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ブハリ日記(ブハリとは末の嫁)の意味

2011/7/1 (金)
営業開始535日目

 今日も天気が悪い。日照時間が短い。洗濯物が乾かない。目の前の丘には雲が掛かっている。
 ネットの接続が遅い。メールの返事ができない。3日も滞っている。日本人相手になんて失礼だろう。
 日本語の本の仕事が終わり、天気も悪い、観光客もないので少し気が抜けている。
2011/6/30 (木)
営業開始534日目

 朝から雨模様。周辺はシーンとしている。
 壊れた冷蔵庫を買い取った電器店に行く。この間の日曜日にお金を用意しておくと言っていた。ところが店を訪ねると当たり前のように「明日来て」と言う。それに大して驚かないこっちの感覚も、ちょっとヤバイなと思う。
 メールやネットがまたつながらない。
 日本語の本のレイアウトをしてもらった印刷会社「シバサンカールプレス」に、カトマンズの出版社から預かった賃金8000ルピーを払いに行く。1000ルピー、うちから上乗せした。社長のニランジャンさんは笑って「ダンネバード(ありがとう)」と言ってくれた。誠意が伝わって、まともな対応をしてくれる。ホッとする。ささやかな喜び、と感じる自分はけなげだなと思う。
2011/6/29 (水)
営業開始533日目

 朝6時半前、ホテルをチェックアウト。ポカラ行きのツーリストバスパークへ。今回はバスをBlue skyにする。前回のバスがマナーの悪いネパール人客ばかりだったのに比べると、今回はとても静か。外人もネパール人も大声を出す人もいなければ、時間に遅れる人もいない。曇天で暑くもなく、ちょっと寝てる間にスッとポカラに着いた感じだった。
 2時半前にはポカラに着く。ポカラも天気は曇り。気温もカトマンズと同じくらいだ。カトマンズからポカラに来て、「人が少ない!」と感じる。カトマンズは狭い道に人がごみごみしてて、そこをバイク、リクシャー、自転車、車が通っていくから、おちおち歩いていられない。それに比べたら、ポカラは人が少ない。その代わり観光客の数もこっちは少ない。シーズンオフに入り、外国人自体を見かけなくなった。
2011/6/28 (火)
営業開始532日目 カトマンズ 日本大使館 日本語の本

 朝9時ころ、また日本大使館に行く。昨日再入国延期が可能かどうか、午後3時くらいじゃないとわからないから、出直してと言われたが、そんなあやふやな返事を聞くためにわざわざ行けない。でも聞きにいかないとどうすることもできないから、仕方なしまた今日行くことにした。
日本の観光ビザ取得の面接の日らしく、大勢のネパール人が門の外かで並んでいた。みな緊張した面持ちでいる。窓口のネパール人男性は、私たちを見ると「昨日3時に来てといったのにこなかったでしょ。本当は今はビザを渡す時間じゃないですよ。まずお金を払って」。何言ってんのこいつ? 「昨日、再入国延期が可能かどうかわからないと言ったでしょ。話が違うよ」と言う。しかも昨日お金は再入国延期可能となった時点で払えばいいと言われた。しかも「おつりが出ないように払え」と言う。そんならまずビザを見せろ、と言った。ネパール語で怒ってるので、他のビザ申請に来てるネパール人がちょっと驚いている。2480ルピーぴったりなどなかった。窓口の男性はガラス越しにビザを見せて「いいですか?」と言った。
しょうがないから、表にいったんお金をくずしに行く。1000ルピーをくずせそうなのは「ホテルシャングリラ」しかなくて、そこのベーカリーでクロワッサンを買う。60ルピーで他よりちょっとは高いが、さすがに美味しかった。
窓口に戻る。2480ルピーがビザ代金だったが、間違えて2440ルピーと思っていた。小銭がなくてまたくずしに行かないといけないのか、と思っていたら「いい、いい」と窓口の男性が自分やスタッフの財布を探して両替してくれた。ようやく再入国ビザ取得。
 
帰り道、お客さんから問い合わせのボディビルの件で、ボディビルダーのためのサプリを売る店に行く。少し詳しく話を聞いた。

ホテルにいったん戻り、出版社のデペンドラさんに電話する。もう表紙のデザインがあがっていると言う。すぐにデザイン会社に見に行くことにした。表紙は思った以上にかっこよくできていた。さすがにプロだなと思った。ただ、使っている富士山や金閣寺が私たちが撮ったものじゃなくてネットから取って合成した、という。「ネットに出ているものだし、ネパールでは何も問題ありませんよ」と言うが、日本人の私がかんでるし、著作権が怖いので、写真を変更してもらった。妹にチェックを頼んでいた英語のプロフィールの直しも今日メールで返事が来たので、修正に反映してもらった。デペンドラさんは社長らしくいろいろと注文を出していた。
デペンドラさんの出版社では他にもネパール人の著者で日本語の本を出している。その人に、私の本を追ってすぐに出したというのは、何かまずいらしく、出版社名を臨時に「FUJI Publication」とした。問題ないのかなと思うが、大丈夫と言う。刷り部数は1000部、全国で販売する。定価は250ルピーとなった。来月に完成する。
「出来上がるのに2年掛かったねえ」とデペンドラさんは言い、「今度は辞書(単語帳)を作りますか?」と言う。まだ仕事が続きそうだ。
何はともあれ、日本語の本、責了! 私の仕事は終わった。あとはおまかせ。

夜は中国人の方がやっている中華料理屋「上海美食堂」に行く。有楽町のガード下とか新宿にありそうな食堂で、店の人にはあんまり英語が通じない。でも美味しかった。麻婆豆腐があんなに豆腐がたっぷり、肉も味噌も入って100ルピー。クリシュナは空芯菜の炒め物を2皿も食べていた。鳥が違っても、こんなに美味しく国の料理ができるとはさすが中国。
2011/6/27 (月)
営業開始531日目 カトマンズ 日本大使館 日本語の本

 朝8時半ころホテルを出て日本大使館に向かう。その道でドルをルピーに両替する。ポカラよりカトマンズの方がレートがいい。ポカラは今1ドル69,69ルピーくらいだが、カトマンズは70.79くらい。両替屋では71ルピーで替えてくれたから、かなり得した気になった。
日本大使館では、日本の建物らしくクーラーが効いている。ああ、1日中いたら冷えそうだなあ、と久々に体感する。ガラスの窓の向こうのネパール人に「数週間前に再入国の申請をし、診断書が要ると言われたので持ってきた」、と言う。しばらく待たされて、ネパール人職員に「今日の3時か4時にまた来て」と言われる。「それで用事は終わるんですか?」と聞くと「それはわかりません」と言う。「私たちだって忙しいんですよ」と言うと、日本人が出てきて「申請書が1枚じゃなくて2枚必要だった。これから申請して今日間に合えば、今日。間に合わないと、また数週間後の返事になる」と言う。「それで期限が切れてしまうことはないんですよね。申請はしてるんだから」「ええ、まあ」。ネパールと日本の役所、どっちがマシだろう? こんなあやふやな返答では困ってしまう。

 帰り道、日本人のお客さんから問い合わせがあったボディビルの店に寄るが、店主が非在だった。

 マチャプチェレ銀行に寄って、預金をする。昨日デペンドラさんから預かったシバサンカールへの代金、使ってしまうと怖いのと、今日ドルを替えたので現金を持ちたくなかった。

 タメルに戻ってごはんを食べ、出版社のデペンドラさんのところへ。そこから歩いて表紙を作る会社に行く。迷路のような裏道を通っていく。会社は印刷会社ではなく、パソコンを扱う2人の男性がいた。ものすごい立派な事務用品がそろっていた。何の会社なんだろうと少し思うが、デペンドラさんは他の本の表紙も頼んでいるらしい。日本語がスキャナーでは鮮明ではない、というので、メールで私のパソコンから送ることにした。帰って送ろうとするが、メールが遅くてとても表紙用の写真データなど送れない。CDに写して持参する。画面で開いてもらい確認すると、文字化けもなく、写真も渡せた。2人の男性はデペンドラさんと同じネワール民族で、ネワール語で会話している。クリシュナに「あなたはネワール語はできないんですか?」と聞いているのがおもしろかった。
 これでデータや素材はすべて渡した。あとは彼らの仕事。明日表紙のデザインがあがる予定だ。
2011/6/26 (日)
営業開始530日目 カトマンズ 日本語の本

 朝6時50分ころバスパークに向かう。ツーリストバスだが、乗客はネパール人の方が多い。前の座席のネパール人家族はお金持ちらしいが、タンクトップ姿の派手な女の子たちは窓からゴミは捨てるは、シートはこちらにおかまいなしに倒してくるは、休憩時間を過ぎてバスを待たせて買い物に行くは・・・。シャネル風のサングラスをかけて、革らしいショルダーバッグが、痛いほど品がなく見えてしまう。悪気はないんだろうけど、お金持ちのハイクラスがこれでいいのか、と思う。大きなお世話だろうか?

 
 15時頃タメル着。いつもの「オムタラゲストハウス」へ行く。wifiでメールをチェックし、出版社のデペンドラさんの所へ向かう。が、すごい雨が降り出した。場所によってはひざが浸かるくらいまでの雨。道がない。歩道橋の上でみな困っていた。カトマンズの人は大変だ。水が不足してるというのに、この洪水状態。ポカラはここまではない。首都がこんなに暮らしづらいのでは、庶民が気の毒だ。
 デペンドラさんはCDと打ち出した原稿を受け取ってくれた。明日印刷会社に一緒に行って、画面でCDの状態などを確認することになった。「シバサンカールプレス」の請求書、一目見て、何も言わずに8000ルピーを出してくれた。ブツブツ言うネパールの商売に慣れてるから、こういうムダのない動きに感動する。とにかく大きな1つの仕事が終わった。すごく気が晴れ晴れとした。
2011/6/25 (土)
営業開始529日目 日本語教室 日本語の本

 朝7時過ぎ日本語教室に行く。「いろはにほへと」を読む。物語だから楽しんで読むかと思ったが、子どもがいまいち集中力がない。なめられてんだか、いい加減なことを答えるので、「せっかく習いに来てるんだから、ちゃんとやらないと時間がもったいないでしょ」としかる。通じてんだか?
 湿気が多く蒸し暑い。
 日本語の本の中に入れたい自分たちのプロフィールを書く。何か略歴を入れないと、読者への説得力に欠けるからだ。でも英語だ。これにまた時間がかかった。ネットで探すが、なかなか思うようなのが出てこない。どうしようかな?
2011/6/24 (金)
営業開始528日目 日本語の本(校了)

 朝8時少し前に「シバサンカールプレス」に着く。オペレーターのバヒニは少し遅れてやってきた。他のスタッフが気を遣ってバヒニに急いで来るように催促の電話をし、待っている私たちにお茶も淹れてくれた。
 バヒニは今回で完全に作業にけりをつけたいらしく、私が校正の赤を見ながら言うとおりに直しを進めていった。そして10時過ぎに終わる。カトマンズの出版社のデペンドラさんに入稿の指示をもらうため電話を待つが、なかなか返事が来ない。パートタイムの時間を過ぎたバヒニは早く帰りたがっている。このプリントアウトを頼むが渋ってやろうとしない。結局PDFとプリントアウトをもらい、作業を終える。私としてはこの直しも見たかったが、バヒニに「ここまで来たらもう修正を確認する必要ない」と言われ仕方なくひきさがった。
 仕事が終了したので、シバサンカールの社長にカトマンズの出版社に持っていく請求書を切ってもらう。社長のニランジャンさんは「はっきり言って1ページ80ルピーか100ルピー分くらいの仕事をしましたよ」と言いながら、ページ40ルピーで請求書を書いていた。200ページで計8000ルピー。確かこの金額をデペンドラさんが言っていたからだ。社長は言われた通りの額にした。文字の打ち込みはしていない。レイアウトだけの額だ。かれこれ1年前。でも、この間のデペンドラさんの話ではページと言うのは左右見開きで1ページと数えると言っていたような・・・。そうだとすると、請求額の半額になってしまう。確かによくやってもらった。あれだけやってもらって、8000ルピーは安い。しかも半額の4000だったら可哀相だ。
 まあ、とりあえずこの請求書をデペンドラさんに見てもらい、交渉し合ってもらおう。デペンドラさんがうんと言わなかったら、私たちがちょっとチップとして払ってもいい。なにしろこの会社は良い会社だ。他ではやってもらえなかった。社長は儲けを度返ししてやってくれたのだ。もちろん今後を考えただろうけど。

 まだ間違いが見つかったらどうしよう・・・。こわごわとしながら、家で直しがちゃんとできてるかチェックする――。2箇所ほど、文字の大きさとスペースに問題があるところがあった。でも、間違いはなし!! まあこのくらいの問題は、読者には気がつかれないだろう。ほっとしたー。これで本でるぞ。校了。
あさっての日曜日にカトマンズに行くことになった。

 かぼちゃの芽を食べるシーズンになった。午後雨になった。この雨は気温を下げてくれて嬉しかった
2011/6/23 (木)
営業開始527日目 日本語の本

 朝8時に「シバサンカールプレス」に行く。後半部分の校正。行くともうバヒニは作業を終えてくれていた。それをプリントアウトしてもらう。「来週の火曜日にはカトマンズに行きたい」と言うと、「もうそんなに直しはないでしょう。明日の朝には終わるでしょう」。ほんと助かる。この部屋には3台のMACや2台のプリンター、スキャナーなどがある。2人か3人くらいが作業している。天井にファンも回っているが、クーラーもあって、今日はクーラーをつけていた。作業している人の椅子もクッション付きの良い物を使っている。マシン以外は日本のようではないよ。でも、働く環境が整っている。
 バスに乗って帰り、さっそく校正を始める。クリシュナと2人で素読みする。意外にクリシュナがまちがいを見つける。夕方19時頃やっと終わった。
 カトマンズの出版社のデペンドラさんに連絡する。明日の朝までに入稿データの詳細を調べてもらうことにした。

 今日も暑かった。3階で校正をやっていて、暑さにクラクラした。今日は忙しくてダルバートをしっかり作って食べる時間がなかった。そのせいもある。しっかりダルバートをたべなければ。
2011/6/22 (水)
営業開始526日目 日本語の本

 日本語の本の校正をやる。日本の妹に英訳の部分をチェックしてもらうようにメールしていたのに返事が来ない。明日の朝には印刷会社に修正を戻す。クリシュナのビザの再入国の延長期限が今月の30日で、それまでにカトマンズの日本大使館に行かないといけないので、それと同時にカトマンズの出版社の方に最終データを渡したい。カトマンズ・ポカラは日本で言う東京・大阪みたいなもので、そうそうしょっちゅう行けるものではない。行くには費用も時間も掛かるから、用事を1回で済ませたい。
 そんなことで日本語の本の作業も急いでいる。どうしよう、英文。かんたんな英語なので、わかんないではないけど、活字にするとなると自信がない。ここネパールの人も英語はみな喋るけどネイティブではないし。誰か近所に英語圏の外国人いないかな、と考えてみたが思い浮かばない。この間、アメリカ人のお客さんが泊まってくれてたときに聞いて、とおけば良かった。
 と、やきもきしてたら、夜メールが来た。妹はとっくに返信を送ってくれてたみたいだ。私がそのメールの最初の1行を見て、まだ英訳の回答は来てないと勘違いしてた。ま、よかった、よかった。

 日本の実家に電話した。日本も今日は暑かったらしい。こっちも暑い。
2011/6/21 (火)
営業開始525日目 日本語の本

 朝8時過ぎ印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。バヒニ(オペレーターの女性)が引き続き作業をしてくれている。半分まで修正が終わった。そこまでを打ち出してもらい持ち帰り、校正をする。私たちがいる間に、他のクライアントから加筆修正(collectionと英語で言うらしい。カトマンズの出版社の人もそう言っていた。初めて知った)の連絡が入ったようで、「コレクション? また入った? ハハハ・・」とスタッフ同士で苦笑いしていた。社長はクライアントに「また修正入るんですか? う〜ん」と渋ってはいたが、結局請けてしまったようで、バヒニのところにやってきて「あのお、今修正の追加の連絡が入ってさ・・・」と気を遣いながら仕事を頼んでいた。印刷会社のよくある風景。

 クリシュナの日本の再入国期限の延長の申請。その理由として、カトマンズの日本大使館から「病院から診断書をもらってきて」と言われた。それをもらいに病院に行った。クリシュナは今は元気だけど、年末に体調を崩し現在も薬は飲んでいるので理由は嘘ではない。担当医のルメソル先生にそれを頼むと、快諾してくれた。私は、(きっとネパールのことだから・・・)診断ノートの1頁にささっと書いて終わりかな、と思っていた。書いてもらう紙くらい持ってくるべきだったかな、とさえ思っていた。が、先生は机の引き出しから病院のレターヘッド入りの便箋を出し、クリシュナの生年月日や住所なども正確に英語で書き、はんこも押してくれた。へぇ、意外にちゃんとしてるんだな。しかも手数料も要らないですよ、と言ってくれた。「もしも何ヶ月か日本に行くことがあったら、こっちから薬を持っていきなさい。日本で買うと高いでしょう」。その通り。ユーモラスがあって、親切な先生だ。
2011/6/20 (月)
営業開始524日目 日本語の本

 朝9時に印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。オペレーターの彼女はパートタイムで働いていて、朝8時くらいから10時まで、夕方5時半くらいから数時間会社に来るらしい。MACのインデザインで作業をしている。日本語が読めないのに、ほんとに手際良くやってくれる。ネパールにだって、こういう仕事のできる人がちゃんといる。この国の人は怠け者と言われたり、この国の人もここには仕事がないから外国に行きたいと言うが、そんなことはない。今日では作業は終わらず、また明日来ることになった。
 帰り道、園芸店でひまわりと竹を買った。小さい竹は300ルピーもしてけっこう高い。でも前から欲しかった。
 例の壊れた冷蔵庫。それを売った店の前を通ったので、ついでに一言文句を言いに行った。そしたら、修理屋に「2000ルピーじゃなくて1000ルピーにまけなさい」と電話してくれた。そしてクリシュナが「直して売るかも」と言ったら、「9000ルピーで買い取る」と主人が言う。すぐにタクシーを送って引き取り、修理屋とのやりとりもこちらでやる、と言う。1000ルピーの修理代を引いて8000ルピー。21000ルピーで買って、2年過ぎたからまあ仕方ないかなあ。家に戻るとタクシーがすぐに来て引き取って行った。まあ縁がなかったということで。。気分的にはすっきりした。
2011/6/19 (日)
営業開始523日目 日本語の本

 某アジアの電気メーカーの冷蔵庫。2年前に買って、1年前に壊れた。時々動くこともあったが、最近また壊れた。この会社にメールもしたが、返事も来なかった。その保障期間が今日までだった。買った店に行くと職人を送ってくれた。が、その職人はやってきて「交換部品が届くのに何日か掛かって、保障期間が過ぎるので2000ルピーかかる」と言う。対応が遅いのはそっちが請け負ってる会社の問題だよ、と言いたいが、恥ずかしげもなく「仕事はできない」と言うので「ひどい会社だね」と言った。このメーカー製品はこの国では高級品だ。日本よりも高く売ってる。日本だったらアフターフォローも対応が全然違っただろう。
 以前こちらに住むネパール人によく「日本の家電を買ってきて。お金は払うから」と言われたことがあった。そうは言っても日本の家電はそんなに安くはない。持ってくるのも容易じゃないので断ったが、今その意味がわかった――。家電は日本製より高いか同じくらい。そしてすぐ壊れる。日本の家電て、20年くらい使えるんじゃないかな。

 さらに! この数日ネットが使えない。メールが見れない。停電はグンと減った。そしたら急にネットが遅くなった。ヤフーを開くと「接続中」と出るが、一生待っても出てこない。写真の箇所は「×」印で、文字と色なしの画面が出たりもした。こんなの初めて見た。仕方なし、インターネット屋に行く。ここでは開けることは開けた。でもやっぱり遅かった。私のパソコンの問題じゃないみたい。家に戻ってやってみた。最初は接続もしなかった。19時、一瞬停電した。うちはインバーターがあるので、それで続けてみた。そしたら急に接続が早くなった。何だろ? 最近停電が減ったので、一気にみんな電気を使ったのかな? 今晩は携帯のリチャージもできなかった。100ルピー分をリチャージしようとしたら、「Sorry,…operation failed」みたいな、これも初めてのメッセージが出た。通信系で何かあったのか? とにかく仕事に向かない国だなあ。

 町に出たついでに、日本語の本の直しをしてもらってる印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。心配していた進捗状況を尋ねると、「作業はもう少しで終わりそうだ。これが最終なので、明日来てチェックしてもらいながらやりたい」と言う。ああ、進めてくれてたんだ。なんてまともな返事! この会社だけが話が通じる。大好きシバサンカールプレス。

 畑のゴーヤ、もう実が成った。採って明日食べることにした。
2011/6/18 (土)
営業開始522日目 日本語教室

 朝7時に日本語教室にいく。昨日の熱がどうにかひいて、行くことができた。「にた言葉の意味」の続きをやる。「得る」「取る」の違い。文章を作らせるとやっぱり難しい。「おとうさんにぼくがじてんしゃをえた」みたいに。。でもがんばって文章はつくってくれた。
2011/6/17 (金)
営業開始521日目

 朝からお腹が痛い。朝ごはんは食べたが、その後熱が出た。下痢が原因なんだか風邪なんだかわからないが、けっこう熱が出て寝込んだ。クリシュナに薬を買ってきてもらった。
 外はしとしと雨。
 クリシュナは知り合いの日本語教室をやっている知人のところに行く。教室をやるにあたって、証明書を取るにはどうしたらいいか聞いた。今彼のところではクラスはないという。そして、役所を通して申請しないと「日本語教室」の看板が出せないが、「空ゲストハウスで教室やってまーす、と口で宣伝してやるなら申請しなくても大丈夫だよ」とのことだった。
2011/6/15 (水)
営業開始519日目

 お客さんもなく、日本語の本の方も印刷会社からの上がり待ち。階段の掃除などをする。溜まっていた新聞をまとめて読む。
 ネットが相変わらず遅い。
 最近停電が1週間28時間になった。1日4時間程度。楽だあ。
2011/6/14 (火)
営業開始518日目

 朝ゆっくりめに起きる。私もちょっと風邪気味だ。
 メールがつながらない。2日に1回はこんな調子で、これはほんとに時間のムダだ。
 畑と庭の草むしりをする。数日で雑草が伸びてしまう。ギロウラ(からすうり)とにがうりができ始めた。
 この間バルコニーにできてしまった蜂の巣を燃やした。それでバルコニーの天井が煤けてしまったので、クリシュナがペンキを買ってきて塗りなおした。
2011/6/13 (月)
営業開始517日目 日本語の本

 洗濯だけして、朝ごはんも食べずに印刷会社「シバサンカールプレス」に行く。日本語の本の直しを持っていく。11時ちょっと前で、ちょうど作業をしてくれているバイニ(女性)が帰るところだった。一応説明して「これでラストの直しにしたい」と言うと「カイ?(さてね?)」と少々いやみな返事をされてしまった。社長は「そうですね」とやはり社長らしく引き受けてくれた。さて、これを2週間以内でやってもらえるだろうか? 確かに手間をかけてしまってるんだけど。なんとかせっつこう。
 その足でマヘンドラプルの郵便局に行く。日本のお客さんが送ってくれた郵便物が届いているか聞くが「ない」と言われる。「MARUWADI」でごはんを食べ、水道の役所で料金を払って帰る。
 うちに帰ってびっくり。なんと郵便物が配達されていた。庭に投げ込まれていた感じだけど日本から2通。家まで郵便物が届いたのは初めて。けっこうちゃんとやってくれるんだ。さっき郵便局まで行ったからなのか? 当たり前と言えば当たり前なことだけど、ネパールだけに感動する。日本の消印を見たら5月11日だった。
 向かいの「ロンリーゲストハウス」の社長が、飼っているうさぎのえさに「芝をください」と取りにきた。伸びてしまった草の一部を刈っていく。うさぎがパソコンの電気の線をかじってしまったとかで、「怒ってしばらくえさをあげないでいたら、あんまりにも寂しそうにするんであげることにした」とのことだった。パソコン壊れたら、そりゃ怒りたくなるよね。
2011/6/12 (日)
営業開始516日目 朝食を出す

 お客さんに朝ごはんをお出しする。その後ずっと部屋で仕事や勉強をされ、午後チェックアウト。庭にたくさん生えた唐辛子を1鉢持って帰っていただいた。
 お客さんもクリシュナも風邪をひいている。咳き込んでいる。太陽が出ていると暑いが、朝晩や雨が降ると気温が下がる。それで調子が狂うのかな。それにしても暑い。今年は猛暑なのかも。
 最近は停電がグンと減った。1日数時間程度。らくになった。
2011/6/11 (土)
営業開始515日目 日本語学校 日本語の本 宿泊のお客さん

 朝7時日本語教室に行く。漢字のテストをやる。「練」という字が「東糸」になっていたり、正確性にいまいちかけるが、でもやる気は感じられるようになった。「にた言葉」についての課目をやる。「言う」「語る」「話す」「しゃべる」の違い。どう説明したもんか。

 日本語の本の校正の続きをやる。少しまとまってきた。良い本になるかも。
 もう、ネットが遅い。メールが全然送れない。パソコンがお疲れ気味なのかな。どうしよう、このパソコンが壊れてしまったら・・・。

 夕方頃、ポカラ在住で保育所を運営されている日本人の方が泊まりに来てくださった。保育所や自宅を出て少し集中してやりたい仕事があるのだそうだ。夕飯をうちで食べていただいた。日本の養護施設などの話もうかがった。日本に比べたらネパールの施設の子は明るい、という話になった。「前に比べて貧しいということが、悪いことばかりではないと思うようになった。貧しくても親がいて愛情があることが大切。ネパールのお母さんは子どもをとても可愛がる」。いろいろな経験をお持ちで、かつここでされている活動にも意欲が絶えない。「ここにいると仕事にあぶれないね」と笑って仰った。
2011/6/10 (金)
営業開始514日目 日本語の本

 朝から日本語の本の校正をやる。空きがあるスペースに原稿を足すことにした。印刷会社に怒られるかなあ。でも、どうしても空きが気になる。レイアウトを組んでみないとわからなかったし。
 パソコンを働かせ過ぎなのか、印刷も遅いしネットも遅い。
 
 日差しが強く真夏。暑い。
2011/6/9 (木)
営業開始513日目 日本語の本

 朝ごはんは日本米とインスタントお吸い物で簡単に済ませ、日本語の本の校正に入る。今、日没は19時過ぎ。活字を追う作業はどうしても陽があるうちにやりたい。ここは電灯が暗いので。やってもやってもなかなか終わらない。それどころか、「ああ、こんなことも入れておけばよかった」と逆にアイデアが浮かんでしまう。いまは本の作業で頭がいっぱいだ。
 なんとか19時に校正が終わり、ネット、メールのチェックをしようと思ったら、また接続が遅い。蚊に刺されながら、結局21時くらいまで何度もトライしたもののyahooにはつながらなかった。どういうことぉ? 忙しいのに!
2011/6/8 (水)
営業開始512日目 日本語の本

 朝ごはんを済ませたあと、日本語の本の校正作業を始める。めんどうくさがるクリシュナの尻を叩いてなんとかチェックさせる。出版社のデペンドラさんから「農業」と「キッチン周り」の単語を入れるように頼まれた。それを足す。デペンドラさんに6月中に入稿データを持ってくるよう言われているが、なかなか作業が終わらない。つい焦る。
 
 先日来話の来ていたテレビの取材の話。電話があって、「お客さんの予約があるときでないと、動きが出ない」とのことで、見送りとなった。他の方に取材が決まったそうだ。今後、こういう話があった場合の対応のために良い経験になった。と、思えばいいか。
2011/6/7 (火)
営業開始511日目

 朝5時20分に起き、6時20分カンティパットのツーリストバスパークへ。泊まっていたホテルで、新しいバス会社というのを紹介してもらい、そこのバスの席を予約した。バスはきれいでセンスの良いデザインだった。ただ、他のバスよりやや小型で座席が小さく揺れが大きく感じられた。ポカラに着いたのは午後3時過ぎで、時間はいつもとそう変わらなかったが、なんだかいつもより疲れてしまった。
 ポカラで、保育所をされているシスターが電話をくださり、集中して仕事をしたいということで、週末にうちに泊まりにいらっしゃることになった。思い出していただいてうれしい。
2011/6/6 (月)
営業開始510日目 カトマンズ 日本語の本 ビザ

 朝6時半頃起きて、8時前にボタヒティの出版社前に(といっても店は小さな本屋さん)に行くが、社長のデペンドラさんはなかなか来なかった。結局10時くらいになっていらっしゃった。デペンドラさんの方ではだいたい見て内容はOKとのこと。あと農業関係、台所周りの単語がほしい、という。そういう仕事で行くネパールの人がけっこういるからだそうだ。「まえがきを書きますか?」と聞かれたが、長い文章が書けるほどネパール語も英語もうまくない。無理に入れなくてもいい、と言われたのでたぶん入れない。扉や広告が入るかどうかによって、ページが異なってくるため、目次のページは入れていなかった。どうするか相談したところ「本文から1頁を始めてください」とのことだった。表紙のデザインはやってくれるそうだ。
 今回で最終チェックにし、次回は入稿データを持ってくることになった。ただなあ、まだけっこう修正箇所があって、「まだ直すんですか?」と印刷会社がゴネそうだ。しかもデペンドラさんは「1頁40ルピーでけっこう単価を高くしてる」と言うが、納得してくれるかな? まあ、その辺は出版社と印刷会社との間のやりとりなんで、まかせよう、そうしよう。

 日本大使館にクリシュナの日本のビザのことを聞きに行く。クリシュナは日本の「永住権」を持っているが、「再入国」の期限がこの6月30日まで。何もしないでいると「永住権」が失効するというか、最初からまた手続きをやり直さないといけないと聞いた。それで尋ねると、担当者は意外に簡単に「じゃあこの紙に再入国期限延長の申請を書いて」と言われ、申請書を渡された。延長理由について、クリシュナがちょっと体調が悪かったことを話すと、「じゃあ診断書を持ってきて」と言われた。もう1回カトマンズに来なくてはならなくなってしまった。クリシュナはいまだに日本の住民票があって、税金を引き落とされ続けている。もっとサービス良くてもいいだろ、と思う。

 大使館の帰り道、ボディビルダーのサプリメントを売ってる店を見つけた。この間から、メールで日本の方に、「催しがあるので、ネパールのボディビルダーを紹介しもらえないか」、尋ねられていた。ここの店に入って聞いてみると、見るからにボディビルをやってる店主が話に応じてくれた。ボディビルダーと連絡を取れる、とのこと。名刺をもらって、日本の方にアドレスを伝えることにした。

 かつて王宮で、いまは国王が退位させられたため博物館になっている「ナラヤンヒティ王宮博物館」に行った。これまでタイミングが悪く、入ったことがなかった。今回初めて入ってみた。外国人は入場料500ルピー。なかはガーデンと地上3階くらい?と地下の建物だった。玄関の木や銀細工の彫刻は立派。入ってすぐに来賓の応接室があって、そこに日本を始め各国の王族の写真が飾ってある。来賓の食事の部屋、寝室、王の事務室などなど、52も部屋があるそうだ。「ゴルカホール」というのが一番豪勢な部屋で、正面に玉座、天井に神様の絵、シャンデリアなどがある。
 確かにネパールの一般市民からしたらかなり豪奢だけど、日本人の私の目には意外に質素に思えた。豪勢なシャンデリアも、日本だったら、ホテルや企業のビルはもちろん、駅とか公共施設にもありそうだ。壁とか柱とか天井とか、うちのような民家の造りと大して変わらない。
さらに2001年の「国王一家殺人事件」があった建物は、跡地だけで、いまは壊されて草むらになっている。ボードがあって、「王妃が倒れていたところ」「王子が倒れていたところ」とか示されていた。そのボードは色あせて傾いていた。
 すべての真相が闇の中のまま、国王が実際どういう日々を営んでいたのか知りえない。でも、なんとなく陰気な気分になる。暗殺事件も100年位前だったら、歴史上のことと思えるけど、まだ10年前、次の王の追放もつい数年前のこと。生々しい。それに事件の建物が証拠隠滅的に取り壊されてるのも、これでいいのだろうか?という気になる。
2011/6/5 (日)
営業開始509日目 カトマンズ

 朝7時頃バスパークに向かう。7時半少し前に着いたが、すでに何台かバスが出ていた。私たちが予約したホリデイのバスには全然人が乗っていなくて、違うバスに振り替えられた。そのバスにも空席がある。どうもシーズンオフで客が少ないので、人が集まったバスから出発しているようだった。バスは途中何のアクシデントもなく、2時台にカトマンズ着。いつも泊まってる「オムタラゲストハウス」に行く。
 即、出版社のデペンドラさんに連絡するが、今日会うのは難しいようだ。明日の朝に訪ねることになった。
 晩御飯は予約して「ボジャングリハ」に行く。150年前のラナという貴族の豪邸をレストランにしている。19時から民族舞踊のショーがあり、それをお座敷で見ながら食事が楽しめる。ポカラにはこの手の「雅」な店がない。どこも似たような西洋人向けのパブっぽい店ばっかり。だから一度クリシュナにこういう店を見せたかった。食事はネパール料理のコースで、まず食前酒でロキシーがつき、このおかわりを何杯もくれた。チキンも魚もつき、おかわりもくれた。舞踊もカトマンズの原住民のネワール民族の舞踊「ディメ」が見れた。これはポカラでは見れない。お会計もおまけしてくれたし、満足。とても気分の良い夜だった。
2011/6/4 (土)
営業開始508日目 日本語教室

 朝7時過ぎ日本語教室に行く。「伝え合うということ」で点字についての課題の続きをやる。みな、漢字のテストを少しがんばるようになった。
 11時前に戻る。お客さんは11時40分にタクシーを呼んで出発。ご自身も茶道で出演しているという日本の伝統工芸を紹介するDVDのコピーをいただいた。いろいろな話題で話をさせていただいた。またぜひお会いしたく思う。
 夕方、隣りの家の人に教えてもらい気がついた。2階の客室のバルコニーの天井に大きなハチの巣ができていた! 「早く取り除かないと危ない」と言う。クリシュナが灯油を買いに行き、長い棒の先に布切れをつけ、そこに油を浸して火をつける。ロンリーゲストハウスの社長が一緒に、その火で巣を燃やしてくれた。燃え残った巣やハチの子をクリシュナが食べていた。白いプリプリした白子みたいなの。これが日本では大変高価な栄養食品であることは、私も知っている。でも、、どうしても、私は口にできなかった。
2011/6/3 (金)
営業開始507日目 宿泊のお客さん

 朝6時半前に起きるが、お客さんのほうがずっと前に起きていたらしく、クリシュナがゲートの鍵を開けると同時に声を掛けられた。今朝はヒマラヤがきれいなので、これからサランコットに行ってきます、とのこと。うちが起きるのが遅かったみたいで、申し訳なかった。
 お客さんに洗濯物を頼まれる。アイロンをかける際、大きなミスをしてしまった。化繊の靴下にアイロンをかけると、ジュッと嫌な感触がした。あぁ! 生地が焦げて穴が開いてしまった。なんてことを・・・。お客さんに謝るのはもちろん、何かお詫びをしなくては。お土産品をと思ったが、荷物の重量に苦労されているみたいだったので、食べ物にした。先日来、話していた「パンペニカル」のケーキを買ってきた。本当はチョコレートケーキが良かったが品切れで、バナナケーキにした。3つ買って1つを味見してみた。そんなに甘くなくて美味しい。しかも1個20ルピー、という想像以上の安さだった。ケーキを買って帰る道で、お客さんに会い、事情を話して謝る。「そんないいですよ」と優しく許していただいたが、本当に申し訳ない。家に帰り、洗濯物を返す。見ると靴下の穴は、最初よりは小さくなっていた。生地が縮んだのかな? しかし、気をつけなくっちゃ。
 
 玄関の呼び鈴がなったので、クリシュナが出ると、向かいの「ロンリーゲストハウス」の社長と警官2人だった。何でも観光客の安全を考え、パトロールをしたり、盗品注意の注意を促したりするのを強化しているとのことだった。今年は「ネパールvisit year」。うちのゲートが開いていないように見えたので、ロンリーの社長がわざわざうちに警官を連れてきてくれたのだった。警官はうちの家族構成や登録商標番号などを書いていた。そおか、ポカラの警察もこれくらいはやるんだ。ついでに、この間の塀が壊された旨(5月29日)を言ってみる。「どこどこ?」と聞かれ、裏の塀まで皆さんを連れて行く。「えぇ、こんなことされたんだ!」。ロンリーの息子さんがこの辺の子どものことはよく知っている、というので、「聞いてみる。どこの子どもだか聞いて、親に直させたほうがいい」「それでも応じなかったら、警察に連絡して」。そぉだよねー!! どうみたって、これヒドいよね! クリシュナは「どうせ親や警察に言ってもムダ」と言ったけど、偶然にも警官がやって来て、やっぱりこれは警察沙汰にしてもいいくらいの悪質ないたずら、と認められた。これで、私はかなり気分が良くなった。ネパールの警官も、捨てたモンじゃない。そして、第三者に話を聴いてもらうだけで、ストレスはかなり軽くなる、と思った。
 
 ネパールの新聞に、日本の首相の在位が短い、ことが載っていた。2007年以降、5人目の現首相。各首相の顔写真と年数の帯グラフが出ていた。ネパールの新聞にさえ、書かれてるなんて。
2011/6/2 (木)
営業開始506日目 宿泊のお客さん

 朝7時半にお客さんは、お寺で出会ったという日本語学校の先生に誘われて臨時講師に行く。迎えに来た先生のバイクの後ろに不安そうに乗っていかれたので、ちょっと心配したが、1日観光も案内してもらったそうで無事戻られた。
 クリシュナが印刷会社「シバサンカールプレス」にプリントアウトしてもらった校正を取りに行く。1部の校正紙はカトマンズのR.D.N出版のデペンドラさんに渡してある。デペンドラさんは、「間もなく印刷に入りたい。写真やデータを持ってきて」と仰っているが、まだ修正箇所がある。それでもう1部同じ校正紙を印刷会社に出してもらい、クリシュナのチェックを同時進行することにした。
 この日本語の本の出版の件で、6月5日、6日とカトマンズに行くことにした。
2011/6/1 (水)
営業開始505日目 宿泊のお客さん

 朝7時半、昨日日本寺に行かれたお客さんから電話をいただく。今日の夕方6時半にお寺を出て、こちらに戻られるとのこと。タクシーで7時前に戻られた。今日うちの庭のパパイヤが熟れたので、クリシュナがそれを取り、お客さんに味見してもらいながら、話をする。話題はこの国の教育や、それに比較しての日本の話。自然と話が震災のことになる。話題豊富な方で、この国の現状も冷静に見ていらっしゃると思った。

 日本のテレビの方から、引き続き電話の下取材を受ける。1日のスケジュールを尋ねられ答えるが、こののんびりとした国のこと。「ほかには何をしてるんですか?」と追求されるも、そおいえば何やってたかなあ? 暇ではないんだけど。掃除も洗濯もアイロンも、日本のようにパッパと行かないから。取材になるかどうかは、数日検討されるということだった。
 
 パパイヤ。実が成ったのは、もうかれこれ半年くらいまえに思う。それから黄色くなって食べられるまで、ずいぶんかかるもんなんだなぁ。20センチくらいはある大きな実だった。柔らかくなっていて、適度な甘さ。日本人にしたら、こんな高級な果物が庭に成るなんて、感激モノだ。
2011/5/31 (火)
営業開始504日目

 朝7時半に気気鵝Fさんご夫妻の朝ごはんを出す。和食。この前うまく日本米が炊けなかった。新しいのを買いに行った。新しい米は普通に炊けた。残っていたダメな方も試しに炊いてみた。やっぱりダメだった。ぐちゃぐちゃとなった。  今日は久々に朝ヒマラヤがとてもきれいだった。お客さんたちみな感動していた。  そしてご夫妻方は8時半過ぎにチェックアウト。また9月に来て下さるという話になり、この前うちのホームページから送った予約メールが届かなかった、と言う。それなら問題だ。yahooのメールだと時々勝手にブロックされてしまうことがあるようだ。どうしたもんか。  Fさんはさらにコーヒーを3個買ってくださった。私の本もフェアトレードのポーチも買ってくださった。ポーチはサンプルなので、東京の支援会社に連絡を取ってもらうことにし、お金は受け取らなかった。  1人の女性のお客さんも日本寺から上人が迎えにいらっしゃり、いったんチェックアウトされた。何泊かお寺に泊まり戻られることになった。  みなさん出発された。寂しいものがある。でも、まただいたいお会いできるのが、ネパールのいいところ。仕事やリピーターが多いので。   印刷会社「シバサンカールプレス」に日本語の本の校正をもう一部出してくれるように頼んだ。でも行ったら準備できてなかった。お客さんが日本から送ってくれた郵便物を取りに郵便局に行く。こっちも届いてなかった。2つ空振り。  夜は「D.B MOMO」に久々に行く。クリシュナは楽しみにしていた「キムチホットポット」を、私は今のメニューにはないけど以前食べて美味しかった「ピザ」を頼んだ。キャベツ、にんじん、じゃがいも、卵が乗ったピザは、「ネパール風」ピザなのかもしれないけど、私には高い欧風レストランのピザより美味しい。  帰り際雨が降ってきた。店を出ようとしたら、スルッと滑ってしりもちをついた。痛い。普通に歩けるから大怪我じゃないんだろうけど、痛ぇ。。    今月はほとんど毎日お客さんがいてくださった。幸運な1ヶ月だった。
2011/5/30 (月)
営業開始503日目 宿泊のお客さん

 NGOのお客さんは朝8時前に出掛ける。今日はカニヤキャンパス「さくら寮」の卒業式だったそうだ。  女性のお客さんと話をさせていただく。彼女のお母さんもルンビニでNGOをしているのだそうだ。ルンビニでひどい目の炎症を起こしている子どもを見た、と言う。その傷を放っておいたら、もっとひどくなり、失明もするかもしれない。でもその子の親が何の処置もしていない。自然のままにしている。そういうのを見ると、やはりこの国には教育が必要なのか、と思った、と仰っていた。  追加のコーヒーが20個届いた。  昨日、今日と久々に雨が降った。  日本語の本を出版してもらうことになっているカトマンズのR.D.N出版社の社長から電話が入った。「まだカトマンズに来ないんですか? もうチェックも終わって出版する用意をしたいんだけど」。そおだ。。5月の1週目にカトマンズに行く方に託して、校正を渡してあった。その後うちも忙しくなって、カトマンズに行くことができなかった。行かなきゃ、カトマンズ。ネパールの人に「まだですか?」って催促されるって、相当うち遅いよ。
2011/5/29 (日)
営業開始502日目 宿泊のお客さん

 朝、お客さんから観光の相談を受ける。オールドバザールやビンドゥバシニ寺院まで歩いていくということで、地図を描いて渡す。「ヨガやアーユルヴェーダを体験してみたい」ということで、知っているところを紹介する。朝と夕方のクラスがあり、1時間半で700ルピーだった。実際ヨガコースを体験してこられたお客さんの感想によると、「スローリーなヨガ」だったらしい。壊れたドライヤーの修理を相談された。いつも頼んでいるビジュリコダイ(電気修理の職人)に頼む。電圧の違いでショートしたみたいなのだが、中の部品も壊れているとかで、それが見つかれば直る、とのことだった。引き続き部品を探してもらい、お客さんにはその旨伝える。  NGOお客さん方はほぼ外出しておられた。さらにコーヒーを10個頼まれた。またべグナス湖のコーヒー農家の人に持ってきてもらう。コーヒーよく売れんなあ。    昨日、結局憲法制定はならなかった。3ヶ月の延長が決まったらしい。新聞に憲法制定の会場周辺の様子などが写真で報道されていた。その写真では、真剣な表情をして、憲法が定めることができない政治家や憲法制定委員に怒っている人もいる。でも、憲法制定委員に食事が振舞われている写真は「Lawmakers and staff enjoy their lunch・・・」、また抗議活動する民族が民族衣装を着て楽しげに踊ってる写真では「Protesters dance outside the CA(Constituent Assembly) hall・・・」とある。「カトマンドゥ ポスト」紙の論調では「これまで憲法制定をスタートさえできてない憲法制定委員は国民にあやまるべきだ」とあった。でも、政治家も国民も、どれほど真剣なんだろう? ランチを楽しんでる場合なのか? 踊ってる場合なのか? よくわかんない。    そして、今日はつくづくこの国の人々について考えさせられることがあった―-。  うちの家の裏は空き地だ。空き地と言っても土地の所有者はいる。そこでよく子どもがサッカーをしている。その土地とうちの間にはレンガとブロックで造った塀がある。そこによくボールをぶつけていて、もろい塀にダメージがありそうで嫌な気がしていた。その塀で変な音がする。夫クリシュナに「塀に何かされてるかもしれないよ」と言うが、クリシュナが「子どももそこまで馬鹿じゃないよ」と言うので、しばらく気にしないでいた。が、少しして塀を見ると、塀が壊され穴が開けられている。2箇所。さすがに表に出て、子どもに問いただす。「ぼくじゃない、こいつだよ」。ヒンドゥー教系の顔の少年たちがモンゴル系の3人の少年を指差す。その3人はちょっと目をそらしたが、うすら笑っている。クリシュナは「言っても無駄だよ」と言う。でも私は怒った。「警察を呼ぶ。修理代を払え」と言った。証拠の写真を撮ろうとすると、「写真に撮られるぅー、帰ろう、帰ろう」と逃げて走っていった。その後年長の子が来て、「何があったんだよ?」と聞いている。事情を話す子もいるが、「俺らじゃない、あいつらが失敗したんだよ」。年長の子はばつが悪そうな顔をして帰っていったが、モンゴル系の3人は「ほら、見られてるよ。逃げないと!」ときゃっきゃっきゃっきゃっ言っている。  クリシュナは「警察に言っても無駄だし、子どもの親に言えば逆ギレされるから、どうすることもできない」。確かにそうだろう、この国の怠け者でいい加減な大人や、働かない役人のことは知っている。だけどさ! 子どもが悪いことをしたら、やっぱり怒るべきじゃないのか? こういう子が大人になる。「金がなかったから」と悪びれもせず、物を盗む、貧しい振りをして働こうともせず物乞いに来る。それが悪いという意識がない。だから、外国の人から見れば「この国は教育がない」とか、ネパール人同士では「あのカーストはダメ」とかいうことになる。  この国の国民性とも言われるけど、でもそれは違う。“ちゃんと働いている人も、努力している人もいる”。  ダメな人がダメでも、そのままにして置くしかないのか? 塀の穴より、もっと深いダメージが残った。
2011/5/29 (日)
営業開始502日目 宿泊のお客さん

 朝、お客さんから観光の相談を受ける。オールドバザールやビンドゥバシニ寺院まで歩いていくということで、地図を描いて渡す。「ヨガやアーユルヴェーダを体験してみたい」ということで、知っているところを紹介する。朝と夕方のクラスがあり、1時間半で700ルピーだった。実際ヨガコースを体験してこられたお客さんの感想によると、「スローリーなヨガ」だったらしい。壊れたドライヤーの修理を相談された。いつも頼んでいるビジュリコダイ(電気修理の職人)に頼む。電圧の違いでショートしたみたいなのだが、中の部品も壊れているとかで、それが見つかれば直る、とのことだった。引き続き部品を探してもらい、お客さんにはその旨伝える。  NGOお客さん方はほぼ外出しておられた。さらにコーヒーを10個頼まれた。またべグナス湖のコーヒー農家の人に持ってきてもらう。コーヒーよく売れんなあ。    昨日、結局憲法制定はならなかった。3ヶ月の延長が決まったらしい。新聞に憲法制定の会場周辺の様子などが写真で報道されていた。その写真では、真剣な表情をして、憲法が定めることができない政治家や憲法制定委員に怒っている人もいる。でも、憲法制定委員に食事が振舞われている写真は「Lawmakers and staff enjoy their lunch・・・」、また抗議活動する民族が民族衣装を着て楽しげに踊ってる写真では「Protesters dance outside the CA(Constituent Assembly) hall・・・」とある。「カトマンドゥ ポスト」紙の論調では「これまで憲法制定をスタートさえできてない憲法制定委員は国民にあやまるべきだ」とあった。でも、政治家も国民も、どれほど真剣なんだろう? ランチを楽しんでる場合なのか? 踊ってる場合なのか? よくわかんない。    そして、今日はつくづくこの国の人々について考えさせられることがあった―-。  うちの家の裏は空き地だ。空き地と言っても土地の所有者はいる。そこでよく子どもがサッカーをしている。その土地とうちの間にはレンガとブロックで造った塀がある。そこによくボールをぶつけていて、もろい塀にダメージがありそうで嫌な気がしていた。その塀で変な音がする。夫クリシュナに「塀に何かされてるかもしれないよ」と言うが、クリシュナが「子どももそこまで馬鹿じゃないよ」と言うので、しばらく気にしないでいた。が、少しして塀を見ると、塀が壊され穴が開けられている。2箇所。さすがに表に出て、子どもに問いただす。「ぼくじゃない、こいつだよ」。ヒンドゥー教系の顔の少年たちがモンゴル系の3人の少年を指差す。その3人はちょっと目をそらしたが、うすら笑っている。クリシュナは「言っても無駄だよ」と言う。でも私は怒った。「警察を呼ぶ。修理代を払え」と言った。証拠の写真を撮ろうとすると、「写真に撮られるぅー、帰ろう、帰ろう」と逃げて走っていった。その後年長の子が来て、「何があったんだよ?」と聞いている。事情を話す子もいるが、「俺らじゃない、あいつらが失敗したんだよ」。年長の子はばつが悪そうな顔をして帰っていったが、モンゴル系の3人は「ほら、見られてるよ。逃げないと!」ときゃっきゃっきゃっきゃっ言っている。  クリシュナは「警察に言っても無駄だし、子どもの親に言えば逆ギレされるから、どうすることもできない」。確かにそうだろう、この国の怠け者でいい加減な大人や、働かない役人のことは知っている。だけどさ! 子どもが悪いことをしたら、やっぱり怒るべきじゃないのか? こういう子が大人になる。「金がなかったから」と悪びれもせず、物を盗む、貧しい振りをして働こうともせず物乞いに来る。それが悪いという意識がない。だから、外国の人から見れば「この国は教育がない」とか、ネパール人同士では「あのカーストはダメ」とかいうことになる。  この国の国民性とも言われるけど、でもそれは違う。“ちゃんと働いている人も、努力している人もいる”。  ダメな人がダメでも、そのままにして置くしかないのか? 塀の穴より、もっと深いダメージが残った。
2011/5/28 (土)
営業開始501日目 宿泊のお客さん 日本語教室

 朝7時過ぎ日本語教室に行く。まず漢字のテストをやる。最近Hくんは、漢字をかなり勉強してくるようになった。目覚しい進歩だ! 教科書は“「伝え合う」ということ”という課題の、点字についてやる。 駅の自動券売機に点字がある、とあるが、ネパールには電車もなければ、駅もなければ、自動券売機なければ、点字もない。自動券売機についての説明から始める。この辺は文化の違いを感じる。  1人のお客さんが、お腹を壊したとかで、部屋で寝てらした。夕方みなさんで食事に行かれて夜戻られた。  お客さんにコーヒーのお土産を頼まれたので、べグナス湖の農家に20個持ってきてもらった。  日本寺妙法寺の御上人のご紹介で、日本の女性のお客さんが宿泊にいらっしゃった。しばらくポカラでのんびりする予定だそうだ。観光や日本寺までの行き方などを相談を受けた。  今日は憲法制定の期限日。朝からテレビでそのニュースをやっている。制定は延期っぽい。一方で憲法制定に合わせ、民族の権利を明記しろ、とここ最近デモやストライキが起こっている。日本語教室で日本人の方と話す。「権利を主張するなら、もっと前からやればいいのに。1年間時間があったんだから。こんな数日前に言い始めても・・・」。どっちもどっちだ。ポカラは今日はストも何もなかった。
2011/5/27 (金)
営業開始500日目 宿泊のお客さん

 朝ごはんを出す。和食。米を失敗した。柔らかくなりすぎた。なんでえー!? この間、アメリカ人のお客さんに出したときはちゃんとできたのに・・・。ごめんなさい。お客さんが優しい方々だったので、「お腹が痛くなってるので、ちょうどいい!」と言ってくださった。でも、うまくなかった。  洗濯物をする。お客さん用のタオルやシーツは白。これを干しておくと、時々鳥にフンをされる。もう1回洗いなおし。ほんと、腹立たしい鳥。カラスとも限らない。けっこう可愛い南国の鳥みたいなのがやっていく。今日も1つやられた。漂白剤に一晩つけて洗いなおす。なるべく乾いたらさっと中にしまうしかない。 カラスは時々うちのバルコニーや屋上に食べ物を置いていく。チキンとか何かの骨とかドーナツとか、今日はカエルだった。私はとてもじゃないが近づけないので、クリシュナに処分してもらう。クリシュナは「フランス料理屋のカエルかも? 焼けてたよ」。そおだろうか? ネットが遅い! 繋がらない! ヤフーのメールを見るのに2時間トライしたが、とうとう開けなかった。じれったかった。 ネットが遅いのは、明日がネパールの憲法制定期限日で、たくさんアクセスされているだろうか? 明日はどうなるんだろ? カトマンズは政治活動をするデモで人が集まってるらしいが、この辺では何も変わりない。
2011/5/26 (木)
営業開始499日目 宿泊のお客さん

 お客さんの朝ごはん、蒸しパンを作る。全部きれいに食べていただいた。お客さんが日本のふきの煮物をお土産に持ってきてくださった。1つはMさん宛だったので、Mさんのところに持っていくが、Mさんはすでにカイラスに向けてカトマンズに発ったあとだった。ふき美味しかった。日本の味。  お客さんの洗濯物などをする。  メールで問い合わせがあったボディビルのチャンピオンについて、手がかりはないかと思い、レイクサイドにトレーニングジムを探しに行く。確かどっかで、マッスル男性の絵が描かれた看板を見た気がした。でも見つからなかった。ネットで「ボディビル&フィットネス協会」みたいなのを見つけた。それを問い合わせの方にメールで知らせようとしたが、ネットがおそい、おそい。今日は断念した。  取材の相談があったテレビの制作の方から電話があった。補足の質問とのことだった。取材する側だったので、取材者の気持ちはよくわかる。国際電話で取材なんて、やっぱり雑誌と違って予算が大きいんだなあ。テレビで採用されるかされないかは、近々ある会議で決まるそうだ。
2011/5/25 (水)
営業開始499日目 宿泊のお客さん

 クリシュナは今日宿泊予定のお客さんの部屋を準備する。私は昨日問い合わせのあったテレビの取材の質問項目の回答を書く。写真を送る。  日本寺妙法寺の上人から電話で、28日にポカラに来るかもしれない日本人の方の部屋の予約をいただいた。また、メールでネパールのボディビルのチャンピオンを知らないか?という問い合わせもあった。ポカラに在住の日本人の奥さんとネパール人のだんなさんが、うちの宿を見に来てくださった。なぜか急にあちこちから連絡がきた。  午後6時くらいになって、宿泊がこれで3度目のご夫妻、そのご友人のご夫妻が到着。浴槽つきの部屋2室に泊まっていただく。ご夫妻は、村の女子にポカラの大学で教育を授け、教員にして村に返すというNGOをしている。今回はその女の子たちの卒業式だそうだ。友人のご夫妻は共に小学校の先生を、この3月に定年退職されたそうだ。みなさん夕食は外に出られた。  妙に蒸し暑い。日本の暑さのようだ。珍しい。湿気がある。
2011/5/24 (火)
営業開始498日目 テレビ取材の相談が来る

 日帰りトレッキングでフォクシンに行こうかと思っていたが、今日は「バンダ(ゼネスト)」。万一、帰ってこれないなどのトラブルが遭ったらめんどくさいな、と思い、行かないことにした。ほんと、バンダって予定を停滞させるよね。  明日のお客さんに備えて客室の準備や、畑の草むしりなどをする。暑い。  午後、ネットをつなぐと、「テレビ取材の相談」というメールが入っていた。その後、東京からわざわざ電話もいただいた。電話の事情が悪く、途中で切れてしまい、面倒をかけてしまった。質問事項はメールでいただくことにした。まだ下調べの状況なのだろうが、なんかわくわくする話だ。日本では仕事で取材する側だった。取材される側になるとは。
2011/5/23 (月)
営業開始497日目

 今日は今月に入って初めてお客さん系の仕事はなし。クリシュナはこの2週間ずっと外出していなかった。それで、今日まとめてお金を両替したり、銀行に預けたりなどの仕事をした。銀行は定期預金にすると、とても利息がいい。5ヶ月置くと11%以上の利息がつく。これにした。  壊れて使えなくなっていたガス台も直した。  「桃太郎」の冷やし中華がおいしい、と聞いていたので、今日食べに行った。うん、確かにおいしい。きゅうり、卵、もやし、わかめ、チャーシューがたっぷり乗ってた。満足。  明日は「マオイストの分派のバンダ(ゼネスト)」となった。28日の憲法制定リミットに向けて各政党、民族のデモが起こっている。
2011/5/22 (日)
営業開始496日目

 6時半にお客さんの朝ごはんを出す。今日アメリカ人の5人のお客さんはチェックアウト。清算をする。私はてっきり今回の清算は6泊と勘違いしていて、その額を出すと、お客さんの方から「いや、7泊だよ」と指摘された。恥ずかしかった。計14泊、全日貸切だった。その後お客さんは荷物をまとめたが、なかなか迎えの車が来ず、出たのは11時近かった。  英語が不十分なのでろくに会話もできず、十分な対応ができたのかな? とも思う。2週間早かった。毎朝の蒸しパンとソーセージ、玉子焼きのブレックファーストが日課だった。あとは洗濯は毎日。そうじはほとんど頼まれなかった。基本的にみな穏やかで、優しい、感じの良い人たちだった。おおらかで明るく鷹揚。日本人のように外国人に対してコンプレックスがないのか、卑屈さがなく、なんかよゆうがある。  出掛けに2人のお客さんがポカラのコーヒーを2つずつ買ってくれた。毎朝持参のスターバックスのコーヒーを飲んでたから、ネパールのコーヒーなんて眼中ないのか、と思ってたけど、そうじゃなかったんだ。実は、ポカラのコーヒーの方が美味しい、と私は思う。なんせ、新鮮だし、すぐそこの畑で人の手で栽培、焙煎してる。最後にこのコーヒーを買ってくれたことに、ちょっと感動を覚えた。  「See you again」「I hope so」。またいつかお会いできますように。    午前中から雨が降った。お客さんが出た6室の掃除をクリシュナと2人でする。晴れ間を見て布団を干す。クリシュナは浴室掃除、私は掃除機と床拭き。はっきり言って、けっこうな仕事量だ。いい汗かいた。  今日の収入をさっそく銀行に入れに行った。  夜は中華料理屋で、ほんとに久々に「大入りパーティー」をした。
2011/5/21 (土)
営業開始495日目 宿泊のお客さん 日本語教室

 朝7時日本語教室に行く。「本は友達」のところをやる。ネパールには図書館がない、と言っていい。大きなのはカトマンズに1つ、公共図書館はポカラにはない。各学校にあったとしても、規模が小さいし、一般の人が利用しているということはまずない。日本で図書館を利用しまくっていた私には、歯がゆいというか、満たされてないというか。「本は友達」の項目で図書館などを紹介しているが、ネパールではピンと来ないだろうな、と。  お客さんに朝ごはんを出す。炒り卵がいい人、柔らかめの目玉焼きがいい人、それぞれにクリシュナが作っている。お客さんは晩御飯から帰ったあと、クリシュナを相手にワインを飲んでいた。
2011/5/20 (金)
営業開始494日目 宿泊のお客さん

 今日も「バンダ(ゼネスト)」。ガンダキ、ダウラギリゾーン、ルンビニ地域のバウン民族のストらしいが、ここでは特に何の動きもない。店は閉まってる。車やバイクも走ってないが、静かである。商売をしてる人はシャッターの降りた店の前で、ぼおっとしてる。夕方にはストが終わり、店が開いていた。  お客さんはいつものように朝食を食べ、その後はストのためか、室内にいてパソコンをやっていた。夜、3名の方が湖の向こうにあるレストランというのに食事に出掛けていた。だいぶ遅くなって戻られた。
2011/5/19 (木)
営業開始493日目 宿泊のお客さん

 朝5時15分に起きてお客さんの朝ごはんを準備する。前夜に作っておいた蒸しパンを温め、コーヒーカップとフォークとナイフを用意し、テーブルをバルコニーに置き、ソーセージに切れ目を入れ、皿にバターとケチャップを出す。玉子焼きとソーセージを焼くのはクリシュナがやる。お客さんが来たら、お湯を沸かして渡す。お客さんは自分で持参のスタバの粉でコーヒーを淹れる。だんだん作業がルーティンになってきた。  昨日から電気が来ない。どっかでまたケーブルが切れたとかかな、と思っていたが、向かいのロンリーゲストハウスのご主人に聞くと「いや電気は来てるよ」。ブレーカーが落ちてたのだ。慌ててブレーカーをオンに戻す。そおか、お客さんもいるので、それで・・・。今月は電気代が怖いな。電気代は大きい。  アメリカ人のお客さんはクリシュナが基本的に担当なので、ここんとこずっとクリシュナは中にいる。外には近所の買い物以外出ない。私が買い物などに出ると、顔見知りの人々に聞かれる。「クリシュナは元気? 最近見かけないけど?」。  5月28日はネパールの憲法制定の期限。それに向けて、各民族が主義を主張するためのストライキを始めている。そしてまた明日もこのポカラ周辺の地域が「バンダ(ゼネスト)」になった。クリシュナがお客さんにそれを伝えると「ええ? また? そんなに閉めてばかりいたいんですか?」と聞かれた。まったく、外国の人から見れば、この国はいったい何をやってんだろうと思うだろう。ストライキで商店や交通を閉めなくても、主義主張の行動はできるだろうし、ストライキと言っても、ほとんどの人にとってはたんなる休み。日常生活やビジネスにマイナスだと思うんだけど。  夜ご飯は久々に中華料理を持ち帰りした。
2011/5/18 (月)
営業開始492日目 宿泊のお客さん

 今日は停電が長い。電気が来ない。朝から曇り空。いつも午後3時くらいから降る雨が1時頃には降り出した。  お客さんの朝食。昨日ビニールの混じったソーセージを出してしまったので、今日は野菜を煮たのをつけてみた。が、みなソーセージは食べていたが、野菜は人によっては残していた。この辺が難しいね。やっぱり欧米人とは食が違うんだな。でも、ここに来た人でも菜食主義者の欧米人もいたし。今泊まってくださってる方々は、肉食派なんだろう。ネパールでは食事に苦労してるんじゃないかな。野菜と豆と米の国だから。  むかし、ネパールにイギリス兵が攻め入ろうとしたけど、地元のネパール兵(ゴルカ兵)にはかなわなかった、と言う。山や森の生き方を知ってる方が、そりゃここでは強いだろう。山の中で、これは食べられる草、野菜というのを、彼らは知ってるもの。  ・・・などとまで考えてしまった食事の一件だった。 宿泊の予約をいただいた。2組のご夫妻。6泊。今月はおかげさまで商売繁盛、商売繁盛。
2011/5/17 (火)
営業開始491日目 宿泊のお客さん

 朝6時半にお客さんの朝ごはんを出す。今日はとんでもないことがあった。お客さんに出したソーセージにビニールが入っていたのだ。お客さんの残飯で気がついた。すぐに謝った。気のいい人たちなので、「いいよ、いいよ」と言ってくれたけど・・。日本でこんなことがあったら大変だぞ。製造元にクレームをしようかとも思ったが、あいにく今日は2つのメーカーのソーセージを混ぜてしまっていたので、躊躇した。これだから既製品の物はなるべく出したくない。でも、お客さんにはわからないし。どう手を打つべきか考え、お客さんに「明日からソーセージはやめて、野菜とかにしましょうか?」とうかがった。それでもお客さんは「ソーセージでいい」とのことだった。とりあえず明日はソーセージに野菜もつけて出すことにした。はあ、、、  今日ポカラを出るMよさんを見送った。また次回! 2月に手伝ってもらった日本語の本がまだできてない。次回こそ、完成本を渡さないと!  夏風邪が流行ってる。  疲れがたまってんのか昼寝をする。今日はブッダの生誕を祝う祭日「ブッダジャヤンティ」だった。とくに周囲ではお祭りらしいことはやっていなかった。
2011/5/16 (月)
営業開始490日目 宿泊のお客さん

 朝6時半にお客さんの朝ごはんを出す。宿泊から今日で1週間。「1度清算したい」とのことで、これまでの支払いをしてもらった。「総計で800ドルでいいですか」と聞かれたが、実際はそんなに多くない。明細を作って提示し、それより少ない額でもらった。そして「あと同じ形式で1週間延長」と言ってもらった。毎日満室。こういうこともあるんだな、と思う。  昨日売れた手帳の代金をMさんのところに持っていく。
2011/5/15 (日)
営業開始489日目 宿泊のお客さん

 お客さんの朝ごはんを出す。お客さん、平日は日課が決まってるらしいが、昨日と今日は休日らしい。朝も起きてくる人と起きてこない人とがいる。1人はきちんと6時には食堂に上がってきて、パソコンをやっている。もう1人の人も早く来てコーヒーを淹れている。あとは三々五々、出かけて行った。夜はパソコンでアメリカの(英語だからわかんないんだけど、たぶん)テレビを見て大爆笑していた。今日はみなさん早く帰ってきて、22時前には電灯が消えていた。  今日は1部屋の掃除を頼まれた。1部屋はいま使っていないようなので、その部屋もついでに掃除をした。洗濯物も出て、洗濯やアイロンかけをした。スタッフは雇っていなくて、クリシュナと2人だけなので、これだけでもけっこう忙しい。お客さんはうちを信用しきっているみたいで、掃除を頼まれた部屋に腕時計やパソコンなども置きっぱなしになっている。もちろん私たちはそれを盗ったりしないけど、雇ったスタッフに掃除を任せていたら・・・? 地元の人々に仕事を作れるようになりたい、これが夢だけど、気軽に人を雇うのも難しい。  シャングジャのコーヒーを日本に卸している気気鵑寄ってくれた。5時ころバイクで来て、これからベグナス湖のコーヒー農家を見学に行くという。バイタリティがある。できれば彼からもコーヒーを買いたいが、販売はあえて自粛し、3年後を見ているそうだ。「ネパール&日本カレンダー手帳」を2冊買ってもらった。うちに来たお客さんだけで、8冊売れた。 暑い! もう真夏だ。
2011/5/14 (土)
営業開始488日目 宿泊のお客さん 日本語教室

 朝6時に朝ごはんを出したあと、私は日本語教室に行く。『白いぼうし』の続きをやる。最初はストーリーの理解が難解だったようだが、細かく説明したらよくわかってくれた。、私も実際これを学校で勉強したが、不思議感の残る話なんだよね。教科書の手引きを読むと、随所に登場する色彩の表現がポイントらしい。子どもの頃、私はこれを理解してたかなあ?  お客さんからのメールが多数届いた。トレッキング、ブログに紹介してくれたこと、児童画交流展など、いろいろな件で、長いメールをいただいた。ブログではかなりほめてもらってて恐縮する。トレッキングガイドをうちでもやったらいい、と提案してくださる。有り難いことと思う。  アメリカ人のお客さんは、今夜も良い酔い具合で帰ってきた。クリシュナが「明日の朝ごはんは何時にしますか?」と尋ねると「朝8時かな? 何時でもいいよ、いいよ」とのことだった。  お客さんにインターネットのケーブルを貸した。ながーいケーブルで、こんがらがっていた。アメリカ人のお客さんは、それをきれいにほどき、くるくるとまとめて戻してくれた。自分のがさつさが恥ずかしかった。
2011/5/13 (金)
営業開始487日目 宿泊のお客さん

今日もバンダ(ゼネスト)で交通機関や商店は休業している。別に危険なことがあるわけではなく、街が静かだ。お客さんたちは朝からガイドを交えて話しあっていたようだ。  アメリカ人のお客さんたちは、本当におおらかで、いまだに掃除も頼まれない。朝ごはんを出す以外は、私はこれと言って仕事がない。洗濯は頼まれる。なぜかクリシュナは洗濯が嫌いじゃないらしく、1人でやっている。洗濯をして干してアイロンをかけた物は3階の食堂のところにおいておく。しばらく誰も取りに来ない。最初のうちは早く仕上がった洗濯物をなるべく早く、と思ってお客さんに届けていたが、「どれが誰のだかわかんないので、そのまま置いといて」と言われたので、そういうルールができた。2,3日はそのまま置いてあり、みな着る物がなくなったときに取りに来ているみたいだ。自ら持ってきているコーヒーメーカーやスタバのコーヒーの粉、砂糖、変電器はそのまま食堂に置いてある。1階の部屋は鍵もかけずに夕飯に行ってしまった。みな朝食堂に介し、日中どこか出かけて行く以外は、各自部屋にいて音楽を聴いたりしている。アメリカ人の寮生活ってこんな感じなのかな?と思ったりしている。 夕飯はリーダーが若い人を誘ったり、1人で行ったりなどしている。昨日からお酒も飲んでくるようになって、12時頃戻ってきた人もいた。クリシュナが戻ってきた上機嫌の彼とワインを飲んでいた。彼らが暇そうなときもあるが、私が英語がダメなので、会話もできず申し訳ない。とにかく彼らはのびのびしてる。フリーダム。アメリカ人のライフスタイルを垣間見てるようで楽しい。
2011/5/12 (木)
営業開始486日目 宿泊のお客さん

 アメリカ人のお客さんは引き続き泊まってくれている。1人の方は風邪をひいてあまり体調が良くないようだ。時間が経つうち、少し彼らの人間関係が見えてきて、1人は明らかにリーダー、もう1人同じ年頃の方がいる。あと3人は20代半ばくらいで若い。最初はみな全員でごはんを食べに行っていたが、今日は各自自由、という感じだった。若い人に「一緒に飲みませんか?」と誘われて、クリシュナがワインを飲ませてもらった。また明日も「バンダ(ゼネスト)」らしい。その話をお客さんにすると、リーダーが「え! ここも閉まるの? ここはやってる? それならいい、それならいい」。こういう会話、うまいよなあ。
2011/5/11 (水)
営業開始485日目 宿泊のお客さん

 朝7時に昨日と同じ朝ごはんを出す。今日は「バンダ(ゼネストライキ)」で交通手段がないため、お客さんたちは歩いて出かけていった。表通りの店も一応シャッターを閉めていた。実際は裏の入り口を開けて営業している。日本語のできるお客さんに「変電器」がないか聞かれた。街に行けばあるかもしれないが、今日はバンダでやってないと思う、と言った。変電器は私の1個しかないので、お客さんと交替で使った。お客さんはみな静かで、各自部屋でパソコンをやったり音楽を聴いたりなどしている。うちのなかにアメリカ人が5人もいるって、なんか不思議な感じだ。英語のやりとりは基本的にクリシュナに任せている。  Mさんのところに畑になった春菊を持っていった。Mさんがくれた種だったからだ。日本の春菊より味がやさしい。そのうちにTさんたちも来た。自然と話題は日本の地震と原発になる。  激しい夕立があった。
2011/5/10 (火)
営業開始484日目 宿泊のお客さん

 朝6時にソーセージと玉子焼きと蒸しパンの朝ごはんを出す。1人卵が苦手な方がいるようだ。「部屋の掃除をしますか?」と尋ねるが、「いいえ、大丈夫です」との返事だった。コーヒーメーカーや大きな変電器を持ってきていて、それを食堂で使い、そのまま置いて外出してしまった。おおらかな方々だ。果たして気に入ってもらってるのかな???と思っていたが、「もしかして、さらに1週間泊まるかも」との話があった。意外だ。  午後水道料金の支払いと病院に行く。途中から雨になり、病院ではカトマンズから飛行機で来るはずのルメソル先生が来なかった。すごい大雨だった。
2011/5/9 (月)
営業開始483日目 宿泊のお客さん

 朝6時にお客さんの朝食のオーダーが入り、クリシュナが蒸しパンを作る。ランチにはおにぎりを頼まれたので、作ってお弁当のように渡す。  アメリカ人のお客さんは沖縄のアーミーということだった。みな時間や約束をきっちり守り、こちらにも気を配ってくれる、優しい良い方たちだ。最初部屋に持参の大きな鍵をかけていたりしたので、すごい用心してるんだな、と思っていたが、意外に鍵をかけずに外出してたりする。おおらかだな、と思う。ランチのおにぎりは心配していた通り、量が足らなかったみたいで、「明日のランチは外で食べます」となった。その代わり朝食は卵を2個に、ソーセージをつけてもらえますか? と聞かれた。別にそれはかまわない、と応じることにした。夜はレストランで「ステーキを食べた」と満足そうだった。やっぱり、欧米人とアジア人では食べるもんが違うんだな、やっぱ肉なんだ。と勉強になった。  電気料金を払いに行く。今月はなぜか安くて299ルピーだった。
2011/5/8 (日)
営業開始482日目 宿泊のお客さん

 朝7時に坂さんの朝ごはんを作り、坂さんは7時半過ぎに出発。ずいぶん長く泊まってもらった。絵を集めるなどの仕事はけっこう進んで、そういう意味では「今回は日本で働くのと同じくらい働いたなあ」と、盛りだくさんだったようだ。  坂さんの出発にさびしくなる間もなく、次のお客さんが来る。8部屋。11時に電話をもらうgふぁ、まだ準備ができていなかった。何しろ1部屋は自分たちの寝泊りする部屋として使っていたので、その荷物の移動からしないといけない。ここんとこ物置小屋にしていた居間に移る。この掃除が大変だった。ほこりだらけ。このほこりなのか、虫にでも触ったのかじんましんが出た。かゆいっ! 体中かゆくなりながら、それでも掃除の手はとめられない。ああ、つらかった。  お客さんはアメリカ人の5人の青年だった。大きな荷物で移動してきた。バンをずっとチャーターしているようだ。11時に来て荷物を置き、しばらく待たせてしまった。1回ごはんを食べに行って、14時頃ようやく部屋が準備できてチェックイン。人数は5人で、各自1部屋ずつ。1部屋は荷物置き場として借りたようだ。豪勢だな。みな良い感じの人たちだった。NGOとか何か仕事できたのだろうか?と思ったが、「トラベル」とのことだった。日本の沖縄にいったことがある、と言うことだった。明日の朝と昼ごはんを頼まれた。  坂さんにカトマンズの出版社に日本語の本の校正を持っていってもらった。とても助かった。  今日は久々によく働いた。夜になっても体がかゆい。かゆいよぁ。
2011/5/7 (土)
営業開始481日目 宿泊のお客さん

 坂さんと日本語教室に行く。1時間目は坂さんの指導で子どもたちに絵を描いてもらった。2時間目は私が国語の授業をした。最近生徒が減って2人になったが、気のせいか漢字をよく勉強するようになった。感心感心。  坂さんはスイス人のパスカルさんに招かれて昼食に行く。坂さんはパスカルさんの写真を日本に紹介する話を進めている。  坂さんはムスタンの子どもの施設に行き絵を集めてきた。子どもが小さいせいか、メッセージの英語がまちがっていて解読できないのがあった。  夕方突然アメリカ人の男性3人が部屋を見に来た。なんと明日から1週間6部屋予約となった。クリシュナが喜んでいる。こんなことあるんだなあ。ガンバロ。
2011/5/6 (金)
営業開始480日目 宿泊のお客さん

 坂さんは毎朝毎晩うちでごはんを食べてくれている。今回は外食はしないそうだ。気を遣ってもらってるのかな。うち安くはしてるけど。  朝9時半ごろクリシュナと昨日の私立学校に出かけていく。今日は9月に開催予定の日本ネパール児童画交流展の作品を描いてもらうためだ。午後になってクリシュナだけが帰ってきた。絵はポカラの風景と家族。楽しい絵になっている。  坂さんは1人で、以前にも訪ねている、親が刑務所にいる子どもを預かる施設に行った。子どもたちには歓迎されたようだ。前回より明るい絵が多かった。一番年長の子どもがいなくなっていたそうだ。  坂さんは夕立にあって帰ってきた。
2011/5/5 (木)
営業開始479日目 宿泊のお客さん 学校訪問

 レイクサイドにある私立学校「フェワ ボーディングスクール」へ坂さんとクリシュナと3人で行く。昨日あらかじめ話してあったので、被災地へ送るメッセージと絵の件は先生も了解済みだった。5年生、6年生の2クラスで対応してくれた。坂さんが地震や津波の話をすると、こどもたちは神妙な顔をしていた。こちらでは「TSUNAMI」のことをなぜか「すなみ」と言う。発音がしやすいのかな?  クレヨンやカラーサインペン、紙は持参した。こどもたちは絵は楽しそうに描いていた。メッセージはそれなりに考えながら、わりと前向きな表現がおおかった。「悲しまないで。行方不明の両親は必ず見つかる。もしも見つからなくても、彼らは神のもとにいるから安心です」と。宗教的な表現はお国柄なのだろうか?  持ち帰ったメッセージを翻訳する。絵は思ったより上手で、なかなか良いものになったと思う。
2011/5/4 (水)
営業開始478日目 宿泊のお客さん 日本語の本

 朝起きて坂さんの客室の準備をする。日本語の本の校正をやる。ああ、まだ直しがある。どうしよう・・。  午後いちくらいに昨日出掛けて行った坂さんとクリシュナが戻ってきた。思いのほか、2人とも疲れていた。その湖の丘の中腹にある学校まで昇ったり降りたりしたのが疲れたらしい。日差しも強い。そこの学校の子どもに絵と被災地へのメッセージを書いてもらってきた。絵は想像していたより、ずっと巧くできていた。メッセージも味気ないものかと思っていたが、意外に書いてくれていた。クリシュナはちゃんと通訳の仕事をしてきたらしい。ひとまずよかった。  そこで出会ったというレイクサイドの私立学校の教師に勧められ、その学校にも行くことになった。こちらは私も同行した。が、その時間にはもう学校は終了していて、また明日出直すことになった。  種をもらった春菊が見事に畑にできた。初めて収穫して食べた。おいしかった。