
| 安部公房〜砂の女〜 |
都会で暮らすひとりの学校教師。 …夏休み。…地方へ新種を求めて昆虫採集にでかけた彼は、終点の辺鄙(へんぴ)な場所でバスをおり、やがて集落のある砂丘へと入りこむ。 日も暮れかかってきたところへ、通りかった村の老人に愛想よく宿のひとつもお世話しましょうかといわれ、気安く応じた彼は、 案内されるままに、切り立った砂丘の底にある一軒の家へ、縄梯子を伝って降りてゆく。 そこには、砂に埋もれて暮らすひとりの女。さらに、砂を掻きだす作業が一晩中つづく奇異な光景。ふと気がつくと、いつのまにか降りてくるときに使った縄梯子は、上から村の男たちに巻きあげられ、彼は、砂の中で暮らす女と2人きりで、砂丘の谷間に取り残されてしまう……。 ―― 風変わりな設定で、現代人の閉塞感や孤立する不安・あがきといった負の心理を、諦観と希求に収斂させてゆく安部公房の異色作『砂の女』。 想像力を駆使し、現実世界の暗喩として創りあげる異次元空間の物語りが、とかく難解といわれる安部公房の作品群の中で、比較的読みやすく、筋書きの追いやすい作品のひとつがこの『砂の女』。……捕らわれた男と、男を捕らえた確信犯な砂の女。蘊蓄(うんちく)で砂の生態を語る男と、体験によって語る女。ときに滑稽なほどの食い違いをみせる2人のやり取り。けして砂の世界から出ようと思わず、砂掻きと内職でお金を貯めて「鏡とラジオ」を買う日を夢みている、けなげで愛らしい砂の女。そして、ときおり振りまかれる、女の妖しいエロス。 ![]() ![]() 舞台のモデルになったのは「山形県の庄内砂丘」らしいんですけれども、庄内砂丘を見ている人は現在でもたくさんいるわけで、同じ風景を見ても、見る人によってこれほど差異が生まれ、新しい世界へ再生されるのかと、あらためて深い感嘆を覚える次第です。 この作品は、砂の女に岸田今日子、教師に岡田英次というダブルキャストで勅使河原宏監督によって映画化され、『シェルブールの雨傘』がパルム・ドールに輝いた1964年のカンヌ映画祭で、「審査員特別賞」を受賞しています。余談ですが、ロシアの鬼才アンドレイ・タルコフスキーのお気に入り映画ベストテンの10位に入っているのが、この『砂の女』です。 上記サイトにはカンヌ映画祭出品時のスナップやスチール、脚本も手がけた原作者の安部公房氏が一緒に写っている撮影風景など、貴重な写真がたくさん置いてあります。映画も原作もともに素晴らしい。……どこかに共通性があるのか、作中の砂の女の描写を読んでいると、豊満な裸体と艶めかしい仕草をチラチラ振りまく、つげ義春のシュールな作品「ゲンセンカン主人」の女主人(あるじ)を、なんとなく連想してしまいます。 2004.07.23 |
| エピソード/大江健三郎と安部公房 |
2001年の 6月中旬、とあるスイミングクラブそばの歩道で、作家の大江健三郎氏とバッタリ会ったことがありました。といっても、知り合いではないので、とくにご挨拶はしませんでしたけれども、黒いリュックを背負って赤く日焼けした顔は、映像で見る印象とほとんど同じ。骨太な体躯に、黒縁のめがね。そして特徴的な耳と、ほぼそのまんま。
旧ニュースステーションの終盤には、メインキャスターだった久米 宏さんの強い要請もあって、ちょくちょく番組にゲスト出演されていたように記憶していますが、聞き取るのに骨を折るほどの訥弁だった昔と違い、講演など話す機会が多かったこともあってか、トークもずいぶんと流暢になられていました。 初期の作品、……『奇妙な仕事』 『死者の奢り』 『飼育』 『芽むしり仔撃ち』 『セブンティーン』あたりは、いずれも豊饒な文体を駆使した独特の物語りが展開されていて、たいへん見事です。 そんな大江氏がみずからを差しおいて、“日本でもっともすぐれた作家”と公言してやまなかったのが安部公房。ヨーロッパやアメリカでの評価・人気も高く、その名は大江氏以前にたびたびノーベル文学賞候補に上がったほどでした。 2004.12.18
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| 映像で振り返る |
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上にも記したとおり「砂の女」は、とらわれた男と砂の女の会話がじつによくできており、思わず笑ってしまう場面が多い作品です。会話に関しては、できれば原作でお読みになるほうが、作者の卓越したセンスを看取しやすいかと思いますが、むろん映像でも見事に再現されておりますので、そのへんを楽しみつつ、この名作を鑑賞されるといいかと思います。
下のほうのNHK映像ファイル「あの人に会いたい」に収められたインタビューは、安部公房の創作(小説)に対する姿勢が、(彼じしんのわかりやすい表現によって)浮き彫りになった、エッセンスの濃い、貴重な映像です。 NHKアーカイブス あの人に会いたい 安部公房 YOUTUBEの検索エンジンで「砂の女」を検索すると、Part1〜Part14に分割して投稿された一覧がでてきます。順次視聴することで映画全篇をご覧になることが可能です。 2007.11.07
● ぼくは、実は、テーマを考えながら書くんじゃないんですよ。みんなそう思うらしくてね、テーマはテーマはというんだけれども、テーマというものはあとでね、作中人物とぼくとが共同で考えだすもの。だから作中人物がテーマを思いつくまで、ぼくは待たなきゃいけないわけね。 ● 視点を変えるとね、わかりきったものが迷路に変わるだけですよ。たとえばぼく、昔なんかに書いたことがあるんだけれども、犬ね。犬ってのはほら、目線が低いでしょ。においが利くでしょ。だから、においでもって、においの濃淡でもって、記憶やなにか全部形成しているわけでしょ。だから犬の感覚で地図をかりに作ったら、これはすごく変な地図になるでしょう。 ● 体験レベルでもって、ちょっと視点を変えればね、われわれがどこに置かれているかという認識が、パッと変わっちゃいますよね。その認識を変えることでね、もっと深く状況を見る、ということ。 だからぼくはね、結局、文学作品というのは、ひとつのもの、ひとつの生きているもの、というか世界。極端にいえば世界ですね。小さいなりに生きている世界、というものを作って提供すると、そういう作業だと思ってますけどね。 ● お説教や論ずるということはね、小説においてはあんまり必要ないと思いますね。いわゆる人生の教訓を書くなんてことは、論文やエッセイに任せればいいことで。小説というのは、それ以前の、意味にまだ到達しない、ある実態を提出すると、そこで読者はそれを体験すると、……いうもんじゃないかな。 ● 終局的に意味に到達するというのは、ちょっとぼくは間違いじゃないかと思いますね。これはやっぱり日本の国語教育の欠陥だと思う。 ぼくのもなぜか教科書にでてるんですよ。で、こう見ていったら「大意を述べよ」って書いてある。あれぼくだって答えられませんね。そんなひと言で大意が述べられるくらいだったら、(最初から)書かないですよ。 ● 実際のたとえば地図というものはね、そんな簡単に、ちょっと見てもわかりませんけどね、見れば見るほど際限なく読み尽くせるでしょ。いちばんいいのは、航空写真とかそういうものですよね。無限の情報が含まれている。 無限の情が含まれていないと、ぼくは作品とはいえないと思いますよ。ま、無限の情報ですよ、人間なんて、考えてみたら。そういうふうに人間を見るということね、見なきゃいけないし、見えるんだよということを作者は書かなきゃいけない、読者に伝えなきゃいけない。 ● ぼくらはね、子どものときから五族協和という教育を受けているんですよ、満州では。で、五族というのは、よくわかりませんが、日本人、朝鮮人、中国人、ロシア人、蒙古人でしょうかね。そういうのが平等であるというのが、建前として教えられるわけですよ。で、子どもだから、信じるわけ。クラスの中に異民族もいましたしね。 ところが汽車なんかに乗るでしょ。そうすると日本人の大人が、中国人が座っていると、そこいって蹴っ飛ばして席どかして座るでしょ。そいうのを見て、やっぱり頭にきてたよね。五族協和に反すると思ってさ。 だから結局、子どものときに素直に五族協和を信じたことが、いろんな疑惑を逆に生むという結果にはなったと思いますよ。それからやっぱり、なんでこんなに生活の差があるのか、あるべき姿ではないと、これは。 ● 他者との通路を回復しないかぎり、やっぱり人間の関係ってものは、ほんとうのものはできないんだと。 だからぼくの小説のある意味で一貫したテーマというのは、人間の関係とは何か、他者とはなにかという。 で、他者との通路の回復はありうるのかと、こういうところが、一貫したテーマの一つにはなっていると思うね。 2007.11.13
映画「砂の女」の見どころに関する追記 ● 男が名前ではなく終始「お客さん」と呼ばれる設定は、どこか滑稽で、物語の背景にブラックユーモアの趣きをたたえるのに一役買っているように思います。 ● 終盤のくだり。
夜、2人が砂かきの作業をしていると、あらかじめ男が持ちかけていた、1日1回、上にあがって海をみせてもらえまいか、という散歩の提案に対する回答をもって村人たちが集まってくる。男の提案を呑む条件として、村人たちがフィードバックしてきた返事は、
― あんたらふたりのアレをみんなの前でやってみせてくれれば、できねえ相談でもないけどよぉ。ひひひ」 という下卑たもの。 たいまつの炎とサーチライトで照らしだされる男と砂の女。和太鼓が鳴り響き、合い間合い間に奇声が入る。狂言や能などで使う仮面をつけた数人の村の男たちが、髪をふりみだし、行き交う。 息を呑むこのシーンの演出は、舞台そのもの。大きな見せ場のひとつといっていいでしょう。 ● ぞんざいな言動で男に接する村人たちのリアルな演技も、見どころの1つです。 2007.11.21
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