華と樹



6


前回までのあらすじ
ピンクで表紙で半裸で少年でメンズで総受け



今の心境をどう説明したらいいのだろうか。
例えるならばアレである。
“弟の部屋で姉を凌辱するエロ雑誌かアダルトビデオを見つけてしまって、しかもそれを見つけた瞬間にちょうど弟と鉢合わせしてしまった姉”だ。ちょっとちがうか。いや、全然違った。落ち着け自分。

「・・・どうぞ」
「……ありがとう」
佐藤さんが淹れたコーヒー(ブラック)を目の前のローテーブルの上に置かれ、私はもごもごとお礼を言った。
本屋でピンクな本の表紙見ちゃった事件の後、佐藤さんに首根っこを捕まえられて連れてこられたのは、何故か彼女の家だった。あの本屋からさほど離れていない、ちょっとリッチなマンションの真ん中ぐらいの階に、彼女の家は存在した。
「・・・」
「・・・」
佐藤さんは私の向かい側に座り、自分の分のコーヒーを啜った。佐藤さんは本屋を出てからここに至るまで、喋ったのは玄関での「どうぞ」と、先ほどの「どうぞ」だけである。なんということだ。
静かだった。世の中にはいい沈黙と悪い沈黙が存在するが、これは明らかに後者のほうだ。ここまで連れてきたのだから彼女から何か言ってくれないと私だって何を言っていいのかわからない。あれか?「わあ、宝石箱みたいな家だね☆」そんなわけあるか。馬鹿じゃないのか自分は。こんなアホなこと言える奴がいるならここに来てくれ。そして私からコークスクリューパンチでもジャーマンスープレックスでも何でもかけられてくれ。会話のないこの密室空間で、私はひたすらぐるぐる考えていた。だんだん分からなくなってきた。何故私はここにいるのだろうか。イックンの事での復讐か。それとも何だ。やはりさっきのピンクの表紙だろうか。そう思った私は、ふと先ほど目撃してしまったショッキングピンクを思い出してみた。顔全体を赤らませ、上半身を剝かれた少年とそれを取り囲むサラリーマンに和服男にロック歌手っぽいやつにガチムチなボディービルダーに・・・・。
「ねえ」
「ひっ!」
とっさに声をかけられ、私は変な声を出してしまった。しかし佐藤さんはそんな私をキレイにスルーした。あれ、なんかデジャヴ。
「・・・見たよね?」
「・・・なん―」
「とぼけなくていいから」
「見ました」
私はあっさりと白状した。はぐらかしたって仕方ない。佐藤さんの何かを覚悟したかのような表情を見て、私も腹をくくることにした。
「何を見た?」
「総受け特集というものを見ました」
「・・・そう」
「・・・あれはどういう本なのですか?」
「男が様々な男と愛を育む本です」
「・・・もう一回言ってください」
「男が、色んな男と愛し合う本です」
火星人と通信している気分だ。私はグルグルと回る頭で考えた。つまり、こういうことか、と思い切って尋ねてみた。
「ホモの本ですか?」
「そうです」
あっさりと肯定されてしまった。逆に困った。
「・・・」
「・・・」
再び沈黙が下り、気まずさを紛らわすために私もコーヒーに手を伸ばしたが、黒々とした中身を見て断念した。ブラックは飲めないのだ。思わずため息をついてしまったらしく、佐藤さんがピクリと動いた。
「引いた?」
「あ、いや・・・。別に・・・。いいと思う・・・」
正直な話、戸惑ってはいた。だが、まあ他人の趣味だし、自分がほいほい口を出すようなことでもないだろうと思った。
私の返答をどう捉えたのかはわからないが、佐藤さんは少し黙った後、小さくだがポツポツと話し始めた。
「私さ、腐女子・・・って、普通の婦女子じゃなくて、腐った女の子って書く方なんだけど。……その……、お、男同士の恋愛に萌えというものを・・・。あ、萌えっていうのはー、そのー・・・キュンvて感じの、その、うん。なんか作品とかキャラに対してキュンキュンするやつで、私はだから男同士の恋愛にキュンキュンするのよ。それが世間一般では【腐女子】と呼ばれる人種なの。あ、でもね私はどちらかというとオリジ推奨派で、だからジャンプとかのアンソロにはあんまり興味がないの。あ、いや、でも全くそれに興味がないとか見てないとかじゃなくて、うん。でね、それは置いておいて。今日は私が前から応援してた作家さんのデビュー作が出るっていうから、思わず買いに行っちゃって、だってあの本屋って学生、全然来ないじゃん?だから私そっち系の本はいつもあそこで買ってたの。まあ、ネットの方が安全なのはわかってたのよ?ネットで買ったりもするけどさ。でもあの本屋、品揃えすごくいいし。だから早く欲しいときなんかはあそこに行って買ったりして。そしたら今日、山城さんがいるんだもん。しくじったわ―・・・」
そう言って佐藤さんは天井を仰いだ。もしかして、屋根裏にさっきの類の本を隠しているのだろうか。だとしたらもし、今、まさにこの瞬間にでも天井が抜けたとしたら、私たちはホモな本に囲まれて発見されるのか。嫌だ。そんな状況を父さんと果に見られたら、私、切腹する。
「やっぱさー、偏見てあるじゃん。腐女子ってけっこう嫌われてるし。男子なんかドン引きよ。人が腐女子だとわかったら手のひら返したようによそよそしくなるし。別にいいじゃんねー。隣の席のやつとだったら受けだけど前の席のやつとだったら攻めかなーっとかぐらい妄想したって。今目の前で実践してみてくれって言ってるんじゃあるまいしさ。そう思わない?」

思わねえよ。

そう突っ込んでやりたかったが、今はそういう答えを返したらいけないことを、空気の読める女である私はよ〜く理解していた。だから曖昧にへらっと笑って誤魔化してみたのだが、
「だよね〜!!」
どうやら佐藤さんは自分の都合のいいように解釈したようだった。
「あのさ、山城さん。あなたならわかってくれると思ってたわ。でもね、世の中あなたみたいに心の広い人ばかりじゃないの。中学校のときあまりにもオープンすぎて女子にさえ引かれてたからさ、高校に入ってからは自重しようと思ってね。ミサとかユズキ達にも私が腐女子だってこと隠してるの。ね、お願い。みんなには黙っておいて」
佐藤さんはマシンガンのように喋り、顔の前で手を合わせて小首を可愛らしくかしげてみせた。サラリーマンがこれを見たら、一瞬にして財布の中身がカラになりそうなほどの破壊力である。もとから言いふらす気もなかった私はあっさり了承した。
すると佐藤さんはほっとしたような表情をし、
「あ〜よかった。失恋したうえに趣味までバレたら私、登校拒否しちゃうとこだったわ」
「え?」
「ん?」
私が素っ頓狂な声を出したのを聞いて、佐藤さんは訝しげに私を見てきた。
「佐藤さん、失恋したんだ・・・」
山田のやつ、佐藤さんをフッたのか。なんてやつだ。ある意味猛者だ。
「なに言ってんのよ。しかしあんたも山岡君も隠すの上手いわね。全然付き合ってるとか知らなかったわ。あ、でもクッキーあげたときに拒否られたっけ。山岡君てやっぱ誠実なんだね〜」
「え?」
「え?」
再び私が変な声を出し、佐藤さんが眉をひそめた。
「佐藤さんの好きな人ってさ・・・」
「うん」
「山田君じゃないの?」
「はあ!?」
佐藤さんは思いきり顔をしかめた後、違うわよと否定した。
「ニブイねー。私、山岡君が好きだったのよ。告白する前に失恋したけど」



◇◆◇◆◇◆◇◆


つまりはこういうことだった。

佐藤さんはイックンが好きだった。超好きだった。しかもなんか佐藤さんのツボにもベストヒットした神の申し子のような存在だった。だから、よく頭のなかで色々な人とカップリングさせて身悶えていた。だから、一ヶ月前の本庄史也呪われろ事件は佐藤さんにとって非常にショッキングだった。あまりにショックすぎて、イックンで妄想できなくなった。しかし長年妄想しすぎた彼女の脳は、妄想しないと安眠できなくなってしまっていた。だから仕方なく、イックンの次に妄想しやすい山田君でその悶々とした気持ちをはらしていた。というわけだ。うん、なんだこりゃ。

とりあえず私は佐藤さんに自分たちは付き合っていないことを告げた。すると真実を聞かされた彼女は一瞬ポカンとした後、真剣な顔で聞いてきた。
「本当に付き合ってなかったの?クラスの子とかに虐められて別れたとかじゃないよね?」

失礼だが、このときに私は理解した。
どれだけ趣味が悪かろうと、佐藤さんはやっぱりいい人なんだと。

「うん。私とイックンは本当にただの友達だよ」
だから
「佐藤さん、頑張りなよ」

このお人よしな腐女子に、どうか幸あれ。




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