starlet (4)




 


  ヤン・ウェンリーが仮皇居で生活を初めて、10日が過ぎた。

 

 

  開放感を齎す、大きな開かずの窓から差し込む陽の光に長いソファに胡座でヤンはクッションを抱いていた。

  「…暇だなぁ…」

  暇で困る事はないのだが、手元に本が無くては読書もできない。誰もいないので、欠伸を隠す事無く、ヤンは堂々と

  欠伸をした。

  …一体なにを検閲してるんだろう?

  持ち込んだ書籍は空港でオーベルシュタインに回収されたままだった。本の内容を調べるくらいだと思ったが、それ

  にしては時間が掛かり過ぎている。

  …まさか――

  秘密の暗号とか探しているのだろうか。そんなものないのに。

  視線を宙に彷徨わせ、暇ついでに想像。あの軍務尚書が調べるとしたら、徹底しているだろう。紙やインクは言うに

  及ばず、もしかしたら同じ本を取り寄せ文章の差異があるかどうかまで調べているかもしれない。

  ヤンは溜息を付き、大して面白くもない想像を打ち切った。

  …ラインハルト。

  すると、自然と浮かぶのは豪奢な金髪の美しい若者だった。

  あの日から、彼の姿を見ていない。

  「―――ッ」

  胸と胃がキリキリと痛み、ヤンはクッションを強く抱き締めた。痛みをやり過ごし、重い息を吐く。

  どこでボタンを掛け違えたのか。

  …最初っからかな。

  最初がどこか分からないが。

  …それとも――

  このすれ違いが自分達には正しいのか。

  どんどん思考が暗く沈んでいき、ヤンはまた溜息を付いた。そのまま体を横に倒して寝っ転がりたくなるが、軽い吐

  き気でそれも出来ずにいた。胃に食べ物を詰め込み過ぎたのだ。世話係の少年は食事を残す度に心配そうにしている

  ので朝食は久しぶりに完食した。少年からすれば、まだ量が少ないと思うものだが、運動もしないヤンには食べ切れ

  るギリギリの量だった。

  「…お昼、食べたくないなぁ」

  それよりなにか読みたい。それだけでいい。

  驚く事にヤンはアルコールも欲しくなかった。発熱からこっち一滴も呑んでない。その異常さにヤン自身気付いてな

  かった。

  「……?」

  暫くボーとしていると、部屋の向こうが騒がしくなり、ヤンは正面のドアに視線を移した。まだ未発達の高い声が何

  事か喚いている。どんどん近付く少年の声は、世話係のアルフレッドのものだった。

  「……やれやれ」

  どっこいしょ、とヤンは重い腰を上げた。



 

  アルフレッドは突然の訪問者に極度に緊張した。

  しかし相手は意に介さず進み、慌てて食い止めようと声を張り上げた。

  「お待ちくださいっ!」

  足を止めない相手の前に立ち塞がるが歯牙にもかけられない。相手は冷たい眼の上位者だが、皇帝から直々に任命さ

  れた以上この部屋の人物を守らなければならない。

  アルフレッドはドアの前に立ち塞がり、通さないとばかりに両手を広げた。

  「取り次ぎますので、それまでお待ちくださいっ!!」

  上からの冷たい視線は感情が窺え知れないため恐怖を覚えるが、アルフレッドは睨み付けた。

  気を張り詰めた少年の緊迫した空気が広がる。

  「………」

  男は、年の割りに筋肉の厚みがある少年の肩に手を伸ばした。

  邪魔な自分を退かす気だろうと察し、アルフレッドは奥歯を噛み締めた。軍人よりかは文官に見える男の腕力なら、

  全身を力めば易々と退けられないだろう。骨張った肉付きの薄いそれは、酷く冷たそうで不気味な印象を持ったが、

  奥歯をギリギリと噛み締め耐える。

  その空気を打破する、軽いノック。

  室内からのノック音にアルフレッドは弾かれた様にドアを顧みた。

  「いいよ、アル。どうぞ、オーベルシュタイン閣下」

  閉ざされたドアの向こうから、まるで一部始終を見ていたようなヤンの声にアルフレッドは困惑した。相手の、オー

  ベルシュタインの名前は呼んでいない。

  オーベルシュタインの手はドアの取っ手に進路を変更し、少年は身を引いた。



 

  内側に開かれたドアの傍で、ヤンはオーベルシュタインを出迎えた。

  「どうも」

  軽い会釈に返事はないが、ヤンは微かに胸を撫で下ろした。返事を返されたら返されたで対応に困る。

  アルフレッドは室内の様子に心配と困惑を滲ませた視線をヤンに向けていた。

  「あー、紅茶を貰えるかな。…なにか飲まれますか?」

  綿飴の様なフワフワの薄い茶髪の少年は意外にも体躯はしっかり鍛えてあり、勝ち気で腕白な顔立ちは幼いブルーム

  ハルトを連想させるが内面は細やかな気配りが先行する出会ったばかりのユリアンを思い出させた。そのアルフレッ

  ドに穏やかな笑みを向け、言葉後半はオーベルシュタインに向けた。

  「結構」

  予想通りの簡潔な答えにヤンは小さく苦笑し、再び少年に視線を向けた。今度は穏やかと云うか幾分申し訳なさそう

  な表情だった。

  「あと、お昼いらないから」

  ごめん、と済まなさそうに言い、ヤンは静かにドアを閉めた。

  金具の音を最後に、部屋に沈黙が降る。2・3歩足を進めただけで立ち止まり、後ろで手を組んだままのオーベルシュ

  タインは立ったままだった。その姿勢は正しく、座る事を考えていないようだ。

  …まいったな。

  立ったままは辛いが、この様子なら話はすぐに終わるだろうとヤンは諦めの小さな息を吐いた。

  それを契機にオーベルシュタインは口を開いた。

  「話は判るな?」

  問い掛けと云うよりも、確認に近い。

  「…あぁ、はい。…と思います」

  感情のない声にヤンは逡巡し、頬を指先で掻いた。ヤンもドア付近に佇んだままなので、視線が交わる事はないが、

  互いの云わんとする事は伝わっているような、奇妙な空間だった。そこに信頼はないが。

  「ならば早急に対応しろ」

  無理をいう、とヤンは内心で顔を顰めた。

  「私一人ではどうにもなりませんよ」

  当事者は自分ともう一人―――ラインハルトだ。その彼が自らの意思でこの部屋を訪れなければ、意味がない。

  「それはこちらで対処しよう」

  皇帝であるラインハルトの行動を御しているような口振りだ。その『特権』に気付いているのだろうか。それに対す

  る『責務』を平然と被れる男は今の世の中珍しい。おかしな笑いが込み上げ、ヤンは軽く小さく笑った。

  この男が動くのあれば、今夜は久しぶりにラインハルトはこの部屋に来るだろう。そこに、どんな感情を伴っている

  かは判らないが、嬉々として、ではないことが予想される。

  …ヘンな風に焚き付けて欲しくないなぁ。

  言っても仕方ないので、言わない。

  「…まぁ、出来る事はやってみますよ」

  出来ない事は多々あり、小さな声は力ない。

  「………」

  話は終わった、とオーベルシュタインは踵を返した。

  退室する背をヤンの声が追う。

  「あ、本、返して下さい」

  返答もなければ、オーベルシュタインは立ち止まる事もしなかった。

  閉められたドアにヤンは僅かに肩を竦め、諦めた。



 

 

 

    □   □   □



 

 


  微かな金具の音に、ヤンは意識を浮上させた。

  テーブルに突っ伏し、いつの間にか寝ていたようだ。

  「………」

  まだ夢の中の様な茫然とした眼と意識を正面のドアに向ける。

  …雨?

  長時間細い雨に打たれた様なラインハルトが俯いていた。実際は、そんな事はないのだが、ぼんやりと白けた視界と

  ラインハルトの覇気の無さがそう見せた。徐々にクリアになると雨でないと知る。

  「…酷い、有り様だね…」

  それは静かに諭す様な口調で、自覚があるラインハルトは力なく下げた掌を硬く握り、ギリギリと奥歯を噛んだ。激

  高しなかったのは、労りと嘆きが含まれていたからだ。

  近付く気配に、一度ヤンに視線を向け、ラインハルトはすぐに視線を逸らした。

  「…お前も、人の事は云えまい…」

  ヤンも窶れていた。ポツリと返すと、意外に違い距離でヤンが小さく笑ったようだった。

  「君のせいだよ」

  首根に絡む細めの腕。

  「私を縛るのは…君だけだ」

  囁かれる、心地良いアルト。

  「………」

  ラインハルトは無意識にヤンの腰に腕を回していた。

  緩く、互いの温もりを全身に感じる抱擁。

  どれくらい抱き合っていただろうか。ラインハルトは深い呼吸をし、躊躇いながら話し始めた。

  「……オーベルシュタインが、お前を処せと…」

  …あぁ、やっぱり。

  ヤンは自分の肩に項垂れたラインハルトの豪奢な金髪をくすぐったいと遠くで感じながら、静かに次の言葉を待った。

  「…許せなかった…俺は…俺が許せなかった…」

  処理能力も判断力も低下している自覚はあった。まだ僅かなもので、表面上に現れていない筈だとラインハルトは思っ

  ていた。だが、オーベルシュタインに指摘された。

  「…お前が帝国に、俺の傍にいる事に誰にも文句など云わせない自信があったのに…っ!」

  冷たい声が蘇る。


  ―― ご自分の立場をお分かりか?皇帝としての責を全うするに邪魔ならヤン・ウェンリーを殺しなさい ――



  もしかしたら明日にでも処断かもしれないと言う危機感はまるで無く、全身でしがみつく大きな子供が、どうしよう

  もなく愛しかった。腕の力に感じる温もりに、溺れてしまいそうだ。ヤンは伏せていた瞼をゆっくり降ろし、今は溺

  れては行けないと自身に言い聞かせた。

  「……後悔しているのかい?」

  肩口の豪奢な金髪が力なく左右に揺れる。

  「違う。後悔など、していない」

  声は力強い。

  「じゃぁ、私が信用できない?」

  「違うッ!なんでそんなこと言うんだッ!!」

  子供の癇癪と自覚しつつ、ラインハルトは堪え切れず声を荒げていた。

  鼓膜を劈く泣きそうな声と腰辺りの骨が軋むラインハルトの腕の強さに、ヤンは小さく息を飲んだ。

  「…すまん」

  ラインハルトは腕の力を抜いた。

  息を吐く様にほんの少しだけ体を離し、ヤンは苦し気に歪むラインハルトの額と自分の額を重ねた。口付けよりも近

  い蒼氷色の瞳が近くなった。

  「言ってくれないと、判らないよ…」

  穏やかな声は静かに続いた。

  「判らないんだ…」

  黒い瞳が半ば伏せられ、翅のように睫毛が触れ合う。

  その寂し気な声と瞳に、ラインハルトはヤンが窶れた理由に気付いた。

  「不安…にさせたか?」

  「………」

  ヤンは小さく頷いた。

  「…寂しかった、のか?」

  「そうだよ…」

  吐息のようなひっそりと儚い呟き。完全に閉じられた黒瞳。

  不安や寂しさとは遠い、ただ静かな声にラインハルトの胸は切り裂かれた。過去と罪悪感に苛まれ、目の前のヤンを

  見ていなかった。感じる温もりが、傍の息遣いまでが、静かに遠ざかりそうだで必死に繋ぎ止めようとラインハルト

  は肉の薄い背中を抱き締めた。

  愛しい者の抱擁にヤンは吐息を漏らした。密着する胸から広がる温もりが心地良く、不安や寂しさが消えていく。ラ

  インハルトはどうなのだろうか。傍にいて、触れ合う。それになんの不安を持っているのだろうか。

  溢れる愛しさに溺れる前に、きちんと確認しなくてはならない。同じ事の繰り返しは嫌だった。

  「……ラインハルト…」

  促す囁きに、多分の躊躇いを見せながらポツリとラインハルトは口を開いた。

  「…ずっと…気になっていた …」

  「………」

  「お前は……俺の知らないお前は俺以外を……」

  何を意味するのか判らず、ヤンは内心で頭を傾けた。

  「……俺以外の男に…愛されていたのではないかと……」

  そこで漸く『過去の男関係』に思い至る。

  …どうして『男』限定かなぁ。

  確かに、はっきりと感情を示したのは男のみ、なのだが。

  ヤンは苦笑を抑え、横目でラインハルトを見遣った。顔が見たいと思った。

  首根に絡まる腕がスルリと抜け、正面にヤンの顔が現れた。様々な感情が入り乱れたラインハルトは視線を外した。

  「…君が初めて、って言ったら信じるのかい?」

  「………」

  信じたい。そうであって欲しい。それがラインハルトの偽りのない本心だった。

  黙り込んだラインハルトを眺め、頑な疑心暗鬼にヤンも黙ってしまった。

  様式美を讃えた柱時計に秒針の音がやけに大きく響く。

  「……本当に」

  沈黙を破ったのはラインハルトだった。

  「俺が初めてなのか…?」

  「…………」

  懐疑的な問い掛けにヤンは答えられなかった。今は何を言っても彼には取り繕ったものにしか聞こえないのだろうと、

  ただ瞼を伏せた。疑われる事には慣れているが、今までとは痛みの度合いも種類もまるで違う。体の奥底から冷えて

  いく。細胞も感情も凍える。

  フェザーンとエル・ファシルと離れていた時の方が、心が近くに在った様な気がする。

  今は、なんて遠いのだろう。

  その距離はラインハルトも感じていた。口走ってしまった失言を悔やみ唇を噛むが、今更どうにも出来ずに立ち尽く

  していた。

  短い静寂は思うよりも長い。

  …あ。

  形の良い唇に血が滲み出した。それを目にしたヤンはそこに指を伸ばした。無意識だった。

  視界の端にヤンの指先が映りラインハルトは弾かれた様に顔を上げた。それに驚いたヤンは指を引っ込めようとした

  が、その指が途中で止まる。ラインハルトに触れたい、と思う自分に気付く。

  …触れる、なら――

  傍に在る証を。不安や猜疑心がなくなるほど、傍に。

  指を止めたままのヤンが何を考えているのか判らず、ラインハルトは不安に駆られた。自分の言葉は充分に彼を傷付

  けるものだと自覚があった。謝らなくては。頭に浮かんだ考えにラインハルトは素直に口を開いた。

  「―――ヤ」

  「ラインハルト」

  止まった掌は、そっとラインハルトの手に触れた。

  そのまま、そっと引かれる。

  「…ヤン?」

  ヤンはほんの少し困った様な笑みを浮かべ、部屋の奥へとラインハルトを促した。どこに行くのか明白だった。


 

  奥には寝室しかない。




 

 

  緊張と羞恥で心臓がうるさく大きな鼓動をしている。

  「ヤン」

  やや強いラインハルトの声が心臓の音に邪魔され、遠い。

  ベッドの側でラインハルトの足は止まっている。

  背を向けていたヤンはゆっくりとラインハルトと正面から向かい合った。

  「…だって…」

  判らないだろう。

  空気に溶けるほど小さな声だった。よく聞き取れずにいたが、この場所とその指先が軍服に伸ばされてることで意味

  が分かる。こんな気持ちでヤンに触れたくないし、触れられたくないと思うが、しかし、澱の様に沈殿した感情を吐

  き出す術もないラインハルトは立ち尽くすしかなかった。

  不器用な指はたどたどしく、不慣れと分かる。自分で脱ぐ3倍もの時間を掛け、漸く上着が肩から絨毯に落とされる。

  落ちた重い音はラインハルトの頭の片隅に響き、視界にはシャツの小さなボタンを覚束ない手付きで外していく指。

  酷く遠い世界の出来事の様で、現地味がなかった。ヤンもそうなのだろうか、と無言でボタンを外していく指をただ

  眺めた。

  二人の呼吸が空気を僅かに揺るがすだけの部屋はとても静かだ。

  あれほど大きく鼓動していたヤンの心臓はこの静けさに感化されたかの様に静かな鼓動に変わっていた。男の、ライ

  ンハルトの服を脱がしているのに感情の揺れも、あまりない。大人しいラインハルトのせいか、なんだか着せ替え人

  形のようで可笑しいが表情に現れるほどでもなかった。

  漸くボタンを外し終え、ヤンの掌がラインハルトの素肌に触れた。胸から肩へ。シャツは簡単に床に落ち、ラインハ

  ルトの体も簡単にベッドの端に腰を落とした。本当に人形の様で、ヤンは少し口元に苦笑を浮かべ、床に膝を折った。

  目下の黒髪とベルトを外す金具の音も、やはり遠い場所の様に思えた。

  ラインハルトを正気付かせたのは、生温かく柔らかい感触だった。

  「ヤ―――ッ??!」

  下肢に埋まる癖のある黒髪。視覚から頭を殴られたような衝撃に咽頭が詰まる。

  おずおずと先端に触れる舌と陰茎を支える掌の温かさは、確かな快楽を齎す。

  「…っ…ぅ、ヤメろッッ!!」

  嫌悪ではない。寧ろ、底知れぬ歓喜と言い様のない快楽が押し寄せるが、それを素直に感じる自分を止める。快楽は

  総てを有耶無耶にしてしまう。ただ、欲してしまう。その浅ましさは、もう繰り返したくなかった。

  ヤンは顔を上げ、ラインハルトを見上げて笑みを浮かべた。

  それは幽遠に広がり、ラインハルトの中に自然と浸透していく。


  稀薄とも儚いとも異なる不思議な笑みを象る唇はゆっくりと動く。

 

  「―――知って欲しい」

  どれだけ傍に在る事が歓びか。

  「―――感じて欲しい」

  どんなに想っているか。


  小さな囁きは呪文の様にラインハルトの奥深くに響き、揺り動かされる。

  果ての存在しない宇宙に、自分だけに齎された黒い星を両手に掬う。癖のある髪が優しく触れる感触がラインハルト

  の全身に行き渡る。確かにこの手にある証拠に、平衡感覚が遠い。

  屈み込んだ、近付くラインハルトにヤンは目を閉じ、口付けを待った。密な黒い睫毛にラインハルトも自然と目を閉

  じた。

  ただ唇を重ね、触れる温もりの確認。

  心地良さに鼻梁から漏れる吐息。僅かな呼吸も触れる距離にラインハルトの体は蕩けていく。こんな充足感を味わう

  のは久しぶりだった。

  黒髪に差し込まれたラインハルトの掌は滑り、肉の薄いヤンの背中に回された。ヤンは薄く瞼を上げ、ラインハルト

  の下唇を軽く啄んだ。まるで約束をしていたかの様に、薄く開いた唇から互いに舌を伸ばす。触れ合うと、自然と絡

  み合い、二人の鼻梁からくぐもった吐息が漏れ、唾液の絡む水音が小さく部屋に響く。

  「…ぁ……」

  口付けを深めながら、ラインハルトによって背中を掬われたヤンの世界が反転した。上半身をベッドに預け、伸し掛

  かる重みが気持ち良かった。

  口元から溢れた唾液をラインハルトの唇が辿り、吸っていく。くすぐったい、とは違う感覚が広がる。唇は首筋を下

  り、軽く仰け反り、鎖骨まで路が開く。ラインハルトは浮き出た鎖骨の形を舌で確かめたが、途中でシャツが邪魔を

  した。素肌にボタンが当たり、それも疎ましい。一旦、体を離してボタンを外していく。

  唐突にラインハルトが笑った気がし、ヤンは霞み始めた視界を無理矢理ラインハルトに向けた。

  「…なに?」

  体の奥から湧き出る熱にヤンの声は少し舌っ足らずに聞こえた。それはラインハルトの胸をくすぐり、笑みを深めた

  が、同時に罪悪感も湧かせた。

  苦笑とも自嘲とも見えるそれに再度ヤンは問い掛けた。

  「…いや、随分余裕がなかったと思ってな…」

  ボタンを外す、そんな単純な事も出来なかった。最後のボタンを外し、今度はベルトを外していく。

  「今は余裕なのかい…?」

  困ったような拗ねたような声色にラインハルトは小さく笑った。云う程余裕がある訳ではないが。

  「手元を見るくらいには、な」

  その手元には半ば反応している自身でヤンは短い声を上げ、慌てて隠そうとしたが遅く、ラインハルトの長い指が絡

  む。

  「…ぁ…ぅ…ん…あ…っ」

  ゆるゆると梳き上げられ、上擦る声は徐々に高くなっていく。齎される快楽がラインハルトによるものだと思うとヤ

  ンの意識はすぐに浮かされてしまう。

  四散するその声は甘く、部屋を、ラインハルトを侵していく。

  先端から零れる先走りの蜜が長い指に絡み、淫靡な水音も加わる。

  「…ん…ラ…イ…ッ…ぁ…ぁ…」

  体が灼ける。呼吸するのが精一杯で駆け巡る熱を逃がすことも出来ない。咽頭が渇いても、でもその痛みもどこか快

  楽だった。

  細い喘ぎの合間に途切れる呼び声がラインハルトを煽る。頼りなく振られる黒髪がシーツに当たる乾いた音もライン

  ハルトを駆り立てた。

  「…ヤン、…ウェンリー…」

  触れて欲しくて色付く胸の突起に指先でそっと触れると、びくりと震える。堪らなく愛おしく、もう片方に吸い付い

  た。

  「あっ…!」

  汗ばむ首筋が仰け反り、快楽の声が甲高く響く。

  忙しなく上下する胸が捧げられ、もっと甘やかな声を聞きたいラインハルトは夢中で愛撫を加える。自然と下肢への

  愛撫が疎かになり、知らずにヤンの根元を締め付けていた。

  胸から広がる熱がどんどん下肢に溜まっていくヤンには快楽は苦痛になっていった。

  「…ふ…ぁ…ラ…ィ…」

  次第に喘ぎは苦しげな嗚咽へと変わり、揺れる下肢の望む事に漸くラインハルトは気付いた。

  トロトロ…と先端から蜜を零すヤンは可哀想なくらい小刻みに震えている。それはラインハルトの支配欲をただ刺激

  するだけだった。咽頭を鳴らし渇きを誤摩化す。ヤンの嫌がる事をするのは心苦しいが、やはり誤摩化す事は出来な

  い。


  潤せるのはただ一つ。


  ラインハルトは柔らかな胸に口付けの痕を残しながら、ヤンのスラックスを下着ごと脱がした。

  チクリ…刺す刺激は体の奥底に滲み沈んでいき、ヤンの意識はその快楽を受け止める事で一杯になっていた。気付い

  た時には、片脚の膝がベッドに着くほど太腿を持ち上げられた時だった。

  「―――――ッッ!!」

  脚を大きく広げられ剥き出しの下肢にはラインハルトの舌が絡んでいるのが視界に飛び込み、声にならない叫びが空

  気を震わせた。羞恥で破裂しそうな頭を激しく振り、ヤンは止めるよう懇願した。逃げようにも快楽の熱を蓄積した

  体は重く、思う様に動かない。

  僅かに身じろぐ抵抗を、ラインハルトは鵐に濡れるヤンを口腔に銜える事で押え付けた。強く吸い上げると、発作の

  様にヤンの背は大きく跳ねた。

  目が眩む快楽に引き攣った短い悲鳴を上げ、きつく目を閉じて果てるのを耐える。どうしても、嫌なのだ。

  「はっはな、し…っ!」

  浅く短く繰り返される呼吸の中で、言葉になりかけの声が小さく鋭く漏れる。

  追い詰められた動物の哀しい末期の声のような気がするがラインハルトの渇きは確かに潤されていき、より深く銜え

  より強く吸い上げた。

  「ぁ――――ッッ」

  おちる、果てる瞬間の甲高い悲鳴の余韻は、そう確かに綴られた。

  なんの躊躇いもなく飲み込んだラインハルトは咽頭の渇きを満たし、放心した濡れた黒曜の瞳を真っ直ぐ覗き込んだ。

  「堕ちろ」

  「……」

  「俺も、堕ちる」

  「……」

  すぐ傍の蒼氷色の奥の激しい焔をぼんやりと見つめ、ヤンはラインハルトの言葉を反芻した。安堵のような溜息を漏

  らし、口元はほんのり笑みを浮かべたヤンはゆっくり瞼を閉じ、そして首を左右に2度ほど振った。

  「…いけない」

  静かに諭す声にラインハルトは綺麗に整った眉を寄せた。

  「堕ちては、いけない…」

  ヤンにとって、ラインハルトは恒星そのものだった。裡から発せられる熱に豪奢な金髪は太陽の様に輝き、魅了され

  た星々はその周りを巡る。ヤンは自分が彼らと同じ様に巡れない事を知っていた。できる事は、灼かれ堕ち溺れ死ぬ

  こと。そして、ヤンの望みでもあった。

  堕落の意味と取ったラインハルトはふと表情を緩めた。

  「心配するな。公私の区別は付ける」

  閉じた瞼にラインハルトの唇を感じ、ヤンはゆっくり瞼を上げた。

  昏く、どこか濁った色は濡れた色に隠し、ヤンはラインハルトの首根に腕を伸ばした。

  緩く引き寄せられるままに、ラインハルトは唇を重ねる。


  片脚を深く折り曲げられているので、浮いた腰の、奥に潜む蕾に湿りを帯びた指が触れる。

  「…ふ…っ…」

  指先を埋めると少し苦しげな吐息が漏れたが、痛みではないようなのでラインハルトはゆっくり奥へと指を進めた。

  乱れたヤンの呼吸が整うのを待って、指先で内部を探る。内壁の熱は指から全身に広がり、ラインハルトは気が逸る

  のを、湿ったヤンの肌に吸い付く事で落ち着かせた。

  「…ぁ…あ…は…ぁ…ぅん…」

  首筋から胸の至る所で小さな刺で刺すような痛みは体の中で広がると快楽へと変わる。内部を侵す圧迫は増し、快楽

  と異物感の狭間でヤンは震えた。

  ゆっくり、丁寧に解された蕾は指三本。ラインハルトは内部を広げる様に指を蠢かし、ヤンの様子を窺った。僅かで

  も苦痛があれば動きを止める。途轍もない忍耐を要したが、今までの罪滅ぼしだった。しかし、じりじりと灼かれる

  神経を残る意識で感じるのはヤンにとって堪え難いものだった。頭の芯まで痺れる。だが、理性を手放すまでには至

  らない。自分から手放せない意固地さがヤン自身を責める。

  「…も…」

  いいから。

  明らかに苦痛が見える喘ぎの中でひっそりと潜められた懇願にラインハルトは躊躇う。彼自身、そうしたいのは山々

  だったが、内部の締め付けはまるで処女の様で奥まで解けていない。

  辛そうに眉を顰めるラインハルトの背に腕を回しヤンは途切れがちな声でもう一度、耳元で囁いた。

  湿った熱い吐息は、ラインハルトを満たす情欲を誘発した。

  少し乱暴に引き抜かれた指先が内壁の粘膜を削ったのだろう、苦痛を飲み込むヤンに僅かばかりの理性が繋ぎ止めら

  れた。

  重く軋んだスプリングの音がヤンの意識は一瞬クリアにする。

  ベッドにラインハルトの片膝が乗り上げていた。脚を広げられ、曝された蕾に彼の張り詰めた陰茎の先端が宛てがわ

  れている。

  「…ぁ…」

  あられもない体勢に羞恥でヤンの頬が色付き、濡れた黒い瞳は期待に更に艶を増した。蒼氷色の冷たい瞳は真摯にこ

  の上もなく鋭い焔を灯し、見えない火矢に心臓を貫かれた錯覚を起こさせた。

  …灼かれる。

  体の裡から、総てを。

  ラインハルトは乱れた呼吸で、ヤン、と小さく呟き、そしてゆっくり動いた。

  「――ンっ…!」

  伸し掛かる重みに押し開かれる痛み。一瞬一瞬ごとに内部の圧迫が増し、迫り上がっていく。慣れない体は否応なし

  に痛みを訴え、耐える様にラインハルトの背に爪痕を残すが、灼かれた精神は快楽とすり替えていく。

  「ぁ…く…ぅ…はっ…ぁ、あ…」

  苦痛から漏れる呻きはどこかあまやかに響き、ラインハルトは瓦解しそうな理性を歯を食いしばり必死に堪えた。

  根元まで埋め、ラインハルトはヤンの肩口に項垂れ、乱れた呼吸を整える。遠くで心臓の強い鼓動が聞こえる。それ

  が自分のものかヤンのものか分からない。同じリズムで、細い首筋の血管の脈動が見える。同じかもしれない。

  「……ッ!」

  ヤンと一つの心臓を共有している、そう思うとそれが真実のような気がするから不思議だ。

  不可思議な一体感と、ヤンを満たしている事とヤンに包まれている事実が細い糸で繋ぎ止められた若い理性を脆く崩

  す。

  「ぁあッ…!」

  奥深くで強く脈打つ陰茎が更に膨れ硬度を増し、艶やかな歓喜の声が上がる。それはラインハルトが動き出した事で

  甲高い悲鳴に変わった。

  激しい律動にヤンの体はシーツを擦り上がり、追うラインハルトはベッドに上がる。ほんの一拍、律動が止まる。ヤ

  ンの太腿を持ち直したのだ。

  「――ヒ…ぅッッ!!」

  深く体を折り曲げられ、真上から一直線に貫かれ、ベッドに縫い付けられた。肺が縮こまり、細い気管から鋭く空気

  が漏れる。掠れた悲鳴だ。

  「ウェンリー…ッッ!!」

  体重を乗せ、一層激しく穿つ。それこそ無我夢中に我武者らに。呼吸するのももどかしいほどに。

  「ぁぁ―――ッッ」

  途絶える事なく啼き続けた咽頭から、細く痛ましいが快楽に弾けた声が漏れた。灼かれ、なにもかもが真っ白になっ

  たヤンは果てた自分の精を胸に撒き散らした。果てる瞬間の強張りは内部の陰茎をもきつく締め上げ、ラインハルト

  も果てた。恐ろしいほど深くで弾けた迸りは熱く、粘膜を通し細胞まで侵蝕される様だ。ラインハルトの熱に侵され

  る安堵にヤンの体は弛緩し、腕がベッドに落ちる。

  恍惚とただ呼吸を繰り返すヤンの上にラインハルトもぐったりと体を預けた。

  肌と肌が重なり、浮かんだ汗を互いの肌が吸収していく。部屋には乱れた呼吸だけが沈む。

  気怠く、心地良い時間にヤンの意識は眠りに落ちそうになる。

  濡れた虚ろな黒瞳が半分瞼で覆われた時、ラインハルトは身じろぎヤンの耳元で囁いた。

  「…いい、か?」

  なにが?と疑問も浮かばない。未だ四肢の末端まで痺れて感覚が鈍く、思考力もないがヤンは僅かに頷くのがやっと

  だった。

  ラインハルトは愛しく、嬉しそうな笑みを浮かべた。残念な事にヤンは見逃してしまったが、それで良かったのかも

  しれない。その笑みを見たら、恥ずかしくなり逃げたくなってしまうかもほど、深く満ち足りた笑みだった。

  ラインハルトは力のないヤンの脚を抱え、自分の腰に巻き付かせた。

  「ぁ…っ!?」

  突然、癒着した粘膜が無理矢理剥離される様な感覚に襲われる。内蔵まで引き摺り出されそうな程、隙間なく密着し

  ていた。陰茎が引き抜かれ、内部に放たれた精が卑猥な音を立てる。感覚が鈍く感じたお陰で痛みを感じずに済んだ

  が、次の瞬間には覚醒した。

  「んンッッ…ぅあ…ッは…ぁあッ…」

  完全に力を取り戻したラインハルトにヤンの体は突っ張り、知らない間に巻き付かされた脚はぎゅっと男の腰を締め

  付けた。

  離さないと云われている様で、ラインハルトは気分が良かった。もっと貪欲に求めたいし、同じくらい求められたい。

  想いも体も、なにもかも与えたいし、与えられたい。冷静な時分には我が儘であり、度がし難いと思うだろうが、今

  はそんな余裕はない。吸い付き絡み蠢く熱い内壁は堪らない快楽を齎す。

  ラインハルトはヤンの体が動かない様に肩をしっかりと固定し、深く最奥まで何度も穿つ。貫かれる衝撃は強くヤン

  の細胞まで震わせた。

  「―――――ッッ!!」

  声にもならない悲鳴が仰け反った咽頭から放たれ、ビクビクッと体全体が小刻みに震えだした。

  「ぁ…ぁ…あ…ぁ…っっ」

  前立腺を貫かれたのだ。許容量を超えた快楽に怯えている様で、でも漏れる声は一層熱く甘い。内壁もそこに誘い込

  む様に蠢く。

  突然の変化に驚いたラインハルトは軽く目を見開くが、なにがそうさせたのかを理解すると口端を満足げに上げた。

  常勝の笑みのようだ。

  「ぁんん――っ、ライッハルトッ!!」

  熟れた悲鳴はラインハルトの征服欲を加熱させ、身悶える体は単に腰をくねらせ誘う。

  …もっと、感じろ…!

  黒髪の一房まで快楽で満たし、求めろ。

  「俺だけをッ!!」

  他にはなに一つ与えない。凄まじい独占欲が渦巻き、ラインハルトを突き動かす。衝動的に抉る様に突き上げると悦

  楽の甲高い啼き声が鋭く耳を衝く。ベットの軋みや滑る水音、激しく揺さぶられシーツに擦れる黒髪の乾いた音。汗

  と肌の匂い、重なる体の感覚。総てがラインハルトを駆り立てた。

  果てる間もなく押し寄せる強い快楽に体は快楽と認識する事は出来なかったが、ヤンはラインハルトを求める声を途

  切れそうな呼吸で何度も繰り返す。



 

  刻一刻と夜明けが近付いてくる。










    □   □   □


 




  目が覚めたラインハルトの視界は、黒。

  一瞬、わけが分からなくなったが、背後からヤンを抱き、その黒髪に鼻先を埋めていた事に気付く。

  深い寝息が耳に心地良く、少しクセのある黒髪が鼻先をくすぐるのも気持ち良く、しばらくそのままでいた。

  ひどく穏やかな朝で、心も体も軽い。

  幸福だ、と気付かず過ごした子供の頃を除けば、こんな朝を迎えたのは数えるくらいだ。少し記憶を遡ると、その全

  てにヤン・ウェンリーがいた。

  …今は―――

  腕に抱いている。

  ラインハルトは上体を起こし、ヤンの寝顔を覗き込んだ。その寝顔が自分と同じ様に穏やかなものかどうか確かめた

  かった。

  しかし、それは叶わなかった。

  「……ぅ ……あ…っ…」

  体の一部だった、内部に居座り続けた陰茎が突然引き抜かれ、目醒めを余儀なくされたヤンはちょっと恨めしげな視

  線をラインハルトに向けた。もっと寝ていたかった。

  間の抜けた事にラインハルトはヤンの内部に居続けた事を失念していた。起こすつもりはなかっただけにバツが悪い。

  素のラインハルトにヤンは仕方なさそうに笑みを浮かべる。すると、ラインハルトは安心し、笑みを浮かべた。

  豪奢な金の髪が輝き、白磁の肌は薄らと温かみのある光を放ち、ヤンは眩しくて目を細めた。


  なにより、精悍さを滲ませた笑みが一層輝かしい。


  …出すもの出してスッキリした、ってやつかな?

  皇帝陛下に対し下世話な考えに至るが、それはヤン自身にも当て嵌まる事でもあり胸の奥がくすぐられた。昨日まで

  と部屋の空気まで違って見える。

  「なんだ?」

  「なんでもないよ」

  そう言いながらもヤンの肩は震えていた。

  「ヤン」

  「だから、なんでもないって」

  納得できないラインハルトは一変して拗ねたような膨れた顔で再度ヤンに迫る。

  必死に笑いを噛み殺しながら、ヤンは時計を差した。これ以上ラインハルトを見ていたら、声を上げてしまいそうだっ

  た。

  「それより、時間はいいのかい?皇帝陛下」

  「………」

  話を逸らすヤンをジト目で見遣り、時計に視線を移した。シャワーを浴びても、少しばかり余裕がある。そう思うと、

  もう少しこのままでいたかった。

  「…あと、5分…いや、3分」

  ボソリと呟き、ラインハルトはヤンを抱き寄せた。

  「頼むから2度寝しないでくれよ」

  私には起こせないから、と楽しげな笑いのあとに欠伸が聞こえる。

  ラインハルトは、わかっている、と極小さな声を漏らした。

  誰に聞かせるものでなく、自身に向けている様だった。ラインハルトの腕が強くなり、オーベルシュタインの動向を

  懸念しているのがなんとなく判る。

  ヤンはラインハルトほど彼に危惧を持っていない。露骨な言い方をすれば、オーベルシュタインが必要としているの

  は『皇帝』としてのラインハルトだけだ。政務さえ全うし、彼の理想に近い形で新帝国の歴史が刻まれてさえいれば

  いいのだ。

  オーベルシュタインの『理想』とラインハルトの『善政』は共通点が多々あるとヤンは思っている。彼の忠信はそこ

  に基因し、ラインハルトがオーベルシュタインの存在を無視できないのも、そこにある。

  …そのうち―――

  後継者問題が否応なしに浮上してくる。

  …一年か二年か。

  それとも半年先か、それはまだ判らない。時期、と判断したらオーベルシュタインが動くだろう。

  …それまで―――

  この温もりに溺れていたい。

  深く、深く、呼吸すら覚束ないほどに。


  緩やかな寝息が聞こえてくると、ラインハルトはそっと腕を解いた。3分は経っていないが、このままでいたら寝息

  と温もりに引きずり込まれそうだ。名残惜しいが、今は離すしかない。

  …夜―――

  また訪れればいい。そしてまた次の夜に。その次の次の夜に。

  ベッドの軋みに気を遣いながら、極力音を立てない様に抜け出し、ラインハルトはバスルームに向かった。





  ドアは、パタン…と福音の余韻————。




終。         

 





 



2009/07/08

 

 

カイザーも青春ですが紅茶提督も乙女チックになってしまった YO!


独裁者は独(断独歩)際(限なし)者ではないか?と疑問な今日この頃です^□^;