エベレストGokyoトレッキング

 9  ゴ−キョ・ロッジ(4,790m)→マチュラモ(4,410m)…1

 ゴ−キョ登頂を無事達成し、これからの行程は再びルクラへ戻っていくだけだ。帰途、ゴ−キョへ向かう日本人トレッカ−に

 「エベレストは見えたのですね。」「顔を見ると分かった。」
と話しかけられた。きっと私達は満面の笑みで歩いていたのだろう。

 行きかう外人トレッカ−にも、「エベレストは素晴らしかった!!」と、何度誇らしく語ったことか、足取り軽るく歩を進めた。

 しかし、今日の宿泊地も高山病の危険性もある高度だ。 少しでも早く4,000m↓におりる事を願った。

8、ゴーキョ−村→ゴキョ−ピ−ク(5,360m)へ→下山後マチュラモへ(4,410m)へ・・・1泊

 昨夜は雪も舞う寒い夜だった。「明日はエベレスト見えるかな?」と、心配していると、シェルパ−の一人が、

 「夜、雪で冷え込むとエベレストは見える」と、断言してくれ嬉しかった。
  
 3時 起床、チャイとクッキの軽食

 410分出発 満天の星空の中、懐中電灯で足元を照らしながら歩く。

 5時頃、星も消え、夜明け前の薄暗い空になる。

 6時 雪山ピ−クを太陽が照らし始める。

 645分太陽が完全に昇る

 何度も何度も立ち止まり大きく深呼吸、酸素吸入の助けをも借りながら、カメが歩くが如く、一歩一歩足を進めた。

 201151日・710分,先陣組登頂!!810分全員登頂!!

 ゴ−キョ−・ピ−クは正しく“360度パノラマの世界!!素晴らしい!!!

 Mt・エヴェレストは勿論、ロ−ツエ・マカル・チョユ−等の8,000m級の全てのヒマラヤの山々が、

 朝陽に照らされ神々しく輝く。ただ言葉もなく、暫し興奮の余韻にひたり、ヒマラヤの山々を飽くこととなく堪能する。

 845分、Mtエベレストが完全に雲に隠れ、下山開始。

 1015分、ナマステロッジ到着 

 念願の“エベレスト”を、山々を、しっかり眺望し、満足感に満ち溢れていた。昨夜あれだけ暗雲とした湖が、

 岸辺にさざ波を打ち寄せ、 とても青く穏やかだった。無事登頂した私たちを、まるで祝福してくれているかのように・・・


 1130再びマチュラモへ下山開始 
パンカ−ピ−クにて
3  パクディン→モンジョ(2,856m)→ナムチェ・バザ−ル(3,440m)歩行距離:9km…高度順応の為2

ナムチェは”シェルパの里“でもある。私達に同行してくれたシェルパ5人はルクラに近いジリの出身。近いと言っても

歩いて
23日は要するようだ。(同じ村でも、お互いの家は、徒歩12日)

名字は5人皆「シェルパ」、従って、名前の「ジャンブ−」「ラクパ」「テンジン」…と呼び合う。

ナムチェ迄は、エベレストへのメインコ−ス、カラパタ−ル方面と同じ行程で、向かう人、下る人や荷物運搬の”ヤク”,

ポ−タなどと、行きかう人々で賑やかだった。

ナムチェでは2連泊し、エヴェレスト・ビュ−ホテルへのトレッキング(3,850m)と、博物館見学で高度順応を図った。
&チトワン国立公園めぐりの旅
16歳のポ−タ−が運ぶ 私達の荷物、重い!! あまりの重さに3歩歩めず
15歳のポ−タ−”ショクジ”の 荷物、重い!!

頭をバンドで固定し
荷物を背負って見た
重い!!

この荷物を十数日間も
運んでくれていたのだ・・・

2011・5・1   Gokyoピ−クにて
 
一夜明け、真っ青な湖の傍を 足取りも軽やかに

エベレストトレッキング

ネパ−ル地図

マチュラモ唯一会った子ども
マチュラモの村

奥田 詳子

(5月8日〜11日)

壁に特徴があるタル族の民家
14、モンジュ→ルクラへ(2840m)行程 13Km1
  

 今日は、いよいよ始発点のルクラへ向かう。
  
 ロッジの傍には川が流れ、渓谷の谷間には麦・ジャガイモ畑が広がる。高地では目にする事の出来なかった光景だ。

 私達の食料は一体何処から運んで来るのだろう?“ヤク”がジャガイモ・玉ねぎ・人参など運ぶのに何度かで会ったが

 ここの地の作物は、まだまだ当分食べられそうもない。

 怪しげな雲行きで天気も心配もされたが、今日も雨に遭うことなく、吊り橋を何ども渡り、

15時20分無事ルクラ到着。到着後、暫くすると、また雨。雨は激しく降り夜中まで続いた。

 振り返ってみると、トレッキング中、毎日がこんな具合の天候だった。幸い、歩いているときは雨に殆ど遭わなかった。

 何時もロッジに到着後、雨が、雪が降り出す。天候に関しても、私達は随分ラッキ-だった。

 早めの夕食の後は、“お別れパーティ”。トレッキング中15日間サポ−トしてくれた、ポーター、シェルパの人たちとも

 いよいよお別れだ。ビールで乾杯し、“ゴーキョピーク登頂達成”のお祝いのケーキのローソクを吹き消し、

 ロッジの娘さん達も参加してくれ、“ピッサピリリ−”の歌や踊りを、心行くまで楽しんだ。  

ロッジに有る駄菓子屋さん

クムジュンを後に
ロッジにて
”ヤク”に餌を与える修業僧
寺院の中は丁度読経中
タンボチェ・エベレストがうっすらと・・・
上り切るとタンボチェ・ひと休み −疲れも見せず木登りするシェルパ
谷間を流れる川でひと休み
11、   ポルテス・デンガ−→ポルチェ(3,810m)→タンボチェ(3,860m)・・・1

 昨日の雨もあがり、今朝は快晴。720分出発

 谷間から一気に上るとポルチェだ。アメルダム(6,814m)が、まるで立ちはだかる壁かのように聳え、出迎えてくれた。

 ここは昨日宿泊予定だった地で,遥か遠くにチョユ−(8,200m)も見える。高く、険しい山に囲まれ、山の斜面に
  
 家々が並び、人気もあまりない。まるで桃源郷のような静かな村、素どおりするには勿体ない村で少々残念だった。

 ポルチェからタンボチェへは、シャクナゲロ−ドを下って行く。エベレストの雪解け水が流れる川を、橋を渡り
 
 又渓谷を登る。“往路は下り”なんてとんでもない勘違いだ。今日も起伏の激しい行程だった。

 1130分タンボチェ到着 午後雨がパラパラするが直ぐ止んだ。空気は相変わらず冷たい。
 10、 マチュラモ→フォロツエの予定をポルテス・デンガ−(3,630m)に変更…行程7,5km・・・1

ゴーキョ登頂から一夜明け、これから下って行くだけと思うと、本当に気が楽だ。(結構上りも多く、急坂だったが)


8時出発前、ウクライナ−からのトレッカに、一緒に写真をと話しかけられた。チェルノブイル近くに住む6人グル−プで

原発汚染問題で揺れている日本人と知って声をかけたようだ。

当初の計画では、谷を挟んだ向い側の道を歩く予定だったが、がけ崩れ・悪路が予想され、往路と同じ行程となった。

1210分ポルテス・デンガ−到着…

午後、雨が予想され、昨日のゴキョ−・ピ−クトレッキングへの疲れもあり、予定変更して往路と同じロッジ泊まりとなる。
    
案の定、230分雨がふり始める。雨になると、いつも所在なくスト−ブを囲み雑談だ。

メキシコから一人旅のトレッカ−は、カンク−ン→カトマンヅに飛行機で24時間要。職業は?と問うと「トラベラ−」と言う。

広島からの75歳の開業医Drは、シェルパ-・クッカ−・ポータ-等総勢9人を伴として、予てから念願のエベレストを

見に
行く途中だ。寒さ・高度順応に不安を示されたが、私達の励ましに「勇気付けられた」と、随分喜ばれた。

早朝のポルテスのロッジから
パンカ−ピ−クで寛ぐ
30数人の遭難碑
6、ドーレ→マチュラモ(4,480m)・・・2泊(高度順応)

 少し遅めに8時出発、空気は冷たい。青空の中、トムチェルク・アムダブリンの雪山ピ−クを眺めながら歩く。

 途中ルザ(4,470m)で休憩し下り、再び上る

 1215分マチュラモ到着 陽も照りぽかぽか陽気の中、ソ−ラのお湯で行水、洗髪、洗濯する人などと大忙しだ。

 しかし2時間もするともう雲空、冷えも急速でスト−ブが離せない。

 翌日9051145分、高度順応の為バンカ−ピーク(4,600m)へトレッキングする。

 ニ−ルカン、タウチェ、チョユ−(8,200m)のピ−クも見せてくれた。しかし、午後には突然暗雲の空!

“あられ”も降り出し、本当に天候の移り変わりが激しい。
ナムチェの里

シェルパ−の里・ナムチェ
 歩く事が生活であり、
 歩かないと何も始まらない
     そんな村です


  皿洗いを手伝うこども
  (学校には行っていないようだ)

ルクラ到着は早朝であり、そのまま次の村に向かうことは可能だが、私達は高度順応の為、ゆっくり村の中で1日過ごした。

折しも丁度村では盛大なお祭り・イベントがあり、カトマンヅから大臣も来られるとか、制服姿の子どもたちや、

着飾った村人たちが総動員?と思われる程の隊列で空港へと往来していた。

広場では一日中、踊り・歌などが賑やかに催されていた。

ここは、仏教信仰に篤いシェルパ族の地、民族衣装も宗教毎に異なり、カラフルな晴れ着が、山間の地にとても映える。

険しい渓谷・谷間に、色彩鮮やかな晴れ着姿の村人たち、青空・風になびく”タルチョ“、まるで異次元の別世界!!

明日から始まる未知の世界に向かっての“トレッキング”に、改めて不安と期待で胸いっぱいとなった。

1、カトマンヅからルクラへ(2,840m)・・・1泊(高度順応)

4時起床、630分出発→7時ルクラ空港着(1213人乗り飛行機)

ルクラは、エベレストトレッキングの起点となる村。空港は深い渓谷の山間にあり、滑走路は斜面を上手く利用し、

着陸は急斜面をブレ−キにし、離陸は斜面を下り加速する。

飛行機は山岳地帯の為、ガスの発生が少ない早朝を見計らい、ピストン飛行している。

空港をでると、民族衣装を纏った村人が出迎えて、私達トレッカ−にスカ−フを首にかけてくれ、歓迎の挨拶だ。

2011・5月1日
ゴ−キョ・ピ−ク

ゴ−キョ・トレッキング地図

●近くのタル族の村迄ウオーキング・・・どうやら牛に食べさす草刈りをしていた人たちの村らしい。

タル族は農耕に適したチトワンのみに在住し、近隣の丘に住む人たちと言語・住居・生活様式が全て異なる民族。

とても長閑な田園風景の中に、これから栽培を始めるようで、バナナ、マンゴ等の苗木の植え付けもみられた。

この村を歩いて、今回のチトワン巡りの中で一番よかったと思う。

―トレッキングを無事終えてー

 「登山する人は、一度は絶対この景色をみるべし・・・」これは、トレッキング中出会い、今も世界一周中の若者

 Sさんの、エベレスト街道初日の感想です。私も全く同感!!一度歩いて、是非この景色を見て欲しい!!

登山の経験がなくても、、ハイキング程度の 山歩きの経験があれば・・・、私は
トレッキングは可能だと思う。

ただ、、高度順応を図れる、ゆったりとした日程を取ることは必要だが・・・。


私達は、高山病予防対策として、3,440m、4,440mの地で2連泊し、また、初日のルクラでは、飛行機で

1,000
m→2,840mと、高度を↑した事を考慮し、早朝の到着で移動も可能だったが
高度順応の1日をとった。

高山病の兆候に苦しんだトレッカ−の話からも、このルクラでの1泊はとても有効で、又、天候を、道路の状況に応じて

コ−スを、宿を随時変更できた事も良かったと思う。

4年前のトレッキングの時と随分変わっていた面もあった。今回はテント泊している人も見かけず、クッカ−の同道はなく、

食事はロッジで注文した。一番驚いたのはシェルパ−が皆”携帯電話”を持っていた事。
その代わりに?だろうか。

彼らは、トレッキング閑散期には、日本へ、ドバイへ出稼ぎに・・・と、これからも随分彼らの生活も変わって行くことだろう。

 
「ヒマラヤはあなたを変えた。しかし、あなたはヒマラヤを変えないで欲しい」

これは、国立公園ミュウジアムのポスタ−に、書かれていた言葉である。あの荘厳で、神秘的なエベレストを仰いだ時、

ヒマラヤの山々”の自然は、地球に与えてくれた大切な贈り物である事を実感し、今、地球環境が地震・津波・原発問題

などで大きく揺らいでいる中、改めて考えさせられた。

ゴ−キョ・ピ−クから、”氷河“が失われて行く現実も目にした。草木さえ生えない高地では、”ヤクの糞“を乾燥し、

燃料にする。しかし、薪の火力の方が断然強い。その為、道中、私達を和ませてくれた、花咲く“シャクナゲ”の幹も薪に

なっているのだと言う。あの可憐な石楠花も、何時か消え、この雄大な自然も失われてしまうのだろうか。


文明とは程遠い村々の生活も確かに未だあった。桃源郷のような村々、自然・人・動物などが溶け合った素朴な生活。

“自分の足で歩かなければ、何処にも行かれない。何も始まらない・・・。

大きな感動を与えてくれた、自然の大切さを教えてくれた”ヒマラヤ” いつまでも、いつまでも・・・変わらないで欲しい。

エベレストの山々を見納めて
エベレストの山々が拡がり
13、クムジュン→ナムチェで昼食後→モンジョ(2835m)…1泊

 クムジュンの学校の傍を通ると、校庭の隅では丁度幼稚園児のお遊戯が始まっていた。クムジュンに、子どもたちに、

別れを告げ、学校の直ぐ側の急坂を一気に上ると、再びあの“Mt・エヴェレスト”が雄姿を見せてくれる。

いよいよこの山とも、今日を最後にお別れだ・・・。ゆっくり休憩し、心ゆくまでエベレストを、山々を眺めていた。
石楠花ロ−ドがつづく
下り始めると・・・
下って、上ってクムジュンへ
 7、 マチュラモ→パンカ−(4,550m)→ゴ−キョ−(4,790m)行程7km・・・1

 マチュラモのロッジには、医師が高山病の兆候?がないかどうか訪問してくれた。近くにヘリポ−トがあり、派遣された

 医師は随時交代しているようだ。
今日は、当初の計画では、パンカ−1泊の予定を変更し、いよいよゴ−キョ−へ向かう

 昨夜は北斗七星も見せてくれた星空だったのに…、生憎の曇り空。空気も冷たい。

 730分出発、ロッジの裏山を一気に上るとパンカ−が、1軒宿?のロッジが見え、近隣の家もなく何だか寂しい村だ。

 ロッジの近くには、10数年前、日本人のツア−30数人が遭難した慰霊碑が建っている。

 今は雪もなく、
この地で、雪崩の為多くの人が亡くなったとは、想像さえ出来ない長閑な場所だ。

 雲の垣間にチョユ−(8,200m)が見えてきた。しかし、暫くするとそのピ−クも、あっという間にガスで消えてしまった。

 冷気の為かそれほど息苦しいとは感じないが、空気は流石に薄い。

 3の湖で、17歳のポ−タに出会った。彼はオイル・ビ−ル缶90kg〜100kgの荷物を、ナムチェ〜バンカ−1

 〜ゴ−キへ運ぶ最中だ。(運搬料約5,000円)「頑張って!」と、ゆで卵の差し入れに、嬉しそうに終始笑顔。


 荷物はリュック1つに、雨具・飲み物だけの身軽な私達なのに、フ− フ−喘いでいる。随分滑稽だ。

 1330無事到着。

しかし、今日出会った、下ってくるトレッカ−達、皆一様に、「ガスでエベレストは全く見えず」と首を横にふる。

明日の幸運を祈るのみ!!

シェルパ−のラクパは大学生、実習生として調理も担当

5、 ポルテス・テンガ−→ド−レ(4,200m)・・・1

あれだけ降った雨もあがり、早朝5時には青空、雪山ピ−クも見せてくれた。今日の行程は、マチュラモ(4,480m)迄、

7、5Kmの予定だったが、昨夜の雨、又標高差もありドーレ泊まりに変更。途中、石段の道が崩れ、修復作業中だった。

何処から?緊急出動で来たのか,4〜5人の作業員が、全て手作業で、急斜面に転ぶ大きな石も一人運び上げていた。

730出発→1030到着と早い到着で、近くの川で洗濯し、休養デイ-となった。

3か月ぶりの柿ピ−を味わう

−キ

日・時:2011年4月21日〜514日(58日〜11日・チトワン巡り)

ボリュムたっぷりのランチ

赤字・・・トレッキング行程・

ウクライナからのトレッカ−と
カラパタ−ルから エベレストを

山の頂上に(3,860m)あるタンボチェ・大きな寺院が、僧院が、修業僧が・・・、こんな山の中に?

校庭で散髪してもらう生徒

&チトワン国立公園めぐりの旅

/11 チトワンから帰る間際に、バスが、それも私達のグリ−ンバスだけがストライキには晴天の霹靂!!

ガイドのKUMARUがオーナ−と相談しながら、あちこち電話してバスを見つけてくれた。

そのサイバ−バスが通る町まで車で1時間、そして待つ事1時間、漸く1010分発の冷房なしのオンボロ満員バス

520円・グリ−ンバスは15ドル+手数料10ドル)の最後部座席に席を確保した。しかし、席は前に傾き、

座り心地悪く天井で、窓で何度強打した事か・・・。
こうして、6時間余りのバス旅を無事終えカトマンヅに到着。

翌日、カトマンヅで旧王宮美術館を観光していると、大勢のデモ隊に出会った。(グリ−ンバスのデモ隊?)

そして、今度は帰国時にはタクシ−が全車ストライキ−と言う。

でも、もう少々の事では驚かない。人力車に3個荷物を乗せ(340円)、今度は政府が用意してくれたバスで(120円)

空港へ、そして私達3人の、アクシデント続きのチトワン観光も−も無事に終わった。
マンゴ、漸く実のる
●夕方、1時間のエレファントサファ−リを楽しむ。(ここがジャングル?村外れの林道にしか見えなかったが…)

途中、ライオンの”足跡”を見せてくれる。(ライオンは夜中に、食べ物を探しに村に出没しするらしく、人前に姿は見せない。)

●翌朝、小鳥の囀りで目覚め、7時〜昨日と同じ道?をウオ−キングに行くと、草刈りから帰る女性7〜8人に出会う。


●カヌ−体験では、ボートが岸辺に着くと、再び草刈りを済ませた女性が、大きな草束を夫?に渡し、自転車に積んで帰る

光景がほほえましく感じられた。どうやら、草刈りは女性の仕事らしい。

●ジャングルツア−(17時30分〜約3時間ジ−プの屋根の上から)

収穫は、サイ2頭(545頭いるらしい)と、鹿数頭・イノシシ1頭、クロコダイル2匹(池の波紋のみ)だけだった。

トラ(100頭)ライオン(200頭)などの動物がいるらしいが。(最近、動物保護区の頭数調査があった)

帰途、クロコダイルの養殖場入館し、沢山のクロコダイルを見学。

道端の風景
チトワン公園めぐりは、往復バス利用で34日で宿泊予約し、公園直ぐ傍のロッジでのんびり過ごすことにした。

5/8 カトマンヅ7時45分発→チトワンエコ−ロッジ1410着(54km)

カトマンヅの街を抜けると、道路はだんだん舗装もされていない山道。途中ポカラからのバスとも合流し、乗り換えとなる。

私達のグリ−ンラインズバスは、リゾ−ト・休憩所も持っており、ランチ時間もゆったり取ってくれ、とても快適な旅となった。

エコ−ロッジ到着すると、ガイドのMrKUMARUは「3日間、客はVIPの貴方達だけ」と、スケジュ−ル表を示し

チトワン公園めぐりの案内をしてくれた。
12、   タンボチェ→クムジュン(3,780m)・・・1泊

 早朝、遥か遠くにエベレストの山々がそびえる。630分太陽が昇り始め、ゴ-キョ-でみたあのMtエベレストピークが

 薄靄の中に姿を現した。今日の宿泊地と標高差はあまりない。下って、上って、下って…と、変化に富んだ行程だった。

 後は、下ってルクラへ戻るだけと、気楽に考えていたからか、結構きつかった。

しかし、道端の深紅・ピンク・白…と、緑に映えるシャクナゲ花々が心和ませてくれ、随分元気づけられたようだ。

1330分クムジュン到着。

クムジュンはかなり大きな集落。何故?こんな辺鄙な地に…と、つい思ってしまう。そんな山の中に家が並ぶ。

ロッジのすぐ前が村の中心で学校がある。人口1,200人、学校に、3才から高校生400人が在校するという。そう言えば、

昨日タンボチェからの上り、学校帰りの走ってくる子供たちに出会った。校内には寄宿舎もあり、かなり遠くの村の子供たちが

在学しているようだ。放課後、先生に散髪してもらう子供たち、朝は、自分たちでそれぞれ食事の準備をしていた。

Gokyo Peak 登頂(5,360m)おめでとう

     
 ”お別れ”パ−ティ

本日のメインディッシュ
魚に似せた”春巻き

標高3,780mに有るクムジュン

マチュラモでは、高度順応の為に裏山のパンカ−迄、トレッキングを楽しんだ

ド−レ到着後、午後からは急に冷え込む・・・、毎日がそんな天候だった。
高台にあるあるロッジで休憩

・モンラ(3,975m)でランチ

     一気に↑、また↓
タルチョもはためかせ
カラフルなナムチェの   モダンなベ−カリ−
道端には  深紅のラリ−グラス
吊橋を渡り
山菜採りを楽しみ・・・
”ワラビ”のお浸しを添え物に
2,   ルクラ(2,840m)→パクディン(2,610m)行程7km…1

いよいよ、トレッキングの始まり。それも今日の目的地の標高は210m↓。しかし、下って上っての山道だ。

朝夕は冷え込むが、日中はポカポカ陽気の天気、歩き始めると直ぐに、ダウンを来ている事もあり汗ばむほどだ。

AM8時スタ−ト→ゆっくりランチタイムを取り、14時ロッジ到着。本当にのんびりとした初日だった。

ロッジでは、香港からの女性トレッカ−が一人、エベレスト・ビュ−ホテルで高山病の兆候あり、十数人の仲間と

離れ一人下山中とのこと。英語で、中国語で国際交流の場となった。改めて、高山病に要注意!!
  
祈祷師からお祓いを受ける
空港からルクラの村を

サガ−マサ国立公園

タンボチェ

クムジュン

ポルテステンガ−

マチュラモ

●ロッジでの生活ガイドから1日の説明を受け始まる。食事は毎食ボリュム−もたっぷり、美味しかった。

ウエイタ−2〜3人、ガイド、オ−ナ−らしき人、そして昼間は各ロッジの通路を舗装する為に56人の人夫が、

加勢し、手動のコンクリ−ト・ミキサ−?でこね、道を固めて行くさまがとても興味深かった。

又、3泊も滞在した私達は、余程“VIP”だったらしく、「次はいつ来るのか?ブ−タンへは、車で6時間で行ける。

何時でも案内する」と、、ガイド、オ−ナ−から何回も勧誘を受けた。
 
往路・ランチのレストラン

15、ルクラ→カトマンヅへ

昨夜の雷雨も嘘のように青空も見せてくれ、カトマンヅへ向かう。飛行機の発着は大幅に遅れ、私達の飛行機も、

1時間遅れの出発となったが、900無事到着
山の天候は”本当に変わりやすい”つくづく思った。

第1・2・3レ−クと進む・

ロッジは突貫工事中

重い荷物運搬ご苦労さま

長閑なプンカ村

急に冷え込み・・・ 薪を探しスト−ブのお守
節電?で暗い 大盛りカレ−食事中

4、 ナムチェ→ポルテス・テンガ−(3,630m)  歩行距離:7,5Km

ナムチェ迄のトレッキング中、世界一周旅行中のSさんご夫婦に、ルクラ〜モンジュで出会い、その後も何度か顔を合わせた。

彼らは1月に日本を出発。一番訪れたい地が  エベレストとパタゴニアだと言う。

そして、先ず憧れのベレストにガイドなしで、二人だけで荷物も担ぎ、トレッキング中だ。

カラパタ−ルに向かいエベレストを望む彼らとは、この地でお互いの登頂を、安全を願い別々のコ−スとなった。

今日の行程は、昼食のボウダハ(3,975m)迄上ぼり、その後下る、かなりアップ・ダウンのある道が続く。

昨日訪れた、エヴェレスト・ビュ−ホテルや、カラパタ−ル方面の村タンボチェ、 雪山ピ−ク“クスンガン””タムジェルク“など


 すっかりお馴染の山々が眺望できる。

1350ロッジ到着 到着後かなりの雨が降り始め、雨は夜中まで降り続いた。

4/22ルクラ出発5/6帰着

パクディン

ド−レ


旅の行程:
関空4/21030発)→バンコク(420着 1015分発)→カトマンヅ(1225分着)・・・カトマンズ1
カトマンヅ5/13(13:30)→バンコク(18:15着 2330発)→関空 (5/14 7:00着)

トレッキング行程

カトマンヅ630発(1,000m・飛行機30分)ルクラ 700着(2,840m)…1泊(高度順応)
→パクディン(2,610m)行程7km…1ナムチェ・バザ−ル(3,440m)行程9km…2泊(高度順応)
→ポルテス・テンガ-3,630m)行程7,5km1ド−レ(4,200m)行程7,5km…1
→マチュラモ(4,410m)…2泊(高度順応)ゴ−キョ−(4,790km)行程7km…1
 
ゴ−キョ−ゴキョ−ピ−ク(5,360m)往復6kmゴ−キョ村マチュラモ(4,410m)行程7km1
→フォロステの予定をポルテス・テンガ−(3,630m)に変更…1タンボチェ(3,860m)…1
クムジュン(3,780m)…1モンジュ(2,835m)…1泊→ルクラ(2,840m)…1

ルクラ(飛行機)カトマンヅ1

※ロッジ15泊・カトマンヅのホテル2
     関西から参加の3名は、チトワン観光〈3泊〉→カトマンヅ2泊し、カトマンヅ観光後513日帰国の途に着く。

−はじめに−

LSCお誘い“ネパ−ルトレッキング”には2回目の参加になります。

前回のアンナプルナ東街道トレッキングでは(20071018日〜117日)5,416m高度のトロン峠越えも

経験し、ネパ−ル・ヒマラヤの大自然を満喫しました。しかし、肝心のMtエベレストは飛行機の中から、ちら−と見た?

記憶しかありませんでした。
今回のトレッキングは、ゴーキョピーク(5,360m)の他、数か所で、あの “エベレスト”を、

チベットでは
「大地の母神」とも呼ばれる、世界最高峰の“チョモランマ”を眺望できることを知り、参加を決めました。

シャクナゲロ−ドを歩く

トレッキング・チトワン観光総費用:298,790円+43,000円

航空券関係:110,375円(航空券:88,800円、サ−チャ−ジ:12,500円等)

トレッキング関係総費用:188,415円(カトマンヅ⇔ルクラ往復航空券、宿泊費・雇用者チップ等)

チトワン観光費用;43,000円(カトマンヅ2泊分含む)

ナムチェの眺望

チトワン国立公園

パンカ−

カトマンズ

クムジュン〜ナムチェへ

ナムチェ・バザ−ル