ファースト・ナイト




 

  広く上質のベッドの端に座り、ヤンはボーとしていた。

  心臓は高鳴っているのに、その音はどこか遠くから聴こえてくる。

  …なんか―――

  シャワーを浴びただけなのに逆上せているようだ。

  真っ白いタオル地のバスローブは火照った躰を乾かしてはいるが、どこか未だに濡れている気がする。

  「………」

  チラリ、とシャワーの音が微かに漏れるバスルームのドアに視線を移し、その中にロイエンタールがいることを思い出すと、ヤンは緊張してか、

  俯き、膝に乗せている手を握り締めた。そして、眼を閉じると急に心臓の音が気になりだし、ヤンは落ち着かなかった。

  そうしている間に、金具の小さな音がひっそりと響いた。弾かれた様に顔を上げると、同じバスローブ姿のロイエンタールが湿った髪を掻き上げ

  その色違いの双眼を細めていた。

  「……ぁ」

  緩く身に纏うバスローブから覗く完成された逞しい体躯と自分を映す金銀妖瞳に見蕩れ、ヤンは言葉を失う。

  そんなヤンにロイエンタールの口元は普段とは異なる、柔らかな笑みを描いていた。

  「ヤン…」

  隣に腰を落とし、ヤンのどこか湿りを帯びて薄く染まった頬を掌で包み込む。

  啄む口付けを落とし、ゆっくりと押し倒していく。軽い口付けはどんどん深まり、白いシーツに癖のある黒髪が散りばめられた頃には二人の唇は

  深く重なっていた。

  「…ん…っ…」

  苦し気な吐息がヤンの鼻梁から漏れ、ロイエンタールの口腔を甘い吐息が満たす。それは胸にまで広がり、愛おしさに溺れたロイエンタールはほっ

  そりとした躰を抱き締めた。何度も角度を変えては餓えを満たす為に貪る。それはヤンも同じで、口付けに溺れながら確かな存在である男の首に

  腕を絡めていた。しかし経験値が極端に低いヤンが上手く応えられる筈もなく、口付けに酔った舌はすぐに痺れてしまい、重ねた唇の隙間から透

  明な雫が溢れ出ていた。

  呼吸も覚束ず、近すぎる距離に視界もぼんやりとする。指先まで蕩けてしまったかの様に感覚が遠い。このまま暗闇の中に堕ちてしまうのではな

  いかと、ヤンは必死に重なる温もりに縋り付いた。

  その腕の細かな震えにロイエンタールは愛しさを募らせていた。

  「…ヤン…」

  囁きは濡れた唇を愛撫し、蕩けた唇の甘い吐息は欲を孕む低い音を紡ぐ唇に触れた。まるで強請られているようで、ロイエンタールは口付けを落

  とし、食す様に上唇を吸う。

  「…ぁ…は…っぁ…」

  薄い皮膚で覆われた唇を甘噛みされ、痛みとは異なる疼きにヤンの躰は震えた。駆け巡る血は熱く、思考を圧迫していて、苦し気に眉を寄せてい

  るが濡れた瞳は悩まし気だ。目尻に溜まる涙をそっと吸い上げるが、乾く事はなく濡れたままで、ロイエンタールはヤンの下肢を覆うバスロープ

  を開いた。

  先端から溢れる快楽の雫に熱く濡れたそれは突然の冷たい空気に触れ、驚いた様にヒクリと震え、小さな喘ぎがヤンの唇からも漏れた。

  些細な刺激にも過敏な躰に、こういった行為に慣れていない事が判る。嬉しさが込み上げ、それは如実にロイエンタールの下肢へと凝縮されてい

  く。

  ただ嬉しそうな笑みを浮かべるだけのロイエンタールに、自分ばかりかとヤンは恥ずかしそうに視線を逸らした。そんなヤンの心情を判っている

  かの様に、ロイエンタールは己のバスローブを開き、下肢を押し付けた。

  「…俺もだ」

  まだキスだけなのにな……。

  ぼそり、と耳元で囁かれ、熱く堅い感触にヤンはきつく眼を瞑った。同じ様に、いや、それ以上に反応しているロイエンタールに嬉しくもあり恥

  ずかしくもあった。かといって、どうすれば良いのかなど経験のないヤンには判らず、ギュッとしがみつく事でしか気持ちを伝えられなかった。

  ロイエンタールにはそれだけで充分の様で、唇に薄い笑みを浮かべた。そして、乾きかけた唾液のあとを指で辿り、空いた手は帯を解いていた。

  帯を解かれたバスローブはすぐに乱れ、少し表皮の堅い掌の侵入を許した。鍛えていないヤンの肌は柔らかく、掌で胸を覆うとほんのりとした膨

  らみがある。その頂きには、ぷっくりとした果実が小さく熟れていた。

  「…ぁっ」

  親指の腹で捏ねると小さな声が漏れた。首筋に唇を寄せていたときで、丁度ロイエンタールの耳がすぐ傍で、聞き逃す事はなかった。少しずつ躰

  をズラし、唇は反対側の果実を目指していく。時折、強く吸い上げると、ヤンは息を飲みながらピクピクと体を震わせる。打てば響く反応にロイ

  エンタールは昂揚し、そんな自分自身にも驚いていた。今までは、相手が反応すればするほど醒めるばかりだった。

  …こんな―――

  舌や掌で、吸い付く様なきめ細やかな肌を味わうだけでは足りない。いっそ獣の様に歯を突き立て、柔らかな肌を喰い破り、その血と肉を咽頭で

  味わい、純白の骨をも自分の一部としたいとまで思う。

  触れれば触れるほど、声を聴けば聴くほど、狂わされていく。愛おしく慈しみたいのだと思えば思うほど兇暴な欲望が肥大していき、そんなつも

  りはなかったのだが、気付けば胸の果実に歯を立てていた。

  「あ――ッ!」

  ツキンッとした痛みと共に走り抜ける熱さにヤンは仰け反り、甲高い声を上げた。

  喰い込んだ肉の感触の甘さに意識がいっていたが、過剰な反応に我に気付き己の失態にロイエンタールは顔を上げたが、窺うヤンの表情は陶然と

  していた。薄く開いた唇からは茹だる様な熱い吐息が間断なく溢れ、濡れた瞳は快楽に揺れている。ロイエンタールは心配が杞憂であったと判る

  と鬱血した果実を慰める様にそっと舌を這わせた。

  「…ふぁ…っ…ぁ…あ…っ…」

  ヤンは無意識にむず痒いような痺れから逃れようと身じろぎしたが、揺れる腰にロイエンタールは苦笑した。それでは煽っている様なものだ。

  スルリ…と躰のラインに沿って掌を滑らせ、ロイエンタールはヤンを包んだ。優しく撫でると堪え切れない嬌声が上がり、掌のものはピクピクと

  震える度に先端から雫を溢れさせた。限界がすぐ傍まで来ている証拠だ。

  …少し我慢しろよ。

  内心で呟いたロイエンタールは苦し気な呼吸で忙しなく小刻みに上下するヤンの腹部に唇を滑らせながら、毛足の長い絨毯に膝を付いた。鵐に濡

  れて息衝くヤンを細めた色違いの双眼で愛おし気に眺め、嫌悪も躊躇いもなく、焦らす様にそろり…と舌を這わせる。

  「―――ぁっ!」

  息を詰めた切ない悲鳴と嬉しそうに大きく震えるそれ。

  決壊した様に一気に押し寄せる熱にヤンは身悶え、無意識に逃れようと擦り上がった。ロイエンタールはそれを利用し、一瞬強張った後に力なく

  震えるヤンの片脚をベッドに上げた。そうしてバスローブのポケットに忍ばせていたオイルの蓋を片手て開け、器用に己に指に垂らした。

  容器を捨てると、淡い蕾の襞を滑る指先で愛撫し、同時にねったりと舌を這わせる。

  「んぁ…っ…あ…はっ…ぁ…ん …っ…!」

  解放手前の敏感な躰は違和感をも敏感に感じ果てれず、渦巻く快楽にヤンは喘いだ。熱に圧迫されてた思考は蕩け、霰もない自分の嬌声に気付か

  ず、男の望むままに啼いていた。

  ロイエンタールは尖らせた舌の先端で快楽の雫を涙の様に零れさす小さな窪みを抉り、オイルを纏った指で蕾をも抉り、快楽とそして相反するも

  のも与える。

  感じたことのない強烈な刺激に、躰を駆け巡る熱は最高潮に達しているのに果てる事は叶わず、ヤンは泥沼の様な息苦しさに噎び啼いていた。

  何故、自身を解放する事ができないのか、考える余裕は微塵もない。ロイエンタールの髪に絡めた指は、どうする事もできない苦しみに藻掻き、

  無意識に髪を握り締めていた。

  「―――ッ!」

  引っ張られる痛みを覚えたが、ロイエンタールはヤンを解放しなかった。

  …予想以上にキツいな。

  処女地の内部は侵入者を締め付けている。指だけでこの締め付けならば、到底自分を受け入れる事はできない。かといって、ロイエンタールは諦

  める気はない。指から伝わる襞の蠢きと熱さに彼自身忍耐の限界が近い。

  「…ぅぁ…っ…ひ…っ…」

  やがて喘ぎは胸を切なくさせる嗚咽へと変わる。

  幼い子供を泣かせている様な気になり、ロイエンタールは胸が痛んだ。埋めた指は3本へと増えていたが、今だ奥は解かれていない。狭い肉を指

  で広げ、中指を折り曲げる。

  「あ―――ッ!!」

  指先がなにか小さな痼りの様なものに掠めた途端、ヤンは甲高い嬌声を上げた。かなり強い刺激だったのだろう、背を反らし、柔らかな太腿の肌

  はビクビクと震えた。口腔に銜えたヤンの先端からは勢いよく快楽の雫を溢れさせているのが判る。ロイエンタールは一旦ヤンを離し、ベッドの

  上で力なく震えるヤンを見下ろした。

  過去に経験した事のない激烈な快楽は濡れた瞳を朧にし、戦慄く唇からは怯えた様に震える吐息を繰り返している。

  陶然としている様子に、ロイエンタールの口角が吊り上がる。もう一度、先程掠めた箇所に指先を伸ばし、強く押す。

  「ひ――ッ!!」

  ビクビクと魚の様に跳ねるヤンにロイエンタールは確信した。ココだ。内壁はギュウギュウに締め付け、そして歓喜に蠕動している。指ではなく、

  己自身で貫き、抉ればどうなるのか。想像するだけで咽頭が張り付く様な渇きを訴え、陰茎は早く味わいたいと痛いほどの主張をした。

  …落ち着け。

  逸る心臓の鼓動が耳につき、ロイエンタールは渇いた咽頭に気休めでしかない唾液を飲み込んだ。まず先にイかせてからだ、と自身に言い聞かせ

  る。少しでも強張る躰の力を抜かせないと、ヤンも辛いが自分自身も辛い。名残惜しいが指を抜き、少し擦ればヤンは呆気ないほど簡単に果てた。

  ぐったりと横たわるヤンに啄む口付けを落とし、ロイエンタールはバスローブを脱ぎ捨てた。そしてベッドの中心へと移動するためヤンを抱き上

  げた。

  「……ロ…ィ…」

  緩やかに細い腕が首に絡まり、夢に微睡んでいる様な溜息に紛れて名前を呼ばれるとロイエンタールは我慢の限界だった。

  ヤンに覆い被さり、強く抱きめ、そして咀嚼するようにゆっくりを躰を繋げる。そうしなければ、欲望のまま一気に貫き、手負いの獣の様に激し

  く貪ってしまいそうだった。

  「…あ…あっ…ぁ…っ……っ…」

  太く逞しい腕の温もりと共に引き裂かれる。圧迫感と異物感は先程の比ではない。それでも苦痛よりも別のものが上回っていた。

  満たされる安堵と、切なさ。

  「……ああ……ロ、ィ………」

  言い様のない感情に心と躰が蕩けていく。自我さえもなくなりそうな予感にヤンはロイエンタールを呼んでいた。

  微睡むような静かな声だった。溶けてしまいそうな茫洋とした笑みは、その声と同じく静かな涙を溢れさせていた。

  「………っ」

  ロイエンタールは切なさと愛しさに胸が閊え、ヤンを強く抱き締めた。

  「ヤン…っ…愛してる…っ…!」

  掠れて震える声で何度も繰り返される。それしか言葉を持たない子供が、まるで泣いているかのようだ。

  遠くに聴こえるロイエンタールの声に、ヤンは応えるようにそっと広い背中を撫でた。僅かな震えが伝わり、ヤンの胸奥深くを締め付けた。

  「…愛してます…ロイエンタール…貴方を…愛してます…」

  酷く平坦な、どこか感情のない声だ。なのに、真摯で激しい。

  …これがお前の愛し方なんだな。

  なんて静かなのだろうか。荒れる事のない、温かな深海の中をたゆたっているような気分だ。自由と安らぎに、ロイエンタールはヤンにしがみつ

  いた。

  ずっと、ずっと前から欲しかった。生まれた時から与えられたものは嫌悪と憎しみと哀れみだけで、愛してくれる人の温もりを感じてみたかった。

  なのに手に入るのは勝手な思い込みと独り善がりの独占欲ばかりだった。

  「…ヤン…」

  やっと手に入れた。手放す事など考えられない。



 

  砂漠を流浪する旅人が漸く水を得た様に、餓えて枯渇した魂を満たしていく。



 

  綺麗に張られたシーツは無惨に乱れ、絡まる二つの躰のネッタリと張り付くような熱い空気にシーツは湿気っていた。

  先程までの艶やかで甲高い嬌声は掠れて弱々しく、ヤンは肉体的な限界をすでに超えていた。

  果てては満たさ、そして一瞬後にはまた餓える。荒れ狂う原始の海のような己の激情にロイエンタール自身翻弄され、縋る力もない芯のない人形

  の様なヤンを激しく貪った。狭い内部はロイエンタールで満たされ、律動に合わせて許容を超えた白濁が飛び散る。

  室内の音は息を荒げる男のどこか獣じみた呼吸音と粘り着く卑猥な水音とベッドの軋みがシーツに吸い込まれていく。

  「ぁ―――……っ」

  啼き過ぎて涸れた声に細い首がビクっと仰け反り、力なく震える先端は生理的な快楽の雫を垂らした。

  「―――っ!ヤ…ン…ッ!」

  ズグズグに蕩けた内壁はその瞬間、弱々しく窄まった。何度も果てた敏感な陰茎には充分な刺激で、ロイエンタールは最後の力を振り絞る様に衝

  き上げ、その最奥に再び白濁を注いだ。

  肉体的な限界はロイエンタールも感じていたが、息も絶え絶えのヤンを見下ろし、陶然と酔う潤んだ漆黒の瞳にまた餓えが込み上げてくる。浅ま

  しい自身を自嘲する余裕はなく、乱れた呼吸でからからに渇いた咽頭に無理矢理に僅かばかりの唾液を流し込んだロイエンタールは一旦己を引き

  抜き、ヤンを俯せに返した。

  シーツに顔を埋める体勢にヤンは小さく呻いただけだった。

  …すまんな。

  そんなヤンにほんの少し良心が咎めたが、ぐっしょりと濡れた蕾から溢れ出る卑猥な白濁の雫を目にすれば、咎めた良心も霧散していく。

  ロイエンタールはヤンの腰を引き上げ、果てたばかりで若干芯の鈍い陰茎を強引に埋め込んだ。

  そのままヤンの背に覆い被さり、呼吸を整え、弱々しくもヒク付く内壁から齎される快楽に己が昂るのを待つ。

  「…もっと…お前が欲しい…」

  ロイエンタールの重みに少し眉を顰めただけで、ヤンの意識は殆どなかった。それでも、欲を孕む低い声に、意識が僅かに浮上し、頷く様に緩く

  瞼を閉じた。

  その口元の恍惚とした笑みはロイエンタールを奮い立たせ、泣きたくなるほどの歓びを与えた。


 

  部屋は再び淫蕩の渦へ―――







 

 

  遠くから聴こえる布擦れの音と、躰の中から響く軋む音にヤンは目を覚ました。

  「………」

  細胞の末端まで痺れている気がする。呻き声すら出す事もできないヤンは静かにシーツの波を眺めるしかできなかった。

  「…目が覚めたか」

  その声に導かれるよう、視線を動かすと上半身を起き上がらせたロイエンタールがバスローブを羽織る最中であった。

  逞しく、均等に筋肉の付いた完全な背中には鮮やかな爪痕が残されていた。

  「ヤン…?」

  返事がない事にロイエンタールはヤンを覗き込むが、未だその瞳は朧げで完全に意識が戻っていないようで仕方なさそうに苦笑した。無理もない

  事だ。互いの肌には未だに熱の余韻が張り付き、さほど時間は経っていない。

  不意にヤンの手が持ち上がり、背中の爪痕に触れる。ピリッとした感覚にロイエンタールは驚き、背中を震えさせた。

  「あ…すみま…せ…ん…」

  夢うつつで舌が回っておらず、加えて、声は掠れていた。

  「いい。それより、水を呑むか?」

  少しずつ覚醒している様で、ヤンは反応は鈍いが明確に頷いた。

  水差しからグラスに水を注ぎ、ロイエンタールは自分でそれを含むとヤンに口付けた。ゆっくり、冷たい水が移される。熱く乾いた口腔に満たさ

  れていく。気持ちよく、ヤンはうっとりと目を閉じた。味わう様に飲み込むと、無味な筈なのにどこか鉄が錆びたような味が混じっているのに気

  付いた。

  …あ――

  啼き過ぎた咽頭は酷使された証に血が滲んでいるようだ。途端に己の狂態が思い出され、ヤンは恥ずかしさに居たたまれなくなった。

  「どうした?もう要らないのか?」

  あれだけ嬌声を上げ続ければ、もっと喉が渇いているだろうともう一口水を含んだのだが、何故かヤンはモゾモゾとケットに包まろうとしている

  から、一旦水を飲み込んだロイエンタールは不思議そうに問い掛けた。

  「…いや、要るけど…その…」

  ヤンは痺れて自由の利かない自分の躰に戸惑いながら、モゴモゴと口の中で呟いた。それに口移しは生々しくて恥ずかしい。

  そんな初々しい反応は新鮮で、ロイエンタールは愛しさに色違いに双眼を優しく細め、なんとか起き上がろうとしているヤンに手を貸し、袖を通

  したバスローブをヤンの肩に掛けた。

  「…辛いか?」

  かなり無理を強いた自覚があるロイエンタールはグラスを渡しながら心配気にヤンを覗き込んだ。

  実際、躰は思う様に動かせないが、辛いというよりも痺れて感覚が遠かった。もう少し時間が経てば筋肉痛の様に全身が軋む予想はあるが、今は

  まだ辛いという言葉は当て嵌まらない気がしたヤンは困ったような笑みを浮かべた。

  「まだ、なんとか…。ロイエンタールこそ、コレ…すみませんでした…」

  精神的苦痛や大きな怪我には耐えられるが、こういったちょっとした傷には滅法弱いヤンは幾つもの爪痕が痛々しそうで申し訳なさそうに顔を顰

  めた。

  「こんもの、舐めておけば治る」

  怪我のうちにも入らん、とロイエンタールはどこか嬉しそうに小さく笑い、釣られてヤンも困った様に小さな笑みを零した。

  胸に凭れ掛かっていたヤンがスルリ…とその胸から抜け出し、疲れたから眠いのだろうとロイエンタールは名残惜しいが追わなかった。

  「―――っ!?」

  ねったりと唾液を纏う温かな舌がそっと爪痕に沿って這い、ピリッと背中に痺れが走る。舐めておけば治るとは言ったが、本当に舐められるとは

  思わなかったロイエンタールは驚いた。 

  「あ、痛かったですか?」

  背後から覗き込む心配げな黒い瞳にロイエンタールは笑みを浮かべた。

  「いや、続けてくれ」

  小さく頷いたヤンは猫がミルクを舐める様に舐めた。舌先にほんの少し血の味。思った以上に爪が伸びていたのだろうか。広い背中に沿わせた自

  分の手を見たが、軍人時代の習慣のようなもので、爪は短く切り揃えてある。武骨とは言い難く、ロイエンタールに比べれば貧弱なこの手が、弾

  力のある鍛えた皮膚を裂くほどの力が出るとは、どれだけ行為に夢中になっていたのか。記憶は朧であるが、熱に浮かされた感覚をまざまざと思

  い出し、躰の奥が疼いた。

  「……ん…」

  ヤンは身じぎ、疼きだした下肢を誤摩化した。しかし、一旦疼きだしたものは抑えられず、微かに息が上擦っていく。

  …どうしよう…。

  一度知った快楽を浅ましく求める自分が恥ずかしく、かといって、途中で止めれば不審がられてしまう。どうしたのかと尋ねられても誤摩化す芸

  当は持っていないヤンは疼く下肢を持て余しながら、気を紛らわせる為に無心に舌を這わせた。

  そんなヤンの変化に気付かないロイエンタールではない。薄皮が剥がれ敏感な傷に吹きかけられる湿った吐息の意味に口端が上がる。

  背中にしなだれる重みと密着する肌の温かさ、舌の柔らかさに吐息。時折、悪戯の様に触れる癖のある黒髪。無自覚であろうと、これだけ煽られ

  ればロイエンタールが我慢出来る筈もない。あれほど達したのに、頭を擡げる自身に内心で苦笑せずにはいられない。

  「…ヤン」

  ロイエンタールは腕を後に回し、ヤンの腕を取り、前に持ってくる。

  「コレも、お前のせいだからな」

  欲に濡れた低い声を揶揄う口振りで隠し、ヤンの掌を昂る陰茎に触れさせた。

  「…ぁっ…」

  熱い塊にビクッと反射的に手を引っ込めようとしたが、ロイエンタールに押え付けられた。

  「―――慰めてくれ」

  重ねたヤンの掌を操り、ゆっくり上下に動かす。密着した躰がカッと火照り、耳まで紅く染めているに違いない。そう思うとロイエンタールは愉

  しくなり、掌の速度を次第に速めていく。

  暫く、為すがままであった指先に力が入り、背中にもおずおずと舌が這う。ロイエンタールはヤンの掌を離し、ぎこちなく辿々しい愛撫に身を任

  せた。慣れた手付きではないことが逆に新鮮で、ロイエンタールにとって刺激的だった。

  先端から零れる先走りの雫で擦る度に卑猥な音が漏れる。爪痕を舐めるヤンの舌は唾液に塗れ、いやらしい水音が重なり、二人の耳に張り付いて

  いく。

  思考は水音で圧迫され、下肢の疼きはますます酷くなり、ヤンは無意識に男の背中に下肢を擦り付けていた。

  背中で感じる乱れた呼吸は熱を孕み、漆黒の瞳は濡れて蕩け、陶然と目元を染めていることだろう。唾液とは異なる熱くネッタリとした雫に、求

  められている歓びが下肢に凝縮されていく。ロイエンタールは自身を抑える限界を覚えた。果てるのならば、やはりヤンに包まれて果てたい。狭

  い肉の狭間は誂えた様に何者も入り込む隙間はなく、熱に熟れて溶けた内部は癒着し、襞は意外にも貪欲に吸い付くのだ。温かみのある象牙の肌

  は滑らかで、普段曝されることのない肌は白く、そして刺激に慣れていないせいか過敏だ。強く吸えば吸うほど艶やかな朱華が咲き誇り、ロイエ

  ンタールは数えるのも馬鹿らしくなるほどの執着の証拠を刻み込んでいた。

  「…っ!」

  まざまざと艶やかに乱れた姿態が脳裏を掠めれば、込み上げてくる欲を抑えることができない。

  「あっ!?」

  突然、腕を引かれたヤンは驚き、気付けば上半身をロイエンタールに抱き込まれていた。見上げれば、色違いの双眼が熱く見詰めていた。子供が

  欲しいものを我慢して我慢して、それでも我慢できないと必死に訴えているようだ。

  「………」

  「……………」

  見詰め合っていたのは僅かな時間なのに、二人には酷く停滞した長い時間のような感覚だった。

  困惑気に揺れていた漆黒の瞳は静かに優しく眇められ、少し乾いた感じのする薄い掌が頬を包む。その温もりは、これ以上のない安堵を色違いの

  双眼に与えた。

  近付く唇にヤンは目を閉じて応えた。





  明けない夜はないが、二人の夜明けはもう少し後のこと。




 

 

 

終     




 

 

 

 

 

 

 

 

  その後。


  そんな初夜の惚気話を聞かされたイレギュラーズが面白く思う筈もなく、『それは恋愛初心者に陥りがちなビギナーズラックだッ!』とお父さん

  はカンカンで、恋愛の達人の二人は『初めての男は忘れられない症候群です!!目を醒しなさい!!』『善いも悪いも初体験の提督が判るワケな

  いでしょ!!なんだったら俺が手本をお見せしますよ』(余計な一言を言ったためにキラキラ星の住人はこのあとフルボッコされた)コンピュー

  ターのまた従兄弟は額に青筋立てながら冷静に金銀妖瞳の漁色歴を並べ立て、被保護者は『提督は悪い男に騙されてるんですぅうッ!!』と泣き

  喚いた。


 

  そして『二人が別れた理由』が遥か6250光年の長征を経てヤンの手元に届けられた、とさ。



 

 

 

  ちゃんちゃん♪


    

 

2010/12/07