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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

2011/3/4 (金)
営業開始417日目

 朝5時45分に起きクリシュナはヨガに行く。
 お客さんに朝食でクリシュナが作る「蒸しパン」が好評だと言ったものの、前夜に予約を確認しなかったため、提供できずに終わってしまった。
2011/3/3 (木)
営業開始416日目 宿泊のお客さん 地球の歩き方

 5時45分に起きクリシュナはヨガに行く。
 その後、9時「マムズガーデン」のMさんから電話が入る。「今日部屋空いてる?」。「地球の歩き方」の取材の方が泊まりに来てくださるという。急いでベッドメークをする。そしてMさんと取材の方がいらっしゃった。取材をする方はカメラマンで、私も仕事をしていた「東京ウォーカー」もやっていたという。「それなら、一度くらい会ってるかもしれませんね」と話す。久々に同業者的な話題にMさんも喜ぶ。取材物のカメラマンらしい、おおらかな雰囲気の方だった。
 日々いろいろなことがあるものだな、と思う。
2011/3/2 (水)
営業開始415日目 宿泊のお客さん

 5時45分に起きクリシュナはヨガに行く。
 お客さんはカニヤキャンパスに行く。10時前に戻られる。ガイドのクリシュナさんはそのままアドンタールの村に行ってしまったという。お客さんたちは五線譜を教えるところまで行ったそうだ。ネパールにもともとある歌を使って授業を行ったので、学生さんたちも理解しやすかったようだ。そして午後1時40分ころチェックアウト。カトマンズに戻り、DOTIという大変遠い村まで行くという。頭が下がるなあ。お客さんたちが帰ってしまい、ちょっと淋しくなる。
 日が落ちた頃から「シバラトリー(シバ神が降臨した夜)」を祝うお祭りが始まる。近所のお寺で人々が集って火を焚き、盛り上がっていた。この日だけは、シバ神が大麻をやったことに習い、大麻が入った食べ物を食べることが許されている。なので、中にはラリっている人もいるので怖いので、外に出なかった。でも、警察が見回っていたのか、意外に盛り上がりが静かだった。ついこの間、家の向かいの「ロンリーゲストハウス」で一晩中お祝いで盛り上がっていたので、そのインパクトが強烈だったせいだろうか。それに比べれば、かなり夜早々におとなしくお祭りが終了していた。
2011/3/1 (火)
営業開始414日目 宿泊のお客さん

 朝5時45分起きクリシュナはヨガに行く。
 お客さんは7時半にカニヤキャンパスに出かけていく。午後は学生さんたちとバーベキューをしたそうだ。いつも食堂で食事をする際は静かな彼女たちだが、屋外でバーベキューをしたらとても賑やかだったそうだ。お客さんは「木に火をつけるのが、すごい早いの!」と感心しておられた。そおなんだ、ネパールの村の人っていうのは、何をやらせてもうまいのだ。水を汲んでも、穴を掘っても、日本人は村では何にもできない。
 お客さんが午後はずっと出かけていたので、ダムサイドのジャーマンベーカリーに行きランチを兼ねながら、日本語の本の校正チェックを進めた。
2011/2/28 (月)
営業開始413日目 宿泊のお客さん

 朝5時45分に起きクリシュナはヨガを習いに行く。水道の配管工事のために500ルピーを払う。
 お客さんたちは7時過ぎにカニヤキャンパスに出掛けていく。
私たちは日本語の本の再校を取りに10時に印刷会社「シバサンカールプレス」に行かなければならなかった。ちょうどお客さんも出てる時間だし、と考え、一応その旨お客さんに伝えると、お客さんは「それなら10時前に戻ってきますよ」と言う。「いや、その時間私たちスタッフが不在になりますんで・・・」と言うと、「でも誰もいないとまずいでしょ」。結局お客さんに留守番を頼む形になってしまった。「変な客ですみません」とお客さんが言うので「とんでもない、変なホテルですみません」と謝った。幸い1時間足らずで行って帰ることができた。ほんと、すみませんっ!
 お客さんはまた夕方もカニヤキャンパスに授業に出掛けて行った。優しい方々だなとほんとに思う。
日本語の本の再校。見て感動! 前からこの印刷会社は仕事ができる、と思ってきたが今回もまた心うたれた。修正箇所、ネパール語と英語だけオペレータに直してもらうつもりだった。が、なんと私が入力して渡すはずでいたひらがな、かたかなまで直してくれているではないか! たいてい日本語の入力はこちらでやらねばならない。彼らは字が読めないのだから。それなのに、ここの会社の人は私の手書きの赤を見て、そのひらがなを入れてくれている。どうやってやってくれたのかなー。すごい。あのオペレータの女性は相当賢明なプロだぞ。さらに私がわかっていなかったネパール語の訳の部分まで入れてくれている。これだよ、プロって。こういう人たちともっと仕事がしたい。
 マムズガーデンのオーナーさんと一緒にやっている日本人会商工部会のポケットカレンダーの原稿作成のため、航空会社の電話番号が欲しい。で、クリシュナの知人のジャビさんの旅行会社に行くと、航空会社の連絡先が載った冊子をくれた。助かった。
2011/2/27 (日)
営業開始412日目 宿泊のお客さん

 朝6時前起床。
 英会話の友人がジョムソンに向かって出発。天気は最高。青空にヒマラヤがくっきり!
よかったなあー。
 空いた部屋の掃除などをする。
 16時、気気鵑活動しているNGOのポカラ大学カニヤキャンパス「さくら寮」へ見学に行く。音楽の授業をされた。ネパールの歌をもとにした寮歌も聴いた。学生は11年生、12年生、計20名くらい。日本から交換留学生の方も1人来ていた。みな音感が良いのか、もともと積極的なたちなのか、大きい声で歌うし、すぐにリズムを覚える。歌詞ではなく、音符での説明もすぐになじんでいた。輪唱をやると、みなお互いに「こっちがあってるのよ」「いえ、こっちよ」となる。音を楽しむ、まさに音楽って感じで良い授業を拝見させてもらった。19時に授業が終わると気気鵑手製のお菓子を振舞われた。パンのみみを揚げたものとマシュマロ。この日本人の優しさがどうか純粋に伝わってほしい。ここを得てこれまで村で教員になった女の子はすでに30名いて、そのうち29名は現在も教員として仕事を続けているそうだ。私もぜひ、村でここの卒業生に会ってみたい。
2011/2/26(土)
営業開始411日目 宿泊のお客さん

 朝5時起床。英会話の友人がサランコットに出発する。5時半過ぎにタクシーで出て、サランコットの展望台に行き、歩いて湖側に降り、ボートに乗り日本寺まで歩いてきたという。「けっこう歩きましたよ」と 言って帰ってこられた。サランコットにラリグラスが咲いていたと言って、私に持ってきてくれた。天気は上々。ヒマラヤが見えたようで楽しまれたようだ。
 日本語教室に行く。漢和辞典の使い方を続けてやる。「調べてみたい言葉がある?」と子どもに聞くと、「みょうばん」と言う。この漢字が書ける日本人はそうそういないぞ。
 その教室から帰る途中マムズガーデンのオーナーさんから電話。お客さんがうちに向かっていると言う。幸いすぐ近くに戻っていたので、クリシュナが走って帰る。なんとか間に合う。うちの仕事の仕方もすごいな。
 気気鵑管弸覆肇イドのクリシュナさんが到着。気気鵑和爾僚の子をポカラの大学で教員になる教育をし、村に返すというNGOをやっておられる。その課程を終えた女性たちが実際に村に戻って教員になっているかどうかまでを見届けている。今回はDOTIというネパールの西の奥地まで訪ねるという。ポカラからバスなら足掛け2日かかるんじゃないだろうか? この国のために一生懸命の日本人は確かにいる。
 マムズのオーナーさんが来て、「在ネパール日本人会商工部会」のポケットカレンダーの原稿作成を頼まれる。できる文字の打ち込みはすぐにやった。いろいろ話が広がって、「2人で日本語の印刷物引き受けますっていう編集プロダクション立ち上げるか?」と言う。そりゃ彼女と仕事すれば、どんな仕事でもサクサク行くだろう。おもしろくなってきたきた。お客さんが持ってきてくれた生八つ橋をみんなでいただく。「こういうお菓子ネパールにないよね」としみじみ噛み締める。
2011/2/25 (金)
営業開始410日目 宿泊のお客さん

 午前中から4部屋のルームメイクをする。
 夕べからお腹を壊していまいち調子が悪い。客室の準備を終えて1時間昼寝する。
 15時半すぎころ、7,8年前に英会話を一緒に習っていたwさんが到着。不思議な縁で、私が英会話をやめて以来ずっとお会いしていなかったのだが、ネパール旅行を思い立ち、ネットで偶然にうちの宿を見つけてくれたと言う。全然変わってない。「ほんとに来ちゃいました! すごい! ほんとにやってるんですねえ!」。バラヒのあたりを散歩し、夜は手伝ってもらってモモを作り、ビールと一緒におしゃべりをたのしんだ。久々に同世代の女性と日本的な会話。良いもんだ。
2011/2/24 (木)
営業開始409日目

 久々に仕事がなく休み。朝寝坊する。よく眠れる。
2011/2/23 (水)
営業開始408日目

 朝5時15分に起きお客さんの朝ごはんを作る。お客さんは7時半タクシーでゴルフに出かけ、そのままチェックアウトされた。「また来ます」と言ってくださった。お客さんが帰ると寂しい気分になる。
「Pumpernickel Bakery」でお茶する。湖をみながらカフェラッテとチョコののったケーキ、アップルクランブルを頼む。アップルクランブルは甘過ぎの気がしたが、ケーキの方はほどよい甘さで美味しかった。コーヒーも美味しかった。甘いものは50とか60ルピーで安い。カフェラッテは100ルピーだった。
 いったん家に戻り、近所の丘に登りに行く。まだそれほど知られていない観光スポットだ。中腹にラムさんという方が作ったお茶屋さんがある。展望台になっていて、湖、ポカラの街(ていうか、村ってぐらいの規模だなと上から見て思った)、反対側にヒマラヤが見えた。歩いて30、40分程度。これならうちに泊まりに来たお客さんに気軽に案内できる。
2011/2/23 (火)
営業開始407日目 宿泊のお客さん

 6時半に朝ごはんを出す。うチの蒸しパンを「気に入った」といってもらい、3日連続で食べていただいた。今朝はヒマラヤが朝から見える。まだマチャプチャレを見ていなかったお客さんは「これで満足」といっていた。7時半頃チェックアウト。ブータンのお祭りの話などいろいろ聞かせていただいた。「またどこかで!」と握手してくださった。
 もう1泊されるお客さんはタクシーをチャーターして観光に出かけられた。
 昨年の秋にいらっしゃったNGOの方が部屋を予約にきてくださった。26日くらいから来てくださるとのことだった。
2011/2/21 (月)
営業開始406日目 宿泊のお客さん

 朝5時起き、お客さんがサランコットに行くのを見送る。残念ながら山はいまいちよく見えなかった。8時頃戻られ、朝ごはんを出す。蒸しパン。9時過ぎにまたタクシーを呼んで、日本寺、パタレチャンゴ、ビンドゥバシニなどの観光に出かけられた。その後、まもなくもう1人の連れのブータンJICAの方が到着。
 グリーンバスを頼まれたので、チケットを取りに行く。18ドルだった。
 夕方みなさんが合流し、昨日のフライトの写真を私のパソコンで見る。お客さんが私に「何て呼んだらいいんだろう? 奥さん? 苗字で呼ぶのもちょっと・・。おかみさんも抵抗あるし」と仰る。晩御飯は外食に出られた。戻られてしばしお話する。お1人は日本では高速道路建設の現場監督だったそうだ。地下鉄の話だとか、ものすごい専門的なことを教えてもらう。もうひとかたは電気の専門家で、スリランカに6年赴任していたという。すごい方ばかりなんだな。貴重な話をうかがえる。
2011/2/20 (Mon)
営業開始405日目 宿泊のお客さん

 朝5時半ころ起きてクリシュナがお客さんの朝食蒸しパンを作る。お客さんは急いで食べ、カイト飛行機のフライトに出掛けていく。空港に7時半着。天気は快晴! 日の出から青空にヒマラヤが輝いている。お客さんは9時過ぎに大満足で帰ってこられた。「275ドル払った意味があった!」と。ほんとにヒマラヤの間近まで行くのだそうだ。エンジンと羽が着いた2人乗りの小型飛行機。ちょっと怖そうだけど。そお、ここはヒマラヤが見えるのが一番のポイントなのだ。今日のお客さんは最高のコンディションだった。お客さんは午後はボートに乗りに行かれた。
 夕方6時近くになって連れのお客さんも到着。飛行機が遅れたそうだ。タクシーに変なところに連れて行かれたんじゃないかと心配したが無事いらっしゃる。すごく優しい温和な方で、親しげに話しかけてくださる。ブータンで橋を造る事業にかかわられているとかで、地震などの話になった。
 夜はお客さんたちは民族舞踊の見れるレストランに出かけていく。
 昨日に引き続き向かいの「ロンリーゲストハウス」の息子さんの成人を祝うお祭りが続いている。今日は朝から楽団の演奏があり、その周りで人々が踊っている。空き地にテントを張り、食事が振舞われている。そして夜半からはロンリーの庭で、鐘と手拍子で歌と踊りが始まる。クリシュナが見に行きたいというので、夜10時頃見に行く。歓迎される。時々お茶の休憩を挟んで踊る。私たちは11時頃帰ってきたが、それから朝7時頃まで延々と宴が続いた。宴といっても酒はない。ミルクティーだけで夜通し踊る。すごいパワーだな、こうやって楽しむんだなと感心した。
 3階のトイレの水道の蛇口が壊れた。近所の職人を朝早く起こしに行き、直してもらった。
2011/2/19(土)
営業開始404日目 日本語教室 宿泊のお客さん

 朝6時に起き日本語教室に行く。漢和辞典の使い方を練習する。漢字ってもの自体が日常に無い彼らには難しい。漢字の成り立ちは私にも良い勉強になる。にんべんと、ろうそくの炎の絵から「動じない」という意味を表し、「住」という字ができたという。ふーん。
 今日は向かいの「ロンリーゲストハウス」の息子、アシス君の「バルタバンダ(男の子の成人を祝う)」だった。うちもお祝いに招かれた。ご主人が白装束になり、バウン(お坊さん)がお祈りをしている。黒砂糖の固まりみたいな甘い丸いお菓子、ドーナツみたいなパン、チュウラ(干し米)、タルカリが振舞われた。朝からほら貝がなり賑やかだった。夕方になって、木に火が燃やされそれを持って円を描いて周る。当のアシス君はふだんと変わりない。夜半まで賑やかだった。
 朝から掃除をし、16時に空港にお客さんを迎えに行く。ブータンのJICAの方だ。まったく知らなかったのだが、ブータンには古くからJICAが活躍してきたのだそうだ。今のブータンは民主化され、聞くと停電もほとんどなく、ネパールの人の給料より水準が高いらしい。日本の物価の4分の1程度だという。そおか、ネパールはまだまだなんだな。晩御飯はうちで食べていただいた。急いで買い物や銀行に行く。銀行が閉まっている。いつになったらATMが使えるんだよ?
2011/2/18 (金)
営業開始403日目

 明後日予約があるので、布団を干したりする。レサプション、レストラン周りも掃除する。
 夕方「ブループラネッツホテル」のサビーナさんがやるシンギンぐボールの演奏を聞きに行く。聴きに着ているのはほとんど欧米人。ヨガとか瞑想とか、アジア人より欧米人のほうが興味があるんだな、と思った。キャンドルの明かり、お香の香り、厳かなひとときだった。
2011/2/17 (木)
営業開始402日目 日本語の本 ガイドのメール

 午後シバサンカールプレスに日本語の本の校正を戻しに行く。社長は直しを入れたゲラを見て「ガロチャ(きびしい)・・」とつぶやく。そこをなんとか「お願いっ!」みたいに言って去る。私自身がやらないといけない作業もまだ残ってるんだけど、やってる時間が無い。止めていたら、作業が進まないので、とりあえず印刷会社に投げた。
 ガイドからメールの返信が来ない、と日本人の知人から連絡が来た件。ガイドさんから電話があり、また直接家まで訪ねると「メールは何度も送っていた」とのこと。うち宛に1回送ってもらい、知人に転送した。
2011/2/16 (水)
営業開始401日目 日本語の本

 ヨガに行く。バラヒでパンを買う。Mさんが明日帰るのであいさつに行く。日本語の本の英語訳のわからないところも教えてもらう。
2011/2/15 (火)
営業開始400日目

 「トレッキングのスケジュールをガイドさんにメールしたのに、その後返事が来ない」と日本の知人からメールがあり、トレッキングガイドに連絡をするが、電話がよく繋がらない。しかもうちのネットも繋がらない。
 いつ以来かの大雨と雷だった。夕方から夜遅くまで稲妻が光り、激しい雷雨だった。
2011/2/14 (月)
営業開始399日目 土地の名義 パスポート 日本語の本

土地の名義の変更について役所に聞きに行く。土地や建物の価格に対して税金が4%掛かるらしい。ちゃんとした書類を見ないとわからないが「1ラック(12万円)くらいだろう」とのことだった。
ついでにそばの役所にパスポートについて聞きに行く。ネパールでも最近パスポートは、機械で読み取る新式の物が登場した。クリシュナは旧式の物しか持っていないので、7月に日本に行く(予定)の際、パスポートが有効なのか、確認したかった。2014年まで使えるとのことだった。
Mさんが日本語の本の英語部分をチェックし終えて持ってきてくれた。また日本語、ネパール語、英語の言葉の話になる。Mさんが「ネパール語のスラングの本を作ってよ」と言う。確かにおもしろそうだけど、需要があるかな?
スイスホームホテルの人が、クリシュナやMさんが家族同様につきあっているラブリーマウントホテルの共通の親戚だと判明する。みんな親戚だ!
2011/2/13 (日)
営業開始398日目

 気温が上がってきた。もう寒くはない。その代わり、雲が厚く、雨が降りそうでヒマラヤが見えていない。
 これまでここの土地や建物の名義がクリシュナのババのものだった。日本にいる間に役所上の手続きをやってもらっていたので、ババの名義になっている。ネパールでは遺産はすべて息子に引き継がれる。クリシュナは1人息子なので、やがて必然的にババの名義の土地や建物はクリシュナの物になる。でも、そのためにここがゲストハウスであるにも関わらず、ババや親戚が「クリシュナの家は自分の家」と言ってやってきていた。それをもうすっかり止めて、名義を自分たちの物にし、ここはクリシュナと私の家でありビジネスの場だとババたちに認識してもらおう、とクリシュナと話し合う。
1人が外国で出稼ぎしてくれば、家族中がその1人におんぶにだっこ。それをうまく消化していかないとやっていけない。この国で誰もが通る道。
2011/2/12 (土)
営業開始397日目 日本語教室

 朝7時に日本語教室に行く。教科書の絵に描かれた漢字を使って短い文章を作りなさい、と宿題を出しておいた。その結果、一番ウケたのはA君の「湖に羊をすてる」。どういうシチュエーションなんだ?
2011/2/11 (金)
営業開始396日目

 日本語の本の原稿はチェックで友人に預けている。
 トレッキングガイドを紹介して、と頼まれた知人からメール。ガイドにメールをしたのに返事が来ないという。「ネパールスタイルでしょうか?」と尋ねられ、「多分ネパールスタイルなので、大丈夫かと思います」と返事した。が、日本じゃありえないから。
2011/2/10 (木)
営業開始395日目 日本語の本

 アメリカ在住のMさんに日本語の本の英語の部分をチェックしてもらう。「全然」の訳がなかなか難しい。昨今、日本では「全然良い」とか肯定的にも使われるようになっている。ネパールでは「ビルクル」。クリシュナによれば、やはり「まったく〜でない」という否定的な感じだそうだ。それを英語にすると「at all」か「quite」か? 考えるのが楽しかった。詳しいチェックは原稿を預けてお願いした。
2011/2/9 (水)
営業開始394日目 日本語の本

 日本語の本の校正をやる。一応一通り初校と付け合せた。これでアメリカ在住の友人に明日チェックを出せそうだ。
2011/2/8 (火)
営業開始394日目 日本語の本

 日本語の本の作業をする。
 裏の通りの工事の影響で今日も電気が来ない。お客さんがいないからいいようなものの・・・。
2011/2/7 (月)
営業開始393日目 日本語の本

 アメリカ在住のお友達が昨日ポカラに着いた、と言って、午前中からさっそく会いに来てくれた。クリシュナが持病が出たのを心配して、涙を流してくれた。人の優しさが身に沁みる。
 日本語の本の校正を続ける。
 家の裏の通りで、道沿いに電信柱などを立てている。その影響で今日は朝からまったく電気が来なかった。何の前触れもなく・・。今は仕事がないからいいけど、シーズンで満室だったらどうなるんだろう? ああこわい。
2011/2/6 (日)
営業開始392日目 役所に行く モルチャ 日本語の本

 電気の役所に料金を払いに行く。先月まで月3000ルピー以上もかかっていた。今月は請求書が来ていなかったので、役所に来るまでいくら掛かるんだろう? とひやひやしていたが、窓口で聞くと290ルピー。しかも3%割り引き。ああ、よかった。停電が増えたこともあるし、シーズンオフでお客さんがいなかったのもある。何しろ負担が少なくて助かった。
 その役所の近くでモルチャ(ネパール酒を作るための酒こうじ)を売っている。それを10個くらい10ルピーで買った。お客さんでチャン(どぶろく)を飲みたいという方がけっこういたので、これで作る。まずはコド(ひえ)を日に干した。
 水道の役所にも行って料金を払った。
2011/2/5 (土)
営業開始391日目 日本語教室 日本語の本

 日本語教室に行く。漢字を子どもたちに読んでもらう。
『発熱して頭が重い』
 「はい、じゃあ○×君」「ハツネツシテ アタマガ・・・・うーん、カルイ」。「熱が出て頭が軽いってことないでしょっ!」。なんてナイスボケ。
 何かのプジャ(お祈り)の祭日で、湖周辺が賑やかだった。
2011/2/4 (金)
営業開始390日目 日本語の本

 昨日部屋の予約に来た方から電話で、「今のホテルがトレッキングに行っている間に、荷物をただで預かってくれることになったので、ホテルを移動する理由がなくなった」と言う。ネパールの宿の予約って軽いな。
 季節はすっかり春。冬もう終わり。日中は汗ばむ陽気だ。周辺に数本見かけた桜のような花も咲き始めた。ポカラの冬は短くてラクだなあ、とほんと思う。
2011/2/3 (木)
営業開始389日目 予約の打ち合わせ 日本語の本

 昨日いらした日本人のご夫婦が部屋予約に来てくださった。明後日からトレッキングに行かれ、その後泊まってくださることになった。ご夫婦で世界一周中なのだそうだ。ああ、うらやましい。
2011/2/2 (水)
営業開始388日目 お客さんを紹介してもらう 日本語の本

 夕方「風の旅行社」で聞いたと言って、日本人のご夫婦が部屋を見に来てくださった。長くポカラに滞在していて、水がきれいなホテルを探しているとのことだった。風の旅行社のスタッフは「日本人の奥さんがやっているホテルだから」と紹介してくれたのだそうだ。風の人は好意的でありがたい。何の商売的なメリットもないのに。うちも何か紹介でお返ししよう。
 日本語の本の校正をやる。
2011/2/1 (火)
営業開始387日目 日本語の本

 朝とうもろこしの粉を炊いた「メイズ」を食べた。甘味があって美味しい。村の質素な食材らしいが、お腹が持つ。お腹を壊しやすいのかな、とも思ったが全然そんなことない。
 日本語の本の校正をやった。
2011/1/31 (月)
営業開始386日目 ガイド探し 日本語の本

 朝遅めに起きる。朝ごはんを済ませて、女性のトレッキングガイドがいるという「3sisiter」という旅行代理店に行く。ハランチョークのずっと向こうにある店だった。男性の社長がいて、料金やシステムなどを聞いて来た。その後、JICAの方の知り合いのガイドのクリシュナさんを訪ねる。メールアドレスを聞いてきて、問い合わせのあったお客さんにこの結果をメールで連絡した。
2011/1/30 (日)
営業開始385日目 日本語の本

 クリシュナに畑を作り直してもらう。残飯を一箇所にまとめておいたのを肥料にする。
 夜は「D.B.MOMO」レストランに行く。むかーしからの知り合いで、来ると落ち着く。ご主人に「スペシャルピザ」を作ってもらう。日本食が安いので有名な店だが、本当はご主人は腕の良いコックさん。私たち以外、ほとんどピザを頼む人はいないみたいだが、実はすごい美味しい。「美味しいから、欧米人にもっと勧めたほうがいいですよ」、と言うと「ありがとう」と言われた。今度写真に撮ろう。
2011/1/29 (土)
営業開始385日目 日本語教室 日本語の本

 朝6時におきて日本語教室に行く。今日は子どもは全員出席だった。「段落」の説明をし、教科書ワークをやる。4年生の教科書といっても、日本に暮らさない人には難しいが、みんなだいぶできている。
 夜は中華料理をテイクアウトする。
 予約のメールをいただく。2月はぼちぼち予約が入っている。
2011/1/28 (金)
営業開始385日目 日本語の本

 日本語の本の校正作業をする。日が暮れて電気がなくなると、作業が進まないので明るい時間に集中的にやる。
2011/1/27 (木)
営業開始384日目

 在住の日本人の方が来てくれる。ここんとこクリシュナがやや体調が悪かったのを心配してくれている。在住の日本人の方は善い方が多い。ネパールの良いところ、悪いところ、その強さ、弱さをわかったうえで、ここで前向きに生きているからかな。日本で暮らしていたら、こういうコミュニケーションは生まれないか、気がつかないかもしれない。
 夜、日本から買ってきた「かつお」の真空パック、うにの瓶詰めなどを食べる。クリシュナが「日本の味だ」と言って喜ぶ。今回は日本を出て、その日のうちにネパールに入れたから要冷蔵の物も持ってこれた。やっぱり日本の魚は美味しいな。
2011/1/26 (水)
営業開始383日目

 客室のそうじや洗濯をする。ポカラは暖かい。日本が真冬の寒さだった。カトマンズの早朝も寒かった。ポカラは春。日中は軽く汗ばむくらいだ。今も花が咲いている。良いところだな、と思う。
 私が帰国中、予約のあった日に泊まりにきてくれた日本人の友人が来てくれた。クリシュナとは「同い年だから」。体調の悪いクリシュナをずいぶん気遣ってくれたみたいで、ほんとうに助かった。彼ももう仕事の任期を終えて帰国する。今度日本でごはんでもおごらせてください、と言って見送った。それでは足りないくらいなんだけど。
2011/1/25 (火)
営業開始382日目 ポカラに戻る

 朝5時に目が覚め、オムタラの人にポカラ行きのツーリストバスの予約を頼んでもらう。6時20分ころ出て、ブルースカイバスに乗る。バスは快調に進んで14時過ぎにポカラ着。クリシュナはバスパークで待っていてくれた。
2011/1/24 (月)
営業開始381日目 日本出発

 朝5時に起き、6時頃出掛ける。母親が京成の駅までタクシーに乗せてくれた。申し訳ない。京成線は新しいスカイライナーができてダイヤが以前の感じと変わったのか、快速になかなか乗り継げなかった。でもかなり早めに空港に着いた。すぐキャセイパシフィックのカウンターにチェックイン。11時頃離陸。15時過ぎには香港に着いた。成田から1人のネパール人の女性と一緒になった。群馬県の方と結婚しているとのことだった。なんとポカラの人だった。ダッカ・カトマンズ行きのドラゴンエアーは17時半頃発。ダッカにも止まり、その待ち時間もあってすごく長く感じた。10時半近くカトマンズ着。タクシーを400ルピーで交渉して、「オムタラゲストハウス」へ。午前1時に寝る。
2011/1/23 (日)
営業開始380日目 日本

 朝電話するとクリシュナがでた。夜かけると、ロンリーにいると聞いてホッとする。ロンリーの方には大変にお世話になっている。
2011/1/22 (土)
営業開始379日目 日本

 夜電話する。留守の間、泊まってもらえるようにたのんでいた日本人の友人と話す。仕事はなんとかなっているらしい。
2011/1/21 (金)
営業開始378日目 日本

 お客さんが来る日。夜電話する。クリシュナは家にいて、電話の向こうでお客さんとやりとりしているのが聞こえ、ホッとする。
2011/1/20 (木)
営業開始377日目 日本

 用事が済み次第即帰ることになった。ネットで格安航空券を調べると、中国南方航空片道で27000円というのがあったので、電話で問い合わせるが、空きがないとのこと。成都からカトマンズに行く飛行機の空きがないとのことだった。前回もそのようなことを言われた。でも、実際前回成都→ラサ→カトマンズという便に乗ったが、けっこう空いていたような気がしたんだけど。ゆっくり調べる時間もなく、北千住のHISに行く。窓口でいろいろな便の片道、往復、を調べてもらった。急ぎのこともあり、往復で半年で手頃なのが昨年成田に就航したというアブダビ経由の便で計15万円近い。アブダビまで12時間かかるのだそうだ。結局24日、その日のうちに入れるキャセイパシフィックにした。計約95000円。高いなあ、飛行機。次回来る場合は、はやめに中国系の便を予約しよう。
 北千住の商店街を歩く。物が安い! 靴下1足50円、みたらし団子1本50円、焼き鳥1本40円などなど。靴下なんてネパールより安い!
 クリシュナに朝晩電話する。明日お客さんがあるので掃除を頼んでおくが、夕方電話したときはまだやっていなかった。
2011/1/19 (水)
営業開始376日目 日本

 図書館で山本周五郎の本を借りてきた。
 ポカラを出て以来、外食続きで名古屋ではお腹が重たかった。ネパールではなんでもなかったのに、日本に来てお腹を壊した。水が変わったから?
2011/1/18 (火)
営業開始375日目 日本 新幹線と富士山の写真を撮る

 11時にホテルをチェックアウト。駅ビルで味噌カツを食べ、新幹線に乗る。ネパールで現在作っている日本語の本のために、車窓から富士山、東京駅で新幹線のぞみN700の写真を撮る。ポカラで見るヒマラヤに雪が少ないな、と思っていたが、富士山も思っていたより白くない。そういうもんなのかな? 新幹線はホームに柵があるので、撮り方が難しい。妹によれば「どうせ紹介するならN700にしたほうがいい」というので、何台かトライし、ホームの前に行ったり後ろに行ったりしてようやく撮った。
 半年ぶりに東京の実家に戻る。思っていたほどは寒く感じない。ネパールもけっこう寒かった、ってことだろうか。母親が広島の知人からもらったという牡蠣を鍋にしてくれていた。ポカラを出て以来ずっと外食で、お腹が重たかった。やっぱり家の料理は美味しい。
 すぐにポカラの家に電話する。ホテルでもネパールのクリシュナに電話した。いくら取られるのかな、と心配したが計260円。UTLの「チャージが足らない」というアナウンス分も1回の通話に加算されたのかどうかわからなかったが、思ったほど高くなかった。
2011/1/16 (日)
営業開始373日目 日本

 朝遅めに起きる。朝から雪。夜まで降り続いた。朝ごはんはコンビニに買いに行く。近所は問屋街みたいで、人けがない。
 4時前にホテルを出て、用事を済ませて夜戻ってくる。1日中雪。日本海側は記録的大雪とのことだった
2011/1/15 (日)
営業開始372日目 日本へ

 空港の出発口のガードマンに、「フライトがキャンセルだとボードに出たので、確認しに行きたい」と言うと、若い迷彩服のそのガードマンは適当に「一度中に入ったら、外には出れないよ。フライトキャンセルなら、明日になるよ」と言った。そんなことないだろ、と話していると、他の職員が来て「中入って、確認して」と私を導いてくれた。中国南方航空のカウンターに行くと、中国人らしい職員が「乗客はあなた1人?」と尋ね、「同じ時間に出るドラゴンエアーに乗ってください」となった。荷物を取りに外で待つクリシュナのところに戻る。「オムタラゲストハウス」の社長は、私のフライトが今晩ないことも考え待っていてくれた。クリシュナがぎりぎりまで見送ってくれた。職員がまたカウンターまで導いてくれた。キャンセルの原因はネパールの天候の問題とのことだった。職員は忙しそうに私のフライトの手続きをして、他へ去って行った。結局、私はドラゴンエアーで香港まで行き、そこで名古屋行きに乗り換えることになった。
 23時半過ぎ便は離陸、3時間半くらいで香港着。現地時間の6時くらいだった。他の乗客はトランスファーのポイントに案内されていったが、私だけが「カウンターに行って」と言われる。よくわかっていなかったが、次はキャセイパシフィックに乗り継ぎだった。そこでチェックイン。これもよくわかっていなかったが、こういう場合はトランスファーのポイントには行かず、もう1回セキュリティチェックを通れば良いとのことだった。便は9時半頃離陸。1時間半くらいで台湾に到着。ここで1時間くらい、空港内をぶらつき再び機に乗る。15時半頃中部国際空港着。キャンセルになった中国南方航空なら夜21時過ぎの到着予定だったが、6時間近く早く日本に着いた。本来はつかなかったマイレージも付いて、結果的には良かった。
 名古屋は寒かった。スーツケースを持って予約したホテルを探していると、道行く人が「大変そうですね。ホテルの場所、聞いてきてあげますよ」と言ってくれた。ホテル「トラスティ」はhpで見るより小さな建物だった。久々に気兼ねなくお風呂につかり、暖房に温まり、みずほ銀行のATMでお金を下ろし、ローソンでめざしとカップのサラダを買い、ルームサービスで名古屋名物の鶏肉メニューと生ビールのセットを頼んだ。日本のホテルって清潔だな、と思う。
 クリシュナに着いたと電話する。
2011/1/14 (金)
営業開始371日目 カトマンズ 日本へ

 朝7時に起きる。朝ごはんをどこかで食べようとしたが、意外にタメルは朝が遅いみたいで、7時にはほとんど店が開いてなかった。ポカラはトレッキングに行くお客さん目当てもあって、もっと朝早い気がする。パン屋でパンを買ってくる。
 バタバタしていてすっかり「再入国」の手続きについて忘れていた。慌ててイミグレーションに行く。相変わらず「何で前回やっておかなかったの? 時間がかかるでしょ」みたいないやみを言われたが、すぐに手続きは終わった。
 泊まっている「オムタラゲストハウス」の社長がお客さんの出迎えに空港に行くというので、乗せて送ってもらった。日本に行く私を、クリシュナが見送りに来てくれた。
 夜10時頃になって、空港のボードに「23:30 中国南方航空 広州行き 運行中止(キャンセル)」と出た。 え!
2011/1/13 (木)
営業開始370日目 カトマンズ 

 朝5時半におき、バスは7時45分頃発。この日このバスはついてなかったみたいで、横切ろうとした人にぶつかり、警察の検証を受けることになった。そういうことで2回目の休憩のあと、バスはチェンジ。チトワンから来たツーリストバスの空席に移った。バスはいつもより遅れて16時頃に着いた。
 出版社の人に会いに行く。デザインまで進んだゲラを見てもらう。「エグダム ラムロ」と言ってくれた。再度間違いをポカラの印刷会社「シバサンカールプレス」で直してもらい、最終に近い物にして次回持ってくることにした。
 夜は「ムスタン タカリ チュロ」に行く。タカリ料理のつまみ食べる。宿はトリプルの700ルピーの部屋しか空いてなかった。水は出るが、あまりに寒いのでシャワーを使う気にはならない。それならコモンの安い部屋で十分だ。明日は安い部屋に移ることにした。夜はよく眠れた、ホテルに泊まるってラクで良いな、としみじみ思った。しかし、お湯がでなくても700ルピー。それを考えたら、うちはちょっと安すぎる。値段再考しようかな、とクリシュナと話す。
2011/1/16 (Sun)
営業開始369日目

日本人の知人が来てくれる。私の留守中、予約がある2日だけ泊まりに来てもらうことにした。頼むのも悪いかもという気がしたが、「ふつうに泊まりに来ますよ」と言ってくれた。明日ポカラを出ることにし、ホリデイに明日のバスを予約する。
2011/1/11 (火)
営業開始368日目

 朝10時半頃、印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。昨日の約束どおり、校正の修正がプリントアウトされていた。オペレーターの女性は待っていてくれたようだった。面倒くさい修正作業だったと思うが、ちゃんとやってくれていた。ほんと、助かる。
 チプレドゥンガのスーパー「ビナヤック」や「セールウェイズ」に行く。プリティビチョークの卸売り屋より「ビナヤック」の方が食用油が安かった。1リットル105ルピー。
 マチャプチャレ銀行のATMは今日も使えなかった。仕方なく日本円を両替する。10円=8.37ルピー。
2011/1/10 (月)
営業開始367日目

 朝6時前に起きて朝ごはんを作って食べ、印刷会社「シバサンカールプレス」に出掛ける。オペレーターの女性はすで作業をずいぶんしてくれていた。明日の朝10時までに全部終わらせてプリントアウトしておいてくれることになった。ここはほんとに仕事が上手な人たちで気持ちが良い。
 その足で昨年7月にKさんたちと一緒に訪ねた「バドラカリ ハイヤー セカンドリースクール」に行く。歩いてみたら、マヘンドラプルから30分くらいだった。あいにく校長先生は不在だったが、他の男の先生にKさんがメールで送ってこられた「年間計画表」を渡しておいた。
 近所で有名だというお寺「バドラカリ寺院」に行く。観光地ではない、静かな丘のうえにたたずむお寺だった。花がきれいに咲いていた。ヒマラヤも見えた。その近くにチベット仏教の寺院もあった。以前クリシュナがお客さんを案内したことがあるお寺で、こことバドラカリが近いというのは偶然だった。こっちのお寺もなかなか良いムードで、やっぱり石段を登った丘の上にあり、ヒマラヤが望めた。ちょっとした観光気分を楽しめた。
 昨日も訪ねた電気と水道の役所に行く。今日は料金を払えた。電気は今月は割引がなかった。水道は10ルピー割引だった。
 今日はサクサクと仕事が終わった。
2011/1/9(日)
営業開始366日目

 今日は日本語の本の編集を頼んでいる印刷会社「シバサンカールプレス」に行く! という予定だったが、「明日の朝9時に来て」となり、行くのは明日になった。
 電気の役所に料金を払いに行く。窓口に請求書を出すと、「金額がまちがっていた」。600いくらでずいぶん安くなったなあと、喜んだのに実は3100いくらルピーという。しかも窓口の男が「いつまでも話してられないから、早くそっち行って」みたいな言い方をしたので、文句を言って帰ってきた。お金が足らないので、仕方なく銀行のATMまで行く。すると、昨日ATMの暗証番号を3回間違えたためカードが使えないようになっている。銀行の窓口で直してもらうが、結局この日は銀行のシステム自体がうまくなってなかったようで、使えずじまいだった。また仕方なく、電気が無理なら水道、と考え、水道の役所に行く。すると「今の時期は午後2時までで窓口は終わり」と言われる。私が着いたのが2時10分くらいだった。あー、なんてついてない日だろう!
 メールで問い合わせのあったトレッキングのコースと料金について調べに行く。
 夕方近所で新たにホテルを建設中のラムさんのところに行く。オープン前のプジャ(お祈り)をしていた。「プラサド(神様にささげた食べ物。果物など)」やティカ(額の色粉)をいただいた。
2011/1/8 (土)
営業開始365日目 日本語教室

 日本語教室に行く。今日は久しぶりに全員出席だった。新出漢字を使って短い文章を作らせる。ついさっき教えた単語を覚えてくれてないので、ちょっとがっかりするが、でも私のネパール語や英語もそんなもんだよね。
 クリシュナと日本寺に登る。久々だ。今日は良い天気で、ヒマラヤがよく望めた(写真)。ぺワ湖も青かった。数年前より道が良くなっていて、登るのが楽だった。そして、「ピースドラゴンロッジ」というホテルが側に建っていた。外国人観光客の姿は少なかったが、ネパール人がグループで大勢観光に来ていた。ただ、ヒマラヤに妙に雪が少ない気がする。やっぱり温暖化は本当なのかな? やけに山の岩肌が見える。10年前はもっと白かった。
 日中は暑かった。日本寺に登るうちかなり汗をかいた。
2011/1/7 (金)
営業開始364日目

 エベレストバンクでこの前のNGOの宿代、小切手8000ルピーを換金する。そのお金をレイクサイドのマチャプチャレバンクに預けた。すこしでも貯金ができるとホッとする。
夕方メールをチェックすると、10年くらいまえ、日本で英会話を習ったときに一緒だった方からだった。偶然うちのHPを見つけ、いつか行ってみたかったネパールに行きたくなった、とのことだった。女性1人でも行けるトレッキングコースを教えてほしい、とのこと。ちょっと調べて連絡する、と返信した。モデルケースを紹介すべく、この暇な時期に自分たちで実際行ってくるか、とクリシュナと話す。
2011/1/6 (木)
営業開始363日目

 絵を飾るための額を作る。これにはめる台紙やプラスチックのボードなどを探しに行くが見つからない。日本で買ってくるか。
 向かいの「ロンリーゲストハウス」に泊まっている日本人のお客さんが、うちで売っているべグナス湖のコーヒーを買いに来てくれた。その後さっそく飲まれたらしく、「けっこう良かった」と言ってくださった。もっと売れるといいな。美味しいと思うんだよね。
2011/1/5 (水)
営業開始362日目

 正月休み、ストリートフェスティバルも終わり、一気に人がひいた気がする。昨年もそうだった。これからしばらくは暇だろう。
 この間、画家を目指す萌さんが描いてくれた絵の額を作り始める。既成の額がないので、うちにある竹や木を使って作ってみることにした。くぎで四隅を打とうとしたが、木が弱くてうまくいかない。ひもで結わくことにし、店にひもを買いに行った。
 私が帰国中、予約が入っている日に、クリシュナのフォローのため、在住の日本人の友人に泊まりにきてもらうことにした。いろいろお世話になっているので、1回試しに泊まってもらうのもいいか、と思うが、やっぱり仕事っぽくなってしまうので申し訳ない。「クリシュナさんは友達だと勝手に思ってるんで、うれしい」と言ってくれた。助かる。足を向けて眠れない。
2011/1/4 (火)
営業開始361日目

 晩御飯は「タカリキッチン」に行ってみる。内装が民芸調でかっこいい。アチャールやチャツネがおいしかった。チャン(にごり酒)がおいしかった。焼いた米を入れて飲むロキシー(ジャイカテ)はけっこう強い酒だったが、これも香ばしくて美味しかった。
最近忙しかったので、久々に外に出た。各国の観光客がそぞろ歩き、レストランや土産屋が軒を連ね、前方に湖、後方にヒマラヤ、のんびりと静か。「レイクサイドは良いところだよ」とクリシュナが言う。
2011/1/3 (月)
営業開始360日目

 客室のベッドメイクなどをする。シバサンカールプレスに寄って、日本語の本の進捗状況を聞いてくる。プリティビチョークでじゃがいもを買う。2キロ35ルピーだが、1キロで20ルピーだった。そんなに安いとは思わない。洗濯物がなかなか乾かない。
 夜7時にフェアトレードをしている友人がダルバートを食べに来てくれた。年末から体調を崩したクリシュナのことをずいぶん心配してくれていた。ありがたいことと思う。
 今周辺の畑で菜の花がきれい(写真)。私が初めて訪ねたネパールのタライの村を髣髴とさせる。1年中花が咲いているネパールは美しいところだ。
2011/1/2 (日)
営業開始359日目

 朝5時に起き、親子のお客さんの蒸しパンを作る。親子さん、カップルのお客さんが7時前に出発。「楽しかった。今度は家族で来たくなりました」「また来ます」と言ってくださった。
 続いてJICAのお客さんも朝ごはんを済ませて、8時半頃チェックアウト。1年前にベグナス湖のコーヒー農家に連れて行ってもらった。もう1年経ったんだ・・。彼女はコーヒー拡販のため、農家さんのために尽力されてきた。積極的にネパール語で農家さんとやりとりする姿が印象的だった。今後、農家さんがうまく拡販を続けていけることを心配しつつ、もう帰国される。これからも世界を舞台に活躍されるのかな? 無理して危険な目に遭うことがないよう。ポカラのコーヒーを通じて、今後も会えることを期待しつつ。タクシーを見送ったときは寂しい思いがした。
 空いた客室の布団を干し、掃除をする。
2011/1/1 (土)
営業開始358日目 ヒマラヤご来光 宿泊のお客さん

 昨日いらしたお父さんと息子さんのお客さん。夕べの雨で、まだヒマラヤを望めていない。それが、雨があがった今朝は陽が上がる前からヒマラヤがくっきりと見えている! 6時頃起きてきたお客さんに「見えてますよ!」と報告する。お父さんがまだ部屋にいる息子さんを呼びに行く。その後タクシーをつかまえて、サランコットの展望台に向かわれた。元旦。朝焼けのヒマラヤが美しかった(写真)。縁起が良い!
 私は日本語教室に向かう。今日は子どもは2人だけだった。ネパールは1月1日は普通の日なので、他の子達は試験日になっている。それでお休み。
 私が教室に行っている間、クリシュナにお客さんの朝食を任せたが、サランコットから帰ってきたお客さんの蒸しパンが間に合わないという失態を演じてしまった。
 11時半、「マムズガーデン」のオーナーさんがおせち料理やお雑煮を作って、招いてくれる。地元在住の外国人が集まって、欧米人の方も器用に箸を使っておせちをつまむ。優しい味付けで久々に和食を楽しむ。
 夕方親子のお客さんがチベットレストランに出掛けて行く。ギャコック(鍋)が美味しかったそうで、お父さんが嬉しそうに「息子がネパールで食べる物は何でも美味しいって!」と言う。紹介したこちらも嬉しくなる。学校の先生というお客さんは、とても優しい雰囲気の方で、今朝の朝食の失敗も「いいよ、いいよ」と許してくれた。OKバジになんとなく似てる。
 夕方お客さんが皆さん外出されている間に、ババに留守番を頼んで、ストリートフェスティバルを見に行く。
 夜10時頃JICAのお客さんが戻ってきた。