このシーズンになると僕がプランして気のあった仲間で西多摩近辺の宿に一泊して忘年会をしていた。毎年連続していったのは「光明山荘」で、五日市の十里木にあるかつては釣り宿であったところで、秋川の断崖に立っていて「石焼き料理」が売りであった。

ここには「超音波ネオン風呂」というのがあって、なんてことはない、浴室の壁に三色に塗られた裸の三本の蛍光灯が取り付けてあってジェットバスになっているだけの物で、勿論温泉ではない。

増築増築で迷路のような安普請の建物ではあったが、大騒ぎできるのが取り柄だった。

「石焼き」は一抱えもある黒光りした玄武岩を七輪で乗せて豚肉やら野菜を焼くだけだが、付けダレも凝っていてなかなかだった。 一度だけ、スーパーでロース豚を買っていってこっそり持ち込み、追加分を浮かそうととしたことがある。 後で、馴染みの仲居さんにばれて「良く持ち込む人がいるけど、うまく焼けないでしょ!」と言われた。 その通りで、石に肉が皆こびりついてしまってうまく焼けなかった。 どうも、秘伝があるようだ。

その後全面改築してたいそう立派な作りになってからも、一回行ったことがある。

改装前は一人一泊二食で4,800円だったと記憶しているが、いまは一緒前の料金になっている。なんといっても、一応東京都である。

 金曜日に会社が終わってからすっ飛んで行くと、武蔵五日市の駅に送迎バスが来てくれて、7時半には宴会がスタート。そのまま一晩中騒ぎまくって、翌日は皆死んだように疲れて帰ってくるパターンで、毎年参加人数が増えて、幹事役の僕はアレンジが大変だった。

 

その年もみんなから「いつなの、今年は?」とリクエストがあり、翌週末に決めたが、光明山荘はちと飽きたので、違うところにしようと考えた。そういえば、夏に秋川渓谷に釣りに行ったときに、川沿いの茶屋に「網代温泉」なる看板があったのを思い出した。 そのとき、こんな所にも温泉があるんだ、と思ったのを記憶していた。

電話番号を調べて、電話をしてみた。

「もしもし、網代温泉ですか?」

「はい」 年配の男の人が出た。

「来週の金曜日空いていますか? 6人と女2人ですが」

「大丈夫だ」

「最寄りの駅は武蔵増子ですよね、7時ごろバスで迎えにきてくれますか?」

「うちはバスなんかねえよ」  なにやらぞんざいな言い方だ。でも、秋川で見た茶屋の看板では「送迎バスあり」って書いてあったはずだ。

「どうやって行けばいいんですか?」

「増子の駅からタクシーでくればいいだ。千円ぐれえだから」

なにやら、西多摩特有の方言を使う老人のようだ。

「そちらは温泉なんですか?」

「うん、うちは200年以上も続いた温泉宿で、東京じゃ一番歴史があるんだ」

「そうですか、いいですねえ、それで、おいくらですか?」

「晩飯は食うのかい?」

「ええ、忘年会をやりたいと思いまして」

「たいした物はねえよ。ひとり、5千円だ」

「では、7時半頃行きますので、よろしくお願いします。」といって電話を切った。

なんとなく、電話のやり取りからすると、民宿みたいな老人のやっている一軒宿のようだが、それも一興かと思い、翌日職場で皆に「今年は温泉旅館で宴会!」旨の回覧版をまわし、たいそうの期待のうちに当日が来た。

 

僕は青梅の自宅に戻ってから車を出して、皆は電車で増子の駅へ向かった。

二組に分かれてしまったので、3人を駅で拾ってから、スーパーで酒と肴をしこたま仕込んで現地へ向かった。後発組みはタクシーでくるだろう。

地図で調べながら五日市街道を横切って北上すると、人家もない雑木林の林道のような道になる。とても東京とはおもえないところだ。

細い道を進むと、突如煌煌と明かりが点いた立派な建物が出現した。

見ると「網代温泉旅館」とある。

なんだ、想像とはまるで違った素敵な旅館じゃないの。

車を広々とした駐車場に入れ、わいわいと荷物を持って玄関に進むと、両脇には松明のかがり火が炊いてあって、なかなかの雰囲気。

半てんを着た支配人らしき男性が揉み手をして、飛んで出てきた。

「いっらっしゃいませ」

「電話で予約をした戸澤ですが」

「どうぞどうぞ、お疲れさまでした、お荷物をお持ちします。 こちらで少々お休みください」といって立派なロビーのソファーに通される。

ややあって、「戸澤様ですか?ご予約を承っておりませんですが…・」

「は!? 、こちらは網代温泉ですよね?」

「え!? 網代温泉に行くのかい? うちは「網代温泉旅館」で、「網代温泉」じゃない。「網代温泉はこの道をずーっと上っていたところにあるよ」そして「まったくう…」とはき捨てるように小声で言って、突然ぞんざいな態度と表情にに豹変した。

「お客様の邪魔になるから、早く車を出してくんないかなあ!」なんてことまで言いよる。

「なんだ、なんだ、どうなってんだ」一同唖然とするが、我々が間違えたみたいだ。でも、何と紛らわしい。 しかしながら、確かにどう見てもこの旅館は一泊五千円で泊まれる風には見えない。

 

気を取りなおして、さらに山道を進むとますます山奥といった雰囲気になってきた。

すると道の右側に小さな立て札が立っていて、「網代温泉まで200m、ここ右折」と書いてある。

「え!、ここ入って行くの!?」 右折した道は車一台がやっと通れる道幅で、落葉樹林に取り囲まれた落ち葉で埋もれた未舗装路で、轍が深く、車が通った形跡が見えない上、おまけにかなりの急勾配である。

「でも、そう書いてあったし、一本道だものなあ」と皆でフロントガラスの先をじっと見てみたが、ライトビームが照らす先は真っ暗な森林が続いているだけで、人家らしきものは何も見えない。

50mも進んだところで、落ち葉で埋まった轍にタイヤが取られてスタックし、これ以上は進みようがなくなった。

しかたがないので、道脇のくぬぎ材が積んであるスペースに車を捨て、月明かりを頼りにみなで歩き始めた。

 異常なほどの落ち葉で埋まった道で、歩くにも往生する。それにしてもすごい上り坂で、呼吸が荒くなってくる。寒さを忘れてしまった。

突然、先頭を歩いていた中村克ちゃんが、立ち止まり、ヒエーと、素っ頓狂な声を出す。

「あれ、あれ、」と先方を指差す。

皆で前方を見ると真っ暗な上り坂の先に赤い光が2つ、3っつ、ゆらゆらと宙に揺れ動いている。

「ひ、ひとだま!!」と克チャンが叫ぶ。

「ちょっと季節外れではないかい?」と言うも、皆でじっと見る。

行ってみると、先行していた高野の4WD車が上り坂でスタックしていて、そのテールランプだった。

 高野の車をそこに放置してまたみんなで坂道を歩き始める。

やがて道の右側に落ち葉で埋まった石段があり、上方にボーッと明かりが一つだけ見えるが、人家の窓の明かりというものではない。

なにか街灯のように見えた。

石段を上がって行くと高台に大きな平屋の切妻屋根の一軒家が見えてきた。

暗くてよくは分からないが、茅葺きの大きな屋根を持ったかなり年代めいた建造物である。

石段を登り切った突き当たりに玄関らしき物があり、両脇の太い2本の柱に支えられた神社のような屋根があって、その天井から古めかしいランプシェードに薄暗い電灯がぶら下がっている。

家の中は明かりがついていなく真っ暗である。

 でも、玄関戸の脇には2mもあろうかという大きな杉板に「網代温泉」とかすれた墨文字が見える。

 一同顔を見合わせ、声が出ない。

「もし、もーし、ごめんくーださーい」皆でなんどかわめくと、「はいよ」と言って出てきたのは腰が相当に曲がった「子泣きじじい」。

       {注:こなきじじい:げげの鬼太郎に登場する意地悪なじいさん、

         砂かけばばとはペア}

「なんだい、遅いからもうきねえかと思っていたんだよ」と、こなきじじいがにこりともしないでのたまう。

   {注:きねえ:西多摩地方特有の言い回しで、「こねえ」を「きねえ」と言う}

こなきじじいの後ろから品の良いお婆さんが出てきてにこにこして、「どうぞどうぞお入りなさい」と言ってくれた。

そうこうしていると、後発のタクシー組みがやってきた。

智恵美ちゃんと直美ちゃんが大騒ぎして、興奮している。

「いやあ、もうどうなちゃうかと思ったよ。武蔵増子駅でタクシーにのってさ、網代温泉に行ってくれって言ったらさ、「え!網代温泉!?、ほんとにあんたら網代温泉に行くの?網代旅館じゃないの? ほんとに!?」ってしつっこく聞くんだよ。

「そうです」っていったらさ、怪訝そうな顔をするしね。 タクシーは「あと200m」という看板の前で「もう行けない」っていって帰えっちゃうしさあ、真っ暗で何んにも見えないし、いやあ、それにしても、すんごいところだねえ!」

などと早口で喋り捲る。

どうも、爺さん婆さん二人でやっている宿のようだが、それにしても、江戸時代にタイムスリップしてしまった錯覚に陥らせるような、なにからなにまでの作りである。

今夜は、といっても、いっつもそうではないのかと疑うが、客は我々だけである。

天井には黒光りした太い梁、囲炉裏、土間、広い縁側のある廊下、石造りの手洗いに竹細工の柄杓、柱と言う柱には古びた不気味な御札がべたべたと貼ってある。

爺さん婆さんは半地下の台所にいたらしく、明かりが外に漏れないようになっている。

その昔、一軒屋のため、山賊に押し込まれぬようにと、夜は地下にいて、明かりはすべて消す習慣のようだ。

 「ホンとかよ!ここは東京都でしょ!」と誰かが言う。

こなきじじいの説明によると、この家は200年前の江戸時代に建てられて、当時から温泉がでた湯治場だったとのこと。

今は、温泉と言っても、鉱泉ぐらいの温度しかないため、沸かしているそうだ。

あとで、高野君がお婆さんと話をして意外な事実が分かった。

どうも、誰も後を継ぐものがいなく、爺さん婆さんでお終いにするとのことらしいが、その孫娘が、何とうちの会社の三鷹工場に通っているとのこと。

そんな訳で、大歓迎ということであり、50畳もあろうかと思われる障子に囲まれた畳の部屋に通される。

でも、古びた石油ストーブ一台が暖房機であり、コートを着たままストーブをみなで囲んで座り込む。

お婆さんはとっても感じの良いひとであるが、足が悪いのか台所からは出てこない。

 こなき爺は相変わらずにこりともせず、部屋で皆でこの時代がかった建物の感想で盛り上がっていると、部屋にやってきて、

「飯食うのか? 食うんだったら、風呂にへえれ!!」という。

僕は風気味だったし、こんな寒々した部屋では風呂上がりで風邪がぶり返しそうだったから、

「いいです!」と言ったら、

「風呂にへえんねえやつには飯を食わせねえ!」ときたもんだ。

とりあえず、女性二人が先に風呂に入ることにして、順次皆お風呂をいただくことで、爺さんに了承してもらった。

男どもでいっぱい始めていると、二人が風呂から上がってきた。

またまた、何やら騒いでいる。

「なに?どうしたの?」と聞くと、

「まったく、あのこなき爺のやつ、びっくりしちゃった」と二人は怒っている。

「風呂は大きくてすばらしいんだけどね、石鹸も何もなくてね、持っていったやつを後でみんなが使うと思って、洗い場に置いておいたのよ。そしてね、二人で上がろうとして体を拭いていたらね、突然風呂場の窓ががらりと開いてね、あの爺が窓から入ってくるのよお。」

え!なに!?と思っていたらね、あの爺いったら、私たちの裸を見るでもなくよ、全く失礼しちゃうわ! せっかく置いておいた石鹸をひょいと掴むとね、またその窓から出ていっちゃったのよう。なーに、あれって?!」

男共は状況が見えず、

「…・・え?どういうこと?」と聞き返すのみ。

「だから、私らが置いてきた石鹸とシャンプーをあの爺さんが持ってちゃったのよ!!」

「だから、なんで?!」

「知らないわよ!」

と、ちんぷんかんぷんのやり取りがしばしあったが、男性軍も桧の風呂を楽しんだ。

爺さんが言うだけあって、なかなかの良い風呂であった。

しかし、石鹸はなかったので、漬かっただけである。

 

さて、皆風呂から上がったのを確認したのか、こなき爺が夕飯を運んできた。

古めかしいお膳を使っている。

メニューは山菜の佃煮と痩せこけた虹鱒の塩焼き、それも明るいうちに焼いたと思われるほど冷たく硬くなっていて、贅沢言うわけではないが、とても食える代物ではない。

  おそらくこんなことだろうと買い込んできた刺し身やおでんなどを広げる。キャンプのコッフェルとガスバーナでおでん屋を開業する。

一応子泣き爺に気を遣って、ビール数本を頼む。

今日は貸し切りだし、何やら面白い雰囲気で結構盛り上がってきているし、まあ幹事役としてはOKかなあと思ってきた。

 

と、石塚君が

「あれえ、俺のグラス見てよ、割れたところを貼り付けて修理してあるぜ」

という。

「どれどれえ、あ、ほんとだあ」

「あれ、僕のも貼り付けてあるよ」

「あら、私の茶碗も何個所も貼ってある!」

みなで全員の食器を調べると、なんと全ての皿や茶碗やグラスは割れたのを修理、接着剤で貼り付けをしてあるのに気がつく。

それにしても、ほぼ100%がそうだ。

一つの皿なんかはほぼ粉々になったものを修復してあり、まるで遺跡から発掘した土器の復元物のようだ。

「なんで、ここまでやるか?」

「なんぼなんでもすべての食器が割れるということは何でだろう?」

とか「よくここまで貼り付けたよなあ」

「あの子泣き爺のやりそうなこった」

「大体がどけちなんだろうなあ」

とか、まあ、盛り上がった。

 

とにかくこの不思議な宿では話題にことかかなかった。 柱に貼ってある書き物を読んでも歴史を読むようで面白い。

そんなこんなで夜がふけていった。

 

誰かが言い出した。

「俺達が寝付くと、あの爺さん婆さんは地下の厨房で出刃包丁を研いでいて、皆襲われるぞ、ほら、なんか、砥石の音が聞こえないか?」

「大体タクシーの運転手もいっていたが、ここに泊まるやつなんかめったにいないってさ」

女性の二人には梯子で部屋から上がった屋根裏部屋に布団が敷かれた。

今で言うロフトで、なかなか暖かく素敵な空間である。

僕はこういう空間は大好きで「いいじゃない」と言ったが、また、誰かが

「夜中に天井から何かがきっと下りてくる」とか、

「じっと梁の上に座り込んで見ているやつがいるぞ、夜中に枕元に…」

云々とか言い出して二人を脅かしたため、僕が一緒に川の字になって寝ることにした。

 

ずいぶん飲みまくって、例によって大騒ぎして、僕は直美ちゃんと智恵美ちゃんの間で大いびきを掻いて眠りに就いた。

 

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雑木林の向こうからざわざわと話し声が聞こえる。

 クヌギ林をかき分けて鎧兜の武者が3人現れた。

一人は弓矢が背中や胴に思い切り刺さっている。

もう一人は血まみれの手拭いで額に包帯をしている。

どこかの合戦から敗走してきたのだろうか。

 3人とも垢じみた真っ黒な顔で、一面髭づらだが目だけがぎらぎらと血走っている。

この網代温泉を探しているような話を三人でしている。

あの石段をがちゃがちゃと鎧を鳴らしてゆっくり上がってくる。

先頭の頑強な男が右手ですらりと大刀を抜き出した。

 

「おい! こ、こりゃやばいぞ!!」

自分の大声で、目が覚めた。

両脇で二人がすーすーと寝息を立てていた。

 

「完」

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 「あとがき」

この出来事はもう17年ぐらい前の話である。

あのあと、宴席でよくこの話で盛り上がったものだが、最近では誰も話をしなくなった。

忘年会の季節になって、思い出したため、記憶を頼りに書き留めたが、とてもあの老人ご夫婦のことが気になって、電話帳で調べてみた。

イエローページの旅館のページに「網代」と、ひとつだけ電話帳にある。

住所はあきる野市網代117とある。

他に網代温泉なる記載は見当たらない。思い切ってここに電話をしてみた。

「はい、割烹網代です」

元気の良い女性が電話口に出た。

「あのう、そちらは山の上の古いかやぶき屋根の網代温泉じゃあないですよね?」

「はあ? 違いますよ」

 やはり、あの間違って最初に入った網代旅館のようだ。

「あのう、昔お爺さんお婆さんでやっていた2百年前の建物の網代温泉宿は今どうなっているかご存知ですか?」

「ああ、あそこはもうとっくにやっていないと思いますよ」

「あの古い建物なんかは今はどうなっているんでしょうね?」

「いやあ、ちょっと、私はいったこともないし、知りませんねえ」

 

やっぱり、そうなんだ、と、なんだかすごくさみしい気持ちになった。

確かに、当時で子泣き爺は70歳半ばだったし…・・旅館はやめてもまだ健在を祈るばかりである。

しかしながら、あの建物は文化財に指定されてもいいぐらいの代物だし、今はどうなっているのだろう。 それとも、僕らは狸の宿に迷い込んだだけだったんだろうか。

 

 

幻の網代温泉