ヨーロッパ 街歩き

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■2008年〜2010年の3年間ベルギーブラッセル駐在中に「街歩き」で感じたことの総まとめです

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赴任早々、娘に「もう飽きた!レンガの家と石畳しかない。」と言われました。(笑)

日本の女性のだれもが憧れるエリア、ヨーロッパ。三日目にもう飽きたとは…。
“所詮、表面しか見ることのできない子供だからからこの良さはわからないのだ!”とは思ったものの考えさせられました。

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ギリシャ・ローマ時代を除いては、ヨーロッパの歴史は相対的にそう古はありません。
14〜15世紀あたりまでは、中国や進んだアジア地域からみれば田舎に過ぎない。
12世紀あたりの農業革命を経て、15世紀の大航海時代から徐々に、18〜19世紀の産業革命を経て、世界の表舞台に出てきます。
いわゆる有名どころの観光地はそのあたりの遺産が多いのです。

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地形は変化に富みます。
ヨーロッパアルプスが典型例ですが、アフリカがぶつかった衝撃で隆起した規模の大きな褶曲山脈があります。
氷河期と間氷期の繰り返しの中、山は削られ、鋭角の山々が形成されました。
4,000m級が60座以上あり、氷河が多く残っているので、その景色は豪快という言葉がぴったり当てはまるわけです。

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その北は、大昔 平らな海底が隆起した平原がずーっと北海まで続いており、
アルプスに降った雨はゆったりとした大河となり北側へと流れます。
スカンジナビアは沈水地形で、フィヨルドが典型例ですが、切り立った山がど〜んと海底へ切れ落ちており、きっとすららしい景色が広がっているしょう。(ここは行けませんでした)

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地中海はヨーロッパ大陸とアフリカが徐々に離れてできたでっかい海で、海も穏やかで、アテネ周辺でも綺麗な海でなのでびっくりしました。


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気候は緯度の割には温暖です。
駐在したベルギーは、北海道のさらに北にありますが、気候は北海道のように夏はさわやかで、冬は寒いですが、雪はそう降りません。
一応、四季があると言ってよいでしょう。

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メキシコ湾からのメキシコ湾流/北大西洋海流が暖流で、これが西欧の西海岸沿いをそうとう北まで流れています。
緯度が地中海あたりにある日本の東北と海の暖かさが同じです。
また、偏西風が大西洋をなにに遮られることなく暖流の上を西から東へ吹いているので、暖流の空気が大陸内部まで流れてきて、それなりの暖かさを保てているようです。

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地中海は周りを大陸に囲まれた大きな内海が故、比較的穏やかで静かです。
大きな海流もなく海水温もほほ一定で、大きな風呂の如く、夏に温まった温度は冬になってもなかなか冷えないように、大きく冷え込むことはないようです。
いわゆる「地中海式気候」です。
冬に訪問したバルセロナも日本の冬ほど寒くなく、これが地中海式か!と体感することもできました。
地理的にはヨーロッパとアジアとアフリカという3大陸を繋ぐ海なので、地の利から交易が栄て早々に文明が発達したのもうなずけます。


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地中海や大陸西岸の海沿いの街は、地の利を生かして港町が発達したでしょう。
平原は大きな川沿いに街が発達しています。
その街街から、内陸へ人は移動し街を造っていきます。
森を切り開くには、相当のエネルギーと歳月が必要でした。
森と街は切り離せない関係にあったはずです。
石や土や木の建築資材、食物などさまざまな恵みを人々に与えてくれたでしょう。
ヨーロッパの物語には、“森と街”の関係が良く出来てます。
森を抜ければお城があったり、森の中のお菓子の家があったり…。

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私がいたブラッセルの南東にも大きな森がありました。
“ソワーニュの森”と呼ばれていましたが、南北ともに10kmに及ぶ大きな森です。
昔はブラッセルのほどんどはこの森だったそうです。

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娘の言動にもある通り、欧州は「石と木の文化」です。
壁はレンガや石で、天板や内装や家具は木を使っています。
レンガは土を捏ねて焼いて乾燥させればできます。近場から石は砕いて持ってくる。

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思うに、庶民の建物は日本でもそうですが、地産地消だったはずです。
その土地にあって、その気候風土にあった建物を建てる。
万国共通のたいへん合理的な考えです。
立派な大理石の建造物は、ローマ・ギリシャ文明の影響ではとも言われているようです。
ギリシャ・ローマあたりは大理石が産出したようですから。
田舎の普通の建物は、よ〜く見るとやはりその土地にある石や土の色に似ています。(そんな気がします)

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あと街を特徴づけるのは教会でしょう。


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大抵の街には教会が聳えています。
中世では街の一番高い建物は教会でした。
街の真ん中でデンと構え、教会が中心に街が構成されています。
今でも旧市街などは美観を保つために高さ規制があるようですから。

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さてさて、
訪れた街で再訪したいと言われれば…。
やはり、 「ローマ…」、が第一に上がるでしょうか。
紀元前からの歴史が途切れることなく 脈々と街中に溢れ、観光ガイドを持ってどこにあるかな〜などと考えなくとも何かの遺跡にぶちあたります。

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コロッセオはもちろん、カエサルのフォロ(広場)など、○○の噴水など、街を歩けば百年単位での遺跡に出会えます。
歴史好きには外せない都市なのです。
この町に比べればロンドンやパリはまだまだ歴史が浅い。
「ローマの休日」が好きな映画であることも、私にそう言わしめる要因かもしれません。

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2番手は、 シャモニーでしょうか。
モンブランの麓の街、アルピニズム発祥の地、フランス(スイスでない)が故に物価が安くおいしい食事に有りつけ、見上げれば4,000m級の山々が望めます。
富士山より高いポイントへロープーウエイで手軽に覗け、100年以上前に出来た登山電車での氷河探検、トレッキングコースも数限りなく、飽きることなく1週間過ごしました。
いつかモンブランを登ろうと思ったのもこの時です。
山歩き好きにはもってこいの街です。あまり日本人の観光客が行かないのもいいのかも知れません。

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3番目は…難しい。それぞれに、どこも歴史があって、文化の匂いが漂い、食事がおいしいところも多く。甲乙付け難い。

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赴任前はヨーロッパにはほとんど興味がありませんでした。
学生時代は中国関連が専門でしたし、社会人になってからも欧州とはつながりがなかったですし。
マスコミを通じて有名どころの遺跡や街並みは知っている程度でした。

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唯一?深く知っていたのはアニメを通じたものでした。 「アルプスの少女ハイジ」でアルムの山に憧れましたし、クララの住んでいた大都会フランクフルトの古き良き時代もいいな〜っと思っていました。



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フランクフルトに訪れた時に、まっさきに訪れたのは、“クララの家”でした。
正確には“ゼーゼマン”宅なのです。
実はモデルは詩人ゲーテの生家でした。
フランクフルトにハイジが移り住んで、おいしい水を探して街をうろうろする場面があるのですが、この時に町の様子の描写がまた見事なのです。
フランクフルトでは、そんな街角も探しました。
もっと他に見るべき場所はたくさんあるんですが、そんなことを真っ先にする自分ってなんなのだ…と思ったり。(笑)

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もう一つが、「フランダースの犬」でした。
ベルギーのアントワープが舞台です。
パトラッシュという犬とネロという少年の貧しいながらも心温まる物語です。
最後は大聖堂で神に召されるわけですが、この大聖堂も訪問しました。

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意外にもこの物語はベルギーではまったく知られておらず、この大聖堂を訪問した時も、感慨深げに中を見学しているのは同世代の日本人のみでした。



思い入れのある街は、やはり住んでいた ブラッセルと一番よく遊びにいった パリです。
ブラッセルはEU本部やNATOなど欧州の国際機関の本部がたくさんあります。 中世はこのあたりはフランドルと呼ばれ、北ヨーロッパではもっとも栄華を極めた地域です。

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ブラッセルやブルージュはその中核都市でした。
ギルドハウスなどという商人の家は独特の破風のある重厚な造りで建築学的にも面白い街だと思います。
現在は、海を挟んで英国、北にオランダ、東にドイツ、南にフランスという大国に挟まれた緩衝地帯となり、それがゆえに各種機関の本部が置かれております。
とくに先述したソワーニュの森は秀逸です。 秋の黄葉もみごとでしたが 初夏のヨーロッパブナの新緑はおどろくべき美しさでした

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街並みはそれなりに欧州らしく、グランプラス周辺にいくつか世界遺産があり、見ごたえもあります。

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歩いていて飽きないのはパリでした。
ブラッセルから車で300km、無理をすれば日帰りも可能でした。
さすがに、パリという感じで、有名な寺院や通り、美術館は博物館などいくらでも見るところがあります。

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日本ではあまり美術品などには興味がないのですが、こんなにたくさん有名どころの絵画が近くにあると自ずと興味が湧いてきます。
“落穂ひろい”などがある19世紀の印象の絵画を集めたオルセー美術館などはそれだけを目的に行ったものです。

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日本に、ミレーやゴッホが来ると来る山の人だかりですが、こっちではゆっくり眺めることができます。
近づて筆のタッチを念入りに見たり、離れて全体を眺めたり、解説を来たり、いろんな鑑賞の仕方をゆっくり楽しめます。

エッフェル塔は以外にデザインが斬新でカッコ良いし、凱旋門は上にも上がれて屋上からの眺めはこれがパリかと思わせる街の構成がよく分かります。

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パリの最高峰はモンマルトルの丘です。もちろん眺めが良いのですが、パリの北の外れでもあり、中心部がちょっと遠い。
パンテオンという霊廟があるのですが、ここの屋上からの眺めが最高でした。
行ったときの天気も良かったのも功を奏しています。

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デパートやお店のディスプレイのデザインセンスはちっちゃな店であってもそれなりにレベルが高く…これぞ文化なのですが…なぜそうなのかは分かりません。
ただ、如何せん、歴史がそう深くはありません。
ローマは2000年以上ありますが、歴史の表舞台で出てきたのはほんの?数百年です。
パリの語源は田舎者だそうで、昔々はローマあたりから見れば田舎だったのでしょう。 いまではパリは流行の最先端で、
会社の同僚のフランス人曰く、「フランスの地域は2つに分かれる、パリ(都会)とパリ以外(田舎)だ」と、なるほどなるほど。

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街は音楽にも溢れています。
地下鉄や街かどでは様々な楽器をつかった演奏がされており、それを取り巻く観客も楽しんでいます。
食事はあまり堪能しませんでしたが、いうまでもなくフランス料理はおいしいでしょう。

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フランスの田舎街では、ノルマンディ地方にある エトルタという村が意外によかった。
白亜の海岸、岡上の教会、砂浜、独特の木組みの家々、なかなか絵になります。
実際、たくさんの画家がここの絵を書いています。
宿泊して夜空を眺めながら、海を眺めてみたいな〜と思わせる村でした。

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東部ではブザンソンというフランシュ・コンテの州都です。
旧市街は世界遺産ですし、立派な良い街でした。
こんな山の中に(は言いすぎですが)、こんな立派な町があるんだと関心しきり。
ジュラ山地へ行くのに、泊まった街だったのですが、ここを目的に歩いても良いのではと思います。

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街で人との会話も文化を感じることができます。
欧州はたくさんの国があり、それなりに歴史があるので、それぞれの国の人と話すのはそれなりに面白い。
意外だったのは、スエーデンのホテルで東洋人の女性に話しかけられました。
それも中国語で、「中国人ですか?」と。

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「いやいや日本人です」とちょっとかじった中国語で話たのが切っ掛けで、話が弾みました。
彼女は北京の博物館の学芸員で、スエーデンのこの都市近くの島の泊靴館に出張へきているようなのです。
かくいう私は、ベルギー駐在で、出張でこの都市へ。
たまたま二人は東洋人どうしなわけで、この西洋の北欧の片田舎で出合った訳です。
世界は狭いな〜、自分もその真っただ中にいるんだと改めて感じた出来とでした。



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パリは近くて歩き甲斐があったので、歩きました。
が、総じていれば、(買い物やエンターテイメント外の目的では)大都会はあまりおもしろくない。
欧州の街歩きの楽しいのは田舎にあると思いました。
これは日本も同じかもしれません。
日本は第二次世界大戦で壊滅状態となり 、街は突貫で作ったコンクリートの建物だらけになってしまいました。
電信柱や電線は景観を悪化させます。都会の場合はけばけばしい広告も景観の悪さを助長しています。

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西欧もドイツ西部からフランスに懸けては焼野原になったでしょう。
でも再建の方法が“元の状態”に戻すという方法を取ったので、街の景観があたかも中世からの建物のごとく見えるのではと思います。

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2012年1月、明治初期に英国女性が北日本を旅した紀行記を読みました。
当時の山形・新潟・秋田など日本家屋やお屋敷などがたくさんあり、それは美しかったようです。
戦争さえなければ、再建時に牾垢糧しさ”を意識していればきっと今の欧州の街のように歩いていても楽しかったでしょうね。
今作っている街並みはぜひ何百年後を意識した街造りをしてほしいものです。


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欧州の街並みも、良い処ばかりではありません。
一番、景観を悪くしているのは車の駐車でしょう。
建物の前にカラフルなときにはぼろぼろの車が縦列駐車してあります。あれは、いかんです。
昔の景観を残すので、車を駐車すると道路幅が狭くなり、安全面でもよくない。
パリなどの大都市は地下駐車場を造っていますが、まだまだ間に合っていません。

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あともう一つは落書きでした。
これは万国の都市で共通なのかもしれませんが、うねうねと丸っこい文字が壁を這う姿は決して美しいものではありません。
これはロンドンでもパリでもベルギーでも日本でも見る現象ですね。

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欧州の田舎町はどこも魅力的でした。
   大都会はもちろんすばらしいのですが、田舎街は地域色が濃くて個性的でした。
その丘陵地の谷間であったり、丘の上だったり、森の中だったり、その周りの風景も加わり魅力がまします。

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アルザスの小さな町、リュクビルなどその典型例です。
ゆるやかな丘陵地帯には畑が広がり、点々と農家やワインの醸造所が散在しています。
小さい家、色鮮やかな壁の色、窓辺にはセンス良い花々、かわいい看板
それぞれの村がその地形や特徴を活かしている。そんな感じ。
観光地化させているかもしれませんが、もともとそれを造る下地がなければこの雰囲気は出せないでしょう。


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ベルギー南部のアルデンヌ地方の ロシュホーも美しい村でした。
村が美しいのではなく、この村は蛇行する川の中流にあり、川が湾曲する内側に村が存在しており、その全体を眺める風景が美しいのです。

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その村を眺める為に丘の上にレストランが立ったりしています。
またこの村中にもオーベルジュなる立派なレストランがあります。
確かに風景は美しいかった。
私が訪れた日もたいそう天気が良くて、新緑が川面に映え、ちっちゃい村がちょこんと綺麗に蛇行する河に収まっている風景は美しかった。
でも、丘陵地帯が延々とこの種の風景は山地や川が多い日本では結構見ることができる風景なのです。
“この風景を楽しむ”という発想がまたおもしろい。

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もう一度ゆっくりと歩きたい街はローマとシャモニーでした。
ローマは流れる悠久の時間を感じることができる街、シャモニーはアルピニズム溢れる街だからです。
でも、先述したように田舎の街や村はそれぞれに魅力的で、そいう意味ではまだまだそんなところはたくさんあるでしょう。
「総まとめ」なんて書きましたが、所詮3年の週末だけの訪問です。

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日本は南北に長く、地形が複雑で、それぞれの人に住処は急峻な山や谷に囲まれているが故にそれぞれが個性的な文化を持っています。
欧州は、冒頭の娘の発言ではないですが、「まあよく似たもんだろう」とタカをくくっていました。

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よ〜く考えてみると、地中海の海岸線は複雑です。地中海から北へはヨーロッパアルプスがまるで人や文化の伝搬をじゃまするように横たわっています。
その北は大平原が続き、大河がゆったりと流れていますが、この大平原も森だったのです。
人が森と戦い、森に守られ、集落ができ村となり地の利のある場所は街となり…、何百年という時間が今の欧州を造っています。
やはり、日本にまけず劣らず歴史と文化があるのです。
  

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宮崎駿氏のアニメのモデルとなった街には欧州が良く出てきます。

アルザスのリュクビル周辺は「ハウルの動く城」に使われていました。
「魔女の宅急便」はスエーデンの島にある港町です。北京の学芸員さんが出張していた島です。
そうさせるにはそれなりの理由があるわけです。
ぱっとみが素敵だと思わせるには、美しさやかわいさが必要な訳ですが、
たとえ、積み重ねた文化や歴史をたとえ知らなくても、外見のどこかにそれが細かく表れており、それを瞬時に見ていると思うわけです。

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そういう意味では日本は戦争で破壊され、突貫で街を造ってしまいましたが、これからは、新しく造ったそういう村や街をたいせつにしてほしい。
ここ数年はそんな活動んが盛んになり街並みの保存が進んでいるのは、結構なことです。
あまりに造られた街はどうかと思いますが、行政はあくまでサポートで、住んでいる人がそれを大切にしていく街並み。 住んでいることを自慢できる街、そんな街が良いですね〜。

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そんな街が日本のあちこちに出来ることを祈りつつ、自分もそんな街に住んで“街歩き”歩くことを夢見るのです。

2012年1月22日【原案】 2014年3月23日【気候部分:改】

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