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ふたつのドッグタック

二十七章、最終章、サイゴン陥落パート3!

脱出者は大使館一階から非常用階段を登り屋上に列を作っている。

大使館内に居る脱出者は一人残らず救出予定だ!

輸送用ヘリも一機が脱出者を乗せている

その間ホーバリング( 空中停止!)して待っている。

門扉に居る護衛兵が門扉の横に付いている

アメリカ合衆国のエンブレムを外し中庭に居た兵士が

星条旗を降ろし小さく畳み持ち帰った!

これでベトナムにおける全ての物が無と化した!

中庭では残っている兵により書類等が焼却処分され

我々は軍が置き去りにした武器を爆破した。

再び私はヘリに乗り込み舞い上がった

心にはなくした戦友たちとの思い出が蘇えったが飛行機雲のように

薄れて行った少しずつだが!

ロータリーをフルスロットルにする、ジャングルを抜けメコン川伝いに

河口を目指す

暫く飛ぶと、いく筋もの川が海に流れ込んでいる! 

少し高度を下げてみる?

すごい三角波が立っている?

( いつか映画で見たサーフインを思い出す!)

高度を上げると目の前に艦隊が見えてきた私の降りる揺り篭は

エンタープライズ空母だ!

艦上の上空でホーバリング待機している他のヘリの横に並ぶ

艦上は脱出して来た人達で

一杯で中々降りる場所が無いのが私の目にも判る!

私への指示は三番目だ他の駆逐艦などにもヘリが脱出して来た人達を

降ろしているのが見える!

私の番が来て甲板にやっと足が付く!

エンジンを切り武器弾薬を降ろす。

預かっていた書類等をパーサー( 事務局長!)に渡す。

私の任務もこの時終わった!

エンタープライズは水の上を滑るように進む

手続きも終わりデッキ( 甲板!)に出ると

船尾から私の乗ってきたへりを皆が束になって海に捨てている?

日本では考えられない事だ!

わたしは翌日バンコクに向かい司令部のドアを叩く!

除隊への申請だ、任期はとっくに切れているのだ!

( 三年の所、倍の六年も居たことになる!)二日後の昼過ぎ

全ての手続きが終了しやっと一般人となる

明日はF14で日本の基地まで送ってくれる約束だ

この外国の空ともさよならだ!

今頃日本では冬だろう?

翌日F14の後方席に搭乗!

ジャングルを旋回し地獄を後にした。

2月23日気ままに更新

最終章!

 

 

 

 

 

 

 

第二十七章、サイゴン陥落

パート2!

彼女の方は幾ら説得しても頑として意思を変えなかった

「 戦争が終わったのだから貴方も除隊して私達と暮らせばいい!」と言ってくれるのだが、そういう訳にも行かない

私たちの部隊は北ベトナム政府軍やポルポト派クメール派

そしてベトコンと呼ばれている

南ベトナム民族解放戦線の間では有名で一時は懸賞金まで付いていた時も

有ったのだ!

そんな私が幾ら終戦とはいえ無事で済むわけがない。

ちょうどそんな時、時間はAM10:30分ズオンバンミン大統領の

ラジオ放送を聴いた

大統領は、無条件降伏を宣言し自軍に武器解除を命じた。

このラジオを聴いた限り戦争犯罪人や南ベトナム政府に

協力した人達に対しても何ら

咎めは無く、安心しろと言うがそんなもの口先だけで、何の保証も無い!

彼女の家を後に私は大使館への路を走る!

彼女とは、ベトナム政府が落ち着き国交が回復したら必ず帰ってくると

約束はしたものの

いつ帰って来られるか判らない。

ジープを走らせていると

人の群れは行列を作り国道をカンボジアに向って歩いている

私が大使館に着いたのは、11:40分頃だった!

大使館に着くと戦友が「 北ベトナム軍は、どうやら降伏を受け入れなかったようだ!」と教えてくれる。

アメリカ大使館の門扉には、現地人や華僑その他一般人も

沖の戦艦にて脱出を希望を意思表示しパスポートを片手に

海兵隊員達とやり取りしているが、米国政府の許可証が

無い限り大使館内に入れて貰えず! 

その結果沖の戦艦にも乗れないのだ!

大使館の屋上から脱出出来る人達は、殆んどが米国に協力した要人と

その家族が主だ。

南ベトナム政府軍の要職に就いていた人達はいち早く

情報を捕らえ脱出している

この脱出劇に順位をつけるとしたなら

一位は南ベトナム政府軍の将軍達! 二位南ベトナム政府要人達

三位各国の商社員達、四位軍関係商社員

五位アメリカ軍協力者の順

になる! 

こんな時は幾ら金を詰まれても何の役にも立たない。

商売人らしい男と、門扉に立っている兵隊とのやり取りを何度か

目撃しているが、

一護衛兵に何の権限も無く、私としても見て見らぬふりをする。

門扉には三人の兵が護衛についている、そしてもう一人の兵隊が

パスポートと見比べている

2月11日気ままに更新

次回2月21日更新予定!

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)!

第、二十七章、サイゴン陥落!

1975年4月30日、北ベトナム軍は4月29日未明

タンソンニュット空港を砲撃!

この砲撃から約30時間の猶予をヘリで脱出する米国人を始め外国人に与えた。

タンソンニュットの基地からは、ウイスキージョーの暗号無線が飛び交い

交信不能になる

残留兵が仲間に呼び掛けているのか全く通信できない。

このとき我々特殊部隊の兵隊はビエンホアやスアンロクに

残っている米国軍の武器弾薬を

積み込み残された武器弾薬については、全て破壊を命じられていた。

それと要人の護衛も兼ねヘリでアメリカ大使館まで送り届ける

命令を受けている

アメリカ大使館に着くまでの市街地はパニックが起きていた街中に

脱走兵やスーツケースや合財袋をぶらさげた脱出志願者が溢れていた

それを押し分けて家財道具を満載した

自家用車やモーターバイクが走り回っていた。

人々は子供の手を引きカンボジアへの道を進む人々の列が長く連なり

上空から見ると蟻の行列のように見えた、大使館の屋上に着くと

アメリカ大使官邸入り口ゲートはヘリで

沖の米戦艦に辿り着こうとするベトナム人の群集に取り巻かれていた。

私が中庭にヘリを着陸させた頃はアメリカ大使館の屋上から脱出する

人達が長蛇の列を

なしていた

( こんな時こそエアーアメリカが協力するべきだと思う?

エアーアメリカは

CIAの経営する会社で主として東南アジアの紛争地での物資輸送に当るのが表向きの仕事だが、武器弾薬からジープ兵員まで含まれている

物資の輸送?それも地方への空輸

私たちが聞いた話では麻薬等の空輸にも関わっていたと言うそんな彼等は

大型輸送機もかなりの数持っていたのも事実だったのだが!)

ヘリを置いて私は陸軍のジープを借りフアングーラオストリート

( 通り!)に向って走り出した。 

人々の群れとは逆の方向に車を走らせている!

走行は楽な筈なのだが、サイゴン川沿の遊歩道は何万人という人で

埋め尽くされ車を

運転していても中々思うように進まなく腕の時計を見ながら苛々していた。

彼女の家に着いたのは大使館を出てから一時間も経っていた!

彼女の家に着くと車のクラクションを二度鳴らした

( これは私と彼女の合図! )

すると、二回の窓からアオザイを着た彼女が顔を出し

「 今帰ってきたの? 」と何も無かったような顔をしている。

( 脱出の準備は出来ているかい? )と聞くと

すると

彼女は「 私はここでこのベトナムで生まれ育ったのだから死ぬときも

このベトナムで死ぬ!」と言うのだ?

彼女の兄弟達も同じ考えらしい!

家には叔父さん父母の兄である伯父さんの家族も彼女の家に集まっていた。

私は私が彼女と半同棲していた事が北ベトナム政府下になると

立場が悪くなるのではないかと心配していたのだが

そんな私の心を読んだかのように伯父さんと言う人の良さそうな爺さんが

私に耳打ちした。

その爺さんが言うには「 彼女と彼女達の事は心配しなくて良い!」と

言ってくれ!

「 もう直ぐ北の政府軍下に置かれ政府も変るが私が太鼓判を押す!」

この人の良さそうな爺さんは、{ ホアハオ教 }の最高幹部で

クメール人民民族解放戦線の中心人物でラナリット派やクメールセリカ

そしてアンカー( 中央及び地方の革命組織!)等にも顔が利くと言う

つまり私とこの人の良さそうな爺さんとは敵になる訳で、

そう思うと何だか人の良さそうな爺さんが

残酷なベトコンに見えてくる!

1月29日気ままに更新

次回2月11日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第二十六章、十二人脱出!

パート4、

トラックは悪路を只走る七キロ位走った頃だっただろうか?

道路の前を三人の

敵兵が銃を下げ歩いている始めはやり過ごす予定だったのだが

三人の中の一人が運転者の顔を見てしまい荷台から掃射した。

後部荷台は幌がしてあるのでその点は楽だが

敵もまさか自分達の後方から米兵が自分達のトラックに乗って走ってるとは

思っても見なかっただろう?

途中トラックが故障してしまい歩きになる

「 全員持ち弾の確認をしてくれ! 」

全員自分の弾の確認をする、そして口々に持ち弾数を告げる

聞いていると私が一番少ない玄が、M16のカートリッジ( 弾倉!)を

四本私の目の前に差し出す「 サンキュー 」

弾帯に差し込む、此処から林の中までは殆んど田園地帯だ! 

姿を隠す場所が無い

そのとき私の耳に聞こえたのはヒューイヘリのロータリーの音だった!

少しずつロータリーの音が大きくなり豆粒大に機体が見えてきた

一分も経たない内に

ボデイ( 機体!)のマークが確認出来た、サーベルクロス空の騎兵隊だ

敵兵の潜んでいるジャングルに機銃掃射している

ボデイマークからホーキンス大尉の機が確認できる

この時ばかりは涙が出るほど嬉しかった「 さあ〜行こう国に帰るんだ 」

傷ついた戦友の腕を取り地上スレスレでホバリング( 空中停止!)しているヘリへ向かう

時々敵からの銃弾が泥しぶきを上げるホバリング( 空中停止!)している

へりの両サイド

からは固定式M60が重い音を発て弾丸を吐き出している、

私は救出兵の腕を取り肩を貸してヘリに向かい走る

肩を貸しているのでジグザグ走行は無理、後は運を天に任せるしかない。

ヘリに辿り着いた私は、救出兵をヘリに放り込み

戦友達の救出に向かう負傷者を乗せた

へりは飛び去る、最後に残った我々も次々とヘリに乗った頃は

美しい夕焼けの空が広がっていた。

ヘリの中で負傷したフランクの足を血止めする、弾丸は貫通しているので

血止めだけでOKだろう?

医療キットの缶を開け痛み止めのモルヒネを注射する。

注射が効いてきたのかフランクは笑っていた。

1月15日きままに更新

次回1月26日更新予定!

 

 

 

 

 

 

第二十六章、十二人脱出!

パート3!

「 生き残っている者の名を言え!」フランクの声を聞く?

皆それぞれに名前を叫ぶ

我々の部隊は七人、二人殺られ残り十人になる「 又一人殺られたぞ〜!」 

「 誰だ!」

「 しらねえよ?」「 お〜い、こっちに来て見ろトラックがあるぞ〜 !」

誰か知らないが

気安く言ってくれるが私はまだ戦っている「 まだ三人ほど居るんだ!」

「 OKそっちへ行くからな!」

私も40ミリ弾を使ってしまい今はM16ライフルで応戦している

フランクが私の横に来る「 援護してやるから敵の側面に出て

狙撃してくれ! 」

「 OK 」身を屈め這い出す!建物の横を通り坂を少し上がり

樹の後ろに回る!

木にロープをかけ輪を作りその中に銃身を入れ銃身を固定する!

「 これでブレが無い! 」敵の兵達が見える三人だ!

狙いを定め二発ずつ見舞う!

撃ち終わると直ぐ弾倉を取り替える、弾倉内には二〜三発弾が残っている

計算だが?

新しい弾倉と取り替える薬室には、一発入っているだろうし

レバーを起こす必要は無い

フランクにOKサインを出す、其の時耳の横をビュ〜ンと風を切る!

その後後頭部が熱くなり手をやると血が出ているどうやら弾丸が後頭部を

かすったようだ少し目まいがする、膝からガクッと折れる

「 敵の狙撃兵だマイクが殺られた〜 」と

誰かの声がする、そんな声を遠くに聞こえ意識が無くなる!

 気が付いたのは敵の小屋の中だった「 助かったのか? 」

「 弾がかすって出血したのさ! 」「 何時間位寝ていた? 」

「 三十分位かな? 」頭は布を巻いている「 敵の狙撃兵は? 」

「 勿論、殺つたさ、玄が殺つてくれた 」

( 玄と言う奴は韓国兵猛韓隊の生き残りだが改めて合衆国

特殊部隊へ入隊した少し変った奴!

)玄が私の横で座ったまま笑っていた

皆心配してくれたらしい

「 今敵のトラックを直している、直ったら出発だ! 」

十五分ほどしてトラックが小屋に入ってくる早くしないと敵がやってくる

残り全員トラックに乗り込み西へ向かう

フランクによると我々を救助すべくヘリが

こちらに向っていると言う救出地点は此処から五キロの地点

今走っている道は

一本道で敵に遭遇する可能性は大きいでも、一か八か突破するしかない

敵の大部隊に出食わしたらどうしょうもないが

その時はありったけの弾を食らわせてやる。

1月3日気ままに更新

次回1月15日更新予定!

 

 

 

 

 

 

第二十六章、十二人脱出!

パート2、

名も無い塀の死体をそのままにして我々は脱出を急ぐ! 

途中下流の方から爆発音が聞こえてくる、敵は近い!

ジャングルをやっとの思いで出る

葦の林の中に入る、ちょうど葦の草が長く敵からは見えないだろう

少しの間小休止する。

フランクがコンパスを出し地図を見ている

「 もう少し行くと部落がある!」

「 もう敵の手中に入っているんじゃあないか?」 

「 そうかもしれんがその部落を通り過ぎてから救助を要請しようと

思っている!」 「 今じゃ駄目なのか?」 

「 敵が無線を傍受しているだろうからな位置が判れば敵が

押し寄せてくるだろうし急いだほうが良いな!」

葦の林を抜けると地図通りに小さな部落があった

我々は村外れの丘から村を見ている

「 少し静か過ぎるな様子がおかしい?

農作業に出ている農夫たちの姿が全く見えない、罠の臭いがする!」

以前私は同じような体験をした事がある完全な待ち伏せだ!

今回も同じような臭いがする

「 一応様子を見に行くか?」 身を屈めながら前進する

「 ストップ!」

フランクの合図で前方を見ると敵が何人も居る!

私はライフルの弾倉を確かめる!

 此処まで来たら引き返す余裕は無い!

何人居るか判らないが全滅させなければ我々が生き残る可能性は無い!

ボウガンを組み立て見張りの兵を続けざま二人殺る

小屋の前に立つ兵をナイフで倒す

小屋の裏には重機関銃が備え付けられていて敵兵が二人立っている。

その兵隊をフランクが倒す

私が小屋の取っ手に手をつけ様としていた所で敵兵が森のほうから帰って来た

私の攻撃反射が少し遅れたように思った其の時

味方の兵がライフルを乱射!

その音で戦闘開始となった、私は思わず小屋の中へ飛び込む

小屋の中に一人居た!

飛び込みながらライフルを乱射!

 敵は集中弾を全身に受け吹っ飛ぶ、銃はフルオートに

しているので止まらなかった。

小屋に敵が居ないのを確かめ小屋を出る、向こうでは応戦の最中!

銃を肩に掛け

40ミリグレネードランチャーの付いたM16ライフルを構える

40ミリ弾を装填する、フランク達が応戦している側へ行き

40ミリ弾を発射する

直ぐ近くなのでほとんど水平撃ちだ

救出した兵隊達も私達より少し離れた所で応戦しているらしいAK47突撃銃では無い音がしている!

敵も中々にひるまない?

手前の小屋が邪魔になるので40ミリ弾で吹っ飛ばす

小さな小屋など一発あれば?

十分だ!粉々に吹き飛ぶ、敵は慌てて逃げ隠れする

そこを狙い撃つ!

12月23日気ままに更新

次回1月3日更新予定!

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)!

第、二十六章、十二人脱出!

後から追ってくる敵を倒すにも効果がある

それと敵との距離を知るためにも都合が良い

ヘンリーは手馴れているのか一箇所仕掛けるのに五分も掛からない

小枝を使い草や糸を使う全部脱出しながら使う積もりのようだ。

キット敵もあわてるだろう?

残り十二人しかいないが、とにかく此処から脱出しなければならない

又泥沼に足を踏み入れる、この泥沼を少し歩かなければならないが

この辺りは膝位しか水深は無い

少し歩きにくいが水音を立てないように注意する

足場の良い所でジャングルに入る!

皆に手を貸してやる全員上がり切った時

対岸の

ジャングルよりタタタタタとAK47突撃銃の音がする!

それと同時にバシバシバシバシと泥水が上がる!

「 敵に発見された!」

私はM16の下部に付いている40ミリグレネードランチャーに

弾を込め発射する

一発目はまだ遠い、二発目はもう少し、三発目この角度だ! 

後は左右に振り撃ちだ

他の奴等も応戦している、敵の数は多い

( 私はいまだと思うように40ミリ弾を発射

する、少しでも早く40ミリ弾を使い楽になりたかったので

あるそれ位重いのだ!)

フランクの合図で攻撃を止めた頃弾帯を見ると片一方の弾帯の40ミリ弾を

使い果たしていた( 十二発、発射した計算になる!)

でも、もう十二発残っているのだ! 

敵はくたばったのか、もう一発も撃ってこなかった?

敵の生死等確認する間も無く又前進しょうと思った途端!

直ぐ近くの土が舞い上がる?

敵がまだ残っていたようだ「 いや、新たな奴だ!」

今度は自分の銃で打ち返す、敵のヘルメットしか見えない!

でもヘルメットを狙い撃ちする! 手応えがある!

やはり私の思った通り敵は顎紐をしていたらしい多分首の骨が折れただろう

まだ敵が残っている! 

途切れ途切れに単発的に撃ってくる

早く片付け無いと次から次へと敵は来る。

どうやら時間稼ぎをしているようだ、一人泥川の中に身を潜め

忍び寄っていく奴が居る

我々は援護する!

彼は水面を泳ぐ蛇のように敵に忍び寄っていく敵の直ぐ近くまで行って

手榴弾を投げつけた爆音とともに敵が吹っ飛んだのが見えた

忍び寄っていった兵は水の上を這う蛇のように帰ってくる

「 どうやら暫くは大丈夫のようだ早く出発しょう!」

「 待ってくれ、誰かやられている?」

 見ると名も知らない兵が顔に一発喰らっている

「 早くしないと次は自分達の番だぜ!」

12月6日気ままに更新

次回12月23日更新予定!

 

 

 

 

第二十五章、ホーキンス大尉

パート4!

数時間水の中を歩いていると必ず尿意を催すがこれは

絶対だめだ( 小便の際尿道が開いているので放尿中でも

雑菌が入ってくるのだ!)

誰かが泥の中に倒れた、寄って行って顔を見るリチャードだ

胸に一発喰らっている

「 敵の狙撃兵が居るぞ〜!」全員散開!

私も林の中に飛び込み狙撃兵を探す

ライフルケースから愛用のマクマラン35・5口径を取り出し

スターダストスコープを装着する

フアインダーを覗き敵の姿を追う

( この頃私達前線の兵隊達が噂していた北ベトナム兵イーグルアイ

この名前が浮かび上がってきた!)耳を澄ましていると小さな音が聞こえる、かなり遠くでマガジンを装填する音だ!

距離はかなりあるようだが

敵が狙撃出来た距離だ自分に不可能な距離ではないだろう

それに私には名の通った名門の銃狙撃銃マクマランがある。

小さな爆発音のあと又一人撃たれた!

フランクがレンジファインダー( 距離計兼用照準スコープ!)を取り出し

射撃方向を覗く「 敵は腕が良いぞ!五百メートルの距離に居る!」

私もスコープを修正する

私のスコープ内に姿を浮かび上がらせる!

狙いは頭だ私にしてみれば五百の距離は難しい距離ではないが

この場所では樹木が

邪魔をする( 此処からでは駄目だ場所を替わってくれ!)

フランクと場所を替わり狙いを付ける、スコープ内に姿を見付け引き金を絞る敵は二人

一発ずつ頭部に命中!

リチャードの死体からリユッを外す食料を持っていた

リチャードのリユックは重く体と

心にずっしり響く死体はそのままにしてこの場から去る!

味方の居る場所は近い

つい先ほど狙撃した敵が樹上から落ちたのか泥の上に浮いている念の為

ライフルM16を

腰だめにして一発頭部に見舞う水しぶきをあげ頭が砕ける茶色い

泥水の中に

赤い血が広がる( 色彩的には美しい!)ヒルが血を求めて

身体をくねらせ寄って来ている。

敵の死体よりヒルを見ているほうがゾ〜ッとする

少し歩くと泥沼の中にポッカリ陸地の様な所があり大きな岩が

何十にも重なっている場所が見える! 

どうやら目的地らしいが急に現れれば我々が撃たれ同士打ちにもなりかねない、フランクが無線を取り暗号で話す。

岩の向こうから声が聞こえる! どうやら生きているらしい

「今からそこへ行く!撃つな!」全員周囲に注意しながら前進する。

隠れている所は岩と岩の間に出来た空洞、中を見ると五人しか居ない?

「これだけか?後の奴は?」「全員やられてしまった

我々はもう四日間何も食べていないあれから少しずつ移動して

ここを見付けた、幸な事にこの場所は敵に発見されていない」

食料リュックを降ろし兵隊に分け与える!「缶詰だが肉もある」

我々も今の内に腹ごしらえをする、食料を片付け無いと荷物が片付かない

食事をしながら弾薬を配る

「どうしてこうなったんだい?」 

「ヘリで脱出中ミサイルで撃墜されどうにか不時着したが敵の真っ只中だ

ヘリから脱出時無線機も持ち出したのだが

昨日の戦闘で

弾丸が当り駄目になった、君達が来てくれなかったら死ぬ所だったよ!」

「脱出貯めの突破口は? 来た泥川を引き返すのか?」

「いや、敵が多いし川中には地雷を撒いてきた」「どう脱出する?」

「ここを抜けて高地へ出る西だ!全員弾薬はなるべく

残さず持っていってくれ、これから先も敵中だ、敵の中を横切る!]

私も持てるだけの弾薬を持つ、弾帯に二十六本、ベルトに十本差込みリチャードが持っていた四十ミリグレネードランチャーライフルと

40ミリ手榴弾弾帯を胸にクロスに吊る!

かなり重い!「さあ〜出発だ!」

これから先は敵よりも早く見付けないと勝算は無い!

しんがりは私とフランク、一番最後尾はヘンリー、残っている爆薬を

個々に仕掛けるらしい、我々としても残った爆薬を敵の為に残して行くより

敵を殺すために使った方がグッド

11月27日気ままに更新

次回12月6日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第二十五章、ホーキンス大尉

パート3!

暫く進むと流れも止まり広い沼地に出る、至る所に死体が浮いている!

どの死体も身体にガスが溜まりかなり膨らんでいる!

敵は近い!

私は銃を水に濡らさぬよう、ちょうど万歳の格好をしている

動きが取れにくい!

泥が足に纏わり付きたまに大きな魚の様な物が足にゴッンと当る!

其の時ド〜ンと腹を刺す爆発音が下流のほうから聞こえる、

敵が地雷を踏んだようだ!

 音からすると近い! 早足で上流を目指す!

もう一度爆発音!二度三度、敵もかなりあわてているだろう?

地雷を撒きながら進んでいるのはリチャードだ!

先頭だった私は岸に上がる、ここで敵を倒さないと前に進めない!

フランク達は反対岸へ散開している。

背中の荷を降ろし身構える!

グレネードランチャーM16を持ったヘンリーと

( ヘンリーは別隊の兵隊だが自らの部隊は全滅し私たちの部隊へ

入隊した中々の兵( つわもの!)

リチャードが私の横に来て身体を伏せる!

 後の奴等はまだ泥川から上がっていない!

「早くしろ!」と声がする最後尾の兵が岸に上がるのを見届けて

狙いを下流に向ける

少しすると下流のほうから人の気配がしてくる

人数が次第にわかる!

フランクの手合図で一斉射撃の攻撃!

敵が五十メートル射程に入るフランクの手が下りる

狙いを定めて引き金を絞る!

水しぶきが上がる! 

敵は逃げ回っているが足元が悪く思うように動けないで居るので

まるで射的場の人形のように狙いやすく敵はスコープの中から消える!

フランクの合図で攻撃を止めた頃川に立っている敵は一人も居なくなっていた

全員殺したようだ全部で何人居たか数も判らない。

ふと気付くと、足がチクッと痛い

ブーツを脱ぐと大きなヒルが足に喰らい付いている

ブーツの中などに入る所など無いのにヒルは血を吸って膨れている!

まるで握り寿司位になっている

腰からナイフを抜きヒルをそぎ取りタバコに火を付け

二〜三服吸いヒルの吸い跡に押し付け消毒する。

フランク達もヒルに吸われたらしく体から落としていた! 

とんでもない沼地だ。

一分でも早く脱出したいものだ、ソロソロ味方が待っている地点なのだが?

フランクが無線を取り出し連絡を取っているが

一方通行で彼等からの連絡は無い!

バッテリーが切れたのかも判らない、とにかく支持された地点へ急ぐ!

距離は無いのだが地形が悪く思ったように進まない

其の時斜め後方より敵の姿が見えた

思わず掃射する、敵はのけぞり倒れる空の弾倉を落とし

新しい弾倉を入れ替える

敵は三人「 この分だと敵はうじゃうじゃ居るな!」

この辺りも雨期になると大水で川が氾濫するのだろうが

今期は水が無く泥池になっている時々魚や鯰が横からヌルリと出て来るが

人間の姿を見ると慌てて又潜り込む!

次第に泥も腰位しかなくなり割と浅くなってきた

下着の中までグショグショだ

早く着替えしたいところだが無理だ!

11月15日気ままに更新

次回11月27日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十五章、ホーキンス大尉

パート2!

捕虜になるのは米国兵だが、その米国兵の中にあって

我々は捕虜になる時は無いだろう

我々が捕虜になる時は死ぬ時だと常ずね思っている。

私はいつも胸のポケットに青酸とストリキニーネのカプセルを携帯している!

なるべく使わないようにしたいが

これを飲むと( カプセルを外してだが!)一分も経たない内に死ねる

腹を撃たれ腸がはみ出している、そして足が吹っ飛んでいる

味方からは離れ敵に発見されればバン刀で串刺しにされる!

そんな殺され方より自ら死を選ぶ方が良い

以前敵によって倒された米兵を見たが敵は

装備している武器弾薬だけじゃあなく服、靴、時計等全ての

物品を取上げて行く後に残されたのは死体だけだった!

そうなるとみじめだ、私としては地獄の閻魔様にも恥ずかしくて会えない。 

それだけは許して欲しいと思っているが、そんな事は敵には通じないだろう? アレコレ考えているとどうやら着陸地点!

( 着陸地点というより今回は目標地点と言った方が正解だろう?)

下は霧雨のような雨が降っている、その方が音が消せるし発見されにくい

我々にとっては好都合だ!

四機のヒューイは一機ずつジャングルの方向を向いている

時計の針のように?

たとえば十二時、三時、六時、九時といった具合だ

これなら機首の下に二十ミリバルカン砲と、7・62ミリ機関銃が付いていて機上には左右一丁ずつ機関銃M60が狙っている

敵への対応としては抜群だろう! 

だが早く武器を降ろし隊を整えなければならない

武器弾薬を降ろし終わると早足にヘリは飛び去ってしまった。

我々はすぐさまペアになり武器弾薬をジャングルの方へ持ち込む!

ここからだと救助を待っている兵達との距離はそんなに遠くない!

敵にもヘリのロータリーの音は聞こえているだろうし

何時襲って来ても良いように

戦闘体勢を作る、作りながら手分けして弾薬と食料をリックに入れ

背に担いでいる

それ程の負担は無いが、敵に遭遇すると少し厄介だ

私はライフルの銃口にナイロン

袋とゴムで( 槌や雨から守るため!)カバーをした。

背に担いだ荷が食い込む、一時間も歩くと川に出た!

今度葉川伝いに上流を目指し進む

敵が我々の後を付けて来る事を想定して水中に小型地雷をばら撒く

かなりの量だ

脱出時、我々はこの路を使用しないので、遠慮なくばら撒くまるで

荷を少しでも

軽くするように捨てるように巻く、 このマイン( 地雷!)はかなりの

小型でドラ焼きをまだ小さくした位だ!

11月2日気ままに更新

次回11月15日更新予定!

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)!

第二十五章、ホーキンス大尉!

降下するにしても滅多な所には降りられない

慎重に作戦を考えるでもそんな事は、

フランク達上官が考える事で、リチャードと共に兵舎の外へ出る!

タバコをくゆらせながらリチャードが「 今度はヤバイな!」 

( 何時もだろう?)

「 お守りを持っていかないといけねえなあ〜!」

( そんなもの持っていたっけ?)

「 いつも持っているさ!」 アレコレ話しをしていると

フランク達が出てきたが一応に

難しい顔をしている?

新人を加えた十二人編成にて救出に向かう

今回は足場も悪くヘリも着陸出来ないが

残された兵を救出しなければならない

この際ホバリング( 空中停止!)して救助は出来ない、それこそ敵の思う壺!ミサイルを見舞ってくれるだろう?

でも残された兵は弾薬も残り少なく不安な時を送っているだろう?

外が急に騒がしくなってきた

外へ出るとサーベルクロス( 空の騎兵隊!)

ヒューイのヘリ部隊、以前世話になった顎鬚の大尉が

こちらに向かって歩いてきた

私は思わず敬礼をするが、大尉は私に握手の手を出した!

私も思わず手を差し出す。

「 よう!へりの操縦は、上手くなったのか?」

「 今回は俺が援護してやる、残された奴等を助けてやってくれ、たのむぜ!」( OKまかせとけ!)

我々も武器弾薬を積み込み乗り込む! 

今回は基地の司令官まで見送りに出てきている

( 縁起でもない!)リチャードがポッリと言う?

ヘリはロータリーの回転を上げフワッと地面を蹴る!

いよいよだ、私は今回ヘルメットを被らずバンダナのように

スカーフを額に巻いている

手には夜間狙撃用スコープ付きマクマランとM16ライフルを持っている。

手榴弾やガス弾もいつもと同じ量、ゲリラ戦の用意はしっかりしてある。

リチャードはM16A1ライフル銃身の下には

XM148EI40ミリ、グレネードランチャー付を持っている。

ジャングルの上空を飛んでいると

この頃になると下からだが単発的に撃ってくる

ヘリは速度が遅いので当る、胴体にカンカンと弾がはじける!

高度を取っているので食い込むことは無い!

敵はかなり南下しているように思える?

この分だと我々の救出地点には既に敵は居ない

のではないかと甘いことを思ってみる。

敵はかなりの米兵を捕虜にしているのは間違いなく

噂では身代金を米国政府から巻き上げようとしていると仲間から聞いたが

本当の事は判らない?

10月23日気ままに更新

次回11月2日更新予定!

 

 

 

 

 

 

第二十四章!

市街戦

 

  パート3!

脱走や敵前逃亡などという言葉は私のような

日本人には考えられない事だ

日本の一昔前なら( 第一次〜第二次大戦!)非国民!と

蔑まれもう一昔前、明治維新に生き

死んでいった( 新撰組!)なら斬罪!

( 新撰組、軍中法度!)の一つにこんなのがある。

( 一つ組頭討ち死に及び候時は、その組衆その場に於いて戦死をとぐべし、もし逃げ来る

やからこれあるに於いては斬罪!)とある。

この新撰組よりも一昔前も同じなのである。

侍の、もののふ( 武士!)の時代なのだが背中は

自分の主( あるじ!)を守る為のもの

体の前傷は武士の名誉とされ、反対に後ろ傷

つまり背中に出来た傷は逃げ出した傷と言う事で卑怯傷とされた

新撰組でも自分たちの組頭!つまり隊長が戦死すれば

自分も自害せよといっているのである。

前の戦争!( 太平洋戦争!)頃になると

日本人でも敵前逃亡したり行方不明になったり姿を

くらまし終戦四十年頃になって恥ずかしながらと出て来る

元日本兵の生き残りもいるのだから大きいことは言えない

でも一つ言わせて貰うなら日本が勝利しているか今まだ

軍国主義でいたなら銃殺ものであり家族や親族は非国民の

レッテルを貼られるだろう!

我々は今日も敵を求めてヘリに乗る!

それでも以前のように遠くまでは行かない

遠くへ行ってもタイニンかクチ、せいぜいDゾーンまでだった

主にサイゴンの近くを警備しているのだ

敵の部隊を市街地に入れないないよう郊外を空から偵察している。

まだこの近くに敵の姿はない( もし姿を見付けたら一人も逃がすか!)

私は常にそう思っていた。

もうこのベトナム戦争は長くはないのかもしれない?

大体が米国の戦争じゃあないのだ

いい加減の所で手を引くか手打ちをすれば良いと思うが

かなり手を染めているのか

引くに引けないと言った所だろう! 

いっその事、水爆か原爆のような核爆弾を使えば

一気に終わるのだろうけど、そうも行かないらしい。

朝早く召集が掛かる、時計を見ると03;15頃、まだ夜は明け切っていない!

駆け足で司令部へ行く頭の中はまだ少し南無って居る

司令官が南部鉛の英語を早口で喋る!

どうやら味方が撤退中足止めを喰らっているらしく

その応援を要請しているらしい、問題の地点は、このサイゴンからは

さほど遠くは無いのだが、辺りは沼が多く地形的には

かなり不利!

以前この近くに偵察した事があるが最悪の条件だった。

私が同行した時期は雨期で毎日雨が降り沼の水が溢れ辺り一面水だらけ

何処が沼なのか

路なのか全く判らなかった。

そして我々を悩ましたのは、もう一つあったそれはヒルだった

糸のように細いヒルが

ブーツの中に入り血を吸う、血を吸ったヒルは子供のコブシ大になる!

血を吸った後の傷は穴がポッカリ開いていて中々血が止まらない

( そんな時我々は弾丸から火薬を抜き傷口に降りかけ火を点ける

傷口は火傷でつぶれ出血は止まりその上消毒にもなる一石二鳥なのだ!) 

地図を見ると以前通った事のある鉄橋の近くだが

今は敵の勢力圏だ!

救助に行くのも良いが我々がその地点まで辿り着けるか?それが問題だ!

10月12日気ままに更新

次回10月23日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十四章パート2

市街戦!

無差別の破壊活動を行い、一般市民をも巻き込んでの彼らの行為は

捕虜などは似合わない、彼らの体を縄で縛り手を後ろに廻し

猿回しのサルのように引き立てる!

( 日本で言うなら江戸時代の罪人の扱いだ!)

彼らを通りの中央まで引きずり出しどの方向からも見える位置に座らせる!

( これは残っている敵を誘い出すのが目的で、全員銃の安全装置を外し

四方向からは

私を含め狙撃手がスタンバイしている!)

でも敵はその誘いに乗らず捕虜二人はその場で射殺する!

脇のフオルスターからコルトトルーパー357を抜き

ハンマー( 撃鉄!)を起こす!

敵をひざまずかせ、銃口を後頭部に押し付けトリガー( 引き金!)を引く!弾丸は顔の

中頃から排出される

頭部貫通された弾丸は、地面の中へ土煙を上げ食い込む撃たれた

敵は地面に横たわり最後の痙攣を迎えている

乾いた道路の土が頭部から出た大量の血を吸っていた

ふと自分が射殺した敵兵の死体を覗き込む

顔の真ん中がグシャグシャになり判別が付かない程だった。

我々はその後、病院前に輸送ヘリを待機させ負傷兵の救出にあたった

負傷兵は一度サイゴンのタンソンニュット空港へ運びタイの

ウタパオ空港近くの軍の病院に収容される!

その頃、市の郊外では北ベトナム政府軍か解放軍かは不明だが

銃撃戦が始まっていた!

我々も負傷兵の収容が終わり次第、応援に駆け付けなければならない。

ここで解放軍や北ベトナム政府軍を抑えなければ彼達は一気に

サイゴンに突入するだろう

この頃には副大統領グエンカオキ将軍や南政府軍髄一の名将と言われた

ゴクワンチュオン将軍

そして参謀総長カオバンビエン将軍達は自分の祖国である

南ベトナムを捨て米国へ

亡命しているという噂が政府軍兵士たちの間で流れ

それでなくても浮き足立っている

兵士達に戦闘意欲を失わせたのは言うまでも無い事だ!

その意志の表れか市街戦の守備に付かしている

南ベトナム軍兵士が急に行方不明になったり市街地の外れに

土嚢を積みM60重機関銃を備えている筈の兵隊達が全員脱走して

いたり全く宛てにならない

でも私は行方不明になったりする脱走する兵隊たちの気持ちは良く判った

( 大将が逃げ出した戦場に自分達の命を賭けても何の意味もない!)ので

ある

雑兵が敵前逃亡したり脱走したりすると

アメリカ合衆国では軍事裁判で裁かれるが軍国主義に近いこの国では銃殺だ、でもそれは雑兵のみで将軍クラスには科せられないのだろうか?

( これは私が兵役を除隊した後、何年かして調べたところによると

元副大統領だったグエンカオキ将軍は

アメリカ本土ロスアンゼルスで酒類販売店を買い取り生活している。

そして元南ベトナム政府軍随一の名将といわれた

ゴクワンチュオン将軍と参謀総長

カオバンビエン将軍は共にアメリカ国防省の下請け会社にて働いている!)

そんなことを考えると脱走した兵士達を、咎める気にもなれない。

10月2日気ままに更新

次回10月12日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)

第二十四章、市街戦!

「 スアンロクが落ちてもまだビエンホアが有るという考え方は危険だ!

もし私が指揮していたら

二時間もあればサイゴンへ突入するよ!」とも言う

今回の我々の任務は「 スアンロク!」に残っている兵隊たちの攻防戦の

援助と負傷兵の救出にある。

ヘリに乗り上空から「 スアンロク!」を見下ろすと町のあちこちから

黒煙が上がっている

砲撃の跡が判る、我々援助隊は町外れの広場へ降りる。

「 スアンロク!」は既に市街戦の様相を見せていた

病院にはかなりの重軽傷者でごった返していた

その中には一般市民も多く担ぎ込まれていたようだ。

我々が到着してからも単発的に砲撃が繰り返されていた

我々救援部隊が当日だけ司令部の代わりに使っていたビール会社の

倉庫もそのうちに直撃弾を喰らい全壊!

辺り一面、ビール瓶の欠片が散ばっていた。

この砲撃の正確さから見ても、敵が市街地に入り込んでいるのが判る。

敵の観測兵が無線を通して指示しているのだろう

こうなると、もう一般市民の協力者は望めない

それどころか今まで米軍に協力したり助成した人達は

この町を捨て脱出を計っている、ある人達は自家用車一杯家財道具を積み込み、又ある人は自転車に合財袋を乗せ子供の手を引き脱出を計っている

そんな光景を眺めていた時だった

建物の影から五〜六人の人影がチラッと見えたと思った瞬間!

我々に向かい発砲して来た

一瞬身を伏せるタイミングが遅れた仲間が二〜三人被弾する

私も慌てて迎え撃つ!

他の部隊も銃声を聞き応援に駆けつけてくれ応戦する。

十分位の銃撃戦で敵を全滅させることが出来た

敵の人数は八人もいて、その内五人が戦死

一人が重傷、腹から腸がはみ出して苦しみもがいているので

直ぐあの世への片道切符をお見舞いする

頭部が半分砕け飛び散る!

残りの二人を尋問する

その前に手を後方に組ませ親指と親指をワイャー( 針金!)できつく縛る、自殺をしかねないので口には、木の枝で猿ぐつわを喰えさす。

殺しては口を割らす事は出来ない慎重に行う

このとき行われた拷問等は想像を絶する物だった

昔まだ中学生の頃だっただろうか

日本の映画で陸軍中野学校という題名の

映画を見た事があるのだが

その中で主人公が敵に捕らわれの身となり口を割らす為の

拷問をされるのだが、それと同じ様な事を行った

生爪を剥がし指を一本ずつ折り、

顔や背中を火で炙る、敵もこの拷問には口を割った!

拷問した敵兵が喋って判明したことだが

彼等はこの「 スアンロク!」の町の重要施設の

破壊工作を任務としていたようで

つい先日病院が何者かに爆破された事を思い出し

問いただすと、病院爆破も自分達がやったと認める。

他にも彼らと同様の破壊工作部隊兵がこの町に侵入しているかも知れず問うが、彼等は

聞かされていないらしい、でも可能性は大だ!

9月4日気ままに更新

次回9がつ13日更新予定!

 

 

 

 

 

 

第二十三章、マイン(地雷)!

パート3!

中部高原の要衝であった、ジヤバロブスター種のコーヒーの産地である

「 バンメトート!」の町が秘かに接近した

北ベトナム正規軍の攻撃を受け一晩で陥落したのだ。

数日後グエンバンチユー大統領は当時まだ無傷であった

( プレークコンッム!)二都市を

含む中部高原全域から政府側防衛軍を一気に海岸線まで撤退させた。

北ベトナム軍の主力は三月下旬一旦北上して北部の緒都市掃討を行った

次いで三月二十三日、旧王都「 ユエ!」が陥落したのである。

そして三月二十九日には、一ヶ月前までは不落の要塞都市とまで言われていた「 ダナン!」も壮絶な混乱の中で自壊してしまった。

四月八日首都サイゴンも最初の崩壊の兆しに見舞われる、

それは北革命政府側に内通していた南ベトナム政府軍の

一空軍将校が単機にて町の中心部にある大統領官邸に爆弾を落としたのである。

そして翌四月九日首都圏

最後の防衛拠点( スアンロク!)の攻防戦が始まった

( スアンロク!)は首都からは70キロたらずのゴム園の街である。

米軍は「 スアンロク!」が落ちてもまだ

「 ビエンホア!」があると思っていたらしいが

我々のような実戦、それも最前線で闘っている兵達は

そんな味方はしていなかった

( 戦争とは国益と国益がぶつかった時に怒るものだが

一旦戦争が起きてしまうと創造や思惑とは関係なくエスカレートしてしまう。

こうなると処置無しで、司令部だって進撃を押さえ切れなくなってしまう

闘っている一兵士にとっては、国益も政治的駆け引きも関係ない、ましてや

停戦などという取り決めも上層部だけの話し合いに過ぎない!)

「 これが戦争の弾みさ!」とフランクは言う。

8月23日気ままに更新

次回9月1日更新予定!

 

 

 

 

 

第二十三章、マイン(地雷)!

パート2!

ジャングルに向かって全力で走る!

ここで難しいのは、逃げ方だった

今避難している川岸からジャングルまでは田圃のあぜ道を

走り抜けなければならないが、道幅三十センチ程のあぜ道を

走っていたのでは絶好の

狙撃の的である。

田圃の中をジグザグ走行するのが一番の策なのだが

今の田圃は田植えが終わったばかりのようで水が入っていて泥沼状態

おまけに田圃の中には我々が撒いた対人用地雷が

埋まっているのだ

( この地雷の大きさはコッペパンより少し大きめの地雷だけど踏むと

運が良くて足が吹っ飛び悪ければ、地獄への招待状が貰える地雷なのだ!

敵が撃ってくる銃弾が少しずつだが正確を極めてくると

選択を躊躇している間は無く!

ジャングルに向かい駆け出していた

戦闘服も上から下までぐっしより濡れているので

走りにくいがぐずぐずしていたら永遠にこの世とも

グッドバイしなければならない

体の横を弾丸が風を切り目の前の泥が跳ね上がる!

後方を振り返る余裕は無い!

私の前に三人が走っているそれだけが目に入る

「 早くジャングルに飛び込め〜!」

誰かの声が耳に飛び込んでくるが、確かめる余裕は無い!

泥に足を取られながら走る

私の前を走っていた奴が被弾したらしく泥の中に倒れる!

肩を撃たれたようだ、血が泥の中に花を咲かせている。

倒れている友の腕をとり肩を貸す

先頭を走っていた誰かが地雷に接触したのか水飛沫を上げて吹っ飛ぶ

生死は判らないが多分死亡しただろう

( 後で判ったのだが戦死したのはスコットだった!)

後の四人は何とかジャングルまで辿り着き無事を得た

このときの解放軍兵士は、地雷が撒かれた田圃に入り

追い掛けることをしなかった!

まあ幾ら馬鹿なヤツでも細いあぜ道を一列になって

追い掛けてくる奴も居ないだろうが

その後直ぐに救助隊によって救助され後日

攻撃隊に便乗してこの村落に攻撃を加え

壊滅に追い込み村を制圧した

その際何とか二人の捕虜を無傷とまでは行かないが

確保出来た

通訳を通じ尋問するも口は堅く

処刑前の解放軍兵士に聞くも、スコットの事は

何一つ判らなかった。

私としては、せめて亡骸だけでもと思って居たのだが残念だ!

其の時敵の作戦部と思われる建物も念入りに調べたのだが

ドッグタッグ( 認識票!)も

見付けることが出来なかった。

基地に帰りフランクに報告するのが気が重かったがフランクは

「 しょうがないさ運が悪かったのさ、でもこれで始めのメンバーは

三人になってしまったな!」と寂しそうにそう言った

言われてみれば、フランクとリチャード

そして私の三人になってしまった。

この頃のフランクの口癖は「 戦争は、もう直ぐ終わる絶対死ぬな

必ず生きて帰るんだ!」

いつも我々にそう言うのだった

この戦闘から三ヶ月も経った頃カマウ方面は制圧したように思われたが

北ベトナム革命政府軍にてサイゴンが徐々にだが

崩壊しつつあった南ベトナムの戦況が

にわかに動き出したのは1975年三月中旬頃だった

8月14日気ままに更新

次回8月23日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第二十三章、マイン(地雷)!

パート1!

そんな中アメリカ軍は物量に物を言わせベトコンの部落を偵察の際

小型マイン( 地雷!)を積み込んで出発する

( マイン( 地雷!)には対人用、車両用、戦車用とある!)

以前

ベトコンの村を捜索中攻撃され基地に戻りクレモア地雷

( クレモア地雷とは方向性地雷の通称、正式には

M18対人地雷と言う2kg足らずの重量だが

爆発させる高さと範囲は自由に調整でき角度は180度最大限だが

拡がり50メートル先で高さが2.4メートルほどとなる。

爆発すると無数の硬質プラスチック製のボールが飛び散り

敵をことごとく殺傷する)

田植えの終わった田圃に地雷を撒いた。

地雷を撒くことにより解放軍側の食料を絶つのを目的としている

地雷でも戦車用とか車両用の地雷などは人間が踏んでも起爆装置が作動せず、私は以前

トラックを運転していたときに地雷を接触爆発させてしまった

でも其の時、トラックがかなりのスピードで走行していた為

荷台後部を吹っ飛ばしただけで済み命拾いした

トラックの運転に支障は無く笑い話で終わってしまったが

後日の事私が通った道にかなりの量の地雷がセットされているのが判り

処理班が探知機を使い総動員して除去した

処理も終了して個数を聞いたときは笑い話で済まないような数で

改めて運の良さに感激した。

今我々が居るカマウは海岸線なので田圃は少ししかなく

ジャングルを抜けないと見ることは出来ないが

ヘリから村落を見ると椰子の木が砂浜の向こうに立ち並び

南国情緒を漂わせている。

半農半漁の村のようだ遠浅を利用した追い込み漁なのか

竹を海に刺し込み囲いを作っている

砂浜には太い竹を横に付けたカヌーが何艇も置いてある

椰子の木の間から高床式の家が見え隠れする風景は平和そのものなのだが?

ヘリは方向を変え陸地に向かい海岸線の椰子の木をすれすれに飛ぶ

椰子の木々の間から

道路が見える、道路伝いにヘリを飛ばす

家が五軒か六軒ほどある集落が見える!

集落の回りは田圃が広がっている田圃の横の川では

水牛がのんびり水浴びをしている

見る限りベトナムやカンボジアに見られる農村風景だが

そんな風景に浸っているとその期待は見事に裏切られ危険な目に遭う

私が偵察に出たこの日は雨期も終わり相変わらず

朝から暑い日だった

この頃に私はヘリの操縦免許を取得できこの日は自ら操縦して偵察に加わった。

私にとっては三度目の飛行だった

村落の上空を少し過ぎた頃後方からロケットが追い掛けて来た!

回避する間も無くロータリーにロケットが激突!

ヘリは大破、かろうじて全員の生命は助かったものの救助されるまでが

大変だった!

乗っていたヘリ諸共、川に墜落、水中でヘリから脱出したものの対岸から

解放軍兵士に

狙い撃ちされ潜りながらようやく岸にたどり着くが敵と戦うにも

拳銃では全く歯が立たず

ひとまず救助隊が来るまでの間ジャングルに身を潜めることにする。

8月2日気ままに更新

次回8月13日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第二十一章、カマウ岬の戦闘

BOMB,UB250!絨毯猛爆!

パート4!

戦友達の亡き骸はポーチに入れ後方の基地に送られ棺桶に入り

本国に送還される。

敵である解放戦線側の兵の亡き骸は広場に集められ一体ずつ確認してから

広場の隅に

ブルドーザーで掘った穴に放り込み山済みされた死体の上から

ガソリンをぶっかけ火を

付け火葬処理する、まるで粗大ゴミ並みの扱いだ。

ジャングル一帯に黒煙が立ち込め悪臭が辺り一面に漂っていた

そんな記憶が蘇えってくる

今我々が居るカマウの森からウーミンの森にかけても敵の反撃も

弱まるどころか反対に

勢いずいているようだった、殺しても殺してもきりが無い

良くこれだけの人間( 兵隊!)

が居たものだと思う。

敵に反して戦争、このベトナム戦争だが戦闘のたびに死傷者より

行方不明者が多いという

どうにもならない軍隊が友軍であったし、南ベトナム政府軍兵士達に問うと、この戦争は

アメリカとベトナムの戦争だと思っているようだ

「 この戦争は貴方達の戦争だ、それを私達アメリカが支援しているのだ!」と話して聞かせるのだが、幾ら話しても理解を得ない!

この戦争からアメリカが手を引いた時点で解放軍側の勝利となるで

あろう事は誰にも判っていた

( アメリカ軍はベトナムに1600億ドルというべらぼうな戦費をかけ

ベトナム全土を焼き尽くすような物量戦を展開したが

結局は勝てなかった

何故なら解放戦線側は頭脳で近代兵器戦力に対抗したからだ

この戦争は頭脳の勝利した戦争といっても言い過ぎではないだろう!)

南ベトナム政府軍の兵士達は、危険な場所には行きたく無い

したくないと常に浮き足になっていた

その反対に解放軍兵士は勇猛果敢だった。

私が戦った戦場に於いては卑怯者は一人も居なかった

最後の一人まで戦っていた。

このカマウのジャングルからウーミンのジャングルにかけては必要な

枯葉散布作戦

暗号コールサイン、ヘイデイズ( 地獄!)により

マングローブ樹林の40%以上が

枯れジャングルの15%以上が枯死している。

荒地に立ち辺りを見渡すが、ここが元ジャングルだったとは信じられなかった

元来土が痩せている上に枯葉剤を撒かれているのだ

将来草や木が生えるという保障は皆無だ

ただでさえラテライトと呼ばれている赤土は栄養分は少ないのだ

今世紀には無理だろう。

7月22日気ままに更新

次回8月2日更新予定!

 

 

 

 

 

第二十一章、カマウ岬の戦闘

BOMB,UB250!絨毯猛爆!

パート3

日が落ち辺りが、闇の世界になると昼間の疲れも出て来て少しウトウトするが神経の方は常にピリピリしている。

何分か置きに打ち上げる照明弾の音だけが聞こえる

深夜の一時を少しを廻った頃、私が居る塹壕に連絡が入った

一晩端の塹壕からだ!

「 この塹壕にロバーツとヘンリーが居る!」

( 敵だ!数えきれないほどいるぞ〜我々だけの人数ではとても

押さえきれる人数じゃあないぜ、撃て撃て一人残らずぶっ殺せ!)

その後銃撃戦の音が続き無線が切れた

「 もう直ぐここにも来るぞ!」

私と同じ塹壕入っているリチャードが言う

( 私の塹壕は三番目にある二番目の塹壕に居るのはチャック、クラーク

マイクの三人が入っている!)

二番目の塹壕にいるのは彼等三人が居るのだが

全く連絡が無い!

暫くして会話が出来たが、それも銃の発射音や爆発音で雑音がひどく

聞き取れない

「 敵だ!三時の方向!」と

リチャード!

「 接近戦だ!こいっでぶっ飛ばしてやる!」とライオットガンを

ぶっ放すトーマス

( ライオットガンとは、ハイスタンダードライオットガンという銃身の下のチューブ弾倉に六発銃身後端の薬室に一発の2・3/4インチマグナム弾を

込める事の出来る

スライドアクション銃であり接近戦では威力を発揮する!」

私もM16の引き金を引く三十発入ったマガジンは、直ぐ空になり

直ぐ取替え装填する

体の近くは空薬莢が、かなりの量散ばっている

照明弾の明かりが途切れる!

ジャングルから敵がぞろぞろ出てくる! 

どの塹壕も戦闘体制に入ったようだ。

戦闘は長時間続き倒した敵の数も始めは数えていたのだが

その内に何人殺したのかも

記憶が無くなってしまい気が付くと後頭部から出血! 

右足にも被弾している!

首に巻いているスカーフを後頭部から額に向かって巻く!

足は余り出血していないので無視することにする。

その時、無線機にフランクの声が入る

「 二分後無差別爆撃に入る全員穴から出るな健闘を祈る!」と

言って来る! 

そして我々部隊のコードネームで話し掛けてくる内容はこうだった!

「 基地陣営が突破されるのは時間の問題だ我々の居る基地を中心に

ナパームを落とす

敵も味方も無い盲爆だ、これが肉弾戦だ生きて又遭おう!」

これは合図だ!

( ナパームが来るぞ〜!)

慌てて塹壕の土の上に身を伏せる

ヘルメットで頭が隠れるだけの穴を掘り頭から砂袋を被る

その途端辺りが真っ白になり記憶が無くなる!

何時間失神していたのだろうか?

気が付いたのは朝の光とヘリの音だった

塹壕の中を見渡すとまだ全員が失神していた

トーマスは頭部銃弾貫通で即死戦死だ!

助かったのは私とリチャードの二人!

結局この闘いでロバーツ、ヘンリー、チャック、クラーク、マイクの

五人を失い残る

仲間はフランク、スコット、リチャードと私の四人だけになってしまった。

救助された私は傷が全快するまで

サイゴンの病院に入院できるとばかり思っていたが

これには全くの宛てが外れてしまった。

傷はたいしたことも無く応急処置にて傷の手当も終わり

戦友達の死体処理に刈り出された。

7月12日気ままに更新

次回7月22日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二章、BOMB,UB250!絨毯猛爆

パート2!

戦場は時として誤爆とか誤射とか

そして味方同士の同士打ちという悲惨な出来事も稀に

起きる、私が同士打ちを体験したのは一年程前の事だった。

我々の部隊は解放戦線の重要拠点の一つ、ボイロイの森に近く

枯葉作戦が実験的に開始され六十一年以降繰り返し散布攻撃を受けた

ロクフン村近くの出来事だった。

解放軍は小高い丘越しに迫撃砲で我が軍を攻撃! 

次いで我が軍の陣営を包囲、少しずつ

包囲の輪を縮めていった。

私たちは司令部を守るように塹壕を掘り夜を徹し攻撃態勢に付いた。

日が落ちるとM83A3照明弾を打ち上げ敵に備える

( このM83A3照明弾は一秒間に三メートル落下、二十五秒間作用する!)

塹壕の向こうがパーッと明るくなり闇が一時の間、死に絶え昼間が蘇える

でもそんな

明るさは一時で又漆喰の闇があたりを支配する!

そんな緊張した時だった「 敵だあ〜!」の声に攻撃が開始され

銃撃戦に突入した。

私たちも闇に向かい見えない敵に向かって撃つ

この頃にはまだスターダストスコープのような暗視スコープはなく

見える敵には狙いを付けるが、見えない敵に対しては盲撃ち

するしか方法が無かった。

銃撃も何分間か続き、夜が明け偵察に向かう、銃撃の場所で見たものは

味方の兵隊達の死体だった

あたりを幾ら捜しても敵兵の死体は一体も無く方向から

( 銃撃戦の!)見ると

味方同士の撃ち合いだったと言う事が判った次第だ。

そしてこの戦場では二度目の悲劇が訪れた

解放軍は包囲の輪を縮め最後の戦闘へと展開していったのだが

この前線基地の司令官の判断をも狂わせたのである

それは二人の解放軍兵士と思われる二人が司令部に爆弾を抱えて飛び込み

自爆したのである

日本人のようなこらえ性の無い特攻隊等このベトナムには

無いと思っていた自分の

間違いだったのか解放軍兵士は難なくやってのけた。

我々としては見張りを怠っていた訳ではないのだが

自爆したベトコンは南ベトナム政府軍の格好をしていたのだ

一番初めに彼等を見付けた当番兵は、彼等がジャングルから

スーッと出て来て真っ直ぐ司令部があるテントに入って行ったと言うのだ

その間走るでなく落ち着いて歩いていたと言うのだ。

結局この決死隊は犬死にではなかったようだ!

司令官一名、大佐クラス一名、大尉クラス一名

そして我々部隊のロバートが道連れになってしまつた。

この場合決死隊の解放軍兵士を誉めるべきだろう!

結局、この爆弾騒動で前線基地がパニック状態になり当分の間

収集が付かなかった

敵の爆弾と勘違いした兵達は四方八方撃ちまくり

ちょうど其の時ジャングル偵察から

帰って来た小隊に銃弾を浴びせ全員殺害してしまった。

そしてその後の司令官の後任をしたのが新米の中尉だった。

暫くしてフランク達が偵察から帰って来たから良かったものの

後三十分も帰りが遅れていたら全員が戦死していただろう

しかしフランク帰り騒ぎが収まった頃には

敵の包囲網はかなり縮まっていて

いつ総攻撃が有ってもおかしくない状況だった

フランクの指示で新たに自分達の塹壕を掘り解放軍の総攻撃に備える

彼等は昼間はあまり攻めて来ないので我々も昼間は塹壕堀りや武器の点検

そして

バブワイヤー( 有刺鉄線!)の設置等と総攻撃を前に全員が一生懸命だった、

6月27日気ままに更新

次回7月12日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第二十二章、BOMB,UB250!絨毯盲爆、

パート1、

ヘリは一時間弱でカマウに着く、海岸線はマングローブ樹林が

何キロも続いている

カマウの森を縫うクアロン川は岬の先端で海に流れ出る。

川の運ぶ土砂がその先に、砂嘴を造りそれが一年に一メートルずつ

成長しているらしい

このカマウ岬からウーミンの森には、海兵隊や歩兵師団などが参戦していた

そして地域カマウからウーミンにかけては爆弾もさまざまな種類の

爆弾が投下された

この戦場は化学兵器のテスト場であり新兵器の試射場のようなものだった

無数の鋼球が飛散して人間の身体を蜂の巣のようにする

小型爆弾をボール爆弾と呼び!

そして我々をも危険な目に合わせた爆弾に、UB250がある

ジェット機から落とすのがロケット弾や蝶々爆弾、ボール爆弾

ナパーム弾ならA37戦闘爆撃機のようなプロペラ機が落とす爆弾は

ヘイデイ爆弾とUB250だUB250爆弾は30リットルの

ガソリン混合液が入っていて、プロペラ機より落とされると

ゆっくりと落下する!

地上250メートルくらいの上空でパラシュートが開くと同時に

爆弾の下部の穴から

ガソリン混合液( 成分は不明、ナパーム弾と同じように思うのだが

ナパームなら、ナフテン酸とパルミチン酸のアルミニウム塩

( ガソリンをゼリー状にする薬品!)が出てくる

そして地上から十メートルで発火装置が働き火が付く

このUB250は500メートル間隔で投下してゆく

UB250前後左右250メートルはガソリン混合物の燃焼により

空気がなくなり窒息するか焼死する。

ガソリン混合物は霧状になり約五分間燃える!

爆撃機三機が、横列に飛行しこのUB250爆弾を落とすと

横1500メートルは

ガソリン混合物燃焼により空気が無くなる

UB250を落とした後のカマウの森を

偵察したが、解放戦線の兵は焼け死んでいるか窒息死していた。

ある死体は白目を剥いて空気を求め、もだえ苦しんでいる。

地上に居るもの全てが死んでいる

焼け跡に立つとナパームの臭いと人間バーベキュー

まるで、火葬場のような臭いが鼻を突く!

このUB250はガソリン混合物が霧状になりゆっくり降下してくるまで

蟻の行列の上から如雨露で水を撒くようにガソリン混合液を撒く

そして次に火が付く!

人間が生の為の隙間は全く無い!

この爆弾はトンネル内の敵にも有効だったようだ

火が燃えるにはかなりの空気が必要

幾ら地中に隠れていても空気が無くなればどうしょうもない。

このYB250BOMBを何処の地区の何々ポイントから何々ポイント

までの間投下予定と連絡を貰うと

我々は口を合わせて「 必ず目的地に落としてくれよ間違っても

誤爆だけはしないでくれよ!」と

念仏を唱えるように言う。

一度落下地点を間違い誤爆してしまい民間人( 農民!)や

友軍( 南ベトナム政府軍!)達を

殺してしまうという悪名高い爆撃隊なのだ。

ウーミンのジャングル爆撃の際も不手際があり同軍に被害を与えたと

仲間から聞いたこともあり、戦友達は( 空の疫病神!)と名付けていた。

6月17日気ままに更新

次回6月28日更新予定!

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第二十一章、カマウ岬の戦闘!

パート4、

彼の希望で

軍の携帯食の缶詰も多少入手する

( 米軍携帯食缶詰の七面鳥のオイル煮、牛肉ステーキ

ケチャップ煮、ビスケット、チョコレート等!)

そして( 韓国兵携帯食( Kレーション!)

魚の煮付け、牛肉の旨煮、白菜のキムチ等!)も追加した!

暇を見ては彼の出発の準備を手伝う日が続く

海図もジャイロコンパスも、持たない

彼に市場にある古物店へ案内してジャイロコンパスを見付け安く買い叩く!

海図は知り合いのサブリューテナント( 海軍中尉!)から手に入れてやる

この頃になると彼は、気を許しあったのか船倉の中を見せてくれるようになる。

船倉の中には箱罪された武器が所狭しと積まれていた。

箱を見ると一度も開けられた事の無い箱が大部分だった

( 我々が戦場で使用した銃ではなく製造工場から直接軍の武器庫に

入っていたものらしく私は入手先については、聞かない

事にしたが大方の想像は付く!)

種類は箱を見る限りだが、M16自動ライフル( 5・56×45!)

M14自動ライフル( 7・62×51!)15連弾倉入

半自動MIカービン銃、

スタンダードライオットガン、M28エッグタイプ対人殺傷用手榴弾

それにM72ロケット砲(米軍製バズーカロケット60ミリ72A2

ロケット弾重量0・95g、全体

1.36kg、一発にて使い捨て!

使用時は、発射筒を伸ばして使用!

個人携帯可。

他にも拳銃や弾薬箱がかなりの量積まれてある

「 無事日本に帰ったら一財産築けるわ!」

口癖のように言い自分を励ましていた。

こんな武器を日本に持ち込んでどうするんだろう?

以前私がまだ中学生の頃だったが

私の故郷で暴力団同士の銃撃戦の末最後はビルに暴力団が立て籠もり

挙句今度は警察官と撃ち合いになる事件が起きたが!

( ヤクザ者が何人死のうが、かまわんのだが一般の人達が

迷惑するんだがなあ〜!)と思ってしまう。

彼が積み込んでいる武器弾薬は、小隊が一ヶ月位なら使用できる程の量なのだ

無事日本に辿り着いて欲しい様な、欲しく無い様な複雑な心境だった

彼が出港の綱を解いたのは、私と出会ってちょうど1週間後の事だった

出港前夜は彼と

私と私の彼女の三人、チョロンにある香港レストランで送別会を催した

香港レストランはいつも軍の車で行くのだが

この日は初めてタクシーに乗る。

サイゴンのタクシーはメーターが無い

車にしても日本のように車検が有ればどう見ても

合格しそうに無いオンボロばかりだ、値段は交渉で決める!

外国人の場合ベトナム人の倍払わされる!

ベトナム人ならチョロンまで百ピアストルである!)

その後ドンカン通りのキャバレーアルカンシエルで夜が更けるまで飲んだ

「 再開を祝して!」

彼が乾杯を求める度

( 私も他人事ではなくこの戦争から生きて帰れるだろうか

戦死するまで戦い続けなければならないのだろうか?)

等と思いが頭を横切る、この日は夜も遅くなり彼も一緒に

ファングーラ通りにある彼女の

家に泊まり昼まで寝て、彼のほうは昼過ぎ港に出発準備の為出掛けた

彼が出港したのは

この日の夜、闇に紛れて出港した。

昼間は警備艇が走り回っているので夜の闇を利用して目だたないように

そして夜のうちに出来るだけ外海に出て夜が明けたら漁師を装う

夜が明けてから暫くフルスピードで走ると公海に出る

その後は燃料を節約して潮流と季節風に乗る事も計算に入れていた

彼のことだから大丈夫だと思うが私に向かって手を振る彼の姿が

闇の中に解けて見えなくなった。

これが彼との出会いから別れまでの一部始終だが

その後漁船が漂流していたとか、日本人が逮捕されたとか

日本人ヤクザが土左衛門で上がったと言う話やニュースを聞かない

私の彼女もこのヤクザの刺青を見て

( ジャパニーズマフイア!)と呼んで居た。

ベトナムでのタトウ( 刺青!)は別に珍しい物ではなく

チョロンの中国人街を歩いていると

路上などで電気彫りにて入墨しているのをよく見たものだ

彼女はそんな路上で彫る墨が滲んだような妙な刺青は見ているが

こんな美しい入墨は見た事が無いといい

家族や友人を家に招き、日本のヤクザの写真を撮ったり触ったり

スケッチしたりと

モルモット代わりにされ、挙句には「 あんた死んだら皮をくれ!」と言われ大笑いした

この日は日本のヤクザも形無しだった、そんな思い出が蘇えり

南シナ海の水平線を見ていた。

6月7日気ままに更新

次回6月17日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第二十一章、カマウ岬の戦闘!

パート3!

彼の前ではあくまで日系二世を通した!

この刺青を入れた関西弁を使う( ヤクザ風?)のお兄さんは何の目的で

戦争をしている

この国に居るかと言うと彼は、タイのバンコクから密入国で

ベトナム入りしたらしく

( 密入国と言っても、誰でも出入り出来るのである検問も

税関員も何も無い!)

理由は、武器を買い付けて日本へ持ちかえる事らしい?

( 武器はこの時、既に買い付けていたようで、日本に変えるための

漁船も買っていた!)

漁船といっても普通の日本人が考えているような船ではなく

木造船のエンジンもデイーゼルエンジンではなく

焼玉機関だった、帆も帆とは言えない様なまるで雑巾の様だった

後日、この雑巾の帆を外しキャンバス地の帆を付けるのに

自由市場を走り回ったのだ。

彼のベトナム脱出計画は、こうだった

「 港を出港したら二日間ほど東へ走るんや!

それから舵を北に取り、黒潮に乗り北上する!後は島伝いに帰る!」

と言う、彼の説明はよくわかったが

私には無謀のように思えてならないでも彼は実行する為の

準備を着々としているのだ、その準備も残すところ食糧と水を残している?

何処で調達するのか頭を抱えていたらしく私と知り合ったのを

これ幸いと頼み込んできた

彼は「 金ならあるんや!」これが口癖だった

まあ何時の世でも金さえあれば大方のことは出来るのだが

彼は市場中を回り缶詰、干し肉、果物、ビール、ジュース、米等など買い込み漁船の燃料もドラム缶三本が船積みされていたし

水も顔見知りになった市場に有る店の主人から安く分けて貰い

ポリタンクに入れていたところ、三日のうちに水が腐ってしまったそうで

それで、頭を抱えていた所へちょうど私が通り掛ったという事らしい

このベトナムでは二本のように水道の普及率等

市内の一部地域だけで、それも日本の

水道局のように、カルキ抜きと将する消毒薬とか防腐剤等入っていない

殆んどの家々は井戸に頼りポンプや釣瓶で水を汲んでいるのが

実状である

それでもまだ共同の井戸が多く貧しい家庭は、その共同の井戸からも遠く

水を運ぶのにも

一苦労といったところだ、水運びは主に女の仕事らしく

そんな光景を何度も見た!

そんな井戸の水も水源はメコン川の水なのだが

そんな水をポリタンクに入れ炎天下に三日間も放り出していたら

腐らないほうがおかしい。

この国は熱帯雨林だ雨が多く日中はうだるような暑さだ!

日本と同じように考えていたら

取り返しの付かないことになってしまう。

決局!水の件は

私が基地に消毒された水道水が有るので手配をしてやり軍からは

防腐剤や我々が前線に持っていく浄化剤( クーレイド!)を

手に入れてやった

クーレイドがあれば少々の水なら飲める!

我々等泥水の中に入れてがぶがぶ飲んだものだ!

水の心配はこれで終わり

5月24日気ままに更新

次回6月7日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十一章、カマウ岬の戦闘!

パート2!

装備はいつもと同じM16自動小銃とスターダストスコープを装着した

マクマラン35・5口径を肩に、脇にコルトトルーパー357一丁

と腰には米国軍用正式銃ベレッタM92F

( 口径九ミリ×十九ミリ全長216ミリグラム装弾数十五発!)

ジャケットの胸吊帯には重量450gの手榴弾を四個

( 攻撃用手榴弾二個、破片手榴弾一個、焼夷手榴弾一個を吊るしている!)

そして両肩からクロスにグレネードランチャー40ミリ榴弾弾倉を

吊るしている

こうしてみるといつもと変らない

腰のベルトにはナイフ二本、そして靴のブーツの横には

ナイフ一本を忍ばせている!

( ここの戦場は物資等で悩むことは無かったが

我々を悩ませたのが枯葉剤だった、枯葉剤を頭から浴びたのもこの頃だった。

毎日湿疹による痒みに悩まされた!)

弾薬の補給等スムーズに出来る

今回の作戦だがみんなは、いつもと同じ様に重装備している。

時間が来る!フランクのレッッゴーの合図で乗り込む

全員が四機に分乗した

空港を出ると直ぐメコンデルタが眼下に広がるベトナムの穀倉地帯といわれるメコンデルタの向こうに銀色に輝いているのが南シナ海だ!

( 南シナ海かァ〜そういえばあのヤクザ無事に日本に帰ったのだろうか?)と心配になる。

この戦争中のベトナムで日本人?と思うかも知れないが

私自身始めは信じられなかった

このベトナムで日本人といえば特派員か大使館員と思って居たのだが

そりやあ戦争前は商社員や観光で訪れる日本人も居るだろうが

ここ二〜三年位前からは市街でも銃撃戦があったり爆弾騒動が

頻繁に起きている今、サイゴンに居る日本人は特派員だけなのだが

例外が一人居たのだ、彼と知り合ったのは港だった。

その日私は、軍用岸壁に接岸している船にフランクが用事があり

その用事も積荷の件なので私としては、荷物持ちの貧乏くじを引いての

事だった。

フランクは遅くなるので私一人一足先に基地へ帰る途中の出来事!

一寸気分転換に波止場に立ち寄ったときに知り合った

始め彼はピットの上に座り

何かを食べていたちょうど昼過ぎだったから昼飯だったのだろう?

半袖シャッの間からタトウ( 刺青!)が見えていた。

私はまさか日本人が、こんなしかも民間人が戦場に居る等とは

思っては居なかったので

思わず刺青を覗き込んで、彼の目を見て右手の親指を立て「 ベリーグッド!」と言った

( 外国人でこれほど美しい刺青を見たのは初めてだったのだ!)

すると彼は、私に向かって、「 あんた!日本人やろ!」と日本語!

( 関西弁?)が返って来た!

私は思わず「 ノオ、ジャパニーズ!」と喋ってしまった!

( 日本語がわかる?)

これで一遍でばれてしまった

「 デモなんで日本人のあんたがアメリカ兵の中に居るんや?」

私は適当な言葉でごまかしてしまったが彼は納得はしていない様子だった

その時の私の格好は、M16ライフルこそ持っていないが腋の下の

フオルスターには、

コルトトルーパー357、腰のベルトには、ベレッタM92Fを下げている、いわば半武装しているのだ!

5月10日気ままに更新

次回5月24日更新予定!

 

 

 

 

 

第二十一章、カマウ岬の戦闘!

私の最後の戦場とも言うべき戦場( 激戦地!)はカマウだった。

サイゴンからカマウまでは220キロ、ヘリだと一時間も掛からない

カマウ岬のあるミンハイ省の省郡60キロでカマウ岬である

( カマウの森の全滅を図った!)

米軍の散布作戦はかなり執拗だった出撃機の散布飛行ラインは正確に記録され無駄が無い様に隙間を埋めるように出撃を繰り返していた。

ジエット機の編隊が突然飛来!

ロケット弾やボール爆弾、蝶々爆弾等を一斉に落とすと

直ぐ後に散布機編隊が来て撒く薬には

少し黄色く見える霧や白い粉のようなやつがあり

目や喉がやられるのは粉の時だった。

カマウの森の北側には、これも解放戦線の拠点として名を轟かした

ウーミンの大ジャングルがある

ふたつの森は連携しあいながら解放軍の神出鬼没の作戦を支えてきた

カマウに対しては徹底した枯葉剤散布!

ウーミンに対しては砲撃弾とナパーム

さらに

枯葉剤やガス弾を用いる殲滅作戦を米軍は展開したのである

彼女とベトナム産ビール、バームオイバー33で無事帰還出来る様にと

願いを込め乾杯したこの頃には

私はフアーストサージエント( 一等軍曹!)に昇進していた。

今度の戦闘へは私の愛用銃マクマラン35・5口径狙撃銃に

スターダストスコープ!

( 星屑!)が取り付けられるようになった

( 装備としてはゴタゴタしているが人間の

目には暗闇のように見える暗さの中でも対象物を見通すことができる。

倍率は四倍、値段は一本で実に30000万ドルもするらしい?

専用のマウントリングでM16自動ライフルに装着も可

普通のライフルスコープと違ってボデイの上と右についている

上下照準修正用のダイアルカバーの他の左側にも

小さな円柱型のでっぱりが見えるスコープ。

そこにアルカリ電池が入っている

このスターダストスコープの場合適正な接眼距離は

四インチつまり十センチ少々四倍と倍率が低いから

スコープを通した視野は広くなる!)

前線移動する時は、かなり邪魔になる!

使用時以外はガンポーチに入れておく!

このカマウからウーミンのジャングル一掃作戦に関しては他の部隊と合流出来、この地帯では輸送体制も整っているので重装備は必要ない。

この日出撃の日だが全員集まったのは、08:00を少し廻っていた

出発は08:30分ヘリは忙しく出発準備を行っていた

ヘリは出動の為のスタンバイをしている。

給油したりロケット弾を取り付けたりと整備兵は忙しく動いていた!

私もいつもと同じ様に装備を点検する!

4月26日気ままに更新

次回5月10日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第二十章、モグラ作戦!そしてサイゴンの休日!

パート3!

そしてそれに参加した連中は確実に人財産築いたほどだった

その中には、シャドウカンパニーと名乗る会社もあったが

その内容は密輸、武器横流し、麻薬

その他何でもありの悪の巣そのものだった

その中には殺し屋紛いの事をしている連中もいたし

夜のサイゴンを、牛耳っていた奴らも居た、彼等と私は以前キャバレーで

喧嘩になった事がある( 喧嘩になった経緯は、こうだった

この日私はフランク、ロバート、スコット、チャックの五人で

飲みに行っていたのだが

店の中で女性に乱暴していたのをフランクが咎めたところ銃を抜き

ぶっ放したので私も思わず右腕を撃ち抜いた事件なのだが

場所も場所なので公にならず事無きを得た

このとき乱暴されかかっていた女性の脇腹を夜のギャングが撃った弾が当った、傷としてはかすり傷、ちょっと血が滲んだ程度で済み命の危険は無かった!)

この事件を境に我々部隊の名前も有名になった。

そして私には恋人が出来た

銃で撃たれた女性を見舞いに家を訪れる度

彼女の姉さんと仲良くなり恋人となる。

彼女の事は戦友や軍関係者は知っていたが

私のほうは何時死ぬか判らない身の上だし

ベトナム式に結婚してしまうと

彼女は若くして未亡人になってしまうので一応同棲の

許可を軍に貰いその許可証を役所に発行させてしまった!

( ベトナムでは若い男と女が同居するには、許可がいるのだ

ベトナムで結婚の許可を政府

とか役所で貰うまでに四〜五年も掛かってしまうのだ

そこで若い男女は役所で同棲許可証を貰う

そしてその内に子供が出来る

暫くするとやっと役所の方も結婚を認めてくれる!)

国が違えば風習も違うように結婚一つ取り上げてみても中々

難しいものがある!

食べ物でもそうだ( ビトロン!)この名を聞くと

ビタミン剤か車の名前のように聞こえるが

これを食べる人種は此処以外には居ないのではないだろうか?

私も今まで色々な物を食したが、これだけは見るのも嫌だ!

特殊部隊隊員をこれほど恐れさせた

( ビトロン!とは、孵化一週間位前のアヒルの卵を殻ごと

蒸籠で蒸したものである!)

このビトロンにも食べ頃があるらしくわざわざ孵化何日前のものと

指定して買う客もいる

卵の中のヒナというのは上半身から形が整っていくらしく

卵のてっぺんを割ると必ず

恨めしげに半眼を閉じた顔が出てくるのだが

孵化三日前位になると、顔だけではなく

羽根も蹴爪も殆んど生え揃っている

ベトナム人は男女年齢の別無くこのビトロンが大好きで

オヤツとして食べる。

市場では買い物を追えた奥さん達や学校帰りの女高生らが群がり

三つ四つと買い込んでは

路上の小さな丸椅子に腰掛けて楽しそうに食べている

殻のてっぺんを割りそこから塩、コショウ、香菜などを加え

サジでかき出してグシャグシャたいらげるのである

彼女もこのビトロンが好きでオヤツとして食べる。

市場で買い込み私が居ない日に食べていたようである、

私は彼女がこのビトロンを食べた日は、KISSはしなかった。

面白い事にこのベトナムでは牛肉は、下等扱い値段も鳥や豚に比べると

はるかに安い

私は彼女の家に泊まった日は毎夕食にステーキを食べたが

炊事係りであるメイドの

婆さんには軽蔑されていたようだ

彼女とはよく市場へも買い物に行ったものだ!

市場には品物に正札が無く野菜、魚、日用雑貨、衣料

電気製品等たいがいの品物は売り手と買い手の掛け合いでやる、

でもその為には買い手の方にも相応の知識が必要だ。

品物の相場や品質についてかなり心得てないと抜け目の無い売り手に

騙されて飛んだ場かを見ることになる。

私の大好きな果物の一つにマンゴーがあるが

マンゴーは雨期の直前になると美味そうなマンゴーが出回っていた

市場にはその他の果物も多く、ランプータン、マンゴスチン

チエリモヤ、ベビーノ。マンゴー、キワノ、ドリアンと種類も多く

果物好きな私は最高だった。

彼女との楽しい日々も終わり

一旦戦場に戻ると地獄だった!

4月16日気ままに更新

次回4月26日更新予定!

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第二十章、モグラ作戦!そしてサイゴンの休日!

パート2!

1960年から始まったベトナム戦争だったが始めは

フランス軍が破れ、米国軍が引き続き戦争をしているが

この頃になると解放戦線側に押され気味になっていた

決局!このトンネル作戦、私達二人が進んだ距離は20キロ弱!

敵を八人も倒してしまった。

トンネルも空気取り入れ口やら途中で縦穴に行き当たり

そして又横穴に入ったりと大変だったが、一応の成果を収めた。

この報告はフランクを通じ、上層部に伝えられ他と後日ではあるが耳に入った。

私の部隊の仲間達も私を入れて十一人になってしまったが

その後の補給は無い!

休日をサイゴン市内ですごすようになった

我々は、他の部隊所属の兵隊達からも声を掛けられるほど有名になっていた。

我々特殊部隊の隊員は、他の兵達と違い給料を

軍票( MPC!)で貰わなかった

( 軍票とは軍隊が戦地で使用する軍用手形である!)

アメリカ軍では南べトナムの民間人がこの軍票で支払いを受けるのを

絶対に禁止していた

だから、給料を軍票で受け取った兵士達は故郷に送金するか貯金するか

またはPX( 軍のマーケット!)で買い物することに

使用範囲は制限されていた、でも裏では取引されていたのも事実!

青緑色をしたベトナム共和国の中央銀行の描いた

ピアストル紙幣では、この頃あまり

良い顔をしてくれず

我々はドルを使った( この頃はドルが365円だった!)

私はこの頃になるとサイゴンの街角から街角路地から

路地へと全ての路は知り尽くしていた。

 そして日本大使館がグエンフエ通りにあることも知っていたし

我々が時々飲みに

行っていたキャバレー( アルカンシエル!)はチョロンとサイゴンを結ぶ

大通りドンカン通りの中ほどに有った。

そして市場前広場からサイゴン川の川岸に通じる大通りをハムギ通りと言った。

( ミナミベトナムのウオール街だ!)

この頃はまだ、このウオール街の賑わいは以前と変らないが

少しずつだが敗戦の色が

濃くなるにつれて錆びれて行った。

このウオール街であるハムギ通りの川岸近くに密輸品やPX流れを扱う

露天がある!

ここで手に入らないものは、東南アジア何処を探しても手に入らぬと

言われていた程、品物の種類の豊富さに驚いた

フランクと二人でレロイ通りとグエンフエ通りの角にある

米国統合情報局へは、フランクのボデイガードとして同伴した。

米国統合情報局へは情報召集という理由だが

本当の理由は戦局だった

フランクは私に「 アメリカ民主党の奴らは、友邦を平気で見限る連中だ!

北爆は限定攻撃だし、敵の基地の上空では警告まで与えている

それに北へは地上へは、兵力を一歩も進めない

まるで片手片足を縛られて戦争をしているようなもんさ!

大体この戦争のやり方が間違っている!」と言っていた

だから統合情報局へは

戦局を見極めに行くのだと!

( 我々が寝ている間に終戦と言う事になれば我々は、置いてけぼりさ!)

とも言う!。

広報係りの部屋には世界中の新聞のベトナム戦争に関する記事が

英訳されてぶら下がっている

どんなくだらない記事でもちやんと英訳されていた。

日本の特派員のものも例外ではなかった、このサイゴンには

アメリカ( MACV!)

援助軍司令部があったが、ギャングのシンジケートそのままだった。

4月5日気ままに更新

次回4月15日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)!

第二十章、モグラ作戦!そしてサイゴンの休日!

私がベッドのように見えたのも土をベッド上に盛り土の上に筵を

被せているだけだしテーブルも同様だった。

ここで彼等は情報を収集したり夜に紛れてゲリラ活動をしていたと思われる

射殺した彼らの横には( Kレーション!)と呼ばれている

韓国兵の携帯食が、散ばっていた

( この中には、白菜のキムチ、魚の煮付け、牛肉の旨煮!)

その他米国兵の戦闘服なども有った

このとき初めて気が付いたのであるが

銃の爆発音ではこのトンネルは、ビクともしない事だった。

私達二人が使用した銃は、ハンドガンの中でも口径は大きく

私の銃は357マグナム銃なので発射音はかなり大きく

トーマスの使用銃も45口径なので音も大きい

トーマスに残弾を聞くと三発、したがって九発使用

私は六発中五発、使用弾合計八発使用したにもかかわらず

穴はびくともせず又、土一つ落ちていないのである

私がアレコレ詮索している間にトーマスは

敵のアンテナ装置をハンドトーキイに連結して

地上に居るフランク達に連絡を取っている

( トンネルは西へ伸びているのを考慮して地上に居る

フランク達も

私達と同じく西へ移動していた!)

穴の中からでは地上に居る仲間達と連絡が取れず

彼等が残した装置は、その点、天の助けだった。

フランク達の本隊と連絡が取れ

我々二人は、トンネルを前進する。

その途中、意外なことを発見する!

それは土で作った栓だった!

トンネルを進んでいると土が落ちている場所に出てしまい

どうしたものかとランプを当てると、土が軟らかく足で向こうへ蹴ると

土は無くなり

明かりを当てると土があった側には、ハエや昆虫が死んでいて

トンネルの土の上が乾いていた

これを考えてみると彼らは

我々がマイテイマイトなる兵器を使用しコンプレッサーで

高濃度のCSガスやHDガスなる毒ガスを送り込む

新兵器を土にて壁を作ることで防いでいたのだ!

( この戦争と同じだ、このベトナム戦争は対ゲリラ戦のプロを必要とした

近代兵器を用いた米国軍に対し

解放戦線側と北ベトナム軍は原始的武器とゲリラ戦法で向かってくる。

誰の目にも近代兵器を使用しメカニックを駆使している。

米国軍の勝利を信じていた物量的にも勝利は間違いないと

確信していたのである

3月22日気ままに更新

次回4月5日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク( 認識票!)

第19章、クチ転戦!

パート4

この日我々は敵を求めジャングル深く潜入していた時だった

この日はたいした戦闘もなく携帯食で昼食をとり

食事も終わり休息のため散開してからの出来事だった!

樹の幹にもたれ掛かり油断している時にやられたのであろう事が

一目瞭然、チャーツの遺体の周りをかなり捜したのだが

ベトコンの行方は判らなかった。

地面の下の穴から出入りしていると思い探したのだが

ベトコンの姿は無かった!

そしてチャーツが愛用していた銃M16自動小銃と

M203グレネードランチャー

そして40ミリ榴弾やM16の弾丸やマガジン

手榴弾が持ち去られていた

チャーツは一瞬で死に至ったと思われる首に付いた傷痕を見て

死は一瞬の内に訪れたのであろう事がわかる

頭部もかなりな時間捜索したのだが、見つからなかった?

敵が持ち去ったのだろう。

我々も以前の戦闘終了後的の死体を確認する際

記念に敵の右耳をそぎ落とし持ち帰ったことが有った

敵も見せしめのため持ち帰ったものだろうが

その後見せしめの首が見つかったという話も報告も耳にしていないのである。

そしてもう一人、ルーキーのアルベルトがベトコンの

ブービートラップに足を掛けると

竹槍団子が身体をめがけて飛んできて串刺しだった!

助けようにもどうしょうも無く即死だった、注意を怠った自分自身の過失だが、私には運が悪いとしか言い様が無かった。

この頃枯葉剤を散布した後のジャングルやゴム園は見通しが良くなり

明るさもよくなり明るさも増しているのだが

敵は地下に潜っているのか姿を見せない!

モグラのような彼らには、枯葉剤は何の足しにもならなかったようである

我々は彼等がカモフラージユした秘密濠の入り口を発見すると

マイテイマイトを持ち出し

地下壕の入り口に太いダクトを差込高濃度のCSガス

( CNDM砒素化合物!)やHDガス

( ビラン性毒ガス!)を送り込む!

以前にだが、こんな事も有った

その日の我々はジャングルでの作戦中

草や木で精巧に

カモフラージユされた地下壕を発見した

発見したのはたまたまで深さ七メートルもある

穴へ、ヘンリーが落ちてしまったことから始まった

3月7日気ままに更新

次回3月22日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第19章、クチ転戦!

パート3!

休暇中の楽しさとは反対に戦争はますます激化してゆき

解放戦線側はホーチミンルートを南下しているとの情報も入り

最後の激戦の様相を見せていた、鉄の三角地帯での敵は

粘り強く度重なる米軍の枯葉剤作戦に用いられた

化学物質をアメリカは除草剤( ハービサイドあるいはデフオリアント!)といいベトナムでは、これを科学毒素( チエトドクホアホク!)と呼んだ

この場合ベトナムの表現のほうが的確だろう。

以前にも述べたように枯葉作戦は公式にはランチハンド作戦と呼ばれている

毎日のようにC123プロダイバー双発輸送機が3800リットル入り

高圧タンクと連動する自動散布システムを抱え散布作戦に出動していた

前線に居る我々の頭上から散布が始まり森全体を

一部の隙間も無いほどの散布作戦だった

我々には枯葉剤は除草剤のように人畜無害だと知らされていたし

実際米国陸軍訓練テキストTC3・16にもこう書かれている

( オレンジは人畜に対しては無害である航空機から散布した

薬剤を扱って居て薬剤を浴びた兵員に警告する必要は無いが

シャワーを浴び適当な機会に衣服を取り替えなければならない

汚染された航空機は石鹸水で荒い薬品を除去しなければならない!)と

書かれてあるが前線に居る我々は着替え等出来ず

シャワー等浴びる暇等ない

( 後日といっても何年か後判ったことだが枯葉剤とは、フルネーム2378テトラ、クロロ、ジベンゾ、パラダイオキシンTCDDと言う

僅か3オンス

( 約85g!)あれば100万人を殺すことの出来る毒薬だ!

( TCDDとは四塩化ダイオキシンのことでエージェントオレンジとは?

( 枯葉剤のコードネームである!)

この鉄の三角地帯での闘いでは、散々な目に遭ってしまった

解放戦線側の敵によって

戦友が又一人戦死してしまったのだ、戦死といえば聞こえは良い

銃で撃たれたり

爆弾で爆死したのであれば最前線では当り前のことだが

戦友はマシエト( 山刀!)で

首を落とされ首から下しかなく敵が持ち帰ったものと思われるのだが

首の根元に付いているドッグタック( 認識票!)を見付け

その死体がチャーツだと確認できた次第だ!

チャーツの首なし死体を一番初めに見っけたのは私だった。

クチのジャングルでの出来事!

 

2月22日気ままに更新

次回3月8日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドグタク(認識票)

第19章、クチ転戦!

パート2!

そしてこの頃、私にも現地に彼女が出来ていた

彼女の家は市場前広場から鉄道線路沿いに十分程行った

ファングーラ通りに住んでいた

前線から帰った後の休日の楽しみは、彼女との憩いのひと時だった。

フランス植民地時代の影響だろうか?

私の彼女の周りにはフランス語が飛び回っていた

米国語もやっとの事でマスターできた私にとって

フランス語はチンプンカンプンだった

私が覚えたフランス語は、ボンジュールマドモアゼル

コマンタレブー( 今日は、お嬢さんごきげんいかがですか?)

トレビアン、メルシー、エブーメーム

( とても元気ですありがとう、で貴方はどうですか?)くらいだった。

ベトナム語はと言うとシンロイ( 失礼します!)

サバサバ( 大丈夫、大丈夫!)バームイラム

( スケベ!)マンニヨイ( 今日は!)アン( 食べる!)位しか

話すことが出来ない

彼女は日本語は全くだめだが英語はマスターしていた

でも彼女の英語は完全なる

キングスイングリッシュだった

彼女に言わせるとアメリカは英語の国ではなく

米語という特殊な英語を使っている国であるというのだ

なるほどキングスイングリッシュを

聴いていると米語に慣れた耳では何か?

日本語で言えば、京都弁でも聞いているような気がする位発音が違っていた。

このベトナムで彼女のように語学をマスターしている女性は少なく

いかに彼女の家が裕福であったかを物語っていた。

ベトナムでは科拳の制度や儒教の道徳規律が取り入れられ

歌舞建築絵画なども中国風だ

仏植民地( フランス!)時代まで知識層は漢字を使っていたし

身近な例ではハシを使って

物を食べる、そんなことでも判るように日本人とは似ている所があり

民族的にも似ている

でもこの国の歴史の過酷さは島国の温室に育った私達の想像を

絶したものだった。

ベトナムの各都市の街路には建国以来の愛国者

殉国者、烈士、烈女、救国の英雄らの名前が付けられている道路が

何本出来ても付ける名前に事欠かないほどの愛国者、殉国者を

限りなく生んだ歴史なのである

何世紀にも渡って反覆された中国軍の支配と侵略13世紀の

蒙古軍の襲来以後は仏植民地支配、日本軍の進駐そして今の戦争

直接外国の軍の

圧力が無いときは国内が分裂して内乱が相次いだ

無論ベトナム人の少しよう怜利すぎる

体質がこうした歴史を自ら作り上げたとも言えるのだろうが

それにしてもこの環境を

生き抜くのは並大抵の事ではないかとつくずく思う。

我々は前線から帰ると朝食は基地で取り夕食は街へ行った

チヨロンにあった香港レストランはよく出掛けたものだ

彼女と良く行った料理店に犬料理店がある

カレーライスもチュカーイというイヌカレーが最高だった

体がとてもよく温まりとても美味かったのを覚えている

近くにメコン川が流れていた河畔には、ホテルランサンがあった

ムード的には最も盛り上がる場所!

2月8日気ままに更新

次回2月22日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第十九章、クチ転戦!

クチの一帯は買い解放戦線の堅固な拠点!

( 鉄の三角地帯!)の一角を成していた

深い森とゴム園、地下深く縦横に掘りめぐらされている秘密濠は

我々を悩ますもののひとつだった。

作戦の第一に挙げられたものの一つに

( まず地上のゴム園やジャングルを一掃してしまう事!)だった。

枯葉作戦の散布機編隊は、ヘリも動員して出撃を繰り返していた。

一方第25歩兵師団の地上部隊は高性能ブルドーザー等の

機械力を従えつつ敵拠点の中に軍事基地を築くことを急いでいた

当時1700名にものぼる兵が動員されていた

このクチからサイゴンまでは40キロしか距離は無く

我々の休日を楽しいものにした

この頃のサイゴンの町は戦争中とは思われない賑わいを見せていた

特に私が気に入っていたのは、サイゴンの中国人地域チヨロン!

正確にはサイゴン市第五区と言う!

中国人達はテイアン( 提岸!)と呼ぶ、約70万人の架橋がひしめく

中国人の街だ!

サイゴンの中心部から車で約十分だがここは別世界かと思われるほどの

錯覚をする

ここではベトナム女性の民族衣装であるアオザイ姿が消え

漢字の看板とカン高い広東語の

ひびきが、あちこちに満ちている

街そのものを見ると香港にいるような錯覚さえする

私が知っている老人は、チヨロンだけに閉じ籠もって一度も

サイゴンに行った事が無いと言う、でもそんな人たちは別に

珍しくも何とも無かった。

政権が変ろうと戦局がどう転ぼうと、メイコアンシー( 関係が無い!)と

いう人種が圧倒的だが、その反面政治の動きには

人一倍敏感な人たちも居る。

南ベトナム経済を支える米の流通機構を握る華僑達

サイゴンの米相場は彼らの思惑でどうにでも動かすことが出来た

それに北京の影響力を受け解放戦線に力を貸す一団も居た

わが母国日本もベトナム戦争の最中にサイゴン市に大病院を

建設した話は有名!

サイゴン市第五区チャンホアンクアン通りに面して立つ病院は

大きく白くひときわ目立っていた名前は( チョーライ病院!)である

前の第二次大戦中の、日本軍のインドシナ侵略に対する

( 戦後賠償!)として旧サイゴン政権との協定に基ずいて建てたものだ!

サイゴンは、いやベトナムは元フランスの植民地であったのだが

フランスカラーが今も息付いていた。

フランス車ルノーが走り左側通行、女性達はと言うと太目の女性は少なく

( 全く居ないと思う!)スリム

フランス人とのハーフも多く美人が多い!

市の中心部のグエンフエ通りに面した外国人向けのアパートには

日本人の特派員も居た

1月25日気ままに更新

次回2月8日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八章、攻撃ヒユーイコブラ、ベルAHI

第三章

何人に命中し何人の敵を殺したか見当もつかない?

ヒューイコブラ四機が一丸となり森全体に爆撃と機銃掃射を行っている。

( この様子だと誰一人生存者は居ないだろう?)

「 でも敵は地中に穴を掘り隠れているかもしれないぞう〜?」

「 地上部隊に連絡しておくよ!」「 それよりナパーム攻撃を要請した

2〜3分で到着するだろう?」

( 前にも書いたことだが、彼等はモグラ族かと思えるほどトンネル堀が

得意な奴らだ時としてトンネルは集落の中心から小川の底を通って

竹林まで達していたことがあった、

これには全く驚いてしまった、そんな穴に発炎筒、手榴弾を何発投げ込んでも無意味であってそういった時には、マイチイマイトにて一掃するのである!

東の空からA37戦闘爆撃機が三機飛来!

ヒューイコブラ隊は後方に退く!

二個ずつナパーム弾を投下する、ジャングル全体が炎に包まれる

火柱は黒く煙を舞い上げオレンジ色の炎を立たせている

後は地上部隊に任せるしかない

残り少なくなった燃料をパイロットが知らせる、M60の弾丸も残り少なくなった

「 ベースへ引き返す!」まだ燻ぶっているジャングルに敬礼!

スチイーブとジョージ二最後の別れを告げる

( その後陸軍の地上部隊など多数が捜索するも二人の遺体は

回収不能だった!)

季節はめぐり何度目かの雨季だった基地の中は泥沼状態だった

雨の中でも我々は毎日毎日、出撃の連続だった!

運がいいのか悪いのか私は生きていた。

基地への攻撃も日増しに強力になっているようだった

我々は遊んでいた訳ではなく毎日のように敵を倒す為

ジャングルや高地に見回りパトロールを開始!

それなりに成果を収めていたのだが、敵は次から次へと現れるのである

基地内の兵隊達の間にも不安の声が聞こえてくるようになる

この前線基地の司令官はまだ若く兵士達の指揮を盛り上げるには役不足のようだった、そんな中、兵士達の期待はフランクに集中したが

フランクは上官達と兵士達の板鋏で困っていた様子だった。

或る日の事、我々特殊部隊隊員にフオクロン省北部から

ロンカン省に出るアダムスロードの外れにある集落を捜索命令が下された

フランクから渡された写真には衛星から撮ったと思われる写真が五枚!

どの写真にも敵の集落と思わせる光景が目に入る

給油の為の

タンクローリーその横には武器が格納されていると思われる建物が

鮮明に写って居るので

ある、早速この集落撃滅のための準備に取り掛かる!

この日の午後我らが部隊に二人の、ルーキー( 新人)が派遣される!

( 入隊早々最前線とは、運が悪い奴らだ!)

ルーキーの紹介が終わり役割とポジシヨンが決められる

二人ともそんなに身長はない、アルベルト等

私とそんなに変らないニユーメキシコ出身

らしく全くの白人ではない、ほとんどメキシカンだ

クラークの方は、全くの白人系だ

少し目が、ロンドンパリ風だがこれと言った特徴はないが見た目にも

気の良さそうな感じだ戦死したスチイーブとジヨージの代わりだ

今日から我々の仲間である。

今日から又十三名になる。

今度の作戦は、途中までヘリで行き割と楽であったがヘリを降りた途端!

敵と遭遇!

死者は出なかったものの少なからず傷を負う!

私も左腕に銃傷する!

弾丸は摘出したものの痛みがひどく

医務担当のスコットにモルヒネを打って貰い痛みを

ごまかしていた、私の他にロバートも左足に被弾!

トーマスも肩に負傷していた

敵を倒すのに三十分近く時間が掛かりかなりの苦戦だった

衛星写真から作成したマップ

( 地図!)を元に敵の補給地点を探す!

小高い丘から見るも、カモフラージュしているらしく

中々見付けることができなかったが

トラックの車輪の跡を一日掛け突き止めた、斥候の男には頭が下がった

こうなれば我々の出番だった、適は一日おきに移動しているらしく

守備隊も少数、

タンクローリーを爆破!敵を一人残らず殺した。

この作戦は始めの思惑通り簡単に終了してしまった

あまりに簡単すぎて腕の傷が痛くて

しょうがなかった。

本来なら戦闘が始まると興奮のあまり痛さを忘れてしまうのだが

きっとモルヒネが

切れてきたのだろうが、医療キットからモルヒネの錠剤を取り出し齧っていた

傷の養生をするには、この前線基地では不満だが

腕の傷も大した事は無い様なので

基地に置いて貰う、皆と離れたくないのが本音なのだが

近日中に我々の部隊が転戦すると言う話がフランクから出たのだが

本当の事を言うと本隊から離れない理由はこれだったのである。

この頃、米国陸軍第173空挺旅団の降下兵がタイニン省ボイロイの森から

中部高原から

転戦したという噂を聞いた。

次の我々の転戦地は、サイゴン北西四十キロ地点にあるクチである。

1月12日気ままに更新

次回1月25日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八章

攻撃ヒューイコブラ、ベルAHI

パート2!

ラオス人やベトナム人は

この巨人を御する方法を知らなかった、メコンに架かる橋は

この国には一本も無かった

それは怒れるメコンの姿だけをひたすらに恐れるためであった

メコンは生きていた乾季には( 静!)の姿であったが、雨季を迎えると

朦々しい( 動!)の形相に豹変した、1600メートルの川幅を

巨大な褐色の水魂が埋め尽くし全てを万力のような力で下流に押し

運ぼうとする!堤防を溢れた濁流はそのままラオスのタイ国土を浸した

何者も止める事は出来ない自然の大行進であった

乾季のメコンしか知らない

者にとって雨季のメコンは全くの別の生き物であった。

メコン川を十五分程南下した頃、岸辺の木の陰から二艇の艀が見え隠れする、どうやら荷を積み降ろししているようだ。

パイロットから「 接近して調べる!」と言って来る

ヘリは水面五メートルを保ち飛ぶ、

一応戦闘体勢を取る!アタックスタンバイ

「 攻撃準備!」OK、M60の銃床を肩に付け

トリーガ( 引き金)に指をそっと置き架空のターゲット( 標的!)に

照準を合わせる!

ヘリは、艀の手前でホバリング( 空中停止!)している!

パイロットが米国語で問いかけているが返答がない!

「 当たり前だこの辺りに米国語の判る奴等一人も居るもんか」

頭の中でそう思った?

ふと対岸を見ると先程まで荷の積み下ろしを何人かがしていたのを

確認したのだが、今は

一人も居なくなっている( 敵の武器運搬船かも知れん!)

「 着陸して調べるか?」( ああその方が良いな!)と会話している

その瞬間!敵からの発砲がある!

私の50センチ程横にバチバチと弾丸が命中!火花を出している。

思わずM60機関銃の引き金を引く、振動が体中に伝わっている

何を打っているのか判らず、とにかくその辺を盲撃ちする。

ヘリも40ミリ榴弾砲を機首下面の旋回砲から吐き出している

同時に固定翼下面からは

20ミリ機関砲を発射している、艀等は20ミリ機関砲で撃つと

船板が少しずつ撃ち砕かれバラバラになってゆく

最後の止めは40ミリ榴弾砲だ発射すると艀は水しぶきが上がり板切れが舞い上がる、後には艀の底板のような物が残っているだけだ

岸辺の太い樹の向こう側から我々を狙い撃ちしている

私もM60を必死でぶっ放している

他のヘリは

後方や上空から攻撃している!内臓マイクに連絡が入る? 

「 森の中が少し切れていてヘリが一機着陸できるスペースがある

着陸して調べる、小さな集落がある」 

( やめろ!まだ危険だ!)「 大丈夫だそれより援護を頼む!」

( 農民の姿が見えるぞ〜射撃を中止してくれ〜!) 

私のヘッドホンにパイロット達のやり取りが入ってくる。

誰のヘリか知らないが強行着しょうとしているらしく心配だ!

確認すると、強行着陸しているヘリは、スチイーブとジヨージが搭乗している筈なのだ、「 オイ銃座手左右を見てくれ」

( 撃つな子供が寄って来ている!) 「 手榴弾だ!危ない!」

「 飛び出せ!」

爆発音の後、ガーガーガーと雑音が入る。

着陸地点を見るとスチイーブとジヨージが搭乗していたヘリが炎上している、火達磨になり機内から転がり出てきた奴が見える?

再度誘爆が起きる、二度三度減りは小さな塊だけが炎の中に見える!

( スチイーブは?ジヨージは?)「 誰か見えるか〜生存者は?」

「 クルー達は全員やられた様だ、動く物は全て撃ち殺せ〜!」

この一声で全員の指揮は上がる!

私もM60のメタルリンクベルト給弾弾倉を取替え再びアクションレバーを

手前に引く

( 一人残らずぶっ殺してやる!)心の中でそう思いM60を右に左にと

撃ちまくった

1月3日気ままに更新

次回1月12日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)!

第、十八章、攻撃ヒューイコブラ、ベルAHI

この前線基地へ来て一ヶ月半過ぎた頃だっただろうかこの日

プレイベン基地から

サイゴンのサンソンニュット空港へ帰る途中だった

( オウムのクチバシ地区の近くでベトコンの輸送隊を見た!)と

連絡が入りフランクとロバートを二人残し十一人がヘリに分乗!

敵の輸送隊の壊滅に向かう、私はこのとき初めて

M60多目的機関銃の射手に付いた

いつものライフル( M16)のようには勝手が違うが

冷却フインが付けられた

このM60は中々のものだった、このM60は固定式になっているが

簡単に取り外しが出来る!

機関部の左側に軽量の保弾箱が付いているので保弾手が不要なのである

ヒューイコブラに乗り込むとヘルメットを被る、

ヘルメットには無線が内臓されていてパイロット達クルーと会話が可能だ!

ヘルメットの横に小型マイクが付いている

パイロットから( マイクを口元に!)

( 安全ベルトを!)と言って来る

( ラジャー「 了解!」 )

ヒューイコブラは、サイゴン川回廊ルートを南下する!

かなりの低空で飛んでいる、今にも木の枝に引っかかり

そうでときたま枝が

腹をこするのかザ〜ザ〜と音がする、この辺りは低空で飛ばないと

敵を見付け難いのと上空をヘリのスピード( 300〜350!)位で

のんびり飛んでいると敵の

ミサイル携帯発射機ステンガーの格好の餌食になるM60に

装弾アクションレバーを

引く、これでスタンバイOKだ!

私と同乗しているのはチャ―ッと、ジョージの三人!

パイロットを入れると

五人になる

機首に向かい私は左の銃座撃射手、右はチャーツだヘリは

メコン添いに飛ぶ

メコン川は

遠くヒマラヤ山系のチベット高原に源を発したヒマラヤの万年雪の

水滴は南に流れて

中国雲南省を通りやがて、ビルマ、ラオス国境に出る

上流はものすごい激流で

渓谷を侵し岩を噛み急勾配を砕けながら流れ落ちる、

やがて緩やかな流れとなる、

ラオス、タイ国境をさらに南にラオスの王都ルアンプラパンを通り

再び両国の

国境線を形作り堂々とした力強い姿に変る、そして約800キロ、

ラオスの西南端を横切ってカンボジアに入りベトナム南部に

広大で肥妖な

メコンデルタを作り大きな九っの河口から南シナ海に注いでいる、

水源地の標高約5000メートル全長4500キロ、

流域面積795000平方キロに達する

東南アジア第一の大河である!この大河の恵みを受けるものは

2500万人を超える

流域の開発は2・3を除いてほとんどが手付かずの状態であり

その為に

( 眠れる偉大なるメコン!)とも呼ばれていた

あらゆる可能性を秘めながら目覚めない巨人の姿に似ていた

12月23日気ままに更新!

次回2009年1月3日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七章、休暇〜召集命令!

パート3!

ベトナム戦争は

劇的な幕切れを迎えるのだが、まだこの時点では誰もが勝利を

信じていたと思う

我々もこの頃になると顔も自然に売れてくる

何処の舞台に遠征に行っても隊の名を知らない者はいなかった

( 戦争の、プロフエッシヨナル!)と呼ばれたり

( 命知らずの救助隊!)とか色々なネームで呼ぶ

我々フランク以下13名は悪名と思わず誇りにさえ思っていたのであるが、

その我々命知らずの隊員でも韓国兵チームで編成されていた

「 猛韓隊!」だけには、一目置き敬意を表していた

最前線で戦闘時、彼等は臆する事無く鬼畜の如く闘っていたその

闘いぶりを

勲章で賞賛するならばシルバースター以上であると我々の上官である

フランクも認めるところである

私達はこの韓国兵と暫くサージス基地にて寝起きを共にすることになる

この基地は、兵員総数100名程、基地としては小規模だが

前文にも書いたように道が

複雑に交差している重要地点!

それだけに激務!敵がどの道から来るか狙いの付けようが無く

基地にヘリポートを急ピッチで造らせてヒューイコブラ五機を編入し

毎日

パトロールを繰り返していた

我々もヘリに乗り空からのパトロールに出掛ける毎日だった

或る日パトロールの最中、小さな集落を発見する!

地図にも無い小さな集落だ

集落の中ほどには豚が4〜5頭野放しにされていた、

鳥等もかなりの数が、養鶏されていた

( 集落の割には、裕福なようだが調べる必要があるな!)

フランクの指示で全員が集落を片っ端から調べ始める。

すると尊重の自宅らしき家から隠してある武器が発見される

ソ連製AK47突撃銃や

ロケット砲、ソ連製KKSカービン銃

ドラグノフ7・62ミリ口径狙撃銃、

シュパーキンマシンガン等の他、中国製の67式柄付手榴弾等色々出てきた、

村の長に通訳を通して尋問すると預かっている物だという?

全員を集落の真ん中に集める、村人達は殆んどが年寄りと子供だが

その仲に片足の若い男がいる?

通訳を通しその男になぜ片足になったのかと聞くと

農作業に行く途中

地雷を踏んだと言うが信用出来ない、でもこの村全体がべトコンの

村だと判っていても

まさか皆殺しにする訳にも行かない、無線で前線の基地に問う!

結局!武器を爆破( 使用不可能にする!)村落を燃やし

食料である米を燃やす

( 種籾!)

鳥や豚を持てるだけ持たせ後は殺す!

敵のための食料は残さないようにする

このときは村人全員を前線基地まで送り届けるが

この時も危険な時である

ベトコン( 仲間!)が必ず救出に来る!

我々はそれを承知で行動する!

敵を探し回る心配が無いからである!でもこれは大変危険な作戦で

村人達は途中から

一人抜け二人抜けする、それを判って見逃す。

戦闘になっても村人達を守るような闘い方はしない

我々は自分が生きるための戦いしかしないからだし戦闘になれば

人の事などかまっていられないのである。

12月14日気ままに更新

次回12月23日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十七章、休暇〜召集命令!

パート2!

三〜四日休暇が取れると、ビーチ等にサマーベッドを持ち込み

ビーチパラソルを立て

ビール等を飲みながら読書にふける

これが本当の休暇の過ごし方だと思っている

国民性の違いだろうか日本人は休暇が取れると連日

バタバタと動き回り休暇が終わり

仕事が始まると疲れがド〜っと出てしまい

これでは休暇とは言えない

外国で日本人を見つけるのは簡単で、団体で移動しているか一人で

お土産をいっぱい持って移動しているのが日本人! 

これでは見聞を広めるための旅行ではなく土産品を買うためだけの旅行だ

全員に召集命令が掛かったのは

一週間後だった!

出動命令が出た

( これからの我々の舞台はサイゴンの近くになりそうだ!)と

久し振りに会う

ロバートが話し掛けて来る

我々が乗り込むヘリは今までのヘリとは違い

重装備しているヒューイコブラだ

正式には

ベルAHI型攻撃用ヘリで火器は、というと機首下面の

旋回砲塔7・62ミリ機銃+40ミリ榴弾砲

固定翼下面2・75インチロケット弾+40ミリ機銃砲

最高速度時速353キロ航続距離573キロの怪物だ! 

このコブラで移動する移動は、17度戦を南下!

ちょうど12度戦下にフイッシュフックエリア

( 釣り針地区! )がある

ビンズン省に抜けるサイゴン川回廊ルート、フオクロン省に抜ける

サイゴン川回廊、

フオクロン省の省境からロンカン省へ向かうサージスジャングル

ハイウエールート!

フオクロン省北部から同じくロンカン省に出るアダムスロードなどが

複雑に交差している

地区を米軍は釣針地区と名付けているのだが

我々の任務はこの複雑な交差地点で

敵の一掃作戦と敵の攪乱作戦である

以前は、この地区も海兵隊員の昼寝地とまで呼ばれる程の

安全地帯だったのだが

今はかなりな激戦地帯になっている

我が隊が身柄を預けた地はフオクロン省の省境からロンカン省へ向かう

サージスジャングルハイウエーにある橋の袂にある前線基地だった

私達は前線基地で、韓国の勇士と呼ばれている

「 猛韓隊!」と席を同じくする

このベトナム戦争では最盛期1969年にはアメリカ軍54万人

オーストラリア韓国等の軍隊7万人、南ベトナム政府軍60万人と合わせて

120万人もの兵力が戦闘行為を展開した

( 勿論、解放戦線北ベトナム軍のほうも、同様の兵力であっただろう!)

75年4月解放勢力側は、ホーチミン作戦でサイゴンを陥落、

12月4日気ままに更新

次回12月14日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

15章を入れ忘れていました。

新たに入れましたので読んで下さい。

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)

第十七章、休暇〜召集命令!

ここには運河マーケットもあり、そこは東南アジア特有の活気が

みなぎっている

運河には色々な船( ボート、カヌー!)がいて、

スピード違反の水上タクシーも

ひっきりなしに通過する油断していると頭から運河の水を

浴びせられたりする

しかし慣れるとは、恐ろしいものでその内臭いも気にならなくなり

次第に周りの景色が目に入ってくる

我々は心地よい揺れを楽しんだ。

運河をさかのぼっていくと民家も少なくなりヤシの樹が連なってくる

一見、リゾート風の建物が多くなってくる

バンコクからパタヤまでは約150キロ!

真っ直ぐ南へ向かう道路の両サイドには様々の日本企業の工場が見える

パタヤは東洋のハワイとか東洋のリビエラと呼ばれる、

タイ最大のリゾート地で

白い砂浜のビーチが四キロにも渡ってゆるいカーブを描いて続いている

ビーチにはハワイのように砂浜に沿って高級ホテルが立ち並び

世界各国の観光客が押し寄せている

ハワイのワイキキよりは白人の数が多く

中々インターナショナルな雰囲気だ

私達が訪れたのは、勿論、戦争中でここは米兵の保養地として

発展した所で

( 仏教の国タイ!)というオリエンタルなムードとは

およそかけ離れた

アメリカナイズされた観光地と

言った所だった、夜になるとパタヤは豹変する!

白人と東洋人そして女とゲイボーイの入り混じったインターナショナルな

一大歓楽街となるのだ、ビーチ沿いの道路脇には

オープン形式のスタンドバーが軒を連ね蛍光ピンクの電飾に照らされた

夜の女が客を誘いかなり怪しい雰囲気になっている、

ここパタヤにはかなりの数のゲイボーイがいるということだ、

この戦争で米国軍が

保養地として一気にアメリカンスタイルの歓楽街が

出来あがったと同時に、

ホモセクシュアルの世界も流れ込んできた

欧米人から見れば東洋人の男は体格も女性サイズに近いので、

ゲイの対象として見られるのだ

我々はそんな男女達を横目で見ながら、トウクトウク

( 三輪のタクシー!)に乗り

ウインザーキャバレーに行った、ここではタイ東北部で有名な

パパイヤのサラダ

( 青いパパイヤを千切りにして沢蟹をすりつぶして入れた香辛料を

まぶして食べる!)がとても美味かったのを忘れられない

フランク達のようなアメリカ人と旅行を楽しんでいると、

本来旅行とか休暇等の使い方を考えさせられてしまう

彼等アメリカ人は旅行本来の楽しみ方を知っていると

言った方が正解だろう!

11月25日気ままに更新

次回12月4日更新予定!

 

 

 

 

第十六章、救出作戦!激戦(AK47突撃銃!)

パート3!

水面に顔を出すと岸辺にいた敵兵は倒れていた

でも水から出るのはフランク達が

来るまで待つことにする今自分が、持っている武器はナイフ一本だ、

もし敵兵が来れば万事休すだ!

こうした場合は待つのが懸命!

暫くするとフランク達が駆け寄ってくる、そのとき私も水中から

上がる対岸には

リチャードとスチイーブが援護してくれている

私は彼等に大きく手を振るリチャード達も私を見て銃を構えたまま

小さく手を振っている

私が水から出て、安全と見たのかジャングルに身を潜めていた

パイロット達が出て来た

三人共無事のようだ、一人左足に被弾している

( 弾丸は食い込んだままだけど骨に異常無し出血も止まっている!)

と医療担当のスコットが見ている

弾丸が足に食い込んだままだと歩きにくいし炎症を起こし兼ねないので

樹陰で弾丸を摘出する

後は痛み止めにモルヒネを射つ!

これで大丈夫だ!

我々十三名プラス斥候の十四人と救出した三人は

べトコンの住居とも言うべき

ジャングルを出たのは、二日後無事救出用ヘリに全員飛び乗ったのだが、

只一人、デイビットの遺体を残したままなのが心残りだったのだが?

この作戦に対し私は、ブロンズスター( 銅賞!)

戦功勲章を綬与された

フランクとロバート達はシルバースター( 銀賞!)

勲章が、綬与された綬与式に

際しては

号令は中尉が正式にプレゼントアームズ( 奉銃!)した

殊勲者に対する栄誉礼だ!

私の場合、コロネル( 大佐!)が綬与してくれ

そうした労をねぎらった

そして我々には、この日から三日間の休暇が与えられた。

三日間の休暇を貰ったが、こんな戦場では

何をどうして言いか判らない

久し振りに命の洗濯をしたいしゆっくりと風呂にも入りたい!

前線基地では、夕方スコールが降るとシャンプーと石鹸を持ち出し

身体を洗ったものだ

後方の基地に帰ってもシャワーも止まり、日本人の私としては

やはりお湯を浴槽に

たっぷり入れ足を伸ばしてゆっくり入りたい

風呂と言えば、私が育った町は、日本で最古の温泉として知られている

某温泉の直ぐ近く

幼い時は、毎日母親に手を引かれ温泉に行ったものだ、

少し大きくなると今度は温泉が

友達とのコミニケーションの場所であり遊び場だった

( 00温泉は冷泉なので一度汲み上げて沸かしている!)

風呂場で泳いだり潜ったり遊び疲れると脱衣場に上がり涼を取る

そんな繰り返しだった

幾ら家に風呂があっても、私が育った町の人は温泉へ

お金を払って入浴する

そんな幼いときの思い出が蘇える。

パイプベッドに横になり天井に吊っている飛行機のプロペラのような

羽根を見ていると

( そういえば温泉にも同じようなものがあつたっけ?)と

独り言を言ってみる

基地に帰った時、顔見知りの兵隊から貰った日本のタバコ

( ロングピース!)をふかしている、久し振りの日本の香りだ

タバコを二本吸った頃

フランクとロバートが部屋に入ってくる

( これからバンコクまで行くんだが一緒に行くかい?)と

言ってくれる

私としては、別に何の約束も無いのでOKして着替える

基地からヘリで隊のウタパオ空港まで便乗予定だとか、

我々三人は輸送用双胴ヘリに便乗、

タイのウタパオ空港に舞い降りタクーを使いバンコク市内へ入る

バンコク市内を流れるチャオプラヤ川運河を使ってトンブリ地区へ入ると!

そこは、水上生活者のエリアだ、お世辞にも綺麗とは言えない

いわえる垂れ流しの運河で、ドブ川の臭いすら漂ってくるが

ここに住む人達は

運河の水を生活用水として使っている

何ともたくましい限りである。

 

11月13日気ままに更新

次回11月22日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

第十六章、救出作戦!激戦AK47突撃銃!

パート2!

そんな心配をしながら川岸を歩いていると無線が入る

全員戦闘体制に入る!

全員戦闘体制に円陣を組みフランクを囲むように援護する

フランクはマイクを取り出し応答する。

パイロット達との距離は近いらしい

通話を終えるとフランクが支持する

( もう少し上流の川が曲がった所らしいのだが

敵が近くにいて身動きが

取れないらしい!)

歩きながらそんなことを話す川が左に曲がった所に来て思わず身を伏せる!

( 敵が!)

対岸を見ると川岸に三人座っていて水の中に二人いる

水浴びをしているようだ?

パイロット達はどうやらこのべトコンの向こうで息を殺しているらしい

ミラーの反射で応答がある。

ここで敵を倒すか敵をやり過ごし敵が立ち退くのを待つか

判断に迫られる

我等の指揮官であるフランクは前者を取る!

日本で言うなら忍者のょうに、水に潜りナイフで水中の敵を倒し

川岸の敵は

狙い撃つというもので潜る役は、私に廻ってきた

私は一度ジャングルに入り少し上流から潜って敵を倒す

後はフランク達がうまくやってくれるだろう?

私は荷を降ろしシヤッを脱ぎ水に入る!

流れは緩やかだし水の中は、気持ちがいい一度浮き草の中に顔を出し、

息継ぎと敵との距離と呼吸を整える、水深は三メートル弱

大きく息を吸い込み潜る!

川の中ほどで一度浮上して空気を吸い込み敵の位置を確認して

再度潜る、

途中ギョッと

するほどの大きな魚を見る( メートル級以上!)

敵の体が見えてくる敵は二メートル程の深さのある所で時々水底に足を付け

跳び上がるように水底を蹴っている、その為少し水が濁ってはいるが、

私にとっては好都合である。

腰のベルトから刺殺用ナイフ、ガーバーマークIを抜き

敵の右腹肝臓めがけナイフを刺す

ここを刺されると出血の為声が出ず絶命する!

必ず死に至る!

肝臓に刺したナイフを抜くと血が水中に広がる

でも血は水より重いのか

広範囲には広がらず水底に沈んでゆく、かなりの量だ

血の花の中に手が触れると

少し生暖かいような気がする

ナイフで刺した敵兵が呼吸をするたびに血が大量に出ているようだ

敵の身体は水中に沈んでいる、その敵の手がまるでオイでおいでを

しているように

ユラユラと水中を漂っている

続いて次に敵にナイフを刺す二人目は、

背中から心臓を一突きにする。刺した瞬間

水面に顔を出し呼吸をする!

その途端、銃声が耳に飛び込んで来る!

慌てて潜るが水中に撃ってこない、よく耳を澄ましていると

銃声はよく聞きなれたリチャードのM14AIとスチイーブが

使っているMIC7・62狙撃銃の音だと判る

11月4日気ままに更新

次回11月13日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、( 認識票!)

第、十六章、救出作戦、激戦、AK47突撃銃!

30連バナナ弾倉を抜くと、ブリット( 弾丸!)が二十発程残っている

べトコンの死体やその辺りを探し回りバナナ弾倉五本と

バラ弾120発程を手に入れ

背袋に入れる、手にM16を持ち背にマクマラン35・5口径

ライフルを掛け

そして、又肩にソ連製AK47突撃銃を掛ける

胸のジャケットには、手榴弾四個、胸には40ミリ榴弾を

クロスに掛け腋の下の

ホルスターにはコルトトルーパー、腰の弾帯ベルトには

M16のカートリッジ( 30連!)を八本

ポーチにはマクマラン35・5口径の実弾弾倉十二発入り弾倉五本と、

357トルーパーの実弾を二十発程、

この身体に一体何kgの武器や弾薬を

携帯して移動しているのだろうか考えただけでも気が遠くなる

それにこれ以上に背嚢に携帯食量や医療品が入っている

今私達がいるところは、ジャングルの中

水を飲むにも小休止時ハンゴーに川の

水を入れそこに浄化剤クーレイドを入れてがぶ飲みする、

暑く蒸し暑いジャングルでは脱水状態にならないよう水分を必ず補う。

その為の浄化剤や強力下痢止め薬( ロモチール!)と

( イモヂアム!)等も

医療キットに入ってい、燻ぶるべトコンの基地を後にする

結局!彼等の死体は、十五名確認したが後始末をしないでこの場を離れる!

銃声や爆発音があれだけ派手にしたのだ

近くにいる敵を呼び寄せるようなもの

長居は無用である

べトコンの基地からジャングルへ二十分程入るとかなり大きな

石仏像が鎮座している

場所に出る、この仏像を見ていると歴史的には

日本と代わらないと思うが

ベトナムでは科拳の制度や儒教の道徳規律が取り入れられ

歌舞建築絵画なども

中国風だし仏教も日本と同様

大衆仏教だし仏( フランス!)植民地時代まで知識層は

漢字を使っていた

身近な例では人々は、ハシを使って物を食べるのである

この仏像の鎮座地点を過ぎると、合流地点まではもう少しらしい

コンパスを確かめながらフランクは進んでいるジャングルを

一時間半ほど入ると

川幅が三十メートル位の水の澄んだ川に出る!

ここがパイロット達との合流地点だそうだが少し川を逆上しながら

パイロット達を探さなければならない

川岸はススキや葦が生えているが、身を隠すほどの遮蔽物は無く

敵と遭遇すれば

後方のジャングルへ逃げ込むか戦うしかない

敵が多ければ万事休すだ

10月26日気ままに更新

次回11月4日更新予定!

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)

第十五章、救出作戦!激戦(ダムダム弾)

そして救助を求めているパイロット達も敵陣の真っ只中であることを知り

時々しか救助信号を送れずハンドトーキーによる連絡も

出来ずにいるのだろうと推察する。

今日の昼過ぎブルーシグナルをDC機が確認している

( これからは敵の真っ只中にいるのだから暗号を使わないと

いけないなあ〜!)

( でも、パイロットの奴!暗号で大丈夫かなあ〜?)

( やってみるさ!)( 、、、、、返事が無い!)

( とにかく飛行機の近くまで、行かなきやあならないな

何か手掛かりが有るかも知れない!)

( しょうがないなあ〜!)

空はいつの間にか星が消え明け始めていた。

明るくなるとまずい!

こんなジャングルの入り口辺りでウロウロしていたら又敵と遭遇してしまう、完全に夜が明けてしまうまでに、ジャングル深く侵入しなければならない

フランクの合図で全員が動くそれぞれの武器を持ち沈黙のまま配置に付く

歩きながら武器の点検をする

私も自分の銃の安全装置を外す!

この辺りは敵のテリトリー内だろうから、罠は無い筈だ!

以前に誰かが言った言葉が頭をよぎる

( 敵のいる所には罠が無い、だから無人の道を通るより敵を倒して

進むのがグッド!)だと、薄暗いジャングルを歩きながら色々な事を考える

精神は緊張してピリピリしているのだが

戦闘時の教訓等が知らず知らず頭中に甦る

( ベトナム戦争での合言葉!( 最初の十分を持ちこたえろ!)

つまり、十分間敵の攻撃を耐えれば必ず支援の空爆が加えられる

でも他の戦闘では最初の十分間を支えきれなく全滅した部隊も

数多く覚えている

そして私達のように少数で行動をしている部隊は

余程の大儀名文がないと支援は期待

出来ない、そして我々特殊部隊は生存することを徹底して教育する

死ぬのはいつでも可能だからである

生存し続けるには敵によって倒されないことであるから

敵を倒すための訓練は常に厳しく一人の敵を倒すには、三十秒以内とされた、それ以上だと背後から

敵に攻撃を加えられる危険が増大する。

戦闘中部下や、戦友から救助を求められた時等は

先ず自分の敵を倒すことに専念して

決して精神集中を乱してはならない。

まず勝負に勝つことが先決であり、それから救援に向かうべきなのだ

友情を勘違いすると、決局どちらもやられてしまう窮地は自らの手で切り開くか救援が来るまで持ちこたえるべきなのだ。

そんな教科書通りの言葉をアレコレと考え、頭の中で納得しながら

周囲には気を配り進む。

突然、フランク達からストップの合図が入る

無線機に暗号通信が入ったらしい!

OK、を出し直ぐ無線を切りこの場を立ち去る!

(敵の無線傍受をかなり意識しているようだが当然だろう

最前線で戦う我々にとって( まさか!)とか( だろう!)

の言葉は無い

小さな失敗が全員の死に繋がるのだ!

フランクの話だとパイロット達は、五人の内二名

戦死、三名が生存、敵がかなりな数いるらしく今迄連絡が取れなかったようだ

フランクの話だと合流地点は確認済みになっているらしいが

ジャングル全体が敵の根拠地になっているようなもので果たして合流地点までたどり着けるかどうか危ないものだとか?暫く進んでいると斥候に出ていた

カトウー族の男が帰って来た。

彼の話によると、敵の前線基地が近くにありかなりの量の

武器弾薬を備蓄していて兵達は

かなりの武器弾薬で武装しているというそして

( べトコン達が捕虜を尋問していた!)と言うのである

でも捕虜が米兵であるか南ベトナム政府軍兵士かどうかは

判らなかったらしく

( ひょっとするとパイロットの生き残りかも知れないなあ〜!)

( 救出しょうぜ!)

( 出発だ!)

敵の前線基地は小高い丘を越えると直ぐ下に見えた

平地で自然の地形をうまく利用している。

 基地の入り口か出口に当たる場所の樹上には見張りのための

監視塔が設置されている。

 監視等は全部で五ヶ所!

ここで私の出番となる! 

肩に掛けているホルダーから愛銃のマクマラン35・5口径を取り出す

ホルダーのポヶットからスコープを取り出し装着する弾丸も装弾完了!

ジャケットのポケットからホルダーを取り出し中に入っている

サプレッサー( 消音器!)を取り出す

( サプレッサーは、かなり音は消えるがその分威力が落ちるので心配だが、遠距離でも無いので大丈夫だろう?

弾丸は高速ライフル弾を使用しているので、火薬量も普通

のライフル弾より多く破壊力にしても大丈夫だと思う!)

一箇所の監視塔には、二人が見張りに立っている

監視塔から監視塔までの距離は30メートル強、敵に一発も撃たす事無く

倒さなければならない

その為には一撃必殺でなければならない狙うところは、頭部か心臓だろう。

狙撃手はリチャード、ステイーブ、そして私の三人

リチャードがM14AI、ステイーブがMIC7・26狙撃銃を使用する

一箇所の監視塔を三人がかりで急襲する、二人が先制攻撃

リチャード一人を押さえにする、要するに隣の監視等の奴等に気付かれず

倒さなければならない

私達三人はフランク達と離れ三人隊制を取る( 狙撃体制!)

リーダーをステイーブにする

太めの樹陰にて狙いを付ける、スコープ内の照準に敵の顔が浮かび上がる。

リチャードがアタック( 攻撃!)サインを出す

ステイーブが( 右!)と小声でささやく

私も( 左!)と小声で返す照準が決まると、フアイブ!

つまり( 5!)から秒読みが始まる、43210フアイャーとなる!

精神を集中する!緊張する一瞬だ

撃ち損なってもリチャードがフォローしてくれるものの失敗は許されない、我々全員の命が掛かっていると言っても過言ではない

この場合一撃必殺でなくてはならない為頭部を狙う頭は、ヘルメットでカバーされているので、殆んど顔の真ん中を狙う事にする!

トリガー( 引き金!)を、絞ると座布団を木で叩いた様な音と同時に薬莢が排出される( パーフエクション!)

リチャードから声が掛かる、ステイーブもうまくいったようだ

( 距離にしてみても、300メートル位だ、たいした距離ではない!

続いて第二第三と狙撃を完了してゆく五ヶ所の

監視塔の敵を倒すのに、そんな時間は過からなかつた

フイニッシュ( 完了!)

サインを、フランク達にリチャードが合図する!

( ゴー!)サインが出る、四方面から基地に侵入する

私達も狙撃銃をM16に換え後に続くセレクターはオートにしている

ここでの基地は名だけで、私たちが勝手に付けた?

とそう言った方が正解だろう、建物も高床式になっているものと

小屋式のものがあり壁に板は使用しているものの屋根は、バナナの葉のようなもので葺いているようである。

建物個数は八件、武器弾薬の倉庫になっている小屋も見つける!

始めに爆破専門のヘンリーがTNT火薬を仕掛けている間

フランク達が捕虜になっている男を助ける、我々三人は後方から援護する

フランク達が小さな小屋に飛び込む!

数秒間銃声が続く周囲にいた敵が集まってくる!

敵の数もかなりいる

フランク達が窓から脱出したのを確かめてヘンリーがスイッチを入れる

至る所で爆発が起こる、べトコンが吹っ飛ぶ、建物が爆発

ちょっとしたパニックだ!

広場に目をやると混乱した敵がバナナ弾倉を装着したソ連製AK47だろう、当りかまわず乱射している、私はM16をフルオート( 全自動!)から

セミオート( 半自動!)に切り替え点射にて5〜6発ぶっ放す

べトコンはAK47を乱射しながら倒れる!

他の建物の蔭からも、単発的に撃ってくる

我々も少しずつ前に出て敵を確実に倒してゆく十分もすると敵からの

発砲も無くなり、時折止めを刺すためのものだろう単発的に銃声がする

まだ息がある敵は止めを刺す( 頭を一発!)

このとき私は始めて腋の下のホルスターに納まっている愛用銃357

コルトトルーパーを使用する

私は357トルーパーの弾丸にフルメタルジャケット弾ではなく

特殊部隊の訓練時に教わった水銀弾を自ら製作し使用した。

( ベトナム戦争ではジュネーブ協定もジエノサイド条約

「 ナチスによるユダヤ人虐殺のような集団殺害を防止し

その処罰を定めた条約!」

1948年国連総会で採択を計ったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四章、救出作戦、デイビット曹長戦死!

パート5!

敵は声も無く絶命し膝から崩れ落ちる

崩れ落ちても小便は止まらずチョロチョロと出っ放しだった

敵が地面に横たわりナイフを抜くと手に血が吹き付けてくるのが分かる

辺り一面地の臭いと小便の臭いが漂っている

その時、ふと辺りを見回し他の敵に気付かれはし無いかと

闇の中を見回すが

敵に気付かれた様子は無い、冷静に考えてみると夜営した時、

皆と固まっては寝なかったものの小声で呼べば聞こえる距離に

居たのは間違いない。

口笛でコーロギの鳴き声を出す、合図が返ってくる!

 全員が近くに居るようだ

暫くすると月明かりが差してくる! 

皆の姿が闇の中にボ〜っと見える

トーマスが私の近くに居るらしく私に寄って来た

( さすがだなあ〜見ていたよ!)

と暗闇から聞き覚えのある声が聞こえる?

フランク達の声だ!

それより敵の死体を隠さないと!( こっちへ持って来い!穴がある!)

私とトーマスが敵の手を持ち引きずり穴に投げ込む!

 死体を投げ入れると土と枯葉でカモフラージュする

処理後全員が集まる

まず敵についての意見!

( 斥候ではない、何故なら携帯食料を所持していない

夜ジャングルで安心して

歩きながらタバコを吸っている、それは自分達のテリトリー内だから出来る、

そして四人とも銃の安全装置が掛かっていた!)

これによると敵のキャンプが、陣営が近くに有ると言う事が判った

それともう一件!

一番大切な問題を忘れていた?( 見張り( 歩哨!)は誰がしていたか?)

この事である!

決局デイビットが眠り込んでしまい気が付くと敵は目前に迫っていて仲間に

知らせる訳にいかず、かろうじて一人は倒したもののフランクとロバーッが

一人ずつ片付けたようだ

デイビットは気の毒なくらいフランクに怒られる!

( お前は皆を殺す積もりか〜!)と

これは他人事ではない一番大切な事だ、敵陣や戦闘中はちょっとした

油断が全員を危機に落とす

怒られたデイビットも始めは、クシュンとしていたが私と同じく

十代の青年らしく

立ち直りも早く暫くすると、ケロッとしていた。

でもこの時点で皆の心配が頂点に達したようだった

敵の真っ只中に

不時着の様な形で飛行機がジャングルに、突っ込んでいる

パイロット達が助かっているのだ、敵も必死で行方を探しているだろう。

10月16日気ままに更新

次回10月26日更新予定!

 

 

 

 

第十四章、救出作戦、デイビット曹長戦死!

パート4!

このジャングルの何処かにパイロット達が救助を待っているのだろうか?

無線を入れてみる( 生存者が救助ジャケットを着用していればジャケットに

非常信号灯、信号弾、小型ハンドトーキー( 無線機!)の他銃を携帯しているはずなのだが?)

応答は無い!ベース( 基地!)に連絡を入れると今日の昼頃から通信が

途絶えているらしいが、昼過ぎ上空を飛んだAIスカイレーダーが

ジャングルからの

救助信号をキャッチしている、そしてその後

位置確認用のブルーライト信号を

確認しているとの報告が入る

でもこのアトブーに向かうジャングルは

適の前線基地の真っ只中にあり

下手に動き回ると救出どころか我々が救出される羽目になりかねない

ここはひとつ、慎重に事を運び隠密裏に行動しなければならない

今居るジャングルは深く困難が予想される

とにかく今日はこの辺で野営して

明日未明から捜索する事になる

携帯食にて夕食を済ませ明日の作戦の打ち合わせを行う、

打ち合わせも終わり交代の歩哨も決まり草枕に土の上にて眠る! 

そして深夜!何かの気配にふと目を開いた私の視線に飛び込んだのは、

1・5メートル位前に迫ったべトコンのダブダブのズボンと

古タイヤで

作ったホーチミンサンダルだった、一瞬心臓が止まりそうだったが、

立ち上がり銃をぶっ放すにしても

敵が何人いるか分からず何とか音を殺し

刺殺用のナイフをベルトのサックから抜き取り草下に身を沈めた

その時だった私の横を通り過ぎたべトコンスタイルそのままの敵が、

マッチでタバコに火を付けたのである!

漆黒の闇とまではいかないが、其の時月は雲間に隠れ一時的に

闇夜のようだった

マッチの明るさはカメラのフラッシュを焚いたようなものだった

タバコを銜えたべトコンの顔が闇の中にボア〜ッと浮かび上がった

べトコンは私のほうを向いているのだが、全く気付いていないらしい

敵は別にあわてる様子も無くこの場から離れようとしない

それどころか小便をする積もりらしくズボンの前をゴソゴソしている

私も辛抱がたまらず敵の背後に音を立てず回り込む、

敵が放尿始めるのを待って手で口を覆い刺殺用ナイフを

後頭部に差し込んだ

10月7日気ままに更新

次回10月16日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四章、救出作戦、デイビット曹長戦死!

パート3!

 

ナパームは五分ほど燃える、辺り一面ガソリンの臭いが鼻を突く!

炎が治まると死体を確認するつもりだ

と其の時、体がひどくかゆく痛い、何か可笑しくシャツを脱いで見ると

三センチ位のヒルが脇腹や足に吸い付いていた

私はナイフでヒルをそぎ落とし吸い後に、タバコの火を

押し付けて焼き消毒した

ナパームが燃え尽きた頃、村を偵察すると豚や犬の焼死体はあるが

べトコンの焼死体が全く無い! 

彼らの家の跡地から穴が見つかる!

彼らを穴から連れ出すのは、穴に入った蛇を掴んで引っ張り出すより

難しく面倒だ

彼等は穴を立てに横にモグラのように、穴を掘る

そんなときの為に、米国陸軍はマイテイマイトなる兵器を開発した

( マイテイマイトは地下壕の入り口に太いダクトを差し込み

強力なコンプレッサーで

高濃度のCSガスを送り込む装置!)

( 濠内で逃げ場を失えば致命的であるイギリス軍では

毒ガスの使用を

自ら禁じてもいる、そうしたガス兵器を米軍は堂々と多用したのである!)

(毒ガスの種類もCS、CN、DM、砒素化合物、ホスゲンガス、

BZ麻酔ガス、とあり使用方法も、手榴弾型、ガス弾型、そしてボンベからの

空中散布まであり

我々陸上の特殊部隊が使用したのは、イペリットガス、ビランガスなどの

青酸ガス弾である

でも、幾ら強力な兵器を用いても彼等はトンネルを何キロ、

時には何十キロも掘り進み

ガス弾を投げ込めば土で壁を作り防いでいる

最後にはガス弾に色付けをして穴に放り込み、

横穴から煙が出ている箇所に

狙いを付け

倒す位しか成果を収めなかったのも事実だった!)

この村でのべトコンの殺害人数は二十五人程だった銃撃戦で八人

ナパーム攻撃で二人、その他穴に入っていた奴や穴から出てきた

奴等や処刑にした数は人数に入っていない

十三人になった我々は偵察機の墜落地点へ急ぐ、

高地を越えジャングルを越える

アトブーに向かうジャングルの手前に差し掛かり高地から見ると

ジャングルの中に

突っ込んだ機体の尾翼が、かすかに見えた周りの樹木も倒されている!

樹木の状態から見ると、最近の跡!( 樹木の傷!)と言う事が分かる。

ジャングルの樹木がクッションになり機体は大破していない? 

火災も起きていないようだ!

9月29日気ままに更新

次回10月9日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十四章、救出作戦、デイビット曹長戦死!

パート2!

村に入るには小さな沼池があり沼池には、竹を並べ( よこに七〜八本!)

橋と言うよりは足場板のようなものが渡してあった

この村を通るには竹橋を渡らなければならず身を屈めながら渡る

ギシギシ音がするのを気にしながら進む!

気になるのは村が静か過ぎるのと、村人の姿が見えないのが気に掛かる

村の入り口にあたる沼池を渡り終えようとした頃

仲間の一人が、

ブービートラップに掛かってしまう! 

あわてて確かめに走るとそこには腹と胸に竹槍が刺さり口から血を

流し既に事切れているデイビットの姿があった

声を掛けようにも彼は既に息をしていなかった

私はデイビットのドッグタック( 認識票!)を

首からもぎ取り胸のポケットに入れた

彼の死を悲しむ暇は無い全員戦闘隊勢を取る!

私は竹の橋を力走し草むらに飛び込んだ、その途端!

村の一番端に見える高床式の家から

銃撃してきた、音からするとAK47突撃銃( ソ連製アウトバット!)

( オートマチック!)

カラシニコフ、バナナ型30連弾倉)か中国製56式突撃銃の音だ

私の伏せている

直ぐ横に水しぶきが上がる

フランク達は田圃の泥の中に身を伏せ応戦している、

私も胸の弾帯から40ミリ弾を取り出しグレネードランチャー

M203に装填する

距離に見当を付け発射する、軽い発射音!

一発目敵家の手前5〜7メートル手前で爆発!

角度を変え二発目発射、榴散弾は家を直撃する、それを見て全員が田圃の畦を走り集落の手前にある窪地に陣取る

敵からの応戦はまだ続いている

この村は、ちょっとしたべトコンの隠れ村のようだ

べトコンの応戦もかなり執拗だ

いつまで経っても銃声が止まない、我々の今回の目的は救出にあり、

こんな村でゆっくりはしていられない

フランクが無線機のアンテナを引き出し

位置を知らせている十五分もすれば空軍が応援に飛んで来るだろう

( このベトナム戦争では、十五分間持ちこたえろが合言葉だった

十五分間!

持ちこたえれば、近くの基地から応援部隊が飛んできてくれた!)

先ずは上空より、ナパーム攻撃で村を焼き払うそしてその後に

我々が穴に隠れているベトコンを一掃するのが常だ

五分ほどするとジエッと機の爆音が聞こえる

すぐチャーリー( 無線!)が入る!

( 上空から集落が見えるか?)( 一度旋回して確認した!)

( 掃除を頼む!)

( ラジャー( 了解!)

奴等をバーベキューにしてやるさ、おまえさんたちは、穴に潜っていてくれ!)

と汚い西部訛りが聞こえている。

ジエッと機が集落の上を低空で飛んだかと思うと、炎の柱が二百メートル

幅五十メートル程吹き上がる( 後は任せたぜ!)の

言葉を残しジエッと機は去る!

9月15日気ままに更新

次回9月24日更新予定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)

第十四章、救出作戦、デイビット曹長戦死!

フランク率いる我々十四名は、ボロベン高原の南

パクセにて作戦を開始する

( パクセはラオス南部要衝である第四管区の司令部が置かれる

軍事基地を中心とした市!)

パクセを少し北上すると、南北ベトナム境界線17度戦がある

ラオス国境の大きく入った23号線、さらにメコン川の支流

セコン川を利用する

新ルートがある、23号線は国境のムウザ峠から、ラオスに入りムアンピン、

サラバンを経てパクセに至るが、サラバン付近から直接南下アトブーに向かう

ルートも開拓され大四軍管区所属のT28戦闘機が連日のように

出撃しているのもこの方面であった

でも戦闘機や爆撃機からの攻撃だと位置も破壊も大雑把すぎる、

やはり地上部隊が地上から誘導しなければ敵に大打撃を与えることが出来ず、

我々の出番となった

今回の任務は長期が予想される

サラバンから少し南下したジャングルに入って二日目無線に

第四軍から連絡が入る!

連絡によると、サラバンからアトーに向かう途中、敵のミサイル攻撃により

第一航空隊

第185偵察飛行中隊の偵察機が撃墜されたが、生存者が居るらしく

メイデー( SOS!)

信号を送っているとの事で、我々に救助要請が下った

フランクが全員に任務の内容を説明する

それはそれぞれの意見を聞く為のもの、

作戦を組み立てエキスパート( 一人ひとりが!)の助言を聞く!

我々にとって命令をパスすることは出来ない

我々の居る地点からだと墜落地点と思われる地点までだと、

歩きで一日ほどの距離になる

航空写真で見ると、その一帯には村や敵の陣営は無いのだが、

そんな地図は宛てにはならない( 敵に捕まり拷問され軍の機密が

漏れるのを

おそれているのだ、強いて言えば偵察機に乗っていた人物は、

それなりの人物だと思われる!)

途中!地図にも出てこないような小さな村落に入り込む!

斥候に出ているカトウー族の男の話によるとべトコンの村だと言う、

本来なら回り道をするのが正解なのだろうが

我々にとって回り道をする時間は無く

敵に悟られないように敵陣突破するしか無い!

9月5日気ままに更新

次回9月15日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

第十三章、休息、日本人、森脇和人!

パート2!

他の戦略空軍基地バンメトート、

クイニョン、ニャチャン、カムラン、アンロク、ダクトと訪基したが

一番思い出にのって所は、何と言ってもベトナムでは

サイゴンだがもう一つはコーヒーが美味かった

バンメトーも忘れられない所の一つ

( バンメトートとは、エデー族の言葉でトート鵬の領地と

言う意味!)

バンメトート高原は、ジャバロブスター種のコーヒーの産地であった

ここでは美味いコーヒーを毎日飲んだものだった。

我々二人は、サイゴンにあるNACV( 援助軍司令部!)

( サイゴン市の北西の外れにあって

タンソンニュット空港に近い!

この中には映画館、郵便局、教会、図書館、診療所、ランドリー

民芸品店、アメリカ銀行まであった!)

仲間の郵便物等を集配していたプレイクには米国陸軍第四歩兵師団が

駐屯していた

驚いたのは、その歩兵の中に一人日本人を発見した時だった!

彼の名前は( 森脇和人!)彼は米国の市民権を取る為、

日本を捨て希望入隊したと私に話してくれた

彼の夢見ているのは、除隊後米国での生活アメリカンドリームを夢見ているのだそうで

( 彼は、私の事を二世か三世だと思っていたようだった

その点について私も嘘を付き通し心が痛んだ!)

自分が市民権を貰った後の生活設計を私に聞かせてくれた

私の場合彼と違い大義名分は無く流れるままに青春を

そして人生を送っているのが

少し後ろめたい、それが正直な気持ちだった

結局彼とは、その後三回程合い酒を酌み交わし再会を約束して分かれた

彼の兵役は、残り二年と聞いていた

彼と再会できるのは米国本土だろうが

その時は私の嘘を正して誤りたいと思っていた

でもそんな願いも虚しく日本人( モリワキカズト!)が

戦死したという報告を聞いたのは、彼と別れてから九ヶ月目の事だった。

私はその時作戦中でホーチミンルートに居た

( チュオンソン山脈東側を縫ってゆく

このルートは山の西側のルートとは違って74年完成した。

アメリカは解放勢力のこの輸送路を、当時の大統領の名を取り

ホーチミンルートと呼んで居た

ホーチミンはベトナム独立の父として死後も国民の根強い人気と

尊敬を受けている

バクホー( ホーおじさん!)とベトナム人は今も敬愛を込めて

この老革命家のことを呼ぶ!)

今回の我々の任務はホーチミンルート破壊作戦である

ローリングサンダー作戦( 67年一月一日〜十二月十五日まで

約一年にわたって

続けられた、アメリカ軍によるホーチミンルート破壊作戦である!)

爆弾による爆撃は正確を極めた!

トラック車両、タンクローリーなど12516台、鉄道車両

5793両が破壊された

最も被害を受けたのはホーチミンルートの各所に秘密裏に設置されていた

集積貯蔵基地であった1|3が被害を受けていた

いずれも空中撮影などでは、判らない様にカモフラージュされ、

または地下に設けられたものもある

アメリカはこの一年間にハノイが蒙った経済損失は

二億三千万ドル以上にのぼり

これは戦争始まって以来の損失!

総額の2|3近いと推定していた

アメリカ軍はホーチミンルートに多数の探知機を投下した

音響探知機、振動探知機、

温度探知機、臭気探知機、等である

飛行機から投下された探知機は、空中で分離散開して落下する

地面に到着すると、アンテナを出して車両の通過を察知し無線で

報告してくる!

かなり精巧な探知機が登場していたが、ハノイ側にもこれを

攪乱する方法が

いくつも考え出されていた、それに機械には限界があったが攻撃するには

正確そのものだったと枯葉作戦の後の敵への錯乱作戦であった。  

8月26日気ままに更新

次回9月5日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたつのドッグタック、(認識票)

第、十三章、休息!日本人、森脇和人!

救出後は一度ケサン基地に降り負傷した海兵隊員を降ろし病院へ直行!

ケサンに着くまでにメイデイ( SOS!)通信を送っていたので

基地へ降りてからの対応早かった

この頃のケサン地方は、ちょうど雨季が終わる頃だった

( 雨季の始まりは夜中から始まり明け方午前、正午、午後、夕方

と廻っていく、

そしてもう一度夜中に戻った頃雨期は終わる!)

救出作戦を無事終え我々は、プレイベン基地に渡り鳥が翼を休めるが如く

暫しの休暇を楽しんでいた

救出作戦はパーフェクシヨンとまでは行かなかったけれど

満足の出来る結果だと思っている

こんな時思い出すのは、日本に残している恋人のこと

どうして居るのか心配だ

親父や彼女には、アメリカ本土から手紙は出したものの、

まさか兵隊になり戦場へ行くなどとは書く訳には行かず、

ごく当たり前の手紙内容だったし、

その後は手紙の一枚も書いていない、戦友達は家族や恋人に

せっせと書いていたし

返事も着ていた

私が手紙を書いたのは横須賀に居るマイク位なものだった

ミシシッピー州ニューオリンズ出身のスコット等は恋人からのカセットが

贈られて来て

何回も何回も恋人のメッセージを聞いていた、その内バッテリーが

なくなってしまい

しょんぼりしていた事も有った

雨期も終わり、毎日暑い日が続きマンゴーの美味い季節が最盛期を迎える

我々の部屋は天井に大きなフアン( 羽根!)が廻っている

ベットに横になり故郷を思う?

今頃日本では夏真っ盛りだろう? 

サラリーマン達は仕事が終わるのを待ちかねてビアホールかビアガーデンで

ビールを飲んでいるだろう! 

基地での食事といえば、戦闘が無ければ空輸されたハンバーグや

ホットドッグ、

そしてニューヨークカットのステーキやビーフシチューが

メニューに出た

レイベン基地に駐留している間、私を弟のように可愛がってくれたのは

フランクだった

彼は何処へ行くにも私に同行を命じ他の戦略空軍基地にも

ボデイガードの如く私を同行させた

プレイベン基地からプレイクまでは、直線で50マイル程しかないのだが?

この時生まれて初めて自分でヘリを操縦した

8月18日気ままに更新

8月27日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二章、救出作戦!

要人、亡命!

基地に帰ってからの休暇が三日貰える事となった或る日の事、

或る日と言っても次の日の事だった、

この事は秘密作戦でベトナム前大統領グエンバンチュウと前首相グエンカオキ

両名の亡命だった、急に呼び出されある人物の送り届けを依頼された

ヘリの乗務員は私を入れて四人、助手席に一人!

ロバーツ、M60重機関銃手左右ひとりずつの四名だ、

このM60重機関銃手は顔は見たことのある奴だが名前までは知らない

場所は大統領官邸近くの広場!

到着後はホバリング( 空中停止!)荷物を載せた後は地面スレスレで直ぐ

飛び去るのが、条件、軍の方からも特別手当が貰えるラッキーな仕事ではある

時間は明け方04:00、04:00頃になると少し夜が開け漆黒の闇は少しずつ

撤退する、人達にとっては一番眠たい時だろう!

私達チームは03:00集合、アルコールくさい息をしながらそれぞれの位置に着く

へりはジャングルを低空飛行するヘリの腹に樹の枝が擦れるヘリは飛ぶこと

十五分で目的地へ到着!ホバリング停止、地上スレスレ十センチといったところだろうか?( スタンバイ!)左右のM60重機関銃手がボルトアクションを引く

ベルトリンクル弾倉に装填する

攻撃準備OKだ、ブルーシグナル( 手製の信号灯!)を

二回ずつ三回点灯する、部屋の窓から応答のブルーシグナルがある、

助手席のロバーツもM16の銃を

構えスイッチをONにしているフルオートだ!

少しすると官邸から二人の男が現れる手には二つずつのスーツケースを持ち駆け足で

私達の方向へ走ってくる( ご苦労さん、有難う!)と裕著な英語を話す

スーツケース二つをしっかり持ち何かぶつぶつと言っているのだが、聞き取れない!

ヘリはその内ジャングル上空を飛ぶ、そのとき亡命のため乗り込んできた

初老の男二人が

私達に向かいボーナスと片言の英語で話しかけ、

その手の中には米ドル紙幣100ドル札

帯封が付いたままの札束を差し出したそれを私を始め助手席のロバーツ重機関銃手

二人へ差し出す、すごい金額だ!100ドル札が100枚入っているのだ

日本円にしたら大金である、この時点で私の頭は円に換算していた、

とするとあのスーツケースの中は全て金か

私は横に居るロバーツに目配りをする、右の親指を左から右へ引く( 殺す!)

すると彼は首を振る、下はジャングル殺さなくてもヘリから放り出せば必ず死ぬ!

そんな私たちの顔色を察したのか初老の男達は苦笑いを始める

そんな思いを乗せたままヘリはジャングルを越え米軍基地へ降下する

司令部に彼達を連行し引き渡したこの時点で任務は終了となる、

シャツの中には100ドル札の束が入っていた10000ドル?

臨時収入だ、でもこの臨時収入金使う暇は無かった戦争は激戦を要していた

兼ねはその日の内にアメリカ銀行へ預金、使ったのは其の日の飲み代

50ドルくらいだったもっと使いたかったものだ。

8月9日気ままに更新!

次回8月18日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第、十二章、救出作戦! 応戦!

パート1、

射撃を中止する!それを二度繰り返すと

(M16のように軽い銃ではフルオート( 全自動!)の連射では、

跳ねがひどく命中は難しいが銃身を下から撃ち、銃身が上に跳ね上がると

M16カートリッジ30発入りは空になる、

同時にグレネードランチャーM203もシリンダーを前にやり

空薬莢を取り出し

40ミリ弾を装填!今の所弾は大量にある

直ぐ近くでは、ロバーッがM60機関銃を休み無くぶっ放している。

メタルリンクルベルト給弾弾倉を支えてくれる保弾手には

デイビットが手を貸している。

この時ヘリのパイロットから海兵隊員全員救助完了の合図がある!

残るは我々のみ十四名となる、

フランクの指示で少しずつだが残ったヘリに乗る

その間残された者は敵に応戦する

( こうした場合応戦を中止すると敵は一気に攻めてくる

敵も我々を倒すのに必死なのだ!)

始めの七人が乗り込む後に残った私たちも必死に応戦する

敵が斜面を駆け上がっている、ジャングルも銃撃によって樹木が

なぎ倒され見通しが良くなっている

私はグレネードランチャーを撃ちM16を乱射している

自分では分からないが

きっと鬼のような形相で戦っているのだろうと思う?

ヘリに乗り込んだ七人が今度は私の頭上に飛んで来てヘリから撃っている

下に居る私のヘルメットに空薬莢が、バラバラ落ちてくる薬莢が

時々銃身に当たり

顔に跳ね返る火傷しそうな位熱い、でもそんな事等かまってはいられない!

撃つだけ撃って後方で待機しているヒューイヘリに乗り込むつもりでいる

ロバーッがM60機関銃の三脚を外し肩に担いでいる?

弾丸ベルトを肩にクロス吊るしまるで映画の中の( ランボー!)や

昔TVドラマだった

( コンバット!)の主人公みたいな格好だ?

私も急いで自分の銃と弾薬箱を持ち急ぎ足でヘリまで走る!

ヘリは地上五十センチ位をホーバリング( 空中停止!)して

我々が来るのを待っていた

全員が乗り終わるとジャングルで応戦しているヘリの隣に行く、

イタチの最後っ屁ならぬ最後の弾丸のプレゼントだ!

手榴弾も5〜6個安全ピンを抜き下へ投げ落とす、

続いてグレネードランチャーM203に40ミリ榴散弾をセットして

ぶっ放す!

かなり体が楽になる。ソロソロこの場から離脱する

ヒューイは機首を少し下向きにして高速で離脱する、

下のジャングルからは、短発的に

銃を撃ってくる時折機体にバシーンと火花が散るが、ボデイ( 機体!)

に食い込むだけの威力はないようだ、でも敵は何時までも撃っている

機は猛スピードで救出地点を後にした

7月30日気ままに更新j,

次回8月9日更新予定!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一章、救出作戦、狙撃、応戦!

パート4!

SAM7は発射装置も簡単で人間一人が肩に担いでバズーカ砲の様に

発射する

だけで良いのだ!)

ミサイルはヘリのロータリーの熱を求め飛んでいるようだ

ミサイルはヘリに吸い込むように消える! 

途端、爆発の炎がヒューイを包む、ヒューイは、

プロペラをゆっくり炎の中で

廻しながら地上に落下、落下と同時に爆発が起こる

炎の中から銃弾を誘爆しているのかパンパンと爆発音が聞こえる

SAM7ストレラが飛来したと言う事は

敵が近いのだ残りの兵達の救助を

急がせなければならない、そして我々は救助が完全に終了するまでの間、

何とか持ちこたえなければならない、

私も下のジャングルを目を凝らして見ているが未だ敵の姿は見えない

つい先ほど墜落したヘリのパイロット達は負傷しているものの

全員救出したと連絡が入る!

散ばっていた他のヘリも元の救助体制に入る、

これで残りの兵たちも救出されるだろう

そのとき私の10メートル横で見張っているチャーッから合図がある!

チャーッの手の動きを読むと十一時の方向に敵を発見したようだ

私も目を皿のようにして十一時方向を見る!

私の目にも平たいヘルメットがチラチラ見える

今度は私が左、10メートル横に居るジヨージに手合図を送る!

直ぐ全員に伝わる

どうやら敵は10時〜2時方向( NNE〜SSE!)から

この高地に近づいている!

全員が私の横に一列に並ぶ

私はグレネードランチャーM203にグレネード弾を装填する、

ロバーッが愛用のM60機関銃を備え付けている弾薬箱も三箱持ってきている

スコットはM79グレネードランチャーを構えている

( M79グレネードランチャーは中折れ式単発散弾銃の口径を

大きくしたような物で

銃身は短く重量は三キロに満たないM79の実包である40ミリ瑠散弾は

破裂した際に

無数のワイャーの破片を半径五メートル内に撒散らす!

最大射程400メートル、長い照尺が付いている!)

ロバートの合図で、一斉射撃が始まる!敵が射程内に入るまでジ〜ッと待つ

敵は樹から樹へ姿を隠し少しずつ我々との距離を縮めている

アタック!

( 攻撃!)ロバーツの声で私もトリガー( 引き金!)を絞る、

始めの五秒間位は敵の姿を確認をしながら狙い撃ちしていたのだが

硝煙で辺りが見えなくなるとレバーをフルオート( 全自動!)に

切り替えて盲撃ちを始める

三十連弾倉は直ぐに空になり何度も装てんする。

7月21日気ままに更新

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一章、救出作戦、狙撃、応戦

パート3!

この渓谷のジャングルは、執拗な米国空軍の枯葉作戦によって

樹木は所々枯れていて

見通しが良くなっている、でもその分敵からも発見されやすい為注意が

必要だった

結局!救出地点にたどり着いたのは二日後だった。

我々が隠してあった武器や弾薬そして食料等は皆無であった!

無線で救助要請をする

アシャウの近くの空軍基地から十五分もすれば

ヒューイ型ヘリ軍団が救出に

来てくれるはずである!

海兵隊員は安心しているが、私としては最後の最後まで気が抜けない!

全員戦闘配置に付く、救出地点に360度円陣を組み銃口は

ジャングルの中を向いている

チャーリから無線が入る! 

その頃には誰の耳にもロータリー音が聞こえる!

南の空から15〜6機編隊で接近している

フランクが無線にかじりついている!

この高地には二機ずつ位しか着陸できない

無理すれば三機着陸できるが、

救助の場合!

ロータリーを切らずホーバリング( 空中停止!)する、危険時には

直ぐ飛び上がれる為のものだが、地面から高すぎると乗り込むのに

時間が掛かりすぎてしまう

( 負傷者が居る場合は特に!)能率よく全員救出しなければならない

この場合、この場はこの作戦のラストシーンのようなもの

最後を飾るには全員が脱出出来なければ

今までの苦労が無になってしまうのである

広場に発炎筒を炊く、ヘリが着陸態勢を取る、目の前で空中停止している

フランクが無線でヘリのパイロットと話している

へりの両サイドには固定された

M60機関銃が機体より突き出ているのが分かる

ヘルメットにレイバンサングラスの銃座士が上空からジャングルを

睨んでいる!

ヒューイヘリは二機ずつ地上20メートル位で空中停止している、

回りの草が舞い上がって目を開けていられない、

始めに負傷者から順に乗せる7〜8人ほど乗ると直ぐ舞い上がり待機している

別のヘリが舞い降りるピストン輸送の要領だ

海兵隊員を九割近く救助した頃だった、ジャングルから

( 正確には北東方向!)

ミサイルが飛来してくる! はっきり肉眼で見える

ストレラである

( ストレラはソ連製、地対空ミサイルSAM7の通称である重量は、

わずか15kg、全長1・25メートル超小型

ロケットだが射程は2000メートルもある弾道には赤外線と

レーダー追尾装置が

兼備されていた最新兵器!

7月10日気ままに更新

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一章、救出作戦、狙撃、応戦!

パート2!

私が持っているのは攻撃用手榴弾!

( 黒地に黄色い帯が描かれた加圧フアイバー製の缶型ボデイを持ち

ダイナマイトのような爆発効果がある、缶の上下は金属製であり

炸薬はTNT爆薬で戦車やトーチカや分厚コンクリート壁の部屋に

閉じこもった敵に対しては特に有効、

無論其の時には内部に投げ込む隙間を見つけないとならないが!)

の安全ピンを抜く! 

( 安全ピンを抜かれた後の安全レバーは手を離すとスプリングの力で

弾体から外れ飛ぶ、同時に撃針が導火管と言うか

ヒューズの頭部に付いている

発火薬を強打して点火させる

ヒューズの中には導火線と呼ばれる遅延火薬が入っていて

ゆっくりしたに向けて

燃えてゆく爆発までの時間は4〜5秒!)

安全レバーは未だ握ったままで、つまり点火させないで居る!

その内スチーブも私に、気が付いたらしく手榴弾を取り出し安全ピンを外す!

三人同時にピンを外す安全レバーがスプリングの力で外れて飛ぶのを

確認して

穴に放り込む、同時に急いで斜面から降りる、降りる途中!

大爆発が起こる!

本隊に帰りフランクに報告、海兵隊員の中に四人も死者が出たが、

休む間も無く前進する

フランクやロバート達とも話し合ってのだが、我々が通った道は敵にも

知られていたのではないかと言う事だ、だから帰り道に待ち伏せをしていた!

敵は我々が同じ道を通るのは半信半疑だったのだろう! 

それであんな中途半端な装備と人数を配備した

でも、配備したのが一ヶ所とは限らず何度も待ち伏せ攻撃されたら、

またまた犠牲者が増すばかりなので帰路を変更する事にした。

我々は一度渓谷を登りジャングル伝いに脱出地点をめざす

渓谷伝いのジャングルを抜けると地図上では高原になっているのだが、

高原では敵に狙い撃ちになる! 

それだけは避けなければならない、

幸な事に渓谷伝いのジャングルはたいした

ジャングルではない

ウーミンの大ジャングルに比べるとなんて事は無いのだが?

サバイバル慣れしていない海兵隊員にしてみれば大変だろうし

負傷者も出ているのだから

大変だ脱出も思うようにならない。

夕方近くになりソロソロ野営の場所を探そうと思っている頃、

海兵隊の一人が地雷に接触!

下半身が吹っ飛び死亡! ブービートラップにも二人犠牲者が出る!

( このブービートラップは落とし穴だった、穴の底には竹槍が

上を向いていて

竹槍の先には、糞尿が塗ってあり、先ず助からない!)

7月2日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十一章、救出作戦!狙撃!応戦!

パート1、

この場所からは、敵が居る穴がよく見える私からよく見えると

言う事は

敵からもよく見えるだろうが敵は下に居る

我々の仲間を撃つのに必死になっているのか、

全く気付いた様子は無い

今の所発見されていないが、発見されればこの場所では一溜まりも無い

第一敵との武器が違いすぎる、敵が撃ちまくっているのは、

大口径の重機関銃

小さな樹木や岩の陰に隠れていても樹木等そぎ倒されてしまい

何の役にも立たないだろう

敵までの距離は80メートル弱、難しい距離ではない

チーム全員に合図を送る!

一斉射撃を下に居る仲間が開始する案の定

敵は穴に引っ込む!出てきた所で勝負

今の内に狙撃ポジションを取る、狙撃はスチーブとリチャード

そして私の三人!

敵は五人位と思われるが人数はあまりはっきりしない。

爆発が静まりかけると敵は穴から出て来て、

銃座に付こうとしているのが見える

照準を合わせ敵( べトコン!)をスコープ内に捕らえる、

敵を見ると北ベトナム軍のコスチュームだ! 

オリーブ色の平たいヘルメットに同じ色のダブダブの戦闘服

一人ひとりの顔の区別は付かないが、はっきり見える

レバーはフルオートからセミオートに切り替えているトリガー

( 引き金!)を絞る

一発目、顔の真ん中に命中!後頭部から血が飛び散る頭部を貫通したようだ

続いて二人目、今度はヘルメット中央に命中!

スチーブやリチャードも残りの兵を倒したらしく

私が手合図で( 二人倒した!)と合図すると

スチーブが( 三人!)

リチャード( 一人!)と合図してくる、合計六人居たらしい

少しの間様子を見るも応戦してくる気配は無く

中腰になり敵の穴まで進む、

穴の入り口に土嚢が積まれその横にソ連製らしい

重機関銃が二挺備えてあり

放出された薬莢が当り一面散らばっていた

その横に私が倒したと思われる敵兵が目を開いたまま死んでいた

敵兵の死体を数えると六人、穴の中も調べる弾薬や食料が積まれている

敵の生死を確認後胸に吊り下げている手榴弾を外す

6月22日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十章、救出作戦、枯葉剤、敵陣脱出!

パート5!

空の騎兵隊( ヘリ部隊!)も飛来して攻撃するのだが谷間の気流が激しく

思うような攻撃が出来ない、接近攻撃が出来ない我々とは反対に

敵側からは重機銃の他バズーカまで飛び出す始末!

ヒューイ攻撃ヘリも三機破壊され墜落している

とにかくこの敵を倒さなければ前進は出来ない、

海兵隊員の中には重症者や死人まで出ている、

一時間でも早くこの難局を脱しなければならず

最後のお鉢は我々特殊部隊に廻ってきた、早速チームが編成される!

フランク、ロバート、ヘンリー、ロバーッを除く

十名でアタック( 攻撃!)する、全員装備を外し身軽になる

( 銃と弾薬以外は外す!)

一人が5メートル間隔に散開して敵に接近攻撃する!

私の右横にはM14A1スコープ付狙撃銃を手にしたリチャード、

左横にはM16を持ったデイビットがいる

斜面の敵はこの間にも重機関銃を

休み無く撃って来る、時折中国製だろうか?

67式柄付手榴弾を投げてくる、斜面の下に居る我々としては

斜面の上にいる敵には投げられない!

投げるフォームを見せ立ち上がった途端ズドンだろう?

我々チームの作戦は、大きく回り道をして斜面を登り距離を計り

敵を狙い撃ちする作戦!

とにかく敵の姿が見える所まで昇るしかない!

足元が悪く敵からの遮蔽物は無く最悪の条件だが

倒さなければならない

我々が数日前に通った時は、この斜面に敵は居なかったのだ

いつの間に作ったのだろうか?不思議だ

敵は自然を利用岩穴に土嚢を積み重機銃を二挺備え付けている!

近くに爆発物が投げ込まれたり落とされたりすると岩穴に身を隠す!

我々チームが考えた作戦は、ランチャーやロケット攻撃を一斉に始め敵が、

穴に身を隠した間を見て各自が身を隠すか足場の良い場所にたどり着き

穴から顔を出した敵を狙撃する作戦だ

横から横へ手合図で連絡を取る!

グレネードランチャーM203を取り付けているのは

私とチヤーッ、

そしてM79グレネードランチャーを持っているのは

トーマスこの三人が

ランチャー攻撃を一斉に開始する事を手で合図する

残っている者は全て援護射撃を開始する、

チーム全員から、GOーサインが出る三人同時にランチャーを発射する!

40ミリ榴弾は手に軽い衝撃を残し円を描き落下する

かなりの爆発力が伝わってくる!

この間にチームは一斉に上る!

続いて又一発が爆発するトーマスがランチャーを発射した後、

私も狙撃位置を求めて移動する

ランチャー攻撃が下火になると敵は穴から出てきて

重機関銃を撃ちまくっている

下に居る仲間達もスキを見て応戦している、この間に少しずつ移動する

しばらく登り詰めていると、小さな窪みが在り身を隠した。

6月13日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

第十章、救出作戦、枯葉剤、敵陣脱出!

パート4!

彼等はアンカー( 中央及び地方の革命組織!)でもべトコンでも

識別することが出来る

そして時間差はあるもののおよそその時間を割り出す

彼らにとって森は食料宝庫であり生活の場である、

私も彼等に色々な事を教わった

それは特殊部隊の訓練では教えて貰えない事を彼等に教わった

( 水を手に入れるには、どの木のつるが水を含んでいるか、

どんな草が血止めになり

どの草が食用や解熱効果が有るかなど等である!)

渓谷伝いに二時間ほど歩いた頃!

北東の方向から激音と光が見える!

我々が後にした基地の方向だ! 

この時点でチャーリー( 無線!)が解除になる

近くの空軍基地から飛び立った戦闘機や爆撃機が攻撃を加えている

ところだろう?

今の内に少しでも遠くへ撤退しなければならない

爆発音が近くに聞こえたり遠くに聞こえたりする為、少々の物音等全て

消されてしまう、こんなとき先に敵に発見されると!

かなりな打撃をこうむる、だからしんがりを勤める私は目を

皿のようにして気を配る

M16は常に発車出来るよう安全装置を外しレバーはフルオート

( 連射!)にしている

M16の下部に取り付けているグレネードランチャーM203にも

40ミリ劉弾を

装填してある、歩く度に爆発音が小さくなってゆく、

爆発音が耳に感じなくなった頃、今度は

小さな物音に気を配る

アールオイからアシャウにかけての合流地点に差し掛かった頃敵と遭遇する!

この戦闘は、かなり長引いた敵の数は少数だったのだが

敵は丘の斜面に穴を掘り

渓谷を下る我々を上から狙い撃ちしてくる!

 敵としては中々に効果的な作戦だ!

我々としては無線に取り付き砲撃要請するも地形的に問題があり

効果が全く無い!

6月3日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十章、救出作戦枯葉剤、敵陣脱出!

パート3!

そんな場合M60だと地雷が誘爆を起こすのでM16か

マクマラン35・5狙撃銃で狙い撃ちをする、でも倒れても

次から次へと繰り返す

でもそれも今日の夕方までだ、闇が辺りを支配する頃、

闇に紛れて脱出する!

重武器等は、脱出するには不向きなので昼間の銃撃の際、

撃てるだけ撃つようにする

そして後は、爆破予定だ!

夕方近くになると銃声も少しずつ下火になってくる

( べトコンも夕飯時かもしれないな〜!)と

ジヨークを言うが笑いも出ない

我々も最後の腹ごしらえをする何事も腹八分目以下なのだが、

これも最後の食事になるかも知れない、

それに敵に食料を置いていくのも癪なので

皆腹に詰め込んでいる

脱出時間は21:00と決まった!それ迄の間身体を休ませて置く

脱出時は先頭と後尾に着かなればならず気が抜けない

そして我々部隊の戦力が二分されてしまうので

戦力としては、1|3減になると思っている

( 私達は海兵隊員達には、怒られるが戦力を全く当てに

していないのである!)

日暮れ前にスコールが雨音を激しく奏でながら降り注いでいる、

雨が降ると地面は泥沼となり塹壕などは腰まで水が溜まる、

季節から言うと六月は雨期、毎夕決まったように雨が降る、

この雨に紛れ脱出となる!脱出路は我々の侵入した道を

逆行するのだから別にこれと言う危険は無いだろうと思う歩いて

二日〜二日半の道程だ!

途中には我々が隠している食料や武器等もあり心強い!

雨の中時間が迫り30分前なのに全員が集まっているので

30分繰り上げて脱出となる

救出のヘリチームには最後の無線連絡を入れてある

我々が基地内に張り巡らせている極細のワイヤーが切れると

15秒後に

連動爆発が起きるょうに細工している

空軍基地から飛び立った機は1000メートル上空から機銃掃射だ、

そうなればたぶん一人の生存者も居ないだろう。その頃我々は、

渓谷伝いに突破しているだろうと独り言を言う雨が激しいので

足元が悪く靴の中はグチョグチヨだ!

私もかなりな量の弾薬を身体のあちこちにぶら下げたり

肩にクロス掛けにしているのだ、重量感はあまり無いものの

身体の自由が利きにくい

少しでも重量を減らすのは敵と遭遇する時しかない

遭遇時は思い切りぶっ放す積もりだ

そうすれば少しは軽くなるだろう

そんなことを考えながら雨の中を黙々と歩く私はしんがりを勤めているので

かなり神経を使う、でも私より先にカトウー族の二人が

500メートル先を斥候に出ているので心強い

( 彼等は足跡で識別できる、私たちが識別できる足跡と言えば

裸足なら山岳民族!)

古タイャのサンダルならべトコン!

我々は靴!それ位しか識別できない

5月23日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十章、救出作戦、枯葉剤、敵陣脱出!

パート2!

我々としては、ジエノサイド条約など、全く頭には無い!

倒した敵に止めを刺さないでいたら次に止めを刺されるのは

自分だと教え込まれたのだ

ここベトナムの最前線では!( 怪しい奴は殺せ!)

( 動く物は撃て!)であった

そして私達が敵と見極めているのは( ラオス民族解放戦線パテトラオ!) 

( 北ベトナム正規軍!)( 南ベトナム民族解放戦線)をまとめて

我々は

“べトコン”と呼ぶ

そのべトコンの中にも派があってポルポト派や、シアヌーク派、

クメール派がある

そしてクメール派の中にも、赤いクメールと、青いクメールがある

クメールはクメール人民解放戦線と正式には言うらしいがまだ他にも

クメールセリカだのラナリット派だのと出てくる

( ポルポト派は、シアヌーク政権下でも毛沢東思想の信仰者が結成、

政権担当時少なくても100万人以上を、虐殺し兵力は三万人位!)

( ソンサン派、シアヌーク政権で首相だったソンサン氏が

旧ロンソル軍を中心に結成した派力である!)

我々にとっては、そんな派は関係なく悪まで敵でしか無く殺るしか

ないのであって

生き残る為には敵を倒すしか道は無い! 

我々には政治や思想など全く無縁なのだ

我々特殊部隊は主に北の守備を任されていた土嚢を積みM60多目的機関銃を

添え付けており、メタルリンクベルト給弾弾倉を支える

保弾手はジョージ、射手はロバーッ、

二人一組で部署に付いている

他のメンバー達も近くの塹壕等にいて大声で叫べば全員の点呼が取れる

今の所、全員無事らしい、この間にも銃声は鳴り止まない!

前方のジャングルから発射炎が見える度にM60機関銃を発射する

弾は10発に一発

間隔で曵光弾が入弾されているので光の道を作りながら

ジヤングルへと消えてゆくM60機関銃は冷却フインが付けられているので

数時間銃身を替えなくても良く補弾以外

止むことが無かった、それでもべトコン達はジリジリと接近しているのか

時折

バブワイャー( 有刺鉄線!)の外回りに仕掛けたクレモアマイン

( 地雷!)が爆発している

( クレモア地雷とは、方向性地雷の通称だ、正式にはM18対人地雷と

言う2kg足らずの重量だが、爆発させる高さと範囲を自由に調整できる、

角度は最大限180度まで広がり50メートル先で高さが

2・4メートルほどになる!)

べトコン達はバブワイャー( 有刺鉄線!)に梯子を倒し梯子を

伝わって

内部に侵入しょうとする、そこは私の出番となる!

5月14日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十章、救出作戦!枯葉剤!敵陣脱出!

パート1、

正式にはには( ランチハンド作戦!)と呼ばれている

( 牧場夫!)作戦とでも訳すのだろうか? 

まるで牧場に農薬を撒く作業であるかのような命名だ

(十年間にわたる散布薬液量総量は91000トン

米軍が行った枯葉作戦は、公式散布面積は240万ヘクタールを

越す、その結果!南ベトナムの耕地全体の5%以上と森林の2%

海辺のマングローブ樹林の40%以上が枯れ死した

この作戦を進行中、空軍が用いていた暗号( コールサイン!)がある!

 それは地獄を意味する”ヘイデイズ“である。

散布を行った米空軍の主力機はC123プロダイバーA/A45YI、

この機は両翼の下と胴体尾部に設置した36個の高圧ノズルから

一分あたり

170〜280ガロンの薬を噴出させる、

時にはH34型ヘリも散布作戦に出動していた!)

の為樹木の密度は少なく敵の姿も発見しやすいのだが

敵は次から次へと兵力を動員してくる

蟻が巣から出てくるように、べトコン達はゾロゾロ出てくるのである

ジャングル( 森!)の奥から地面の中から現れる

( 一人の北ベトナム正規軍兵士は大体、五キロ程度位しか装備を

身に付けていない

武器はAK47と中国製の56式突撃銃、そして一本程度の予備弾倉、

ズック製の弾薬袋にバラで入っている100〜200発の弾丸と

一食分の

塩味だけの握り飯が二個、それとビタミン剤、毒蛇用の血清等を携帯していた

スタイルは中古タイヤから製造するホーチミンサンダルを履き薄汚れた

軍服というのがパターンであった!)

この戦場では、捕虜は出るが後方の基地に送る訳にも行かず、

大体がその場で銃殺してしまう!

戦場に於いてジュネーブ協定やジエノサイド条約、

民族皆殺し禁止条約

ナチスによるユダヤ人( ジュー!)虐殺のような集団殺害を防止し

その処罰を

定めた条約1948年国連で採択!

( アメリカはベトナムに於いてジエノサイドをはかったという

表現に誇張は無い!)

 

5月5日、気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

 

第九章、救出作戦、アシャウ渓谷、パート2!

私が応戦している反対側では、トーマスがM79グレネードランチャー

40ミリ擲弾を発射している

その横では、スチ―イブが我々特殊部隊の常備武器とも言うべき

M20A―BIロケット砲

( 通称3・5インチ呼び重量が、6キログラム弱と軽く一人で打てる無反動砲!)

を撃っている

五分ほど応戦していると援軍の砲撃が始まる、砲撃が終わると直ぐにジエット機が飛来!

ナパーム攻撃を繰り返す( ナパームは、ナフテン酸とパルミチン酸の

アルミニウム塩ガソリンをゼリー状にする薬品の入ったゼリー状に

する、薬品の入ったゼリー状の油を容器に入れて投下する爆弾!)

渓谷全体が

パ〜ッと明るくなりガソリンの臭いが辺り一面に漂い鼻を突く

一時的に銃声が止まる! 今夜はもう攻めて来ないだろう?

全員、後片付けをしている、この夜の戦闘での死者はいないが傷者はいる!

医療兵の所まで運ぶ

私は自分のM16小銃のバレル( 銃身!)を交換しなければならず!

武器舎へ行く、予備の弾倉を10本程ポーチに入れる

その時私の目に止まったのはM203グレネードランチャーだ

このグレネードランチャーはM16自動小銃の銃身下部に装着する

単発式で実にコンパクトだ( グレネードランチャーの銃身はアルミ製で、

ライフリングが切られてある発射された40ミリ弾は回転しながら飛んで行くが

回転とセットバック運動によって弾道が15メートル飛んだ所で初めて

信管の安全装置が自動的に外れる射程15メートル以内では爆発が起こらない

設計になっている)替えバレル( 銃身!)を取替えそのついでに

M203グレネードランチャーを

取り付ける、40ミリ弾15発入り弾帯ベルトを肩に掛ける

グレネードランチャーは重量170gと軽いが40ミリ弾が少し重い

このランチャーは、チャーッと同じ物でありトーマスが持っている

M79グレネードランチャーとは違う( M79は中折れ式単発、散弾銃の口径を

大きくしたようなものだ

銃身は短く重量は3キロに満たない、その上M79の実包である40ミリ

瑠散弾は炸裂した際に無数のワイャーの破片を半円5メートル内に撒き散らす!

最大射程は約400メーターであり発射された瑠散弾は、

大きなドロップ曲線を

描きながら

目に見える程ゆっくりとしたスピードで飛ぶので射程にしたがって大きく

狙点を変えなければならない、したがって長い照尺がついている!)

慣れるまでは大変だがM79グレネードランチャーを常備武器とする事を決めた

この日の爆撃は短く15分程で終わってしまう!

爆撃で樹木が少し燻ぶっている、硝煙で辺りは青く曇っている。

戦闘の後片付けはいつでも大変だ砲弾で穴がその辺りに何ヶ所もできているのを

埋めたり死人が出ればその度埋葬するか、

ポーチに入れて後方の基地に送る

我々が今居る所では、基地に送り返すことが出来ず埋葬するしか方法がない

今はこの場所から脱出するのが、先決で脱出するまでには

未だ時間が時間があり又攻撃してくるだろう?

全員早めに食事等は済ませ歩哨に付くなど各自の役割をこなしている

結局!その夜は何もなかったが

夜明け前に一発の砲撃が合図のように戦闘が始まった

廻りのジャングルは度重なるナパーム攻撃と枯葉作戦

( 米国空軍によるベトナムでの枯葉作戦は1961年に始まった

ベトナムのジャングルや田畑に航空機から化学薬品を浴びせかけ

解放勢力の

食料源と、拠点を壊滅させるのが狙いとされていた

作戦は休みなく続き1971年に終わった!) 

( 枯葉剤、フルネームは、2378テトラ

クロロジベンゾパラ、ダイオキシンTCDD!)という僅か3オンス( 85g!)

あれば!100万人を殺すことが出来る!)枯葉剤の中には猛毒ダイオキシン

( TCDD四塩化ダイオキシン!)が含まれていたのである。

4月27日、気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

第九章!救出作戦、アシャウ渓谷、パート1、

我々はアールオイ渓谷からアシャウ渓谷へ入る!

アシャウ渓谷に入って少し行くと斥候に出ているカトウー族の男との合流地点に着く

( 合流ポイントでの確認は一足先にカトウー族の男が

我々の隊に連絡を入れ事前に報告が入る、

でも味方との合流点だと思って安心していると、

とんでもない目に合うことも有り!こう言う時は気を付けなければならない

なぜなら合流地点で待っているのが見方とは限らないのだ、

この時はカトウー族の男と海兵隊員六名が同行していたので

事無きを得た!

ここでやっと背の荷物を降ろし引き渡せる、ホット一息付く

これから敵に釘付けされている

本隊に入り支援!そして脱出する!

これが我々の任務である実行しなければならない

結局、本隊と合流したのは夕方近くになってからであった

此処アシャウ渓谷には、百数十名の海兵隊員が孤立していて救助を待っていた

アシャウ渓谷を南下してアロムの森を過ぎると米軍基地があるのだが、

アシャウ渓谷は地形的にも救助を難としていた、

そしてアシャウ渓谷はラオス国境にも近く

古都フエの背後をなす山岳地帯にあり

中部高原( ボロベン高原!)の

北の端に位置しておりボロベン高原を少し北上すると

南北ベトナム境界線( 17度戦!)があり敵も必死になっていた

本隊が釘付けされている場所は渓谷の谷の上にあり

そこだけ森が少し切り開かれていた

ここから脱出するには、我々が侵入したアールオイ渓谷に入り

今度は渓谷を南下して

我々の降下した地点に行く外に道はないだろうと言う結論に達した

早速脱出準備に掛かる!基地内に爆弾をセットする

そして持てる限りの武器弾薬を持ち、重傷者は運搬移動する

脱出前に援軍に砲爆とナパーム攻撃を要請!その隙を見て脱出する事を決める

決行は明日未明、それまで我々は他の兵に替わり準備に掛かる、

基地内に爆弾を仕掛け終わった頃は夜になっていたが、

その夜の事だったシュルルルル〜っとトレンチモーター(迫撃砲)の飛降音!

そしてドーンと地響きがする!

戦闘開始だ!

私は基地の外れにある塹壕に走り込み応戦!

全員が基地の内外に掘っている塹壕や土嚢に身を寄せ応戦している

頭上を弾丸や砲弾が飛び交う、私の直ぐ横では、パシーンと砂が弾丸によって舞い上がる、私も負けずM16をフルオートにして応戦する

只闇に向かって撃つだけなのだが敵が撃ってくる発射時の炎に向けて撃つ!

M16小銃は5・56ミリ30連倉だがフルオートレバーにしているので

トリガー( 引き金!)を引くと30発など、直ぐに無くなってしまう

予備のカートリッジが何本もいる!

気ままに更新、4月14日!

 

 

 

 

 

 

 

 

第八章、救出作戦!(アールオイ渓谷!)パート2!

我々は重い弾倉や食料を背にアールオイ渓谷へと進む!

斥候のカトウー族の男は軽い見形で我々より先に部隊に走っている、

一日も早く釘付けにされている海兵隊員に

武器弾薬を届け食料を渡さなければならないのだ

我々もあくまで敵に発見されないよう隠密裏に行動しなければならず、

その為我々特殊部隊が選ばれたのだろうと思う

地雷の恐れのある獣道や山道は避け谷筋に小川沿いに歩く水中を歩く

水深は

あまりないのだが、それよりも渓谷なので岩ばかりなのでかなり歩きにくい、

でもその代わり

我々の、足跡は消えているだろう?汗が頬を伝わり顎から足元に落ちてくる

私が背負っている荷は50キロを超えているだろう全員それ位の荷を背負っている

すでに渓谷に入って四時間ほど歩いている渓谷なので綺麗な水は

大量にあるが誰一人として飲まない、今水を口にすると体力の消耗は

避けられないを知っているからだ!

無言で口には少し甘めのガムを噛んでいる。目は周囲の警戒を怠らず見回している

途中!前から順々に手合図で( ストップ!)が掛かる、

私も後方の戦友達に手合図を送る!

続いて敵発見の手合図の後、( 散解!)身体を岩陰に寄せる

( 十一時方向に敵発見!)

手で合図!スコープを覗いてみる250メートル前方に竹で編んだ橋が

架かっているのが見える、橋と言っても竹を十五本位横に並べ樹の弦で編んだような橋だが

岩から岩へと掛かっている、その橋の裾にべトコンらしき敵の姿が見える

人数の確認をすると六人!他に敵が居ないか周囲を見回す!

どうやら六人だけらしい?

狙撃担当の三人( 私も入れてだが!)前に出る

リチャード、スチイーブト私の三人が打ち合わせをする、

敵を倒すには一瞬でなければならない、そうでないと次の敵を相手しなければならないのだ

M16をフルオート( 連射!)にしていたが、セレクターをセミオート( 点射!)に戻し

伏射でM16を連射する。遠距離の場合!M16のように軽い銃では跳ねがひどく

命中は、難を期した、しかしセミオートで一発ごとにトリガー( 引き金!)を

緩め反動で跳ね上がった

銃が元に戻るときにリズムを合わせて連射すれば筆誅弾を叩き込むことは

難しくなかった

一人が二人を倒せばいいのだ!( ワン、トウ、スリー!)で引き金を引く手応えがある!

生まれて初めての狙撃!

一人目は頭部耳上に命中!二人目は目と目の間に命中!三人目は後頭部に命中した

射撃はほんの二分ほどで終了した直ちに橋に向かって走る

私も仲間の後に続く!敵は至る所に倒れていた

私が倒した三人は即死していた、よく見ると狙い通り三人共、頭部に

命中していて

脳漿が辺り一面飛び散っていた!乾いた土や岩が頭部から流血した血を吸っていた

他の三人を見る!二人は頭部貫通で即死!一人は肺に一発、

下腹に二発喰らって

口から血を吐いて這いずり廻っている

私は後方からM16にて頭に打ち込む頭は熟れたトマトをバットで殴った時のように

頭は吹っ飛び完全に息の根は止まった

このべトコンはこの橋の死守隊だろう?塹壕に彼らの食料だろう米や乾し肉等が

置いてある、その横に韓国兵の缶詰( Kレーション)が数缶転がっている、

ラベルから見ると

( 魚の煮付けと、牛肉の旨煮、それと白菜のキムチ!)らしいのが判る

彼らの荷物を調べ始める!でもこの時が一番緊張する時だ

南ベトナム解放戦線の彼等は色々な場所にトラップ( 罠!)を仕掛けているのだ

( 竹槍の先に糞尿等を塗ってあるのが( ブービートラップと言いブービートラップの中には

落とし穴あり竹槍団子や竹槍の矢、ロープを使用したり竹の反動を利用した

物もあり色々だ

( ラット、トラップとは、我々が手に入れたい物の側にあった、

たとえば水飲み場の近くそして、敵が置いていった地図や食料の下、

等に仕掛けられていた!)

向こうではヘンリー達がマップ( 地図!)を見つけたらしい、

どうやら地雷地図らしい

此れはラッキーだ!向こうではロバーッの声が聞こえる!

こっちに来いと言っているらしい、急いで行くとそこにはブリキの缶のような物が置いてある

( どうした?)

( この缶に触るな!起爆装置のコードが見える!)

( 開けた途端、ドカ〜ンだろうな〜放って置けよ!)

( そうだな〜後に続く奴らのために外しておくか?)

爆破担当のヘンリーが分解作業にかかる

鼻歌を口ずさみながら黙々と手を動かしている

起爆装置を外し終えると、我々も少子を終えた、またぞろ武器や弾薬を背負い出発する

こんな時、孤立している兵隊が来てくれればいいのだが、背負っている荷で

体の自由が

利かないし体中汗でぐっしょりだ、ズボンの中まで汗で重くなっている

岩の上は、ジャングルブーッでも滑る、渓谷を何キロも遡る、

渓谷の日暮れは早く

日が落ちて闇が支配する前に野営する

敵が近いので火が使えず携帯食の缶詰を食べる( 牛肉のケチャップ煮と豆!)だった

この時初めてタバコを吸う!それも相手べトコン( 敵!)にタバコの火が見えないよう

注意して吸う( ジャングルの中でタバコを吸う事は禁止されていた!)

べトコンはタバコの臭いをかなり遠くからでも嗅ぎ分けるのだ、

でもこの渓谷なら臭いは

安心だが、タバコの火は遠くからでも見えるので、タバコを吸うときは火の付いている

方を手で覆いながら吸うようにする

タバコを吸い終わるとフランクから交代で歩哨に立つように命令がある!

三人ずつ三時間交替で夜明けまでの間歩哨に立つ

( 歩哨に立つのは大切な事!重要かつ必要な事だ、全員の命を握っているといっても

過言ではない!)

私が歩哨に立ったのは夜明け前だった、夜が白く開ける頃に都合よく霧が出てきた

渓谷での霧は別に珍しくは無いが、此れで敵からのカモフラージュになる

我々にとってはラッキーだ!

支度を済ませると更に渓谷を逆上する!

4月7日気ままに更新!

 

 

 

 

 

 

 

第八章、救出作戦!(アールオイ渓谷!)パート1

我々隊員14名の他!道案内と斥候に山地の少数民族カトウー族の一人が加わる!

合計15人で此れから地獄への行動を共にする

此処ベトナムは市街地を少し外れると農村地帯の風景が広がる

テラサイトと呼ばれる赤土( テラサイトと呼ばれる赤土は栄養分が乏しい!)

菅笠姿の

農民!豊かな水量をたたえる河川、ゆったりと水浴びしている水牛!

植物は茂り草はみずみずしく、青く樹木は茂っている

ミトからサイゴンへ向かって国道4号線を北上する時、最後に渡る橋が

ベンルック橋と言い、この橋を越えるとサイゴンまで30キロの距離!

解放戦線が浮き草にプラスチック爆弾を仕掛け川上から流してくる

橋脚に衝突すると

ドカーンと来るように仕掛けている

米軍や南ベトナム政府軍は浮き草を発見すると、浮き草めがけ発砲していた

メコン川の支流であるバイコオ川に掛かるベンルック橋を渡ると、そこはメコンデルタだ

国道の両側は一面の水田である、水田と水田を水面が繋いでいてその中に、

細い道が

走り農村を結んでいる。面白いのは、右手の水田で稲刈りをしていると思うと

左手では田植えをしている!日本では考えられない事だ

ベトナム穀倉地帯と言われるデルタ一帯は、三毛作を可能にしている

( これも日本では考えられない事だが!)

さて、我々の初仕事なのだが、それは海兵隊員の救出作戦に参加する事だった

それはベトナム戦争中私が経験した最も激しい戦闘の一つだった、

それは有名なアシャウ渓谷での闘いだった

一ヶ月以上もの間、海兵隊員を釘付けにしていたアシャウ渓谷から

谷続きの

アールオイ渓谷、さらに北のケサン基地にかけての狭い戦域の舞台となったのは、

そこが南北ベトナムの境界に近く、しかもベトナムの国土が東西に

最も狭まったフライパンの柄!

地域にあたっていたからであった

ラオス国境に近い山岳地帯を縫う輸送路ホーチミンルートを解放勢力は、

死守し米軍は

その寸断を狙う!枯葉作戦の空軍機は既に密度の濃いジャングルに対して

渓谷一帯で繰り返し散布攻撃を行っていた

アールオイは60年には既に解放区だったが60年代末から73年まで、

この一帯は

休み無しの激戦を繰り返し、更に枯葉作戦の執拗な散布があり、

その挙句に投下される

ナパームは地上をひとなめに燃やし尽くした

そんな中での救出作戦であり、それも地形的にも救出が容易でない

事は誰もが分かっていた。

我々の部隊は基地から輸送ヘリ三機に分乗!

( それぞれの機に食料や武器弾薬を積み込んでいた!)

勿論我々は、此の時重装備である

ヘリはメコン川をさか登りラオスに入る一時間ほど飛ぶと、メコン川筋から離れ

アシャウ渓谷に近ずく!接近しているとは言っても渓谷までは何10キロもある

ヘリのパイロットから( 目標地点まであと五分!)と伝令が飛ぶ

私はM16の

安全装置を外しマガジン( 弾装!)を引き抜くマガジンを手で掴み

ヘルメットにコンコンと当てる!

当てる事によりマガジン内の弾丸の並びをなめらかにする、

そして再度マガジンを

装填する、レバーをフルオートからセミに戻すそして、ヘルメットの顎紐を外す

( ヘルメットの顎紐を外すのは大事な事!顎紐をしたまま戦闘に突入して

敵の銃弾がヘルメットに当ったのは良いが顎紐を外すのを忘れていた

兵隊は

銃弾が当った勢いで首の骨を折り死亡した!

もし顎紐を外していたなら銃弾が当ってもヘルメットを飛ばされるだけで済んでいたと

常にフランクは私達に話してくれた!)

ヘリは目的地へ到着!ホバリング( 空中停止!)する

私と同乗しているのはミシシッピー州出身の黒人スコットとカルフオルニア州

サンデイエゴ出身のロバーツと私の三人!

ジャングル戦なので、それぞれが迷彩ペイントを塗っているのだが、

ニューオリンズ出身のスコットの奴は、自分が黒人である事を忘れているのか

白いペイントを塗っている

ロバーッはグリーンを塗っているのに全く何を考えているのか分からない奴だ

よく見るとアフリカの原住民のようだ?ロバーッ等はあきれ顔で私の方を見ている

( ゴー!)サインが出る!シグナルはブルーだ、私が先陣を取る!

ロープを地上に垂らす( 高度は10メートル位だろうか?)

安全ベルトにフックを通しロープを掛け右手で頭上のロープを握り左手でロープを送り込む、銃は背に掛ける10メートル上空から地上に降りるまでロープを操り3秒と

掛からなく地上に降りる、地上に降りた順に周囲を固める

続いてロバーッが降下してきてヘリからの荷物を受け取っている!

ヘリの中ではスコットが忙しく荷物を降ろしているのがよく見える

私達のヘリが終わると次のヘリが次々に仲間を降ろし荷を降ろしている

作業を見守り

ながら援護隊制を取る!その内荷を降ろし終わったヘリが飛び去る!

ヘリが去った後は

残された食料の山と武器弾薬の山だった!

全員戦闘配置についている、私も周囲を見渡せる太い樹の上にいる!

銃をM16からスコープ付き狙撃銃に替え双眼鏡代わりにスコープを覗いている!

( 周囲に異常なし!)と手で合図を送る( 敵もレーダーで我々のヘリは

確認したはずだ一刻も早くこの場を離脱しなければならない!)と

我々の

部隊長であるフランクが叫ぶ!

全員が手分けして荷を片付ける、半分の荷を近くに隠し残り半分を分散して各自が持つ

私もかなりな量の弾薬を持っている、こんなとき敵と遭遇すればどうしょうもないだろう

身軽には動けないのだから!

気ままに更新、3月31日!

 

 

 

 

 

 

 

第、七章、サイゴン再入国!

サイゴンに到着したのは、ちょうど六月の初めその頃サイゴンは雨季を迎えていた

私がサイゴンの北西の外れにあってタンソンユニット空港に近い(MACV)援助軍司令部に

到着したのは1975年6月のことだった、司令部に着くと2〜3日前から待機している

仲間達に紹介され他の仲間が到着するまでの間、カマボコ型兵舎にて待機する日が続いたその間に武器、弾薬服装等を整える、

今まで来ていた軍服を脱ぎ捨て戦闘服に着替える、服は迷彩服でリーフパターンになる

(  元々迷彩服には、タイガーストライプ、ウッドランドストライプ、ローデシアンタイプと

リーフパターンがある!)

泥沼のベトナム戦は対ゲリラ戦のプロを必要としていて、我々のような最前線部隊兵は

ウッドランドタイプよりリーフパターンの迷彩服の方が正解だろう

私の武器はM16歩兵用自動小銃、重量2・9kg、5・56口径とマクマラン

35・5口径スコープ付狙撃銃、胸のフオルスターには( スミス&ウエッソン!)

S&W357トルーパー、胸部にはM28エッグタイプ対人殺傷用手瑠弾が二個吊るしてあり

腰の弾装帯には、M16自動小銃用替マガジン等が詰め込まれている

我がチームは14人編成の小隊!敵前深く侵入敵を殺傷し攪乱、

そして味方を救出救助援護を主とする任務である!

全員が集まったのは、二日後だった!私と訓練学校が一緒だった者は、一人も居ない

全員初対面だった!隊長になる人物はフランクと名乗る中尉!

他の者は殆んどが、私と同じ伍長だった

我々は基地をプレイベン基地へと移動する(プレイベン基地は、カンボジアにあり

メコン川添いにある!)

私と生死を共にする戦友達は、この13名達だ!

フランク、中尉( FAC!)前線管制官指揮官、

ロバート一等( ファースト!)軍曹、通信担当、MIカービン銃!

スウエット二等( セカンド!)軍曹、医療担当、M16全自動小銃!

ヘンリー三等( サード!)軍曹、爆破担当、ライオットガン!

トーマス伍長、M79グレネードランチヤー40ミリ擲弾使用!

チャーッ伍長、M203グレネードランチヤー40ミリ擲弾使用!

ロバーッ伍長、M60多目的機関銃使用!

リチャード伍長、狙撃手、M14Aスコープ付狙撃銃使用!

ステイーブ伍長、狙撃手、MIC7・62狙撃銃使用!

ジョージ曹長、観測担当、M16歩兵小銃使用!

デイビット曹長、観測担当、M16歩兵小銃使用!

チャツク伍長、M16歩兵小銃使用!

マイク、伍長、M16歩兵小銃使用!

この13名の他にM16歩兵小銃とマクマラン35・5口径スコープ付狙撃銃を持った

私が加わる事となる

全員が私同様特殊部隊の訓練をマスターしている先鋭部隊であり、

それぞれが特技を持っている

フランク中尉は前線管制官( FAC!)( FACと言うのは、支援攻撃に飛んでくる

米国空軍爆撃機へ戦場から目標を誘導することを言う!)

それぞれが特殊部隊のエキスパートで、一人が欠落しても誰かが補充する

暫くプレイベンキ基地を我々の基地として行動することが決まる。

前線に入る前に浄化剤( クーレイド!)を貰ってくる!敵中を進む時は

水筒を持って

いない歩く度に、チャプチャプと音がするので持たないのだ!喉が渇くと泥水を汲み

クーレイド( 浄化剤!)を落とし飲んだ!薬といえば強力下痢止め薬( ロモチール!)

( イモデイアム)は必ず持っている

そして前線から帰ると常に、リンパ節の蝕診を受けビフイズス菌の製剤も常に

服用していた、とにかく自分の健康管理は自分自身で行う!

誰も人の事などかまってはくれないのだ

我々はジヤングルに入る前はタバコも控えるようにしていた

べトコンはタバコの臭いを遠くから嗅ぎ分けるのだ!特に我々アメリカ兵が、

吸っているタバコは臭いで直ぐ分かるようで、その中でも葉巻等は特にそうだと思う!

安心して吸うには、べトコンや解放軍兵士が吸っている同じ物を吸うのが一番だが、

我々には、まずくて吸えなかった!敵と戦闘になるまでタバコはお預けとなる

プレイベン基地を我々の基地として北はケサンから、南はカマウ岬まで、

広範囲にわたり行動テリトリーとなる!

( この頃、神奈川県相模原にいた米軍陸軍第406細菌科学戦部隊が

日本から、サイゴンへ移動したと聞いた。

3月22日、気ままに更新!

 

 

 

 

 

第六章、特殊訓練地B、グリーンベレー、パート2!

そんな奴が死なない奴なのだ

実際の所実戦になるとかなりの実戦経験のある奴でも最初の数分は必死になる

遭遇戦や待ち伏せを喰った時は、まず自分が生き残ることが必要だからだ

頭上から弾丸が降り注いでくるのだから恐怖を感じない者等絶対に居ない

誰もが先ず少しでも低く身を伏せることをして続いて反撃に移るのである!

そして私の哲学には、敵の居る所には罠が無い!

だから無人の所を通るより

敵を倒して通るのがベストだと思っている、以上は

私が実戦で経験をしたり、実証した事で有り特殊部隊での教えを立証したとも言える

特殊部隊の教官達は全員が実戦を経験した猛者で勲章もシルバースター(銀賞!)

等多数を貰っており人間的にも尊敬出来る人達だった

我々特殊部隊は、体力訓練や実戦訓練、ゲリラ戦が主で講義や授業など皆無だと

思われがちだが決してそんな事は無い、

メデイック(医療!)や

コミュ二ケーション(通信)インテリジエンス(諜報)等の講義の他

授業やデスクワークがある、特に重要だと思い熱心に講義を受けたのは、

MEDIKAL(医療)MEDICINE(薬)DRUGS(薬品)だった

我々は行動を起こす時には、必ずメデイカル(医療品)キットを持っている

(我々特殊部隊は海兵隊や歩兵隊のように衛生兵は居ない)

その為、少々の傷なら自分自ら治療する、その為の医療キットである、

医療キットには

注射器に入った、モルヒネ、ガーゼ、消毒薬等が入っている

少々の傷なら自ら手当をして自分自身で傷を縫う、それも麻酔無しで、

以前私も擦過傷をおい、その際傷口を縫っていると痛さのあようまり気が遠くなってきたが

その時は痛さを無視するようにした、

そして最後の最後に使用するのがカプセルに入った青酸!一分以内に苦しみと悲しみに

(さよなら!)が出来る。(ストリーキニーネ)なら30秒もあれば充分だ

自殺を完全禁止している我々特殊部隊には、不必要な物だが使い方によっては

相手を殺す

時にも使用可能だし又、重症にてどうしても助からない時には、そのカプセルを飲むのも

良いだろうし薬を飲むか、飲まないは、本人の意志だが悪までも生存することを徹底して

教え込まれる

そして我々特殊部隊は月に一度か二度は、破傷風と抗生物質の予防注射をする

小さな傷からも細菌が入り化膿したりするのが一番怖い!

でも次第に抵抗力が、出来るようになる

我々特殊部隊は或る時は、自然の中に自然に溶け込むように心掛ける

星を見て方向を知り太陽の昇り降りで方角と時間を知る、雲を見て今日の天気を予想し

風向きを見ては常に風下に立ち敵を想定して常に行動する

日本式に言えばまるで忍者のようだが、

これは自分自身が生き残る為のサバイバルだ!

そんな我々にも、休日が月に一度あった!街までは車で一時間以上は掛かるのだが

たまの

休日であるベース(基地)でゴロゴロしていると、軍曹達に何かと用事を頼まれ気の休まる

時は無く命の洗濯ついでに町へ行く、街と言っても小さな町で特に取り上げるような物は無い、静かな街だったが、或る日の出来事!

仲間達と一緒に月に一度の外出した時の事だった、ショッピングセンターを出た時!

(パンパンパン!)と音がする?

我々の耳にはその音が銃声であることが直ぐに分かり咄嗟に身を伏せた、

そして次の瞬間

銃声の方向に目を向けると、通りの反対側の銀行から男三人が銃を乱射しながら

飛びだして来た!一人の男は、ライフル銃のような物を持ち!

あとの二人は拳銃を乱射している!

銀行からはガードマンだろうか(警官の制服に、にている!)一人で応戦している

その内ガードマンらしき男は被弾したらしく倒れてしまい強盗の三人は、

横筋に止めて

あった車に乗り込み逃走しょうとするそんな時だった、銀行前の歩道には、

日本の観光客

と一見して判る人達が14〜5人程立ち竦んでいた!顔をグルリ360度廻し

周囲を見回すと地元の人達は身を屈めているか身を伏せている

そんな街中で観光客らしき一団だけが、呆然と立ち竦んでいるのである?

我々の仲間の一人が(伏せろ!)と叫ぶが全く言葉が通じない!

私が日本語にて大声で

(撃ち合いだ〜伏せろ!)と叫ぶと、この頃になってようやく身を屈める始末!

国の違いだろうか平和な日本にいては銃声を聞く事も無く、又銃声がしても車の

パンク音

位にしか判らないだろう?この間公団の人達も銃声を始めて聞いたに違いない!

流石にこの町の住民は大人から子供に到るまで目に入る全ての人間は身を伏せていた

(一部の人達を除いて!)

結局!この日の出来事は、強盗に押し入った三人組は逃走!ガードマンが撃たれて

重症

とか!私にとっては大好きなギャング映画のシーンそのままだった

この頃見た映画は(ボニーとクライド)の(俺たちに明日はない!)だったが映画の中の

一コマのように今でも鮮明に覚えている

我々は町に出掛ける時は常に丸腰だし此の時はもちろん!高みの見物をしていた

日本人は国内が安全なので自分達だけには災難に遭遇しないと思っているが、

一歩出て

外国に入ると安全は、全く無いと思っていなければならない。

自分の安全は自分自身で守るか、金の力で守るかのどちらかである

日本を出たが最後!警察官だって信用出来ないのである!日本のように治安の

良い国は世界でも珍しいのである

この頃のアメリカは反戦ムードが少しずつ盛り上がっていた時だった

戦場から帰国してくる兵隊は、かなりの非難を浴びていた

そんな中アメリカはベトナムへ最大の戦力を傾けていた、全力で!

そんな時、我々は卒業の日を迎える!日本の学生の時の様な卒業式は無く我々の卒業!

すなわち!戦争に参戦する事だし我々隊員は、直ちに前線に送られる事となる

3月4日、気ままに更新!

 

 

 

 

 

第六章、特殊訓練地B、グリーンベレー、パート1!

このフォートブラッグはグリーンベレーの基地でかなりの高度な訓練を行う

訓練はゲリラ戦を始めとする実戦から爆発物処理と捜索、破壊と爆破、

ヘリの(ベルAHI型)操縦方法等を学ぶ、グリーンベレー基地での訓練は、

兵卒の訓練ではなく下士官待遇であり、かなりな面で優遇された

ベース内のバーへの出入りも仕官待遇であった、でも此処フオートブラッグでの教えは

中途半端ではなかった(ゲリラ戦に於いての訓練)と教訓はと言うと、

先ず敵より先に見っけることが先決!それには注意力が必要だった、目と耳と臭いと

勘だけが頼りになる

ナイフは二本、一本はサバイバルナイフだが、もう一本は敵を倒す為の

戦闘用ナイフ!

敵を見つけたならば、なるべく身を血締め忍び寄る、そして背後から口を塞ぎ

後頭部に

ナイフを刺す!敵は声も無く倒れる

そして次に敵に忍び寄る方法、倒す方法、ナイフにて次なる武器を作る方法、

武器無しに

敵を倒す方法など等教えられるが、その中でも敵中を想定し身を隠す訓練がある。

穴を掘り携帯食料を食い繋ぎ味方の応援を待つ、たとえそれが一日であろうと

一週間であろうとである、(私の時は10日間もの間、救助は無く食料も無くなり

色々な物を口にした

昆虫の幼虫や草の根等、非常時に人が口に出来うる物は多々あり、

それは授業でも習った

でも人は、何故?救助を呼ぼうとしない?いくら訓練でもと、質問してくる!

この場合、死を待つだけなら何も口にせず、ジーっと待って居ればいいのだが、

これが

生きる為の、いや生き抜く為のものならば、救助が来るまで体力を養っていなくてはならず、又敵に発見された場合応戦しなければならず!救助時ヘリから縄梯子を下ろしその

縄梯子に救助される兵が捉まるまではホーバリング(空中停止!)しているが縄梯子を?

み少し登り始めた途端!

ヘリは飛び始める(飛びながら梯子を登らなければならない、

手を離せば必ずあの世からの迎えが来る)

我々特殊部隊は生存することを徹底して教育する!死ぬのは何時でも可能だからである

生存し続けるには敵に倒されないようにするのは勿論だが、一番大切なのは生きる気力!

男だから見栄を張るのも大事、意地を張るのも大切だが、

戦場ではそんなもの何の役にも立たない

生存する為には、何でも食わねばならず!その為の授業もある!

どんな物が食えるか? 水はどのようにして調達するか身をもって体験する

敵と遭遇した場合どうするか?どんな敵を倒すか?

(この場合、自分と視線の合った奴を先に倒す、それから身を伏せて続く連中の攻撃に移る)

そして攻撃の際、弾倉には後何発残っているか常に、頭に入れて置く事が大切!

もし敵を銃剣で刺した場合は筋肉が締まって銃剣が抜けなくなる

此の時は、台尻を肩から外し一発撃つと反動で抜け敵兵の止めにもなる

そのまま抜けないで居ると、別の敵兵から狙われるから刺殺したときは、忘れず

此れを必ずやる!

(この事は、特殊部隊で教わった事)それ以後私は実行を常とした

そして特殊部隊では(死を怖がらない勇気は必要、しかし不必要に死ぬことは無い!

必要な局面での死こそ初めてその意味があると教育される!)

歩いている者を刺殺する時は、後方から口を押さえ銃剣で膵臓を一突きにする!

ここを刺されると、苦痛の為一言も声を発せず崩れ落ちる

肋骨の中間を銃剣を横にして体重をかけながら突けば刃先は、

スルリと内部に入っていく

殺し方にも色々とあるのだが、其の時、その場によっても違うが、

そんな場面を想定して訓練するのである

そして私が、力を入れていた狙撃手に必要な、資質はと言うと、標的を無の心で見つめる

事である、同情もいらなければ哀れみもいらない、スコープに標的を捉え

無心に引き金(トリガー)を引く、只それだけで良かった

訓練は厳しかったが、毎日が充実していたし体中に力が漲り今、生きていると

実感することが出来た

私が外国人の中でやっていけたのは、腕力があったことに尽きる!

大男を一発で倒せるだけの腕力があったからこそ無事で生き永らえた

それに加えて戦いに対する本能的な能力にも恵まれていたと思う

やられたら数倍にしてやり返し、さらに攻撃されたら息の根を完全に止める!

これが私の生涯変える積もりの無い戦いの基本方針である

そして特殊部隊では、生存を第一とし敵を倒すための訓練は常に厳しく、

一人の敵に対し

ての、倒すまでの時間は30秒以内に倒す事が、ノルマとされた、

それ以上時間を掛けると背後から敵に攻撃されてしまう危険が増大するのである

戦闘中に於いて部下や、戦友から救助を求められた時などは、先ず自分の

敵を倒すことに

専念し、決して精神集中を乱してはならないと教えられる

先ず勝負に勝つことが先決であり、それから救援に向かうべきなのだ

友情を勘違いすると、結局どちらもやられてしまい、窮地は自らの手で切り開くか

救援が

来るまで持ち堪えるべきなのだ

そして、どんな奴が先に死にやすいかと言うと臆病な奴もしにやすい!

慎重なのと臆病なのとは大違いである、臆病な奴は度胸に欠けているから大切な時に、

筋肉が硬直するので

何も出来ない、無理に命令してやらせると必ず失敗する

臆病な奴は、背中を見せたり動きが鈍いのでズドンと一発でやられてしまう

危険から身を避ける意味では、勘の抜群に良い奴も死なないタイプだ!

いわゆる動物的な

勘で危険を察知する。もし傷を追っても将来の希望は、実に有効な特効薬になる

憎しみも又然りだ!その反面過去のことばかり考えていると回復が遅くそのまま、

THE,ENDと言う事にもなり兼ねない、何事にも積極的に考えるようなそんな思考ができる。

 2月24日、気ままに更新!

 

 

 

 

 

第五章、新たなる旅立ち、(特殊訓練地A)

軍用機(DC)に乗り込んだのは8:00を少し廻っていた、

これからグアムを経由して

カリフオルニアの基地まで飛ぶ!窓から外を見ると、ベトナムのメコンデルタが

小さく見え次々に遠去かっていった

グアム島に着くと暫く休息した後今度は、ジエット戦闘機に乗り替え一気に

バンデンバーグ空軍基地まで飛んだ!

私がフオートベニングスに到着するには何時間も時間は掛からなかった

これから、フオートベニングスで初等訓練をマスターしてその後は、

ノースカロライナ州

フオートブラッグで、グリンベレーの本格的な訓練を受ける

(ノースカロライナ州は東海岸から少し内陸部に入る!近くには有名な山脈が、いくつもありその一つにマウントミッチエルがありミシシッピーリバーが近くを流れ自然が豊かな地だ!)

先ず第一に体力訓練から始まり各種兵器の操作、爆発物の取り扱いと処理!

各種偽装工作破壊工作、妨害工作、操縦法と訓練が始まる

教官は、俗に言う鬼軍曹(サージエント)その他武器(ウエポン)担当、医療(メデイック)担当通信(コミニケーション)担当、諜報(インテリジエンス)担、破壊(デモリッション)担当

と教官が変わりそれぞれのエキスパートが教え込む(特殊部隊の教育は死に急ぐことを否定している!最悪の極面を迎えても生の為に努力することを教え込まれる )

そして、サバイバル術については最高のレベルが要求される、たった一人になっても

生き抜く為だから生易しい物ではなかった

ナイフにしても重厚で、強度の在る物が一挺が、必要とされる、

(薪を作るかと思えば小動物を捕らえる罠も作るからだ)訓練のメニューの中で最も

厳しかったのが、格闘と戦闘だった,

格闘と戦闘どちらも同じではないかと言われるが全く違う!

格闘とは、技を使い相手を倒す事を格闘と言い、戦闘とは、見えない相手にでも

攻撃をするのが戦闘だと思う

格闘が必要になる時は、接近戦になり銃弾も無くなり、素手なりナイフ一本で

敵を倒さなければならなくなった時とか、敵の陣営内で敵に気付かれず相手を倒し

侵入とか脱出する時に使う技である

格闘技訓練は、銃剣術から始まり剣道から柔道、空手とあり攻撃専門の訓練を行う

この訓練には、プロテクター等使用しなくて実戦そのままだった!

そして山岳訓練はと

言うと過酷そのものだった!

キャンプから徒歩で100キロ程の渓谷まで重装備で強行!

ロープ一本で絶壁を登り降りする、背中にアリスパックを背負い登り降りする。

肩にベルトが食い込み血が滲んでくるこのロッククライミング並みの

山岳訓練が、メニューに加わるようになる頃には、訓練も半分位過ぎた頃!

やはり始めは体力作りが主になる

谷にロープを掛け腹ばい走行、そして渡河訓練等もメニューに入っている、

それも装備しての訓練なので、手の皮など何度も破れてしまう、

(それにフル装備しているのだからかなり重い!)訓練が終わると、只泥のように眠ってしまう眠る事!

それが何よりの御馳走だった。私が、一番得意としたのは、射撃訓練だった、

射撃訓練に使用する銃は、色々とあったが狙撃銃としては、マクマラン35・5口径か

スプリングフイールド1903A4

ボルトアクシヨンも狙撃には良い銃だった!MIカービン銃のように15連倉入

半自動も

良かったがやはり、狙撃銃としてはスプリングフィールドかマクマランが上だった

それにMIC7・62狙撃銃もかなり性能が良く数え上げたらきりが無い

射撃訓練は、距離200メートル先の的を三姿勢で撃って点数制で採点する。

使用銃は前記に述べた通りだが、射撃訓練をする他、M16自動小銃の下部に

40ミリ

グレネードランチャーを取り付け発射着弾地点の距離や角度の計算をする

私は射撃が得意だと思っていたが、20ミリ重機銃等は全く手に負えなかった

この頃になると、手榴弾も改良され性能もアップされ殺傷能力抜群の物が数多く

出て来るようになる、武器製造会社は改良された武器弾薬や新兵器を我々

特殊部隊にテストさせ

使用させる(これを日本では軍産複合体、軍と民間産業が結び付き需給関係を通じて互いに依存しあう体制)というのだろうか、ある人達の話だと(彼等が生き残る為には軍事的

緊張状態の継続と15年毎に一度の戦争が、必要と言われている)

私が一晩興味が沸いたのは、観測や測量だった自分達が今居る地点を割り出し

敵が居る

地点を測量、観測、後に爆撃なき砲撃なり要請するもので正確な位置割り出しが

必要とされる、そうでないと自分達も近くで観測しているのである、

位置を誤ると自分達が危なくなる、その他M40A2(迫撃攻撃)やXM148E140ミリ

(手榴弾発射)を使用

する時も必要である

一撃必殺とまではいかなくても最小限で最大の効果を挙げ今度は敵に

位置を知られない内に、移動し反撃しなければならない、

その為には観測や測量学に精通していなければならない、私も必死で勉強したものだ

一番嫌いだったのが、降下訓練だった!始めの内は高さ5メートル位の塔の上から

飛び降りる、飛び降りている内は良かったのだが、次はベルトを装着して

20メートルの塔から

飛び降りるのだ、これにはゴムバンド状の物が付いているので、

直接地上へ飛び降りるのでは無く何度かバウンドする

(現在ではバンジージャンプと言っているらしい)でも其の時のショックと衝撃、

身体に食い込むベルト股と脇が痛い!

そして次に教わるのが、着地した際に衝撃を押さえる為の転び方等を教わるが

、この訓練は時々足を挫いたりする

そうこうしていると、今度は実際に大空からダイビングする高度は3000〜300と

高度を変えダイビングする

DC機に乗り込み離陸したかと思うと機内のランプがブルーに変りGO!

サインが出る機の腹尾が開く、ワイヤーレールにフックを掛け順々に飛び込む!

教官は(プールに飛び込む様に飛び込め!)と言うが、始めは足がすくむ、

でも誰もかまってくれない(ヘルメットとゴーグルをして無口のうちに心の準備をする

心細くなり誰かに話したくなる)全員縦一列に並び後の人間が前の人の肩に両手を置いて

前進しているので、途中から抜け出ることが出来なく嫌応無く機外に放り出される、

機外に出た瞬間!

パラシュートが開くので何かをアレコレ考える暇は全く無い!

目を開けると、360度パノラマで地平線が見え地上が遠くに見える

(稀にパラシュートが開かない時も有るらしいが、それは昔の話で今は心配ないらしい)

一般用のパラシュートだと予備が有るが、軍用は一度開かないと後が無い!

地上に着く少し前にロープを引くと(リップコードでは無い)身体が少し上に上がり降下が

止まる!これだと衝撃が少なくて済む、フル装備だと重量もかなり在り

その分足への

衝撃を増す、地上に足が着く度、今回も無事だったとホッとする

この訓練だけは何度しても嫌だった、降下地点としてはさまざまな場所を選びその結果!

降下したのは良いが、木の枝に引っ掛かったり湖に落ちたりと大変だったが、

何回か繰り返し降下していると降下テクニックを覚えパラシュートをコントロール

出来るように成り

訓練も終わりに、近ずく頃には目標地点もそんなにズレは無くなった

その後私は、初等コースを終了し場所を変え今度は、ノースカロライナのフオートブラッグで

本格的な訓練を受けたのは、四ヵ月後だった。

気ままに更新、2月13日!

 

 

 

 

 

第四章、LST下船!

生年月日は、変らず1951、FEB2・18、MENと登録する)と言われた

私は自分の部屋に帰り下船準備を始める(明日の夜は入港予定なので

今夜送別パーテイを開くとサロンボーイが部屋に尋ねてきた)場所はサロンルームらしい

今まで使っていた部屋のロッカーやデスクの中を片付ける恋人の写真が入っている

写真立てをバックの中へ!現金もかなり残っている入港すれば、給料を貰い、

その金を足して

(アメリカ銀行)へ貯金する予定!軍からも多少の支度金も出るようなのである

一人部屋で身の回りの物の片付けを済ませ色々な事をあれこれ考えていると時間は、

何時の間にか夕食の時間が来てしまい船内電話が入る!サロンボーイからの

食事の呼び出しである!今夜は私の為の、パーテイ、身支度を整え正装して

サロンへ向かう

サロン室は私の部屋より一階上にある

サロンルームに入ると、サロンルーム全体に飾り付けを施しかなり豪華に飾っている

パーテイは立食パーテイ形式で、かなりの料理が出ている(こんな私の為にと思うと

何だか鼻の奥が急に息苦しくなって来て涙が溢れそうになって来る)

私がサロンルームに入ると共にパーテイは始まりキャプテンの挨拶の後、

私が皆に挨拶をしパーテイは夜遅くまで開催された飲み物もかなりあり私自身、

かなり飲んだのか?どうやって部屋に帰ったのか分からないほど酔っていた、

クールー達の気持ちが嬉しくて、嬉しくて大声で(ありがとう)っと叫んでしまった

もう何日も一緒に居られないと思うと余計寂しさがこみ上げてきた

明日には入港予定だ!最後を飾って明日は力一杯頑張ろう皆と一緒に

朝になると作業服に着替え朝食を終えると船倉へ降り荷物のラッシングを解く

(ラッシングと言うのは荷物をワイャーとタンパックルやロープを使い固定することを言い、

揺れ留め防止することを言う!)このラッシングを解くのが、

大変なのだ!

各ウインチのスタンバイ、ヘビーデリックの固定、積荷はヒューイ型ヘリやブルドーザー、

戦車、弾薬から爆弾まで積んでいる

港に横付けされると後は、人夫達が荷の積み降ろしをするので我々は、

当番制で監督をしているだけで、たまにワイャーが切れたりすると交換したりするだけなのだ

ハッチの開閉も機械を操作するだけで(折りたたみ式!)荷役中は、何もすることが無く

当番も三人で行う

それも日本だと時間に追われるものだが!(東南アジアも一緒!)

外国の仕事は、のんびりしている

軍の荷専門なのだが、軍関係者も何だかんだと休みを取る為、仕事が思うように

はかどらないのは何時もの事!これでも戦争をしている国なのかと考えさせられる位だ!

船倉から甲板(デッキ)に上がると、既に海の色は薄い土色をしている

遠くを見ると空母らしき船影が見え艦上からはジエットがタッチアンドゴーをしている

かなりの数のジエットが大空に舞っている!海には駆逐艦もかなりの数いるようだ。

我がLST船はこの海域に入ると速度をスローの落とし航行する、

投錨予定は十一時三十分接岸は2o:ooと決まり(投錨予定などをサロン前に吊るしてあるボードは予定表ボードとしての意味を持ち次港予定何日〜何日までの予定と必ず書いている

最後のスタンバイになる!私達、甲板員は船首へ船首はボースンとチーフオフィサー

(一等航海士)が持ち場に着く!港外に投錨!後は、20:00まで時間待機、

結局米軍岸壁

(バース)に接岸したのは、予定より遅れて22:00になっていた。

荷の揚げ降ろしは、明日未明からなのだが書類などを手にした軍関係者が忙しく

タラップを昇り降りしている、このバースは軍岸壁なので一般人の立ち入りは、

許可されていない

シンガポールや香港では春を売る女達がジャンク(船)で来る(湾内停泊している場合!)

接岸されると一番に用意されるのが特設電話が設置される、仕事関係からプライベートまで、この電話は日本にだって利用出来る

明朝私はキャプテンと共に下船して基地へ行く予定になっている

早くからベットに潜り込むのだが中々寝付かれなかった、でも何時の間にか眠ってしまい

目が覚めたのは、朝方だった!顔を洗いジーンズ姿に着替えサロンへ行く

朝食を食べコーヒーを飲み出発までの時間をサロンで潰す

(サロンに居ればクルー(乗組員)達と別れの挨拶が出来る)大体の挨拶が終わった頃、

キャプテンがサロンに現れ二人して下船する。

船のタラップ(タラップとは船の胴部分に付いている電動階段!

このタラップを昇り降りして出入りする、そして登り詰めた所に常に当直員が

居なければいけない事になっている)

ゲートを出ると既に軍からの車が迎えに来ていた、キャプテンと車に乗り込み

司令部へ向かう、車は街中を通り抜け基地へと走るゲートに着くとMPによる

観閲を受けゲートを潜り抜け車は司令部のある建物に真っ直ぐ進む!

私の胸には既に身分証が付いている

鉄筋造りの建物に入ると、エアーコンデイションが付いているのか外とは違い、

南国とは思われない涼しさが身体に気持ち良かった、暫くゲストルームに待たされ

(20〜30分位待たされた、キャップテンは居なくなり一人で待って居るのが少し心細い!)

立ち上がり部屋に掛けてある額や写真を眺めていた、その写真には爆撃機や

戦闘機のポートレートが入っている、陸軍らしいき兵隊が40〜50人程固まって写っている

そんな写真を眺めているとキャップテンが部屋に入って来た、

キャップテンの横には、

赤ら顔で腹の出た大男が立っていた、そしてキャップテンの紹介で、

その大男が司令官と言う事が分かり恐縮する

この時点で私の身柄は、キャプテンから司令官に引き継がれることになった

私は明日軍用機で米国本土向かい飛び立つ、その間に必要な書類等を揃えると、

私に説明してくれる。

キャプテンと固い別れの握手の後、中尉に案内されカマボコ型の兵舎に入り

自分の部屋を

宛がわれた、部屋を宛がわれたのは良いが軍服に着替えブーツを履き此の時、

生まれて初めてドッグタック(認識票!)を首に吊らされる、まるで犬である

そしてこの、認識票は二つ吊り下げなければならないのか説明してくれる

戦場に於いて戦死した場合!(見方に限る!)二つの内の一つの認識票を持ち帰り!

もう一つの認識票は死体確認の為死体に付けて置く

(当時、米軍では戦死者はポーチに包み後方基地に送られ棺桶に入れられて

本国送還となるらしい)そう説明されると自分は、大丈夫かなっと少し不安になる

明日は、カリフオルニア州バンデンバーグ空軍基地へ向かう予定

フオートベニングスにて、初等コースの訓練を受ける予定だ

次の日は、基地にて書類手続きや予防注射(コレラ、種痘、破傷風、等など)を

終わった頃は、夕方近くになっていた(この頃のコレラの予防注射は、二度に分けて打っていた!

注射を打つとその日、一日は腕が痛かった)

私が驚いたのは、入隊となると先ず契約書、誓約と続くのだが、契約書は訓練を、

ある一定期間受けマスターし、配属となり満期期間までの契約と給料の支給額等など

(誓約は何処の国でも同じだと思う国に対しての忠節である)

此の時、教官からは(訓練時は国籍も、前歴も問わない、

その代わり戦場に命を売ったのだ!これからは死ぬも生きるも自分の力だ!

決して運だけでは無い!)と言われた。

この夜は中々眠ることが出来ず朝を迎えた

サイゴンの夜明けは早く4:00を廻ると、薄明るくなってくる6:00を廻る頃には

全ての支度が整っていた

後何時間もしない内に機上の人となるだろう事を思う!一人になって考える時間が

又来てしまった!此処まで来てしまった以上、後戻りは出来ない!

(これからの厳しい訓練に耐え無事卒業出来るのだろうか?

もし、戦場で死んでしまったら誰一人気付いてはくれないだろうなあ〜

そして自分が、選んだ道とは言えこんな生き方をしている俺が親より早く死んだら、

やはり親不孝と言うのだろうか!)

そんな事を思いベッドの中で目を閉じた。

気ままに更新!2月6日

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三章、LST、乗船!

この船の積荷は殆んどが戦地へ武器や弾薬を輸送するのを目的とした武器輸送船!

そして戦地からは修理を必要とされる武器、兵器を運んでくる

この時代はベトナム戦争の真っ最中で横須賀や川崎で修理完了した戦車やヘリを

戦地で

あるベトナムまで輸送していた

積荷の中には、爆弾や弾薬等の他化学薬品等、得体の知れない物が、かなりの量

積み込まれていた

LSTは総トン数一万二千トン、二本デリック、部屋も一人、一人部屋が付いていて

総人数30名の乗組員がいた食事の方は、かなり良かったが日本食で無いのが少し

不安ではあったがそれも少しずつ慣れてきた

日本人である私にとって朝味噌汁が無いのが寂しい限りだったが、

それも一週間ぐらいすると米国式食事に慣れてしまった

この船での私の仕事は、積み込み終了時の積荷の固定と、航海中荷崩れしないように

オーバーラッシング(オーバーラッシングとは?航海中荷が、荷崩れしないよう、

ワイャーや

板等で補強し固定する事!)したりワイヤーで固定している荷をタンパックルで締めたり

揺れ止めやペンキ塗りも作業の一つだった、そうかと思えばワイヤーのアイ入れ

(アイスプライス)(日本ではさっま!)をしたりロープの補修をしたりと忙しかったが、

そのなかでも操舵経験し航海術を勉強したりで毎日が面白かった

乗組員(クルー)は全員が外人!アメリカ人が多く他にギリシヤ人、パナマ人等が居たが

私が仲が良かったのが黒人のヘンリー(彼は、カリフオルニア州サンデイエゴ出身)と

白人のチヤーリー(カリフオルニア州サクラメント出身)の二人だった

彼等は共に西海岸出身で陽気で明るい性格だった

私とは気が合い寂しかった私の話し相手になってくれた、

始めの頃の私は英語など全く話せず(アイアムジヤパニーズ)か(ハウマッチ)

(ハウメ二ュー)その他二〜三の単語しか知らなかったものだから仲良くなった

ヘンリーとチヤーリーに一から会話を習った

航海中の楽しみは仕事が終わると、船倉内で開かれるボクシング大会だった

昼は(休日だけだったが!)Mー16自動小銃で射撃の訓練!これは楽しかった

ボクシングは高校時代やっていたので、これで他の乗組員達の信頼と信用を勝ち取った

でもこのボクシングはアマチユアのように体重別等、無視私と対戦するのは

ミドル級クラスだった

休日は昼食後船倉に降り弾薬を取り出し射撃訓練が始まる(的は主に缶ビールの空き缶!)

手摺に置いたり上から吊るしたり又は海に投げ込み!それを狙って撃つM=16銃は機能

としては最高の銃で5,56ミリ、30連弾装が付いているレバーもフルオートとセミ

オートがあり命中率も高く軽量だ

目的地のサイゴンまでは、ノンストップなら六日位の航海だが途中、韓国の釜山や仁川、

フイリピンのマニラ、香港などに寄港するのでサイゴン入港までは短くても

一ヶ月位は

日数が掛かってしまう

その寄港地では又日本と同じように修理が終わった武器や兵器が戦場に行く為波止場に

並べられていた。戦場?戦場と言う場所に必要なのかな?

 とその頃は思っていた物の一つにブルドーザーがあった、それと滑稽だったのは

ぺラを外されたヘリだったヘリの種類も色々あって(シコルスキーS16RCH3型輸送用ヘリ、ベルAHI型、シコルスキーUHI9C、ヒユーズ500、OH6型!)と色々あって

機能もさまざまだった

私が始めて乗船したのは、十月二十日だった!船が太平洋を南下し東シナ海に入ると

海は

かなり時化ていて私は連日船酔いに悩まされたもので、吐いては食い、吐いては食い、

慣れるまでは一週間も時を要した

私ときたら乗り物には昔から弱く!中学校の修学旅行を止めようかと真剣に悩んだものだ

だつた、そんな男が一変して船員になってしまったのだ(故郷にいる友人に言ったら

吃驚するどころか信じて貰えないだろう?

それ位乗り物には弱かった

LSTは時として兵を戦場へ送るため乗船させる事も有った

私が特に心に残っているのは韓国の釜山での兵の乗り込みだった迷彩服を着た

兵達(志願兵)が家族や恋人達との別離の場面だ!あっちこっちですすり泣く声!

(汽笛)が鳴るに連れ泣き声が大きくなりその内ドラが鳴り出し別離の場面は、クライマックスに達する

女達は辺り構わず泣き叫び!(アイゴー、アイゴー)と泣き声を上げる、その声だけが

今でも耳に残っている

この韓国兵の内、何人が生きて再びこの地を踏む事が出来るのだろうか?

一人思う!

この韓国兵達の事は、私自身も後で知るのだがベトナム戦争中(猛韓隊!)の名は

広く知れ渡り最前線にいる兵隊はおろか後方で基地内のパトロールをしている

兵でさえ知って居たほどである。(彼等は常に再々前線に送られ死線ギリギリの戦場に

生きている

話は元に戻るが私は射撃が特に好きで銃の正式な取り扱い方法や分解方法

(掃除、手入れ)

等を韓国兵に教わった

そして銃特有の癖、修正方法等も教わる!私が気に入っているM=16自動小銃は

セレクターはセミオートにしたまま伏射でM=16を連射する遠距離の場合!

M=16のように

軽い銃ではフルオートの連射をすると跳ねがひどく命中は期しがたいが、

しかしセミオートで一発ごとに引き金を緩め反動で跳ね上がった銃が、元に戻る時にリズムを合わせて

連射すれば必中弾を叩き込む事は、難しくは無かった(銃の取り扱いは、

私の親父が私が未だ幼い頃より猟を楽しみ猟期になれば野山を歩き鳥獣を追い求めた

経験があり銃の取り扱い方法を教え込まれたものだった

家には猟犬のポインター犬も飼っていたし親父は地区の猟友会支部長を任されていた)

そんな訳で私の、銃に対する興味も親父譲りかも知れないと、そう思っていた

私の幼い頃は、現在のように散弾の薬莢は、使い捨てのプラスチックや紙ではなく

真鍮の

薬莢で黒色火薬を入れ菓子箱の箱底を型抜きにして火薬と弾の間に詰める

そんな事も幼い頃より経験していた

慣れない内は命中率も悪かったが、その内に命中率は良くなり一ヶ月も過ぎた頃は

自分でも不思議な位よく的中した

弾丸はと言うと何千万発と言わない位積んでいる運搬船である、

いくら撃っても誰一人として起こる人は居ない

その他、手榴弾等も積み込んでいるので分解方法を教わったりと、

航海中の楽しみ方は色々とあった、そんな日々が続く毎日だった乗組員とも慣れ

二ヶ月も過ぎた頃だった!

或る日私は船長(キャプテン!)からの呼び出しが有ったチーフオフィサー

(一等航海士!)

から言われた私は、恐る恐るキヤプテンルームのドアをノックした

(キヤプテンは、ロスアンゼルス出身で四十歳、身体の線は細いが中々身長が有り

赤ら顔の白人の中では男前ではないだろうかと思う)(仲間達の間では、アイルランド系だと言っている)

キャプテンルームは、応接室と事務室そして寝室に別れていた、キチンと整頓された

デスク、デスクの上には家族の写真が飾ってありキャプテンの性格が分かる

私が直立していると(座れ!)(コーヒーを飲むか?少しは仕事には慣れたか?)

等と話し掛けてきたキャプテンは飲みかけたコーヒーを旨そうに飲みコーヒーカップを

皿に戻すのを見て私から話を切り出した!(ところで私に、何か御用でありますか?)

(実はは先日!

サイゴン港に着いた時、休日の間タイにある米軍基地に昔からの友人が駐屯しているので

久し振りに会いに行き色々な話しになったのだが、実は君の話になり日本人なのだが

シユウテイング(射撃!)が上手で格闘技の方も中々と言う話をしたんだすると、

私の友人は

その日本人青年を特殊部隊に入れられないかと言うんだ!)(スナイパー(狙撃手)として

訓練を受け米国軍人として参戦できないだろうか、米国の市民権を取得させても良いし

一応相手の返事を聞いてくれ?)(と言う話だったんだ!)私が、

(それには私が日本人だと都合が悪いのでしょう?)と言うとキヤップテンは、

(もし君がOKしてくれるのならば

私の養子と言う事にするさ!今直ぐ返事をくれとは言わないよく考えて返事してくれ!

そうだな?ニ〜三日後に返事してくれ!)と会話を打ち切った

キャプテンの、部屋を後にして自分の部屋に帰るとヘンリーと、チャーリーの

二人が心配顔して私の部屋で待っていた(どうだった?)と声を合わせて聞いてくる

私はキャップテンとの話のやり取りを二人に話す

二人は真剣に相談に乗ってくれ共に悩んでくれたが意見を出してくれても

最後の決断を

するのは、自分自身だと言うのは、分かっていた、二人が帰ってからウイスキーを

チビチビ飲みながら考えてしまい、いつの間にか洋上は薄明るくなり部屋のポールド

(丸窓!)から雲が見えた

結局!一睡もせず夜を過ごしてしまったようだ!

今、LSTはサイゴンに向かい航行中!フイリピンのマニラを出て三日!

明日未明には

サイゴン入港予定だ!一人部屋を出て艫(とも、船尾)のフアンネルデッキに出た

朝日が少し顔を出し今日も晴天を約束しているようであった、

清々しい朝の空気を腹一杯吸い込む、遠くを見ると島影は見えず丸い水平線の端に、積乱雲がムクムクと盛り上がっている!

静かな海を船は、水を割るように進み、その航跡は白く尾を引いている

空を見ると南十字星が今にも消え掛かっていた

頭の中をさまざまな思いが駆け巡る

親の事、弟や姉、恋人の事などが思い出と共に、頭の中を走馬灯のように、浮かんでは消えそして又現れる、私が十五才になった時、親父が私に言った

(我が家の家系は、闘いの家系だ!元々本家は伯耆の国(今の岡山)に在り伯耆の守と

名乗り伯耆流とか00流とも言い伝えられ抜刀術、試刀術を流とする、

その後岡山藩に分家が召抱えられ、その又分家が伊予00藩に仕官した。これが我が家の

家系と血筋!)そう言われたのを何故か今頃思い出す

 (やはり闘いの中に己を置くか!)と独り言を言う!

その時になって初めて後方に人の気配を感じて振り向く、

其処にはチーフオフィサー(一等航海士)が立っていた私は慌てて(グットモーニングサー)と挨拶をする

チーフオフィサーは軽く私に挨拶をして静かにポケットからパイプを取り出しライターで

火を点けた口元から、パッパッと音を出しパイプの口を親指で蓋をしたり開けたりしている、

すると!その内煙が濃くなり髭を蓄えた口から煙を出すそして、

其の時初めて私に声をかけた(かなり悩んでいるようだね!でも良く考えた方が良いに

決まっている、君には未来が在るし、第一未だ若い違った生き方も出来るさ!)

と言ってくれたが私は(私自身、決心しました、そして既に答えは出しました)

そう話すとパイプの中の葉を取り替えていた手を止め(そうか?

自分で考えて決めたなら良いさ)と言い、手を私に差し出した、

私も自分の手をズボンで拭き差し出すと、チーフオフィサーは握手して私の握り締め

私の

肩をポンポンと叩き私から離れて行った

私も暫くその場を離れず水平線を見つめていたが、暫くしてサロンに降りて行く

皆おきていて、朝食を食べていた、朝の食事は何処も同じで慌しくメニユーは、ポテトや

スクランブルエッグ等で私はコーヒーだけを飲み私の直属の上司であるボースン(甲板長)の部屋をノックした、ボースンは赤ら顔の大男だが気が良くて人の面倒見が良い

このボースンの部屋も船長の部屋と同様、キチンと整理されていたボースンは

私に目配りすると(コーヒー飲むか?)と言い私が、サロンで飲んだと言うと

(そうか、君の事はキャプテンに聞いたよ!それでどうするんだい)

私は考える間も無く(特殊部隊に入隊しょうかと思っています)と言うと

(無理に言っているのでは無いよ!)

(分かっています!自分の意思で決めましたから)

(私自身、戦う事は、嫌いじゃあ無いですから)

(キャプテンも言っていたけど約、半年間訓練を受けなければならないらしいよ!)

(私としても、その方が良いです!基本からマスターしたいと思っていますから!)

ボースンは暫く考えていたようだが(そうか、分かった)と言うと壁の受話器を取り

キャプテンの部屋番号のボタンを押した、直ぐ受話器を取ったらしく受話器から途切れ

途切れに声が聞こえる!

ボースンは、受話器を置くと(直ぐキャプテンの部屋に、行ってくれ!)と言い、

今度は

キャプテンの部屋のドアを叩いた(此処でキャプテンルームの説明をしておくと

キャプテンルームは、操舵室の真下にある、つまり上から二番目、下からだと

(機関部エンジンルームは別!)四番目、ボースンの部屋からだと三階上になる、

同階にはパーサー(事務局長)しか居ない)キャプテンはソファーに座る間も無く

話を切り出した

(明日の21:00時頃には、入港投錨予定だ!君は仕事は良いから下船準備をしなさい

入港翌日、私が連れて行くから心配しないで良い、それと君は私の養子と、

言う事にしているよ、だから今日から名前はマクレガーとなるが日本名では何かと

都合が悪いだろうからフランクと名前を変えたよ!

 

更新日、気まま!1月30日更新!

 

 

 

第二章、旅立ち!

それにはマイクに手紙を出し仕事をしながら外国へ行く方法を世話して貰うしかなかった

(マイクと私の続柄は、全くの他人!)(親父の今の嫁さんの、妹が戦争花嫁で

戦後日本に駐留していた時、知り合い結婚)でも其の時には、既に幼い子供が二人居た!名前は男の子がマイク、女の子がキャッシー( この二人の母親は病気で亡くなったらしい!

(私がこの二人に始めて会ったのは、私が小学校四年生の時)

巷では黄色い交通安全の帽子が流行っていた時だったマイクが私が被っていた

巨人軍の帽子を欲しがり、私も気に入っていたのだがマイクにプレゼントしたのを覚えている

私より二歳年上でありそのマイクの家族は、ハワイに住んでいる

(その後私とは、手紙のやり取りがあり、アメリカのガムやチョコレート等を送ってくれた!)

( アメリカ製のガムやチョコレートは当時、かなり珍しくアメリカへ旅行でもしない限り

手に入らなかった私は友達に話し鼻が高かったのを良く覚えているチョコレートは

当時でもかなり旨かったが、

ガムは珍しいだけで日本製の方が味があって旨かった!)

その頃マイクは武道に凝っていて三歳の頃から体が弱く空手を習っていた

とは気が合い文通を続けていた(マイクとの文通は、英語の勉強にもなり当時日本でも

ごく狭い地域しか知らない私にとってハワイは夢の国で憧れの的だった!)

そのマイクも軍隊に入隊し当時、神奈川県相模原に駐留していた

米国陸軍情報部籍を置きSRE監視レーダー部に所属していた。

私はマイクと連絡を取るべくあの手この手と手を尽くしやっとの思いで住所を掴み

手紙を

出す飽くまでも親には内緒に事を運ぶ、返事が来たのは一週間も経ってからだった、

勿論!

英文!私は英文の手紙を家の近くに、下宿していた大学生に頼み和訳して貰った

マイクの書いてきた内容は、自立するのは良い事だし自分で決めたなら思い通り

進め一人立ちをするなら協力は惜しまない日本を出るならその為の仕事も探してやる!

との返事だった。(思い通りに事は運ぶ!)

後は、脱出資金を集める事と恋人や友達との別離!

学校への退学届けなどは、どうにでもなるが問題は、脱出資金の調達と彼女達との別離!

それでも彼女達に話をし自分の考えを何とか判って貰った

(今からどうなるか、どんな生き方が出来るか自分自身判らないのだ、

そんな私を待って居てくれとは言えなかった、どうか俺の分まで高校生活を楽しんでくれ!)そう言うのが精一杯!

彼女とは肉体関係も既にあり将来を話し合った時期も有ったのだが、

資金は、親父に買って貰ったバイク!(ホンダCL250)を処分!

友達から借金、貯金等を含め三万円程集まりバイクも五万円で売り合計八万円が集まった

学校にも行かなくなり心配して訪ねて来る先生や、ボクシング部の部長達と

顔を合わせるのも面倒臭く家にも当分の間帰っていない

郷里を出て行く前夜!親父にだけは言って置こうと思い深夜十二時頃家に帰り玄関の

ブザーを押そうと思って門を開け玄関に行くと玄関は開いておりなるべく静かに戸を開け

家に入る、玄関を入ると直ぐ廊下が有り既に皆眠っているのか

家の中は、シーンと静まり

還っていた( 当時、私の家は築百五十年の武家屋敷であり

敷地もかなり広く剣道場まであった。当時私の部屋は土蔵の二階を改造したもので

母屋に居る親父達とは、食事以外顔を合す事は無かった!)

弟は私より四つも年が違っていたので親父達が離婚した時は、まだ幼稚園に行く前だった

ものだから親父の嫁さんには良く懐いていて、私はそんな弟が嫌いだったものだから、

遊んでもやらず土蔵の上に俺だけの部屋が欲しいと言った時も始めに賛成したのは、

親父の嫁さんだった、二〜三日後には大工の棟梁が下見に来ていた

親父の口癖は!( 武士、武士、時が時なら!)とそれが口癖だった

そして家系図を前に!

( 俺が十五代目、お前が十六代当主となる!)耳にたこが出来る位聞かされたものだ

親父の考え方自体、時代錯誤も甚だしいが親父に取っては、いたく真剣で

私が十五歳の

誕生日を迎えた日、親父が私にくれた物は、切腹の為の匕首を一本と(銘、00住宗吉)

切腹の作法を私に教えてくれ長男である私をあれこれと可愛がってくれた

そして(当家は00藩剣術指南役で、千二百石取りで本家は備前岡山に有り江戸中期分家)

酒が入ると説教するように言い聞かされたものだった

母屋に入ると、直ぐ土間が有り上がりかまちを上がると表の間を横切り長い廊下を歩く

中の間を過ぎ奥の間を過ぎると親父の部屋があり、私は襖越しに小さな声で

(親父!今帰って来た至急話が有るんだが!)と話掛けると、親父も目を醒ましていたらしく

( 書院で待つとれ!)と返事が返ってくる!

親父の書院に入るのは三年振りだった

何時も親父が自慢している刀が二振り本棚台の上の刀掛けに納まっていた、

暫く刀を見つめて待っていると浴衣に晒し帯姿の親父が入って来る、椅子に座るなり

(学校はどうした今どうしている何故帰ってこん!)

私は黙ってそんな言葉を噛み締めるように聞いていた

此の時は何時もの親父の厳しさは無くやさしい親父の顔だった

私は親父に自分の考えを話し計画を打ち明かした、親父は私に

(気持ちは、変らないのか?)と一言だけ聞いたが私の意志が固まっているのを知ると

後はもう何も言わず(台所へ行ってコップを持って来い!)と言い私がコップを持って来ると、自分の部屋から酒を取って来てコップに注ぎ二人で、冷や酒を飲んだ。沈黙の中、

親父がポッリと一言だけ言った!

(何処へ行く?)(自分でも判らん!)(日本を脱出したいとは思っている)

(金は有るのか?)(少しなら!それより俺は未だ十八になっていないのでなにをするにも

親の承諾書が要る、便箋に承諾書と書くから名前と実印を押してくれよ!)と言うと

(家にはもう帰って来ないのか?)(判らん!)親父は(ちょっと待つとれ!)と言い残し

書院を後にした

十五分程すると封筒を手に持って現れ(金を少しだが入れて置いた

(承諾書も入っている落ち着いたら手紙をくれ!)俺は鼻の置くがツーンとして

息苦しくなったが(じゃあ親父)と言い残しコップの酒を一基に飲乾す

歩きながら封筒の中を確かめると、一万円札が十枚以上入っているようだった

、急いで電柱を見つけ電球の下で札を数える、

なんと!二十万円も入っていた、これは私にとってはラッキー!そして大金だった

当時、就職している友達の月給が一万五千円位の時だけにかなりの大金だった

この二十万円と自分が工面した八万円をプラスすると二十八万円になる、

何もしなくっても一年は暮らせそうだが、そんな事は出来ない!

飽くまで決意は変らない

出発は明後日の予定!明日からは支度で忙しくなりそうだ!

 結局!バタバタするだけで何の支度も出来ず!(支度と言っても服ぐらいしか無い)

出発の日は、十月十六日朝

七時十五分発の汽車で郷里を出て行く事になった

(この時代は高松から宇高連絡船で宇野へ行き宇野から岡山へ行き岡山から

新幹線で横浜へ!) 此の時私は始めての一人旅であった楽しくも有り又心細くもあったが、未だ見ぬ外国を頭に思い期待に胸が膨らんで駅に見送りに来ていた

恋人の事など眼中に無かった

列車の窓から外を見ると田園風景が見える!遠くなったり近くなったりする田圃の向こうは、お百姓さんの家らしい茅葺きの家が見え隠れしている、ふとあの家には息子が

居るのだろうか親に逆らい家を飛び出す!そんな俺みたいな馬鹿な息子はまさか

居ないだろうな

なんて一人想像してみる、あれこれ考えていると新幹線は名古屋を過ぎもうすぐ目的地で

ある横浜に着く車内アナウンスが聞こえてくる

横浜で下車!今度は横須賀線に乗り換えしなくってはならない、持っている荷物は

サンドバックのようなマドロスバックが一つだけジーンズにスニーカーとオレンジのTシャツ

横浜で下車し駅構内の公衆電話を探しマイクに電話を掛ける、

呼び出し音だけが聞こえて

来るが誰も出ない!少し不安になってくる、未だ出ない?暫くするとハローと声が

聞こえてくる!慌てて私もハローと返事する、マイクは駅まで迎えに行くから

今から電車に乗れと言う!すぐ電話を切り横須賀線の電車に飛び乗る

横須賀に着くとマイクは既に駅まで車で迎えに来ていた、久し振りに見るマイクの顔!

会うのは七年振りだが何回か写真で見ていたので迷う事は無かったが、

こうして目の前に

マイクの顔や姿を見ると(こいつが本当にマイクかい?)と思う程男らしい顔をしていた

頭髪は短くアーミーカット、服は軍服を着ている何処から見ても立派な兵隊さんだった

身長は175位しか無いがスポーツを子供の頃からしているせいか体は筋肉質で

外からも

それは判ったシャツ越しに透けて見える筋肉はかなり盛り上がっている

すぐさま軍のジープに乗り込みマイクの運転で宿舎に向かう

マイクの宿舎は基地の中にあるらしい、正面ゲートには門衛兵が居たが、

そこを通り抜けるとそこは完全なる米国のベース(基地!)だった

(此処は日本でありながら全くの治外法権で日本の中の外国である!)

マイクの宿舎と始め聞かされた時は狭い所だと思って居たのだが部屋数が四つも有り

一部屋だけでもかなりの広さが有る

(後でマイクは結婚しているので宿舎を貰っているのが判った)マイクの部屋のデスクには、奥さんだろうか二人寄り添って写っている写真が置いてあった、

でも米国本土に置いているらしく(日本で言えば単身赴任と言うところだろうか?)

暫く此処で世話になり仕事を探さなければならない(持ち金が無くならない内に職を

探さなければならない!)マイクに相談して早々に決めようと考えているが

今の所右も左も全く判らずここニ〜三日は、ゆっくりしょうと思っていたがそんな期待も

見事に吹っ飛んでしまった!なんと、マイクが次の日!仕事を探して来たのだ、

それは(LST、)米国海軍軍事物資運搬船とでも言うのだろうかカーゴ(貨物船)の

船員だった

身元保証人はマイクがしてくれ私は、マイクの義兄弟と言う振れ込み( これなら日本からも

脱出して外国にも行ける!)そして部屋や食事付、働いてさえいれば給料だって貰える

し一石ニ鳥だった!(LST)は五日後に横須賀入港予定と知らされる

船が入港するまでの間に身の回りの物を揃えなければならないとマイクから言われ

急いでリストアップして買い物をしなければならない、私はその日のうちに洗面用具とか

酒、タバコに始まり雑誌から下着まで街へ出て買い物をした

ついでに横浜まで足を伸ばし伊勢崎町へ行ったり山下公園へ行きマリンタワーに登り

夜景を楽しんだりと遊び廻ったマイクも自分の勤務時間外は、ほとんど私と行動を共に

してくれた、マイクも今はのんびりと基地でデスクワーク的な仕事をしているが

何時前線へ行かなければならないか判らないらしい!此処でマイクと別れたら

今度は何時会えるか分からない後で考えると、あれもこれも話したかった!ああも言い

こうも言いと次からつぎへと浮かび上がるのだが、決局!五日間という日々は瞬く間に

過ぎてしまった

(LST)が港に入港!メリケン波止場に横付けされマイクと一緒にLSTに乗り込み!

キャップテン(船長)に紹介して貰った、雇用契約を終え書類にサインが終わり

私は、

甲板員(セイラー)として乗船する事になった。

 

 更新日1月23

 

第一章、血筋!

1966年、春には未だ遠い十二月始めの出来事、私に高校からのボクシング特待生の

勧誘の話があった、先輩を通じての話だったのだが!

(その先輩は、ラグビー部の主将をしていた)この先輩!私より三歳も年上!

(この高校!普通科、商業科、工業科の他に体育科もある関西でも有数の、

マンモス高校だ!)特に、スポーツは有名である

この先輩!三年も留年していて(この、留年はラグビーの為の留年!先輩の名誉の為、

付け加えて置く)この為か免許を取得し軽四だがマイカーで登校していた

この先輩、中学校からの先輩なのだが、やたらと喧嘩が強かった、この先輩の親は

生コン

会社を経営していて生活は裕福そのもので、中学校時代には何かと面倒を見てくれ

私には

時々小使いまでくれた!( 今考えるとかなり貰った!)

その先輩から持ってきた話なので始めから断わる訳にも行かず、私としては暫く考えさせて

くれと言ってはいたのだが(私は中学卒業したなら大工さんになりたかったのだ)

私の父親は、地方公務員、県の観光課の部長をしている手前、私にはせめて!

高校位は

進学して欲しいらしく何度も私を部屋に呼び付け、進学するよう説教を始める毎日だった

私は、私でそんな家に帰るのが嫌で毎晩友達の家に泊まり込み週一回だけ、

小使いを貰いに帰るだけの帰宅だった

学校に行けば、行ったで、喧嘩三昧の毎日だったし、勉強等全然したことも無い!

ましてや高校など行ける等とは想っても居なかった(その理由は?一日でも早く家を出て

独立したかった)(父親と母親は離婚、姉は既に家を出ていた)

或る日、先輩が親父を訪ねて話を進め、次には教頭とボクシング部の部長が、

我が家を訪れ話が決まったらしい?(これは後で聞いた話!)当の本人はそんな事は

全く知らず遊び呆けた毎日を送っていた

同級生達は、受験勉強をしているのだろうが、私は受験勉強等したことも無く、

相も変らず不良していた!

或る日、久し振りに家に帰ると親父から特待生の話を聞く、私自身気が進まないのだが、

一度は、親父の顔を立てシブシブ承諾する。

でも、一応受験は受けなくてはならないと聞かされるが( それも、形式だけとか!)

私は此の時、(受験用紙は白紙で出してやろう!)と心に決めていたのだった

受験日前日迄、親が理髪店をしている友達の家で泊まり込み試験当日は、

その友達の家から受験に行った

予定通り受験用紙は、全て白紙!名前すら書かなかった

受験が終わったその足でその当時流行っていた、ゴーゴー喫茶に入り浸っていた

私自身、答案用紙に名前も記入せず白紙で出した以上、入学は無理だと想っていた

ところがである、ボクシング部長より( 何時頃ボクシング部に顔を出してくれるのか?)

と電話が掛かって来たのだ!これには全くの話、驚き完全に戦意を喪失してしまい

全くの話気が抜けた、思惑が失敗した以上もうどうにでもなれと思い入学式が始まる前から、

高校へ行きボクシングの練習に参加していた、だから入学式が始まり新学期が始まり

新入部員が入る頃になると、私は旧一年生!つまり新二年生と待遇が同じで、

新入部員達も私が二年生だと思い込んでいたらしい

私のウエイトはフライ級〜バンタム級までで登録はバンタム級だった

私の戦績は、二十四戦二十一勝、二敗一引き分け二十一戦中KO勝ちは十八戦、

一年二年と連続国体出場!成績は二度とも準優勝!

そして私の人生を大きく変えたと想われる左手人差し指の関節複雑骨折の事故!

アクシデントが私を襲う。 医者によると(スポーツドクター)(ハードパンチャーの

ボクサーには多く見られる骨折で別に気にすることも無い)と言われる

リハビリすれば又、今まで通りボクシングも出来ると言うのだが完治するまで

何も出来ないのが一番辛かった

複雑骨折も切開手術を行い三ヶ月もすれば傷も骨折も完治して私は次の試合に向かい

毎日

練習に励んでいた

三年生になって或る日、ボクシング部、部長に呼ばれる、寮の部室に行くと

(部長は寮長も兼ねていた)部長の隣席に見知らぬ男が座っていた

その男性の鼻のしゃげ具合を見ると、この男もボクサーであるのが直ぐ分かる

私も同席し話しに加わる、鼻のしゃげたその男は、日本体育大学ボクシング部長である

事が話の途中で分かったが、なぜ?私が同席しなければならないのか理解できず

二人の部長の話を上の空で聞いていた。すると、何度も自分の名前が出て来る様になり

初めて話の中に身を投じた、部長たちの話は私の進学の話だった

推薦入学にて大学へ入りボクシング部へ入部させ戦力にさせようと想っていたらしい?

部長と話をしているのは、我が校のOBらしく目ぼしい男を捜して母校を訪れたと言う

私が一年生の時に三年生で国体で準優勝、個人最優秀選手に選ばれ推薦入学にて

体育系の

大学へ入学した先輩も居たが、まさか自分が選ばれるとは夢にも思っていなかったので

正直言って面食らった、まあ〜一応心の片隅に置いて考えて居てくれと言う事で

その日は話が終わったのだが、同じボクシング部の先輩!(近所に住んでいる)と

部長が我が家を訪れたのは、夏休み中の出来事!その日の私は彼女と

海水浴場へ泳ぎに行き帰宅したのは、夜の十時も廻った頃だっただろうか?

玄関を開けると親父が(話がある!部屋に来い)と言う、私は帰宅が遅くなり

電話もしなかったので起こられるのかと思い、やれやれという気持ちで親父の部屋に入る

親父は開口一番!(大学へ行きたかったら、行かせてやるぞ!)と切り出してきたが

私は

(別に行きたく無いよ!)と一言!すると親父は(大学に進学してくれんか!)

(なぜ!そんな話をするんや!)(今日部長さんが家に来てくれたんや)

(俺の問題や!ほっといてくれ阿呆!)こんな言い合いの中、親父の嫁さん

(普通なら私にとっては、母親になるのだが私の生みの親つまり、母親とは私が九才の時。親父の浮気が原因で離婚している、つまり今我が家に居るのは、親父の嫁さんである)が

口を挟む(勉強も出来ない又、しないのに大学へ進学出来るなんて幸せ者やんか!)

(お父さんも行かせてやると言ってるのやからそうしい!)(やかましい!

くそババア自分の人生は自分で決めるわ!)(金出せ〜!)と

叫び親父の嫁さんから金を取り上げそのまま家を飛び出してしまった

私の親は金銭的には、割と無頓着で私が、高校入学特待生であるのを自慢していたが

授業料(当時、四千六百円)が免除されているのなんか全く知らないのである

私の頭の中には、ボクシング部部長が親父に話の中で、そのことを言ったのでは

無いかと

其の事ばかりが気になった、この問題は私にとっては深刻で月々の小使いが無くなり

その上、三年間親父を騙して来た事が、全て暴かれてしまうのである

今は此の事で頭が満タンになり、早速先輩に電話を掛け話の内容と授業料免除の話を聞く先輩によると、親父と話をしている途中で、授業料を全額使い込んでいるのは、

判った!

親父さんは(全く)疑りもせず良く何年間も金を出したものだ)と言う

この事は、ばれていない先ずは一安心!結局彼女にも相談したが自分自身進学する

気なんて全く無いのに相談も何もあったものでは無い(この頃の私の恋人は二人、

一人は金物屋の娘で、もう一人は材木屋の娘、金物屋の娘は美人(これは私の親父も認めている)

材木屋の娘は普通で、どっちかというと可愛い娘だった

彼女達は高校卒業後は県内に就職する積もりで居たし、将来の約束まではしていないが

もし私が進学することになれば離れ離れになってしまうと言うのである

私自身としては、進学する気が無いものだから彼女達には(お前の為に進学しない!)と

恩を着せる、だがこの話は後々も尾を引くようになる

この頃私は電車通学をしている市内電車から郊外電車へと乗り換える私が乗る駅は00駅

友達と待ち合わせをしている路面電車に乗り市駅(市駅とは00鉄道のそごう前の事)で

降りる!其処には又友人たちが待っていて(今日は学校サボろうよ!)(これから喫茶店へ

行ってその後映画へ行こうか!)と誘いが掛かる!私も嫌じゃあ無いので鞄を持ったまま

商店街にユーターンする、何時もの喫茶店(カトレア!)に行き(ホット!)と一丁前に

注文する、すると!友人の中の何人かが学生服のポケットからタバコを取り出す

(この頃のタバコの銘柄は大和かロングピース)(私の親父はハイライト、先公達は、わかば)だったがボクシングをしている私はタバコは吸わず、幾ら授業はサボっても授業が

終わる頃になると電車に乗りボクシングクラブにだけは参加していた

友人達もそこの事は判っているので誰一人、文句を言う奴は居なかった

中学校時代はタバコも良く吸ったが、スポーツをしているとタバコを吸っていたら体が

持たない特にボクシングのように、一ラウンド三分間(180秒)身体がフル回転しなければ

ならず(これはボクシングをした人にしか判らないと思うが半端では無い!孤独な

闘いである

目を反らしたり瞬きなどすることが出来ない、瞬きなどしていたら相手のパンチを

喰らってしまう

だからタバコもボクシングを始めると自主的に止めてしまった

私の悪仲間の友人達は誰一人として運動部に入部している奴は居なかった

私達は学校でも手の焼ける札付きの不良だった、この友人達と他校の奴等とした

喧嘩は数知れなかったが、ボクシング部に入部している者が喧嘩し補導されたり

警察沙汰になれば、

ボクシング部は解散と先輩達に聞かされていたので喧嘩する時は、パンチも早かったが

逃げ足も速かった、一度校内で大喧嘩したことが有った(普通科と商業科の喧嘩!)数は

普通科の生徒が圧倒的に多いのだが(一クラス平均50人、A〜O迄15クラス在りそれが

三年あるのである計算では、50×15×3になる)それが普通科、商業科、工業科

と在る訳では有るのだが、商業科と工業科は普通科の半分位しか居なくて、

体育科は五クラス位しか無かったのだが、この喧嘩!始まりは普通科の一人が商業科の

奴に、殴られた事がきっかけとなり50人対50人の大喧嘩になってしまった、

運動場の真ん中で殴り合いになり、其処へ教師が車で割込んで来た、先公達は開口一番!大声で叫ぶ!

全員蜘蛛の子を散らした様に逃げた

後に残ったのは、ボロボロになった教師の車だけだった

その後教師達は喧嘩をしていた生徒達を探し始めたのである便所で小便している生徒の

肩をポンと叩き(オイ!こっち向け!)と顔を確認して行く有る者は、目の縁が青くなって

居る者、口が切れている者、鼻血や裂傷している者等を集めた、

集めた奴等から証言を取って行っているのである、

私の名前も出て当然なのだがどう言う訳か名前が出て来なかった

当時、我ボクシング部の強さは、学園内外共に有名!当然総体準優勝して全生徒の目前で

賞状を授与し表彰されたのだから、誰一人として知らない者は居なかった

先生達の目が自分に向いた事は、ヒシヒシと感じたのだが、それもいつの間にか日が

たっに連れ薄れて行った

そしてそんな楽しい学園生活を最後にする時が、卒業式より早く来るとは自分自身

考えても居なかった、発端になったのは進学問題だった

私自身(大学に等進みたく無い)と部長には、突っぱねたのだった、

日体大へ入学しても

ボクシングをする以上狙うは、プロになるかオリンピックか二つに一つ、

その揚句の果てが、中学校か高校の体育の先生になるのが落ち!そんなつまらない

人生が在るのだろうか?私は善にしろ、悪にしろ自分の力で切り開いて見たかった

中学時代は大工職人に成りたかったのだが、高校へ入学してからは、

外国に憧れを抱き

高校卒業後は、日本より外へ外国へ出たかったのだ(だがどうせ日本を出るなら

早い方が

良いだろう!)そう考えると、先ず日本を脱出する方法を考える

 

更新日1月11日(毎週更新!)