letter from night  ‐2通目‐



 

 

 

  「お寂しくはございませんか?」


  穏やか日差しは書庫の沈殿した独特の空間を温かく照らしていた。

  ゆっくり進む時間を現すように埃を孕む空気が揺れるのが見える。

  ヤンは室内を見回せるテラスで本を読んでいた。紅茶の香りと共にオーベルシュタイン家の年老いた執事のラーベナルトが佇んでいた。

  部下は上司に似ると云われるように、彼も主に似て完璧なまでの無感情であったが、不思議そうに瞬きするヤンをどこか案じているよう

  に見下ろしていた。

  「…えっと、どうしたんだい?」

  『寂しい』がどこから出てきたのか、ヤンには判らなかった。

  「いえ。主人は帰宅も遅く、休日も書斎に籠る事が多いですので…」

  提出した退職願は受理されず、変わらず重責を担うオーベルシュタインの帰宅は遅く、朝も早い事が多い。自然とヤンは広い食卓で一人

  で食事を摂ることになり、元々少ない食事量が最近少し減った気がして心配していた。

  遅くに帰宅した主人に出過ぎた真似と思いつつも、たまにはどこかに出掛けられては?と提言しても、アレも現状は理解していよう、と

  返されてしまう。

  ラーベナルトはヤンが見つめる、誰もいない書庫に視線を移した。

  この部屋で二人で籠っていたのはいつだったかと記憶を掘り起こす事が必要なほど、擦れ違いが続いている。

  懐かしむような執事にヤンは漸く『寂しい』が『独り』でいることを指している事に気付いた。

  …余計な心配させちゃったかな。

  無感情な表面で、やはり主に似て情深い。

  「私は寂しくないよ」

  「さようでございますか」

  ヤンの笑みは柔らかで穏やかだ。だが彼の杞憂が全て払拭されたわけではないのが、その口調で判った。ヤンは日がな一日なにをするで

  もなくただ本を読んでいるだけだ。

  心配症だなぁと苦笑混じりに呟き、ヤンはおもむろに手にした巻末を開いた。

  「……これ、彼が17歳の時に読んだ本だよ」

  『17』の走り書きをヤンはそっと指先で撫で、書庫を眺める。

  「私の知らない17歳の彼はここで本を読んでいたんだ」

  あのカウチで読んでいたのか。それとも、無意識に歩き回っていたのだろうか。それともこのテラスだろうか。

  穏やかに眇められた静かな黒い煌めきは、今でないなにかを探すように室内を眺めた。

  「私は今の彼しか知らないけど…ここは今の彼を構築する一つでもあるんだ」

  ふと、目を閉じたヤンは困ったような顔で長くなった前髪をクシャリと掻き揚げた。

  「…その…なんて言ったらいいのかな……」

  前髪を後ろに流し、そのまま肩を超えた髪の一房を指先で弄ぶ。必死に言葉を選ぶヤンの目元がほんのり色付いた事をラーベナルトは気

  付いたが、主に似て皺の一つも動かさずに続く言葉を待った。

  「……あのね…ここで彼を辿るのが……楽しいんだ…」

  だから寂しくない、と緩やかな風が年老いた執事へと届けた。身を包む風の温かさにラーベナルトは目を閉じた。

  長い間この広い屋敷に吹く風はなかった。漸く吹き始めた風に肺を満たし、穏やかで温かな空気に胸が震える。淡々と過ぎる往く時間に、

  このまま屋敷と共に朽ち往くだろうと、産まれた時から見守り続けた肉の薄い真っ直ぐに伸びた背中に悟り、彼自身もその末路に是も否

  もなく受け入れてはいた。主に仕えるのが彼の誇りだからだ。

  それでも、閑散とした屋敷には長い年月に渡り降り積もる塵にように寂寥が積もっていたのだ。緩やかな風に舞い上がり、穏やかな陽に

  照らされキラキラと散っていく姿に改めて気付いた。




 

 

     □      □      □




 

 

  夕食を終えたヤンはベッドに潜り込み、ベッドライトの灯の元で本を読んでいた。カチコチと秒を刻む時計を見ると長針と短針が重なり

  あう時間だったが、オーベルシュタインはまだ帰宅していない。

  「………」

  眠りの訪れはまだ来ていないが、明日は早く起きて彼を送ろう、とヤンは何度目かになる努力をする事にした。その努力が実った事はな

  かったが。

  ベッドサイドに本を置き、ライトのスイッチに手を伸ばしたが、途中で止まった。それまで、少し寂し気でもあったヤンの表情が変わる。

  なに閃いた様で、抽き出しの中からビロード張りの四角い箱を取り出した。

  宝石箱の中には、オーベルシュタインには内緒にしている、ヤンにとって大切な物が入っている。

  それを枕元に置き、ライトを消して、箱の表面を指先で何度も撫でながら目を閉じた。

  「………まいったな」

  暫くそうしていたが、逆に眼が冴えてしまった。

  横向きから仰向けに寝返り、漸く見慣れた天井をぼんやりと見つめ、長くなった前髪を掻き揚げ、箱に視線だけ移した。

  「…………」

  不意に、年老いた執事の顔が過った。寂しくないと答えたのは嘘ではなかった。それでも、ふとした瞬間に独りで寝るには広いベッドに

  肌寒さを感じることもある。

  再び横向きに体勢を変えたヤンは箱をそっと開いた。中には二つの珠が宝石のように鎮座していた。

  「……パウル…」

  彼の一部であった義眼。回路が変調をきたし、破棄された物をヤンはこっそり取っておいたのだ。それを手に取り、ひんやりとした表面

  にそっと唇を寄せた。

  「………ぁ」

  オーベルシュタインの冷たい唇のようだ。少し乾いた薄い唇に熱を移すように口付けを交わば、ちゃんと温もりが返ってきた。

  「…………」

  文官のような薄い体付きは、その実、きちんと鍛えていた。無駄な肉はなく、筋肉で引き絞られた体の表面は硬くギスギスした印象が残っ

  ている。

  「…………っ…」

  一つ思い出すとそれが呼び水となり、あの体に触れた感覚やあの体に触れられた感覚が鮮明に浮かんでしまい、躰が疼き出した。

  「……っ…ん…っ…」

  いけないと思いながらも、薄い唇が辿ったように義眼を首筋から鎖骨へと滑らせる。例え様のない感覚に支配されていく。自分を止める

  事が出来ず、ヤンは少し乾いた掌が触れるように、ゆっくり下肢へと手を伸ばした。反応を見せ始めた先端に義眼のツルリとした表面が

  当たると、堪え切れない疼きが走る。

  「……ぁあ…ッ…パ…ゥル…っ…」

  身の裡から沸き上がる熱に浮かされ、ヤンは彼自身を愛撫するように義眼に舌を這わせた。そうしながらも先端から零れた雫で、より滑

  らかになったそれを蕾で口付けると、疼く本能に従い内部へと導く。

  「…ンッ…ぁッ…!」

  それは解されてない蕾に取って痛みを伴っていたが、よりオーベルシュタインを感じるような気がしてヤンは半ば強引に押し込んだ。正

  気の時分では羞恥で身を焦がす程はしたない行為であるが、幸か不幸か、球形である為に正気付くような激痛はなく、身の裡を満たして

  いく快楽のままに没頭していた。

  「…は…ぁ…ッ…ぅ…ん…っ…」

  躰を丸め、内部のそれをもっと奥へと2本の指で埋めていく。無自覚にパジャマの釦を外し、露にした胸の突起に無機な義眼を強く押し

  当てた。硬く凝った突起が潰れ、ジンジンとした快楽にヤンは息を乱した。焦れったい快楽に両の脚が足掻き、シーツを乱していくと供

  にパジャマのズボンと下着が知らずにズレていった。

  「…ぁ…あ…ぁあ…っ…パウ…ル…ゥ…ッ…!」

  トロトロ…と雫を零す自身を義眼で扱くと強烈な快楽に思考を侵され、根元まで埋めた指は激しい抜き差しを繰り返し、とうとうヤンは

  白濁の閃光に歓喜の悲鳴を上げて飲み込まれた。

  グチャグチャと卑猥な水音が鳴り止み、あとには陶然の吐息がベッドに染み込んでいく。

  「………ぁ…はぁ……」

  心地良い倦怠感に包みまれ、乱れたシーツの波を眺めながらウトウトと睫毛が揺れる。徐々に引いていく熱に肌寒さを感じ無意識にケッ

  トを肩まで掛けた。

  「………ん…」

  ふと、首筋にひんやりとしたもの触れ、果てたばかりの過敏な躰はぴくりと震え、ヤンは視線を上げた。薄暗闇の中で、霞んだ視界にぼ

  んやりと白い顔が浮かぶ。

  「……パウル…」

  眠りの見せる夢にヤンはうっとりと笑みを浮かべた。すると、少し乾いた掌で頬を包まれ、ヤンは少し笑った。

  …夢なのに。

  随分とリアルだ。

  頬を一撫でした掌をぼんやりを霞んだ視界で追い、ほんの少し細められた義眼に笑みを返したヤンは眠りへと落ちていく為に目を閉じた。

  視覚が閉じれば、その他の感覚が冴え、聴覚が布擦れの微かな音を拾う。

  なんの音だろうと沈みかけた意識が浮上し、寝ぼけ眼のぼんやりとした視界の中で空事の様に蠢く影を見つめた。優美な曲線を描く銀色

  を、頭の隅で見たことがあるような気がし、ゆっくりと瞬きを繰り返し、その影が人の形をしている事に漸く気が付く。

  「………え?……閣下?」

  未だ夢現なのだろう、上半身を起こしたヤンは見下ろしてくる義眼を茫然を見つめた。

  ベッドに腰を下ろしたオーベルシュタインは義眼を細め、ヤンの頬を撫でるとそのまま肩へと滑らせた。

  「名前で呼んでくれんのか…?」

  肩を押されたヤンは半ば身を捻るように再びベッドへと沈んだ。背中に受けた衝撃に短い声を上げたヤンは頭の中が混乱していた。

  夢でないなら、いつから居たのだろうか?先程の行為を見られたかもしれないと思うと羞恥に全身が焼ける思いだった。

  「あ、あの…っ」

  上手く動かせない腕でベッドに潜り込んでくるオーベルシュタインを必死に止めるが薄暗闇の中でも異彩を放つ義眼にそれ以上の抵抗を

  許されなかった。

  困惑に戦慄く唇を親指の腹で撫でたオーベルシュタインの薄い掌は首筋から鎖骨へと滑り、少しひんやりした唇は反対側の首筋から鎖骨

  へと下がっていった。

  「……ん…っ…ぁ……っ…」

  触れられた箇所が羞恥とは異なる熱を帯びていく。躰の奥へと沈殿していく静かな熱はゆっくりとだが確実に下肢へと流れた。息を乱す

  ヤンの悶える両脚はシーツも乱し、そして思考をも乱していく。

  「ああ―――っ!」

  熱に圧迫され、ぼーとした頭の中で、突然の稲光の様に快楽が走った。充血した胸の果実を滑った舌で潰され、疼く痺れにヤンの背が跳

  ねた。

  その過剰な反応にオーベルシュタインの義眼が、快楽に潤み苦し気に眇められた漆黒の瞳を視界の端に映した。彼はセックスに於いての

  自分の技巧が長けているとは思っていない。なのに、触れるだけでこうも過敏な反応を示すヤンが興味深かった。

  「あっやぁッ!」

  執拗に舌で舐められ、歯で扱かれ、どうにも出来ない快楽にヤンはただ翻弄された。

  ビクビクと細かな痙攣を繰り返す四肢は自然と誘うように脚を開いている。中途半端に擦れ落ちていたヤンの下着とズボンを太腿を撫で

  ながら引き抜いたオーベルシュタインの掌は息衝く蕾へと移動した。そこは快楽の雫に鵐に濡れそぼり、指先で触れると招くように開か

  れた。

  「あッ!」

  侵入した指に、その奥になにがあるのか思い出したヤンは咄嗟に太腿を合わせ、更にオーベルシュタインの腕を掴んでいた。

  「…………」

  ほんの少し細められた義眼にヤンは気不味そうに視線を伏せた。

  「あの、待っ…ッ?!」

  内部にある義眼は元の持ち主であるオーベルシュタインの了承を得ずに保管していたものだ。その存在を知られるのは流石に憚れた。せ

  めて取り出すまでの時間稼ぎをと焦る思考で声に出したが、立てた膝頭を掴まれ力任せに開かれ容赦なく埋められた。

  「―――ぁッ!」

  細く鋭い凶器に貫かれ、内部を探る指先は粘膜を削り、抉るように奥へ進んでいく。こんな風に乱暴にされた事のなかったヤンは混乱し

  ていた。

  「ぃっ…あ…痛っ…だ、め…っまって…待っ…てくださ…っ…」

  荒々しい責め苦にヤンは啼きながら何度も懇願した。オーベルシュタインの腕を押えるヤンの指先は震え、爪を立てる力さえもなかった。

  逃げようにも、ベッドに縫い付けるように膝を押えられ、擦り上がる事も叶わない。

  やがて、指先はその先端に硬いものを探り当てた。

  「…………」

  チロリ、と流れた義眼の凍てついた視線に観念したヤンは啜り泣きのような長い吐息を漏らした。

  僅かに緩んだ隙を見逃さず、オーベルシュタインは奥に在るソレを強引に引き摺り出した。

  「ひぃッ!」

  その衝撃は半端なものでなく、見開いた漆黒の双眼は焦点を失うほどだった。瞬間的に硬直した躰は次の瞬間には弛緩し、虚ろな瞳で発

  作のような呼吸を繰り返した。ヤンは急速に躰が冷えていくのを感じた。

  黙って盗み取った義眼にオーベルシュタインはなにも言ってこない。僅かな時間はヤンに取って途轍もなく長い時間の様に感じられ、取

  り返しのつかない愚行に悔やんだ。あまつさえ、浅ましい行為の道具にしてしまったのだ。

  …どうしよう…。

  嫌われたかもしれない。

  「……す…すいません…」

  泣くのを耐えるかのような震えた細い声だった。自分のそんな声も情けなく、ヤンは静かに涙していた。

  …だって―――

  勿体ないと思ったのだ。それはオーベルシュタインの一部であったものだからだ。

  気不味い沈黙に心臓が痛み、耐え切れずヤンはオーベルシュタインを見上げた。涙の膜で覆われ、歪んだ視界には嬉しそうに細められた

  義眼が映り、ヤンは茫然とした。薄暗闇が見せる都合の良い幻かと思った。

  オーベルシュタインは掌で転がる球体を見つめた。それはかつての自分の一部であった物だ。定期的なメンテナンスを必要とするそれを

  煩わしいと思いこそすれ、愛でる気持ちにはならなかった。だがヤンはそんな自分の一部であっても愛し、求めたのだ。胸の奥から不可

  思議な感覚が滲み出、まるで今産まれたばかりのように心臓が強い鼓動を刻んだ。オーベルシュタインは身の裡から響くそれを堪能する

  ようにゆっくり目を閉じ、静かに長い呼吸をした。そして、ゆっくり義眼を開くと不思議そうに見上げてくるヤンの頬を薄い掌で包んだ。

  「……」

  …温かい。

  オーベルシュタインの掌は少し硬質で、いつもどこか乾いてたが今は熱を帯び、しっとり頬に馴染んだ。切なくなる程の心地良さにヤン

  は深く長い吐息を漏らし、オーベルシュタインの手の甲に掌を重ねた。幻でない事を確かめたかった。

  …熱いな。

  吹きかけられた吐息にオーベルシュタインの口元はほんの僅かに緩んだ。滾々と尽きる事なく滲む不可思議な感情の名前を確かめたかっ

  たが、そんなことも霧散していく。



 

  確かな事は、薄暗闇に包まれた静かな室内が熱い湿りを帯びて深遠の淵へと蕩けていくこと―――




 

 

 

 

 

終      

 



 


 

 

メインが紅茶提督のG慰というアレな感じですが、オベ誕おめでと―――!!……じゃ、また来年(そそくさ)