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大菩薩峠
大菩薩峠紀行(14);小説・大菩薩峠

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 大菩薩峠・紀行(14) 「小説・大菩薩峠」 .



 
 本・「大菩薩峠」


そして、大菩薩峠といえば中里介山の長編時代小説・「大菩薩峠」が有名である。
小説「大菩薩峠」は世界最長を目指し、江戸期の幕末を舞台に書かれた時代小説で、中里介山が大正2年から昭和16年までの約30年にわたり数種の新聞に連載され、昭和19年4月28日の作者の死によって未完の長編小説の傑作巨篇と言われている。


幕末が舞台で、虚無にとりつかれた剣士・机竜之助を主人公とし、甲州・大菩薩峠に始まる彼の旅の遍歴と周囲の人々の様々な生き様を描く。
連載は約30年にわたり、話は幕末から明治に入らずに架空の世界へと迷い込み、作者の死とともに未完に終わったとされる。
世界最長を目指して執筆された時代小説で、作者自身は「大乗小説」と呼び、仏教思想に基づいて人間の業を描こうとした。

因みに、現在の世界最長小説はヘンリー・ダーガー作の『非現実の王国で』だそうで、最長時代小説は山岡荘八作の『徳川家康』(小生、若年のころ読破済み)である


小説『大菩薩峠』は、武州、甲州に跨る大菩薩峠のことを以下のような書き出しで始まる。

『 大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐の国東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ、上下八里に跨がる難所がそれです。 標高六千四百尺、昔、貴き聖(ひじり)が、この嶺の頂きに立って、東に落つる水も清かれ、西に落つる水も清かれと祈って、菩薩の像を埋めて置いた。 それから東に落つる水は多摩川となり、西に流るるは笛吹川となり、いづれも流れの末永く人を湿ほし田を実らすと申し伝えられてあります。 江戸を出て、武州八王子の宿から小仏、笹子の険を越えて甲府へ出る、それがいわゆる甲州街道で、一方に新宿の追分を右にとって往くこと十三里、武州青梅の宿へ出て、それから山の中を甲斐の石和へ出る、これがいわゆる甲斐裏街道、(旧青梅街道)であります。 青梅から十六里、その甲州裏街道第一の難所たる大菩薩峠は、記録によれば、古代に日本武尊、中世に日蓮上人の遊跡(ゆうせき)があり、下って慶応の頃、海老蔵、小団次などの役者が甲府へ乗り込む時、本街道の郡内あたりは人気が悪く、ゆすられることを怖れてワザワザこの峠へ廻ったということです。
人気の険悪は山道の険悪よりなお悪いと見える。それで人の上り煩う所は春もまた上り煩うと見え、峠の上は今新緑の中に桜の花が真盛りです。 』

と介山は、大菩薩峠のことを概略、以上の如く書き出しで説明している。


そして、その後の物語の概略文言は以下のように始まっている。

『 時は幕末(安政5年)、その大菩薩峠で一人の老巡礼が武士・机竜之助に問答無用の不意打ちで斬殺される。 老巡礼の孫娘お松は、通りがかった盗賊裏宿の七兵衛に助けられ、養育される。竜之助は、峠のふもとの武州沢井村の沢井道場の若師範であった。甲源一刀流の師範宇津木文之丞は御岳神社の奉納試合で竜之助と立ち会うことになっていたが、その内縁の妻お浜は妹と偽って竜之助を訪ね、試合に負けてくれと懇願する。竜之助は拒絶し・・・、 』 と始まる。


小説の主人公である机龍之介が、何故に人里はなれた標高2000m近い山奥を歩かなければならなかったのか・・?、
江戸期に甲州街道が開かれてからも、実際、多くの人々はこの大菩薩峠を越えていたのである。
ここは別名・甲州裏街道といわれ、人物往来の副幹線道路だったのであり、従って、そこを机龍之介や旅人が歩いていても不自然ではないのである。


尚、小説・大菩薩峠の主人公・机龍之助のモデルは「北一輝」だという説がある。
中里介山は、北一輝(戦前の日本の思想家・社会運動家。中国の革命運動に参加し中国人革命家との交わりを深めるなかで、中国風の名前「北一輝」を名乗るようになった。二・二六事件の理論的首謀者とされ、処刑された)が「二・二六事件」の首領として代々木原で処刑された直後に、「北一輝の判決を聞く」という詩を詠み感化されたというが・・?、
両人は並々ならぬ交流があったともいわれる。


介山は大菩薩登山道脇にたたずむ勝縁荘の傍らに「三界庵」という庵を建ててしばし逗留し、執筆したともいわれている。


次回、 「里介山









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