美味しい紅茶

金銀妖瞳が相変わらずカッコ悪いです 

 

 

  ヤン・ウェンリーは官舎の玄関前で立ち尽くしていた。

  帰って来たら玄関に紙切れが貼られているし、鍵は開かない。そこは間違いなく、彼の官舎だ。でも開かない。

  「………………」

  紙切れが風でピラピラ。綺麗な字で知らない住所が綴られていた。住所を知らなくても、こんな事をするのは一人

  しかいない。

  オスカー・フォン・ロイエンタール。

  ヤンは、自分は結構我慢強い方だと思っている。上官の理不尽とか無理な命令とか、なんだかんだで吸って吐いて

  自分の中で折り合いをつけ溜飲することができた。

  だから知らない間に官舎を引き払われても、吸って・吐いて…。

  グシャリ!

  さすがに溜飲できないようである。

  紙切れ鷲掴みのヤンは地上車を捕まえて一路記された住所へ。

  「まだ読んでない本があるのに!今日届く筈の本はどうなったんだ!」

  無人なのでブツブツ文句。預金通帳とかの一般的な貴重品より、本が大事。理由はちゃんとある。

  ヤンの蔵書には帝国では発禁扱いのものが多い。フェザーン商人の幼馴染みからの横流し品だ。友人割引だが元値

  が高いのでエンゲル係数よりも給料消費率が高い。命を削って稼いだ金を使い込んだのだから、亡き父の唯一本物

  の壷とか栄誉ある軍服とかよりも貴重だ。

  しかし、ここでヤン特有の物グサが出てくる。文句も言いたい放題いい、地上車の流れる景色に安ホテルが見える

  と面倒になってきた。第一、元凶に会いたくない。

  …まったく、なにを考えいるんだか。

  彼の提督なら相手に不自由ないだろうに、なにをトチ狂ったのか金銀妖瞳の美丈夫は同性の自分に求愛だ。淡泊な

  ヤンからすれば、かなりしつこい。いや、誰から見ても、しつこい。

  ここ最近を思い出すと自然と重い息が漏れた。

  あからさまのアプローチは揶揄われているとしか思えないが、こんな酷い暴挙に出るとは思っていなかった。

  …アレかなぁ?

  ローエングラム伯の幕僚入りを断った事が関係しているのかもしれない。

  「…めんどくさいなぁ…」

  引き返そうかなと、ぐずぐず思っているうちに目的地着。

  地上車の全面ガラスからでは体を傾けないと全貌が見えない外門のバカでかさに唖然。

  屋敷もず―――――と奥だ。

  ド平民なヤンはポーチから玄関まで徒歩が常識だった。

  …やっぱ帰ろう。

  歩くのが面倒だ。これでも書類関係の仕事明けで疲れてる。

  『ヤン・ウェンリー様でございますね。お車のままどうぞ』

  貴族住宅事情は、客でも玄関まで車が常識。

  押してもいないインターホンから年配の声が聞こえ、車でいいんだ、とちょっとカルチャーショック。

  しかし、悠然と左右に開く外門を見てヤンの怒りがぶり返す。予告なしの来訪にも関わらず予期されていると云う

  事は相手の思うツボと云う事。思うツボの自分に腹が立つが、美しい金銀妖瞳が満足げに細められているのが浮か

  び、まったくもって業腹。文句などで余計な長居は無用で本を取り返したら、とっとと帰ろう。ナニされるか分かっ

  たもんじゃない。

  ヤンは面倒だが一旦地上車を降り、インターホンを押した。

  「いえ、本を返して頂くだけですので、ここで待ちます、とロイエンタール閣下にお伝えください」

  『少々お待ちくださいませ』

  ヤンの伝言を執事は当主に伝えた。

  ロイエンタールは苛立ったように短く舌打ちした。

  「まったく思い通りにならんヤツだ」

  それも楽しいのだろう、ロイエンタールの口元には皮肉混じりの笑みが浮かんでいる。

  「ヤツに伝えろ。お前の本は書庫にぶち込んである、とな」

  執事は当主の伝言をヤンに伝えた。

  『勝手に盗ってたんですから、ご自身で返却するのが筋でしょう、とロイエンタール閣下にお伝えください。不法

   侵入とか難癖付けられるのも嫌ですから』

  執事がそれをロイエンタールに伝えると、見破られたか、と呟くのが聞こえ、躾の良い彼は聞こえないフリをした。

  「よし、持て成す、と伝えろ」

  正面攻撃に出たロイエンタール。

  『結構です。本返して下さい』

  ヤンも意地ならロイエンタールも意地な伝言ゲーム。

  ロイエンタールはムスッと苛立ち椅子の肘掛けを指先でコツコツ叩いている。良くない兆候だ。低気圧ハリケーン

  だ。長年仕えている執事は当主の低気圧ハリケーンは慣れている。かといって、平気なわけではない。胃からキリ

  キリと音が聞こえる。伝言ゲームに付き合わされてるこっちの事も考えて欲しい。

  茶番の幕引きは意外な人物によるものだった。

  一人のメイドが外門へ走る。執事の胃のキリキリ音を聞きつけたのだ。彼女は執事の遠い遠い遠縁に当たる。

  経済状況が芳しくない情勢下の戦争で一番途方に暮れるのは彼女のような手に職のない者たちだ。彼女は執事の口

  利きでロイエンタール家に雇われる事になった。

  ほかにも執事は職安をマメにチェックし、彼女のような境遇者を採用している。

  ロイエンタールは家の事に無関心なので、誰がどういった経緯で雇われているのか知らない。知らない間に貴族と

  しての社会貢献中なロイエンタール家は屋敷の大きさのワリに使用人の数か多かったりする。しかし運悪く低気圧

  ハリケーンに当たると、すぐに使用人が辞めるので執事は無駄に採用しているわけでもない。

  そんな理由で彼女は当主よりも執事に恩があるのだ。執事の危機に無駄に広い敷地を一生懸命走った。

  「ヤ…ウェリ…さ、まですね。どうか、中へ」

  心優しいおじーちゃんの胃に穴が開くと思うと、彼女は必死だ。

  彼女の気合い勝ちで、ヤンは彼女と一緒に地上車で中へ。






  車の停車音に執事は喜んでヤンを出迎えた。躾が良いのでヤンにはよく分からなかったが。彼は立場上気難しい顔

  をしてなくてはならず、もう皮膚がそう改造されているベテランだ。

  「こちらへどうぞ。旦那様がお待ちでございます」

  案内されたのは書庫だった。

  中二階ぶち抜きの書庫はパッと見、古めかしい図書館を連想させられる。しかし別にコレクターというわけではな

  いので、本棚の半分はスカスカだった。梯子の必要性がない。それでも蔵書量はかなりのもの。

  「……すごい…」

  古めかしい背表紙が並ぶ棚にヤンの手が伸びる。うっとり、夢心地。

  しかし、現実はすぐそこだった。

  背後からロイエンタールに抱き締められ、折角の気分が台無しだ。

  「…………………あの、ちょっと」

  「ヤン…」

  首筋に熱っぽく囁く吐息が触れる。

  「――ぅぎゃっ!」

  しかも舐められた。ビックリしたヤンは飛び上がり、首筋を掌で押え本棚に背中を張り付かせた。

  「なっな、なにすっ??!」

  真っ赤っかなヤンにロイエンタールは楽しそうに咽頭の奥で笑った。べた惚れな彼は例えカエルが踏み潰されたよ

  うな声でも本当にイヤそうに鳥肌立ててようとも、全部可愛い。恋は盲目とは彼のための言葉だ。

  美丈夫の得なとこは、内心が顔に出ない事だ。極めてシリアス顔なロイエンタールは腕の檻にヤンを閉じ込め、そ

  の美しくも冷たい金銀妖瞳を睫毛が触れそうなほど近付けた。

  「選ばせてやる」

  「なにをでしょうか、閣下」

  冷たい筈の色違いの双眼は熱く、視線を逸らすことができない。ヤンは気丈に睨み付けてくる。警戒している様は

  少しの怯えが見え、それもロイエンタールを楽しませた。

  「ローエングラム伯か俺か」

  「……なんのお話でしょう?」

  「幕僚入りだ」

  口付けのようにロイエンタールは顔を傾けた。ヤンの肩が僅かに竦められる。二人の呼吸は触れるほど近い。

  ヤンは緊張する腕をなんとか動かし、ロイエンタールを押し退けようとしたが体格・体力的に鍛えているロイエン

  タールに敵うわけがなかった。諦めた溜息がロイエンタールの唇を擽る。

  「私は今のままでなんの不都合もありません」

  武勲横取りの弱味か、今の上官は書類サボっても大目に見てくれるし、たまに高いお酒くれるし、有給申請もわり

  とあっさり許可してくれる。同じ平民出身と云うのも幸いしているようだ。

  「ふん、あんなヤツの下にいたら死亡率高いだろうが。お前は幕友や部下を死なすのか?」

  「………」

  それを言われるとツライ。たまに意地になられる時がある。そう云う時は手が付けられない。

  「あと一つ、案がある」

  「?」

  「俺のものになれ」

  「は?」

  まったく関係ない。なに言い出すのか、ヤンは素っ頓狂な声を上げた。

  「お前の部下は俺の艦隊で面倒を見てやる。お前はこの家で俺と暮らせ。退役したいんだろう?」

  「……………………」

  悪魔の囁き、にしては全然甘くない。ヤンの感覚からすると脅迫に近い。自然と睨み付けるような感じになったが、

  ロイエンタールの方が背が高いので上目遣いになり、悲しい事に迫力なし。

  「三択だ。どうする?」

  「ちょっ!」

  ロイエンタールの体全体が迫り、ヤンは本棚と挟まれた。

  「どれもお断りですっ!!」

  切羽詰まった本音に流石にロイエンタールも可愛さ余ってなんとやらで機嫌が急降下。気持ち的には強◯傾向。ヤ

  バいです。

  「……何故そこまで俺を拒む?」

  苛立った低い声と眇められた色違いの眼の獰猛さにヤンは冷たい汗を背中に感じたが、ヤンも云いたい事があった。

  「閣下の暇潰しの賭けに何故私が付き合わなくてはならないのですかっ!」

  「賭け?賭けだと??なにをいってる??」

  身に覚えのないロイエンタールは眼を白黒させた。

  「ミッターマイヤー閣下と話されていたでしょ!」

  「ミッターマイヤーと?」

  ロイエンタールは必死に記憶の糸を手繰り寄せた。

  その隙にヤンはロイエンタールを突き飛ばした。

  「待て待てっ!一体なんのことだ??!」

  書庫を出ようとするヤンの腕を取り、ロイエンタールは強引に引き寄せようとした。当然暴れるヤン。足元が縺れ

  て二人は床に倒れ込んだ。咄嗟にヤンを庇おうとしたロイエンタールはヤンに押し倒された形になり、強かに後頭

  部を床に打付けた。

  「っ!」

  「…ぁ、だ、大丈夫ですか?」

  板張りの床で景気のいい音にヤンは焦る。一応、人でなし(とヤンは思ってる)でも大将だ。

  「思い出した。お前、その時俺の言った事をちゃんと聞いていたのか?」

  起き上がろうとするヤンの体をロイエンタールは抱き締めた。ちゃっかり腰から臀部に掌を回しセクハラ。文句の

  前に、ロイエンタールが口を開いた。確かに『賭け』という言葉は使った。

  「いえ、私は気にもしなかったのですが、一緒に居た連れが…」

  大将二人の会話を耳ダンボで盗み聞き、とは少々云い辛い。

  ロイエンタールは盛大な溜息を付いた。ツッコミどころは2カ所。まず、自分が近くにいるのに気にもしなかった

  とは、どういうことだろうか。軽くショックなロイエンタール。あと一つ。

  「その連れはお前になんと言った?」

  今度はヤンが溜息でぶっ切ら棒に答えた。

  「私を口説き落とすのを賭けている、と」

  確かにミッターマイヤーに似たような事を話したが、賭けるの意味を取り違えてヤンに伝えている。ヤンの連れな

  ら絶対ヤン至上主義者だ。明らかな作為を感じ、二色の双眼には『殺す』の物騒な太文字。

  「賭けるといってもギャンブルではない」

  「はぁ」

  どうでもいいのでヤンの返事はお座なりだ。それよりも早く離れたい。きちんと鍛えているロイエンタールの胸板

  は硬くて居心地が悪いのだ。

  「俺がミッターマイヤーに言ったのは、お前を手に入れるのに俺の総てを賭ける、ということだ」

  「……………」

  懐疑的なヤンはそれもギャンブルに聞こえた。情熱的な告白も唐変木で意固地には無駄。

  「賭けは閣下の負けですよ。いい加減放して下さい」

  ヤンは起き上がろうとしたが、ロイエンタールの長い腕は強く拘束した。頑なヤンにロイエンタールも焦れていた。

  「ちょっ!苦しっ」

  肺が潰れるほど強い。

  「ギャンブルではないと言っているだろう、俺が信じられないのか…っ!」

  苦味を潰した声にヤンは視線を彷徨わせた。

  「…貴方を信用できる程、貴方を知りません…」

  知っているのは事実に基づいた武勲と同じ数の漁色の噂だ。これで信用する程ヤンは不用心ではなかった。貞操が

  掛かっているのだ、用心深くなるもの。それに周りから散々『ロイエンタールには気を付けろ』的な事を云われて

  いた。なのに単身ロイエンタールの家に行くのは、やはり不用心かも。

  普段の行いに足を掬われたロイエンタールは自業自得である。しかし彼はトコトン図々しかった。

  「ヤン、俺を知れば、お前は俺以上に、俺に惚れる」

  「……………………」

  余りの厚かましさに絶句。どっからそんな自信が出てくるのか不思議だ。

  「……まいったなぁ…」

  ヤンは小さく笑い出した。

  伸し掛かる、一回りは細い体の笑う振動がロイエンタールは気持ち良く、胸元で揺れる黒髪に擽られる。思わず笑

  い出しそうになる。

  ふいにヤンは顔を上げた。

  「閣下、そんなことにはなりませんよ」

  普段から実年齢より下に見えるヤンは可笑しそうに笑うと幼さが強調されるが、台詞は可愛げのない真っ向否定。

  普通の神経ならここで挫けるものだがヤン至上主義者に邪魔されながらもアプローチし続ける男は一味違う。

  「それはどうかな?」

  自信に満ちた口元の冷たい笑みにヤンは笑いを引っ込め、眉を寄せた。なんか手の動きがアヤシい。

  ロイエンタールは真っ正面にヤンの顔が来る様に細い体を引き上げた。その際にヤンの脚の間にある自分の膝を動

  かし、脚を開かせる。そしてクセのある黒髪に掌を潜り込ませて引き寄せた。

  「―――――っっ??!」

  急に迫る色違いの双眼にヤンは咄嗟に眼を瞑った。色気のないヤンは頭突きと勘違いしている。ロイエンタールが

  知れば、呆れを通り越して怒り出すだろう。そして、それを理不尽と取り、ヤンも怒るだろう。子供っぽさは似た

  者同士の二人だ。

  「ぅっ?!」

  しかし予想した痛みは別の箇所でヤンは驚いて目を見開いた。視界一杯の眇められた金銀妖瞳にさらに驚く。穏や

  かで、ちょっと違うような感じでヤンの心臓は大きく鼓動した。

  ふっくらとしたヤンの唇は想像以上に柔らかく、口紅などのネッタリとした不快な感触は微塵もなく気持ち良い。

  ロイエンタールは合わせた唇の角度を変え、ほんの少しの隙間を見つけて舌を捩じ込んだ。

  呆れた事に、ヤンは漸くキスされている事に気付いた。気付いたからといって、何か出来る状況でもなかった。男

  の舌は既にヤンの舌に絡み付いている。舌の根まで引き摺り出される痛みにヤンはきつく目を閉じた。こういった

  経験が極端に少ないヤンはディープキスには鼻呼吸などと器用な事が出来ない。

  「ん…んぅ…」

  唇の角度を変える僅かな隙間で呼吸を試みるが、舌は絡まったままでくぐもった吐息が漏れただけだ。

  酸欠の脳に唾液の絡まる水音が圧迫する様に響き渡る。息も苦しいが響く音が卑猥でロイエンタールの腕の中でも

  がくがヤンの抵抗は強靭な長い腕には微々たるものだ。

  「……ぅ…」

  目をきつく閉じる事も出来なくなり、些細な抵抗も止んだ。

  うっすらと開いた黒瞳が霞んで濡れて、頬も紅潮している。ぐったりと体重を預ける重みが心地良くロイエンター

  ルは満足そうに唾液を零す口角を上げた。余裕だ。漁色の名は伊達ではない。

  ぶつかる様な口付けが嘘の様にそっと静かに離すとヤンは大きく息を吐いた。停滞した血流が今度は一気に巡り、

  ますます体は重くなった気がした。

  ロイエンタールはヤンの体を持ち上げ、肘を床に付かせた。支えながら軍服のボタンを外していく。全くもって器

  用で慣れた手付きにぼぅとしたヤンは思考の片隅で感心していた。暢気だ。

  瞬く間にシャツのボタンまで外し、背筋駆使でロイエンタールは薄く開いたままのヤンの唇から滴る唾液を舌で舐

  め取ると首筋に舌を這わせた。

  「ぁっ?!」

  やっとマズイ状態と認識するとヤンは短く小さな声を上げ、僅かに腰が浮く。それは却ってロイエンタールには好

  都合でベルトとスラックスのボタンを外した。そして掌を中に滑り込ませた。

  「ちょっ!なにすっ?!」

  大きな掌で、きゅっと握られ、言葉途中で口を噤む。

  ロイエンタールは体をズラし、ヤンの鎖骨から胸に舌を這わしながらいけしゃあしゃあと宣った。

  「まずはカラダの相性だ」

  「はぁっ?!冗談はやめて下さいっ!!」

  暴れようにもその体の中心を握られているので、ヤンは思いっきり嫌そうに声を張り上げた。

  ロイエンタールはこれまた、いけしゃあしゃあ。

  「冗談で男のモノなんぞ触れるか。気色悪い。俺は男色家じゃない」

  説得力ないんですけど、と言い返したいが掌でゆるゆると扱かれ、それどころではなくなった。淡泊だが不感症で

  はないのでフツーに反応してしまう。寧ろ、慣れていない行為に却って敏感になってしまう。

  ロイエンタールはヤンの下肢を責めつつ、さらに体をズラして、空いた片手でファスナーを降ろしてヤンの臀部を

  ペロンと曝した。足を開いた状態なので、本当にお尻だけ。

  背筋に立ち昇る、ゾクゾク…と悪寒なんだか快楽の熱なんだか、よく分からない感覚にヤンの体は震えだした。肘

  で上体を支えられなくなり、背中を丸めたヤンの額は床に付いた。乱れた呼吸が床から跳ね返り、ひどく熱いのが

  判る。

  いやいやと緩く揺れる黒髪は板張りの床の上で踊った。

  噛み締めた唇から漏れる呻きも、最初の時とはどこか様子が異なっている。快楽を感じているのは明白で、先端か

  ら溢れた雫で手を動かす度に卑猥な水音を奏でていた。

  腹部の柔らかさと痙攣を楽しんでいたロイエンタールの舌と唇は更に下がった。

  「――ぁっ!!?」

  突然掌とは全く違う、柔らかくて熱く濡れたもので包まれ、鋭く走り抜ける強烈な感覚にヤンの背が反り返った。

  「…あぁっ…な…っに…」

  もしかして、もしかして。痺れて思い通りにならない体で恐る恐る原因に視線を下げたヤンは視界に映る光景に愕

  然なった。

  いつの間にか、男の顔を跨ぐと云うとんでもない事態だ。しかも、怜悧な薄い唇は、ヤンには想像もつかないコト

  をしていて、正気の沙汰ではないと赤くなったり青くなったり。

  でも。

  「んぁっ…ぁぁ…っ」

  漏れる悲鳴は細く儚く、甘く熱い。

  一度開いた唇を閉じれず、ヤンは自分の声に更に羞恥を煽られ、全身を熱くさせていた。熱の正体を単なる恥ずか

  しさとは流石のヤンでも言えない。

  …だからって!

  このまま男のいい様に弄ばれていいわけない。必死にダークブラウンの髪を引っ張ろうとするが指に力が入らず、

  さらさらとした髪が指に滑る。クセのある自分の髪とは違った感触を、どこかで気持ちいいかも、と思っている自

  分がいる。トコトン図々しいロイエンタールに対し、ヤンはトコトン暢気だ。

  ロイエンタールはヤンの喘ぐ声を聞きながら、どんどんコトを進めていく。咽頭の奥で強めに吸い上げ、濡れた指

  先を蕾に押し込こんだ。

  「ひ…っ?!」

  強い快楽と、それに相反する感覚。ロイエンタールは口腔内のヤンに執拗な愛撫を施しながら、内部に指を埋めて

  いく。

  「っ…痛ッ…ぁん…ぅっ…」

  ヤンは痛みを訴えるが、それも本当に痛いのか判らない。身の裡を巡る感覚が快楽の熱か苦痛の熱なのか不明瞭で、

  ただ戸惑い体と思考を掻き乱されていく。

  「ぁっ…あ…あ…ぁ…」

  ロイエンタールの右手の指2本は、いつの間にか戸惑いに熱く締め付ける内部を満たしていた。自身に齎される巧

  みな愛撫により言葉のわりに痛みを伴っていないのが、乱れた吐息の熱さで判る。ロイエンタールは掴んでいるヤ

  ンの腰を動かした。体勢上自分で動く事が出来ないからだ。

  「やめっ…やめてくだ…っんん!」

  自由にならない自分の体を勝手に動かされているのだが、まるで自分から動いているような錯覚に陥る。事実、体

  はもっと強い快楽を欲しがっている。それが余計に羞恥心を強めた。

  弱々しいヤンの懇願にロイエンタールの支配欲は高まる。今まで散々袖にされ続けたのだ、その強さは半端ない。

  「あ…っ?!」

  ヤンの腰を高く持ち上げると、名残惜しそうな余韻の声が上がる。

  「望み通り、止めてやったぞ」

  いいながら、舌を尖らせ先端に喰い込ませる。

  「ああ…っ!!」

  そんな強い快楽でも果てないのは三本の指が奥まで貫いたからだ。鋭い快楽と同量の痛みが駆け巡る。快楽と痛み

  が思考と同じく混濁していく。感じているのは快楽か痛みか。ぞくぞくと背筋を這い上がる感覚に床に爪を立てる

  指先はだた震えるばかり。

  決定的な快楽を与えず、ロイエンタールは舌で弄びながら内部を解かしていく。ジレンマに身を蝕まれた体は誘う

  様に腰を揺らめかし、断続的にか細い嗚咽がヤンから漏れた。

  「…ぅ…や…ぁ…あ…っ…ん…」

  支配欲を満たしていく喘ぎを耳に、ロイエンタールは愉悦な笑みを浮かべた。もう意識も自我さえも霞んでいるだ

  ろう。今まで散々不実だ漁色だと親友にボロクソに言われた続けた手管のお陰である。

  ロイエンタールは解かされ淫らに蠢く内部から指を引き抜き、ヤンの脚の間を潜り抜ける。

  「…ロイ…?」

  四つん這いの恰好でヤンはなんとか身を捩り、後ろを顧みる。

  小刻みに体を震わせ、縋るような声に呼ばれロイエンタールの咽頭は大きく鳴る。指に絡む内壁の熱は全身に広ま

  り、既に下肢に蓄積されている。曝された臀部を見つめ、張り詰めた陰茎を取り出す。

  返事がないので、ヤンはもう一度ロイエンタールの名前を不安げに呼んだ。

  その音色は切なさを持ち、ロイエンタールを煽る。すぐさま衝き入れ、指で感じた内壁を自身で思う様に感じたく

  なるのを短い息を吐きなんとか耐える。

  その短い息を耳元で感じ、ヤンは少し肩を竦めた。背中に温もりと重さを与えられている。

  「…俺を呼んで、どうする?」

  陰茎を蕾に宛てがい、睦言の様に低く囁く。

  熱に浮かされた思考に染み込んでいく囁きの意味を理解することが出来ないでいると、再度掌で自身を包まれた。

  「…ん…」

  ゆるゆると扱かれるだけで先程のような快楽を得られない。物足りなさを覚え、ヤンの体は強請る様に揺れる。

  「ヤン…どうして欲しい?」

  ここか?と雫を零す先端に指を軽く喰い込ませる。短く掠れた悲鳴を上げ、ビクビクと痙攣する体に満足げな笑み

  を浮かべ、それともここか?とロイエンタールは囁きながら陰茎を蕾に強く押し付けた。

  「もっ!」

  どうにかして、と叫びたくても咽頭が引き攣り音にならない。

  「言え」

  ロイエンタールは愛撫の手を少し強め、言葉を強要した。ヤンはただ力なく頭を振るだけだった。僅かに残る理性

  が言葉にする事を拒んでいるのか、快楽に縛り付けられ声が出ないのか判らない。

  「言わなければこのままだぞ?」

  耳元を擽る低い声にゾクゾクと背筋が震える。ヤンは無理矢理唾液を飲み込み、何度か荒い呼吸を繰り返した。

  「…ぃ…いき…た…」

  吐息に紛れた小さい声がロイエンタールの嗜虐心に火を灯す。それは如実に陰茎に現れ、先端から先走りに液を溢

  れさせた。

  「ぁ…っ」

  滑る液に蕾は過敏に反応した。期待しているのだろう。蕾の蠢きを先端で感じる。

  「ここだな…」

  満足げに口角を上げ、ロイエンタールはヤンのスラックスを引き落とした。そして両手で薄い腰をしっかりと固定

  し、陰茎をゆっくり捩じ込む。

  「ああっっ!!」

  指とは比べ物にならない熱量と質量にじわりじわりと引き裂かれていく。

  「…ひ…ぅ…っあ…」

  迫り来る痛みとあとを追うそれ以外の感覚。冷たい汗と熱い汗が吹き出る。また痛みと快楽の狭間に落され、苦し

  げにきつく瞑った目元から涙が零れた。

  きつい締め付けにロイエンタールも全身を汗で湿らせていた。先端の一番太い部分を埋めると一旦止まり、片手で

  シャツのボタンを2個外す。そんなものでは熱を逃がすことは出来ない。内壁の収縮は陰茎に絡み付き、これまで

  体を重ねた女とは比較にならないほど魅力的だ。蹂躙し、髪の先きまで支配したくなる。

  「…いいな」

  この体、心まで支配する。ほんの僅かな隙間さえも存在しないくらい総てを独占すれば、餓えたこの体と心はどん

  なに満たされることだろうか。甘美な誘惑はロイエンタールの欲を深め、兇暴な気持ちにさせる。

  「もっと奥に欲しいだろう?」

  返事は内壁の蠢き。

  「っ…ぁ…あ…ぁ…」

  ロイエンタールが腰を進める度に断続的に続く喘ぎには痛み以外も孕んでいた。逸る気持ちを抑え、男は殊更ゆっ

  くり奥を開いていく。

  相当な忍耐を用いたが、それは初めての行為でヤンを傷付けないことと、この行為に恐怖を植え付けない為だ。今

  後の為だ、耐えろ俺!と念じるロイエンタールは筋金入りの自信家だ。

  漸く根元まで埋まる陰茎。太く熱いそれは力強く脈打ち、絶え間なくヤンを責め立てる。

  「…ぅく…ん…っ…」

  下腹部にもう一つの心臓を埋め込まれた感じがする。どちらも破裂しそうで、ヤンの体は這いつくばって逃げよう

  とした。それは僅かに背中が伸びたくらいでロイエンタールは怯える背中の素肌に触れたくなった。軍服を脱がそ

  うとするがヤンの腕は強張っており、少し逡巡したが、次には薄い笑みを口元に浮かべた。内部は少し馴染んだ様

  で、拒む様なきつい締め付けが僅かに緩んでいる。ロイエンタールはしっかりとヤンの上体に腕を回し、勢い良く

  持ち上げ自分の腰に座らせた。

  「ぁ―――ッッ!」

  突然の浮遊感に襲い来る激痛、その衝撃。焦点を失った見開いた黒瞳は視界を変わったことを認識していなかった。

  見えるのは白い光。判るのは、男がより深く奥に辿り着いたこと。

  ロイエンタールは戸惑うヤンの体から衣服を総て脱がせ、項の汗で張り付く黒髪を舐め上げた。そうして自分のシャ

  ツのボタンも全部外した。

  「…あ…ぁ…あ…」

  密着した背後から伸びる男の掌は胸を飾る突起と芯をなくした自身に愛撫を施していく。自分で触っても快楽を感

  じない胸の突起から疼くような痺れを覚え、余計ヤンを混乱させた。

  床にしがみ付いていた指は縋る者を求めて偶然ロイエンタールの腕に縋り付いた。

  「感じてるな」

  耳朶を甘噛みしながら低い声は揶揄いを含んでいる。艦隊指揮するだけではなく、重火器や戦斧を握る指はツンと

  充血した突起の先端を軽く撫で、どこが感じているのか教えた。

  「…ゃ…ちが…っ」

  必死に否定するが力なく揺れる黒髪からは汗の芳香が漂う。冷えたそれは充分ロイエンタールの鼻梁を楽しませた。

  これから熱く熟れた芳香に自分の手で変えていく。その時にはどんな蠱惑の香りになるのか想像すると体の芯まで

  熱くなる。

  「あっぅん…っも…や…め…っ」

  内部の圧迫が増した。既に一杯一杯なのに、これ以上は壊れてしまうとヤンは身を捻るが、男には誘うような仕草

  にしか見えなかった。押え難い愉悦を咽頭の奥から漏らし、ロイエンタールは掌のヤンを確実に昂らせながら、腰

  を動かし始めた。嗚咽のような喘ぎが耳を心地良く刺激する。

  翻弄されいるのは判るが、ヤンにはどうすることも出来ない。

  「ぁっあっああっ!」

  次第にロイエンタールの動きは激しくなり、それに伴い漏れる声は上擦り甲高くなっていく。内部の収縮は男を根

  元から先端まで余すことなく絡め蠢き、昂ったヤンの先端からは快楽の雫が止めどなく溢れ震えている。

  「…そろそろ限界だな」

  それはヤンだけではなかった。互いの快楽を貪ろうとする色違いの双眼は一層妖しく光る。

  「―――――ッッ!!」

  激しい衝き上げに、声にならない悲鳴が書庫の空気を震わし、粘膜と粘液の絡む卑猥な水音が響く。

  「ああぁ――――ッッ!!」

  漸く出た声は感極まった様に一際甲高い。総てが苦痛ではないが、快楽でもない。なのに、爪の先きまで甘い痺れ

  に支配される。内蔵が引き絞られ、それは全身に広がり、ロイエンタールの腕に縋るヤンの指先は爪を立てた。

  「――くっ」

  その痛みは男の理性を奪う引き金となった。

  無意識にロイエンタールは掌のヤンを強く扱き、肺から絞り出されるような短く悲痛な啼き声と同時にヤンは果て

  た。果てる瞬間の凄まじい締め付けにロイエンタールも耐え切れず、ヤンの内部奥深くで弾けた。

  「は…っ…、ぅ…」

  呼吸の落ち着かないヤンの内部は果てた後も蠢き続け、ロイエンタールは促されるまま何度か燻る熱を吐き出した。

  正直ロイエンタールは驚いていた。過去に、具合がイイと評判の女性と関係したこともあるが、こうはならなかっ

  た。心の中で自分に呆れる。カラダは正直だ、と。

  漸く長い息を吐き、快楽の余韻から弛緩したヤンが凭れてきた。密着する肌の湿りる感触とその重みに笑みが浮か

  ぶ。それは満足、というより穏やかなものでロイエンタール自身気付いていなかった。

  「…ヤン…」

  未だ意識はぼんやりとしているのだろう、呼びかけに答えはない。気にせず、その首筋に鼻先を埋め、熱く湿った

  汗の芳香を堪能し、傾いた首筋に口付けを落としていく。

  「…ぁ…」

  何度目かのキスで漏れる小さな声。意識が戻りつつあるのだろう。ヤンの長い前髪を梳上げ、ロイエンタールはヤ

  ンの唇に軽く触れる口付けを落していく。

  激しい行為の後の緩やかな触れ合いが心地良いのだろうか、ヤンは大人しく、享受する様にうっとりと目を閉じて

  いた。

  初めての行為はヤンの総てを根刮ぎ奪うほど激しかった。苦痛もあったが、確かに快楽を得た。少しずつ戻る意識

  の中で、漁色の名は伊達じゃないんだぁ、なんて感想。褒めてるんだか貶してるんだか判らない。

  「っ?!ちょっ!」

  そんな悠長な思考は、内部で昂っていく陰茎にそれどころではなくなった。慌てたヤンは身を捻り腕を突っ張って

  ロイエンタールから離れようとするが、大きな掌に後頭部を押えられ、深く唇を貪られる。

  「ん、ん…っ」

  唾液を乗せた舌に搦め取られ、引き攣る声は咽頭に纏わり付く。抵抗しようにも上下に揺さぶられ、引き始めた熱

  も奥底から揺さぶられる。一度果てたヤンは過敏に反応し、覚えた快楽に素直だった。

  「イイようだな」

  ロイエンタールは肩越しに反応するヤンに視線を集中させ、自信満々に耳元で囁いた。体の一点に刺すような視線

  を感じ、ヤンは耳まで真っ赤になりながら誘うような甘い余韻を引く喘ぎを漏らした。

  「判っただろう?」

  カラダの相性が。

  ネッタリと唾液を含んだ舌で耳を嬲られ、ゾクゾクと悪寒に似た熱が這い上がりヤンの体は震えた。


  憶えていられる記憶はそこまでだった。あとは、深い水底に沈み、囁かれる男の声も蒙昧な表層意識を擦り抜ける

  だけで、答えた記憶もない。

  こんなあからさまで直情的に求められた事はなかったから、もしかしたらどこかで心地良さを覚えたのかもしれな

  い。

  深い、深い水底で、ヤンはそんな事をぼんやり思った。





  ベッドに運ばれたヤンは、疲れ切っているが比較的穏やかな寝息でロイエンタールは啄む口付けを落とし、ヤンの

  横に体を滑り込ませ自分も目を閉じた。

  子供の様に腕の中の温もりを手放さずに。





 

 

 

 


  体が訴える痛みに目を覚ますと、背の高い大きな窓からカーテンの隙間を縫って日の光が降り注がれていた。

  「……………」

  微かに聞こえる小鳥の囀りに朝も早い時間だと気付く。素肌の背中の温もりに、晩生だなんだ云われ続けたヤンで

  も、なにがあったのか今更否定することはしなかった。が、気分は朝の爽やかさとは掛け離れて最悪。身じろぎす

  るのも億劫だったが、なにか予感めいたものがあったのだろう、そばのサイドテーブルにある紙に手を伸ばした。

  瞬きを繰り返しながら、文面に目を通し、愕然。

  「なにこれ…?」

  それは自分の人事書類で下部には自分の署名まであった。多少乱れているが直筆で、記憶のないヤンは混乱した。

  新しい上官の名前がローエングラム伯でますます混乱。

  「お前の人事書類だ」

  返答されるとは思ってもいなかったヤンはビクッと過剰に反応した。その間にもロイエンタールの長い腕がヤンか

  ら書類を奪った。

  「あっちょっと、よく見せて下さいっ!」

  早く破かなくては。ヤンは腕を伸ばすがリーチはロイエンタールの方が長いし、体全体が怠くて伸び上がれない。

  「大事な書類だ。破かれん為に俺が保管してやる」

  これ見よがしにヤンの手が届かない高さでピラピラ。意地が悪い。ヤンは肩越しに恨みを込めて睨むが、ロイエン

  タールは逆に愉快そうだ。朝起きてヤンの体温を感じるのは気分がいいのだ。

  「出府にはまだ早い。もう少し寝ていろ」

  「あっ」

  大事な書類をヤンとは反対側のベッドの脇に落し、ロイエンタールはヤンの体の向きを変えて胸に抱き寄せた。途

  端に鈍い痛みに襲われ、ヤンは顔を顰め、痛みが引くまで大人しくしていた。

  縋る様でロイエンタール的理想な朝だ。このまま自分の温もりでヤンは二度寝で、その寝息を胸に感じれば、もっ

  と満ち足りた気分になれる。

  が。

  ベチッ!とヤンの掌が顔面殴打。不意打ちはなかなか痛い。

  「〜〜っ!おまっ」

  なにすんだ、の前にヤンはロイエンタールの上を乗り上げ、落された書類に手を伸ばした。

  「こんな書類無効ですよっ私はサインした覚えはないんですからね!」

  ヤンにしては強い口調だった。かなりご立腹な様子が窺える。

  ご立腹具合はロイエンタールも負けてない。起き上がり、ヤンも起こして書類を取らせない。

  「お前が選んだんだろうがっ!」

  非人道なロイエンタールは散々啼かせて意識も覚束ないヤンに幕僚入りを迫ったが、やっぱり袖にされた。繋がり

  ながら他の男の名前を呼ぶヤンに理性ブチ切れのケダモノだった。

  「記憶にありません!」

  記憶が残らないほど意識朦朧でラインハルトの方がいいとはっきり言われたロイエンタール。昨夜のケダモノがム

  クムクと起きだす。

  「…では、思い出させてやろう…」

  低く不気味な声にヤンの背に嫌な悪寒が走った。

  「思い出しました。ローエングラム伯の方が貴方よりいいと、自分で選びました」

  全然覚えてないが、かなりヤバそうな雰囲気に、そう言っておこう。

  誤摩化し笑いで後ずさるヤンをロイエンタールは胡散気に睨む。

  「えーと、本当ですよ…?」

  疑わしげな視線に冷や汗なヤンは恐る恐るロイエンタールを見た。

  「では同棲の件も覚えているな?」

  さらに冷や汗を流すヤンをロイエンタールは表情を変えず見下ろした。

  「……えーと…」

  覚えていないヤンは思い出そうとした。私生活が掛かっているのだ、必死にもなるがまるっきり記憶にない。そも

  そも同棲了承の話しはしていないので記憶にある筈がない。もっとも記憶があやふやなヤンに判るわけもなかった。

  かこつけ上等なロイエンタールに罪悪感なし。

  しかし、ないと言ったらどうなるのか。考えると恐ろしいヤンの選択肢は一つしかなかった。

  「 …………あー、はい…」

  脱力を通り越して、絶望。カビとホコリが友達の部屋が懐かしい。

  ていうか、何故か見慣れた壷がある。

  「…あれ…もしかして…え?…ここって、もしかして…」

  ヤンは亡き父の形見の壷を指差し、改めて部屋の中に視線を巡らすと見覚えのある本の背表紙が本棚に並んでいる。

  「お前の部屋だ」

  「………………」

  同棲は既に決定だったのだ。

  「俺の部屋は隣だ。書庫には俺の部屋を通らねば入れん」

  三部屋並んだ部屋はロイエンタールの部屋しか廊下に出るドアがない。昨日使った書庫のドアは既に封鎖させた徹

  底ぶり。

  「…もの凄く強引なんですね…」

  諦めの極致に陥る。

  「惚れただろう?」

  それも男の魅力だと自信家のロイエンタールはヤンの頬に口付け、と思いきや、またもやベチッ!

  「惚れません。いい迷惑です。私の部屋と仰ったんですから出てって下さい」

  「あとでな」

  云うなり、ロイエンタールはベッドにヤンを押し倒した。

  「ちょっ!」

  「もう寝る時間はないが、ネる時間はある」

  「はぁぁ?!」

  同音異義語に呆れと非難とその他諸々のヤンにロイエンタールは咽頭の奥から可笑しそうに笑った。

  伸し掛かる体の笑う振動に胸の奥が擽られたが、ヤンがその事を認めるのはもう少しあとの話。

  今は取り敢えず。


  「お風呂入るから退いて下さい」

 

  ムギュ〜ッと両手で押し退けられる、美しくも迷惑な美丈夫。

 

 

 

  金銀妖瞳、最終的に尻に敷かれること間違いなし!



終。    

 

 

2009/08/06