僕の言の葉を、君に紡ぐ時。

「…えぇ、そうですね、はい。…はい、ではそのように致しましょう。では、失礼します」

 出版社の担当からの電話を切り、吸い差しの煙管に再び手を伸ばす。

 溜息と共に、白煙が天井に向けて立ち上っていく。

 

「小説家って気楽でいいよな、家で仕事出来んだろ?」

ある知人は言った。

「一発当たりゃ、一生遊んで暮らせるじゃん。才能って羨ましいわ」

別の知人も言った。

 確かに、家で仕事が出来ることは気楽この上ないし、俺の性格に向いているのかもしれない。でも別に、俺は売れっ子小説家になる為に書き続けているわけじゃない。

 俺は、ただ…。

 迷いを断ち切るように、浮かべていた視線を文字がびっしりと並ぶパソコンの画面に戻した。

 

  秋の黄昏。

  あの橙(だいだい)も赤も茶も、全て君の色に思える。

  どうしようもなく恋しい。

  日毎冬に近づいてゆく季節が、君を白く染めるまで…せめて、傍に居させて欲しい。

  僕はきっと何の力も持っていなくて、巧い生き方なんて分からないけれど…ただ、君を守りたいから。

  こんな女々しい僕を、君は笑うだろうか。

 

「…ははっ、恋愛小説家ですか、俺は」

 自嘲気味に笑えば、またあの笑顔が脳裏によぎる。

 

 俺にとって自分の世界観は絶対で、たとえ相手が親であろうと、それに割り入ってこようとした輩には容赦しない。恐いほどの笑顔と、冷徹と言われるほどの視線は武器だ。

 それは小説家というこだわりの世界で生きてきた職業柄ゆえか、単なる性格か…。

 いずれにしたってこの文面は…

「…らしくないだろ」

 

 そう独り言を呟いた後でひどく沈んだ気分になった俺は煙管を置き、台所へと向かった。

 グラスに日本酒を注ぎ、立ったままであまり得意ではない酒に口をつけると、独特の甘い匂いと口の中に広がる苦味で眉間に皺が寄る。それでも、不思議と飲むのを止めようとは思わなかった。

 酒の入ったグラスと瓶を持ち作業場へ戻ると、書きかけの小説をぼーっと見つめる。

「いや、“らしい”…のかもな」

 

  そして今日の日も、僕はふと君を想う。

  どうしたって不思議なんだけれど、今此処に君が居てくれたなら…そう思わずにはいられなくて。

  世界中で唯1人、君にだけなら僕のこの世界を預けたって構わない。

  本当は照れくさいけれど、君にだけなら全てを見せたっていい。

  そして、君がそんな僕を笑顔で受け止めてくれたらと希(こいねが)う。

  恋い、願う。

  いつの日か、この想いが報われる日は来るのだろうか。

 

 文章はそこで止まっていた。

 続く言葉が見つけられないまま、実は既に3日が過ぎている。

 理由はとうに分かっていた。

 ただ、認めたくなかった。

 俺の中を占める、君の存在の大きさに。

 どんなに平静を装っても、君の前での俺は…どうしようもなく脆い。

「…ぅ…」

 絶えず胃に流し込んでいた酒のせいにして、俺は泣いた。

 

 本当の俺は脆くて、弱くて、ちっぽけで、淋しい。

 今、君に恋をしている俺がきっと本当の姿なんだ。

 君が居てくれなかったら、そのことに気付けないまま独りぼっちで生涯を終えたのかと思うと、出逢えたことだけにでも感謝しなければならないのに…人間というのは何て欲深い動物なんだろう。

 

  逢いたい。

  君の声が聴きたい。

 

「…あ、もしもし俺…うん」

 携帯電話を持つ手が震える。

「声、変?ばーか、泣いてなんかねぇよ。あー、風邪だよ風邪」

 声も震えてる。

「いや、特に用はないんだけど…久々に電話でもしてみよっかなって」

 なんて女々しいんだ、俺。

 

 でも、これが俺だから。

 だから、笑っていい。

 こんな俺を笑ってくれていいから。

 

 俺は、今日も君を想って言葉を紡ぎ続ける。

 明日も明後日も、その先も…いつの日かきっと、君の心に届くまで。

 

 

 

 

☆fin☆

著:聖堂未風(雪月逢)

挿絵:真鵬澄也(雪月逢)

※はじめに

 この作品は、某企画様への応募の為に書き下ろしたものです。

 残念ながらこの企画様は中止になってしまったのですが、企画者様のご好意により自サイトでの掲載が叶いました。

この場をお借りして、ありがとうございました。

 

 この作品は主人公の設定が決まっており、主人公視点でストーリーが展開していく流れになっています。

●20代後半の小説家の男の恋愛的日常

●自分の世界観をとても大切に思っていて、周りとはあまり深く関らないタイプ

(一部曖昧な表現に変えてあります)

 この設定を元に書かせて頂いたのが以下の作品です。

 

 「雪月逢」の相方・真鵬澄也に挿絵をつけてもらいました。