アジア太平洋の発展に向けた日本とチリの経済関係−3

 

 

<大使の生活>

大使は何をやっているか、その一例としてある1週間を書いてみました。

土曜日は日本人学校の学習発表会

日曜日は食事会

月曜日は大臣の所に行ったり、国会の外務委員会に呼ばれたり

火曜日は大使館の中の会議をやって、人が来たり、JICAJETROの人と打ち合わせをしたり、協力隊の人が日本に帰るといって挨拶に見えたり、夜は会食があり

それからナショナルデーですね。日本で言えば天皇誕生日のようなものが、チリには約70カ国国が出ていますから、年間で言うと70回あるわけですよ。

夜は夕食会、これ夜は遅いんですよ。開始が2030分でしょ。これ始まらないんですよ。ご飯を食べ始めるのが9時半か10時です。

金曜日は新聞社に呼ばれて

それに毎日デイリーワークがあります。

 東京からいろいろな事を言って来るのです。

担当の人にこのようにやってと言って、書きなぐって箱に入れると私のセクレタリーがそれを持って行ってみんなに配ってくれるというような事をやっていたというのが大使の仕事です。

 社交と国と国の要人との交渉とかがミックスしたのが大使の仕事。こんなところがチリの概況です。

 

<チリで感じた事>

私がチリで感じた事を一言二言5分ばかりお話をさせて頂くと

私はいわゆる民間大使であり、外務省のプロパーではありません。

何で行く事になったかと言いますと、丁度外務省の不祥事があっていろいろ問題が起こったので外から誰か人が来なくちゃならないというんで私に白羽の矢が立ったんです。

 

目標とした事は、私は衆議院議員をやっていたんですが、衆議院議員から初めてなんですね外交官とか大使になるのは。なんだあんな程度かと言われたくないから一生懸命仕事しよう。と思ったんです。その為には従来のキャリアの大使の方は何十年も外務省に勤めて大使になられる訳ですから、同じことを考えてたら太刀打ち出来る訳ないですから、外からの目という事を忘れないで、仕事をして行こう。それから外務省の仕来たりや慣例というものは極力無視して行こう。そういう気でやりましたから館員の人は結構大変だったと思います。僕が変な事を言うでしょう、東京に言うと“なんでそんな事を言うの、大使を説得しろ”とか言って来る訳です。だから館員の人に「大使は民間から来ていて頑固で分からず屋で困る、あなたの方からぜひ大使にそう言ってくれ」と言え、本当にそう言ったかどうかは知りませんが、それに対しこうしろと文句を言ってきた事はこの5年間一度もなかった。

ある程度効果があったんじゃないかと思います。

 そういう積りでやって来ました。

 

その中で自由貿易協定とか、今の天文台とか、今の大使が引き続き一生懸命やってくれているデジタル・テレビの日本方式をチリに売り込もうという件ですが、完全に出遅れてどうしようもなかったところから、彼も一生懸命やってくれており巻き返して、私も協力してまだやっています。

 

 あとは本音で付き合って本当の友達を作ろうとしましたから、チリ人とですね。だから帰って来て今でもメールのやり取りをして付き合っていますし、外交団でも小さな国を差別することはしないでおこう。というのはラテン・アメリカの小さな国の大使は帰ってから偉くなる人が多いんですよね。とかく大国のアメリカやイギリスの大使と付き合っても彼らは帰るとみんな殆ど退官、終わりという事であまり役に立たないですよね。

ですから結構偉くなっている人も、外務次官とか、友人にいますし、また日本の企業の人と積極的に付き合って、どうも大使館敷居が高いというのがありまして、先ほども安藤さんと七里さんが理事になられ、あれほどチリでお仕事をされておられるけれど私はお目にかかる機会がなかった。そういうことじゃいけないと思うんですよね。気軽に誰でも来ていただける大使館にしようと言っていたんですけれど、その長年の習慣というのは民間の人が敷居が高いと思われるか、たまたまお会い出来なかったのは残念ですね。

永住者とか日系人とかの付き合い、これも本当に苦労されてここまで来られた訳ですから又大事にしておこうと考えております。

 

 また講演を積極的にやろうという事で、向こうにいる間17回、日本に帰った時、特に私の故郷長野県ではいろんな場所で6、7回やりましたかね。そういう事でチリのP.R,日本のP.R. 大使というのは人寄せパンダですからね。何しろ自分で動かなきゃいけないという積りでやって来ました。

 

最後に私の感じたチリ人ですが真面目で一生懸命仕事をしますね。ただ人付き合い、中々親しくなれないのです。“10年いないと友達は出来ないぞ”、とか、いろいろな国を経験したよその国の大使から「チリほど結婚式に呼ばれる事が少ない処はない」とか聞きましたが、人付き合いは非常に難しい国ですね。でも非常に真面目で信頼の置ける人達だった。というふうに思っております。

 

 最後に先ほども一寸申し上げましたが、日本のプレゼンスが急速に下がって来ていますね。

私が行った頃には、チリでは“アジアイコール日本”というようなものだったのですが、今ではチリの外務省の親しい局長が“小川大使、外務省はもう半分は中国派だぞ”というような感じでどんどん中国に侵食されております。彼らはやたらにみんな招待するんですよ。去年発足した新内閣のほとんどの主な大臣は中国に行っているんではないでしょうか。日本に来た人は殆どいない。日本には招待プログラムはないんですね。それでまず差が付いてしまう。むこうからも人が沢山来るし、今中国語の勉強とか言って宣伝しているし。また商品は韓国に押されて四苦八苦していますね。携帯電話の端末なんかサムスンですよ。日本などは影すら見えない。要するに日本はマーケットが大きくて値段が高く売れちゃうからここに安住している会社が多いんですね。だけどこれからは需要が減って行くんですからね。ともかくこういう国で、自由競争の国で実験をしなくちゃならないと私は思います。

 

日本の経済、投資もそうですね、余っているお金、株なんかに投資するんでなく、仕事に投資して貰いたいなと思いました。

 

最後にここチリは大変な資源国ですから、非常に大切なんですね。チリだけでなく南米はブラジルではアルミから始まって今は石油も出る。アルゼンチンは食料資源がある。ペルーは鉛、亜鉛、金、銀特に南米は大変な資源国、これに対し日本は余りにも無関心過ぎるのではないか、国全体として、政府として、政治家としてもそういう感を非常に強くしています。

今資源が非常に大切です。例えば日水さんがここにいらしゃいますが、垣添社長さんから伺ったんですが、中南米は大変なポテンシャリティのある水産資源国である。というのは養殖というのがまだ余り行われていない。養殖をやるのに大変なポテンシャリティがある。

そういう風に中南米の資源の重要性をもっと感じて貰わなくちゃいけないなという風に思っております。

 

5年間は素晴らしい思い出>

 そういう訳で5年間私にとっても大変素晴らしい思い出です。

 運と人に恵まれ、部下もよく仕事熱心で真面目でそれと人の輪が良かった。館員同士の争いというものもなく、自由貿易協定なども、本省の局長さんがこれで三代目ですが皆さん大変協力してくれて、体を張って反対する偉い人を説得してくれた。昔の仲間の国会議員さんも小泉さんを最終的に口説いてやろうということに協力してくれた。

 私は地球の反対にいて何といっても、隔靴掻痒でたまに電報とか電話するぐらいでしたが、、、、、

最後は付け足しになりますが、私が行った時はアニータ問題が花盛りで、日本の友人からは“アニータはけしからん”というメールを貰ったんですが、むこうでは“日本人は何だ、女性に貢いだ金を返せとは、男の風上にも置けない、ましてやあんな金持ちの国が”という事で、非常に評判が悪く、私が行くとスーット話の輪が解けるという事から始まって、帰る前はまだ未解決でしたが、突如フジモリさんが来てこれまた大騒ぎで、何しろ軟禁されちゃって日本からはワンワンおかしいんじゃないかと、“自分の国の血を流した独裁者は自由にしているのに、よその国の元大統領には”、とか、そのような事は内政干渉になって難しいんですが、アニータで始まり、フジモリで帰って来ました。

 

 

 


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