アタカマ砂漠(1)

 水野 勝

 

(カラマからサンペドロ・デ・アタカマへ)

予定より少し遅れ10時45分カラマ到着。到着ゲートに小生の名前を持ったツアー会社の迎えを見つけ、ひと安心。 マイクロ・バスに同乗する観光客を待つ間、温湿計を出して計ったところ気温22℃,湿度30%。 乾燥しているせいか、真夏のサンチャゴを飛び立って来たせいか、少し肌寒く感じる。

  当該ツアー客で席が埋まったマイクロ・バスは一路サンペドロ・デ・アタカマに向かう。 約1時間の行程は左右一杯に広がる砂漠の中の一本道。右手には全く雪のないなだらかな丘陵であるディメルコ山脈、 左手遙かに大アンデス山脈が連なり、ありふれた表現ながら、“雪を抱いた富士山そっく り”の山が次から次に登場し、車窓にカメラとビデオを向けて飛び込んでくる風景の撮影。

 

 

(サンペドロ・デ・アタカマ)

 ついにサンペドロ・デ・アタカマの町に到着、 乗客の宿泊するホテルが分かれており、順番に下車して行くが、全く舗装の施されていない、車1台がやっと通れるくらいの、 また車が通るたびに土埃を上げる、一寸進むと曲がり角。遠い昔の田舎の町を思い起こさせる村。 宿泊する宿もホステリアという“民宿形式”の収容能力が10名にも満たないような住居に次々に向かう。、 小生の宿舎もどうせこんなものかとほぼ観念する。


ところが最後に現れたホステリア・デ・アタカマは素朴ながらも、 4乃至5部屋分で構成されるフラット(長屋)が4棟。プールを囲んでいる散在しているという瀟洒なホテル。

プール・サイドでは、宿泊客がデッキチェアーにゆったり身体を横たえ真夏の陽光をたっぷり浴びており、 一瞬“水着を持って来なかったことを”後悔する。

 部屋の内部は熱帯の保養地にある、バンガロースタイル、早速シャツ・半ズボンになってしばし寛ぐ。


レセプションに問い合わせ、手渡された地図を片手に、バジェ・デ・ラ・ルナの観光受付事務所に向かう。 晴れ渡った空の下、照りつける日差しにサングラスが有効。地図を片手に通りの名前を照らして歩くというが、 ほんの15メートルも歩くと次の通りとなるというような具合で、事務所までの所要時間は約10分。
この村もまた教会を中心として築かれた、いわゆる“スペイン風の村”である事が分かる。 通りには観光客と子供たち、のんびりとした気分。16時にツアーの迎えのバスが来る事を確認し、早速町中散歩。

チリ北部カトリック大学(建物は平屋)の前にある銅像はベルギー人ページュ神父。 アタカマ地域で発掘された遺品を集め、個人で博物館を建設した偉人である。 この博物館についてはチリー協会会報第77号(2005年7月)で紹介致したことがある。

 

(月の谷のツアー)

月の谷のツアーのため、アノラックを片手に(勿論アグア・ナチュラールは必携) レセプションにて待つ。15:45日蔭では気温24℃、湿度38%と非常に快適。到着したバスはほぼ満員。 小生のホテルを最後のピック・アップ場所としツアー開始。 坂道を登り始めて最初に停車した場所は月の谷第一番目の展望台。
眼下に見える切り立った断崖と褶曲された屏風岩、所々に見える白い大きなスポットは岩塩の塊、 また非常に滑らかな表面が広がるのは砂丘である。
東の方面に目をやれば遠く雪を頂くアンデス山脈のつらなりがほぼ200度位の広角を以って見渡せる。

これまで一度も目にした事のないこの光景はさながら“月の谷”の呼称にぴったりと来る。

次に“三人のマリアの彫像”自然の造形が形作った彫像。足元はアタカマ塩湖と同様の成分であり、 すべりやすい。10分ほど歩いて“塩の洞窟”の見学、岩塩とはこのようなものを言うのだろう。



月の谷のトレッキングは約20分。強風が左右の岩壁を通り抜けるので、 ガイドの説明が非常に聞き取り難いほど。でも正面に雪を抱いたアンデスの山が見える。 正に絶景。一際高いのがリカン・カブール。



コースの最後は日没の見物であった。細かい砂の粒子の覆う少し足元の滑りやすい上り 道をどんどん登ってゆくこと約30分。 尾根道に出ると、360度の眺望が開ける。相変わらずの風の音。この地の標高は3千メートル弱。 でも特に高山病的な不愉快感は感じられなかった。このツアーに参加するためには少なくともズック靴が必要。 小生はウォーキング・シューズ。

時間は午後7時50分。 まだ夕暮れの明るさが残っている。眼下に先程より広がって見える緑の砂丘。 まっ白い塩湖の中に島がある状況は白を水色に変えると“摩周湖”のイメージと重なる。 東に見えるアンデス山脈の方は標高が遙かに高いため日差しがまだ昼間のようである。 数台のマイクロ・バスで集まった約50人ばかりのツアー客は今や遅しと日没を待っている。 周囲を見渡し山の影が延びて砂丘の色を黒く変化させて行くのを見たり、 頻りに変化する光景を写真に収めたりするうち、8時20分いよいよ日没。最後の輝きを残し、日が沈んだ。 と思うまも無く残光が反射し空を真っ赤に染め上げた。

 

急に暗くなった空の下、ツアーは帰路を急いだ。自分としてはこのまま1.2時間ここに留まり、 今度は空一面を埋め尽くす星空を仰いでみたいとの思いを残しつつも、バスに乗り込んだ。

ホテル帰着は21時。この旅行のもう一つの期待である、“南十字星”を観察すべく、 ホテルの従業員を捕まえて、南十字星のありかをチェックする。中庭のプールの真上に見えると聞くが、 やはり余り明るくないとは言いながらも、ホテルの照明が邪魔になる。庭の最も暗そうなところを探し、 空を見て感動。輝くばかりの星空が木の枝の向こうに広がっている。 オリオン座、さそり座、そして目的の南十字星は天頂にあった。 30数年前にエクアドルの郊外で眺めて以来、“南十字星”再会した。


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