江戸時代、幕府直轄地である「天領」として栄えた倉敷、その中心である倉敷川畔には、商人の町家や白壁の土蔵が立ち並び、柳並木が川面に揺れています。小さな路地裏でも当時の建物が修復・再生され、ギャラリーや喫茶店、土産物店などの個性的な店舗として利用されています。
鶴形山の南麓を倉敷川から東西にのびる「本町・東町」一帯は、塗屋造の町家が立ち並ぶ、庶民的な雰囲気の漂う町並みとなっています。この一帯は人々の生活に密着した昔からの店舗や現役の住居が多くあります。
「倉敷美観地区」は保存地区であると同時に今を生きる人々の生活の場でもあり、まさに生きた本物の町並みといえます。その姿は江戸時代から現在を経て、そして未来になっても変わることはないのです。
倉敷美観地区

大原美術館
昭和5年、倉敷の実業家大原孫三郎が設立したもので、ギリシャ神殿風の本館の中には世界画壇の巨匠作品が多数展示されています。ツタにおおわれた石垣、門を入るとロダンの彫刻「洗礼者ヨハネ」、「カレーの市民」の像が迎えてくれます。隣接して、分館、工芸・東洋館があります。
倉敷民芸館

倉敷民芸館
倉敷の代表的な米倉を改装したもので、白壁に貼り瓦が美しいコントラストを描いています。館内には古今東西の民芸品約800点が展示されています。東京の日本民藝館についで建築されたという歴史をもっています。倉敷における古民家利用の第一号であり、伝統的建造物保存のきっかけとなりました。

美観地区周辺
鶴形山の南麓を東西にのびる「本町・東町」一帯は、塗屋造の町家が立ち並ぶ、庶民的な雰囲気の漂う町並みとなっています。この一帯は人々の生活に密着した昔からの店舗や現役の住居が多く立ち並んでいます。10月下旬には「倉敷屏風祭」の舞台となり、多くの人出で賑わいます。また、昔ながらの土蔵や町家を改装したカフェや旅館、居酒屋なども多くあります。

倉敷の企業の歴史
クラボウ、クラレ、中国銀行の創設期の経営者大原孫三郎氏とその後継者大原總一郎氏の尽力によるものであります。大原孫三郎氏は藤木工務店に命じて、大原美術館を始めとする主要なランドマークを次々と建設し、倉敷に文芸を愛する独自の気風を育む礎を作りました。また全ての建築には彼の信条と美意識を反映し、惜しげもなく私財を費やし本物だけを追求する姿勢を貫き通しました。そして總一郎氏は倉敷をドイツローデンブルグに見立てて古い町並みを取り壊すのではなく伝統美を残しながら発展させることを目指し、いわゆる、倉敷美観地区を生みだしました。倉敷芸文館・倉敷チボリ公園等は、大原家のポリシーがこの地に根付き、未来へと受け継がれていった証です。当社が創業の時期より大原家と共に倉敷の街づくりに携われた事は、当社の建築に対する理念と高度な技術を育むバックボーンとなり、今に残す源となりました。















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