ローマの信徒への手紙を読む(第129回)

129 つまずきの石(2)

 なぜですか。イスラエルは、信仰によってではなく、
行いによって達せられるかのように、考えたからです。
彼らはつまずきの石につまずいたのです。
「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。
これを信じる者は、失望することがない」と書いてあるとおりです。
(ローマの信徒への手紙9章32〜33節)

 選びの民イスラエルが神につまずき、一方で異邦人たちが福音を信じ、受け入れる−今現実にそのようなことが起こっている。なぜこのようなことが起こったのか。イスラエルと異邦人とはどこがことなっていたのだろうか。
 パウロは言う。異邦人はイエス・キリストを信じる信仰によって義とされた。神の憐れみによって救いを得た。
 それに対してイスラエルは、義とされるとは自分の義を神の前に立て、自分の力で神の義の水準にまでのぼりつめていくことだと考えた。そのように、イスラエルの場合には義の求めかたがはじめからまちがっていた。その結果、彼らはその律法に到達しなかったのである。
 自力で律法を守り抜いていくということが、なぜ義を得るしかたとしてまちがっているのかということについては、パウロが7章で語っていたことを思い起こせばよいであろう。アダムにあって生まれながらに罪人である者が神の完全な義に到達しようと企てること自体が自己矛盾であり、袋小路なのである。そのような道の途上にあっては、だれもがパウロのあの叫びを叫ばずにはおれない−わたしには自分のしていることがわからない。自分が望む善は実行せず、かえって望まない悪を行っているからだ。もしそうだとすれば、それをしているのはもはやわたしではなく、わたしの中に住みついている罪なのだ。わたしは何とみじめな人間なのか。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるだろうか。  

 主イエスは福音書の中で、ファリサイ人や律法学者たちと激しく論争しておられる。そのこと自体が、この人々にとって主イエスというお方がつまずきの石、妨げの岩であったことを証明している。
 なぜ主イエスはこの人々に厳しく立ち向かわれたのであろうか。救いを得るための努力が足りなかったためではなかったであろう。そうではなく、救いを求めるそのしかたが根本的に誤っていたためである。
 律法主義とは、すなわち宗教的な利己主義、自己中心主義である。そこでは宗教的なふるまいさえも自己保全や自分の功績の蓄積にすりかえられる。自分の義を立てることは、神の憐れみに信頼することとは対極にある姿勢である。ファリサイ人や律法学者たちは、人間には神の名を口にしつつ神なき道を行く、あるいは自分を神にまつり上げる道を行くことがあるのだということを教え示している。そのような道を行く途上で、イスラエルはメシアにつまずき、十字架に葬らざるを得なかったのである。
 彼らが主イエスに付した罪状は、この者は自分を神と自称して
神を冒とくしたというものであった。
しかし実際には、彼らは自分を神とするために神のひとり子、まことの神を殺したのである。

ヘンリ・ナウエンという神学者が『放蕩息子の帰郷』という書物を書いている。オランダの画家レンブラントが描いた、「放蕩息子のたとえ」に材をとった一枚の絵の前で、ナウエンが黙想を深めつつ著した書物である。
レンブラントの絵は、帰って来た弟息子と彼を抱きしめる父親とを明るい光のもとに描かれる。そして光の中にあるふたりの姿を、闇の中で立ったまま見つめている人物も描かれている。ナウエンは、これを兄息子として見ている。
ところで興味深いことは、レンブラントの時代には「放蕩息子のたとえ」(ルカによる福音書15章11節以下)と「ファリサイ人と徴税人のたとえ」(ルカによる福音書18章9節以下)とを重ね合わせて解釈する習慣があったことである。そうだとすれば、父に抱きしめられる弟息子を徴税人、それを立ったまま見ている兄息子をファリサイ人や律法学者と見ることもできるであろう。
「放蕩息子のたとえ」が、なぜイエスは徴税人や罪人などと一緒に食事をするのかというファリサイ人や律法学者たちの問いをきっかけにして主イエスが語られたたとえであることは言うまでもない。主イエスの時代には異邦人たちも、徴税人や罪人と同列であると見なされていたことを考え合わせるなら、さらに興味深いものがあるであろう。

                           (2009.7.15 祈祷会)