尾瀬紀行
残雪の尾瀬・燧ケ岳登行(25)

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尾瀬登行ルート
大清水⇒三平峠⇒尾瀬沼⇒沼尻⇒燧ケ岳⇒御池(泊)⇒裏燧林道(田代群; 御池田代、姫田代、上田代、ノメリ田代、横田代、西田代、天神田代、兎田代)⇒三条の滝⇒平滑の滝⇒赤田代⇒下田代(見晴十字路)⇒白砂峠⇒尾瀬沼⇒長蔵小屋(泊)⇒大清水

(昭和48年(1973年)5月3日〜5日)
(標題はブログにリンクします)


 尾瀬紀行(49)尾瀬ヶ原 「見晴十字路」  ,



 
 見晴(下田代)付近から景鶴山、与作岳方面

 
 見晴から、こちらは至仏山


 
 山小屋が並ぶ見晴十字路



赤田代から見晴へむかう道中は青空の天井、両脇に至仏山と燧ケ岳、見渡す限り白い雪、雪、雪の原、その名の通り見晴らしが満喫できるところである。


暫く進むと前方に、赤田代分岐(東電小屋分岐)と2ヶ所のベンチが見えてきた。
このまま進むと東電小屋に至るが、小生は無論、東電小屋方面に曲がらず直進して、平坦な道跡を進む。 


やがて踏み跡は見晴(下田代)に向かう段差に差し掛かる。
赤田代が尾瀬ヶ原の北端とすれば、この辺りは尾瀬ヶ原の東端部分でもあり、燧ケ岳の山裾、山麓でもある。 
従って、道は全くの平坦ではなく上下に変化をしていて、見晴らしのほうがやや、低めになっている。

白銀の原っぱの一角に、背丈の高い「三本のオオシラビソ」の常緑樹木が行儀よく並んでいて、目立った存在となっている。
尾瀬ヶ原の湿原内にはどちらかといえばシラカバ、ダケカンバなど木肌の白い落葉広葉樹が目立つ中、緑の常緑樹との兼ね合い、バランスが一つの風景を描き出している。
 

東電小屋分岐を左に曲がりながら下りて行き、更に先に進むと雪道は再び左から流れ落ちる小川を渡る。
ここまでくると見晴(下田代十字路)の山小屋群が大きく見えてきて、間もなく到着である。
ここが今まで巡り巡ってきた「燧裏林道」の終点にもあたる。


弥四郎小屋のすぐ横の名水:弥四郎の清水(別名:丈堀)に到着した。 
こんなに雪に埋もれていても、この清水だけはいつものように流れている。 

早速、神の水で喉を潤す。 
夏場は強烈に冷たいはずの清水であるが、季節柄、余り冷たさは感じられない。 
それにしても有難いことである。



尾瀬ヶ原の東の端に位置する下田代、通称・見晴十字路とか見晴銀座には弥四郎小屋をはじめ6軒の山小屋が集中している。 
山小屋がこんなに集中しているのは日本全国の野山でも、ここぐらいで非常に珍しい。

この地は原は勿論、周辺の見通しも良く、通路は赤田代、三条の滝をはじめ尾瀬沼、八木沢道を経て富士見峠、そして尾瀬ヶ原を縦断して中田代、上田代の尾瀬ヶ原の核心部から、鳩待峠へと分岐する。
所謂、この「見晴」の地は、十字交差点に当るのでその名が付いている。

因みに、原の中央・中田代には竜宮十字路という分岐路もある。
小生はこれから標識に従って尾瀬沼方面へと向かうのである。


次回、 「段小屋坂




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 尾瀬紀行(50)尾瀬ヶ原 「段小屋坂」    ,



 「見晴十字路」から段小屋坂へ向かうと直ぐに、燧ケ岳への分岐標識が雪に埋まっていた。



尾瀬沼方面は、尾瀬ヶ原を背にして見晴銀座を通り抜けるようになる。 

左に第二長蔵小屋、右に原の小屋を見て進むと、そこから尾瀬沼・燧ヶ岳に続く尾瀬ヶ原林道が延びている。
弥四郎小屋は既に開業しているらしいが、周囲の山小屋はいまだ閑散としていて雪に閉ざされているようである。 
銀座と名前が付いているように、シーズンともなるとハイカーの人々で大賑わいのところであろうが、今は開山前の五月の初旬、登山客も疎らで無料休憩所にも人気は無かった。


峠へ向かって歩き始めるとすぐにブナの巨木やシラビソやトウヒが囲む樹林帯に入り、眺望のない単調な山歩きになる。
やがて、前方左手に燧ヶ岳:柴安グラに続く見晴新道への分岐現れた。 

雪に埋もれた標識には、「 見晴・0.6、燧ケ岳・3.5、そして尾瀬沼・6.5km 」と記されている。 

待てよ・・? 、

尾瀬沼のどの辺りが6.5kmかは疑問であるが、地図を眺めても沼尻までは概ね3kmあたりなので、きっと長蔵小屋付近を指しているのであろう。 

チョット紛らわしい・・!。



燧ケ岳へのこのルートは、小生が昨日登った「ナデッ窪」ルートの西側に当たり、距離的には此方のほうがやや長く、登行時間も3時間はかかるであろう。
小生は当然ながら、右方向である尾瀬沼への進路を取る。

そばに立つ看板には、「燧ヶ岳への登山は午前8時までに」と書いてある。 
登山は早立早着が原則であるが、特に、この燧ケ岳山中には山小屋はおろか、避難所すらないので納得である。


暫くは、ゆるい登り坂であるが、次第に山様が変化してきたところで、そしてイヨドマリ沢を渡る。 

沢の水流のすぐ上を木道が架けられていて、大雨の時には濁流で木道が水の中に沈む時もあるらしい。
それでもイヨドマリ沢は、普段は穏やかな流れの清流であろうが、今は五月の融雪期とあって轟々と流れ落ちている。 

そして、すぐ右を流れる本流・「沼尻川」へと合流する。 
何でもこの沢は、急流で魚が登って来られなくなるので、魚止まり沢との呼び名であったらしいが、それが訛って付けられたそうだ。

左側の斜面の何箇所から湧き水・沢水が流れていて、休憩や給水するには都合の良いところでもあろう。 
この付近からの至仏山の展望には感激ものである。


イヨドマリ沢を過ぎると、コースは南向きの片斜面となる。
雪のないときは別に問題はないようだが、雪の急斜面を横切っていかなければならず、枝につかまりながらの一歩一歩足元を確かめて進む。 

以外と急斜面のところもあり、慎重に歩いていくため夏場よりもかなり時間がかかりそうである。
このルートは尾瀬ヶ原林道とも言うらしいが、通称、段小屋坂ルートと言われるところで、最高点の白砂峠を目指すのである。 
尾瀬沼までは概ね、1時間半の道中のようである。


昨日、今日と体力を使い果たしている身体には、この峠までの上りは最後の試練であり、相当に応えるところでもある。 
おまけに、奥へ入るに従って倒木や大石、大岩がゴロゴロ露出した悪路で、歩きにくいところでもある。


小さなアップダウンを繰り返しながら高度を上げて行き、やがて急な斜面を登るようになる。更に一旦、コースは下り気味になるが、再び、雪をかぶった岩だらけの急坂になる。

それにしても、尾瀬ヶ原と尾瀬沼の標高差(1660−1400=260m)には恨みを感じるほどである。


じっくり、じっくり、一歩一歩登って行くと、どうやら左手に白砂峠の看板が見えてきた。 最後の急な登りが終わると、このコースの最高点:白砂峠もすぐそこである。
白砂峠の標高は1,680mあり、出発点の見晴(標高:1,400m)からは280mを登ってきたことになる。


次回、 「白砂峠




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