尾瀬紀行
残雪の尾瀬・燧ケ岳登行(23)

  目次)          山行記録   旅と山旅   関東百名山   日本百名山 

【本文関連情報



(標題はブログにリンクします)


 尾瀬紀行(45)尾瀬ヶ原 「”滝”名称の逸話」  .



「三条、平滑の滝」の名称について・・、


元より「」の単一語の意味では、「細長いすじ」、「すじみち」とのことで、水量が減ってくると三筋に分かれることから、その名前がついたとされている。
平滑の滝も字のごとく、ほぼ平らな面を滑るように落ちてゆくことから付けられたのであろう。


他に、「三条、平滑の滝」の名前の由来について、面白い珍談挿話があるので紹介しておこう。

奥只見の湯の谷村の銀山平には「尾瀬三郎」の像が立っていることは先に記したが、この三郎が尾瀬からの道中に、二つの素晴らしい滝があることを見つけ村人に話して聞かせる。
一つは落差が三十条もある雄大な滝で、もう一つは滝の形状が平で滑るように流れる滝であるということを。

ここで、若者が付けたのか或いは村人が付けたのか定かでないが、三十条もの落差のある滝を三条宮に掛けて「三条滝」、滑るように流れる平な滝を平清盛に掛けて『 平清盛が滑り落ちる滝 』即ち、「平滑滝」と呼ぶようになったという。
三郎が京を懐かしみ、平家に恨みを抱いてのことであった。



尾瀬三郎」は、元々の名を「藤原頼国」(尾瀬大納言藤原頼国)と称していて、京の後白河天皇の第三皇子:「以仁王」(もちひとおう)の従者臣下であった。 
以仁王は京都の三条高倉に居を構えていたことから「三条宮」、「高倉宮」とも称されていた。


平安時代末期、以仁王は平家(平清盛)の横暴にたまりかねて源頼政と合議の上、平家打倒を企てる。 
しかし、その企ては早々に発覚し、平等院で平家の大軍に囲まれ、源氏の総大将・源頼政は自刃、以仁王は宇治平等院からの脱出するが、平家の追手に捕縛され首を討ち取られる。

しかし、実際に打たれたのは代わりの者、影武者であったという伝説が伝わっている。
実は、討ち取られたのは別人で、以仁王は越後の小国郷、源頼之の領(旧小国町、現在は長岡市)に向け逃亡したとされる。

一行は上州・沼田にたどり着き、そこから尾瀬に入り越後へむかった。
尾瀬に到って新たな道を探すべく以仁王を残し、一人の若者を越後への探索に出させる。
その若者は漸く薮神庄(湯之谷村薮神)に辿りつき、この時、若者は尾瀬の様子と急峻な只見川の二つの滝のことを村人に話すのである。

その後、若者は再び以仁王の待つ尾瀬に戻るが以仁王の一行は所在不明のなり、苦難の末に尾瀬にたどり着いた若者は、燧ヶ岳山麓の岩窟を住処として都への帰還を夢見ながら志ならず尾瀬で果てたという。
村人は、何時しかこの若者を「尾瀬の三郎」と呼ぶようになり、この地はいつしか「尾瀬」とったという。

(以上はあくまでも定説ではなく、伝説、伝承の類である)


次回、「温泉小屋




【本文関連情報





 尾瀬紀行(46)尾瀬ヶ原 「温泉小屋」  ,



さて、この後、尾瀬ヶ原の一角である温泉小屋、赤田代に向うのである。
平滑ノ滝展望台からは早速、急な木製階段を上ることになる。 
次に、大きな岩の間を抜けるような道に変わる。

相変わらず、雪道とはいえ木の根が所々で張り出しており、つまずかないように気を付けながら歩く。 
後は赤田代に向かって次第に上ってゆく。

これから先は、穏やかなブナを主体とした広葉樹の森となり、道も大きな起伏もなく歩きやすい木道になっている。


凡そ20分、約1km、よう様にして尾瀬ケ原の赤田代地区に出た。 
林から抜けるといきなり小屋が現われた。 
山小屋は尾瀬でもめずらしい温泉に浸かれる元湯山荘や温泉小屋が並ぶ。
しかし、両小屋共冬季の休業のままで、周囲は閑散としていた。


この辺りは未だ60〜70センチの積雪があり、特に、小屋の北側は屋根からの落雪もあって、小山のように大量の雪が積もり上がっている。

温泉小屋の従業員らしい人が二人いて、小屋の様子の見回りか下見に来ていたらしい。
小屋の外には見晴らしのいいベンチ休憩所らしいのが既に開かれていて、ザックを下ろして久しく大休止をとる。

お昼に近い時間帯でもあり、周辺の雪を溶かし込んで水を作り、持参してきたインスタント・ラーメンと菓子パンを食す。 
御池ロッジより購入して、はるばる運んできたビールが火照った身体にしみこむ。
喉も身体も久しぶりに人心地がついた。 



気が付くと左足の関節痛もたいしたことは無さそうで一安心である。
小屋の人に何気なく話しかけてみた・・、

「こんちわ、小屋の下見ですか・・?」

「まあ、そんなところだわ。 何処を回って来なすった」

「昨日、大清水から燧を越えて、今日は御池より裏燧を回って来ました。 ところで、今年の雪はどうですか・・?」

「おお、それは難儀だったね。 雪はいつものとおり、平年並みやろ。 これから一気に溶け出すでね」

「はあ、小屋が開くのは何時頃からですか・・?。」

「何時ものことで、20日(5月)過ぎになるじゃろうかね」


次回、 「尾瀬ヶ原の温泉




【本文関連情報






  目次)            山行記録   旅と山旅   関東百名山   日本百名山 
【旅のリンク集】
旅の紀行・記録集
山の紀行・記録集 山のエッセイ
「旅行リスト」
日本周遊紀行「東日本編」
日本周遊紀行「西日本編」
日本周遊紀行 (別URLです)

【日本の世界遺産紀行】 
北海道・知床  
白神山地 
紀伊山地の霊場と参詣道 
安芸の宮島・厳島神社  
石見銀山遺跡とその文化的景観 

ハワイ旅行2007
九州旅行2008
東北紀行2010
沖縄旅行2008
北海道道北旅行
北海道旅行2005
南紀旅行2002

古都鎌倉紀行
「山行リスト」 

立山、剣(天の記)(1971年)
白馬連峰登頂記(2004・8月)
北ア・槍−穂高(1968年)
上高地・明神(2008年)
南ア・北岳(1969年)
八ヶ岳(1966年)
八ヶ岳越年登山(1969年)
谷川岳(1967年)
尾瀬紀行(1973年)
丹沢山(1969年)
西丹沢・大室山(1969年)
西丹沢・檜洞丸(1970年)
丹沢、山迷記(1970年)
奥秩父・金峰山(1972年)
「上高地雑感」
「上越国境・谷川岳」
「丹沢山塊」
「大菩薩峠」
 


スキーの記録  
「スキー履歴」