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君はそれを愛と呼ぶのか
第六話 ミリンダにて 下
そして、それから二日後。
ついに二人は、本部基地のある岩山へとたどり着いていた。ダイダバのウィングを広げて、エネルギーを最大まで蓄えておく。
荷物を近くに置いて、山裾にある洞窟に入っていった。
入り口は、ダイダバが覚えていた。
洞窟をしばらく下ったところに、岩壁に偽装した基地の入り口がある。
「いい? この前みたいに、私のすぐ後ろにいてね。そうすれば、バリアで必ず守ってみせるから」
「うん」
チコリの表情に、不安の色はなかった。
「レーザー・セーバー」
ダイダバは手刀からレーザーの刃を伸ばすと、それで基地の入り口の隔壁を切り開いた。
基地内には、警報が鳴り響いていた。
しかし、こちらに向かってくる敵のサイボーグの姿はなかった。
それを訝しく思いながらも、
「博士がいるとしたら、第三層のどこかだわ」
ダイダバは、チコリを後ろに、慎重に進んでいった。
それからも、何も障害となるものはなかった。
警護のサイボーグもなく、防護隔壁すら閉まっていなかった。
(これは……何かの罠なのかしら……)
ダイダバは、第三層までたどり着き、まずは第一研究室を調べてみることにした。
第一研究室の自動ドアは、ダイダバが前に立つと、何の問題もなく開いた。
ここの研究室は、戦闘兵器の作動テストのために使われており、天井も高く、広い。
右奧には強化ガラスで区切られた部屋があった。中には、何かの入ったガラスケースがかなりの数、並んでいるようだ。
二人は、そちらに近寄って、ガラスの奧を見た。
「これは……!?」
その光景は、ダイダバを驚愕させ、吐き気を催させた。
五十以上の、列をなしたガラスケース、その全ての中に少女たちが眠っていた。
おそらく、全員が博士によってサイボーグにされた少女たちだ。年の頃は、みなチコリよりわずかに幼い、というよりは、助け出したときのチコリと同じくらいの年齢だった。
「こんなに……」
「これがみんな、わたしたちと同じサイボーグ……?」
「いや、君たちと同じではないよ」
チコリの呟きに、答えた声があった。
ダイダバの、そしてチコリの表情も変わった。
「博士……」
ケースの列の奥。コンソールに向かっている、白髪の白衣の男がいた。
強化ガラスの壁が、左右に開く。
その男は、くるりとイスを回してこちらに向き直ると、子どものような目玉を光らせて笑った。
「もう、脳改造は済んでいるからね」
その笑みは、どこまでも無邪気だった。男は、イスからピョンと立ちあがると、カツカツとガラスケースの列の真ん中まで歩いてきた。
ダイダバは、歯を食いしばりながら、博士を見つめた。
「よく来たね。Y7号。そしてZナンバープロトタイプ」
博士は、まるで喜劇俳優のようにおどけたしぐさで、二人に手をさしのべながら言った。
「僕は、君たちのことをずっと待ってたよお」
「私も……待っていました。あなたに会う日を」
ダイダバが、話しはじめた。
「私は幸せでした。あなたによって改造され、ガビトロンと戦っている長い間。確かに私には、戦い以外何もなかった。けれど、私はそれでも幸せでした。私は世界の平和のために戦っているのだと信じていたから。私は、私の守りたい人びとを守っているのだと思えていたから」
「幸せだったんだろ? だったらいーじゃないか」
博士は、楽しげに笑いながら言った。
「しかし、それは間違っていました。ガビトロンを倒しても、世界は平和になどならなかった。むしろ、さらに混乱の度合いを深めただけだった。いまも世界中でどれほどの人が苦しんでいるか分かりません。私は知りました。戦いは戦いしか産まないのだと」
「そりゃ結果論だねえ。僕だって、努力はしたつもりなんだがなあ」
「ならば、なぜ!」
ダイダバは、拳を強く握りしめて叫んだ。
「脳改造などをしたのです! 人間からその自由な心を奪うこと……それは私には、絶対の悪としか思えない! ガビトロンの方がまだマシです。獣人たちは、ガビトロン首領に心酔して従っていた。私が殺した首領には、彼らを導く理想があった。あなたには……何もない。あなたは、人間を道具のように操っただけだ!」
「自由ねえ」
博士は、声を立てて笑い、そして言った。
「自由ね。君は本当に、本当の意味でだよ、人間が自由に物など考えていると思うかね。君たちははるばるパグア列島からここまで旅をしてきた。その中で会った人間の誰が、自分から自由になって物を考えていたかね? イヤイヤ、そんな人間は、一人だっていなかったはずだ。みんなねえ、脳改造を受けているようなものなんだよ。無論、僕もね」
ダイダバは、静かにレーザー・セーバーを発動させた。
「仰りたいことは、それで全部ですか、博士」
博士は、それを見ておやおやと肩をすくめた。
「君の言いたいことも、それで終わりかね?」
「私は……あなたに、もう一人の私も作らせない! そして、いまの私は、ダイダバ・ダッタです!」
「そうか。じゃあ、君の相手はあいつにしてもらうことにしよう」
博士は、パチンと指を鳴らした。
ダイダバたちの背中側、実験室奧の巨大なハッチが、ゆっくりと開いていく。
「なに……!?」
ダイダバは、チコリを後ろにかばって振り向いた。
開ききったその奧に、巨大な何者かが立っていた。
その何者かは、形容しがたい吼え声を上げた。
その姿は、ありとあらゆる動物や昆虫の部位を、いくつも無雑作につなぎ合わせ、異常に巨大化させたものだった。5mほどもある巨体だった。
「ガビトロンの坊っちゃんなんかよりは、僕の方がこういう事は上手なんだな。まあ、獣人というものの究極はこうなるはずなんだ。言うなれば、究極獣人かな」
博士が、自慢げに言った。
「さあ、究極獣人と戦うのはY7号の役目。君は戦闘用なんだから、戦って、僕の作品としての力を見せておくれ。次は、Zナンバープロトタイプと話をしたいんだからね」
博士言うところの究極獣人である怪物は、吼え声を上げながら異様な動作で走り寄ってきて、その右腕を緩慢な動作で持ちあげ、ダイダバに殴りかかってきた。
「チコリ!」
ダイダバは、チコリを抱えると、横へ跳んだ。
ダイダバのいた場所に、グロテスクとしか形容の仕様のない右腕が叩きつけられ、床にわずかにヒビを入れる。
「……クッ」
ダイダバは、危機を感じていた。
相手の動きは鈍重だ。自分一人ならば、攻撃の隙はすぐに見つけ出せるだろう。しかしチコリを庇いながらでは難しい。
そのダイダバの心を感じ取ったのか。
「ダイダバ、大丈夫だよ」
「チコリ?」
ダイダバを見つめて、チコリは言った。
「チコリは、一人で大丈夫。わたしも、博士と話したいことがあるの」
「チコリ……でも……」
「ね、だから、ダイダバは戦って。それで、勝ってね」
ダイダバは、一瞬目を閉じた。
「チコリ……分かったわ」
ダイダバは、チコリを降ろした。背中越しに、チコリに言った。
「だって、分かったんだもの。私がチコリを守っていたように、チコリも私を守っていてくれたんだって。だから、大丈夫よね」
チコリも、背中を向けたまま、短く答えた。
「うん」
ダイダバは、怪物に向かって走り出し、跳躍した。
怪物は、ダイダバを振り払おうと右手を伸ばす。
だが、ダイダバの動きの方が圧倒的に速い。
十指から放たれるレーザーが、怪物の胴体を直撃する。
しかし、圧倒的な量の肉塊は、レーザーの直撃にもビクともしない。レーザーの直撃した部分が泡立って、再生すらしているようだ。
また異様な吼え声を上げて、ダイダバを叩き潰そうと、今度は左腕を振り上げる。
着地して、素早く横に跳んでかわす。
(このままでは埒が明かない……急所を狙う……でもどこに……)
怪物は、辛うじて四肢と頭らしき場所が分かるだけで、いったいどこがどの部位なのか見当も付かない。目を狙おうにも、複眼から通常の眼球まで、さまざまな目が体中に付いている。
「はぁっ!」
ダイダバは、ふたたびフル出力のレーザーを叩き込んだ。
「それで、君は分かってくれたんだろ? Zナンバープロトタイプ。君が君の能力を存分に使うのを、僕は偵察用のサイボーグからじっくりと見ていたんだ。あの時ほど幸せを感じたときは……マア、無かったかなあ?」
博士は、近くにやってきたチコリに、頭を掻きながら言った。
「でも、ともかくこれで僕らは一致したわけだ。けっきょく、人間の幸せなんていう物はつまらない物さ。感覚の誤魔化し……まあ、そんなもんだなあ。生きてれば、また必ず辛いことがあるわけだしね。だったら、人間の幸福なんて言うのは、幸せに死ぬことに尽きるわけだ。それが幸せの完成だ。だから、世界中の人間を、君の力で幸せに死なせてやればいい。これでみんな幸せだ。君もそう思ったんだろ? Zナンバープロトタイプ?」
チコリは、そう言われて、首をぶんぶんと振った。
「おや、違うのかね」
「うん、違うよ」
チコリは、あっさりと言った。
「あのね、博士。生きてるのって、とっても楽しいんだよ」
チコリの言葉には、怒りも悲しみもなかった。ただ、純粋さだけがあった。
「ダイダバとおしゃべりしてるのも楽しいし、一緒に旅をしてるのも楽しいし、お船に乗ったときはすごかったなあ、こーんなにおっきな夕陽が沈んでいくのを見たし、月に照らされたお山はとってもきれいなんだよ。それにおいしい物だけでもいーっぱいあるし、のどがとっても乾いたときに飲むお水なんてすごく幸せだし、リーシィっていう果物は、ほんとうに幸せの味がするんだよ」
チコリは、楽しげに語っていた。
「でもさ、すごく辛いこともあるよね。博士の作ったサイボーグに連れていかれそうになったときはとっても怖かったし、ずーっとちょっとだけのお水で我慢してるのもすごく悲しいし、お腹が空いたのに食べるものがもうほとんど無いときなんか、どうしたらいいんだろうって思うし、なかよくなったお友だちと別れるのも淋しいな。それに、能力を使って人を殺したときは、自分が死にたいような気持ちになる……」
「まあ、いいじゃないか、幸せに死んでるんだから。ともかく、辛いことがあるのはイヤだろ? じゃあ、幸せばっかりのほうが良いじゃないか。幸せに死んじゃえば、それで全部満足じゃないか」
博士は、それ見ろといった表情で言った。
「ううん」
チコリは、また頭を振った。
そして言った。
「それはね、ずーっとお腹がいっぱいでいるのが幸せだって言ってるのとおんなじ事なんだよ、博士。幸せばっかりっていうことはないんだって、チコリ、よく知ってるもん」
うんうんと頷きながら、チコリは言った。
「お腹が空くから、食べるのが楽しいんだよ。はなればなれになるのが辛いから、いっしょにいるのが嬉しいんだよ。ダイダバがいないとき淋しかったから、ダイダバがいてくれて幸せなんだもん。だからね、みんな幸せに死んじゃえばそれで幸せなんて、そんなことないんだよ。いっしょうけんめい生きたから、いっしょうけんめい死ぬんだよ」
聞いて、博士は、しばらく沈黙していた。
そして、呆けたような表情で言った。
「そりゃあ……たしかに、もっともな話だなあ」
「でしょ?」
チコリが、笑って言った。
「うん、僕の負けだな」
「チコリの勝ちなの?」
「うん、そうだ」
博士も、笑った。
その間も、ダイダバは戦い続けていた。
怪物は、数カ所の口から赤い液体を吹き付けてきた。
「”障壁”!!」
物理障壁を張るダイダバ。液体が吹き付けられた部分の床が、腐食していく。
バリアを張って動けないダイダバに、怪物の巨大な右腕が振り下ろされた。
「……!!」
すさまじい衝撃に、バリアごと押されてダイダバの足が床にめり込む。バリアの維持のために、回路がフル稼働する。ダイダバの身体がさらに熱を帯びる。
怪物は、再度、腕を振り上げた。
「くっ!」
ダイダバはブースターを稼働させて床から飛び上がり、振るわれる巨腕を回避した。
またレーザーを打ち込むが、効果を上げているようには見えない。
飛び上がったダイダバを狙って、怪物が両腕を振り回す。
それをかいくぐって、ダイダバは怪物の頭部らしき場所に着地した。
「はぁっ!」
レーザー・セーバーを稼働させると、光の刃を怪物に根元まで突きたてる。表皮を突き破り、熱で内部組織が沸騰する。
怪物が、吼える。しかし、苦痛の叫びではない。
(脳は別の場所にある……それとも分散してあるの……!?)
怪物の頭部近くにある、巨大なサソリの尾が、象の鼻が、関節がいくつもある長いゴリラの腕が、ダイダバを絡め取ろうと伸びてくる。
レーザー・セーバーで次々とそれらを切り払うが、キリがない。
ふたたび飛び上がる。
怪物の前に着地する。
(細かい攻撃ではダメだ……威力のある攻撃で……)
「レーザー・セーバー、オーバーリミッター!」
ダイダバの右手に、巨大な光の剣が生成される。
「ダイダバ・灼熱情熱剣!」
飛び上がって、頭頂から怪物を切り裂いていく。
だが、
(パワーが足りないッ!?)
頭部までを光の刃が切ったところで、その出力は衰え、それ以上は下に切断できない。
あまりに怪物の質量が大きすぎるのだ。切り開いた部分さえ、見る間につながっていく。
光の刃は、消えてしまった。
その隙をつかれた。
「ああっ!」
ダイダバは、怪物の右手に捕まった。
とっさにウィングは収納したので、折られることはなかったが、ダイダバの身体が、怪物の右手に締め上げられていく。
「うう……!」
ダイダバが呻く。すさまじい圧力が、ダイダバのボディーを軋ませる。
「……”障壁”!!」
熱量の限界を超えながら、バリアを発動する。展開したバリアが、怪物の手を押し広げていく。
ダイダバは、怪物の手をすり抜け、地面に着地した。急いで後ろに飛び退く。
怪物も、いまは頭部の再生に時間が必要らしい。すぐにダイダバを攻撃はせず、立ち止まっている。その間に、ダイダバは排熱を行う。
(ダメだ……全パワーを、本当に、全てを集中して攻撃をかけなくては……)
怪物が、咆哮しながら、ふたたびダイダバの方へと向かってくる。
ダイダバは、覚悟を決めた。
両手のひらを合わせ、叫ぶ。
「レーザー・セーバー、オーバーリミッター……!!」
いままでは、どんなに出力を上げたとしても出力限界をわずかに上回る程度、それも片手のレーザー・セーバーを使用するだけだった。
しかし、今度は両手だ。しかも、出力限界を超えて、さらにパワーを上げ続ける。残りエネルギーを全てつぎ込む。合わせた両手から、先ほどとは比較にならない大きさの光の柱が出現する。
ダイダバの身体の有機組織……残っている人間の身体の部分が、熱に悲鳴を上げているのが分かる。
しかし、そんなことは気にならなかった。
(燃え尽きても構わない……)
ダイダバの前に仁王立ちになった怪物が、ダイダバへと両腕を振り上げた。
その時、博士との会話を終えたチコリが、振り返り、彼女を見て叫んだ。
「ダイダバッ!」
そちらに、わずかだけ視線をやって、思った。
(いいや、私は燃え尽きない!)
ダイダバは、跳躍した。
「ダイダバ・灼熱ッ……!!」
怪物の胴体の真ん中を、圧倒的なレーザーパワーが真横に両断していく。完全に胴体を二つにした。肉塊は、しかし、つながっていこうとする。だが、ダイダバの剣は、それだけでは終わらなかった。
「情熱剣ッ!!」
ブースターで飛び上がり、真っ向から縦に。出力を維持して、地面まで振り切る。
即座に光の柱は消え、ダイダバは着地すると、そのままの姿勢で、急速に放熱を行った。もう全く動くことは出来なかった。
怪物は、大きな音を立てて崩れ落ちた。十字に裂かれて、なお、のたうっていたが、もはや意味のある動きは出来ない。そして、ついにその生命力も尽きた。
「やっと、私の必殺技になったわね」
怪物の動きが止まったのを確認して、大きく肩で息をしながら、ダイダバが呟いた。身体からは白い煙が上がっている。急速に放熱されてはいるが、内臓組織も、あちこちが損傷しているだろう。
「ダイダバッ!」
チコリが、走り寄ってくる。
「ダイダバ、大丈夫……? 身体が……」
「チコリ……大丈夫よ……」
ダイダバは動けないまま、微笑んだ。
「イヤイヤ、見事だったよ」
博士がパチパチと拍手して言った。
「Y7号、いや、ダイダバ・ダッタか? まあともかく、僕の作った究極獣人を倒すとは、すごいもんだ。あれは、君より十年は進歩した技術で作ってるんだからね。まあ、君の戦闘経験と、出力過剰の調整を考えに入れても、これはすごい」
そして、チコリにも笑みを向けた。
「それでZナンバープロトタイプ、いや、チコリか、には、これは僕自身がやられちゃったね。いや、作った本人をこれほどまで負かす作品というのは、見事見事」
博士は、朗らかに笑った。
「それで、だな。チコリちゃんよ、僕はもう自分の人生に満足している。僕の望みはただ一つ、自分を超える作品を自分が作ることだけだったんだからね。だから、君の能力で、僕を死なせてもらえないかな?」
「ダメだよ、博士」
チコリが、ダイダバの横で言った。
「博士は悪い人だもん。だから、ダメだよ」
「イヤイヤ、こりゃ手厳しいな。それで、僕は君たちに一つ嘘をついていたことがあるんだがねえ」
博士は、後ろのガラスケースの中の少女たちを手で示した。
「この子たちは、実はサイボーグでも何でもないのだ。というか存在していない、ただの立体映像なのだ」
パチンと指を鳴らすと、全ての少女たちはかき消えた。
ダイダバが訊いた。
「何故……そんなことを……?」
「いや、いずれはああする予定だったんだがねえ。Zナンバープロトタイプの実験が、僕の思ったとおりに進んでいれば。マア、ちょっとした予定図を作ってみていたっていう所なんだがね。何せサイボーグを作るのは止めてたんでね、あんまりケースが空っぽだと淋しいからね」
ダイダバはある程度まで排熱を終え、残り少ないエネルギーで、レーザー・セーバーを再び伸ばした。
すこしよろめきながらも、博士に歩み寄る。
「では博士、私は私の目的を果たします」
「うん。好きにしたまえ」
「……最後に、教えてください。なぜ……」
「んん?」
「なぜ私に、正義の味方のお話を見せてくれたんですか?」
博士は、初めて自嘲するかのように笑った。
「僕も信じたかったからさ。正義の味方ってやつをね」
ダイダバの手が、わずかに震えた。
次の瞬間、セーバーが振るわれた。博士の首は切り落とされ、床に落ちた。身体が倒れ、見る間に血が床に広がっていった。
ダイダバは、それを見て、膝を突いた。
「ダイダバ……?」
チコリが心配そうにダイダバを見る。
「チコリ……私は結局、殺すことしかできなかったわ。でも、博士は生かしておくわけにはいかない人だった……必ず、また何かを始めてしまう。さっきまでのように、無邪気にね。だから、殺すしかなかった……」
「ダイダバ……」
チコリが、身を寄せてきた。
「違うよ。ダイダバは殺すだけじゃない。私を守ってくれたもの」
「ありがとう、チコリ……」
ダイダバは、チコリを固く抱きしめた。
「これから……どうしたらいいのかしら」
ダイダバは、どこか力の抜けたような表情で呟いた。
洞窟から出てきた二人を、夕焼けが照らしていた。
「忘れたの、ダイダバ? まず、ククートを迎えに行かなきゃ! それから、ピチカおばさんの所へ行って……」
元気いっぱいに言うチコリに、ダイダバは笑って、
「そうね。それは分かってるわ。でも、その後は……」
「その後……」
チコリは、小首を傾げて、
「ダイダバは、何をしたいの? 何が、一番幸せ?」
ダイダバの目を見つめてそう訊いた。
「私は……」
迷いは、ほんの一瞬だった。
ダイダバの表情に、力が蘇ってきていた。
「私は、この世界で、心から笑っている人が一人でも多くなれば、それが一番幸せ」
チコリを見つめて、キッパリと言った。
「うん。やっぱりダイダバはカッコいいよ!」
チコリの満面の笑み。
ダイダバも、それを見て笑った。
それは、チコリの初めて見る、少女のようなダイダバの笑顔だった。
その笑顔を照らす夕陽は、どこまでも赤く輝いていた。
二人は、手を取りあって歩きだした。
(終)
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