starlet (3)

 

 

 

  その扉の前に、ラインハルトは数秒佇み、気持ちの整理を付ける。

  …まずは体調を訊かねば。

  今日一日ヤンは引き蘢りで食事を摂っていない、とエミールから聞いた。

  ヤン付きの従卒はエミールと幼年学校からの友人であった。ラインハルトはそれで任命したのだ。なるべく

  軍服をヤンの近くに置かない様にさせた。気を遣うだろうし、監視を匂わせるからだ。彼なりの今出来る精

  一杯の配慮だった。

  深く呼吸をし、ラインハルトは漸く部屋のドアを開けた。


 

  リビングは片付けられていたが人気がない。続く寝室のドアを開け、ラインハルトは眼を見開いた。

  シャワーを浴び終えたヤンは大判のバスタオル一枚を腰に撒いただけで寝室をウロウロしていたのだ。

  半乾きの黒髪は艶を増し、上気した肌に張り付いていた。それは黒髪の漆黒さを際立たせ、同時に肌の肌理

  細かさを如実にしておりラインハルトは眼を奪われた。瞬きをするもの忘れる程の、艶めいたコントラスト

  だった。首筋の滲み浮かび上がる昨夜の痕も黒髪が掛かり、自然と喉がなった。

  ヤンは下着類いがどこにあるのか分からなかった。クローゼットには衣服が掛けられていたが、下着とパジャ

  マが見当たらない。よそよそしく綺麗に整えられた部屋を荒らすのも如何なのもかと考えあぐねていたと所

  にドアの開く音が聞こえ、ヤンは視線を向けた。

  ラインハルトが立ち尽くしている。

  ヤンは下着の事も忘れ、『いらっしゃい』と『おかえり』に迷った。

  どちらも適当の様で不適当に思え、困った様に頬を指先で掻き、そして言葉の代わりに笑みを浮かべた。

  「―――

  それは慈しむ笑みだった。どこか透明で、でもはっきりと想いが分かる。愛されている、そう実感出来る微

  笑みにラインハルトは呼吸を止めた。苦しい程の愛しさに、胸の痛みに両の拳を握りしめた。

  「カ…、ラインハルト?」

  なにかに耐える様に俯いたラインハルトにヤンは手を伸ばした。震える程握られた拳をそっと包む前に、ラ

  インハルトの腕がしなやかに、そして素早く伸びた。

  「ラインハルト?」

  首根に回された強い腕と肩口に埋まる彼からギリッと歯軋りが聞こえた。

  ラインハルトは言葉を噛んでいた。

  …誰かに――

  その笑みを向けたのか?

  押し寄せる醜い感情。奥歯を噛み、必死に堪える。過去に囚われている事を言葉にするのは躊躇われた。

  対等でありたいのだ。彼は年上で、子供っぽい所もあるが様々な意味で自分よりも数段『大人』だ。

  …こんな――

  子供じみた情けない姿を曝したくはない。


 

  失望され、嫌われる事を恐れている。


 

  徐々に力強くなっていく腕の締め付けが苦しいが、それでもヤンは身じろぎ一つしなかった。

  漸く緩められた抱擁にヤンは溜息のような息を吐いた。

  それはやや俯き加減のラインハルトの髪を揺らした。呼吸も触れる程の距離に、何故か遠く離れている様な

  錯覚に陥るのは何故か。ラインハルトの胸は締め付けられてように痛んだ。

  今も、未来も、過去も欲しい。

  手に入らないと解る『過去』だから余計に渇望する。穏やかに広がる茫洋とした笑みに安堵と、同時に掴み

  所のない『ヤン・ウェンリー』と云う存在への焦燥感を味わう。


 

  捕らえられないのなら、今この瞬間に捕らえろ。


 

  まるで何かから魂に命じられたかの様だった。

  「―――ッ!!」

  突然肩を掴まれたと思ったら壁に押し付けられたヤンは後頭部を強かに打ち、鋭い牙で噛み付く様な口付け

  はヤンの唇を傷付けたが独特の血の味にもラインハルトは気付けなかった。今、命じられたままに捕らえな

  くては、永遠に失う気がする。ラインハルトは腕にしっかり抱いた温もりがすり抜ける焦燥感に焦る。口付

  けでヤンを押さえ付け、ラインハルトは腰に巻かれたタオルを剥ぎ取り、掌で力ないヤンの陰茎を握っては

  性急に扱き、もう片方の手は胸の突起を詰る。

  「ぅ…っ…んんっ!」

  荒々しい手付きに僅かにヤンは身じろぐが拒絶も恐怖でもない。単に快楽の反応だった。すぐに意識が飛び

  そうで、なんとか唇を大きく開き、奥まで侵入するラインハルトの舌を迎える。

  愛おし過ぎて、ラインハルトの総てに快楽を感じる。既にまともに立っていられない。両脚が震え、背中を

  預ける壁にずり落ちそうでヤンはラインハルトの軍服に必死に縋り付いた。

  薄く開いた黒瞳は恍惚と蕩けている。性に疎く、潔癖な所があるラインハルトには淫らで浅ましく、そして

  途轍もなく愛おしい。下肢が昏く昂る。服の上から分かるほど張り詰めている。

  「はっ…はぁ…っ…ヤン…」

  唇を離したラインハルトはヤンの口元から溢れた、混じり合った唾液を舌で追いながら、窮屈なズボンのベ

  ルトを解きいた。ボタンもファスナーも下げ、ベルトの重みでスラックスが落ちる。

  「あぁ…ッ… ライッ…ぅん…はっ…!」

  ラインハルトの唇は所々に痕を残し、じんわり…と広がる熱に侵されヤンは熱に浮かれた吐息を漏らす。皮

  膚からの熱に呼応する様に体の奥底が疼き、思考まで痺れていた。正気付いたのはラインハルトの唇が体の

  中心の臍を過ぎた時だ。

  「あ…?」

  快楽で霞む視界を凝らすと、下腹部の高さに素晴らしい黄金の頭髪が煌めいていた。

  「あっいやっです!やめてくだっぁああ!!」

  ラインハルトが何をするのか気付いた時には、その唇は自身を銜えていた。皮膚の薄い過敏なそこに電流を

  流された様な凄まじい快楽が全身を駆け巡り、断末の悲鳴を上げた。見えない閃光が何度も弾け、許容を越

  えた快楽に果てる事も叶わない。更にラインハルトは先程ヤンの陰茎を扱いた際に先走りの液で濡れた人差

  し指と中指を蕾に埋める。本当に埋めたいのは彼自身であったが、僅かばかりの理性で先きに蕾を溶かす事

  を優先させた。なにかに取り憑かれたような理性では到底労りに欠けているが、ラインハルトの唇と舌から

  齎される快楽に緩んだ内部は突然の痛みも快楽以外の何者でもなかった。

  「————ッッ!!」

  声にならない悲鳴を上げ、ヤンの体は仰け反り壁に張り付いた。その行為はただ銜えて舌を這わすくらいだっ

  たが、まるで自分がラインハルトを穢すようでヤンには堪え難かった。引き離そうと両手をラインハルトの

  肩に掛けるが快楽に飲み込まれた体では、縋る様にガクガクと震える膝を辛うじて支えてる状態だった。身

  の奥から沸き上がる途方もない熱にヤンはただ喘ぐ。頭の片隅で、止めてくれと何度も懇願するが甘く霞む

  意識では言葉にならない。

  二本の指は狭い内部を性急に広げ、激しく抜き差しを繰り返しては掻き回す。口腔のヤンはその度に震え、

  自分が与える快楽の強さをラインハルトに教えた。そして、苦し気な恍惚とした喘ぎが耳に心地良く、ライ

  ンハルトの意識を支配していく。

  「ヒ…ッぃやぁあッッ」

  先端を強く吸われ、そこから電撃が四散する鋭い快楽に限界越えた膝はガックリと折れた。ラインハルトは

  ヤンの総てを飲み込もうとしていたが不意に崩れた体を支える事は出来ず、果てた精は軍服に掛かった。

  床に座り込んだヤンは過剰な快楽に放心したが、視界に映るラインハルトの軍服の汚れに気付いた。

  「…ぁ…」

  至高の座に相応しい美しい若者を穢してしまった、そんな酷い罪悪感に襲われヤンは子供の様に膝を抱え俯

  いた。

  「ウェンリー?どうした?」

  一瞬見えたヤンの表情は泣き出しそうな、どこか怯えているようだった。声を掛けても緩く首を振るだけで

  答えはない。

  「…快くなかったのか?」

  癖のある長めの黒髪が乱れるほど首を振られるが、どうすればいいのか分からないラインハルトはただ戸惑

  う。

  ほんの一瞬の沈黙がやけに長く感じ、息苦しい。

  「…もう…あんなコト…しないで…下さい…」

  啜り泣く様な小さな震える声にラインハルトは余計に訳が分からなくなった。

  「何故だ?感じないのか?」

  いくら知識に乏しいと云えど同じ性である以上どこをどうすればいいのかくらいは分かっているし、あれほ

  ど快楽を示していた。嫌悪感などは一切なく、素直に反応するのが嬉しくもあった。

  「…そうじゃない…そうじゃな…いんです…」

  ただ快楽に流されてしまう。流されるままにラインハルトを穢してしまうのが怖い。どう説明していいのか

  分からず、ヤンは身を縮めた。

  ラインハルトの戸惑いは次第に苛立ちに変わっていく。身を丸めるヤンに、拒まれていると思わざる得ない。

  …拒む?

  そんなことが許せる筈もない。

  憎悪に似た寂寥感が身の裡から噴き上げ、ラインハルトの細胞までも侵し、視界が赤く染まった。


 

  内側から膝裏をラインハルトの腕に掬われ、バランスが崩れたヤンは顔を上げた。

  見開いた蒼氷の瞳に自分が映されたがラインハルトには見えてない様で、ヤンの黒瞳は見開いた。

  「ラ――?」

  どこか絶望を浮かべたその色に、ヤンの全身が凍り付く。

  そして、呼び掛けは悲鳴に。

  突然、体を真っ二つに引き裂かれる。

  「ああぁぁあ―――ッッ!!!」

  壁に埋め込まれるかと思う程、ラインハルトの律動は激しく、労りなく容赦ない。昨夜の傷ついた蕾は癒え

  る事なくまた傷付いた。

  前回の様に快楽も陶酔もなく、ただの苦痛にヤンは混乱した。触れる空気にさえ苛まれる。気を失う。

  「ひぃッ!」

  更なる激痛で意識が戻る一瞬に漏れる引き攣った悲鳴と限界まで強張る体。

  何度か果てても僅かな安らぎも得ず、漸く虚しさを覚えラインハルトは気絶したヤンの首筋に額を埋めるた。

  乱れた呼吸も体も、熱くて冷たい。いや、冷た過ぎて熱いのか、分からない。

  「クソッ!!!」

  握った拳を思い切り壁に打付けた。

  こんなことをしたいわけじゃない。弁明するヤンの体は冷えて顔色は青を通り越して色を無くしていた。

  美しい美貌はヤンが見たら悲しくなる程歪んでいた。

  ラインハルトは何もする気が起きず、漸く陰茎を引き抜いた。未だ、燻るなにかがあると訴えるそれを無視

  し、ヤンを胸に抱いたラインハルトは壁に背を付ける。

  冷たい体を思い出し、マントでヤンを包んだ。

  …頼む。

  このまま暫く目覚めない様に。

  祈る様に切望し、遠くを睨む視線はただ大きな窓に向けられた。


 

  厚手のカーテンは朝の陽を受け、徐々に模様を変えていく。



 

 



     □   □   □


 

 

 

 

 

  腕にチクリと鋭い痛みが走り、ヤンは目が覚めた。視界のボヤけを瞬きで散らすと心配そうな見覚えのある

  少年が覗き込んでいた。

  「……」

  意識はまだ靄に包まれ、少年の名前が出て来ない。

  「ヤン提督?」

  「…エ……ル…?」

  咽頭は擦れ、殆ど声にならない。体が鉛の様に重くて動けず、ヤンは僅かに視線を動かした。

  「まだ、お休みください」

  言われるままに、ヤンは目を閉じた。

  暫くすると、先程よりは落ち着いた寝息が漏れエミールも安堵の息を小さく漏らした。


 

  登庁後、すぐにラインハルトからヤンを診るよう命じられた。熱を出した、というのだ。二日連夜の交わり

  に心身ともに限界を超えていた。そんな事情を知らないエミールは、エル・ファシルからフェザーンへの移

  動の疲れかと思っていた。まだ医師免許も無く、勉強自体が駆け出しの自分ではなく正規のドクトルの方が

  良いのでは、と思いもしたが張り詰めた雰囲気のラインハルトに従うしかなかった。

  ベッドに横たわるヤンの顔色は悪く、だが深刻になる程熱は高くなかった。清拭の準備をしながら、点滴か

  注射か判断に迷う。筋肉注射は自分には出来ない。ドクトルを呼ぶか考える。しかし、口元まで被さった薄

  手のケットを剥いだ瞬間に、その考えは消えた。

  『陵辱』

  その言葉が脳裏に浮かぶ痛ましい痕にエミールは硬直し、そしてラインハルトが何故自分に命じたのか理解

  した。新設の帝国ではなにが戦火の元になるのか分からず、宮廷医に見せられないのだ。ヤンの立場も悪く

  なってしまうかもしれない。

  エミールは一度きつく目を閉じ、自分に出来る事を善処することを自らに念じた。

 

  薄らと血色が戻ってきたヤンの寝顔にエミールは呟いた。

  「……どうか、カイザーを嫌わないで下さい……」

  答える寝息はまだ苦し気だった。



 

 

 

  ラインハルトはその夜、この部屋を訪れなかった。

 

 

 

続く…