天井の高い部屋に、その照明の明るさに不似合いな異質な滑った水音。

 

  毛足の長い絨毯に縺れ絡み、繋がる2つの体。


 

  何度目かの吐精に、ラインハルトは動きを止めた。

  「……ヤ…ン……」

  細く長い呼吸を生体ギリギリにゆっくり繰り返す体は限界を越えているのが明らかだった。虚ろに霞む瞳に

  意識は殆ど見られない。

  首筋から鎖骨下まで散る口付けの痕は紅く沈んでいる。視線を下げると、ゆっくり上下する胸に飛び散った

  精。その下には無惨に裂かれた蕾。漸く萎えた陰茎を引き抜くと、溢れ出る白濁。

  大事な愛しい存在を本能のままに抱いた結果は、蹂躙に等しい蛮行だった。

  先程まで昂揚した顔付きは青醒め強張っていた。震える手で汗に濡れたヤンの頬を包む。

  「……ヤン……ウェンリー…ウェンリー…」

  何の反応もない。恐ろしくなりラインハルトは軽くその頬を叩いた。

  「ウェンリー!ウェンリーッ!!」

  「………ぁ…」

  微かな反応に安堵し、ラインハルトの体は崩れた。

  「…すまない…すまん…ウェンリー…」

  泣く事も出来ない後悔にヤンの腹部に頭を擡げ踞るラインハルトは震えていた。

  「……?…ラインハルト…?」

  細く擦れた声はなんとかラインハルトの耳に入ったが、彼は顔を上げるのは躊躇われた。その黒曜の瞳に映

  る資格があるかと自問すれば答えはNeinだ。擦れた、微かな呼び声に促されたが、ラインハルトは力弱く

  首を左右に振った。自分自身を赦す事が出来ない。

  呼吸が一応落ち着き、ヤンは自分の手が絨毯に落ちている事に気付いた。未だ体の芯は痺れ、その指先を動

  かす事にも、かなりの意識を用いた。

  ゆっくり、ゆっくり上がる掌は夢の中の様に現実味がなく、感覚が遠い。触れたら、その髪の柔らかさ、頬

  の肌の感触が分かるだろうか?疑問が浮かぶ程、総てが満たされている。

  そっと置かれた掌は髪から流れる様に頬に滑る。

  「…ウェンリー」

  漸くラインハルトは視線を上げた。

  「……もっと…私を…」

  満たして下さい。

  微睡みの中の――笑み。

  穏やかに細められた瞳は奥から光を瞬かせ、膨大に広がる宙の様で意識が飲み込まれ、薄く開き笑みを象る

  濡れた唇に体が吸い寄せられた。


  「……ウェンリー…愛してる……」


  言葉は空気に溶け込み、触れる前に唇に届けられた。





     


 



 

 starlet (2)

 

 

 

 

 

 

 

  目醒めは、いつも突然だ。

  その日もラインハルトは目醒めの兆しも見せず、目が覚めた。身に付けた習慣で起き上がり、頭を振り眠気

  を飛ばす。余程疲れてなければ、これで思考もスッキリする程ラインハルトの目醒めは良い。

  ここが自室ではない事に白磁の頬が薄らと染まり、そして傍らの温もりに眼を向けるかどうか視線は迷って

  いた。

  「……ん……」

  肩が冷えたのか、ヤンはもぞもぞ体を丸めた。

  一向に目覚める気配のないヤンに小さく笑い、ラインハルトはそっと丁寧に上掛けでヤンの素肌を隠した。

  ラインハルトはヤンを起こさない様静かにベッドから抜け、バスルームに裸足の脚を向けた。

  昨夜の、一部を除き、記憶は鮮明で、朝と云う事もあり熱が燻っている。冷たいシャワーで鎮めなければな

  らない。


  身支度を済ませたラインハルトは、ドアに手を掛けた状態で止まった。踵を返し、ベッドに戻る。

  眠ったままのヤンの頬に素早く軽いキスを落とし、また急ぎドアに戻った。その頬は明らかに、初恋を実ら

  せた少年のそれだった。





 

 

  ヤン・ウェンリーの仮皇居入りは、忙しい元帥や上級大将の中でも噂された。

  「よう、どうだった?」

  サロンに入室したミュラーにミッターマイヤが軽く声を掛けた。ミュラーは先程まで皇帝執務室で謁見して

  いたのだ。

  単刀直入過ぎる質問にミュラーは苦笑しながら、質問の内容が分かってしまう自分にも苦笑した。

  「それがですね、機嫌が悪いんだか、良いんだか、よく分からないんですよ」

  ミュラーはサロンの従卒に珈琲を頼みながら、円卓の空いた席に腰を落とした。

  三席ある椅子はこれで埋まった。

  「常と変わらない、ということか?」

  ロイエンタールの質問にミュラーは首を振った。

  「ちょっと違うと思います」

  「流石のカイザーもご自身の感情に戸惑われているのだろうか?」

  「なにか心配事がある様にも見受けられます」

  珈琲が運ばれ、一旦は会話が途切れた。

  従卒が離れ、ミッターマイヤが口火を切った。

  「…アレではないのか?」

  「ああ、アレはちょっとヤリ過ぎ感がありますね」

  「適当だろうが」

  ヤン・ウェンリーの移住に関する条件の厳しさに一人は非難混じりに、一人は至極納得していた。

  淡々と珈琲に口を付けるロイエンタールに二つの視線が集まる。

  「…適当というには厳し過ぎるだろう?」

  「そうか?」

  「人権以前の問題ですよ、ロイエンタール元帥」

  「嫌なら拒否すればいいだけだ。条件を飲んだのは本人だろうが」

  ミッターマイヤとミュラーは取りつく島のないロイエンタールから視線を外し、互いを見遣った。

  「…どうやら機嫌が悪いようだ」

  「…トリスタンの件、根に持っているのでしょうか?」

  「…ああ、かもな」

  「卿ら、密談は余所でやれ」

  冷え冷えとした低い声に二人は背筋を伸ばした。



  サロンでこの様な会話があるとは知らず、ラインハルトは政務をこなしていた。

  時々、筆が止まる。それ自体はさして珍しい事ではなかった。書類作成時にもラインハルトの思考はその次

  その次へと想定し、今の文面が適切かどうか、時に筆は止まる。

  しかし今、彼の筆を止めているのはそれらとは関係のない事だった。

  ラインハルトは筆を置き、インターホンで従卒のエミールに珈琲を持ってくる様に命じた。

  ほどなく、控えめに上座のドアが叩かれ、キスリングによりそのドアが開かれた。

  淹れたての珈琲は香り高く、静かにソーサーを置くエミールの配慮もラインハルトをほんの少し和ませた。

  入室した時には気が塞いでいる様に見えたので、エミールは安堵の笑みを零した。

  「どうした?」

  「あ、いえ、別に」

  はにかんだ笑みを浮かべるエミールにラインハルトは視線で促した。まだ年幼い彼がその視線に逆らえる筈

  もなく、エミールは失礼にならないよう慎重に言葉を選んだ。

  「その、なにか気落ちされている様でしたので、ご心配事でもあるのかと…」

  「………」

  じっと見詰められエミールは口籠り、余計なコトを口にしたと後悔した。

  ラインハルトは自嘲とも取れる笑みを浮かべたが、俯いているエミールには見えない。

  「…欲深いと、自覚しただけだ…」

  小さな呟きは後悔で一杯なエミールには良く聞き取れず、顔を上げた。

  「良い。下がれ」

  「はい。失礼致します」

  深く一礼し、エミールは退出した。

  定位置に戻ったキスリングは一度ラインハルトに視線を向けた。彼は自嘲の様な笑みも呟かれた言葉も聞い

  ていた。

  「…気にするな、キスリング」

  視線を感じ取ったラインハルトはカップに視線を落とし、静かに言い放った。

  背凭れに深く体重を預け、ラインハルトは目を閉じた。

  …埒もない事だ。

  自覚はある。だが、考えてしまう。

  …今は傍にいる。これから先もそうだ。

 

 

  では、過去は?


 

  あんな惨い事をしたにも関わらず、ヤンは感じていた。その後も過敏に反応していた。甘い喘ぎは途切れず、

  何度も求め合った。

  夢の様な出来事だ。だが夢から醒めるとふと疑問が浮かぶ。


  誰かが、自分と同じ様にあの体に触れたのではないのか?


  自慢にならないがラインハルトは、経験がなかった。最低限にも満たない知識しかなく、愛撫はキスくらい

  しか知らない。加減も分からない。技巧も何もなく、ただ稚拙とラインハルト自身に自覚がある。


  そんな相手に初めての体はあれ程乱れるものだろうか?



  快楽に陶酔した濡れた黒曜の瞳に切な気な甘い喘ぎ、そして汗ばみしっとりした肌に奥へ奥へと導く狭く熱

  く絡み付く媚肉に泣きたくなる程の愛しさと御しえない欲と、その裏の―――猜疑心。  

  得体の知れないものに、じわりじわりと浸食されていく。不快感にラインハルトは奥歯を噛んだ。

  …愚考だ。

  緩く首を振り、ラインハルトは目の前の書類に集中した。



  過去に囚われ、過去を欲しがるは―――愚行。




  そして愚者はもう一人。



  ヤンは眼を開けるのも怠く、呼吸をするのにも肺が軋んでいた。

  「……ぅ…」

  なんとか必死に寝返りを打つが、全身の鈍痛に諦める。ゆっくり深呼吸を繰り返す。二日酔いよりも酷いが、

  自然と笑みが浮かぶ。鈍い痛みにも気分が良い。昨夜の事が夢でない証拠だ。

  …ああ、でも――

  毎回こうでは身が持たない。そんな考えが浮かんだ。

  「…ふふ…」

  ヤンは小さく笑い、自分に呆れた。

  永遠、はない。そう感じるものは、確かに存在するだろうが。

  …だから――

  そう、今だけだ。今だけだから、縋ってしまう。

  「…卑しいな…」

  ポツリと呟き、ヤンはまた目を閉じた。

 

 

 

 

続く…     

 

 

 



2009/05/31 

 

すれ違いLove を心から愛してます。真剣ばかで申し訳ない!