漢学者銘々伝 Index

home

 

   小松彰 (こまつ ただし) 1842-88

 

 

小松彰年譜
和暦 西暦 年齢 事項 典拠
天保13 1842 1 03. 松本藩の藩医松本惟貫・母松井氏の子に生まれる.彰太郎と称す. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
安政 5 1858 17 藩主松平(戸田)光則より江戸留学を命じられ、塩谷世弘(宕陰)・古賀増(まさる、謹一郎、謹堂)について学ぶ.長岡藩士河合秋義(継之助)を通して佐久間啓(ひらき、象山)の令名を聞き、のちに松本に帰り佐久間に師事. 辻碑文、訓話集
元治元 1864 23 03. 佐久間に随い上京. 07. 佐久間暗殺され、松本に帰る. 辻碑文、訓話集
慶応 2 1866 25 06-07. 第二次長州戦争.藩主松平光則の命により広島を視察. 辻碑文
明治元 1868 27 藩主松平光則より50石を賜る. 辻碑文
明治 2 1869 28 01.22 明治政府に召し出され、倉敷県判事を命じられる. 08.20 倉敷県判事を免じられる. 10.13 大学少丞. 11.22 従六位. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 3 1870 29 02.27 大学大丞. 03.18 従五位. 07.13 大学の閉鎖により大学大丞を免じられ、東京滞在を命じられる. 12.13 太政官大史. 12.19 久美浜県権知事兼生野兼権知事. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 4 1871 30 11.02 久美浜県・生野県の廃止により豊岡県権令となる. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 5 1872 31 03.08 豊岡県令. 10.02 太政官正院の大外史に転任し、史誌編輯課長を命じられる. 10.04 史誌編輯課を改組し、外史の所管として太政官正院に歴史課を設置.引き続き歴史課長をつとめる. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 6 1873 32 05.03 権大内史. 05.04 法制課長を命じられる. 07.09 法制副課長を命じられる. 10.09 臨時裁判所の開設により参座を命じられる. 11.14 陸羽地方に出張を命じられる. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 7 1874 33 01.12 太政官左院の二等議官に転任. 01.22 文部大丞に転任. 11.08 文部省四等出仕. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治 9 1876 35 03.23 文部大丞に再任. 09.26 文部大丞を依願免官となる. 官吏進退、辻碑文、訓話集、
明治11 1878 37 01.17 渋沢栄一らと東京株式取引所の設立に参画し、小室信夫福地源一郎渋沢喜作(栄一の従兄)・小林猶右衛門とともに肝煎となる. 01.30 東京株式取引所頭取に選任. 五十年史、辻碑文、訓話集
明治12 1879 38 01.12 渋沢喜作が東京株式取引所頭取となり、肝煎に遷る. 五十年史
明治13 1880 39 01.16 東京株式取引所肝煎に再任.07.11 同所肝煎を退任. 五十年史、訓話集(*)
明治14 1881 40 01.09 東京株式取引所頭取に再任. 五十年史、訓話集
明治15 1882 41 01.07 東京株式取引所頭取に再任. この年、壬午銀行創立に参画する. 五十年史、辻碑文
明治16 1883 42 01.07 東京株式取引所頭取に再任. 五十年史
明治17 1884 43 01.07 東京株式取引所頭取に再任. 五十年史
明治18 1885 44 01.07 東京株式取引所頭取に再任. 五十年史
明治19 1886 45 01.07 東京株式取引所頭取に再任. 10. 同所頭取を退任. 五十年史、辻碑文、訓話集
明治20 1887 46 両毛鉄道の敷設を計画し、両毛鉄道会社取締役となる.この間、甲信鉄道の事業も計画. 07. 肺の病により熱海に赴き療養. 11. 東京米商会所頭取. 辻碑文
明治21 1888 47 03.18 熱海より帰京. 03.23 正五位に陞叙. 03.24(25**) 死去.

《小松彰 特旨陞叙関係史料》
国立公文書館所蔵『官吏進退』明治二十一年・叙位(請求番号;本館-2A-018-00・任A00189100 )

(朱印1)○印文「聞」
       従五位 小松彰
 特旨ヲ以テ位階被進、
       従五位 小松彰
 叙正五位
右、謹テ奏ス、
 明治廿一年三月廿三日
      内閣総理大臣伊藤博文
(花押)

「内閣二十七号」三月廿三日裁可、三月廿三日達済、
 明治廿一年三月廿三日  内閣書記官 (朱印1)(朱印2)
  内閣総理大臣    内閣書記官長(朱印3)
 従五位小松彰、特旨ヲ以テ進位一級ノ件
従五位小松彰儀ハ、明治二年正月徴士、倉敷県判事ノ命ヲ拝シ、同年十月大学少丞ニ転ジ、尋デ久美浜県権知事ニ遷リ、生野県権知事ヲ兼ネ、同県ヲ廃シ豊岡県ヲ置ルヽニ及テ権令ト為リ、数月ナラズシテ本令ニ昇リ、後、大外史ヨリ権大内史ニ遷リ法制課長ヲ命ゼラレ、左院二等議官ヲ経テ文部大丞ニ転ジ、無幾同省四等出仕ニ補セラレ、又大丞ニ復シ、明治九年九月二十六日依願本官ヲ免ゼラレ候、奉職凡ソ八年ノ久シキ、其間功労実ニ憫然ノ事ニ候、仍テ向キニ山中静逸・谷鉄臣等進位ノ恩典有之候例ニ准ジ、同人ヘモ此際特旨ヲ以テ位一級ヲ進メラレ、可然哉、

 
※(朱印1)印文「巌谷(修)」、(朱印2)印文「日下部(東作)」、(朱印3)印文「(田中)光顕」、
官吏進退、辻碑文、訓話集、
(*)訓話集は明治12年の頭取交代には触れずに13年に頭取を退いたとする.
(**)死没の日付を辻碑文は24日とし、訓話集は25日にとする.


※官吏進退;国立公文書館所蔵『官吏進退』明治二十一年・叙位(請求番号;本館-2A-018-00・任A00189100 )所収「長松幹履歴書」
辻碑文;辻新次撰文「小松正五位碑」(松本尋常高等小学校編 『松本郷土訓話集』第1輯、交文社、1912年3月、173―174頁所収)
訓話集;松本尋常高等小学校編 『松本郷土訓話集』第1輯(交文社、1912年3月)170-174頁「廿八 小松彰氏の朝野に於ける活動」
五十年史;『東京株式取引所五十年史』(東京株式取引所、1928年10月)※編輯兼発行者 平賀義典(株式会社東京株式取引所内)

 

 漢学者銘々伝 Index

home