照明が照らす部屋には軋むスプリングの音が響く。

 ロイエンタールは投げ出されたヤンの両脚を掬い、ベッドに乗せた。そして自分も乗り上げ、膝でヤンの脚を広げさせ

 自分の体を割り入れる。

 ヤンは今更ながら部屋が明るい事に気付き、片腕をコントロールパネルに伸ばした。部屋が明る過ぎて、行為には不適

 切だ。

 「…ん…」

 ヤンの指先は彷徨い、照明のスイッチを探るが見つからない。絡み付く舌に意識が向き、指先は無為に彷徨う。明るい

 照明を見るのは嫌だったが、薄く眼を開け、パネルに視線を向けるが角度が悪く、パネル自体がよく見えなかった。

 ロイエンタールは伸びたヤンの意図を察し、ガウンの上からその腕に沿う様に掌を伸ばした。細い手首を追い越し、ス

 イッチを切る。途端に総ての照明が落とされ、ロイエンタールはもう一度スイッチを押した。全灯となり、また押す。

 今度は半灯。まだ明るい。また押し、漸く適度な明るさとなった。それでもヤンには明るいのだろう。指先がスイッチ

 を探っている。ロイエンタールはヤンの手首を掴み、ベッドに戻した。

 そこで、漸く唇が離れた。

 「…意地が悪いね」

 熾烈なまでの激しさはなくとも、長い口付けに乱れた呼吸でヤンは呟いた。

 蒙昧とは云えない暗さは覆い被さる男を浮き彫りにしている。出来れば全部消して欲しいと暗に告げるが、照明はこれ

 以上落とされないだろうことを諦めてもいた。

 「お前程ではない」

 ヤンの予想通り、ロイエンタールはこれ以上暗くする気はなかった。程よい明るさはこれから浮かぶ汗と刻み付ける痕

 を確かめる事が出来るだろう。その表情まではっきりと。

 不貞腐れた様にヤンはそっぽを向き、開始の合図の様にロイエンタールは黒髪が纏わり付く首筋に舌を這わせた。慣れ

 た手付きでガウンの帯を解き、浮いた鎖骨に歯を立てる。骨ごと喰らいたいと思うほど魅力的な血肉と芳香だ。

 「――痛っ!」

 甘噛みにしては歯と骨の音が響いた。

 「…ヘル、痕は残さないでくれ」

 聞き入れる気はなかったが、続く言葉にロイエンタールは承服せざる得なかった。

 「夢、なんだろう…?」

 穏やかに諭す、この残酷な言葉にロイエンタールは奥歯を噛んだ。夢にする気はない。だが、誓った。そうでなければ

 受け入れないだろう。

 「…わかった」

 苦しげに呟かれた声にヤンは安堵の息を漏らした。

 露となった胸に唇を滑らせ、痕を残さない様軽く音を立てその肌を吸う。理性があるうちは約束を違える事はないが、

 滑らかで柔らかい肌色に正直、痕を刻み付けたくなる。

 真っ白ではないヤンの肌に、きつく吸い上げた痕は綺麗に浮かぶだろう。肌に馴染み、長い時間その色を保つだろうと

 思うと痕を付けない事が罪悪の様に思えてくる。過去、こんな忍耐を用いた事はない。苦々しく思いながら、それでも

 ロイエンタールの掌はヤンの肌から離れなかった。

 「…ぁ…っ…は…んっ…!」

 ねったりと舌で弄ばれた胸の突起が淡い色から快楽に色濃くし、疼くそこを鋭く犬歯の先で抉られる。痛み以外を確か

 に感じながら、ヤンは視線を下げた。痕が付いていないか確かめた。噛まれたわけではないので痕は残らなさそうだ。

 心配事がなくなると、ヤンは目を閉じ、快楽を追った。

 唇は下がる。ロイエンタールは片方の手でヤンの脇腹から太腿へと滑らしながら、自分のシャツのボタンを外した。息

 苦しい。濃厚なヤンの香りと弱い、快楽の吐息に呼吸が急かされる。

 嘗てない程、ただ触れるだけで快楽を感じていた。相手は男だと、どうかしてる、と思いながらも抑えられない。掌は

 太腿からヤン自身へ。それは濡れて、頭を擡げていた。

 「…ぅッ…ぁ、ああぁッッ!」

 包まれたと思ったら、性急に昂められる。漏らした甲高い声と否応無しに込み上げてくる熱にヤンは耐え切れない様に

 首を振った。

 「ヘル…ッ待っ!」

 そんな性急にされたら、苦しい。

 辛そうな様子にロイエンタールは手を止め、ヤンを覗き込んだ。

 快楽と苦痛の狭間で、真っ黒な深遠の闇は濡れている。ロイエンタールは掌でしっとりとしたヤンの頬を包み、親指の

 腹でその目元を撫でた。

 「オスカーだ。俺の名を呼べ」

 自分から名前を呼ばせる事も、彼は初めてだった。

 「………」

 夢に名前は要らない、と拒む柔らかな笑み。

 「夢なのだろう。ならば――

 呼べ。

 許しを求めるような囁き。

 「……オスカー…」

 断罪を受け入れる声。

 


 罪と罰はどこにあるのか?過去の者か夢を強請る者か。


 

 乱れた呼吸は熱く、快楽と痛みを伴っている。

 蕾に長い男の指が二本埋められていた。抑え切れない喘ぎをヤンは自分の腕を噛んで無理矢理抑えた。服の中で見えな

 い場所だ。どこまでも理性を持ち続ける頑固さはロイエンタールを苛立たせ、そして苦しめる。

 腕を離させ、代わりとなるものを滑り込ませる。

 「あっ…だめっだ…ッ」

 それはロイエンタールの舌だった。ヤンは首を振り逃げるが、咎める様に内部の指は折り曲げられた。

 「あぁッ!」

 短い悲鳴。快楽よりも痛みが色濃いそれにロイエンタールは訝しげにヤンを覗き込んだ。

 「…まさか、初めてか?」

 男を躱す慣れた仕草とは裏腹に、時間を掛けて内部は硬く閉じていた。経験があると思い込んでいたロイエンタールは

 微かに頷いたヤンに二色の眼を見開いた。

 「慣れているから経験者かと思った」

 驚きのあまり、素直に出た言葉だった。

 漁色家に云われると気分が悪い。ヤンは不貞腐れたように唇をへの字に結んだ。

 「父が商人だったから、その、私も商品と見る輩がいたし、士官学校の時も…」

 言い寄られる事はあり、躱す事には慣れたが関係を持った事はない。一時の快楽の為に後々の面倒を背負う覚悟もなけ

 れば、惹かれた相手もいなかった。もっと強引にされたら流れていたかもしれないが、誰しも慣れた仕草と柔らかな笑

 みに拒まれ、それ以上踏み込む事が出来ない。

 「…初めてか。…そうか、俺が初めてか…」

 驚きに見開いていた金銀妖瞳が笑みを浮かべ、感慨深い呟きが漏れた。

 「俺も初めてだ…」

 男を抱く事も、こんな気持ちになったことも。

 そっと唇を重ね、ロイエンタールはヤンの口腔に舌を侵入させた。舌でもっと口を開ける事を促し、内部の指を蠢かし

 た。

 「ふぁっ…ぁ…ぅん…!」

 漏れる声を抑えようにも、噛み締めてしまえばロイエンタールの舌を噛んでしまう。ヤンは弱く首を振るがロイエンタ

 ールの舌から逃れられない。流れ込んでくる唾液は口腔を満たし、ヤンの口元から溢れる。声を出す事で羞恥が煽られ

 思考を圧迫していく。次第に強張った体が震えながら弛緩していく。

 「…あ…ぁふ…は…っ…」

 片腕で上体を支えながらヤンの黒髪を抱き、ロイエンタールは執拗に歯並びや萎縮するヤンの舌に舌を這わせた。内部

 が緩んだのを指で感じ三本目を埋め込む。増した質量に咽頭が引き攣るのが判る。慰める様に更に奥に舌を伸ばした。

 「…ぅ…う…ぁ……や…」

 苦しい。体も思考も。なにも考えられない。ただ、熱い。総てが溶かされていく。畝る熱に悪寒を覚えるが、どうにも

 ならない。

 逃げる様に身じろぐが、それはロイエンタールを誘う媚態でしかない。汗ばむ頬に張り付くしなやかな黒髪に苦しげに

 寄せられた眉に熱を孕む吐息。耐えるには限界だった。

 ロイエンタールに追い打ちを掛けたのは、縋る様に回された腕。求める様に、しっかりとシャツを握っている。

 「…くっ!」

 もう無理だ。堪え切れない。下肢は、良く耐えたと云える程張り詰めている。

 内壁を引っ掻きながら、指は引き抜かれた。

 「ああ!!…はっ…はぁ…あ…んぅ…」

 粘膜を削られる、灼ける痛みに甲高い悲鳴が響き、質量がなくなった事で安堵の息が乱れた。一瞬の硬直のあと、弛緩

 したヤンの体はベッドに深く身を投げた。

 ロイエンタールは片手で器用に張り詰めた自身を取り出し、力のないヤンの片脚を肘に抱えた。

 「…あ…なに…?」

 茫洋とした黒い瞳は潤み、視界が霞んでいた。なにをしているのか、なにをされるのか、ここまで来て本当に判ってい

 ないようだ。

 危険なほどあどけない瞳に背筋が震える。蠱惑的で抗えない。彼にとって『黒』は忌む色だが、この『黒』は全く違っ

 た色だった。

 「…『黒』過ぎて『黒』とは言えんな…」

 「…?」

 小さく笑うロイエンタールがなにを思っているのか判らず、ただ不思議そうにしている。その愛しい瞳にロイエンター

 ルは口付けを落とす。

 優しく触れる唇に享受するかのようにヤンは目を閉じた。

 「―――あッッ!!」

 穏やかなのはそこまでだった。蕾に宛てがわれた陰茎に抉じ開けられた。

 「ああぁぁあ―――ッッ!!」

 引き裂かれる音が体の奥から頭に響く。許容量を超えた痛みと熱に襲われる。見開いた黒曜の瞳は、キツい締め付けに

 歪むロイエンタールを映したがヤンには見えていない。

 「…まだ無理か…」

 しかし抜く事も出来ない。先端さえ埋めてしまえば少しは楽かと、ロイエンタールは更にヤンの腰を持ち上げ体重をか

 けた。

 「ヒァッ!」

 「くッ!」

 内部は痛みに収縮を極め、半分程埋め込まれたロイエンタールを拒む。痛みを覚える締め付けに、噛み締めた奥歯から

 呻きが漏れた。

 「…あ…あ…ぁ…」

 痛みに心臓を握られる。虚ろな黒曜は見開いたままで瞬きをする余裕もなく、体は小刻みに震えていた。内部に力強い

 脈動を感じ、悲鳴とも嬌声ともつかない切れ切れの声が絶えず漏れた。声を殺す余裕もなければ、強張った体の力を抜

 く事も出来ないでいた。

 その、憐れと云える姿に罪悪感がロイエンタールを苛む。完全に萎えたヤンの陰茎を片手に包み、ゆっくり扱いた。

 「…ぅあッ…や…いや…だ…オスカー…」

 もうなにも感じたくない。痛みも快楽も、もう受け入れられない。

 「こうしないとお前が辛い…」

 僅かに身じろぎ、逃げる体を押さえつける。扱く速度を徐々に早め、唇は胸の突起に愛撫を施す。少しでも痛み以外を

 感じる様に。

 「ぁっ…あぁあっ…やめっ!」

 直接的な快楽が込み上げ、青醒めた頬に漸く朱が差す。痛みと快楽がヤンを侵していく様は壮絶なまでに艶かしく、ロ

 イエンタールの理性をギリギリと締め付けていく。衝動のままに衝き上げたくなるのを必死に堪える。それは身の裡を

 業火に灼かれるほどの苦痛だった。

 ロイエンタールの丹念な愛撫に漏れる喘ぎの声色が快楽を滲ませ始めた。内部の締め付けが僅かに緩むのを陰茎で感じ

 ロイエンタールは更にヤンを追い詰めた。腰を進め、根元まで埋める。

 「んん―――っ」

 途轍もない圧迫に肺が萎縮するが、愛撫により痛みよりも快楽が僅かに上回る。萎えていた陰茎は震えながらも、先端

 からは雫を少量零していた。だからと云って、なんの慰めにもならない。全身が心臓の様で響く鼓動に頭痛を覚える。

 ひび割れていく思考の中で、いっそ粉々にして欲しい、と自覚なく切望していた。

 ヤン自身よりも、体は正直だった。

 「――はっ!」

 絡み付く内壁に根元まで包まれ、ロイエンタールは短く息を吐く。キツク、こんな凄まじい快楽を感じた事はない。ド

 クンッドクンッと響く鼓動は自分のものかヤンのものか、肉の境が曖昧になっている。

 「―――ッッ!!」

 一体感に踊る陰茎が内部で質量を増し、声にならない悲鳴が仰け反った咽頭を突き破った。

 強張る体は陰茎を締め付け、蠕動する襞が奥へと誘う。それはロイエンタールの理性を灼き付くし、本能を剥き出しに

 させるのに十分すぎる快楽だった。

 目の前が赤く染まり、黒もなにもかも覆い尽くされた衝撃にロイエンタールは律動を抑えられなかった。

 ヤンの腰を両手で掴み、荒々しく穿つ。二色の瞳は猛禽の光を携え、捕食する獲物を貪る。

 「ああっっ!!あっあっぁああ――ッッ!!」

 蕾ギリギリから奥の奥を何度も抉られる。その摩擦は陰茎から溢れた先走りの液が卑猥な水音とし、ヤンの聴覚を侵し

 思考をも侵す。自分の内部から聞こえる音を首を振り、ヤンは否定する。聞こえる淫らな悲鳴は遠く、自分の声とは思

 えない。渦巻く熱は痛みか快楽か、ヤンには判断出来ない。ただ熱く、ただ支配される。ロイエンタールの背中に爪痕

 を残している事にも気付かない。

 チリつく背中の痛みにロイエンタールは笑みを浮かべた。過去に覚えのある痛みとは、まるで違っていた。こんな甘美

 な爪痕を感じた事はない。痕を残されることに、こんな満足感を得た事はなかった。

 …お前の証だ。

 「…もっと残せ、もっと刻み付けろ…っ!」

 「ヒッ!?」

 さらに腰を掲げられ、ロイエンタールの陰茎はほぼ真上から貫く。有り得ない程深くまで穿つ陰茎に押し潰された肺の

 中の酸素に咽頭が短く鋭く鳴る。





 二人、壊れた瞬間だった。



 

 


 

                                                続く…


 

 

 

                                                                                                       2009/04/28