第34段 サザエの壺焼き

 伊豆の稲取に住む知人からサザエを頂いた。朝市で見つけて直送してくれた物でこの時期恒例の頂き物である。ビールを用意し、殻の口に酒を一滴垂らして火に掛けブクブクと泡を吹いてきたら食べ時だ。楊子で蓋をこじ開けると磯の香りが鼻腔をくすぐりビールとの相性は抜群である。壺焼きなどと言っても浜の茶屋で出すのは、ゆでた身をスライスして澄まし汁と一緒に殻に戻した物で相棒のビールが泣く。
 教員になりたての頃西伊豆の松崎に赴任した。今頃は磯遊びのシーズンである。松崎から舟で萩谷崎を回りこむと岩地を過ぎて雲見という温泉に着く。当時は此処に通じる道路がなかったから、松崎に下宿している生徒が多かった。東海道線の車窓からも見える烏帽子山の向こうに出るとサザエのいっぱい取れる浜がある。真ん中に大きな穴の空いた千貫門という巨岩が海中に聳えて豪快な眺めだ。
「先生、カレー作っていてくれるけ。俺たちサザエ取ってくるが。」と連中は海に潜る。なにしろ彼らは潜りの達人だ。テングサ取りの時期は学校公認の労働日で、その稼ぎは新採の教員の月給を何倍も上回る。たちまち浜辺にサザエの山ができた。雲見の住人にとってサザエはご馳走でも何でもない。彼らは私にサザエの焼き方、喰い方を伝授してカレーをぱくつく。たき火の周りにサザエを並べて、泡を吹いた奴から黒く焦げた殻をたたき割って頬張るという豪快かつ原始的な作法である。「先生、ビール買ってきてやるけ?」と気を利かす者もいるのだが、さすがに頼む勇気はなかった。生徒に買いに行かせたと言って校長にたれこむ親がいるはずもない土地柄だが、便乗した生徒にグイグイ飲まれる方が恐ろしい。我慢、我慢。
 いくつ食べたが覚えていないが10やそこらではなかったはず。翌日学校へ行くと教室の雰囲気が違う。みんな不思議そうな顔で私を見るので「なんか可笑しいか?」。一人が立ち上がって「先生、腹こわさなかったけ? 休むと思った。」そうか、こいつら私が休んで授業がつぶれるのを期待していたね。ここにおいて彼らは私の胃袋が特注の鉄でできていることを思い知ったのであった。
 その彼らももう定年退職の歳になった。雲見の海は今も変わらず美しい。変わったのはサザエは勿論アワビの子分のようなトコブシもみんな漁業組合の管理になって、密漁禁止の立て札があちこちに見られるようになったことであった。(2005.5.20)

徒然道草2・3・4