず、ヒカルが静かに続けた。

 「俺の傍から天音がいなくなって、俺はどうしてココにいるのか、分からなくなった。澪に会いたくて人間になったハズなのに、天音がいなくなっただけで、俺はどうして人間界にいるのか、分からなくなってきたんだ」

 やめてよ。同情だったら許さないから……。

 期待させて、あとで違ったとか、ふざけたこと言われたら私、立ち直れないわ。

 「100年も一緒にいたからよ。別にたいした意味はないんじゃない?」

 「隣を見る自分がいて、天音の姿を探す俺がいたんだ」

 「それは100年一緒にいたから、ただの習慣よ」

 ヒカルの嬉しい言葉を、素直に受け止められなくて、私は全てを否定し、続けた。

 「ヒカルは澪が、好きなんでしょ?」

 「澪は好きだけど、特別な好きじゃないって分かったんだよ」

 「でも、澪がきっかけで『人間になりたい』って思ったんでしょ? それって強い想いがなきゃ出来ないわ」

 「その想いを上回る想いがあったからこそ、天使に戻った。それも強い想いだって、言えないのか?」

 ――――っ……。

 ヒカルの言葉に、私の心臓が跳ね上がる。

 「だ、だって……ホントに?」

 ホントに、ヒカルは私が好きなの?

 ヒカルは泣きそうな顔する私を見て、苦笑して続けた。

 「天音、しつこい」

 「だって………」

 だって、だって……私…。100年も好きだったの。

 想いが伝わる事なんて、ないと思ってた……。

 「まぁ、別に何度でも言うけどさ」

 「え?」

 「天音が好きだよ」

 ドキンと、跳ねる心臓。照れ笑いするヒカルを見て、私も照れてしまう。

 美しすぎる天国は、ヒカルによって彩られ、私はクラクラ。

 私に笑いかけるヒカルの笑顔は眩しくて、まるで太陽のように思えた……。

 長い長い、片思い。

 長すぎた片思いはようやく実って、きっとこの先、たとえ何百年たとうとも、私は変わらずヒカルが好きだと思う。

 ねぇ、ヒカル? 私はこの先、何があっても変わらない。

 あなたの傍にいることが、私のただ一つの願い。私の居場所はあなたの傍、ただ一つ。

 ずっと、ずっと、大好きだから、ヒカルもずっと、大好きで、いてよね。

 

 

   END

 

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