アジア太平洋の発展に向けた日本とチリの経済関係−2

 

<日本とチリのEPA(経済連携協定)

これがEPA(日本とチリの経済連携協定)の概要です。詳しいことは別にして日本からチリは日本の輸出の99.8%がほぼ全品目が即時に無税になる。

それに対し日本は輸入額の90.5%が無税になると書いてありますが、この差もさることながらこれは10年と掛かってなんですね。しかも関税割り当てがあって全部が自由にはならない。一言で言えばこれはかなりの不平等条約です。よくチリ側が納得したなと思うんですが、ただチリからの輸入が65億ドルであると申し上げましたが、そのうち銅はメタルを除くと精鉱は殆どが無税です。木材とチップも税金がかかっておりません。魚粉もかかってない。ということで日本に対する有税品目は非常に少ないのです。大体2割しかないのではないかと思います。そうすると日本で税金がかかるというのは10数億ドルしかないということなので、日本とチリはほぼ同じ額の物に税金をかけており、今後免税して行くということです。

 

 私がチリに赴任する前に外務省でレクチャーを受けた最後の最後の方にこのEPA(自由貿易協定)の話が出て来たが、“その話もありますが、農産物もありますからこの話は難しい、一応頭の片隅にでも置いて於いて下さい”と言う訳でした。それから私は5年もチリにいた訳ですが、当初の約束の3年とういことでしたんで、それから2年延びたのでこのEPAを掘り起こして協定になるまでやっていたというわけでして、苦労というより非常に楽しい仕事をさせていただいて、外務省の諸君には随分迷惑をかけました。何故かというと外務省が“やろう”と言うと、農林水産省に怒られる訳です。“とんでもない”という話から始まって当時の中南米課長さんなんか毎回“又来たか”と言われて本当にいやな気持ちではじめられて私は大勢の人に迷惑を掛けたかと思いますが、本当に出来てよかったなあというふうに感じております。

 

 なぜEPAが必要かといいますと、もうチリではやってしまいましたが、今韓国がアメリカとやるとかヨーロッパとやるとか、日本はもうだめだとか言っております。チリの例ですが、当時EPAが出来る前、中国は日本より先に結びましたが、その前2004年頃の話ですが、当時結んでなかったのは中国と大きな国では日本、共に平均関税率は5.7%。チリは殆どのものは関税率6%ですから、それに対しEU、カナダ、メキシコ、メルコスールなど昔からやっている国は税金を払うのが1%以下で、直前に出来た韓国や米国でも1%ちょっと、したがって自由貿易協定を結んでない国は不利益を蒙ったというのは非常にはっきりしている。これで韓国が結んだりすると自動車なんかも韓国が非常に有利になる。というわけで日本ももっと自信を持ってほしい。私は昔国会議員をやっていて田舎にいたのですが、なんか自信に欠けている、しかし日本のように美味しい良い物を作る農民はいないですから、その気になれば世界には随分お金持ちが多いですから、売れるんじゃないかなと思って、守りはだめですよね。

外から入ってくるのは嫌だ、嫌だと言っていないで、迎え撃ってやろうというような気持ちが欲しいですよね。

 

チリがそうなんですよ。チリはアンデス山脈を抱えた土地が狭いとこですから、農業に適しているとは言えないですよね。それでも農産物を一生懸命輸出していますよね。日本も攻めの農業、そういうふうに政治家の人に聞かれると怒られるかも知れませんが、思うところです。

 

 

<チリの観光>

 チリの観光はあまり知られていなくて、チリを訪問した日本人はペルーを訪問した人に比べて1万人の差があります。多分最近はもっと差が開いてますね。チリで有名なのはイースター島位で、まだまだ観光に目を向ける余地があるのではないかと思います。

何が悪いかと言うと、観光地へのアクセス、日本語のガイドが全然いない。サービスは日本円の両替は出来ない。キロ当たりの航空運賃は世界で何番目かに高いそうで、ランチリというチリ航空の独占になっている。ホテルのサービスも良くない。両替してくれというと無いと言うんですよ。面倒くさいからやらないというのが、一流ホテルでもそういう傾向があり、改善の余地がまだまだある。

 

 

<チリの観光地>

 チリの観光地にどんなところがあるかと言いますと

ここが一番知られてないんですが、北部のアタカマ砂漠。月の谷というところですが、日没前の何分かのうちに色がどんどん変わって行く。素晴らしいところですが、日本人で行った人は殆どいない。私の友達がチリに行くと聞くと、絶対ここに行けと言っていますが、行って帰って来たらすごい喜んでくれる。わが家内もどちらかというと、自然の方には余り興味がない方ですが、行って来て良かったと宗旨替えをしています。

 

 チリは南北4千キロ、13州だったですが、最近15州になっている。第1州、ペルーとの国境に地上絵がある。ナスカと違って飛行機に乗らなくてもちゃんとそばまで行って見られる。スケールは小さいですが

 中心部のバルパライソは世界遺産になっている。

 

チリには富士山に似たような山が一杯ある。素晴らしい湖、日本人が郷愁に誘われる景色。チリで富士山を自慢してもちっとも関心を引きません。俺のところには一杯あるよという事で、おしまいになります。

 

南の端のマゼラン海峡に近いとこにあるトーレス・デル・パイネ、氷河の侵食によって造られた山。

 

有名なイースター島。ここは困るのは飛行機の便が少なく、わざと沢山泊まらねばならないようにしているのだが、残念ながら時間がかかるので行けないという人が多い。観光政策を間違えていますね。長く滞在して沢山お金を落とすのではないかと考えているようですが、反ってそれで行かない人が多い。

イースター島で一つ面白い話がありますが、日本に駐在していたチリ大使の方が書いた本で読んだんですが1928年にチリの国会議員団が日本に来て、イースター島を買わないかという話をしたらしいんです。国会議員ですから多分打診したのでしょうが、日本の方は断ったらしいです。それをこの間、離任をするに際し天皇陛下のところに呼ばれた時に出してみたら、天皇陛下はすごい興味を持って聴いて下さった。

 

ロビンソン・クルソー島。ロビンソン・クルソーのモデルになった海賊が44ヶ月いたところ。なお小説では27年になっています。ここで実は高橋大輔君という日本人の冒険家がそのモデルになった人物の隠れ家の後を探していて、たまたま私が行ったその前の日に発見したということでばったり彼に会いそれ以来親交を続けている。

 

 先ほどのイースター島は世界で人の住んでいる隣の島まで最も隔たっているまさに絶海の孤島です。チリの海岸まで3800キロ。タヒチまで4000キロ。その間人の住んでいるところがない。

 

<日本政府の技術協力>

この辺で観光の話は止めて、日本政府のPRを少しさせて頂きましょう。

日本から技術協力をいろいろやっています。

JICAがサケの養殖の技術協力をして、それが元になって現在のチリのサケがあるわけです。

これは算数協力。算数が不得意という事で日本に先生を呼んだり、日本から派遣したりしています。

これは青年協力隊、若い人達がチリに行っている。現在は30名が向こうで活躍している。

これは外務省―大使館がやっている草の根無償、チリの南部の小学校に、チリの南部は一番多いところで年間5000ミリ、1365日雨が降っているとの事で、雨の日でも運動が出来るように屋根付の体育館を寄付した。

 

  それから協力というのは何ですが、 今チリで世界最大の電波望遠鏡の天文台建設が日米欧の合同プロジェクトで進んでおり、 日本だけが予算がとれなくて、財務省が“こんな気狂いみたいなものにはお金を出さない” と言ったそうでして、日本が“やろう”と言ったのに出遅れて大分損をしました。 やっと強力に財務大臣のところに行ったりして出来上がったのがこの2011年に完成する予定になっています。

 

アタカマALMA天文台計画につきましては、次を参照して下さい。 アンデスの巨大望遠鏡
 

 


アジア太平洋の発展に向けた日本とチリの経済関係3
  協会ホームに戻る