日本チリー協会講演会講演録

アタカマALMA天文台計画

 

講師  国立天文台助教授 阪本 成一 氏

 

2007131日(水)

 

於 川崎汽船株式会社23階会議室

 

 

講演「アタカマALMA天文台計画」

 

第一章:電波望遠鏡へのアプローチ

 

本日の講演はアタカマの標高5千メートルの地点に建設しようとしている望遠鏡についてご紹介することになりますが、始めるに当り簡単に自己紹介を致します。

 

(自己紹介)

私は昭和40年の東京生まれですが、中高は男子校でプラトニックな生活を送っていました。東大に入り、学部で天文学をしたかったのですが、学部時代は入学式にて勧誘されたボート部で4年間過ごすことになり、学生チャンピオンにも輝きました。大学院に入って以来電波天文学をやっています。

現在はチリにいて、主にはサンチャゴの事務所ですが、時々標高5千メートルの現場、アタカマ高原に出掛けて活動しています。日本とチリとの間を去年は7往復、一昨年は9往復移動しました。日本から山の方まで行くとすると約3日の時間がかかりますので、言ってみれば1年に1ヶ月は移動に費やしていることになります。今回も1月25日に日本に帰国しましたが月曜日2月5日にはチリに戻るというなかなか厳しいスケジュールとなっています。

 

(国立天文台の紹介)

  国立天文台はもともと東大付属の天文台として設立され、100年間程続いていましたが、あまりにも規模が大きくなったために国立天文台という形で分離されました。その後法人化の波にもまれ、5つの研究機関の統合ということになり、現在は大学共同機関法人・自然科学研究機構の5つの中の1研究機関となっています。

 

(天文学者の仕事について)

  皆様の周りに天文学者がいる人はあまりいないと思われますが、珍しい職業の人はいろいろと言われるものであり、天文学者にも様々な風評がたてられています。

1.“目がいい、夜行性である”と言われますが、それなら正しく動物ということになりますが、全くそうではありません。

2.“白衣を着ている”と言われますが、一般的に研究者というとそのようなイメージになるものですが、実際は全くそうではなく、お互い同士は“さん”付けで呼び合うような世界です。

3.これはかなり間違われるのですが、“星座に詳しい”。でも実は全くだめで私の場合でもプロになった頃はオリオン座位しか知らなかった。尤もチリに行くようになって大分星を見るようになってきましたが、かなり怪しい状況です。

4.“ロマンチスト”これも物理学者だから大分イメージは違います。まして星を発見して彼女の名前を付ける等という事は絶対に出来ません。

5.“星の王子様”家内の友人達からよく言われますが大間違いです。皆さん「星の王子様」のお話をしっかり読みましたか?話の中に天文学者が確かに出て来ています。その人は小惑星を見つけたりしていますが、身なりが余りにも貧しいので死刑にされそうなったそうです。私も普段は貧しいなりをしていますが、今日は死刑になりたくないのでちゃんとしたスーツを着て来ました。

 

(理論天文学者と観測天文学者)

天文学者にもいろいろ種類がありますが、大別して理論天文学者と観測天文学者に分かれます。理論天文学者は割合に賢い、いわゆる皆さんがイメージする学者であり、いろいろ計算をしたり、物理法則に従い謎を解き明かす。沢山計算するために専用の計算機を作ったりもします。

一方、私とか井上さん(非常に高名な観測天文学者ですが)のような観測天文学者はいろいろ宇宙を見ている。我々人間の知識は限られているので宇宙の出来るだけ遠くを見て新しい事を知るというスタイルです。これを例えて言えば、理論天文学者は常にクラスでトップの賢い生徒であり、他方観測天文学者はその賢い生徒の斜め後の席に座って答案を書き写す。正解が遠くにあるわけですからそれをきっちり見て正解を導き出すというタイプの学者です。見る力が重要だから目を良くしたり、道具を作るわけです。その中でも私は電波天文学者です。

 

(電波で宇宙を見るということ)

電波で宇宙を見たらどうなるかについて概略を話してみたいと思います。

なぜ電波で物を見なければならないのかということから入りましょう。

  人間には視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感があり、それらを使って物の性格や変化を調べていますが、この五感を他の動物と比べてみると次のようになるでしょう。

1)視覚については、人間は可視光線しか見えませんが、昆虫は紫外線で見ることが出来ます。ここに紫外線で見た映像がありますが、人間の目、すなわち可視光線では白くしか見えないモンシロチョウが、紫外線ではオスとメスが白と黒ではっきり見分けられるのです。

  2)聴覚については、こうもりは真っ暗な中を飛んでいますが、彼等は眼では見えていないけれども、超音波を自分から発射して対象物に当て、対象物から反射して来た音波を耳で聞く事により、対象物との距離を測るという事が出来ます。

  3)嗅覚については、空港にいる犬を例に出すと、犬はスーツケースの中の物を嗅覚で持って透視しています。嗅覚を視覚の代わりに使って内部を見ているのです。

 4)味覚については、ワインの味が分かる人は、ラベルを見ずしてこれは何年の何というワインかが分かると言います。

 5)触覚についても同様な事が言えます。

 

(天体を知る方法)

 ところが太陽系の外の天体は触る事も、臭いをかぐ事も、味わうこ とも出来ず、真空だから音が伝わってくる事もないので聴覚を働かす わけにも行きません。また光を発射して戻って来るのを待つといって も何億年も掛かる距離にあるので、時間が掛かり過ぎて不可能です。

  我々に残された手段は基本的には天体が放出している物を捕らえ  る事しかありません。そのために、一つの方法はひたすら大きな望遠  鏡を使って細かい或は弱い光を捕まえる事です。それ以外には見えな  い光で宇宙を見るということで新たな情報を引き出そうとするのが、  最近の天文学の流れです。

  ここに電磁波のスペクトルを書きましたが、人間の目で見える可視光線は非常に狭い範囲に限定されています。波長の短いのは紫外線、X線、ガンマ線。波長の長い方に行くと赤外線、サブミリ波、ミリ波、センチ波これらは電波の領域です。こういったものを使う事により宇宙を探ろうという事です。それぞれの波長に対して電波天文学、赤外線天文学、あるいはX線天文学、ガンマ線天文学というふうに研究分野が分かれています。

  天体から飛んで来るのは電磁波のみではありませんので、例えば最近小柴先生がノーベル賞を受賞しましたが、天体から飛んでくるニュートリノ、まだ検出には成功していませんが国立天文台でも計測法を考えている重力波があり、将来にはそれらを使って天文学をする事が出来るようになると考えられています。

電波にはラジオのような波長の長い電波から、ミリ波、サブミリ波という波長の短いものといろいろあります。我々がチリで行おうとするのはミリ波、サブミリ波という電波としては波長がすごく短い、ほとんど遠赤外線のような電波を捕まえて、研究しようというものです。

 

(赤外線でみた映像)

  これは赤外線で捕らえたサーモグラフィーの画像です。あるメーカーのコマーシャル映像ですが、ここでは温度の変化がカラー表示され、ポットに手を触れて調べる事の出来ない視聴者に映像で伝達する事が出来るのです。また温度の変化を知る事により科学捜査のような事も出来ます。(しばらく前に熱があった場所にはまだ余熱が残っているからです)。つまり電波で見ようとするのは光では見えないもの、熱みたいなものを計ろうとしている事です。

  例えばこれは月ですが、欠けている時は真っ暗になりますが、電波で見ると欠けているところでも薄く光っています。なぜかというと影のところも昔光が当っていたので、温度を持っています、但し温度が低いために多少暗くなっています。ここにあるクレーターについてもこれは反射で見えているのではなく、影のところは寒いですよという事を示しているのです。我々は簡単に月には行けませんが、電波の観測をする事によって状況をたどる事が出来るのです。

オリオン座をミリ波、サブミリ波で見るとどのように見えるのか、もちろん光で見ると星が光っており、オリオン大星雲があります、ここを電波でみると宇宙には雲があって、光は出していないがここに潜んでいる事が分かります。またオリオン大星雲があって、ここは電波が強くなっており、今まさに星が生まれているという事が分かります。ここを野辺山にあるようなもう少し大きな望遠鏡で拡大してみると宇宙の雲のムラムラがあり、星というのは実はガスの塊で、太陽も水素とヘリウムの塊ですけれども、そういった基になるようなガスの雲がここにあるという事が分かります。さらに干渉計という方法で詳しく見ると正に一つ一つの星を造っている現場であるという事が分かります。ただ私達はこの位の解像度、いわゆる望遠鏡の倍率では満足しておらず、もう少し核心のところに触れたいという事で、チリに大きな望遠鏡を計画しているところであります。

  今我々が電波望遠鏡を使って見るのは星ではなく、このような星の基になるガス、冷たいガスの雲を捉えようとしているのです。これはなぜ重要なのかと言いますと、まず宇宙は大部分が見えないもので出来ているのですが、見えるものの大部分は、銀河系の場合は星です。96%が星、残りの4%が先ほど述べたガスの雲になっています。星は安定しているように見えますが、太陽のような星も生まれて100億年ほど経ったら死ぬわけです。死ぬと星の成分が宇宙に放出されて先程のようなガスの雲になるのです。そして雲の中から又新たな星が生まれるという輪廻を繰り返しているわけです。輪廻を繰り返していると考えると、わずか4%の間だけが、このようなガスの状態であるのに対し、其の他の大部分の時間が星の状態であって、星が死んでから新しい星になるまでの間はそんなに時間が掛からないという事を意味しているのです。星を造って行く過程は非常に活動的な時期であります。宇宙は穏やかなものではなくて非常にダイナミックな変化を遂げており、その現場を見ようと思うと電波で捕らえて見る事が必要になって来るのです。電波で宇宙を見ると星座みたいなものが見えます。

 

(電波で捕えた星座とインカの星座)

  アタカマの夜空はこんな様子です。

 

(インカの星座)

  インカの人達もまたこの夜空を見ていたわけですが、彼等が何を考えていたかと言うと、星が多過ぎて繋ぐ気にはなりません。彼等はそこでそうではない事を考えました。ここに映っているのは、南十字星、これが大マゼラン雲、銀河系の弟みたいなものです。ここにあるのが小マゼラン雲、もう1人の弟です。共に北半球から見る事は出来ません。ここに見えているのが天の川です。この天の川の中になんか星の少ない処があります。彼らはそれを星座としたわけです。ここに南十字星があります。その隣に暗い処がありますが、それをウズラ座と呼んだわけです。そのほかにもリャマ座とか仔リャマ座とかへビ座とか、彼らにとって身近な生き物を川の中に浮かべて宇宙を思い描いていたのです。

 

(電波の星座)

ここを我々電波の望遠鏡で見れば何が見えるかというと、上が光で見た天の川、下が一酸化炭素という分子が出す電波で観測した天の川です。

このインカの星座と比べてみると驚くほどの一致が確認されます。これは何なのかというと、天の川は星の集団ですが、その中に暗い処が見られます。これは星が暗いのではなく、後ろに沢山星があるのですが、手前が曇っていて見えないという事です。我々が電波の望遠鏡で見れば雲そのものが光っていて、温度はすごく冷たいマイナス250度くらいしかありません。それほど冷たいものでも光って見えるので、このように、普通では影でしか見えないものが光って見えて来ます。私達はインカの人達が星座だと思っていた天体を、くしくも新しい最先端の技術を使って観測してその中から新しい星とかが生まれている、その仕組みを解き明かそうと思っているわけです。インカの人達は気付いていなかったとは思いますが、彼等は優れた感覚をしていたと言えます。一方、西洋の星座は単に星を繋いでいるだけでありますので物理的には何の関連もない、見る角度を変えると星座の形が変わってくる、それぞれの星はてんでバラバラの距離のある場所にあるのです。ところがインカの人達が星座としてみなしていた暗黒星雲は天体であるので、どこから見てもある程度塊として存在しているわけです。彼らは本物の天体を掌握した上でみなしていた。これは偶然だと思いますが非常に感心致しました。

 

以上を前置きにしまして、我々が造ろうとしている望遠鏡について概略を説明したいと思います。

 


アンデスの巨大望遠鏡
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