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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

2011/5/3 (火)
営業開始477日目 クリシュナ、ガイドに行く

 朝ごはんの蒸しパンを食べたあと、坂さんとクリシュナが出かけて行く。坂さんが従来から知っている湖の向こう側の学校で、こどもたちに絵と日本の被災地へのメッセージを書いてもらう計画だ。ただ、今日は学校は休みだったそうで、今日はその学校の先生をするグルン族の人の宿に泊まり、明日書いてもらうことになった、と連絡が来た。クリシュナが同行した。夜電話するとクリシュナの声が張り切っていた。坂さんとクリシュナとは旧知の仲なので、楽しいようだ。
 私は久々に1人で、この家にたった1人はちょっと淋しいものがあった。
2011/5/2 (月)
営業開始476日目 宿泊のお客さん 日本語の本

 朝6時クリシュナ久々にヨガに行く。
 8時半過ぎ、Mさんが来て坂さんと9月開催予定の『日本・ネパール児童画交流展』の打ち合わせなどをする。うちの蒸しパンを朝ごはんとして食べてもらう。午後2人で今回子どもに絵を描いてもらうための絵具を買いに行く。出かけたあと、すごい雨が降った。激しく、しかも長い雷雨だった。
 6時ころ坂さんは帰ってきて、うちで夕飯にダルバートを食べてもらった。日本の被災地にネパールの子どものメッセージを持っていく計画の話が広がる。
 午前中、日本語の本の直しがあがった。印刷会社に私が取りに行く。まだ直しきれていない部分があるものの、大きな前進。まだ未完全なものの、カトマンズの出版社に持って行くかあー。
2011/5/1 (日)
営業開始475日目 宿泊のお客さん

 今日泊まりに来る予定の旧知の知人、坂さんの部屋を準備する。午後雨が降り、気温が下がる。
 夕方5時近く坂さんが来た。105に泊まってくださることになった。日本の地震の話などになる。
 版画家の坂さんは震災の自粛ムードのなか、あえて展覧会をやりチャリティーで募金を集めたそうで、今回ネパールの子どもからも絵と日本へのメッセージを集め、被災地の学校などに届けたい、というプランを持っておられる。実現すれば楽しい。
2011/4/30 (土)
営業開始474日目 日本語教室

 朝7時日本語教室に行く。「白いぼうし」をやる。先日、宮城県松島町のお客さんが地震の詳細をメールで送ってくださった。それを子どもたちに読んで聞かせた。10歳前後の男の子2人が神妙な顔で聞いていた。「感想は?」と尋ねると、深刻な表情をして首をかすかに振った。2人とも漢字を以前より一生懸命覚えてくるようになった。
 畑と庭の草むしりをする。向かいの「ロンリーゲストハウス」の娘さんが「クリシュナアンクール(おじさん。30歳くらいからこう呼ばれる)、その草をうさぎにちょうだい!」と言って取りにきた。ロンリーでは最近うさぎを飼っている。
 今日も夕立があった。1時間くらいでやんだ。
2011/4/29 (金)
営業開始473日目 日本語の本

 日本語の本のため、午後印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。5時半頃作業をしている女性「バヒニ」が来るというので、2時間ほどマヘンドラプルまで行って時間をつぶす。6時頃バヒニがやって来て、直しのやり方を確認する。おぼつかないネパール語なのに、言いたいことが通じるから、ここの職人さんは頭がきれる。でもあいにく停電し、プリントアウトは月曜日の電気がある時間に、ということになった。手間のかかる作業なので、喜ばれなかったし、嫌になって投げ出されるんじゃないかと思ったけど、ここまで進んで助かった。さて、もう最終チェックに近いこの校正を、どのタイミングでカトマンズの出版社に持っていくか? とにかく今日は充実感があった。
2011/4/28 (木)
営業開始472日目

 ポカラに戻ってきたら、もうここは夏だ、と思った。暑い。Tシャツで十分。蚊も出るようになった。意外にトレッキングの疲れがない。脚の筋肉痛もない。むしろ調子が良いくらいで、とくに街に行くと炎症を起こしてばかりの目が復活した。やっぱり空気が違うのかな。トレッキングはクセになりそうで、いろいろ行ってみたくなった。ヒマラヤはいつも見てるので、それよりも村の人、文化、あの静けさにひかれる。
 クリシュナとたまった洗濯物、掃除などをする。
 ものすごい雨が降った。
 ひさしく使っていない客室に寝てみた。我ながら気持ちの良い布団だ、と思った。
2011/4/27 (水)
営業開始471日目 ベニからポカラへ

 朝5時起床。5時50分出発。クリシュナはここからベニまでバスかジープに乗りたい、と言ったが、その料金が外国人の私はネパール人の倍払わないといけない、とわかり、宿の人に聞けば700ルピーとも言う。それだけ払えば、ポカラからインド国境まで行けてしまう額だ。「せっかくトレッキングに来たんだからベニまで5時間歩こう」と嫌がるクリシュナを説得し、歩き出した。ところが意外なことに、この道がけっこう良かった。車の少ない早朝だったこともあり、ニルギリ峰を背にカリガンダキの急流沿いを眺めつつ、奇岩の光景も楽しめた。白いユリが群生していた。いくつもの滝があり、この景色も良かった。川にはいくつか自然の温泉もあった。道は平坦で歩きやすかった。タトパニからベニへ行くバスやジープは9時頃まで来なかった。待っていなくて良かった。山中、蝉の声が響き渡っていた。もうここは真夏なのかな。4月に蝉の声を聴くのは不思議な気がする。
 11時半ベニ着。ポカラ行きのバスの時間と料金を確認する。1時間に1本はあり、料金は200ルピー。良かった、安い。この後、ここからバスで50分のところにあるシンハ温泉にも寄ろうかと思ったが、バスのカウンターの兄ちゃんが不親切で1回目には質問を無視し、ちょっときつく聞くと「バスはそれ。人が集まったら出るんだよ。何時になるか言えないよ」。ポカラに帰れなくなったら最悪なので、ここに行くのはやめにした。ここはトレッキング許可証も要らないので、いつでも行ける。
 ポカラ行きバス乗り場に戻り、12時45分バス発。4時間で着くと聞いたが、5時間以上かかった。道が狭いので、対向車が来ると譲り合う。渓谷に落ちるんじゃないかと少しひやひやする。トレッキングで歩いたあとに、ローカルバスに5時間以上乗るのはちょっと疲れた。
 家に戻ってくる。久々に肉を買って食べる。熱いお風呂にはいる。ビールを飲む。よくトレッキングから戻ってきたお客さんが「疲れた。ここのお風呂はナイス」と言ってくれてた。その気持ちがわかった。
2011/4/26 (火)
営業開始470日目 タトパニへ

 6時頃起きる。ダウラギリ、アンナプルナ、少し雲がかかっているがきれいに見えている。夜よく眠れなかった。宿の清算をする。昨日のお茶がサービスかと思ったらしっかり80ルピーも取られていた。朝もお茶を勧められたが断った。このお茶代だけがひっかかったけど、ここも良い宿だった。泊まるならゴレパニじゃなく、『1つ隣の村』に限る。
 タトパニまでは一気に下り。1600mくらい下がる。下り道なのでラクだったが、逆に昇ってくる人はとても辛そうだった。途中の道で湧き水を汲む。ミネラルウォーターが1本90ルピーもして高いから、湧き水を空いたペットボトルにためることにした。こっちの水の方が美味しい。
 アンナプルナもダウラギリもシーカという村まで見えていた。シーカでまたトレッキング許可証を提示し、ここで朝食も食べる。チベタンブレッド100ルピーが美味しかった。だいぶ降りてくると民族の様相も異なってくる。もうヒンドゥー教系の人がかなりいる。家並みも見慣れた景色になる。カリガンダキ(黒い川)が下を流れる渓谷は迫力があった。
 13時50分タトパニ着。タトパニは「温かい水」の意味で、温泉がある。さっそく温泉に入る。一応脱衣コーナーや売店がある。以前お客さんが「温泉に浸かりながら、欧米人がガンガンビールを飲んでいる」と言っていた。ほんとにその通りで、私たちが行ったときも1組の白人カップルが湯に浸かりながらビールを飲んでいたので、すぐに「あ、ここがタトパニだ」とわかった。1回の入湯に50ルピー。四角いコンクリートの浴槽の露店風呂だった。水着やタンクトップ、短パンなどを着て入る。正直言って、この間行ったブルジュンコーラの温泉の方が良かった。あっちは渓流の中の自然の岩風呂だし、風呂の横を川が流れている。イオウのにおいも濃く、なんといってもお湯のあったかさが違う。あっちは1日中体がぽかぽかしたが、こっちはすぐ冷めた。情緒が違う。ゴレパニもそうだったが、タトパニも観光地観光地している。私には人里はなれた村、の方が好みみたいだ。
 宿はいくつもあった。きれいなところもあり、宿代は150ルピーとかで安い。その代わり食事は自分のところでしてくれ、とみな言う。その食事代がけっこうする。ビール1本300ルピー。いくつかあたり、ネパール人向けの食堂が宿もかねている、ところにした。1泊150ルピー、食事もまあまあ安かった。でも、部屋は明かりもなく暗い。トイレは屋外まで行く。顔を洗うときは、公衆水道に行く。おもしろい、といえばおもしろいけど。夜はダルバート200ルピーをここで食べた。美味しかった。
2011/4/25 (月)
営業開始469日目 トレッキング ゴレパニからチトレへ

 5時半起床。すでに明るい。ヒマラヤは薄く見えていた。宿のお会計をする。英語を書けるのが小さな娘さんだけらしく、その子が清算書を書いていた。すごくまけてくれた。ダルバートは290を250ルピーに、ビールは320を250ルピーに。観光地なのに欲がない。そもそも清算書は私たちで書いてくれ、と言っていた。こういうところに、世界中の旅人がひかれるのかな、と思う。
 7時10分頃出発。山道を行く。ほとんどゴミがない。この辺の民族の特性なのかな。上り坂はうんざりする。ここをポーターや地元の人は大きな荷物をかついでいくんだから、体力があるんだなあ。昨日も今日も曇り空で、そんなに暑くない。
 ナンゲタンティを過ぎ、9時50分ゴレパニ着。このコースのメインの場所だ。正面にヒマラヤが見える。とりあえずごはんにしようと、メニューも見ずに1つのロッジに入ったのが、ちょっと失敗だった。ダルバート330ルピーもした! 高い。ここは観光地ズレしてる気がした。
天気は悪い。展望台プーンヒルに行く。観光客は誰もいない。3200メートルなので寒い。白い雲が周辺を流れてる。ほんとはヒマラヤの明峰が一望できるらしいが、ちらっと見えただけだった。ピンクのラリグラスが咲いていた。まだつぼみもあった。チベット仏教の旗がぱたぱた言っている。さっさと降りる。ゴレパニに戻るが、ここに泊まるのはやめて先に進むことにした。ここはお金が高そうだ。ダンプス方面に行くかタトパニに行くか迷ったが、行ったことのないタトパニに行くことにした。1つ先の村チトレに向かう。ここからは坂を下る一方なのでらくだ。「森の中のトイレ」にはもう慣れた。人がいなければm何の問題もない。途中で雷が鳴り始めた。今日は1組だけ日本人に遭った。14時チトレ着。
「New Annapurna View」というロッジに泊まる。ここも木造。静かな村で目の前にアンナプルナ、ダウラギリが見えた。素朴な感じのマガル民族の奥さんがまきでストーブをつけてくれる。昔の日本の家に来たような懐かしい雰囲気がある。部屋は清潔、トイレは水洗式。バススームつきで1部屋200ルピー。食堂にダライラマの写真が飾ってあった。
18時半に晩御飯。他にドイツ人のカップルが泊まっていた。ダルバート250ルピー。ゴレパニよりずっと安い。大根の漬け物が美味しかった。
気温が下がった。少し雨が降った。ここでもジャイカテを飲んだ。焼いた米が香ばしい。ホットシャワーは今日もなくて、沸かしたお湯をもらった。9時就寝。夜中もカラカラと馬か牛の首に鳴る鈴の音が聞こえていた。
2011/4/24 (日)
営業開始468日目 トレッキング ナヤプルからバンタンティへ

 5時起床。残飯でおじやを作り、7時半出発。運良くすぐバスが来て、ゼロキロメーターに7時35分着。またすぐバスが来て7時40分にバグルンバスパーク着。さらに運良く5分後にベニ行きのバスが来て乗ることができた。7時45分発。トレッキングの入り口、ナヤプルまで85ルピー。けっこうな山のくねくね道を大型バスで行くので揺れた。深い渓谷を次第に登っていく。
9時15分ナヤプル着。着いたところの店でトイレを借りお茶を一杯飲む。ミルクティ2杯とセルロティ(ドーナツみたいなパン)1個で40ルピー。ポカラより高い。その店の脇の道を下に降りると街があって、その横に川が流れている。その川沿いに歩き始める。街を出るところにチェックポストがあってトレッキング許可証を提示する。しばらく行ってTIMSも提示する。どっちも黙ってすーっと行ってしまえば、見つからないような気がしてしまう。ヨーロッパ人、中国人のトレッカーがいた。川沿いに行き橋を渡る。まもなくビレタンティ着。車も走る道を川沿いに行く。蝉が鳴いている。川のせせらぎを聞きながら、田園風景の中を歩く。ランガイ、ヒレなどを通り過ぎ、坂道を山の中に入っていくとティルケドゥンガに着く。12時15分。きれいな川と滝。子どもが水遊びをしている。渓流のそばに建つ宿は日本の温泉宿みたいで、なかなか日本人好み。もう車は走っていない。
 ここで昼食でフライドヌードルを食べる。290ルピー。高いなあ! ポカラなら90ルピーくらいだ。普通のお茶も40ルピー。店の女性は「えー、2人で1皿しか食べないの?」と嫌味な感じだった。だって高いんだもん。
 ティルケドゥンガを過ぎ、ウレリまでは急坂が続く。「地球の歩き方」によれば600mだそうだ。昇り切るのに1時間半かかった。みな息を切らせて休み休み行っている。クリシュナはさすがに地元の人で、重いリュックを背負いながらすいすい昇って行く。私たちはTシャツにジーンズの普段着だったが、他のトレッカーはトレッキング用の服装をしていた。杖も持っている。欧米人が多い。私たちはけっこう足が速いみたいで、最初のころそばにいたトレッカーはとうに見えなくなってしまった。道々にラリグラスが咲いていた。初めて見た。
 16時バンタンティ着。ここはゴレパニという大きな街の少し手前。新しくてきれいなロッジが数軒あった。この間うちに泊まったお客さんはその日のうちにゴレパニに着いて、びっくりされたというが、それはほんとで、私たちもいいとこバンタンティ止まりだった。深い緑の渓谷にのぞむ「Green Hill View」という宿に止まる。共同トイレ・シャワーで1部屋200ルピー。この日客は私たちだけだった。
 私たちが来ると10歳くらいの娘さんが、すぐにトイレを掃除しに来た。私がちょっとネパール語を喋ると、クリシュナに「ママ(親戚のおじさんの意味。実際の親戚ではないけど親しみを持って呼んでいる)! ネパール語を喋るんだね!」とわざわざ言っていた。奥さんもハキハキした良い感じの人で、1人の男の子は「ネパールは初めてですか?」と日本語を喋っていた。
 部屋はとっても清潔だった。トイレもきれい。この宿の人はマガル民族らしい。きれい好きなんだな。同じネパールでもインド側の村はあんまり宿がきれいじゃないことが多い。宿の正面に緑の深い谷が迫る。川の流れる音が聞こえた。緑の山と山の間にマチャプチャレとアンナプルナのてっぺんがかすかに見えた。
 ホットシャワーはなかったが、熱いお湯をバケツでくれた。すごい汗をかいたので、湯浴みすると気持ちが良かった。6時半に晩御飯を頼む。ダルバート290ルピー、ビール320ルピー、ジャイカテ(焼いた米を入れたロキシー酒)40ルピー。おいしかった。サービスで肉を1皿くれた。
 部屋は木の壁と床で温かかった。21時就寝。
2011/4/23 (土)
営業開始467日目 日本語教室

 7時日本語教室に行く。「伝言」についての課をやる。みんなでピクニックに行くことを電話で連絡した場合の練習をした。なかなか上手くできた。「白いぼうし」に入った。私も教科書で習った。子どもたちにはちょっとストーリーを理解するのが難しいみたい。
 トレッキングに行くことにした。お客さんに実際のコースを説明したり、現地のホテルにコネクションを作っておきたいからだ。午後トレッキング許可証をとりにツーリズムボードに行く。つい先日来たばかりなので、「またきたんですか?」と聞かれた。でも許可証は1回しか使用できないらしいので、どうしても取るしかない。「TIMS」はこの間のが未使用なので、今回は取らなかった。
2011/4/23 (Sat)
トレッキングへ行く!

 先日、お客さんと日帰りでトレッキングエリアに行ってきたが、欲が出て、もっと先へも行ってみたくなった。
 再度トレッキング許可証を取り、明日出発。4月29日頃戻ってくる予定。

※ブログ、トレッキング中は休みます。戻ってきたら、トレッキングのハウツー詳細掲載します。
2011/4/22 (金)
営業開始466日目

 雨季に入った――、と書いた日から雨が降らなくなった。風が強い。
 
 先週日本語教室で新聞の記事を集めた。それをみなにコピーして渡すことにした。コピーはいつも近くて親切なガウリガットの店でやっている。なのに、今日そこに行ったら「コピーはない」と言われた。機械が壊れたのか? それでその周りなどを探すが意外にない。バラヒチョークの店では「1枚8ルピー」と言われた。冗談じゃない。街では1枚3ルピー、レイクサイドだっていいとこ5ルピーだ。うちの近所まで戻ってきて、メインどおりを離れた店に行くと5ルピーだというので、そこでコピーした。新聞ぽく見せようと、どうコピーして折ろうか、考えた。どうしても裏表で白紙のページができてしまったのだが、ホチキスで止めて完成。明日の授業で配ろう。
 
 印刷会社「シバサンカールプレス」に日本語の本の件で電話する。社長が出て「バヒニ(妹の意味だが、年下の女性の呼称)が作業してたから、直接聞いて」といわれ、携帯番号を聞く。かけてみるが、バヒニは電話に出ず、結局進捗状況の確認もできずじまいだった。
2011/4/21 (木)
営業開始465日目

 カーテンや風呂マットなどを洗う。天気が良いのですぐに乾く。お客さんのあいてるこの時季にメンテナンス系を進めよう。
 クリシュナの古くからの知人で、版画家の坂さんが5月1日に来ることになった。
 クリシュナがたこやきを作った。中味がトロンとしていて、けっこうおいしくできていた。
2011/4/20 (水)
営業開始464日目 畑

 クリシュナが畑をやった。畑の添え木にするための竹を買いに行く。250ルピー。昨日掘った穴にそれを立てる。午後ここに植えるための苗を買いに行く。種では時季が遅すぎ、もう葉のでた苗を買う。からすうり、ゴーヤ、唐辛子計5個で100ルピー。それをクリシュナが植えた。カースペースのやたらと日当たりのいいところに、これらの葉を生やしグリーンのカーテンで日よけにする計画。昨年来た野菜作りの専門家の方が教えてくれた。
 
 昨日撮った顔写真を取りに行く。できた写真と一緒に私の写真の番号を載せた名刺が入っていた。次回はこのカードを見せれば、写真を撮りなおさずに焼き増ししてくれる仕組みのようだ。なんてスマートなやり方だろう! ネパールにもこういう風に、しっかりした仕事をする人がちゃんといるんだよ。物がないから仕事ができない、仕事がない、なんてうそうそ。アイデア次第。
2011/4/19 (火)
営業開始463日目 朝ごはんを出す 携帯直る

 朝5時に起き6時半にお客んたちの朝ごはんを出す。そして朝7時半過ぎお客さんたちがチェックアウト。「また来ます」と言っていただいた。今回は私たちもずいぶん楽しませてもらった。秘湯までの日帰り旅行は貴重な体験で、すごく印象的。ネパールを知り、楽しむことに、少しでも役立てたならうれしいが。地震や原発の状況下の日本に帰るお客さんを送り出すのは、複雑な思いがする。「帰っちゃったね」。お客さんの姿が曲がり角を周って見えなくなると、寂寥感がわいてきて、クリシュナといつもこの言葉を口にする。お客さんがいないと、うちは「普通の家」になる。
 
 1年間保証すると言われて買った時計の電池が3ヶ月足らずで止まった。レシートを持っていく。疑心暗鬼だったが、ちゃんと無料で交換してくれた。また、修理に出していた携帯がなおったから取りに来てくれ、という電話があった。この前そう言われて取りに行ったらまだできてなかったので、今回は念のため、もう一度電話をこちらから掛けなおした。そして店に行くとちゃんと直って届いていた。こっちも疑心暗鬼だったが、意外にうまくやってくれてた。ネパールもけっこうやるじゃん、と気分がよかった。珍しい。。
 
 顔写真を街で撮る。翌日仕上がりで6枚100ルピー。やっぱり安い。今度からお客さんがトレッキング許可証に写真が要るときは、ここを紹介しよう。
 
 雨季が始まったみたいだ。今日は午前中に雨。
 
 豆に水を浸して「もやし」をつくった。小豆で作ったので贅沢な味がした。豆そのものがうまい。始めて1週間くらいだった。まだ根(茎?)が細かった。
2011/4/18 (月)
営業開始462日目 宿泊のお客さん

 夕べの雹で庭の草木が倒れてる。
 今日も少し雨があった。
 昨日の温泉効果で、お客さんもぐっすり眠られたようだ。
 午後お客さんから、「物のない村にボールペンを持っていくと喜ばれると聞いて持ってきたんですが、どこに行けばいいでしょうか?」と尋ねられる。しばし考え、親が刑務所に入っている子どもを預かる施設を勧める。昨年訪ねたときの印象ではやや「(気分的に)重たい」施設とも思われたが、この近所の支援がたくさん入っている施設より良い気がした。その旨をお客さんにも話す。それを承知のうえ、クリシュナをガイドにし、タクシーで向かった。
2,3時間して戻られる。お客さんも少々「考えせられた」という表情をしている気がした。訪問は歓迎されたみたいで、子どもが手をつないで道を送ってくれた、という話をしていた。クリシュナは「みんな元気だったよ」。物より人が訪ねることが一番なのかもしれない。
 夜ごはんは、お客さんに誘っていただき、チベットレストラン「ポタラ」に行く。欧米人で満席だった。モモとトゥクパなどを食べる。話題はどうしても「地震、原発」になる。事態の好転を祈るしかないが。
2011/4/17 (日)
営業開始461日目 ヒマラヤの温泉に行く! 宿泊のお客さん

 朝ごはんをお客さん(Mさんご夫妻)ともども済ませ、9時40分迎えに来たタクシーで出発。ツーリズムボードにトレッキング許可証を取りに行く。顔写真が必要というのでそれを入り口のところの写真屋で取る。4枚300ルピー。カトマンズや街で撮るほうが断然安い。許可証の申請窓口で紙を受け取り、パスポートナンバーなどを書き、2000ルピーを払う。プリンターの調子が悪いらしく、ちょっと待たされた。許可証は行く先によって必要な場合もそうでない場合もあり、窓口の人も私たちが行きたい温泉の場所をドライバーに確認していた。そして以前はなかったが『TIMS』という許可証のようなものも必要になり、それに1420ルピーかかった。けっこう、お金がかかるなあ、と外人でも思うはず。ま、これがこの国の収入源だから仕方ないが。私はネパール人と結婚してるので、何か優遇措置があるのかと思ったが、市民証明がないとだめと言われた。
 それから温泉に入る際に使う布をお客さんのMさんが買い、一路タトパニへ。私もMさんご夫妻も「タトパニ(温泉)」はトレッキングコースの温泉を思っていたが、ドライバーが別の「ブルジュンコーラ」という場所の「タトパニ(温泉)」と思ったらしく、「まあそれでもいいか」ということになった。どうもタクシー料金が安いな、と思った。
 でも、このブルジュンコーラ(地名はカレパニ)の温泉もよかった。車はマヘンドラプル、マニパル病院の辺りを過ぎ、次第に山の中に入っていく。一面の田んぼ。「こういう風景、日本にもありますよね」と話す。山羊が放牧されている。白い川が深い渓谷の間を流れている。対岸の尾根がまっすぐだ。道は舗装されているが細くでこぼこしている。知らないドライバーなら道を迷われて、追加料金を取られそうだ。石造りの民家が建ち並んでいる。チェックポストでトレッキング許可証を見せる。レイクサイドから1時間半くらいだろうか? 着いた先は緑の山奥だった。観光地化はあんまりされてない。お茶屋さんが3軒くらい。宿はなさそうだった。あっても一般のうちみたいなところを貸してるくらいの感じだった。外人の姿もない。トイレは1つあった。着替える場所もないみたい。あ、でも確かに川の一部が岩で囲われ、そこで人が温泉に浸かってる! 白い川の流れはけっこう速い。そこに木造の小さな橋がかかっている。それを渡って、その岩陰で服を着替えた。地元のおじさん、おばさんが数人いて、みな薄い服を身につけ露天風呂に入っていた。
 温泉は何箇所かあり、ある場所は熱く、ある場所はぬるかった。気持ちいいー! 周囲は渓谷。そばを川が流れて、そのせせらぎも日本人好み。Mさんご夫妻ともども「ヒマラヤの温泉」を堪能する。かえって、トレッキングコースじゃないこの温泉でよかった気もする。日本人的には「人里離れた秘湯」。湯は硫黄のにおいがした。少し白い。ここでポカポカになった体は夜まで温かかった。ちょっとしたら雨が降ってきたのであがる。
 着替えて車に戻る。「ここに宿があれば繁盛するのに」と日本人一同想う。でもこの自然な感じが良いところなのかも。途中の店でMさんからトゥクパをごちそうになる。激しく雨が降り始める。温泉をあがったときの、あの独特の体のつかれもあった。16時にうちに戻ってきた。楽しかった。旅気分を味わえた。良い思いをさせていただいた。こんな機会をくださったお客さんに感謝する。
 夜はレイクサイドにはげしい雹が降った。バチバチ音がした。
2011/4/16 (土)
営業開始460日目 日本語教室 宿泊のお客さん

 日本語教室に行く。今日から生徒は2人になってしまった。ローマ字の書き方のところをやる。英文字はこっちの子のほうがはるかにレベルが高いので、この課はちょっとはしょろう。人数が減ったので、この先どうやってやっていこうか?という話になっている。
 ご夫妻のお客さんは、今日も近所の丘ラムさんのところに出掛けて行った。ごちそうになったダルバートの「お金はいらない」、といわれそうだ。みそしるを作ってきたそうで、なかなか楽しまれたみたいでよかった。
 お客さんに「タトパニ(温泉が出るトレッキングエリア)まで良かったら一緒に行きませんか?」と誘っていただいた。タクシーを予約して明日出かけることになった。温泉で着るように水着代わりの服などを用意する。ワクワクだ。
2011/4/15 (金)
営業開始459日目 宿泊のお客さん

 お客さんの朝ごはん「蒸しパン」をクリシュナが作って出す。「前回より甘くなってておいしい」と言っていただいた。牛乳を入れたりバターを入れたり、ちょっと塩を入れたり、クリシュナも研究しながらやっている。
 お客さんご夫妻に、近所の丘への散策を勧めた。道がわかるかなあ、と心配になる。迷うような高さの丘ではないけど、山道がわからないと不安なものだから。でも女性1人は勧めないけど、男性やカップルなら案内がいるほどのところではない。ご夫妻は丘の展望茶屋のラムさんとの会話を楽しまれたようだった。明日ラムさんのところでダルバートを食べる約束をしてきたとのことだった。
2011/4/14 (木)
営業開始458日目 宿泊のお客さん

 朝ごはんを済ませ、今日いらっしゃるお客さんの泊まる部屋の用意をする。
 ご夫妻は午前中にいらっしゃった。「おひさしぶりです」「会いたかったー」と言ってくださった。昨年来たときの写真を持ってきてくださった。よくこの辺のお店やホテルでお客さんと一緒に写ってる写真を飾ってるところがある。その気持ちがわかった。うれしいものだ。良い方との縁が増えた。それはこの宿をやったおかげだ。
 話題はやはり地震のことになる。神奈川にいて車に乗っていたが、すごい揺れだったという。
 晩御飯はうちでダルバート、モモ、ムラコアチャールを食べていただいた。みなでテレビ「NHK WORLD」を見て地震の最新情報を確認する。
レイクサイドで「ニューイヤーフェスティバル」をやっていて、夜は花火があがった。まず一発、「始まった!」と思ってバルコニーに一同でる。あとが続かない。数十分してまた音がする。一同でる。またあとが続かない。こんなもんなのか、と思ってもうあきらめた頃、連発で打ちあがり始めた。周辺の家の子どもたちがキャーキャー言っている。ポカラで花火。なかなかおつだ。日本人のお客さんと花火を見る。趣がある。
2011/4/13 (水)
営業開始457日目

 ひさしぶりに寒い。曇天で気温が低く風も冷たい。朝は軽井沢のような、夏なんだけど涼しいひんやり感だった。夕立もあった。
 昨日、携帯を修理に出していた「セールウェイズ」から「直ったのが届きましたので取りに来てください」と電話があったので、取りに行った。が、「まだカトマンズから届いてません。時間がかかります」と言う。「いや昨日電話をもらってる」と言うが、ネパール語でよくわからない説明をされ、とにかくまだ届いてない、と言う。担当の男の子の連絡先と名前をもらい、またSIMカードは返してもらった。何だったんだろう? 昨日の電話。
 明日はネパール暦の新年。だから今日はおおみそか。ネパールでは新年はとくに祝わないが、ポカラでは「ニューイヤーフェスティバル」を広場でやっている。でも、この天気の悪さで、イベントはほとんど止まっている。夜になってようやく音楽が聞こえた。「フェスティバルはまだやってないんですか?」と道沿いのみやげ物屋さんに尋ねると「雨が降ってるからやってない。お客さんには明日から始まりますって言ったほうがいいよ」という。お祭りをやってる、と宣伝しちゃってるから、ネパール人やインド人の観光客がけっこう来てるのに。よくみんな怒んないな。
2011/4/12 (火)
営業開始456日目 日本人会商工会カレンダー手帳完成〜〜!!

 Tさんが来て「たこやきパーティー」をする。パーティーと言うか、Tさんが露店で売っていたたこやきをうちに来て作ってくれた。もちろん、たこはないが、チーズとしょうがをふんだんに入れていておいしい。このつくり方を丁寧にクリシュナに教えてくれた。
 とても激しい風雨となり、3階の食堂に雨が入ってきた。日本の台風のようだった。でも1時間足らずで収まった。Tさんが帰るのと入れ替わりで、Mさんが来た。日本人会商工会の手帳が完成〜! 表紙は鮮やかなサムライブルーで、刷り上りがきれいだった。これを1冊120ルピーで販売することになった。ネパール暦、日本暦両方あり、ネパールの祭りや便利電話表も地図もある。この仕事の報酬をMさんが7500ルピーもくれた。そんなに大金、いいのだろうか? 売ろう、頑張って売ろう。
2011/4/11 (月)
営業開始455日目

 壊れてしまった携帯を取りに、取次店「セールウェイズ」に行く。カウンターに担当者がいない。ほかの女の子が来て「それについてはわからないわ」と言う。そばにいた男性が「それなら今カトマンズに修理に送ってるところ。明後日なら確実に届きます」と言う。どうなるんだろ。仕事的にはずいぶんマイナスな気がする。入っていたデータも全部消えてしまうのかな? 結局何の収穫もないまま家に戻ってくる。
 もう夏の日差しで暑い。午後になると強い風が吹く。
2011/4/10 (日)
営業開始454日目

 とくにすることもなくひま。もう外は緑濃く夏の空気。
 たまっていた新聞を読んで過ごす。ネパールの新聞を読んでると、「国連」の話題がよくでてくる。国際紛争の場への兵隊の派遣とか、和平・憲法制定での関わりとか。
 ビールをまとめて購入してしまったので、お金のやりくりを考えないと。最近は野菜やガスなども値上がりしている。
2011/4/9 (土)
営業開始453日目 日本語教室

 7時23分目が覚める。ヤバイ、8時から日本語教室だ!!寝坊した! 急いで服を着替え、表に飛び出す。運良くすぐにバスが来て、7時57分教室に到着。ああよかった。今日も新聞の項目のところをやる。先週この課で出てくる新しい漢字を宿題で習い、今日そのテストをやると言っておいたのに、みなほとんどできていなかった。新しい漢字と言ったら、「参加」の「参」だけを覚えてくる。基礎的なことがなあ、、
 今日は新聞の割付などを考えた。みなそれぞれに記事に見合った写真や絵を集めていた。原稿はある程度書いてあり、写真の位置を決め、それ以外のスペースに原稿を手書きで描いてもらった。書いたものをいったん私が預かった。
 Aちゃん、S君はしばらく日本に行くことになった。子供が減って、クラスの存続をどうしようかという話になった。
 宮城県松島町のお客さんから続いてメールをいただいた。震災当日の様子の詳細を書いて送ってくださった。ご自身が無事なのは「紙一重」の「奇跡」で、「街がなくなっているのです」「夢を見ているようです」。なんとも言えない。
2011/4/8 (金)
営業開始452日目

 朝ごはんを済ませ、印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。今日までに日本語の本の修正をアップしてくれることになっている。作業室を訪ねると、いつも作業をしてくれてる女性がいた。ちょっと笑顔を見せたが、どうもピリピリしている。「仕事の量は多いし、停電ばかりだし、全然進んでないよ」。社長もやってきて、女性と話してくれたが、「今はカレンダーシーズンだし、日本語の作業に手間が掛かるし、彼女もイライラして怒りながらやってるよ」。彼女にしてみれば、どの仕事をどれだけやったからといって、余計にお金がもらえるわけでもなし、「社長は面倒な仕事引き受けちゃって」くらいな感じなんだろう。こまったなあ。いったん表に出て、いろいろ考える。ほかを探して頼むか、カトマンズの出版社に相談するか・・・。結局シバサンカールに引き続き頼むことにした。だって他にいいところを知らないし、カトマンズの出版社に相談したところで、「そっちで最終まで仕上げてきて」と言われるだろう。いつになったらできるんだろう。
 壊れてしまった携帯を「セールウェイズ」に持っていく。ここで買ったという保証書を見せると、店員の男の子はすぐに対処してくれた。他の機械でチェックなどしたうえで、私の携帯が電源が入らないことを確認する。「午後か明日までに直しておきます」とのことだった。
 今日は仕事が進まなかった。
 小豆を1キロ100ルピー(約120円)で買い、日本から持ってきた寒天で羊羹を作ってみた。砂糖がちょっと足りなかった。
2011/4/7 (木)
営業開始451日目 宮城県のお客さんからメール!

 クリシュナヨガに行く。
 よくお客さんに尋ねられる観光地までのタクシー料金を、再度調べ、料金表をつくることにした。クリシュナに言わせれば、こういうことは宿を始めて「一番最初にやるべきこと」。すっかり後手に回っている。ガソリン代が即タクシー料金に反映するので、一番新しい情報も必要だ。知人の旅行会社にも参考料金を尋ねに行った。クリシュナが案内するプランも考えて、まとまったらホームページにも載せようか、ということになった。
 体がぞくぞくするほど、良い出来事があった。年始年末に来ていただいた宮城県・松島町のお客さんからメールが来た! あれだけの大災害にもかかわらず、みなさんご無事で建物などの被害もなかったという! ずーっと気になっていた。チェックアウト時には「また家族で来ます」と言ってくださった。身内の方の安否の確認だけでも大変だろうから、一介の宿の者が下手に連絡するのも迷惑かと逡巡していた。本当によかった。現地では、「復興には大変な時間がかかるだろうが、少しずつ動き出している」とのこと。遠くにいて申し訳ない。何か力になれることはないものだろうか?
 携帯が2機とも壊れてしまい、使えない。急に電源が入らなくなった。こまった。。
2011/4/6 (水)
営業開始450日目

 「カトマンズビール」残りの9ケースが届く。これを黒板に値段を書き売ることにした。これまで意外にヨーロッパ人が食事だけに来てくれた。でも、今日は表を歩く観光客の姿がなく、反響ゼロだった。
 シーズンオフに入ったのか、暇だ。夕方パラッと雨が降る。この前種をまいた春菊やほうれん草が早くも芽を出した。
2011/4/5 (火)
営業開始449日目 電気修理 ビール会社に発注

 客室の蛍光灯がつかなくなってしまったので、電気の職人を呼んで直す。部品が壊れていたらしい。新しいのに交換し、修理代は計800ルピー。蛍光灯が壊れるなんて、日本だったらそうそうない気がする。こういうことにお金がかかるんだなあ。
 最近ポカラで発売になった「カトマンズビール」をビール会社に発注する。これまで近所の店に頼んでいた。が、新しく出たこのビールを数日来、頼んでいるのに、一向に入れてくれない。最近手にした冊子に、このビールの広告が載っていた。そこに連絡先の電話があったので、連絡を取り、とりあえず2ケースをさっそく買った。10ケース頼めば1ケースはただにする、というのでそうすることにした。残り9ケースは明日納品してくれる。クリシュナが、これまでビールを頼んでいた店に「もうこっちで買ってしまったので、持ってきてくれなくていいですよ」と連絡すると、「ああ、そおなの? どうやって連絡先わかったの? 番号教えて」と逆に聞かれた。商売がうまくないなあ、のんびりしすぎというか。
 これまで読めていなかった新聞をまとめて読む。新聞は隅から隅まで読むくせになっている。英字新聞なので、見出しだけでは内容がわからず、全編を読む。半分くらいしかわかってないけど、新聞はやっぱり良い勉強になる。
2011/4/4 (月)
営業開始448日目 絵を飾る

 クリシュナはヨガに行く。ヨガのもう1人の先生パスカルさんがスイスから戻ってきた。
 お客さんが描いてくれた絵の額を作り、飾る作業をした。昨年末からなかなかこの作業ができず、ずーっと気になっていた。画家志望の10代のお客さんがネパールをテーマに描いてくれた絵。はやくお客さんに見て欲しかった。額は家にある木で手作りし、接着剤は日本から強力テープを買ってきた。半日かかって完成。素朴でのびのびした絵がうちの雰囲気にマッチしている。高級で重厚な、というより、自然でシンプルなのがいい。やっぱり絵があるっていいな。
2011/4/3 (日)
営業開始447日目

 朝5時15分起床。クリシュナ、ヨガに行く。クリシュナは意外にヨガが続いている。
 7時頃出掛けていったお客さんが戻ってきて、「グリーンバス、今日の空きが見つかったから、今日出ます。2日分払った部屋代は、ガイド紹介料としてとっておいて」。1日早くトレッキングから戻れたので、カトマンズにも1日早く行くことにしたという。紹介料はへんに気を遣わせてしまった。もっときちんとしたガイドを探して、手ごろな料金で出せるようにしないと。しかし、すごい行動力。この1週間の間に、日の出をみるために2回ゴレパニまでトレッキング。目的をかなえて、カトマンズへ。さすが龍馬の土地のかた。ぜひまた85歳のおかあさまとご一緒においでいただきたい。
 JICAのお客さんも続いてチェックアウト。もう午後から仕事の打ち合わせで、また村に行くという。JICAのかたもすごい。うちに来るお客さんを見てると、ぼやぼやしてちゃいけないな、と思う。
 空いた客室をクリシュナと2人ですぐ掃除する。天気が悪くて布団を干したり、洗濯したりはできなかった。
2011/4/2 (土)
営業開始446日目 日本語教室 宿泊のお客さん

 朝7時日本語教室に行く。新聞をつくる授業の続きをやる。S君はネットで日本の地震について調べてプリントアウトしたものを持ってきていた。ほかの子たちも記事のネタを準備してきていた。さてこれをどうやって新聞の形にしようか、という話になったとき、さすがに現代っ子たちで、「コンピュータからペンドライブに文章や写真を写してもってくる」という。ただ、ネックは日本語のフォント。パソコン自体にフォントがないとか、あっても入力するのが難しい、という。どうしようかね?
 今日もお客さんはないかなあ〜、とたるんでいたら不意にお客さんが来てくださった。JICAの方。この間、ベグナス湖のコーヒー農家にいった話などをする。そこでうちに泊まっていたNGOの方にも会ったそうで、彼女に会いに行っていた。
 お客さんがトレッキングから帰ってきた。初日遅刻してきたトレッキングガイドがどうだったか、心配していた。ただ今朝は最高に良い天気だったので、目的の日の出は堪能してこられたようだ。ガイドはあんまりやる気がなかったのか、お客さんが「どうしても今日中にゴレパニまで行きたい」というのをしぶったそうだ。今日ももう1日山に泊まっていきたいというのを、お客さんが「空さんに帰ってはやくのんびりしたい」と言ってくださったそうだ。はやく良いガイドを探すか、自分たちで行く。緊急の課題だ。
 また夕立があった。
2011/4/1 (金)
営業開始445日目

 お客さんもなく、編集関係の仕事もなく、掃除や洗濯をしてしまったので、とくにこれといってすることがない。朝干した洗濯物は午後にはほぼ乾いていた。
 夕方から雨。豪雨ではなく、ちょうどいい湿り具合。畑の水もやらなくて済んだ。ポカラの夕立はきらいではない。雨がやむと、緑がいきいきとする。
2011/3/31 (木)
営業開始444日目 トレッキングガイド手配 日本人会商工会手帳

 お客さんはトレッキングに、カトマンズから来た若い日本語の上手なガイドさんはカトマンズに帰る。朝6時頃コーヒーを出す。お客さんのトレッキングガイドには6時半出発を伝えてある。若いガイドさんは6時半前に予約してあった車を迎えに行き、6時半より前にタクシーが到着。お客さんも一緒に表に立って待つ。が、トレッキングガイドが来ない。クリシュナが電話するが電話に出ない。6時半を過ぎる。20分くらい待ってやっとやってきた。自分の携帯の時計を見せて「6時37分。7分の遅れが遅刻ですか?」と開き直り、お客さんに謝るでもない。カトマンズから来たガイドさんは苦笑いし、うちのクリシュナもさすがに怒っていた。今回、カトマンズのガイドさんも、それから私たちも紹介料金などを取っていない。うちがなめられてるのか? これではお客さんに迷惑だし、へたに紹介してしまったうちが恥ずかしい。お客さんは、紹介したうちも悪く思うかもしれない。これだからちょっとお金が高くても、しっかりした代理店に頼らざるを得ないのだ。もちろん私たちの手落ちでもある。まだトレッキングに関する人脈が構築できてないから。クリシュナと話す。「自分たちで信用できる宿を見つけて、自分自身で案内できるようにしないと」。クリシュナ自身がガイドできるようになればいいと考えている。
 Mさんから電話で、カトマンズから戻り、日本人会商工会の手帳の最終チェックを持ってきたという。空いた客室の掃除をクリシュナと急いでやり、Mさんのところに行く。先日の直しはちゃんと直っていた。でも、ほんとにこれで責了してしまって大丈夫かなあ? とMさんも不安がっている;;
 電気料金、水道料金を払いに行く。マヘンドラプルの郵便局に行き、坂本さんが送ってくれたという郵便物を確認しに行く。郵便局は小さな薄暗い小部屋で、男性、女性2人の職員がいた。届いている物がないか聞くと、「そんなに前の郵便か、さあどこにあるかなあ」。ポカラの本局の割にはたったこの数個しか、郵便物がないのかなあ、と思う。その数個を見てみて「ないよ」、と言われる。せっかく送ってくれてるものをなんと思ってるんだ。まったくやる気のない。郵便物が届かないってこういうことか、と改めて知る。
 夜8時頃、雨が降って暗い中、日本人の親子の方が部屋を見に来てくださった。「食事はできますか?」と聞かれるが申し訳ないが、準備がなかった。やることいっぱいあるなあ。「よくネパールに来る知人に知らせておきますよ」と言ってくださった。
2011/3/30 (水)
営業開始443日目 宿泊のお客さん トレッキングガイド手配

 お客さんとガイドさんが明日からのスケジュールを相談している。若いガイドさんはきれいな日本語を話す。「わたくし」「しております」。山の村の出身で、16歳から働いてきたそうだ。すごくお客さんに気をつかい、なるべくお金をつかわせないようにする。
 お客さんが明日からまたプーンヒルまで行きたいという。若いガイドさんは彼自身が行くことができないため、旅行社にトレッキングガイドを探しに行った。が、そこで紹介された人より、うちで紹介するガイドのほうがいいだろう、といってくれてうちが相談された。お客さんは日本語のできるトレッキングガイドを希望していたが、それなりの人を頼むと金額がかさむ。それでこの間、女性の友人のガイドをしてもらったトレッキングガイドに頼むことにした。雨があがったあと、相談に来る。若いガイドさんが一生懸命お客さんの希望を話していた。今回は急であり、何度も来てもらっているお客さんなので、ガイドの紹介料金は取らないことにした。
 お客さんはかなりな健脚なようなので、「日本でも山をやってるんですか?」と尋ねた。そういうわけではないらしい。ただ、高知県の方で、坂本龍馬の脱藩の道を調べたことがあるそうで、そのときにずいぶん歩いて鍛えられた、と仰っていた。脱藩の道の件ではテレビなどでも取材を受けたそうだ。今日聞いたなかで一番おもしろい話だった。
2011/3/29 (火)
営業開始442日目 宿泊のお客さん 日本人会商工会手帳校了

 朝から客室の準備をする。午後になって、Sさんとガイドさんが到着。うちに宿泊してくださるのは3回目となる。年末にうち宛てに年賀状や写真や写真をカレンダーにしたものを送ってくださっていたそうだが、届いていない。カトマンズの旅行会社には届いているそうだ。小包の場合は郵便局の方から連絡がくるが、普通郵便は郵便局が連絡をくれない。定期的に足を運ばないと礼を欠いてしまいそうだ。
 日本人会商工会カレンダー手帳の校正をやる。今日の15時までにチェックして、カトマンズに行って作業しているMさんに連絡しないといけない。電話番号や地名の一覧はクリシュナと読みあわせでチェックした。この期に及んでもまたまちがいが見つかる。カレンダーだから、精度がものをいうし。14時にMさんに連絡をして、なんとか終了。日本人同士で仕事をすると、すんなり進むしやりやすい、と思った。
 また夕立があった。ここ最近あんまり山が見えていない。
2011/3/28 (月)
営業開始441日目

 9時半ごろ印刷会社「シバサンカールプレス」に行き、日本語の本の進捗状況を確認する。「停電ばかりで全然進んでない。いまカレンダーシーズンで忙しい(ネパールの新年は4月)。4月8日ころ来て」とわさわさするなかで言われてしまった。ガーン、そんなに先!?
確かに手間のかかる仕事なんだけど。カトマンズの出版社にいつになったら、見せにいけるんだろう? こまった。。しょうがないけど。。。
 アイロンかけをする。
 天気が悪い。午後からザーッと降った。
2011/3/27 (日)
営業開始440日目

 日中電気が来ている4時間くらいの間に、アイロンかけをする。ずーっとアイロンをかけてるとさすがにあきてくる。まだ停電来ないかな、とか思ってしまう。
 15時過ぎ、Tさんがたこやきを持ってきてれた。Tさんは露店でたこやき(たこは入っていないが)を売っていて、なかなか好評だったみたいだが、もう少し採算がとれる方法を考えるべく、いったんやめたそうだ。たこは入っていないが、チーズやしょうがが利いていておいしかった。
 昨日の日本語教室やTさんとの話題にでた「150ルピーでデリバリーもしてくれるピザ屋」に行ってみた。確かにパスタもピザも150ルピー、それに15ルピー税金がつく。お店はシンプルなファーストフード風で外人、ネパール人の客で繁盛していた。チキン、ツナ、野菜、マッシュルームなどから1つ具を選べる。スタッフが大勢いて、社長らしい1人の男性が指示をだしていた。「飲み物が先なのか、後なのか、聞かないといけないんだよ」「チキンはまだか?」。不慣れなスタッフが多いらしく、社長は忙しそうだった。持ち帰りのピザは15分くらいでできた。味はまあまあ良く、ボリュームはけっこうあった。ほかの店で200ルピー以上するピザ。デリバリーサービスもあって165ルピーはなかなかうれしい。おんなじようなお店ばかりのポカラで、こういう新しいことをやるお店は応援したくなる。
2011/3/26 (土)
営業開始439日目 日本語教室 日本人会商工会カレンダー校正

 朝7時頃以前2回泊まりにきてくれたお客さんから電話。「今ポカラなんですが、急で申しわけないんだけど29、30日2部屋空いてます?」。荷物を預けてトレッキングに行かれた。縁が続くってありがたいな。ほんとに。
 日本語教室に行く。2週間、試験やお祭りで休みになり、子どもたちは漢字を忘れている。新聞をつくろう、そのネタを考えとくようにと言ってあった。A君はロサールの様子を絵に描いてきてくれた。H君は一応ホーリーについて作文してきた。S君とAちゃんは忘れたようで、再度新聞のネタを考え直す。日本の地震のことやおしゃれ好きのAちゃんはファッションを記事にしようということになった。地震のことはこちらの子どももみな知っている。
 13時に停電が終わり、日本人会商工部会手帳の校正をし、そのコピーをしに行く。電気がきてる間にいろんなことをしないといけない。その校正をMさんのところに持っていく。Mさんが明日カトマンズの印刷会社に持ち込み、その場でなおさせ校了という段取りになっている。
 夕方強い風が吹く。昼間はもう半そででいいくらい暑い。
2011/3/25 (金)
営業開始438日目 コーヒー農家に行く 日本人会商工会カレンダー校正

 8時半過ぎ、シャングジャのコーヒーを日本に売る仕事をしている気気鵑来る。一緒にベグナス湖のコーヒー農家に行く。気気鵑惑晴箸慮従譴鮓学に、私たちは売り切れてしまったコーヒーの補充に。3月の1週目だけでコーヒーが30個も売れた。すごいことと思う。
 ベグナス湖まではローカルバスで約1時間。そこからタクシーに乗るが、歩いてみればそんなに遠くなかったのに、勝手に道を通り過ぎられて400ルピーもとられた。払ってもらった気気鵑某修渓ないことをした。農家さんはだんなさんは不在で、奥さんと息子さんで焙煎の作業をしていた。コーヒー豆を煎る良い香りがしていた。普段は木を燃やして豆を煎るらしいが、木が湿気でぬれたとかでガスで作業をしていた。気気鵑30分煎るのは時間の掛けすぎではないかと言っていた。ここには日本などでは当たり前にある器具や道具がないので、試行錯誤の上でやっているのだろうけど。
 気気鵑魯丱垢望茲辰討襪箸から積極果敢にネパール人に話しかけ、農家の人にも質問していた。なんとか事業がうまく行くといい。力になれることがあればと思う。
 農家の奥さんはうちで売る値段を高くして、という。ただなあ、高くする根拠が「良い物だから」だけでは、外人相手にはなあ。安いから売れてるんだろうし。この素朴な農家の方たちのスタイルを生かしたまま、どう拡販するか? JICAの方も悩んでいたところだ。ただ、ここのコーヒーは確かに美味しいし、この手作業、手作り感。希少価値で高級感を売りにしたいな。よく話がわからなかったんだけど、コーヒーのパッケージをインドのデリーやカルカッタにオーダーしているという。何のメリットがあるんだろうか? そのほうが安いのだろうか?
 夕方Mさんが日本人会商工会の手帳の校正を持ってきてくれた。停電時間が長いから、印刷やメールを送る、コピーをとるのに時間が限られてくる。Mさんはカトマンズに行って27日中に校了してくる、と言っているが、うまく行くかな? 修正が終わったら、瞬時に私にはメールで再校正を送ってくれることになっている。
 年末だか年始に発売された「カトマンズ」という新しいビール。カトマンズで飲んだ。苦味があって美味しい。昨日やっとポカラ・レイクサイドに入ったらしく、1本買った。
2011/3/24 (木)
営業開始437日目 畑

 畑のやり直し作業をする。ほうれん草はもう終わってしまった。やたらと自然にいっぱい生えてきたトマトを、クリシュナがきちんと植えなおす。土をならして肥料を入れ、1本1本を適当な距離に置く。私は雑草の草むしりなどをする。日差しが強くて暑い! いい汗かいた。
2011/3/23 (水)
営業開始436日目 日本語の本

 日本語の本の表紙のデザイン案を考える。パソコンを酷使しすぎらしく、写真を開いたり編集しようとすると、「ジー」っと音が鳴り続けて、すごい動きが遅くなる。こっちで1台買おうかなあ。この作業だけで夕方になってしまった。
 ナガルパリカ(市役所)の人が来て、ごみ収集料金として1ヶ月500ルピー、計3か月分を持っていく。高いなあ。
2011/3/22 (火)
営業開始435日目 日本人商工会手帳校正

 Mさんが日本人会商工部会のカレンダー手帳の校正を持ってきてくださった。航空会社や病院の電話番号があっているかどうかを確かめるため、実際に電話をしてみたら、かなりあってなかったという。ふつうの家にかかってしまったとか、出ないとか。どうしたもんか? しかし、航空会社の電話番号がこんなにしょっちゅうかわるなんて、日本じゃありえない。
 朝、中国人か台湾人の女性の方が部屋を見に来て、「次回は予約して泊まりに来ます。そらは日本語? 中国語ではコウよ!」。元気の良い、お姉さんだった。
2011/3/21 (月)
営業開始434日目 日本語の本 日本人商工会手帳校正

 朝9時に印刷会社「シバサンカールプレス」に日本語の本の件で行く。停電が1日14時間ある。オペレータの女性が作業している間に訪ねて修正の指示をしないといけない。文字の修正は理解してやってもらえるが、動詞の活用表のデザイン修正は説明しないと日本語の読めない彼女には判断できない。書き手の勝手で、なるべく多くの動詞を入れたいがスペースがない。「これ以上フォントを小さくできませんよ」といわれるが、「とりあえずやってみて」と無理に頼んでくる。
 プリティビチョークにある「アーナンダホテル」でダルバートを食べてくる。ここはポカラの1日バスツアーのランチの場所となっていて10年前クリシュナと入った。高級感があるホテルだが、ネパール人やインド人向けのホテルなので食事が安い。でも、10年が経ちさすがに値段が上がっていた。ダルバート、10年前は50ルピーだったらしいが、今は150ルピーになっていた。でも美味しかった。
 日本人会商工部会のカレンダー手帳の校正をやる。カレンダーの再校。イスラム教の祭日がわからない。ネパールはイスラムの国ではないが、少しイスラム教徒もいるので、大きな祭典の日は休日になる可能性があるのだ。ネットで探すが、日付がいくつかあって迷う。知らないことはいっぱいあるもんだなあ。
 日本にネパールのコーヒーを売っている方が訪ねてくれた。将来的に日本とネパールで高級感のあるネパールコーヒーの店を持ちたいそうだ。この日本人のやる気、前向きさはいいなと思う。
2011/3/20 (日)
営業開始433日目 日本人商工会手帳校正

 昨日の日本人会商工部会のカレンダー手帳の校正をもう1回みなおす。夕方それをMさんのところに持っていく。ネパールの郡と県名、なかなかチェックが難しい。
 この前出会った日本人の方とその友達のネパール人の男性が来る。正月ころ何度か来てくれたそうだが、「人けがなかったんですけど」と言われた。そおだったかな? 日本にどういうビザで行けるかという話を聞かれる。
 晩御飯は「ラピッツアリア」でピザとクリーム&マッシュルームのスパゲティをテイクアウトする。どっちもおいしかった。
2011/3/19 (土)
営業開始432日目 日本人商工会手帳校正

 今日はヒンズー教のお祭り「ホーリー」。色のついた水をかけあう。私もクリシュナも水に濡れたくないので、家から出ずに過ごす。
 私は宮本さんから頼まれた日本人商工会のカレンダー手帳の校正作業があったので、家で1日作業するにはちょうどよかった。調べてなかった電話番号などをネットで調べる。夜までかかって作業が終わる。
 地震の影響でお客さんの予約のキャンセルが出た。
 日本のNGO[NESA]のメンバーの方が部屋を見に来てくださった。ありがたい。
2011/3/18 (金)
営業開始431日目

 お客さんが7時少し前にチェックアウト。ちょっと淋しくなる。
 あいた客室を掃除し、午後はマヘンドラプルに買い物に行く。トイレットペーパーやダル、マサラなどを買ってくる。
 久しぶりに早い時間に晩御飯を食べて寝る。
2011/3/17 (木)
営業開始430日目 宿泊のお客さん

 クリシュナヨガに行く。今日は山が見えない。
 日本人のお客さんたちは日本寺に出かけていく。日本人のお客さんの友達のネパール人パワンさんは、ネパールのタライのジャナクプルのあたり(ラム神がシータを嫁として得たときの大きな弓矢があるところ)の出身で、11歳のころから家を出てインドで働いてきたという。今はデリーで服を作る仕事をしている。なかなかの苦労人のようだった。
 晩御飯はモモを作って出す。美味しいと言っていただいた。
2011/3/16 (水)
営業開始429日目 宿泊のお客さん 日本語の本

 クリシュナヨガに行く。今日から6時15分スタートになった。
7時少し前朝日とともにヒマラヤが見えた。お客さんに声をかける。気温が上がっているせいか、ややガスっているがマチャプチャレ、アンナプルナともに見えた。お客さんは喜んでいた。朝停電していなかったので、テレビNHKWORLDをお客さんと見る。原発から白い煙が出ている。みなでテレビを見入る。
 お客さんたちが観光に出かけて行き、その間に印刷会社シバサンカールプレスに行き、日本語の本の修正を渡してきた。
 夜お客さんたちにダルバートを作った。
東京の母親と電話で話す。母親は落ち着いているが、電話中にも「あ、また地震だ。震度3くらいはあるよ」と余震が止まっていないことを伝える。
2011/3/15 (火)
営業開始428日目 宿泊のお客さん 日本語の本

 日本語の本の校正作業をやる。
 午後2時頃電話があり、お客さんがバスパークに着いたという。それからしばらくして到着。バスパークで乗ったタクシーに他のホテルを勧められ、そこにわざわざ立ち寄ってきたという。カトマンズの旅行会社でも強引なツアーの勧めに遭い、ちょっとうんざりしてるみたいだった。一緒に来たネパール人の友人の方が「ロティとタルカリを6時にお願いします」とクリシュナにオーダーし、うちで晩御飯となった。クリシュナがロティ(小麦粉を焼いたパン)とタルカリ(野菜カレー、今日の具はじゃがいもとカリフラワー)を作って出す。
 夜東京の妹にメールをしているときにネットに「静岡東部で震度6強」と出る。妹の返事はしばらくして来て「いまのはかなり大きかった。余震が止まらない」と不安がにじみでていた。また昨年来ていただいたお客さんから「こういう状況ですが、(ネパールの)旅行は決行します」との連絡。早くおさまってくれ。
2011/3/14 (月)
営業開始427日目 日本語の本

 朝から4つの部屋の掃除やベッドメイクをする。
 午後は日本語の本の校正をやる。なかなか忙しい。
 私が不在の間に、日本人のお客さんから予約の電話が入る。クリシュナが電話を受ける。以前泊まっていただいた大阪の気気鵑里友達だ。明日バスでカトマンズから来るということだった。
2011/3/13 (日)
営業開始426日目 日本語の本 日本人商工会手帳校正

 Mさんも来て、日本人商工会の手帳の校正をやる。ネパール語でネパール暦で書かれたカレンダーと西暦を合わせながら校正するので、なかなか煩雑な作業だ。たくさんある行事や祝日をネパールカレンダーから読み取るにはけっこうな知識がいる。良い勉強になるなあ。修正箇所の打ち込みをやった。スキャナーを持ってくればよかった、とつくづく思った。今度持ってこよう。
 夜以前宿泊してくださった大阪の気気鵑ら電話があった。日本からの番号表示に一瞬地震で何かあったか、と思ったが、そうではなかった。友達がネパールに来ていて、うちに連絡を取りたいがどうすればいいか、とIさんに連絡があったらしく、それでわざわざ日本から電話をくれたそうだ。気気鵝∩韻な過ぎるな。
 こちらでも、地震の話題は毎日新聞の一面になっている。街の人も話題にしている。
2011/3/12 (土)
営業開始425日目 日本語の本 通訳のボランティア

 子どもたちの試験期間で日本語教室は休み。
 朝ごはんを済ませ、クリシュナが通訳のボランティアに出かける。「マムズガーデン」に泊まっている20人のグループの方々が、この間訪ねたカニヤキャンパスで、音楽や美術の授業を行う。その通訳をクリシュナがMさんから頼まれた。
9時過ぎに集合。みな話題は昨日の地震。Mさんの自宅のメールで連絡を取っているお客さんもいるらしかった。Mさんとも話すが、意気消沈してしまう。外国にいて何もすることができないもどかしさがある。
一行は2台のワゴン車で10時半過ぎに出発。ネパール人はクリシュナともう1人の女性だけだった。
クリシュナが出かけている間、私は日本語の本の作業をする。友達から「無事です」というメールが来る。「無事」とみな書いている。それだけ深刻な事態なのだろう。「日本はいますごいことになってる」「船酔いしてるみたいだった」「(福島の)田舎は微妙だけど」と。どうか被害が広がらないようにと、祈るしかできない。
クリシュナは16時半頃、帰ってきた。久々に1日お客さんとの仕事だっただけに、少々疲れた顔をして帰ってきた。でも、それなりに楽しんで帰ってきたみたいで、お昼のお弁当がおいしかったと満足していた。
18時から今日通訳したグループの方々と食事をさせてもらう。店は「タカリキッチン」で、裸麦のロキシー(ピリッと辛口だった)やチャンなどの珍しい酒や「ギウ」が出てきて、良いレストランだなと感心する。
グループはネパールに13年在住の方と、その妹さん夫婦、音楽の先生などが主体らしかった。若い方もけっこういた。妹さん夫婦のだんなさんは有名なイラストレーターだった。ネパールの土を使って、絵の具を作るという試みをされていた。自由に物を描いたり作ることが子どもの発達には必要だと、先生に説くが、なかなか理解されないと言っていた。グループのメンバーは美大の方が多いようだった。こういう専門家に指導を受けられるのだから、ネパールの子どもも幸せだな、と思うのだが、これがうまく実を結べばいいと願う。
2011/3/11 (金)
営業開始424日目 日本語の本

 午後4時少し前、ブログの更新のため、ネットを開く。地震の情報。ただごとではないことが瞬時にわかる。東京の実家に電話するが、つながらない。ネパールの日本大使館から災害用電話番号などのお知らせメールが来る。そこにかけようとするが、これもつながらなかった。妹の携帯にメールすると、間もなく返信が来た。家族は全員無事とのこと。妹はこの後、秋葉原から郊外の自宅まで2時間半かけて歩いて帰ったらしい。「こんな地震ははじめて・・」と。  夕方は電気が来ていたので、NHKワールドのテレビを見る。映像を映している。家や車が水に流され続けている。だが、すぐに停電してしまったので、テレビは見れなくなりネットで情報を見る。いたたまれない。かなしい。うちに来てくれたお客さん、大丈夫かな。  夜11時頃、こっちでも少し揺れがあった。地震? ほんの一瞬だったけど。
2011/3/10 (木)
営業開始423日目 日本語の本 ポカラのコーヒー完売!

 今日も日本語の本の校正をやる。かなり集中してやった。  そこへふとお客さんが来た。若い男性と女性の方で、コーヒーを買いに来てくださったという。JICAの方で、他のJICAの方から、うちにベグナス産、JICAの方も支援しているコーヒーが置いてあると聞いたそうだ。それでわざわざうちに立ち寄って、コーヒーをある分だけ買ってくださった。うちに残っていたのが6個。すごい、完売! 今月だけで30個近く売れた。今回のコーヒーを買ったとき、農家の人がやや強引に売っていったので、ちょっとな、と感じないでもなかったけど、まあいいや。確かに売れてる。おいしいものな。また仕入れないと。こういうこともあるんだな。  Mさんがカトマンズから戻り、カレンダーの校正を持ってきてくれた。この校正もさっそくやろう。なんか忙しい。日本で編集やってたときと変わんないくらい。  11日 16時少し前、このブログを更新するため、ネットを開いたら地震のニュースを知る。東京の実家に電話するが繋がらない状況。みなさん、ご無事だろうか?
2011/3/9 (水)
営業開始422日目 日本語の本

 日本語の本の校正を集中的にやる。停電タイムがあり、日が落ちると校正作業をやるのは厳しいので、どうしても日没には作業が終了してしまう。昨日今日は編集作業に集中している。こういう仕事をやるための作業環境が欲しくなる。
2011/3/8 (火)
営業開始421日目 日本語の本

 ちょっと遅く起きる。日本語の本の校正を集中的にやる。まだまだ直しが出てくるなあ。  以前宿泊したお客さんから問い合わせいただいた、近頃開通したトレッキングポイント「タトパニ」までの道のことをメールで返信した。そしたら「一緒に行きませんか?」と嬉しいお誘い。縁が続いているのが嬉しい。
2011/3/7 (月)
営業開始420日目 日本人会商工会の手帳

 朝5時45分お客さんが出発。サランコットに日の出を見に行き、そのままチトワンに向かうという。若いなあ。ほんとはもっとゆっくりしたいんだろうけど、休みが取れなかったそうだ。日本人だものな。昨日帰ったWさんも朝5時半に成田に着いたら、午後から出勤だそうだ。  午後Mさんが来て、日本人会商工会の新しい手帳の原稿を持っていく。ネパールの地名をどう統一するか? Mさんは価値のあるものを作って、たくさん売りたいと張り切っている。がんばろー。
2011/3/6 (日)
営業開始419日目 宿泊のお客さん

 朝8時にWさんに朝食蒸しパンを出す。「おいしい」と言ってもらった。  そしてWさんはガイド迎えのバイクに乗って空港へ。10年前に英会話教室で会ったのが縁。ここポカラで再会できるとは。「がんばってください!」と私とクリシュナにがっちり握手をしてくれた。ぜひ、また!  午後、以前も来てくれたJICAのお客さんが到着。お友達らしいお2人と。「口コミで広がったんですよ」と、連れの方にうちのことを話してくれていた。ありがたいなあ。  やはり以前宿泊してくださった大阪のお客さんからもメール。友人にうちを紹介してくれたとか。今日はほかにもメールがたくさん来た。ほんとに、感謝感謝のひとことだね。
2011/3/5 (土)
営業開始418日目 日本語教室 宿泊のお客さん

 朝6時に起き日本語教室に行く。チベタンのロサール(新年)のお祝いでAくんがお菓子を持ってきてくれた。今日の授業は「新聞記者になろう」というところをやった。今度実際に新聞を作ることにした。  午後になって、Wさんがトレッキングから戻ってきた。ちょっと日焼けして、第一声が「よかったですよ!」だった。ジョムソンまで飛行機で行き、カクベニ、レテ、などを通り、オーストラリアンキャンプまで行ったそうだ。とてもタフなのに驚く。ヒマラヤもさることながら、山間の切り立った谷の深さに感動したそうだ。ジョムソン周辺は15年ぶりにけっこうな積雪があったそうで、写真を見せてもらうと、大変な高度まで登ったかのように見えた。夜は多くの写真を見せてもらった。日ごろから日本で登山をしている彼女は「3週間くらいの時間をとってもっといろいろなところに行ってみたい」と言っていた。ガイドさんとも息があったようだし、天気も最高。お酒も各地で地酒を試したようだ。よかった、よかった。
2011/3/4 (Sun)
営業開始417日目

 朝5時45分に起きクリシュナはヨガに行く。  お客さんに朝食でクリシュナが作る「蒸しパン」が好評だと言ったものの、前夜に予約を確認しなかったため、提供できずに終わってしまった。  地球の歩き方の取材の方とお話する。似たような物件をいくつも取材する場合、その差別化をするのが難しい、という話題になる。私も日本でアパレルの取材をしてたとき、よくそう思ったもので、同業者ならではの本音だ。