不可思議なそれは空気に溶け込み、呼吸する度に肺にべったりと張り付いた。

 

 

  「…せん…ぱ…い…」

 

 

  それは躰に纏わり付き、皮膚からも吸収されていった。

  蓄積されたそれは猛毒のように全身を駆け巡るのに、細胞に馴染むかの様に拒否反応は感じられない。そんな自分に吐き気を

  覚えながらも、目を逸らす事も閉じる事はできない。

 

 

  「…ぁ……ゃ…だ…」

 

 

  僅かな抵抗を捩じ伏せられた躰は男のいい様に操られていく。癖のある艶やかな黒髪は鷲掴みにされ、頤を強い力で掴まれ、

  薄く開いた唇に強引に捩じ込む陰茎が犯していく。

  「――――ッ?!」

  ねったり…と唾液の滴る舌が絡み付く温かさを感じ、下肢が重く疼く。自分の躰の変化に信じられないと目を瞠った。そして

  一瞬逸れた場面に再び目を向けると、別の男が背後から犯そうとしている。

 

 

  「…んんっ…ぅ…っ」

 

 

  いやいやと振られる黒い髪の音が耳の裏側から頭に響き、卑猥な音と男達の口から吐き出される下劣な言葉が耳の奥で木霊

  する。

 

 

 

  まるで、自分が犯しているような気がした。

 

 

 

 

 

      パラドックス

 

 

 

 

  咽頭を灼き尽くすほど強い酒を呑んでも、気分は最悪のままだった。それでも時間は普遍で朝はやってくる。

  頭の奥の頭痛を意思で隅に追いやり、キャゼルヌはその日の業務を終わらせた。

  長い廊下には落ちかけた陽が二つの長い人影を作っていた。目に付いたそれにキャゼルヌは視線を上げると、足を止めた。

  壁に背中を預けた細身の身体がつまらなさそうに俯いている。相手はそんな様子を感じ取ることなく、なにか楽し気に口元

  を歪めている。

  「あ、じゃ先輩、失礼します」

  顔を上げたヤンは相手に笑みを浮かべ、小走りでキャゼルヌに向かった。その背中を見ていた男は次にはキャゼルヌを睨み

  付け、舌打ちして去っていった。

  「キャゼルヌ事務次官」

  いつもの茫洋とした笑みにチリリと胸の奥底が灼けるのを感じなから、キャゼルヌはヤンから視線を逸らし、歩き出した。

  「…いいのか?」

  一瞬キョトンとしたがヤンは笑みを深めた。

  「構いませんよ」

  名前も覚えてませんし。

  クスリ…と小さな音は何故が不快感と頭痛を齎し、キャゼルヌは足を速めた。背後に伸びた自分の影に捕まりそうな、そん

  な不気味な感じがしていた。

  ヤンはいつものようになに喰わぬ顔をでついてくる。今日に限って、それが疎ましい。

  「おい、いつまでついてくる気だ…っ」

  苛立った口調にヤンは不思議そうに小首を傾げた。

  「どうしたんですか?」

  クスクス…と楽し気な笑いが頭の奥で反響し、トンネルの中にいるような錯覚を覚える。

  「キャゼルヌ先輩?顔色が悪いですよ?」

  ゆっくりと白い指先が伸びた。触るな、と叫ぶが、渇いた咽頭は張り付き声が出ない。汗が冷たいと頬で感じる。

  その様子に黒い瞳が細められ、あぁ…と溜息のような、納得したような音がキャゼルヌの背筋を震わせる。

  「…やっぱり…」

 

  見てたんですね。

 

  ゾッとした。その声に。

  スルリ…と首に伸びる腕の動きがやけに鮮明に視界に張り付き、ゾワッと襟足の短い毛が逆立つ。

  見開いたキャゼルヌの双眼にゆっくり近付きながら閉じていく黒い瞳を映し、唇にそっと触れる柔らかくしっとりした感触

  を感じる。

  なにをされているか理解したが、意味のないものだった。キャゼルヌの意識はすでに身動きできないほど追い詰められてい

  た。

  耳の奥で、クスクス…と小さな嗤いが聞こえる。最大限の意思を動員し、キャゼルヌはきつく目を閉じ、拒んだ。ふと、瞼

  にふわりとなにかが触れ、無意識に眼を開けた。

 

 

  艶めいた睫毛に縁取られた、濡れた漆黒の闇は嘲笑うかのように誘いの笑み。

 

 

 

 

 

 

  叫ぶほどの餓えに灼かれながら、一方で酷く醒めた自分がいる。嘗てないほど冷静なその部分は、悪魔の囁きとは音として

  囁かれるものなのだろうか、と疑問を持ち、音ではなく文字を象って意識に張り付く、と答えていた。

 

  では、この音は現実なのだろう。

 

  絡む湿った水音は細くキャゼルヌの意識と身体に纏わり付く。

  「…ん…っ…ふぁ…っぅ、あ…ッ!」

  艶やかな喘ぎに、それらは徐々に迫りくるようだ。息苦しさに、息が上がる。荒々しく組み敷いた躰は、そんなキャゼルヌ

  の心情など歯牙にもかけずに、愉し気に快楽に乱れている。

  「――くッ!」

  弄ばれている気がし意趣返しに大して慣らしもせずに強引に陰茎を捩じ込むが、見越していたかのように締め付けられた。

  まるで、諌めるようだ。

  「…はっ…もっと…ゆっくりっ…」

  快楽に顰められた眉に潤んだ黒い瞳は壮絶な色香を醸し出している。なのに、頬は恥じらう様に密やかに染められていた。

  罵ってやりたい気持ちが殺がれ、変わりに言い様のない餓えが沸き上がった。焦燥感とも云うべきか。

  「ヤン…ッ!」

  渇いた咽頭を潤す為に、唇を貪る。喘いでいた唇はキャゼルヌの舌を迎える様に開いた。二つの舌は境界がないほど絡まり

  密着した。キャゼルヌはヤンの口腔を啜り、混じり合った唾液で咽頭を潤す。そのうち、ヤンの腕はしっかりと首にしがみ

  ついて、内壁が促す様に蠢く。

  操られている。醒めた自分が嘆くが、どうにもできない。

  キャゼルヌはヤンの背中を腕に掬い、上半身を起こした。

  重力と体重により、性急ではなく、ゆっくり沈んでいく躰。

  「…あぁ…っ…は…ぁん…」

  細い首筋が仰け反り、鼻にかかった吐息は満足そうだ。望んでいたのだから。

  「…ぅっ…はぁッ…!」

  褒美を与えるかの様に、飲み込んだ陰茎に快楽が齎される。

  湿った内部は畝り、その襞は一つ一つが絡み付き、吸い付く。凄まじい快楽に襲われ、泥沼の中に落ちた気がした。呼吸す

  るのももどかしい。

  理性も本能もなく快楽が支配する。

  「ああッぁんっ、あっあっ!!」

  躰が浮き上がるほど衝き上げられ、そして強く貫かれる。内部の陰茎は荒い息遣いと同じく激しく脈打ち、強い鼓動を感じ

  る。ただ単調に上下に揺すられるだけでなく、捻り、あますことなく掻き回される。指先まで痺れる快楽にヤンは声を抑え

  ることなく甲高く啼いた。

 「んんッイ、イっ!あァっもっ、とっ!!」

  キャゼルヌの動きに合わせる、揺らめく腰。

  慣れた躰だ。本当に自分の知る『ヤン・ウェンリー』なのかと疑問が沸くが、そんな疑問は一瞬にも満たない時間で消え失

  せる。耳に響く吐き気がするほど甘く熟れた声が精神を浸蝕し、陰茎から広がる快楽の熱さに身体が爛れていく。

  それは、気が狂う快楽だった。

  灼ける快楽に陰茎は限界を訴えたが、もっと長く味わいたいと、果てることを拒んでもいる。塞き止められているかのよう

  に逆流する熱に、キャゼルヌの身体は汗を纏っていた。熱くて、逆上せているようだ。それでも、動き続けた。何故だろう

  か。乱れた呼吸を繰り返しながら、考える。

 

  もっと――

  

  ふいに浮かんだ、囁き。

  陶然と喘ぎ、その唇は笑みを象り銀の細い糸を流した。濡れた瞳は吸い込まれるほど黒く艶めき、音もなく嗤う。

  …あぁ、そうか―――。 

  もっと鋭く衝き上げ、もっと激しく穿ち、もっと強い快楽を求めている。欲しいものを与えたら、許されるのだ。

  キャゼルヌは一旦、自身を引き抜きた。そしてヤンを床に俯せにし、腰を高く掲げさせ背後から刺し貫く。

  「―――ッッ!!」

  鋭い切っ先で躰を二つに裂かれる。強い快楽は瞬く間に末端まで響き、床に置かれたヤンの指先が痺れた。

  「ぁ――あッ!!」

  込み上がる快楽に歓びの声はこれまで以上に細く甲高く耳を突き抜け、チリッと痛む顳かみにキャゼルヌは顰めた。自分で

  はないような、兇暴な気分にさせる声だ。それも、望みなのだろうか。

  キャゼルヌは羽織っているだけのヤンのシャツに手を掛け、無理矢理剥ぎ取った。滑らかな背中が快楽に撓り、より煽情的

  だった。なのに、少し震えている様が怯えているようにも見えて、いい気味だと思った。

  「ほら、腰を振ってみろ」

  酷く冷たい声は確かに自分の声である筈なのに、耳に覚えがない。

  「ぅんっ…はっ…あ…あ…ッんンッ!!」

  細い腰を掴み、荒々しく、まるで物を扱う様に乱暴に穿つ。

  堪らないのだろう、ヤンは激しく腰と内部を蠢かした。抉る様に穿てば、背筋を震わせる。内壁は陰茎から溢れる先走りの

  液を吸い上げる様に締め付け、絡む粘膜の水音はひたすら卑猥な音を奏でる。透明なそれは小刻みに震えるヤンの太腿の内

  側の柔らかな肌に何本もの筋を作っている。

  何度も何度も奥を貫く陰茎は時に角度を変え、そして激しさは時に緩み、息をつくと、止める勢いで衝き上げられる。ヤン

  は駆け巡る快楽に酔い痴れた。茹だるような甘い声を漏らし、先端からはトロトロと溢れる雫で床を汚した。

  「あっあぁッ…も…ダメ…ェ…ッ!!」

  掠れた声は酷くねったりとキャゼルヌの耳にこびり付いた。

  漸く得た許しに渾身の力を込めて奥の奥まで穿つ。ヤンの背中が撓り伝う汗までが鮮明にキャゼルヌの視界に映る。悦楽の

  悲鳴が仰け反った咽頭から漏れ響いた。ギュッ!と内壁が陰茎を締め付け蕾はその口を窄めて喰らい付く。

  「くッ!!」

  頭の芯が重く痺れる快楽に、塞き止められた熱を勢いよく吐き出す。それは一度ではなく何度も行われた。果てたヤンは恍

  惚と唇に笑みを薄らと刻み、内部で痙攣する陰茎に合わせて躰を震わせた。

  とても気持ち良さそうで、腹いせに半ば萎えているヤンを掌で擦り上げ、もう片方の掌は触れてもいないのにツンと凝り固

  まった胸の突起を指先で嬲った。すぐに内壁はヒクヒクと妖しく蠢き、揺れる腰に煽られ、キャゼルヌの陰茎はさして時間

  を置かずに硬く昂った。

 

 

 

  泥沼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  使用頻度の低い資材室は、薄らと埃を被っていた。

  時間と共に塵積もったそれと同じ様に、キャゼルヌの中には後悔が積もっていた。

  「………」

  適当な段ボールに腰を落とし、項垂れたキャゼルヌから溜息が漏れる。肉体的にも精神的にもだた疲労が纏わり付いている。

  最悪であった。チラリと指の隙間から覗くと、やけにスッキリとしか感じでシャツを着込むヤンがいて腹が立ってくる。

  こんなつもりではなかった。少々毛色が変わっているが、それでも単に自分の職場で管理する生徒の一人で、懐かれれば可

  愛いくらいだったのだ。

  恨めし気な視線を感じ、ヤンはキャゼルヌを覗き込んだ。

  「キャゼルヌ事務次官?」

  口元の笑みがいっそ清々しいで苛立つ。

  「…それ、やめろ」

  なのにキャゼルヌから出た台詞はまったく違ったものだった。

  「それ?」

  「事務次官、だ」

  立場がはっきり区切られており、意味合いは異なるが、援交が浮かぶ。そんなことを気にする自分を皮肉る気力も沸かない。

  ヤンはおかしそうにクスクス嗤った。

  「じゃ……」

 

  せんぱい…。

 

  秘め事のように耳元でそっと囁かれたそれは、呪いのようにだった。

  キャゼルヌは顔を逸らした。一瞬、昨夜のことが脳裏を過り、厭そうに顔を顰めた。

  「ふん、お前には『先輩』がたくさんいるんだろうな」

  声は驚くほど突き放すものだった。いつもの皮肉とはなにか違っており、キャゼルヌは気不味そうに口元を掌で覆った。

  特に気にした風もなく音もなく口元で嗤い、ヤンはシャツのボタンを留めていく。そして上着の袖に腕を通した。

  「…なんでだ…?」

  布擦れの音だけの部屋が居心地悪く、訊くつもりはなかった問い掛けがつい口を出る。

  「まぁ、いい加減下手なヤツの相手をするのに飽きたんですよ」

  いつもと変わらない穏やかな口調ではあったが、一瞬逸らされた瞳の冷たさにキャゼルヌは何故か罪悪感のようなものを覚

  えた。

  ヤンの躰には昨夜の痕が残っていた。暴走した若い性というには無惨な噛み痕まである。じっと床を見据えるキャゼルに構

  わず、ヤンは身嗜みを整えながら世間話をするように話し続けた。

  「強姦しといて勘違いするなんて、軍人志望の強いヤツに限ってろくでもない人間ばかりで嫌になりますよ」

  ネクタイが上手く結べず、ヤンは面倒くさそうに溜息をつき、一度解いた。キャゼルヌは立ち上がりヤンのネクタイを結ん

  でやった。

  「勘違いさせてるんじゃないのか?」

  「私が、ですか?」

  まさか、とヤンはクスクスと嗤う。

 

 

 

  それは細い鎖が擦れる音に似ていた。

 

 

 

 

終。   

 

 

 

 

 

2010/06/02  

 

 

書いてる最中に浮かんだ、そばかす後輩。バックミュージックはB/zの「未/成/年」でした…(古っ!)

とことんアッテンを幸せにしよう!計画発起。いつ完成するかは、謎です。

(そもそもアッテンの幸せとはなんぞや?紅茶提督に構ってもらってからかわれて終わりの気がする…たんに微笑ましいギャグ?)

 

 

爛れ妄想では、紅茶提督は5歳の時にイタズラ済。なのでタイロンお父さんは誘拐の如く宇宙へ逃避行。

でも乗組員や商談相手のギッシュなおっちゃんにイタズラされたり仕込まれたりの紅茶提督。古美術商にもヤられちゃう。なので、性に対する道徳観なし。

でも強姦は嫌。痛いし服が破かれるから(借金ないだけマシの金欠には服にかける金がもったいなし、ボタン付けが面倒い)