-無事旅を終えて

 まだ、キュ-バ旅行も珍しかったころ、友人がキュ-バに行きサトウキビ刈りしことがあると聞き興味を持っていた。また、セドナ・ニュ-メキシコツア-に

参加した時は、大半のツア-参加者が、
セドナからメキシコ・カンクンに足をのばされたので、いつかは行ってみたいと国と念願していた。

 旅の企画を練りながら、キュ-バ出入国にはツ-リストカ-ドの煩雑さが言われていたが、今まで、ロシア・インド.カンボジアなどのVISAも直接自分で

取得した経験もあり個人で取ることにした。

 ツ-リストカ-ド申請は、東京のキュバ-領事館になるが、申請にはパスポ-トコピ-を添付し書式を整え旅行出発日までには届くよう急ぎ郵送した。

 ところが、ツ-リストカ-ド申請書郵送後、航空券の関係でキュ-バには2回出入国することに気づき、慌てて領事館に2人がかりで半日電話し

つづけた。しかし、始め、電話は朝はコ-ルしていたのに、電話がつながらない。しかも、その日は金曜日! 土・日は領事館は休み。仕方なく、

メ-ルで領事館だから英語?と思い、キュ-バに
2回出入国することになった経緯、飛行機の時間などを英文で書類を整え送った。

 月曜日、領事館に電話すると応対してくれたのは日本人の女性。私達の申請書類は届いており、追加のお金は今から直ぐに振り込んでくださいと、

丁寧に応対してもらい事なきを得た。そして、ついでに、「金曜日に何度もお電話したのですが・・・」と聞いてみた。すると、昼前から?台風?の為に

領事館も休みになっていたことをえてくれた。
そんな経過もあり、航空券購入も遅く、何もかも手続きが遅れてしまい準備不足でもあった。

 今回は3か国の旅行でその都度、現地通貨へのチェンジのことが気になっていたが、幸い、それぞれの国で小さなトラブルはあったが、全て、

デビットカ-ドでATMから換金でき、持参のドルは殆ど使用しなかった。

 WiFiに関しては、メキシコのホテルはロビ-のみ。最終日の、飛行機会社が用意してくれた高級ホテルでさえ、ロビ-のみだった。また、

キュ-バでは特定のスポットのみにと
WiFi使用は限られていた。WiFiが部屋で唯一利用できたのはドミニカだけだった。

 ハバナ出入国は2回ともスム-スだった。ただ、世界周遊旅行しながら入国する人もいるからか、「ツ-リスト カ-ド持っているか?」 あちこちでしつこく

聞かれた。
英語で書いた保険加入証明書を持しないと入国を拒否されることもあると言われたが、一度も提示したことはなかった。

 今回の旅は、特に、メキシコは地震後で気になっていたが、地震の影響か定かではないが道路の小さな陥没が目についた程度だった。また、

カメラをひったくられるというアクシデントもあったが、それほど危険を感じることもなく、たくさんの親切をももらった。

 メキシコの、ラテンアメリカの最大の都市遺跡、テオティワカンのピラミッド。カンクンではマヤ文明の聖地チチェン・イツア、マヤ終焉の地、トゥルムの断崖に

立つ遺跡、そして、カリブ海の青い、青いおだやかな海!!今でもはっきりと鮮明に目に焼き付いている

 一番不安だったキュ-バ-観光は、Cassaに泊まり、イリノイ州、オランダ、ギリシャなどからの旅人との出会いもあり、旅の会話も弾んだ。

ラム酒工場で、作業中の女性が一緒に写真を撮るようにとにこやかに手招きしてくれたこと。下町の素朴な風景と人々、そこに、カラフルな色合いの

クラシックか-が観光用に走る!何もかも新鮮だった。

 360年前に立ち寄ったとされる「支倉 常長像」、そして、ドミニカには第二次大戦後日本人移住記念碑、その昔、ブラジル・ペル-など南米諸国に

新天地を求めて移民された多くの人々が、言葉も食べ物、自然環境の全く違う中での暮らしがどんなにか大変だったろうかと、苦労がしのばれた。

 今回初めて顔を合わした4人グル-プの旅、1年経た今、改めて無事旅出来たことに感謝! 感謝!! 

3, 11月19日(日)旧市街地散策後、21時ホテル出発。

 10時チェックアウトし、荷物をあづけ歴史地区のソカロ周辺を歩く。

メトロポリタン・国立宮殿周辺には観光客も多かったが、警官の数も誰か要人でも来られる?と思うほど多かった。

警護中または休憩中?と思われる警官の人たちは分かりやすかった。場所を尋ねるとスマフォ-で調べてくれたりとても気さくで、また、休憩中の

警官は警護の列から少し離れた道端で、果物・飲み物など食べながら談笑していたのが印象的だった。

 しかし、中心部を離れると観光客は多いのにも関わらず、混雑に紛れて小型カメラをひったくられる被害にあうが、周辺で警官を一人も見かけ

ることもなく、人混みをかき分け追いかけるがなすすべもなかった。

 夕食は、ホテル近くの地元の人たちでにぎわう庶民的な店ですませ、ホテルに帰りロビ-で休憩し、21時、タクシ-で空港へ

タクシ-は、前日フロントで依頼していたが、荷物4個は到底積めそうもない中型タクシ-。助手席に1個荷物を置くと足の置き場もなくなり、

正座して座らなければならなかった。
前日、テオティワカン遺跡へ行く時に同じくホテルフロントでタクシ-を頼むと、荷物といえばリュック4固だけ

なのにワゴン車タイプだったので、その同じ車が来ると期待していた。また、一流ホテル?のフロントでタクシ-を頼んだ時も白タク! どうやら、

フロントでタクシ-を頼むと、担当者の知り合いに依頼しているかのようだった。

1.11月17日:伊丹~羽田~成田1525発アエロヒミコ→メキシコシティ1300    Hotel Virreyes (2泊・約4,500円)

 メキシコシティへは成田から約12時間、30分遅れて到着。 各地からの飛行機が遅延していたからか、荷物受け取りのタ-ンテ-ブルは大混雑。

また、5番→2番へと受け取りのタ-ンテ-ブルがころころ代り、結局、荷物受け取りに1時間要したことになる。

 あちこちさがし回っている内に、私たちの荷物はすでにタ-ンテ-ブルから降ろされていた。慌てて受け取りに行くと、トランク1個にテ-プがグルグル巻き

つけられている。 一瞬なにごと!? チェックカウンタ-で開封するよう求められた。どうやら、昆布・めざし・梅などが不審物と疑われていたようだ。

 荷物受け取り後、ATMにてチェンジ。

ATMには日の丸の表示もあり分かりやすかった。しかし、始め、2人分14,000M$チェンジ予定していたので、14,000と入力するも不可。

何回か
14,000と入力を繰り返すが、ATMでは1日7,000M$が限度と分かり、7000M$の表示額を押すと問題なくチェンジできた。

 
 3時、窓口でホテルまでのタクシ-チケット(250M$)購入するも、タクシ-乗り場は長蛇の列!!1時間近く待ち中型のタクシ-1台に4個の

荷物を無理やり積み込み、
530ホテル着。

 ホテルは、屋台もならぶ旧市街地にあり、レストランもなく設備も驚くほど古かった。

早速、地元の献立メニュ-も表示してある食事処へ。夕食代4人分:365M$(約2,263円)。ここの食事は、いわゆる庶民的な味?

安くて美味しかった!

- 旅の行程-
11/17:伊丹1030(JAL)⇒羽田1135⇒(バス)成田1525発(アエロメヒコ)

      →メキシコシティ1245着…2泊(1117.18日)

11/20:メキシコシティ0105発→カンクン0423着・840発→ハバナ着945・4

11/24:ハバナ1145発→サントドミンゴ1946着…・4

11/28:サントドミンゴ642発→ハバナ1210着・・・・1

11/29:ハバナ1655発→カンクン…・4

12/ 3 :カンクン2030発⇒メキシコシティ2210着予定のところ飛行機遅延1

12/ 5:メキシコシティ 0006発⇒126成田605着…・羽田10:30発 →伊丹1140

飛行機  成田⇒メキシコシティ  カンクン⇒成田・・・アエロ・メヒコ航空

        カンクン⇔ハバナ・・・Interjet ・ハバナ⇔ドミニカ・・・Copssir line

6世紀・10世紀の二つの時代が交わる聖地にある
           チチェン・イツァ-

ADO社のバスタ‐ミナル

エレべ-タ-は手動式

煙草プランテ—ション見学

1835分カンクン空港へ

 カンクンでのチェックイン時、出国カ-ドが見当たらず、メキシコシテイのイミグレでお金を払い、再度カ-ド取得することに落ち着いていた。

 ところが、カンクン2030発→メキシコシティ2210着・124日、0006発の成田行きの予定も、カンクンの飛行機が大幅に、特に私たちの

便が特別に遅れ、最終的に
22時発となってしまった。
待ち時間に、メキシコシティの免税店で残りのお金で買い物する予定だったので慌ててカンクンで

買い物と思ったが免税店はなく、適当にチョコレ-トを買ったが、その店もすぐ閉まってしまう。

 チェックインカウンタ-には、早くから待機していた係員がいたので、0006発の成田便に乗れるか再々確認した。すると、その都度、係員はOk! 

OK !
 と返事してくれたので、少々遅れても飛行機は待ってくれるものと安心していた。ところが搭乗開始の段になると、彼は日本語で、「良い旅を!」

と、にやりとしながら言った。

 しかしながらメキシコ到着は0時前、それでも、飛行機は私達を待ってくれている?と、イミグレで出国カ-ド取得に必要な60M$を握りしめ、

席も早めに立たせてもらい、飛行機から一番のりで走った。すると、前方に一人の男性がたっている!てっきり、私達
4人を、急ぎゲ-トまで連れて

行ってくれる親切な係員と思い、近ずくと、彼はおもむろに、私達の名前を確認し謝った。飛行機はすでに出発したこと。ホテルの宿泊券と食事、

タクシ-券、そして、翌日の同じ時間発のメキシコ⇒成田への航空券、羽田~伊丹までの航空券を渡された。更に、荷物を引き取りタクシ乗り場へ

と、一気に話されたのだから戸惑いも多かった。深夜0時も過ぎうす暗い中を
4人、(今頃は機中の人となっていた頃なのに・・・)と、何が何だか

分けわからないまま、
2台の車にわかれホテルへ向った。

122日(土)トウルムツア-(130US$)

 昨日のチェチェン・イツアからの帰着は遅く心配されたが、7時ホテルピックアップ。トゥルムはカンクンから約130キロ。4か所のホテルを回りツア-は、

11人でスタ-ト。しかし、何か手違い? 集合時間を守らない人が多く
運転手はあちこち探しまわり、結局、全員そろったのは820分。更に他の

グル-プと
905合流し約40人となり、英語グル-プ12人とスペイン語グル-プに分かれてツア-はスタ-トした。
 

 トゥルムはカンクンから130Kmほど南にあり、カリブ海を望む断崖にたたずむマヤ終焉の地。1215Coba1305: 昼食1405 ・

Coba
 ・15001600セノ-テと回る。

 4時、帰路につくが、カンクンのホテルゾ-ン辺りでマラソン大会があり、一車線占有され大渋滞。さらに、車は知人女性を(バスに乗り遅れた?)

ピックアップするためか?かなり遠回りしたようだ。また、運転席で女性と
3人大きな声でしゃべらり続け、お国柄?とはいえ少々疲れた一日だった。

マラソン大会と言う道路事情は仕方ないが、私的なことで遅れもあり、ホテル7時着予定が9時過ぎになった。

16世紀の修道院跡
サン・フランシスコ遺跡

ヘミングウエイ常宿の
ホテル・アンボス・ムンドス

945ハバナ着

 ハバナの入国手続きは特に海外旅行保険加入書を提示することもなくスム-ス。しかし、空港の雰囲気が今まで旅したところと、どこか違う?! 

それは、検疫に当たる医師とナ-スの服装! まるで、
4050年前?の日本と同じ白衣とキャップ!老医師・ナ-スの白衣姿は国際空港では

似合わないのでは? とも思えたがとてもレトロな雰囲気が漂い面白かった。

 入国後、まず、ATMで二人分、800cuc(約9,600円)引き出す。

キュ-バはドルで換金すると、両替前に10%手数料を取られると聞いてはいたが、メンバ-の一人が、ATMでの換金がうまくいかず、ドルから

チェンジしようとすると、
10%分のドルを予め横に置いて計算を始めた。その為、ドルからの換金をキャンセルして、今度は、円からCCUにチェンジする

という一幕もあった。 
空港1140→1210 Cassa de Selgio Mriiam 着(タクシ-40CUC4,800円)

 民宿のオ-ナ-セルビオさんは英語が話せるということで、宿泊を決めたのだが、私達は、航空券の関係でハバナ4泊後にドミニカへ出国し、

再度ハバナで
1泊という変則的になったので、追加宿泊の予約に関してメ-ルでやり取り出来たので助かった。

 CASA チェックイン後旧市街地を散策し、翌日のビニャ-レス渓谷1日ツア-の予約に行く。(一人67cuc)
 
渓谷ツア-を、宿の主人に相談すると、直ぐ近くの、
[Ageng Sam Cristobal]のオフィスを紹介して
くれたがなかなか見つからず、結局、別の

ホテル内に事務所が移転していたことが判明。
キュ-バではWiFi事情も悪く、持参のスマフォでは、特定のスポット以外は利用できず

調べることもできず、
歩いている人といえば観光客?尋ねる人も少なく困ることが多々あった。<

4.11月20日(月)0115メキシコシティ発 ・カンクン0400着・840発⇒キュ-バ-着・945

  Cassa de Selgio Mriiam4泊・食事込み約9,600円)

 AM4時、カンクン着後キュ-バ出発まで時間もあるので休憩するところは?と、探していると、一人の男性が、「どこへ行くのか? 何時の飛行機か? 

ツ-リストカ-ドはもっているのか?」など、しきりと声をかけて来る。

 しかし、まだ、係員は誰もいなかったが、私たちがキュ-バ-に向かう飛行機、インタ-ジェットの表示もあったので無視していた。しばらくすると、

6
05発のインタ-ジェット便があるので係員がやってきた。

 インタ-ジェットの窓口では、キュ-バ-への飛行機はT2タ‐ミナルから出発。そこまでは徒歩5分?10分?と教えてくれたが、何しろ外は暗い!

 そこへ、また、先ほどの男性が追いかけてきて、白タク?に乗るようにしつこく誘ってくる。

「飛行機は何時発か? ツ-リストカ-ドは持っているのか? シャトルバス始発は6時半。キュ-バ-便は出発1時間前に着いていなければ乗せ

てくれない・・・・」 とつきまとわれる。

 私達のキュ-バ-出発は、840分発と言うと、先ほど、シャトル便は6時半が始発と言っていたのに、今度は7時が始発だと、あの手この手で

勧誘される。結局、根負けして
30$払い、大きなワゴン車に乗った。しかし、車は、その辺をゆっくりグルグル回って走っていた感じで、到着までに

10
分もかからなかった。
(往路、タ‐ミナルはすぐ目の前! 歩いても56分?と、迷うこともない距離だったようだ)

 T2タ‐ミナルにつくと、まだ、閑散としておりどこの窓口も開いていない。しばらくすると、Pana航空会社で受け付け始まった。キュ-バ-行き

カウンタ-は中々オ-プンせず、日本人の旅人らしき人が一人来られたのでキュ-バ?と聞くと、残念なことにアメリカへ行くのだと言われる。

 そして、不安を抱きながらしばらく待っていると、一人の男性がやってきた。そして、またもや、「ツ-リストカ-ド持っているか?」と聞かれ、いぶかって

いると、今度は、後についてくるように、カウンタ-の一番前に並ぶようにと教えてくれ、ようやく、航空会社の職員だと判明!

 6時前、キュ-バ行の受付けが始まった。勿論、私達が一番のりだったが、パスポ-トにメキシコの出国印がないので、イミグレへパスポ-ト3

1冊は受付預り)持ち、代表して押印してもらいに行くよう言われた。急ぎ走っていると後の3人も続き、4人でイミグレへ走る。(1240ペソ)

イミグレの場所は分かりにくかったが、手続きは簡単だった。後、私たちと同じように、次々とパスポ-ト片手にやって来た。ようやく、6時過ぎに無事

手続き完了。
 カンクン4時着後から2時間の経過!ひと仕事終えた感じで急に空腹も覚えサンドイッチとコ-ヒ-で乾杯!

メキシコ&カリブの島、キュ-バ・ドミニカ3か国巡りの旅

2017・11.17~12.5

スペインからの征服者から逃れた
       先住民インディヘナの住まい

15. 121日(金)チェチェン・イツアへ(バス代・往復172M$ 時差1時間あり・入場料:230M$)

 カンクンからチェチェン・イツア遺跡には、ADO社の1等バスで約3時間。

マヤ文明の聖地、チチェン・イツァは、200年以上にわたりユカタン半島における芸術・宗教・経済の中心地。高さ25mのエルカスティ-ジョ・

大神殿は
9世紀初頭頃に完成した神殿。9層の壮大な建造物で、四面全てに階段が設けられている。この階段の段数、基壇部の垂直面の浮彫、

すべてがマヤの農耕暦と催事暦を象徴するように建造されているという。マヤの天文学、建築技術の高さが象徴的に示された建造物である。

 朝、845分のバスに乗り1200遺跡到着。 運転手さんに、往路出発時間(1630)と、バス乗り場の確認すると、下車した辺りで

待つように言われた。

 暑い中、日陰を求め遺跡内を歩いた。16時バス乗り場に向かい、朝、下車した場所で待つも停車するのは観光バスばかり!向い側にバスを待つ

人が数人見えたので、バスチケットを見せてもらうと、違うバス会社だった。
1650分、心配になり黄色の服を着た係員らしき人にチケットを見せると

観光バス乗り場の向こう側からだと教えてくれた。しかし、そこは、バス乗り場の表示もなくだだぴろい広場! バス待ちの人もあまりいなくて、一組の

カップルに尋ねると同じバスだといわれたので、バスが遅れている? と思い安心していた。

 しかし、バス待ちの客らしき人はポツポツと増え、また、バスは2台続けてくるも、私たちのバスは5時になっても来ない! 再度、ロ-タリを回っていた

係員らしき人に尋ねた。

 すると、係員の人は腕時計を見ながら、「もうすぐバス着きますよ!」 と、時計を見せてくれる! なんと、時計は、405分を示している。

カンクンとここ、チェチェン・イツアに時差一時間あることが判明!

 確かにバスは、定時の16時半発車し(カンクン時計は1730分)カンクン着は21時前だった。 遺跡はそれほど広くはなく、日陰を求めて

歩いたが食事をする場所もない。

 また、カンクンからのチェチェン・イツアのツア-は、845分発、到着は11時、(私たちのバス到着は12時)往路のバス出発は1230分、

そして、近くで食事となっていたので、遺跡での滞在時間が少なく思え個人で行くことにしたのだが、時差が
1時間あると知り納得だった。

 21時、バスタ-ミナル到着、夕食はホテル近くにある、昨日と同じレストランで済ませた。

  
 因みに、チチェン・イツァへは、バス代・入場料で400M$(約2800円)。ツア-料金は英語ガイドで100US$前後。時差があることも知らず

バスは来ない。はらはら、ドキドキもあったが無事終わってみれば、費用面だけでなく、自分たちで事前の調べは必要だが個人で行って良かったと思う。

14.11.1130日(木) カンクン1日目

バスタ-ミナルに行き、明日のチェチェンイツア-行のバス乗り場確認。後、バスでホテルゾ-ンへ。(バス代は、バス会社が違うと、 910M$と

まちまちだった。)
 カンクンの海を散策。 あと、水族館へ(270M$)夕食は、ホテルにも近いレストランでとる。

8.1124日(金)ハバナ1145発→パナマ1429着・1610発→サント・ドミンゴ1946着・4泊         
 
          Hostos
 Santo Dominngo 4泊・18,875円 朝食付き

 朝9時、CASA チェックアウトし、タクシ-25+チップ5CCUで空港へ。

ハバナ⇔サント・ドミンゴ間は、地図で見ると近いが、パナマ経由になるので移動に一日要することになる。

始め、パナマでの待ち時間も長く、出国こそしていないがパナマまで旅したと思えばいいのでは?と、安易に考えていた。しかし、ハバナ→パナマ

間は、
687km。それを往復したみたいな感じで、やはり、移動に疲れた1日だった。

 サント・ドミンゴ着は、夜も遅く大変だった。ATMで取り敢えず、5000Dm$チェンジ予定も、キ-を押し間違え?500Dm$のみチェンジし

手にしていた。それに対して、手数料は
100Dm.
さらに、ATMで換金した後、ドミニカ通貨とキュ-バの通貨単位を勘違いして、2万円もチェンジ

したと思い込み大騒ぎしていた。そこへ、幼い女の子連れの一人の男性が来てくれた。
ATMの利用のし方を親切におしえてもらうが、ATMは時間の

関係かもう使えなくなってい
た。そして、私たちが手にしている500Dm$をみながら、「US$を持っているのか?」と聞かれ、訳も分からず100$を

見せると
60$を渡された。更に、通りがかりの別の男性に40$渡した。
親切にもドルをドミンゴ$に両替してくれる?と勘違いしていたので、何が何だか

わけわからなくなり、「あなたはタクシ-ドライバ-?」と問うと、「
No」の返事。その為、100US$を渡し60$しか返してもらえず、押し問答していたら

今度は、かなり年配の男性が、「
May I help you ?」と声かけてくれた。結果、私たちがATMで換金した500Dm$は、約12US$。

既に、
ATMも使用できなくなっており、男性は、40US$をタクシ-の運転手さんに渡し、おつり、60US$を私たちに返金し、タクシ-を手配して

くれていたのだ。英語をあまり理解しない私たちとタクシ-運転手さんとのチグハグな会話から、揉めていたことになるが、幼い子ども連れの男性に

親切をもらいながら、疑ったりして本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
21時、大型タクシ-でホテル到着。(
タクシ-代40US
$)

スペイン広場・アルカサル

10. 1026日(日)コロンブス灯台と洞窟、タクシ-ツア-へ(60US$)

 ファロ・ア・コロン(コロンブス記念灯台)は1992年、コロンブス新大陸到達500周年を記念して建てられ、聖堂にあったコロンブスの遺体も

移された。毎年
1012日には棺が開かれているという。
灯台のある、エステ公園周辺はひったくり被害が多いらしく、ホテルのフロントでタクシ-を

依頼した。
出発の段になり、「今日は洞窟は休みなのでは?」と、曜日を間違えフロントで明日に変更希望すると簡単にOKし、運転手にも伝えて

くれた。そして、「洞窟の休みの情報はどこから?」と、逆に聞かれ、結果、私たちが月曜日と勘違いしていたことが判明。観光客は少なく、運転手さん

は時間を気にすることなく待っているからと案内してくれた。

 1000 タクシ-で、まず、コロンブス記念館へ(100D

灯台は1992年コロンブス新大陸到達500周年を記念して建てられ、コロンブスの遺体も移されている。中はミュウジアムになっており、見学は

ガイドツア-となっているが観光客は数名のみ。ツア-らしきも見なかった。

 11501340分 ロス・トレス・ナホス洞窟へ(入場:100D$・船25D$)

ロス・トレス・ナホスは、スペインの征服者たちから逃れた先住民インディヘナ達がすんでいた洞窟をボ-トで探検する。その後、緑の林に隠れる

ようにあった洞窟周囲を散策した。

ヘミングウエイが通ったレストラン
       ラ・テラサ

瓶詰め作業

5.11月21日(火)ビニャ-レス渓谷1日ツア-

 7
30:バスは宿から徒歩5分ほどのサンタンデルホテル前ピックアップ。その後、約1時間ホテルでピックアップしながら、総勢40人ぐらい集まり、

バスはナショナルハイウエイへと走っていく。 ガイドの、イサリ-ナさんは、分かりやすい英語で説明してくれた。

 ビニャレス渓谷はハバナの食料倉庫、果物も豊富に採れる。キュ-バの義務教育は15年。18才からworking,specialcourse,sports,

working school
 
と選択できる。学生服は州ごとに色が決まっており、同じ州でも服装は学年で異なる。バス停では通勤客? どこでも列を

なして並らび、道路沿いではカマでの草刈り風景、トウモロコシ畑、バナナ、みかん畑、牛馬の放牧風景もみられた。バスは長閑な田園風景の中を

走り、また、道路はハイウエイなのに、小型トラクタ-、農耕用馬車、バイク、サイクリング、ヒッチハイク、鍬を担いで歩く人等とさまざまだった。

 冬季(11月~2月)は寒い時もあるが、ハイウエイそいには大王ヤシの木が揺れ、南国的風景が拡がる。キュバ-を訪れる観光客の内、

ツ-リストカ-ドも不要なカナダからは毎年
15万人と一番多いと言う。

 925945 コ-ヒタイム アイスクリ-ム2cu・水500CC1cus.。10時:タバコプランテ—ション着。

 煙草の葉はまだ短かいが、辺り一面がタバコ畑! 葉乾燥用の小屋に立ち寄り、葉巻タバコを巻く実演を見学。後、希望者には煙を

吸わせてくれた。
 タバコの植え付けは9月、2月~3月に収穫し小屋で自然乾燥する。植え付けから製品になるまで約1年要。昨年9月、

ハリケ-ン(
9月~11月ハリケ-ンシ-ズン)被害で、特に、果物、マンゴ・パイナップル・パパイアの被害が大きかったそうだ。

 11時:ラム酒工場見学

 ビナ-ルのラム酒工場では、まず、ビン詰め作業を見学。ここでの作業風景も興味深かった。工場ではすべて手作業。私たちの目の前で瓶洗浄し

ラム酒を入れてふたを閉める。そして、ラベルを貼リ、箱詰めと一連の流れ作業が清潔不潔など意に介さず?無造作に行われており、カメラ撮影も

自由! かって、日本のお酒作りもこんな風だったのかな? と想像すると面白い。何もかも素朴な感じでレトロな雰囲気だった。

工場見学後は隣ではラム酒直売のお店があり試飲した。

 
 123014時 ランチ  ツアーはランチ付きで、ミルクセ-キ代金3ccuのみ支払う。前の席にはドイツからのご夫婦が座っておられ、これから、

キュ-バを周遊されるのだという。レストランはあちこちの国からのバスツア-で訪れる人で混雑していた。
 
 
 1535インディヘナの洞窟到着  石灰岩が浸食されてできたビニャ-レスには、洞窟がたくさんある。 インディヘナの洞窟にはかっては先住民が

住み、植民地時代には奴隷の、独立戦争時代には革命家の隠れ家だったという。洞窟入口から歩いていき、そこから船に乗って洞窟内を遊覧した。

 1615 ビニュ-レス渓谷を一望する展望台で10分間休憩後ハバナへ向かい、19時宿に到着。

 宿には、新しくイリノア州からの旅人が一人来られていた。

月の神殿

空港・タクシ―乗り場は長蛇の列

旅の総費用:358,270(1人分・土産代約一万円含む)

航空券合計211.410

  伊丹 ⇔羽田…成田⇔メキシコ⇔カンクン:134,200

   カンクン⇔ハバナ・・・32,210

   ハバナ ⇔ドミニカ・・・45,005

 宿泊費用41,860円(15泊)

  ツ-リストカ-ド費用:7,700
 
(カンクン⇔ハバナ⇔ドミニカと
2回出入国、2,100円追加あり)

 空港への交通費7,500

(羽田⇔成田リムジン
6,200円・自宅⇔伊丹 1,300円)

 現地交通費・観光・食事など179600円(189,800円)

  ※  メキシコ87,500円【ATM14,000M$( 1M$約7円)

    220
ドル×118円=25960円】内、2万円土産代含む

  ※ キュ-バ 60,850円【ATM1CSU・約120円)】

    ドミニカ25,280円【ATM・(1Ⅾ$・約3円)】

宿の居間兼事務所にて

林の中にひっそりと残るコバ遺跡

密林を歩きコバ遺跡へ向かう

中央神殿

聖なる泉・セノ-テ

コパエアラインでドミニカ⇒パナマ⇒再びキュ-バへ

123日(日)今回の旅行、カンクンでの最終日

 バスでホテルゾ-ンまで行き、海外沿いを散策し、のんびり過ごすことにした。今日のカリブ海は波も高く、風も強く先日の海の色とずい分違い

人出も少なかった。
昼食はホテルゾ-ンのオ-ストラリアの店、ステ-キとオニオンフライで、無事最終日を迎えられたことに乾杯!

泳ぎも出来る・鍾乳洞に囲まれた聖なる泉

連日通ったホテル近くのレストラン
    超豪華な海鮮焼き

夕食は船上レストランで
大盛りのエビのフリッタ

 125日(火)メキシコシティ0006発⇒成田605着・羽田1030発⇒伊丹1140

 飛行機は1日遅れの5日、0006発、その為、昨夕は飛行機が遅れ、深夜遅くホテルに着いたので疲れもあり嘆いたものだが、よく、考えてみると、

ホテルは前回
2泊したホテルと違い広いバスタブ付き。更に、紛失したと思っていた出国カ-ドも見つかった! 何だか1日、得した気分になり、市内を

のんびり散策することにした。
 独立記念碑・コロンブス記念碑・そして、博物館まで歩くも、あいにく休館日だったのは残念だった。


神聖なる儀式の会場
  球技場

西瓜・パイナップル・メロン

キュ-バ国際空港

コロンブス記念灯台

1753年設立・
新大陸で最も古い日時計

旧市街よりの眺望

9.1125日(土 サント・ドミンゴ1日目

  昨日の一日がかりの移動で疲れもあり、朝、ゆっくり起床し朝食。後、街を散策。
キュ-バ出国時ライタ-を取りあげられていたので、昨夕

チェンジした
500Dm$で、目についた薬局で
バコを見せながらライタ-があるか聞いてみた。すると、今では、日本ではあまり見かけない、あの懐かし

いマッチの小箱を奥の方から持ってきてくれる。「
How much ?」と問うと、ス-べニアにあげるといわれた。あまり、タバコを吸う人も見かけず、マッチを

必要としない? お店の人から「お土産に!」との親切に思わず笑ってしまった。

 ドミニカに入り、前日に食した揚げ物の影響かメンバ-の一人が体調悪く、3人で近場を散策することにした。

1714年にイエズス教会として建てられたパンテオンは、歴代の総督、大統領などの霊廟がある。とても荘厳な雰囲気の中に入っていくと、ガイドの

名札をつけた男性がついてきて、外に出てからも延々とガイド?してくれる。
宗教的な内容で全く理解できないのでチップを渡し断わると、

「少ない!」と言われ、更に、
100Dm$追加し渡すと、しぶしぶ受け取り去っていった。

 コロンブス広場には観光客を案内する、政府発行の証明書を持ったガイドは、半日50US$。私たちが教会に入るのをみて、何も交渉もしな

いまま、ガイドするつもりだったのかもしれない。

 カテドラル、スペイン広場、オサマ砦などを歩き、次に、「ドミニカ日本人農業移住記念碑」をマップ片手に探した。記念碑への道しるべもなく、

ひっそりとした道を歩き、何人かの人に尋ねても誰もよく知らないようだった。

 すると、公園のどこからともなく現れて、「ハポ-ン?」と、一人の年配の男性が声かけ前方を指さしてくれる。しかし、教えてもらった方向に歩くも、

記念碑らしきは見当たらない。ふと、前方を見ると、先ほどの男性が見え隠れしながら歩いていた。時々、私たちの方を振り向いては、まるで、

記念碑への道へ導いてくれたかのようだった。

 ようやく、私たちがその碑のそばに着いた時、彼はもうどこにも見当たらなかった。先ほど、勝手にガイド”した若い男性にいやな思いをしただけに、

せめて、お礼だけでも・・・と、思ったのに残念だった。

  静かな木立の側で、「記念碑」を見つけたときは感激だった。こんなところにも日本から移住? と、訝しくもあり、また、海外旅行も一般的で

なかった時代に、慣れない異国の地でどんなにか苦労されたことだろうかと偲ばれた。

ヘミングウエイが
愛飲した
カクテル

ギリシャからの旅人と

ホセ・マルティ記念博物館

7.1123日(木)

キュ-バ市内散策。まず、宿からハバナ旧市街に入りアルマス広場、から、対岸のガバ-ニャ-要塞を見ながら、支倉 常長の像へ。

ホセマルティ記念博物館・カテドラル・旧国会議事堂再度革命広場へ

ヘミングウエイ愛用の席

ランチ風景

ホップ?洗浄?

国立宮殿

道を尋ねると通りがかりの人も協力して

展望台からビューナレス渓谷を望む

独立記念塔

月のピラミッド・死者の道沿いにある
   ジャガ-の絵

太陽の神殿頂上・神殿に上る人達

hホテル玄関

閑散としていたポカ・チカの海

ホテル周辺・屋台のある風景

聖なる泉を中心に栄えた
  チチェン・イツァ―

メキシコ市の歴史地区にある
        ホテル

ロス・トレス・ホホス(3つの湖)

ソ-ナコロニアル(旧市街)

トイレには体重チェックと
ベッドの奥には執筆に使ったタイプライタ-も

ビュ-ナレス渓谷巡り

自然乾燥中のタバコの葉

大盛りサンドイッチ

遺跡のある断崖から
  カリブの海の眺望!!

ホテルは古いが、ツア-デスクあり

クラッシクな外観のホテル

B&Bのご夫妻とふわふわオムレツ

夕方、ホテル近くのカテドラル周囲散策。昨日の日曜は人出も半端でなくにぎやか!しかし、今日は、嘘のように静かだった。地元の酔っ払い風の

人たちがまばらに数名だけなのに、周りの警官が半端でない数!、早々にホテルへ引き上げることにした。

運転手兼ガイドさんと

オランダからの旅人と

塔から街の眺望

段ボ-ル詰め作業

ホテルのスタッフ・
ベランダからラテンアメリカタワ-を望む

街の風景

地上遊歩道から眺める湖

ボ-ト下船後突如現れた湖のある風景

バスタブもある新しいホテル

英語グル-プメンバ-

頭蓋骨の城
  シォンパントリ

青い空!・白い砂!

13,1129日(水)キュ-バ1650発→カンクン1815着・・・・4泊・約7750    ホテル・Xbalammque

 朝食に行くと、昨夕、ギリシャからの一人旅の女性が20日間の休暇でこられていた。彼女は、キュ-バ-が大好きで何回か訪れている。

そして、日本も、北斎が好きでいつか旅したいと考えているという。
ギリシャではアパ-トメント5部屋所有しておられ、アテネからバスで3時間、

エーゲ海に近く風光明媚な所と、
PRされた。ギリシャは、私の初めての海外旅行で訪れた地で、なつかしくもあり話も弾んだ。

 午前中、支倉 常長像、再度海岸沿いを散策。

チェックアウト前に、ここでも、ハバナ→カンクンの便はリコンファ-ム必要とのことで、宿の主人、セルシオに電話お願いしたが、ここでも空会社からの応答

はなかった。その為、早めに
2時にチェックアウト予定を12時に変更し、
13時空港着。

 空港では、韓国から世界旅行中の一人旅の女性に話かけられた。日本には7回旅し、秀吉が好きで富士山にも登ったことがあるとのことだった。

しかし、日本からの観光客は誰一人見かけることはなかった。 

 キュ-バへの出入国はスム-スだった。ツ-リストカ-ドも所持しており、海外保険の提示を求められることもなく、又、出発前に、リコンファ-ムが

必要と航空会社からメ-ルあるも電話は通じず、今は不要なのかもしれない。

 
17
50分ホテル着 カンクンではシャトルバス・タクシ-の窓口が並んでおり40%ディスカウント表示のある窓口へ。料金は、片道680M$、往路は

40
%ディスカウントになり、カンクン⇔ホテル往復券1008M$支払う。
ホテルは玄関も暗く、WiFiはロビ-のみ。夕食はホテルの、中華のレストラン

に行くと客は二組のみ。どこか暗い雰囲気で、ビ-ルも置いていおらず味気ない食事となった。(
500M$)

水族館・イルカとのふれあい体験

12.1128日(火) ドミンゴ642発→パナマ819着・928発→ハバナ1210...1

               Cassa de Selgio Mriiam

 330分モ-ニングコ-ル。 4時、洞窟・灯台ツア-の時に依頼していたタクシ-運転手さんは、早朝にも関わらず待機してくれていた。

タクシ-は高速道路を走り、430空港着。(タクシ-40US$)

 空港のチェックインカウンタ-では、ハバナ1泊してカンクンに向かうというと、「1泊だけ?」と、訝しそうに、そして、ハバナ⇒カンクンの航空券提示を

求められ、更に、インタジェットにも問い合わせの電話を長々としていた。

 私たちは、ツ-リストカ-ドはお金を払えば簡単に手に入ると知っていたが、日本で2通取得していたので、キュ-バへの再入国は不安もなかった。

しかし、荷物チェックも男性、女性の列が違うことに気づかず、並びなおしたりして、結局、
Bカウンタ-に到着は6時前! 切手も貼り準備していた

絵葉書もポスト投函の時間さえないほど手間取った。

 900パナマ着・時差1時間あり。ゲ-トは7→9に変更有。パナマでも、再度、ツ-リストカ-ド所持しているか聞かれ、パスポ-トコントロ-ル

でもカ-ド提示を
求められた。

 1200ハバナ着 ハバナでは再入国にも関わらずスム-ズだった。キュ-バの宿は、前回と同じ、 Cassa de Selgio Mriiamだが、すぐ近くに

もう一軒アパ-トメント所有されており、そちらに変更されていたが、朝食は母屋から持参してくれた。

ギタ-演奏をバックに白身魚の揚げ物
   
ペスカ-ド・フリド美味!!

広場・レストランのまわりにはいつもギタ-の音色!!

 ※ブログ情報によれば、ツ-リストカ-ド:カナダの飛行機では入国カ-ドを無料で配っていた。また、カンクンには出入国カ-ドを置いてあるが、数が

少ないのかない時もある。アメリカ系の飛行機では
100$でツ-リストカ-ドは簡単に購入できる。東京の領事館に個人で申請に行くと2,400円。

 今回の旅は、個人旅行に行く時はどこでもいいから誘ってほしいと頼まれていた、Nさん、そして、LSCKさんに声をかけた所、「行きたい!」と

快諾され、結果、私達夫婦と
4人の旅と決まりました。


 しかし、9月、10月,メキシコに地震が発生。また、健康面での事情もあり最終的に旅行を決定したのは10月中旬過ぎのこと。日程や航空便は

ほぼ決めていたが、せっかく遠くまで行くのだからキュ-バだけでなく、何処か他の島へも行きたい!我が家からの強い要望もあり、急遽、ドミニカを追加

することにした。しかし、
 ドミニカへはカンクンからの直航便が見つからず、キュ-バから往復することにした。また、航空券をネット予約する段になって、

一度に
3航空路4人分の航空券を購入する段にミスもあり、結果、ドミニカからハバナ着後に
1泊しなければならず、又、その間に航空券も値上がり

今回の旅行費用の半分以上が航空運賃となってしまった。

 
 海外旅行保険加入はアメリカ系の保険会社は不可、また、保険に未加入の場合キュ-バは入国拒否されることの情報もあり、カ-ド-会社に

英文での保険加入証明書作成を依頼した。

-はじめに- 

 10年前、南米・アメリカ大陸を旅し、いつかはメキシコ・中南米の島々

へと夢を温めていました。

 キュ-バへは、カンクンからショ-ト旅行を扱う旅行社があると紹介されて

いたのでその方法も検討したが、個人旅行をした人のブログからツ-リスト

カ-ドの取り方や宿泊などの情報も得ることが出来、気候のよいとされる

11月頃の出発を念頭に計画を進めて行った。

見残していた怪獣?遺跡

延泊したホテルはクリスマスモ-ド、
再度メキシコの休日を楽しんだ

鍾乳洞入口

チチェン・イツア-から奥に進むと
  聖なる泉セノ-テへ

タクシ-は往復予約で、往路は40%ディスカウントと
        必死の売り込みに圧倒される!

6.1122日(水)タクシ-でキュ-バ市内と近郊へ

 朝食に行くと、今度は、オランダからの女性二人が、3週間のキュ-バ旅行の予定とのこと。マレ-シア・シンガポ-ルへは旅したことがあるが、日本は

まだなので、ぜひ行きたいと話される。

 10時~タクシ-でキュ-バ市内・近郊のツア-に。まず、ヘミングウエイの「老人と海」の舞台ともなった、コヒマル、そして、ヘミングウエイ博物館へ。

車駐車も大変なくらい,道路は狭く、近くまで観光バスも詰め掛けており、凄い混雑だった。あと、コヒマルに来るたびに、ヘミングウエイが立ち寄りラムの

カクテルを愛飲していたという、ラ・テラサで、私たちもヘミングウエイが好んだというジュ-スをいただいた。
後、モロ要塞・ガバニャ-要塞→革命広場で

ツア-終了、広場から街を散策しながら宿へ帰る。
夕食は船上のレストランでシ-フ-ド料理を頂く。

ホテルベランダ-からの眺望

ホテルベランダ-

名物・白身魚を揚げた
ベウカ-ド・フリド

11. 1127日(月)リゾ-ト ビ-チ ポカ・チカへ(バス代:往路60Dm$、復路70Dm$)

 ポカ・チカは、パルケ・エンリキ-ジョ公園近くにあるバスステ-ションから約30分。

1010発のバスに乗る為にホテルからバス停を探しながら歩いていると、数人の運転手がまるで客の取り合い? 呼び込みが激しく、バスを探す

苦労もなかった。車が発車してからも、客を取り合い?しながら乗せていく。更に、海岸沿いを歩く人にも呼び込みを続け、
1050分、ほぼ満員と

なる。その後も、道端で人を見つけると呼びこみ、結局、バスはポカ
.チカまでに1時間要したことになる。

 ドミニカも朝夕は涼しいがお昼すぎには、段々暑くなってくる。カリブ海の水に足をつけるとは気持ちよかった!往路のバスは,ポカ・チカ表示の2

のバスが停車しており、前の車が満員に見えたので、料金も
70Dm$と
同じで、後ろのバスに乗ろうとすると、また、客の取り合いとなり、結局、私た

ちは
2人づつ分乗することになった。
往路・復路ともバスの競争は激しかったが、復路は街中の、ホテル近くで降ろしてくれたので助かった。

洞窟入口

コロンブスの子孫が3代に渡り暮した

オサマの砦

赤いカ-ペット両サイドに
各国の展示品が並べられている

国策ドミニカ
日本人農業移住の碑

『ドミニカ日本人農業移住記念碑』は、2013年、日本・ドミニカ両国の国策移住と言う史実を記憶に留め、移住者の貢献を称え、建立された。

  「第二次世界大戦後、ブラジルを始め中南米諸国へ日本人の移住が行われた。ドミニカ共和国では、ハイチとの国境地帯の体制強化を目的と

した政策により、
1956 年から 1959 年にかけて土地を与えるという条件のも とに、 249 家族、1319 名の日本人がカリブ の農業に夢を抱き

渡った。  しかし、農業ができるような土地はなく、 募集要項で約束された土地を得ることもできず、 政変、干ばつなどで困窮するなど苦しい時期が

続き、日本への集団帰国、ブラジルやパラグアイへの再移住された家族もあり、ドミニカに残留したのは移住者全体の半数にも満たなかった。そんな

苦難の生活で 日本からの移住者は、米、野菜、コーヒー、胡椒、タバコ栽培など現地に合った農 業技術の開発に努め、現在は商業、製造業、

自動車修理 業等にも活路を求め活躍している。

アルカサル~オサマ川の眺望

B&Bでの出会い

革 命 広 場

クラシックカ-並ぶ

旧国会議事堂

支倉常長の像

ガバ-ニャ要塞は学生さん達でいっぱい!

ヘミングウエイ博物館

インディヘナ洞窟巡り

ラム酒工場見学

混雑する売店

ラベル貼り

葉巻タバコ実演中

沿道で草を食む牛たち

国立宮殿・宮殿の壁画

3か月後は収穫期、どのくらいまで伸びる?

近代的なハバナ空港

キュ-バ行き
チェックインカウンタ-

宮殿周囲のパフォ-マンンス

宮殿傍にある
メトロポリタンカテドラル

食事美味も量多い!!

ソナ・ロッサ地区を歩く

6時過ぎ、北バスタ-ミナルまで帰り、タクシ-乗り場で順番待ちして革命記念塔へ。

夕食は、1956年に建てられた41階にあるレストランを予定していたので、塔からビルの方向を確認する。

 しかし、地上に降りると方向がつかめず、店員さんに尋ね教えてもらうが反対方向に歩いていたことが判明。流しのタクシ-を頼むのもためらわれ、

近くのシェラトンホテルが目についたのでタクシ-を頼み、ようやく、
41Fのレストランへ。 高層階からの眺望は素晴らしかった。しかし、食事は随分

待たされた上に値段は高く、前日食べた庶民的な食堂が懐かしくさえ思われた。

 翌日は、早朝発のカンクンへの航空券が予約できなかった為、深夜便でメキシコシティ→カンク-ンキュ-バに向かうこととなり慌ただしかった。

また、日本出発前に、カンクン→キュ-バへの飛行機はリコンファ-ム必要と航空会社よりメ-ルがあった。その為、夕方、ホテルフロントでリコンファ-

ムの電話を依頼する。

 しかし、受付のホテルマンが何回も電話かけてくれたがなかなか繋がらず、やっと、通じたと思うと電話窓口では怪訝な様子らしく、途中、電話を替わ

るも、結局、リコンファ-ムが本当に必要だったのかどうか不明。

しかし、ホテルマンは電話代を払おうとすると、「ノ-プロブラム」ととても親切だった。

ケツアコルトの神殿

太陽の神殿をバックに

  月のピラミッドから
死者の道・太陽の神殿を見渡す

211月18日(土)メキシコシティから50Kmテオティワカン遺跡へ (所要約1時間)

 (バス往復:100M$・入場料;80M$(約500円))

 テオティワカンは、紀元前2世紀頃建造されたメキシコ最大の宗教都市国家。巨大なピラミッド都市である。

 8時、まず、ホテルに依頼していたタクシ-(170M$・約1,200円)で北方面バスタ-ミナルへ

バスタ-ミナルは近代的建物でとても広く、身動きできないくらい程混雑していた。どこのチケット窓口にも列をなして並んでいる。奥の方の、1番の

窓口でチケット購入するよう教えてもらうが、どの列に並ぶのか分からないほどごった返していた。その為、最後列らしきところで2人づつ分かれ並んで

いると、一人の婦人が人をかきわけ近づいてきて、「ここは違う。あちらの窓口へ」と、私達がテオティワカンへ行くと思われたらしく親切に教えてくれた。

 しかし、そのチケット売り場も大混雑! どの列に並ぶのさえ分からず、比較的空いていた隣の窓口で尋ねると、「ここだ!」 と教えてくれ、即、

購入できた。 はじめから列に並ぶ必要はなかったらしい。
路線バスは乗り降りも頻繁にあり、途中ですぐに満員になった。 845分発→10時 

Puerta1
入口到着。
15時までテオティワカン遺跡で過ごす。

 朝方は、少し、ひんやりしていたが、日差しも強くなるにつれ、遺跡内では勿論日陰はなく歩くほどに暑さも増す中、ケツアルコトアルから太陽の

ピラミッド、月のピラミッドへと歩き進んで行った。

 高さ65mの巨大な、太陽のピラミッドへは急な階段を上って行く。遠くから眺めていると、階段、頂上にも人がいっぱい!! 時間はたっぷりある

ので少し時間をずらして上ろうとしたが、階段入り口では人数制限しており、長蛇の列で、登り始めるのにもかなり時間を要した。

11月も終わり近く、木陰もなく、たまにアイスキャ-ディを食べている人もいたが、その売り場も見つからず羨ましく見つめていただけだった。

タ-ンテ-ブル変更を
声かけ教えてくれたエクアドルの旅人

ジャガ-の神殿