菅原 淳 特別寄稿 3

「与圧服」  (高上がり)

筆者 立川航空医学実験隊のチャンバーにて

戦闘機パイロットが高高度を飛行する場合は、与圧服を着用する。

これは規則で定められているからということでばかりではない。

高高度をプレッシャー・スーツなしで飛行するのは、自らの命を棄てに行くようなものだから、規則がなくても着用せざるを得ないのである。

当時、F-104Jは、45、000FT以上の高度を飛行する場合は、与圧服を着用することとなっていた。

 私がF-104へ機種転換をしたのは昭和37年であったが、機種転換教育を開始する前に、与圧服着用の訓練を、航空医学実験隊で受ける。超高高度・超低圧を、実際の空で体験するのは極めて危険であるから、シミュレートしたチャンバーでこれを体験するのである。

そこでは、高度60、000FTまで上昇して超低圧を体験する。

 この与圧服という代物は完全な密閉式で、服は表と裏地の間に与圧空気を流し込むように出来ている。

気圧が極端に低くなると身体が膨張するから、与圧された空気で膨張を抑えて身体の機能低下、或いは死亡を防止する働きをする、極めて重要な装具である。

これを着用して実際に上昇していくと、与圧されたコックピット高度が高くなるにしたがって、与圧服へ与圧空気が自動的に入って来て身体を締め付ける。

ヘルメットは、アポロのパイロット達が使用していたものと概ね同じである。

ヘルメットと与圧服は、首のところにあるリング状のレールで連結する。このレールには、ボール・ベアリングがついていて、首を左右に廻すことが出来るようになっている。ただし、首を上下に動かす機能がないので上や下を見るのに苦労する。

このヘルメットには、与圧された100%の酸素が地上にいる時から注入される仕組みになっている。

与圧服を着用して飛行するのは、冬季に着用する耐水服を着用するよりもさらに苦しい。タイダン・ケーブルというワイヤーが首の前後に一本ずつついていて、このワイヤーの他の先端が与圧圧服の腰の部分に固定されている。

タイダン・ケーブルは、与圧服が膨らむことを予測して事前に締め付けておくのだが、これがたまらない。

なにしろワイヤーでカチッとシートに縛り付けたような状態だから、身体の動きが極端に不自由なだけでなく、肩凝りまで起きてしまう始末だ。

又、通気性が余り良くないので、FLTを終わると絞れるほど下着が汗で濡れてしまうし、体重は確実に1Kgは減ってしまう。

話は変わるが、私はこの七面倒くさくて窮屈な与圧服を着用して、F-104Jがどこまで上昇できるかを試してみたことがある。

まず、45、000FTまで上昇する。ここからアフター・バーナーを一杯にいれて、やや浅い降下姿勢で加速する。マッハ1、4に達したら徐々に上昇する。

45、000FTで水平飛行に移りマッハ2.2まで加速した。2,2に達したことを確認してステッキを後方に引いて上昇角を45度にする。

翼を水平に保ちながら45度の上昇角度を維持する。急激に高度が増えていく。

50、000FTから60、000FTを通過する。65、000FTを過ぎるころ、ここでアフター・バーナーがひとりでに切れた。スロットルを戻す。

70、000FTを過ぎる頃から上昇角が浅くなってくる。75、000FTあたりで機首が水平に近くなって来る。

78、000FTで完全に上昇が止まってしまい、機首が水平線を切って下がり始める。

ステッキを動かしても何の変化もない。つまり、舵が全く効かない状態になったのである。

ステッキから手を離して自由落下に任せる。エンジンの温度が制限を越えて高くなってくる。エンジンの爆発を防ぐためにスロットルを絞る。

このとき、回らない首を廻して周囲を見ると、空の色が薄紫にみえる。地球が丸くは見えないが、成層圏以下の高度を飛行しているときの空の色とは確実に違っていた。

ガガ―リンが「地球は青かった」といったそうだが、彼が飛行した高度に比べれば随分と低い高度なのにもかかわらず、普段の空の色とは違い、神秘的でさえあった。

手を離した状態で70、000FTを過ぎた頃から舵が少しずつ効きだし、60、000FTでは完全に元へもどった。45、000FTに来ると、いつものFLTと何ら変わるところはなかった。

私のパイロット生活における高度記録は、このときの78、000FTである。

速度は、F4EJで記録したマッハ2,4が最高である。

F104の世界記録は9万数千FTだったから、私の記録は高度や速度ともにたいした事はないのだが、私としては満足であり宝物だと思っている。

このFLTは、チップ・タンクを外したクリーンの形態で行った。

F104は、エンジンの空気取り入れ口の温度が100℃になるか、マッハ2,0になるか、いずれかに達した時は加速を止めなければならないと定められていたのだが、たまたまあのときはマッハ2,0で100℃にならず、2,2で100℃になった。これを利用したからことのほか上昇出来たのだと思う。しかしこれはマニュアル違反である。

以上は、これからの話には全く関係がない。

与圧服はこのように、超高高度飛行にはなくてはならない大切なものであったが、対領空侵犯措置のために待機するF-104Jは、超高高度における行動がいつでもあるわけではないので着用していなかった。

ある歳の大晦日を明日に控えた12月30日、私は深夜のアラート5分待機についていた。

「世間では、年末休暇で一杯やっているころだな」

とかなんとか言っているときにスクランブルが下令された。

手順に従って発進し、GCIの誘導を受けながら上昇を続けた。

我々の相手は、日本海を南西に進み、対馬海峡上空を通過した後、東シナ海を南下しつつある目標だという。相手は、20、000FTから徐々に上昇し始め、現在は高度30、000FT付近をなおも上昇中だと言う。速度は亜音速であるがこの上昇率は通常のものとは違う。つまり、速度が割には上昇の度合いが大きいというのである。

九州の中央山脈を北西に上昇を続ける。

見渡すと、細くなった月がうすくたなびく雲の上にあって、なんだかスクランブルの最中にありながら、幻想的な感じさえ受ける大晦日に近い夜だった。

この分だと気象の障害はないから要撃はうまく行きそうだな、と思いながら目標へ近づいていく。

相手の目標は依然として上昇を続けており、45、000FTを通過し今は50.000FTへ近づきつつあるという。

要撃の環境は申し分ないのだが、これ以上の高度へ上昇されると、我々の装備では対処できなくなる可能性がでてきた。我々は与圧服を着用していないから、45、000FT以上には上昇することが出来ない。

レーダーで探知できる最大の高度差は大体20、000FTぐらいである。つまり、与圧服なしでの最高高度45、000FTで捜索した場合、探知可能な相手の高度は65、000FTぐらいまでで、それ以上に上昇されるとレーダーでも発見できなくなってしまうおそれがある。

相対距離が45マイルほどになったとき、GCI

Go Gate mach 1.6」と、指令してきた。

「アフター・バーナーを入れて、マッハ1、6まで加速せよ」というのである。続けて

Boggy still climbing, passing through Angel 60」と、通報してきた。

「目標はさらに上昇を続け、60、000FTを通過している」というのである。

GCIが、相手の速度が亜音速なのにもかかわらず我々にマッハ1,6を要求したのは、マッハ1,6からヅーム・アップして、一気に相手高度まで上昇させようとしているに違いない。

Zoom-up Interceptionか」と、GCIに確認すると

「その通り。マッハ1,6になったら、報告せよ」と、GCIはいう。

冗談ではない。我々は、言ってみれば平服で飛行しているのだ。与圧服なしで45、000FT以上の高度へ上昇する訳にはいかない。

重要な任務だから、場合によってはそれ以上の高度へ上昇しないわけでもない。心配なのは、そのときに何かの理由でコックピットの与圧が抜けてしまったなら、身体がパンパンに膨れるばかりでなく、酸素の供給が不足してしまう。悪くすると血管が破裂して人生一巻の終わりとなりかねない。

GCIの連中は、我々が与圧服を着用していないのを知っているのだろうか。

それともこの状況から見て、我々の一巻の終わりなど取るに足りない些細なことなのだと考えているのだろうか。

つまり、我々の命を犠牲にしてまでも、この目標を確認しなければならないほどこの目標は重要なのだろうか。確かに我々は、

「身の危険も顧みず、任務にまい進する」

ことを国家に誓っている。やれといわれればやらないことはない。

加速しながらGCIへ言ってやった。

We have no pressure suit. We need pressure suit for above angel 45. Are you continue this mission ?」と。

GCIは、

Stand by」と返してよこした。

「チョッと待て」とはなんだ。

ややあってGCIは、

Go buster. Maintain angel 45」といってきた。

多分この要撃指令官(司令官ではない)は、誘導に真剣になり過ぎたあまり45、000FT以上の高度で、与圧服が必要であるということを忘れていたに違いない。

我々が

「それでも任務を続けてやるのか」

と聞いたとき、彼はハタと気が付いたに違いない。

GCIのいうとおりにアフター・バーナーを切って亜音速にした。

45、000FTでは対気速度が少ないので飛びにくい。高度を38、000FTまで降ろして接敵を続け、20マイルまで近づいた。

作図上は相手の後下方に位置していることになるのだが、70、000FTを飛行している相手との高度差が30、000FT以上もあるのでは、レーダーで目標を捕まえることは出来ない。

レーダーのアンテナも、これ以上うえを向くことは出来ないことを示している。

月の明かりがあるとはいえ、この高度差では目視でも発見することは出来なかった。

相対距離20マイル、高度差30、000FTを維持しながら、約100マイルの距離を追尾したのだが、相手を捕捉することは出来なかった。

「脅威がなくなったので帰投せよ」と、GCIがいう。

直ちに飛行場へ向けて帰った。

着陸してスタンバイ・ルームへ入ったら、さっきの要撃指令官の電話が待っていた。

「さきほどのミッションでは、要撃を成功させることに夢中になり過ぎて、与圧服のことを全く忘れてしまいました。まことに申しわけありませんでした。以後、十分に注意いたしますからご勘弁をたまわりたい」

この馬鹿者に思いっきり悪態をついてやろうと思っていたのに、この電話による先制攻撃で私の勢は失速してしまった。

「まあ、分かっていれば宜しい。これからこのようなことの無いようにしようよ」と、なってしまった。

続けてのブリーフィングで、相手は某共産主義国の高高度偵察機であったことがわかった。

米国にはU-2とかSR-71などという高高度偵察機があるが、これらの航空機も、本事例の相手機とおなじ任務をしているようであるから、逆の要撃を受けている可能性も低くない。


わが国でも、大型災害などで被害状況の写真偵察などを行って知られている、RF-4という偵察機を運用している。この偵察機は、高高度偵察よりも、低高度の偵察に向いているようである。

低高度偵察にも、心しなければならないことがある。有事にこれをおこなったならば、必ず地上から対空火砲の攻撃をうける。これをいかに防ぐかが偵察部隊の課題でもあると思う。

ずっと昔であるが、米空軍の偵察機RF101が三沢にいたころ、主翼に穴が空いていたのでパイロットに聞いてみた

「この穴は何かね」と。

「スターリンの屁をくらったのさ」と、笑っていた。

要撃する方も真剣なら、偵察する方も命がけなのである。

以上、与圧服の紹介を兼ねて経験を述べた。

何事も、事前の準備とそれらを周知・徹底させることが大切だ。

さらに、事にあたっては「イノシシ武者」になることなく、状況によっては任務を中止する勇気をもつことの重要さを銘記すべきである。


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