尾瀬紀行
残雪の尾瀬・燧ケ岳登行(10)

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尾瀬登行ルート
大清水⇒三平峠⇒尾瀬沼⇒沼尻⇒燧ケ岳⇒御池(泊)⇒裏燧林道(田代群; 御池田代、姫田代、上田代、ノメリ田代、横田代、西田代、天神田代、兎田代)⇒三条の滝⇒平滑の滝⇒赤田代⇒下田代(見晴十字路)⇒白砂峠⇒尾瀬沼⇒長蔵小屋(泊)⇒大清水

(昭和48年(1973年)5月3日〜5日)
(標題はブログにリンクします)


 尾瀬紀行(19)燧ケ岳 「ナデッ窪」  ,



 やや薄暗い「ナデッ窪」のルート



沼尻から周遊道と別れ、燧ヶ岳へまっすぐ北に延びる雪の木道を行く。
この木道が切れるとトド松の樹林帯に入る頃から段々と本格的な登りになってくる。 

体調のほうは先ず先ずの様に感じられる。
本来なら雪質は硬く締まっているのが望ましいが、陽が高くなるにつけて気温が上がっているようで、今は若干軟らかくなっているようだ。

上空は相変わらず薄曇りで、若干の薄日が見て取れ、上々の天候であろう。


真正面に「ナデッ窪」という、やや陰りのあるリートが現われた。 
正面頭上には頂上と見られる突尖部が見えていて、目標が定まって登りやすい感じではあるが果たして・・?


傾斜も徐々にきつくなってきて、ゴロ岩の急登が続く。
この道はナデッ窪道と呼ばれ、深田久弥氏の「日本百名山・燧岳」によると「雪崩の窪」(なでくぼ)の意味になると書いてある。  

尾瀬沼は、凡そ8000年前に柴安ーと俎板ーが生成した土石流によって沼尻川が堰き止められて誕生したことは先に記した。 
その時の土砂が流れた跡が「ナデッ窪」と呼ばれる凹地で、窪地の左右には大きな尾根が立ち上がっていて、確かに、厳冬期の積雪期にはこの谷に向かって落ちてきそうな気もする。  この地が、沼尻から燧ケ岳への登山道にもなっているのである。

夏季シーズンの頃は、谷筋に石ゴロゴロの登山道らしいが、今は完全に雪に埋もれてジグザグと上るようになっている。 
それにしても直線的には、斜度が平均45度位もあろうか、かなりの急斜面である。


気が付くと女性が二人が、程よいところで休憩をとっていた。 
驚いたことにこの両人はスラックスにズック履きであった。 

いやはや無謀というか、無知といおうか、此方の方がオーバーな身支度なので、いささか気が引けるほどである。


雪面には充分な踏み跡もあって、滑って滑落すような特に危険なことは無いようであるが、
やはり、安全無事を祈らずにはいられない。

小生の方は、十本爪のアイゼンに足元はロングスパッツ(登山用語では短靴用の足首・臑を保護する用具し、雪やほこりを除ける)を着け、ピッケルを手にしているので、完全氷雪地帯を歩く装備なのである。 

このコースから察すると確かにオーバーな身支度のような気もするが、安全には安全を加味するのが山家としとの常識でもある。 
ヤボな常識と笑わないで欲しい、身の装備は心の装備でもあるのだから。


女性たちに軽く挨拶を交わしながら・・、
「これから天辺まで行かれるのですか・・?」と尋ねたところ、

「否、この辺りで下ろうと思っています」ときた。 

やはり、そうだったのか・・!。


尾瀬ヶ原、尾瀬沼界隈の雪の散策に来たのだろうが、ここへ来て燧ケ岳の余りの美しさ、気高さに引かれて、吸い寄せられるようにここまで登ってきてしまったのであろう。

小生の当てずっぽうな予想は外れてしまって、このことはこれで良かったし、彼女たちの気持ちも少しは理解できるのである。

そして、
「下りは登りより滑りやすいので、気をつけて降りてくださいよ」

「ありがとうございます、そちらさんも気をつけて」


次回、「ナデッ窪ルート




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 尾瀬紀行(20)燧ケ岳 「雪崩っ窪」   、



ひと息ついて振り返ると、尾瀬沼とその奥の日光連山が、まるで墨絵のように美しく見えていた。 
ただ、当初思っていた尾瀬ヶ原方面は今のところ谷間の道筋なので、遮られて全く展望は利かない。 足元正面はナデック窪という沢筋になっているのである。

前述したが、ナデッ窪とは「雪崩っ窪」が訛って付けられたもので、当然ながら冬場には多くの雪崩が発生するところでもある。


当初、樹林帯の中で倒木も結構あり、結構歩きにくい感じであったが、さすがにこのあたりまで来ると、雪崩の巣でもあるので大きな樹木があまり見掛けなくなっている。

このコースは、直線的急登のコースでもあるので、歩くには相当なアルバイトも要求され、息も切れるが、最も短時間で山頂に到着できる利点もある。 
どちらかと言えば、足に自信のある健脚向きのコースで人気があるようだ。

ステップ・バイ・ステップそしてキックステップを繰り返しながら徐々に高度を増す。 
更に、勾配のほうも段々ときつくなる。

昨年夏、白馬大雪渓の登路を思い出させる。
スケールは問題にならないが、この勾配は勝るとも、劣らないであろう・・!。

概ね山登りはそうであるが、円錐状の競り上がっている、所謂、富士形の山は上部程、勾配が急になっているのが普通である。


変化の無い単調な登りが続く。
薄日に照らされている雪面は、時間の経過と共に気温も上がり、軟らかくなりつつあるようだ。 
足元のアイゼンが時折、ズルッと滑る。 


見上げると「赤ナグレ岳」の大きなコブが見て取れる。 
そこまでは遥かに遠く感じられるし、又、見ようによっては直ぐそこいらのような気もする。
この感覚は、体調の様子を反映、映し出しているのかもしれない。

しからば、現在のおかれている身体状況はどうなのであろうか・・?、妙な感覚に自分自身を客観視しているところが面白い。


車中では殆ど寝ていない。 
沼田からのバスでもマドロンだくらいで、ともかく昨夜は不眠・無睡の状態には違いなかった。 
三平峠を越えたあたりで気の重みを感じたときもあったようだが、不調といえる程ではなかった。 
そして、長蔵小屋の休憩所で10数分の仮眠・・否、熟睡をとった後は曇りがちな頭もスッキリとし、今でも何とか其の調子を維持しているようであるが・・?。
脚のほうも一歩一歩、確かな歩みを保っているようである。

次回、「胸突き八丁




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