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5 それは学校から離れたところにある、少々寂れたかんじの本屋だった。 そんなに小さくない本屋なのだが、なかなか立地条件が悪いので客足が遠い。郊外に建てられたために存在すら知らない地元人もいるほどだ。しかも商店街と駅の近くに相次いで大型書店ができたために客をほとんどとられてしまったらしい。なんて不運な店なのだろうか。まあ、おかげで、どこの本屋でも売り切れてない本でも必ずある。なかなかレアな本も置いてあったりして、この本屋の存在を知っている者達はここを重宝している。 さて、それは私、山城華が山岡樹との玉子焼き争奪戦5連敗という不名誉な記録を達成した日のことである。 その日の帰り道に、私は果からメールが入っているのに気づいた。見てみると、帰りに本屋で今日発売の雑誌を買ってきてくれという内容のものだった。たしか果が愛読している雑誌は今日が発売だ。しかも人気なのですぐに買いに行かないとなくなりやすい。果は家に帰ってから気づいたのだろう。よし可愛い弟の頼みだし優しい姉ちゃんが買って帰ってやるかと思い立ったが、その時点で学校にも駅にも微妙な位置にいた。だから、せっかくだし絶対にあるその本屋に行こうと思った。それだけの理由だった。そう、たったそれだけの理由だったのだ。 本屋に入ってお目当ての雑誌を確保すると、自然と私も何か買いたくなり、中をウロウロとすることにした。ハードカバーや文庫、そして漫画のコーナーに行った。あまり来ることがなかったため、物珍しさから色々なところを巡った。 それがいけなかったのだろうか。 少年漫画のコーナーを過ぎ、少女漫画コーナーの半ばを通り過ぎようとしたとき、隅のほうにチラリと見知った人影を見た。 佐藤さんだった。 佐藤さんは真剣な表情で本を品定めしている様子だった。レジ横に設置されている本棚をジッと眺めてなにやら思案している。私は一ヶ月前のあの事件により佐藤さんと顔を合わせるのが非常に気まずかったので、咄嗟に佐藤さんから見えない位置に隠れた。 佐藤さんを見たことによって跳ね上がった心臓の音がうるさく、彼女に聞こえていないだろうかと不安になった。私は隠れるのが下手くそだ。姿は隠せても、なんというのだろう、気配を全然隠せないのである。見つかったらどうなるのか。とりあえずヤバいということだけしか分からない。超音波攻撃はされるだろうか。ナイフは持ってないだろうか。前歯をへし折られないだろうか。想像しただけで鳥肌が立った。 考えれば考えるほど怖くなってきたので、前歯をペンチで抜かれる前に(彼女は鬼か)ここを一刻も早く出ようと思った。そう思った瞬間、ふと冷静になった。ちょっと待て、自分。おい待て自分と。 もしかしなくとも彼女の横を通らなければ外には出られないのではないか。 ・・・・・・。 ああ、神様。あんたはそんなに私のことが嫌いなのか。ちょうどよかった。私もお前のような外道野郎、嫌いだよ。バナナ食って腹壊して苦しめ。 半泣きで、知っている神様全てを罵った。 ***** しばらく待ったら彼女の買い物も終わって帰ってくれるだろう。これは持久戦だ。そう思って私は心を無にしてひたすら時が流れるのを待ったが、いくら待ったって彼女はそこからピクリとも動かなかった。もしかして彼女はよくできた看板か人形ではないのかと疑ったが、よく目を凝らしたら、たまに独り言を言っているみたいで口元が微かに動いている。どうやら生きているようだ。 早く決めて買って帰ってくれないだろうか。こっちだって早く帰りたい。いったい何をそんなに迷っているのか。迷うぐらいなら全部買え。そして家帰って反省するなり後悔するなりしてくれ。ほんと、土下座するから帰って。 そんな私の心からの願いを聞いてくれるはずもなく、彼女の足はそこに根を生やしたかのように動くことをしなかった。畜生。これだから買い物の長い女は嫌いなんだ。いい加減、お腹も空いてきた私は、彼女が出て行くのを待つのは諦めることにした。ちょっと俯き気味に横を通り過ぎよう。横髪で顔がそんなに見ることができないはずだ。しかもあの様子じゃ通り過ぎたことすら気付かないかもしれないぞ。これはチャンスだ。そう思った。 思い立ったら即行動。私はシャキッと背筋を伸ばし、さもデキる女を装って出口までの道を歩いた。 緊張が高まりすぎて逆に何でもできそうな気がしていたのだろう。あのテンションに身を任せたらいけないということを前に本で読んだことがあるのを、その時の私はとうとう最後まで思い出すことはなかった。 なぜ冷静になれなかったのか。少し考えたらわかることなのに。 「お客様!商品はレジを通してから外に出して下さい!!」 果から頼まれた雑誌をまだ買ってなかったということを。 店員もビックリしたのだろう。そりゃ驚くさ。目の前を女子高生が未購入の商品持って堂々と出ていこうとしていたら。思わず叫んでしまった気持ちもわかる。と、いうか普通に100%私が悪い。 その大声で、今まで動かなかった佐藤さんが顔を上げたのも仕方ない。ちょうど私が佐藤さんの横の位置に来たときにそのことが起こったのも仕方ない。顔を上げた佐藤さんと目が合ったのも仕方ない。殺すぞ神様。 サッと顔が青くなるのが自分でもわかった。だが、目の前の佐藤さんも私を見て一気に顔を青くした。 「や、山城さっ……!!」 予想外のことが起こったために、私の頭の中はフリーズしてしまって動けなかった。その代りといっては何だが、佐藤さんが私の分も驚いてくれた。動揺しすぎて、今まで眺めていた本棚に思い切りぶつかった。 「あっ・・・!!」 佐藤さんがぶつかったことにより、丁度何冊か抜き取られていたせいで幾分かスペースに余裕のあった本達がバサバサと落ちてしまい、私と佐藤さんと店員が同時に声をあげた。慌てて店員がレジから出てきて本を拾い上げ始め、佐藤さんもワンテンポ遅れて「すみません」と顔を真っ赤にしながら手伝い始めた。私はというと、これをチャンスに逃げればよかったものを、「あらあら」などとどっかのおばちゃんのような台詞をほざきながら本の回収作業を手伝ってしまった。日本人の性だ。 まあ、結果からいえばこれが運命を分けたのだろう。 私は自分の足元に転がってきたショッキングピンクのカバーの本を拾い、特に意味もなく表紙をひっくり返した。 「あ!!」 「え?」 「・・・・・・」 佐藤さんが叫んだ。店員が顔をあげた。私は、 「・・・・・・なんだこれ?」 自分の手中にある物体に目が釘付けになっていた。 【総受け特集!!】というタイトル。 半裸の少女みたいな少年がメンズに囲まれて顔を赤らめているのが表紙のイラスト。 未知との遭遇。 頭の中の何かがこれは危険だと警鐘を鳴らしている。嗚呼、でもこれから目が離せない。好奇心が、好奇心のせいで。開きたい。中を見たい。これは何なのかを確認したい。 だが、私が好奇心に負けるよりも早く、誰かが私の首根っこをひっつかんだ。 「ぐぇっ」 喉に鮭をつまらせた熊のようなひしゃげた声(熊に失礼)だけを残し、ぽかん顔の店員を置いて私と佐藤さんはその本屋を飛び出したのだった。 top novel top back next |